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雑誌目次

雑誌文献

臨床婦人科産科31巻11号

1977年11月発行

雑誌目次

特集 妊娠時の生理--その適応と異常 Ⅰ.システムの適応

概説

著者: 竹内正七

ページ範囲:P.928 - P.931

Ⅰ.個体保持と種族保存に対する適応
 妊卵を保持し,生育させている状態を妊娠というが,reproductive biologyの面からは,明らかに生理的状態と見なされる。
 しかし,個体保持の面から見れば,妊卵の保持ということに対し,個体が適応している限りにおいて,生理的であるといえよう。ところが,適応に異常を伴いやすいところに問題があるわけである。個体保持と種族保存の機能は,生物にとって最も重要な2大機能であるが,この二つの機能がときに相剋を示すことは周知のごとくである。

循環系

著者: 竹村晃

ページ範囲:P.932 - P.937

 妊娠に伴って,他の生理事象では考えられない程著明な循環動態の変化が,妊婦全身にみられることになるが,これはやはり図1に示すごとき妊卵胎児の急速な発育と,それを支える全身的な代謝の亢進のために,血液潅流量の増大が必要とされることによると考えられる。しかるにこの血液潅流量の増大は主に1)血液量自体の増大,2)心拍出量の増加,および3)血管系の変化の三つによっているので,以下これらについて順に詳述する。

呼吸系

著者: 堀口貞夫

ページ範囲:P.938 - P.942

妊娠時の変化ならびに推移
 1.酸素消費量(Oxygen Consumption)の変  化
 妊娠中の酸素消費量は,妊娠週数とともに増加し,非妊時150〜216ml/minであるものが妊娠末期には180〜269ml/minとなり30〜50ml/min (約20%)の増加となる1,2)(図1)。
 このうち胎児による酸素消費は12.4〜25.0ml/min1,3)であるという。その他の妊娠中の酸素消費量増加の原因は,子宮・乳腺などの増大,心筋・呼吸筋の運動量の増加などである。

消化系

著者: 橋口精範

ページ範囲:P.943 - P.944

 妊娠の成立から,分娩,産褥にかけての母体は,母体そのもの,胎児,新生児そのもの,さらには両者の関連のもとに,種々の変化がみられることは,よく知られているところである。消化系にも,非妊時とちがった変化,すなわち妊娠そのものによる変化,何らかの合併症があってみられる変化がみられるものである。
 ここでは,妊娠によって消化系にはどのような変化がみられるのか,どのような症状がみられるのか,またその場合どのような処置をしたらよいのか,といったことについて考えてみることにしたい。これらについて,主に臓器より,主に症状よりと,いくつかひろってみることにする。

代謝系—水・電解質

著者: 福田透

ページ範囲:P.945 - P.949

 妊娠は今日もなお生理的現象の一つと見なされがちであるが,しかし母体にとっては明らかに重大な負担である。成育を続ける胎児および付属物は母体にとっては負荷原因ともいうべきものであり,妊娠母体はHomeostasisの完備された母児相互環境の形成のために,懸命な努力を日々払っていることは間違いない事実である。
 以下妊娠・分娩・産褥時の代謝系の中でも,重要な役割を演ずる水と電解質の動きにつき略述する。

代謝系—糖・脂質・蛋白代謝

著者: 吉岡保

ページ範囲:P.950 - P.957

 妊婦では基礎代謝が亢進し,必要とするカロリー量も多くなり,糖,脂質,蛋白質のすべての代謝が亢進しており,非妊時とは異なった特殊な代謝環境におかれているものと考えられる。しかしながら根本的な代謝機構は非妊時と変わらないものと考えられる。ただ妊娠に伴う内分泌の変動により,母体のみならず胎児の発育に好都合なように代謝のある部分が特に活性化されているものと推測される。
 今回は妊娠時における母体の代謝の特異性について考察する。

血液系

著者: 鈴木正彦 ,   阿部穣 ,   北条泰輔

ページ範囲:P.958 - P.962

妊娠時の変化ならびに推移
 1.血液量(図1)
 血漿量は妊娠初期,妊娠6〜10週頃より増加し始め,妊娠中期ではさらに増加を続け,妊娠後期,妊娠32〜36週頃においてpeakをつくり以後,分娩に向かい徐々に減少する。しかし,最近では,peakをつくった後に漸減せずにplateauのまま分娩までいくともいわれている。産褥2〜3週に,おそくとも6〜8週には非妊時のレベルまで下がる。妊娠による増量は,peak時において非妊時の30〜40%増であり絶対量で約1,200〜1,500mlの増量である。
 赤血球量は,20週をすぎる頃から徐々に増加し始め,peak時では約300〜350mlの増量となり,産褥8週頃までに非妊時レベルに戻る。この増量は血漿量の増加の約1/3以下であり,ここに妊婦のみかけ上の貧血または水血症の発生を考える論拠が存在する。

皮膚系

著者: 嶋多門

ページ範囲:P.963 - P.965

 妊娠とは,ある一定期間に限定された生理学的変化を示す,一つの正常状態であるといえる。その生理学的変化は,主として内分泌環境の変化によって生ずる解剖学的,生化学的,生理学的変化の集積されたものである。
 このことは,皮膚という一つのシステムにおいてもあてはまる。皮膚の生理的機能は,表皮(角化とメラニン色素形成),表皮付属器(毛,汗腺,脂腺),真皮結合織,血管系など皮膚を構成する諸要素の総合的機能であるが,妊娠は,これら諸要素に対して,種々の形態学的または機能的変化をもたらし,妊娠時に特有の皮膚変化を生ずる。

Ⅱ.臓器機能の適応

肝機能

著者: 林方也

ページ範囲:P.968 - P.974

 肝は広い領域にわたる諸機能をもつが,臨床的にそれを知るためには,それぞれの機能に対する検査を行なった結果を総合的に判断するわけである。大切なことは表1に示した肝臓の機能と,そのいわば影をみている検査値との関係をよく見極めることであり,とくに妊産婦では妊娠という生理現象の影響がそれに加わることから,より複雑な様相を呈することが多く,その動態を十分に把握したうえで,肝臓機能の適応を正しく理解しなければならない。

腎機能

著者: 加藤廣英

ページ範囲:P.975 - P.980

 腎機能を現象面からみると,1日に約180lの蛋白を含まない液体が糸球体腔で濾過され,次の尿細管で再吸収,分泌,合成が行なわれて最終的には約1lの尿が産生,排泄される。この過程で腎は生体に対し有効成分を残し,不要なものを除去してhomeostasisを維持するが,妊娠はこの腎機能に対してかなりの修飾をもたらしている。Ne—phronの部位別機能とその検査法についての関係を(表1)に示す。

下垂体の機能

著者: 水口弘司

ページ範囲:P.981 - P.983

 妊娠時,母体の各種内分泌機能は動物の種により一様ではない。特に胎盤の機能,産生ホルモンは動物の種により異なるため,妊娠時下垂体—卵巣系の変化はこれにより大きく修飾される。そこで,従来知られている妊娠時ヒト下垂体の機能について要約して述べる。

副腎機能

著者: 鈴木秋悦 ,   北井啓勝

ページ範囲:P.984 - P.987

 副腎と卵巣は,ともに体腔上皮の隣接する部位から発生し,胎生学的にも非常に近似の位置にあり,副腎皮質には生殖隆起の細胞が若干含まれているなど,組織発生学的にも多くの共通点を有している。
 また,機能的には,内分泌腺としての生化学的合成経路に多くの類似性が存在していることから,副腎は第2の性腺と呼ばれている。このことは,具体的には,副腎皮質においても性ホルモンが産生されており,卵巣でのホルモン産生との補足的な関連のもとで,生体の内分泌環境をつくっているということになる。

甲状腺機能

著者: 望月真人

ページ範囲:P.988 - P.992

 妊娠時には甲状腺が腫大するが,これは充血による変化のみならず濾胞の新生,上皮細胞の増殖など,いわゆる機能亢進の像を呈し,血清PBI,131I摂取率,131I転換率もたかまることが知られている。
 つまり妊娠時の甲状腺機能の亢進は,生体の増大した代謝活性への需要を補う一つの臓器機能の適応現象と考えられるが,この時期における甲状腺機能のホメオスタージスについて,教室の成績を中心として考察する。

妊娠黄体の機能とその調節

著者: 森崇英

ページ範囲:P.993 - P.997

 妊卵の育成という課題を遂行するための適応反応として,妊娠時には身体の各臓器機能は一般に亢進していると考えられる。この機能の変化は随伴する調節機構の変化の結果であろう。卵巣を構成する解剖的要素にも妊娠時には機能的,形態的変化が起きるが,月経黄体から妊娠黄体への移行は,適応反応としての端的な現われとみなしてよい。本稿では妊娠黄体に視点を合わせて機能的適応とその調節機序,臨床上の問題点などについて考察してみたい。

妊産婦の心理

著者: 市川潤

ページ範囲:P.998 - P.1000

 本稿では紙数の都合により,中枢および自律神経系統あるいは内分泌環境などの適応的な変化には触れず,妊娠および出産をめぐる妊産婦の心理特徴とその変化に焦点をしぼって述べることにしたい。また,著者の専門領域が精神医学であるので,これまで研究対象となった症例はすべて,妊娠中あるいは出産後に精神異常をもって受診した婦人である。したがって,得られた資料は精神障害をもたない一般の妊産婦に比べて特異な側面を有している可能性があることをお断わりしておきたい。しかし,後にも述べるように,この種の精神異常を示した婦人の心理は,正常といわれる妊産婦のそれと多くの共通点をも有しているばかりでなく,むしろ,問題点が尖鋭化・拡大・増強していて,心理特徴を理解するモデルとしては理解しやすいという利点もあろうかと思われる。ここでは,妊産婦の心理を妊娠中および出産後に分けて述べることにしたい。

Ⅲ.適応異常とその周辺疾患

つわり,悪阻

著者: 百瀬和夫 ,   宗恒雄

ページ範囲:P.1003 - P.1006

 つわりは妊娠早期にみられる悪心と嘔吐を主徴とする症候群で,2カ月に始まり,4カ月に入ると自然消退する。ほとんどの妊婦にみられ,無月経と共に妊娠の疑徴として最も重要であるが,その本態については明らかではない。つわりが悪化して,頑固な嘔吐により母体の栄養が種々の程度に障害されたものを悪阻という(長谷川)。Sites(1968)によると,妊婦の1/3はほとんど胃腸症状を訴えることなく,さらに1/3が軽度の悪心嘔吐を経験し,治療を要する程度のつわりが残り1/3で,悪阻として入院を要するのはごく少数,250〜350例に1例にすぎず,しかも近年,重症例は著しく減少したという。

妊婦貧血

著者: 鈴木正彦 ,   北条泰輔 ,   阿部穣 ,   笹川重男

ページ範囲:P.1007 - P.1013

Ⅰ.語句の解釈と頻度
 妊婦貧血という語をもし妊婦の貧血と解釈すれば英文ではanemia in pregnancyかanemia du—ring pregnancyということになる。因みに代表的教科書Williams Obstetrics1)ならびにGreenhill—FriedmanのObstetrics2)にその分類をみると表1,2のようである。また別の観点から妊娠中に見られる主要貧血を列記すると表3のようになる。
 妊娠中最も多く遭遇する貧血は鉄欠乏性貧血といわれている。ついでわが国では頻度はずっと少なくなるが巨赤芽球性貧血,再生不良性貧血などである。

妊娠と黄疸

著者: 百瀬和夫 ,   森本敬三

ページ範囲:P.1014 - P.1016

 肝臓はその巨大な容量と複雑な機能により,体内における生産工場と浄水場の役割を余裕をもって果たしているように思われる。しかし妊娠時における負担の増大は,肝機能を最大限に近く発揮させて,ようやくバランスを保たせているのではなかろうか。幾つかの検査法で,その値は正常の上限に近いか,あるいは時にそれを僅かに越えていることからもうかがえる。ホルモン漬とも例えられる多量のホルモン分泌,母児の代謝に加えて,貧血,栄養障害,過労,中毒,感染などにより,肝機能—代謝の平衡は破れて,急激な崩壊に至る可能性が秘められている。

妊娠中毒症

著者: 中山道男

ページ範囲:P.1017 - P.1021

 妊娠時には受精に始まって着床,子宮内発育,分娩という一連の生殖過程を合目的的に遂行するために,母体側は内分泌系や循環器系,各臓器などの有機的な連繋によって内部環境のおどろくべき変化をきたすものである。
 われわれの知る産科異常の大部分は,広い意味でこの妊孕現象が円滑に行なわれない何らかの内的および外的因子による適応異常のために発生するものと解釈される。

著者: 藤原篤 ,   山下通隆

ページ範囲:P.1022 - P.1024

 妊娠中に痔核が発生し,さらには増悪しやすいことはよく知られており,20歳代の痔核患者の85%は経産婦人であり,痔核を有する女性の70%は妊娠経験者であるとの報告がある1)。妊娠中に生じた痔核のほとんどは分娩終了後,下大静脈系への圧迫がとれると,自然に軽快するものが多いので,妊娠中の管理指導と適切な保存的処置が大切である。

静脈瘤

著者: 藤原篤 ,   山下通隆

ページ範囲:P.1025 - P.1027

 妊婦の10〜20%に大腿,下腿,外陰,まれには腟に静脈の拡張や静脈瘤が認められるといわれている1,2)。最近,就労婦人の増加などの社会的因子も加わり,増加する傾向がある。この現象は初妊婦より経産婦に多く,妊娠初期には静脈拡張として始まり,妊娠の進行につれて静脈瘤として著明に膨隆,蛇行したものを認めることがある。多くは分娩後,数週間でほとんど消退するが,妊娠,分娩を繰り返すごとに悪化していき,種々の合併症を起こすことがある。

妊婦糖尿病—とくに予防と早期発見

著者: 安藤暢哉 ,   吉田益美

ページ範囲:P.1028 - P.1033

 1921年にBantingとBestによりインスリンが発見されて以来半世紀余り経た現在,糖尿病婦人の不妊,妊婦死亡の問題はほぼ解決し,糖尿病妊婦における児の周産期死亡も近年減少傾向にあり,これは糖尿病コントロールの改善,適切な分娩時期の決定,新生児管理の進歩に負うところが多い。
 妊娠と真性糖尿病の合併例のコントロールについては他の成書に譲ることにし,今回は特集号のテーマ「妊娠時の生理—その適応と異常—」に関係ある事柄について述べたく思う。

産褥精神病

著者: 市川潤

ページ範囲:P.1034 - P.1040

Ⅰ.病因・病像をめぐって
 この稿で筆者に与えられたテーマは産褥精神病についてであるが,本特集のテーマは,妊娠時の適応異常に関してということであるので,産褥精神病だけでなく妊娠中にみられる精神障害にも少し触れておくことにしたい。
 さて,妊娠・出産・産褥および授乳期などの生殖過程に関連して出現する精神病は,いわゆる生殖精神病(Gestationspsychose,Generationspsychose,generation psychosis)と呼びならわされている。後にも述べるように,これらの精神病のうち産褥期での発病が最も高頻度にみられることから,産褥精神病が代表的な名称となっているが,出産後6週間以後に発病した精神病を授乳期精神病(Lakt—ationspsychose)として区別する場合がある。しかし,後に述べるような理由から,このように区別することは余り意味がないように思われる。また,産褥精神病と授乳期精神病とを総称した名称である産後精神病(post-partum psychosis)を,産褥精神病(Puerperalpsychose,puerperal psychosis,)と同義的に使用する場合も多いようである。

妊娠合併心疾患

著者: 大内広子

ページ範囲:P.1041 - P.1044

 妊娠したことによって婦人には循環系,内分泌また形態的にも大きな変動があらわれるが,ほとんどの場合に生理現象として順調な経過をたどる。しかし心疾患合併妊産婦においては循環系の負荷がかさなるために,心予備力の点で問題がある。代償機構が十分に働いている場合には問題なく,正常婦人と同様の経過をたどるが,代償機能不全が起きると異常事態が緊急に発生し,ときに死の転帰をとることもある。心疾患合併妊産婦死亡率は1〜5%といわれ,一般妊産婦死亡率0.13%よりはるかに高い。また遠隔成績を含めて心疾患合併妊産婦の予後は悪く,心疾患の自然歴を短縮させ,短命に終わるものが多い。
 心疾患合併時の妊娠,分娩は,また分娩後の育児などの仕事量の増加は,心臓が体循環の増加に適応できなくて循環不全の徴候が早期に出現するのである。

気管支喘息

著者: 大内広子

ページ範囲:P.1045 - P.1046

 気管支喘息と妊娠の合併に遭遇する機会は,さほど多くない。一般に小児の喘息は,成長にともない治癒するものが多いといわれているためであろうか。しかし光井の報告では,成人喘息の3〜15年の遠隔成績でみると217例中完全寛解は15%で,小児喘息より成人喘息に移行したものは治療困難であるという。
 本邦における気管支喘息の頻度は,0.8〜1.0%で,妊娠時の合併は0.4〜0.7%といわれている。

妊娠中毒症性肺水腫

著者: 高橋文子

ページ範囲:P.1047 - P.1050

 肺水腫とは肺血管外水分量が異常に増加貯留した状態をよぶ。
 その成因として,1)肺の毛細管圧の上昇,2)肺内濾過面積の増加,3)血清膠質浸透圧の低下,4)肺胞毛細血管壁の透過性の亢進,5)肺胞から肺循環系への吸収能力の低下,6)リンパ管流通機構の障害,7)低蛋白血症などが原因としてあげられている。

妊娠性色素異常

著者: 嶋多門

ページ範囲:P.1051 - P.1052

 妊娠に際して,皮膚に種々の程度の色素増強または色素異常症がみられることはよく知られている。それらの大部分は妊娠による生理的変化とみなすべきもので,ほとんどすべての妊婦に生ずるが,一部は病的な反応(疾患)として考えられるものもある。

妊娠性疱疹

著者: 嶋多門

ページ範囲:P.1053 - P.1056

Ⅰ.概念
 主として妊娠の後半期,全身の皮膚に小水疱,水疱,小丘疹および紅斑が集簇性に出没し,不規則な再発をくりかえす疾患である。かなり激しい掻痒があるが,全身症状は比較的軽微である。生命ならびに分娩に対する予後は良好であるが,胎児異常を起こす頻度がやや高く,胎児死亡率は20〜30%である。比較的まれな疾患であり,10,000〜50,000回の妊娠に1回の割合といわれる(von H.Flegel)。しかし,アメリカ学派の成書では,3,000〜5,000回に1回ぐらいの割合とされていて,必ずしもまれとはいえない。
 本症は,1811年Bunelがはじめて報告し,1872年Miltonにより妊娠性疱疹Herpes gestationisと名づけられた。本態,病因ともに不明である。

切迫流産

著者: 友田豊 ,   成田収

ページ範囲:P.1057 - P.1060

 流早産は,全妊娠婦人の10%以上にみられるきわめて頻度の高い疾患であり,その約70%は,妊娠初期の2〜4カ月に起こる。
 流産は,その進行程度によって治療を行なえば,妊娠を継続し得る切迫流産と,もはや,胎児(芽)が死亡し,いかなる治療によっても妊娠を継続し得ない流産(進行流産,不全流産,完全流産)に分けることができる。

ひとくちメモ

高山と妊娠

著者: 相馬広明

ページ範囲:P.931 - P.931

 アンデス山脈が縦断するペルーでは,高山地帯に住む人々と,海岸地帯の住民とが判然としている。最近は次第に山岳地帯から海岸地帯へ移る人々が増えているというが,山岳地帯での妊婦や分娩に及ぼす影響についての関心は深い。
 とくに胎盤の大きさや形態がhypoxicな環境因子によって格差を生ずるかという問題については,ペルーでのChabesら(1968)の研究では,海抜12,551 ftの高地に住む人々の胎盤は,海岸地帯に住む人々のそれに比べて,円形や卵円形以外のいろいろの形の胎盤が多くみられたことと,この際,臍帯血の血色素量の増加がそれに伴ったという。すでにLichty (1957)らによるコロラドの山岳地帯(10,000 ft以上)で生まれた児は,Sea levelで生まれた児より体重が小さいという報告がある。さらにSobrevillaら(1968)の報告では,ペルーアンデス地方の4,200mにある町での妊婦の尿中エストリオール値は,妊娠末期で海岸地方に住む妊婦のそれに比して,低値を示しており,しかもリマ市(Sea level)での平均児体重3,603 gに比して,この14,000 ftの高山地でのそれは2,995gmと低く,胎盤重量も539gmというリマ市での平均値に比して474gmと軽量を示したという。

卵巣網(Rete Ovarii)のはたらき

著者: 相馬広明

ページ範囲:P.980 - P.980

 卵巣網(rete ovarii)は胎生3ヵ月の胎児卵巣に上皮性隆起として発達し,卵巣間膜の部分に突出する。それが成熟卵巣では,卵巣門付近の痕跡小管としてとどまる。男性での睾丸網に匹敵するといわれる単一な低円柱上皮で画される不規則な網状小管を構成するが,しばしば卵巣髄質の方に深く入り込むのもみられる。しかも時には大きくなり,モルモットなどでは一部嚢胞状を呈することもある。ヒトでは非常に小さいけれども,卵巣嚢胞形成がこの卵巣網から派生しているというみかたもある。
 このように卵巣網は退行性の痕跡小管であり,その機能については全く知られていなかった。最近,東日本内分泌学会での招請講演のため来日されたカンサス大学のGreenwald教授(生理学)が私のところを訪ねてくれた。いろいろはなしをしたときに,この卵巣網の問題にふれ,これについて興味ある示唆を与えてくれた。元来卵巣網とか,副卵巣などの胎生期の遺残物は,胎生期の性腺の発達のある期間には,性腺分化に働いているが,正常では卵巣におけるcortical inductor substanceによってその働きは抑制されているというような推定がなされており,たとえばホルモンなどにはもはや感受性がない遺残物であるとみなされていた。しかし最近のByskovなどの研究では,rete ovariiは胎児卵巣における減数分裂の開始を始めるinducerとしての役目をもっていることが判明したという。

子宮摘出術が行なわれすぎないか

著者: 相馬広明

ページ範囲:P.1016 - P.1016

 最近のワシントンポスト紙にのった記事は,米国では子宮摘出術の件数が扁桃腺摘除術のそれをはるかに上まわったという。
 この記事について民主党の国会議員は,米国医師会(AMA)はこのような手術によって無用の死を招来しているのに無関心であるときめつけているが,これに対し米国医師会のスポークスマンは,このうちのほんのわずかだけが不必要な子宮摘出を行なっているだけであると答えている。

肥満婦人は子宮癌になりやすいか

著者: 相馬広明

ページ範囲:P.1024 - P.1024

 子宮体癌患者症状のtriadとして,肥満,高血圧,糖尿病があげられているが,肥満婦人はとくに閉経後子宮癌にかかりやすいとすれば,それはなぜであろうか。
 Twombleyら(1961)の報告では,体重150ポンド以上の婦人では,14C-E2の24時間排出量56%がと減少しているのに対し,体重150ポンド以下の婦人では68%の放出を示した。これは肥満婦人ではエストロゲンの貯蔵が増していると解せられるが,しかしエストラダイオール(E2)をより速やかに代謝するとも解せられる。そして肥満は内分泌疾患のためではなくて,むしろ脂肪貯留エストロゲンの長期にわたる低レベル放出のためであろうという。そのためにはWynderら(1966)は肥満のコントロールが子宮内膜癌の予防に役立つ重要な因子となるかもしれないとのべている。

妊婦と航空機

著者: 相馬広明

ページ範囲:P.1040 - P.1040

 最近の航空機のハイジャック事件で,乗客の中に妊婦がおり,解放後,そのショックのため流産をしたという婦人がいた。当然妊婦は航空機を利用する機会が多くなり,最近では機内での出産例も報ぜられている。またこの頃ではスチュワーデスは結婚をしても塔乗勤務が可能となってきているので,スチュワーデス自身の妊娠中の勤務もあるわけである。いったい妊婦では航空機を利用しての旅行はどの時期まで可能なのであろうか。これにはすでに国際民間航空機構のとりきめにより,塔乗制限が行なわれている。妊婦は妊娠9ヵ月から塔乗が制限される。それ以後の塔乗には産科医の証明がいる。乳児は出生14日以後から塔乗可能となる。通常,ジェット旅客機では,高度6,400mまでは機内圧は一気圧であり,10,000m以上で2,000m機内圧となる。気圧は580mHg,酸素は地上の約80%位となる。従って妊婦や胎児,乳児では機内での酸素不足による影響はないとみなされる。
 Scholten (1976)はスチュワーデス妊婦についての塔乗勤務について報じている。一般に乗客や乗組員におけるhypoxia症状は,10,000ft以上の高度となると著しくたかまるという。胎児は成人より比較的hypoxiaに対して強いが,気圧調節のない航空機への妊婦の塔乗は,酸素供給設備がなければ,さけるべきである。とくに妊娠合併症(中毒症,貧血,血液不適合)などを有する妊娠は,塔乗はしない方がよい。

臨床メモ

妊婦の尿中エストリオール測定の意義

著者: 竹内久彌

ページ範囲:P.937 - P.937

 いわゆる胎盤機能不全の診断のために尿中エストリオールの測定に期待がかけられ,半定量用の簡易測定キットの市販でスクリーニングは可能な現状にある。ところが,必要に応じて測定した値をどのように読むかは実際上なかなかに難かしい点もあり,とくにこれが胎盤機能以外の因子で変動することが問題といえる。異常低値の原因としては,無脳児か,その他の大きな奇形をまず第一に考えるべきであり,次に母体への副腎皮質ホルモン投与,ある種の胎盤機能不全,胎児の原発性副腎発育不全を考える。
 ところで,このエストリオール測定を全妊婦に施行したら,その診断的価値はどんなものであろうか。オーストラリアのメルボルン大学でのデータをDeanら(Brit,Med.J.1,257,1977)の報告でみると次のようになる。

基本情報

臨床婦人科産科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1294

印刷版ISSN 0386-9865

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75巻4号(2021年4月発行)

増刊号 産婦人科患者説明ガイド―納得・満足を引き出すために

75巻3号(2021年4月発行)

今月の臨床 女性のライフステージごとのホルモン療法―この1冊ですべてを網羅する

75巻2号(2021年3月発行)

今月の臨床 妊娠・分娩時の薬物治療―最新の使い方は? 留意点は?

75巻1号(2021年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 生殖医療の基礎知識アップデート―患者説明に役立つ最新エビデンス・最新データ

74巻12号(2020年12月発行)

今月の臨床 着床環境の改善はどこまで可能か?―エキスパートに聞く最新研究と具体的対処法

74巻11号(2020年11月発行)

今月の臨床 論文作成の戦略―アクセプトを勝ちとるために

74巻10号(2020年10月発行)

今月の臨床 胎盤・臍帯・羊水異常の徹底理解―病態から診断・治療まで

74巻9号(2020年9月発行)

今月の臨床 産婦人科医に最低限必要な正期産新生児管理の最新知識(Ⅱ)―母体合併症の影響は? 新生児スクリーニングはどうする?

74巻8号(2020年8月発行)

今月の臨床 産婦人科医に最低限必要な正期産新生児管理の最新知識(Ⅰ)―どんなときに小児科の応援を呼ぶ?

74巻7号(2020年7月発行)

今月の臨床 若年女性診療の「こんなとき」どうする?―多彩でデリケートな健康課題への処方箋

74巻6号(2020年6月発行)

今月の臨床 外来でみる子宮内膜症診療―患者特性に応じた管理・投薬のコツ

74巻5号(2020年5月発行)

今月の臨床 エコチル調査から見えてきた周産期の新たなリスク要因

74巻4号(2020年4月発行)

増刊号 産婦人科処方のすべて2020―症例に応じた実践マニュアル

74巻3号(2020年4月発行)

今月の臨床 徹底解説! 卵巣がんの最新治療―複雑化する治療を整理する

74巻2号(2020年3月発行)

今月の臨床 はじめての情報検索―知りたいことの探し方・最新データの活かし方

74巻1号(2020年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 周産期超音波検査バイブル―エキスパートに学ぶ技術と知識のエッセンス

73巻12号(2019年12月発行)

今月の臨床 産婦人科領域で話題の新技術―時代の潮流に乗り遅れないための羅針盤

73巻11号(2019年11月発行)

今月の臨床 基本手術手技の習得・指導ガイダンス―専攻医修了要件をどのように満たすか?〈特別付録web動画〉

73巻10号(2019年10月発行)

今月の臨床 進化する子宮筋腫診療―診断から最新治療・合併症まで

73巻9号(2019年9月発行)

今月の臨床 産科危機的出血のベストマネジメント―知っておくべき最新の対応策

73巻8号(2019年8月発行)

今月の臨床 産婦人科で漢方を使いこなす!―漢方診療の新しい潮流をふまえて

73巻7号(2019年7月発行)

今月の臨床 卵巣刺激・排卵誘発のすべて―どんな症例に,どのように行うのか

73巻6号(2019年6月発行)

今月の臨床 多胎管理のここがポイント―TTTSとその周辺

73巻5号(2019年5月発行)

今月の臨床 妊婦の腫瘍性疾患の管理―見つけたらどう対応するか

73巻4号(2019年4月発行)

増刊号 産婦人科救急・当直対応マニュアル

73巻3号(2019年4月発行)

今月の臨床 いまさら聞けない 体外受精法と胚培養の基礎知識

73巻2号(2019年3月発行)

今月の臨床 NIPT新時代の幕開け―検査の実際と将来展望

73巻1号(2019年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 エキスパートに学ぶ 女性骨盤底疾患のすべて

72巻12号(2018年12月発行)

今月の臨床 女性のアンチエイジング─老化のメカニズムから予防・対処法まで

72巻11号(2018年11月発行)

今月の臨床 男性不妊アップデート─ARTをする前に知っておきたい基礎知識

72巻10号(2018年10月発行)

今月の臨床 糖代謝異常合併妊娠のベストマネジメント─成因から管理法,母児の予後まで

72巻9号(2018年9月発行)

今月の臨床 症例検討会で突っ込まれないための“実践的”婦人科画像の読み方

72巻8号(2018年8月発行)

今月の臨床 スペシャリストに聞く 産婦人科でのアレルギー対応法

72巻7号(2018年7月発行)

今月の臨床 完全マスター! 妊娠高血圧症候群─PIHからHDPへ

72巻6号(2018年6月発行)

今月の臨床 がん免疫療法の新展開─「知らない」ではすまない今のトレンド

72巻5号(2018年5月発行)

今月の臨床 精子・卵子保存法の現在─「産む」選択肢をあきらめないために

72巻4号(2018年4月発行)

増刊号 産婦人科外来パーフェクトガイド─いまのトレンドを逃さずチェック!

72巻3号(2018年4月発行)

今月の臨床 ここが知りたい! 早産の予知・予防の最前線

72巻2号(2018年3月発行)

今月の臨床 ホルモン補充療法ベストプラクティス─いつから始める? いつまで続ける? 何に注意する?

72巻1号(2018年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 産婦人科感染症の診断・管理─その秘訣とピットフォール

71巻12号(2017年12月発行)

今月の臨床 あなたと患者を守る! 産婦人科診療に必要な法律・訴訟の知識

71巻11号(2017年11月発行)

今月の臨床 遺伝子診療の最前線─着床前,胎児から婦人科がんまで

71巻10号(2017年10月発行)

今月の臨床 最新! 婦人科がん薬物療法─化学療法薬から分子標的薬・免疫療法薬まで

71巻9号(2017年9月発行)

今月の臨床 着床不全・流産をいかに防ぐか─PGS時代の不妊・不育症診療ストラテジー

71巻8号(2017年8月発行)

今月の臨床 「産婦人科診療ガイドライン─産科編 2017」の新規項目と改正点

71巻7号(2017年7月発行)

今月の臨床 若年女性のスポーツ障害へのトータルヘルスケア─こんなときどうする?

71巻6号(2017年6月発行)

今月の臨床 周産期メンタルヘルスケアの最前線─ハイリスク妊産婦管理加算を見据えた対応をめざして

71巻5号(2017年5月発行)

今月の臨床 万能幹細胞・幹細胞とゲノム編集─再生医療の進歩が医療を変える

71巻4号(2017年4月発行)

増刊号 産婦人科画像診断トレーニング─この所見をどう読むか?

71巻3号(2017年4月発行)

今月の臨床 婦人科がん低侵襲治療の現状と展望〈特別付録web動画〉

71巻2号(2017年3月発行)

今月の臨床 産科麻酔パーフェクトガイド

71巻1号(2017年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 性ステロイドホルモン研究の最前線と臨床応用

69巻12号(2015年12月発行)

今月の臨床 婦人科がん診療を支えるトータルマネジメント─各領域のエキスパートに聞く

69巻11号(2015年11月発行)

今月の臨床 婦人科腹腔鏡手術の進歩と“落とし穴”

69巻10号(2015年10月発行)

今月の臨床 婦人科疾患の妊娠・産褥期マネジメント

69巻9号(2015年9月発行)

今月の臨床 がん妊孕性温存治療の適応と注意点─腫瘍学と生殖医学の接点

69巻8号(2015年8月発行)

今月の臨床 体外受精治療の行方─問題点と将来展望

69巻7号(2015年7月発行)

今月の臨床 専攻医必読─基礎から学ぶ周産期超音波診断のポイント

69巻6号(2015年6月発行)

今月の臨床 産婦人科医必読─乳がん予防と検診Up to date

69巻5号(2015年5月発行)

今月の臨床 月経異常・不妊症の診断力を磨く

69巻4号(2015年4月発行)

増刊号 妊婦健診のすべて─週数別・大事なことを見逃さないためのチェックポイント

69巻3号(2015年4月発行)

今月の臨床 早産の予知・予防の新たな展開

69巻2号(2015年3月発行)

今月の臨床 総合診療における産婦人科医の役割─あらゆるライフステージにある女性へのヘルスケア

69巻1号(2015年1月発行)

今月の臨床 ゲノム時代の婦人科がん診療を展望する─がんの個性に応じたpersonalizationへの道

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