文献詳細
症例報告
文献概要
Ⅰ.前言
去る5月,われわれは偶然の機会に劃縁胎盤或いは周廓胎盤と称すべき1例を得た。Paalmanは1952年,「教科書はこの様な異常胎盤に少ししかふれず,又その意義も余り認めていない。文献でもこの本質に関する報告は僅少である」と言つているが,本邦に於ける報告も少数の様である。こゝに文献的考察と共に,症例を報告する。
この異常胎盤に就いて,多くのドイツの学者はHunterが初めて記載したと言つているが,直接特別の注意を払い,又後続の研究を刺戟したのはKöllicker (1879)である。その後1927年,JohnsHopkins大学のWilliamsがこの問題に関する1885年より1909年に至る間に公表された10の学説をまとめると共に詳細なる研究を発表した。彼の意見は殆んどすべてその後の研究者に影響を与え,且つこの胎盤の組織学的及び病因に関する意見は多くの人に受け入れられて来た様である。
去る5月,われわれは偶然の機会に劃縁胎盤或いは周廓胎盤と称すべき1例を得た。Paalmanは1952年,「教科書はこの様な異常胎盤に少ししかふれず,又その意義も余り認めていない。文献でもこの本質に関する報告は僅少である」と言つているが,本邦に於ける報告も少数の様である。こゝに文献的考察と共に,症例を報告する。
この異常胎盤に就いて,多くのドイツの学者はHunterが初めて記載したと言つているが,直接特別の注意を払い,又後続の研究を刺戟したのはKöllicker (1879)である。その後1927年,JohnsHopkins大学のWilliamsがこの問題に関する1885年より1909年に至る間に公表された10の学説をまとめると共に詳細なる研究を発表した。彼の意見は殆んどすべてその後の研究者に影響を与え,且つこの胎盤の組織学的及び病因に関する意見は多くの人に受け入れられて来た様である。
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