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雑誌目次

雑誌文献

臨床婦人科産科50巻7号

1996年07月発行

雑誌目次

今月の臨床 乳房—管理のポイント 乳汁分泌

1.Overview—乳汁分泌の内分泌的調節機序

著者: 武谷雄二

ページ範囲:P.876 - P.880

 乳房は広い意味で生殖reproductionにかかわる器官であり,一連の生殖サイクルは排卵,受精,妊娠,分娩と順次経過し,乳汁分泌が,最終的なステップとなる.乳房は思春期に一致して発育を開始しその後しばらく静止状態にあるが妊娠成立を契機に発育が再開する.妊娠により乳腺は形態的にも機能的にも著しい変化を遂げるが,これらの変化はすべて産褥期における十分な乳汁分泌が得られるための準備状態といえる.分娩を終了すると数日して乳汁分泌が発来する.乳腺の発育と乳汁分泌において特筆すべきことはいずれももっぱら内分泌的に制御されているということである.しかも母体に生ずる内分泌的変化は胎児や新生児によりもたらされているものであり,いわば児が母体に働きかけて母体の内分泌環境を変えて乳汁分泌を自らのために発来せしめるものである.本稿では乳汁分泌における内分泌的制御のしくみについて解説を加える.

2.早期授乳と母児の絆

著者: 山内芳忠

ページ範囲:P.882 - P.884

 分娩直後の母親のとる行動には共通性がみられる.母親はまず指先でそっと,次いで手で児の四肢,体幹にふれ,そして児を胸に抱き,乳首を含ませる行動をとる.この行動のパターンは,ほぼ一定しており,母親による差が少ないことが報告されている1).このような行動,つまり母性行動は育児の原点であり,生後における母と児の絆の確立の始まりでもある2).この母性行動を小林1)は母子関係の精神心理的な側面を文学的に表現したのが「母と児の絆」であり,小児科学的には「母子結合の成立した状態」と表現している.母子結合は母性が確立する面(母親がわが子に対して愛情をもつ)と,わが子が母親に対してもつ愛情(アタッチメント)が完成する面との2面がある.母子結合の成立は,母児間における感覚を介しての行動のやりとり,情報交換によって行われるとされ,これを母子相互作用と呼んでいる.したがって,このためにも母と新生児が,分娩直後からできるだけ長く,密着した状態で一緒にいられるように配慮することが最もたいせつである.

3.乳汁分泌の促進をどうするか

著者: 堀内勁

ページ範囲:P.885 - P.887

 母乳哺育率は本来的には95〜99%に可能であるといわれているが,わが国では生後1か月時の母乳哺育率(混合栄養を含む)は約45%程度といわれており,妊婦は自分の子を母乳で育てたいと思っても,実際に母乳哺育ができると確信しているものはきわめて少ない.このような事態に至った一因は,出産直後の母子分離と時間授乳を原則とする施設分娩・母子異室制にあると思われる.そこでWHO/UNICEFFの推進する母子同室と頻回授乳による乳汁分泌促進1)について概説する.

4.乳汁分泌の薬剤によるコントロール

著者: 青野敏博 ,   田村紀子

ページ範囲:P.888 - P.890

 乳汁の分泌は,プロラクチン(PRL)による乳汁の産生と,オキシトシン(OXT)による射乳によって支えられている1).したがって乳汁分泌が不良な母親ではPRLの分泌を高める必要があり,種々の理由により母乳哺育ができない褥婦ではPRLの分泌を抑制すればよい.
 本稿ではPRL分泌を促進する作用のあるスルピリドによる乳汁分泌の増加と,PRL分泌を抑制する薬剤として最近利用できるようになったテルグリドによる乳汁分泌の抑制について述べる.

5.母乳アレルギーと食物アレルギー

著者: 上森久美子 ,   白幡聡

ページ範囲:P.892 - P.894

 近年,成人のみならず乳幼児のアレルギー疾患が増加しつつあり,その原因のひとつとして食生活の変化や食品添加物の関与が指摘されている.かつてはアレルギーについて聖域と考えられていた母乳においても,微量の抗原刺激により人工乳以上にIgE抗体の産生が促進されることを示唆する成績1)も報告されている.事実,二親等以内にアレルギー疾患を有する新生児を母乳群,ペプチド調整乳群,通常の調整乳群の3群に分けて哺乳させ,生後6か月までの食物アレルギー発症について検討したわが国の報告では,母乳哺乳群でアトピー性疾患の発症およびRAST陽性例が最も多かったという2).本稿では最近の知見を中心にアレルギー発症予防の観点から乳児期の母乳アレルギーと食物アレルギーについて述べてみたい.

母乳管理

1.帝王切開分娩後

著者: 船戸豊子

ページ範囲:P.896 - P.897

 周産期医学の進歩に加え,少産少死時代を反映し,児の予後の面からも帝王切開率は上昇傾向にあり,帝王切開術後の母乳管理の重要性は増している.一般には手術後のため授乳開始が遅れ,乳汁分泌が不十分で母乳確立度が低いとされている.しかし,早期接触,早期授乳を中心とした積極的な母乳哺育援助1)により術後のハンディを克服し,経腟分娩後とほとんど同様に母乳哺育が可能であると思われる(図).
 母乳哺育を成功させるためには,母児同室制が理想であるが,ここでは当院での母児異室制のなかでの帝王切開術後の母乳哺育援助について述べる.

2.双胎児の授乳法

著者: 横尾京子 ,   黒田明子

ページ範囲:P.898 - P.899

 双胎児を母乳で育てようとする母親に共通する心配ごとは,母乳不足や授乳法に関することである.母乳不足については,乳汁産生のメカニズムを生かせば単胎児,双胎児にかかわらず,母乳は十分供給できるものであり,単胎の子どもの母親と同じ指導内容ですむことが多い.したがって注意を要するのは,医療者が安易に双胎児と母乳不足を結びつけ,母親の母乳哺育への意欲を減退させてしまわないことである.しかし授乳法となると,単胎児のようにはいかない.
 双胎児の母親は,授乳法を計画するに際して「同時授乳か1人ずつの授乳か」「自律授乳か時間授乳か」「与える乳房を決めておくほうがよいのか」という疑問をもつ1)

3.超未熟児と母乳

著者: 飯谷秀美 ,   藤村正哲

ページ範囲:P.900 - P.903

 超低出生体重児の栄養として,その消化吸収の容易さや免疫学的なメリットから,母乳が最も優れていることは現在では広く認められている.ここでは母乳の有用性とわれわれの施設における母乳栄養の実際について述べる.

4.母乳哺育と垂直感染

著者: 岡本学 ,   白木和夫

ページ範囲:P.904 - P.905

 新生児にとって母乳が最も理想的な栄養であることはいうまでもない.しかし,ある種の薬剤,ウイルスなどが母乳を介して児に移行することも知られている.母親に何らかのウイルス感染がある場合,母乳を与えるべきかどうかは重要な問題である.むやみに母乳制限を行うことは,母児ともに精神的,肉体的負担を強いることとなる.本稿ではいくつかのウイルスについて母乳と垂直感染の関係について現在の知見を述べる.

5.母乳中へ移行する薬剤と実際の投与にあたっての注意点

著者: 対馬ルリ子 ,   堀口雅子

ページ範囲:P.906 - P.908

 近年,母乳哺育の良さが見直され,可能なかぎり母乳で育てたいと考える女性が増えている.母乳哺育は,栄養,児のアレルギー予防,母児の精神的安定などの利点ばかりでなく,将来の乳癌のリスクを回避するうえでも重要なことがわかっている.
 しかし,ほぼ1年にわたる長期間の授乳期に,母親が一切の薬剤と無縁でいられることはまれである.合併症を持つ女性はもちろん,ふだん健康な女性にも薬を必要とする局面は訪れる.「授乳中は一切の薬物を差し控える」あるいは「薬剤を服用するなら授乳を中止する」というのも極端というものだろう.

6.乳房のマイナートラブル

著者: 中山真由美

ページ範囲:P.910 - P.912

 母乳育児への関心が高まり,ほとんどの母親が母乳で赤ちゃんを育てたいと思っている.にもかかわらず,さまざまなトラブルから母乳育児を断念している例も少なくない.乳房・乳頭トラブルのうち最も頻度の高い,陥没・扁平乳頭,乳頭亀裂,乳腺炎の指導について概説する.

乳房異常

1.乳房発育とその異常

著者: 矢内原巧

ページ範囲:P.914 - P.917

 思春期を特徴づけるものの第一は著しい身体の発育であり,第2次性徴の発現と発達であろう.思春期女子の乳房発達・発育は第2次性徴の1つとして重要であり,その背景には性腺を中心とした内分泌機能の変化が存在することは論をまたない.思春期女子の2次性徴にはその他陰毛の発育,初経発来や排卵周期の確立があるが,これらも相互に密接に関連している.したがって乳房発育は思春期発育の指標として重要な意義をもっている.
 本稿では乳房発育と身体発育,各種ホルモンとの関係について述べ,さらに乳房発育異常を伴う疾患について検討したい.

2.月経と乳房

著者: 中居光生

ページ範囲:P.918 - P.920

 月経と乳房との関係を月経現象(性ステロイド(エストロゲン;プロゲストーゲン)が子宮内膜に起こす結果)と乳房との関連,すなわち性ステロイドと乳房との相関性と解釈して考えてみたい.乳房の生殖機能上の最大の役割は分娩後の乳汁の産生,分泌とされる.本稿ではさらに,授乳器官としての働き以外のヒトの生殖行動面の役割についても触れる.

3.線維腺腫

著者: 秦温信 ,   高橋弘昌

ページ範囲:P.922 - P.924

 線維腺腫は若い婦人に好発する腫瘍で,日常臨床上多く見られる良性腫瘍であるが,その一亜型として葉状腫瘍があり,きわめてまれに腫瘍内に乳癌が発生する.本稿では,線維腺腫の臨床病態像を中心にその管理のポイントについて述べたい.

4.乳漏症

著者: 植村次雄 ,   山口肇

ページ範囲:P.925 - P.927

乳漏症
 プロラクチンは下垂体プロラクチン産生細胞にて産生される分子量23,000のペプチドホルモンである.プロラクチン産生分泌は,視床下部からの放出促進因子や放出抑制因子によって調節されており,前者としてTSH放出ホルモン(thyro—tropin releasing hormone;TRH),vasoactiveintestinal polypeptide(VIP)などがあり,後者としてドパミン,GABAなどがある.乳漏症は正常月経周期を有する正常プロラクチン血症婦人にも認められるが,これにはプロラクチンに対する乳房の感受性の亢進が推測される.乳漏の程度がわずかで障害を伴わなければ特別な処置を必要としないが,月経異常や不妊を伴う場合には高プロラクチン血症の存在が示唆され,精査する必要がある.実際に乳漏症の場合,その49〜77%に高プロラクチン血症が認められることが報告されている.

乳癌

1.産婦人科医のための乳癌検診のポイント

著者: 卜部元道 ,   溝渕昇

ページ範囲:P.928 - P.930

診断の進め方
 乳癌検診の目的はできるだけ小さな乳癌を発見して,最小限の手術と補助療法で術後のQOLを高め,死亡率を低下させることである.したがって,精度のよい検診が行われなければならない.病院やセンターで一般的に行われている個人検診(自主検診)は,問診,視診および触診と,これにマンモグラフィや乳房超音波検査などの画像診断を併用したルーチン検査が組まれている.これを基本に診断が進められている(図).ここでは,外来で行う問診,視診および触診のあり方と個人で行える自己検診法について述べたい.

2.乳癌鑑別診断における細胞診,組織診の臨床的位置

著者: 土橋一慶 ,   山口和子 ,   宮崎道夫 ,   森宏之

ページ範囲:P.931 - P.933

 産婦人科日常診療において乳腺を含む乳房は,子宮や卵巣と同様にきわめて密接で重要な臓器のひとつとなってきている.
 一般的な乳癌を含めた乳腺疾患の鑑別診断は,視・触診での理学的所見とマンモグラフィや超音波などの画像診断法が中心となり,細胞診を含む病理学的診断手技によって確定診断される.さらに,乳腺疾患の特徴でもある乳頭分泌液の検索や血清腫瘍マーカーなども診断方法の選択や病態像の把握に重要な位置を占めている1).限られた紙面なので,主として乳癌鑑別診断における細胞診,組織診の臨床的問題点の概略を述べる.

3.乳房疾患の画像診断—画像診断でどこまでわかるか

著者: 関恒明 ,   蜂屋順一

ページ範囲:P.934 - P.942

 乳腺疾患における画像診断の最終目標は乳癌の早期発見であるといっても過言ではない.とくに触知不能乳癌の検出に画像診断の果たす役割は大きい.また,腫瘤を触知できたとしても触診で良・悪性の鑑別を100%行えるわけではなく画像診断の結果に頼ることが多い.乳房の画像診断はMMG,USが主流であるが最近では乳癌に対し94〜100%と高いsensitivityを誇るMRIが早期発見に役だつのではないかと期待されている.
 ところで,近年患者のquality of lifeの向上を目指して全乳房切除術に代わり縮小手術に術後放射線治療を行う乳房温存療法(breast conservingtherapy;BCT)が注目を浴びるようになってきた.しかし,この治療法を選択するには十分な術前の検討が必要であり,術後再発の危険因子とされる乳管内進展,とくにextensive intraductalcomponent(EIC)や多中心性乳癌などの有無を把握していなければならず,BCTの適応,非適応を決定する際にも画像診断は重要な役割を演ずるようになってきている.

4.手術療法の変遷と成績

著者: 元村和由 ,   野口眞三郎 ,   稲治英生 ,   小山博記

ページ範囲:P.944 - P.947

 乳癌の治療成績を左右するのは,手術の時点ですでに転移が生じているかどうか,あるいはすでに転移が成立した癌細胞に対し術後補助療法で制御しうるかどうかということにある.
 いかに手術の切除範囲を拡大しても全身に波及した癌細胞には対処できず,すなわちどのような手術法を選択しようと治療成績に差を生じないことが,これまでに行われた手術術式と治療成績を比較したさまざまな研究により明らかとなった.つまり手術療法は集学的治療のなかで腫瘍量を効果的に減じ,遺残したであろう少量の腫瘍細胞をその後の補助療法にゆだねるという役割を演じていると理解される.

5.乳癌に対する手術後補助療法

著者: 冨永健

ページ範囲:P.948 - P.950

 乳癌の手術成績は他臓器癌,とくに消化器系のそれに比べるとかなりよいと言える.しかし早期癌を除いては満足すべき生存率を得ているとはけっして言えない.手術療法には限界があり,早期癌に相当する腫瘤径2cm以下のなかのhighrisk groupと中期以後の症例に対しては何らかの補助療法を加えて治療成績を向上させる必要がある.最近I期乳癌が多く見られるようになってはいるが,例えば東京都立駒込病院の場合はII期乳癌が50%以上を占め,積極的な検診方策を打ち出さないかぎり,I期の間に見つけるのが遅れる傾向を改善するのは難しい.
 また,やや進行した乳癌に対する卵巣摘出術は現在はあまり行われなくなったが,きわめて有用でかつ経済的補助療法である.

連載 シリーズ 胎芽の発育と形態形成・7

心臓と血管の発生

著者: 塩田浩平

ページ範囲:P.871 - P.873

 胎芽の栄養とガス交換をつかさどる心臓血管系の原基は,神経系の原基とともに最も早く出現する.胎生第2〜3週に卵黄嚢壁や結合茎(将来の臍帯)の中胚葉内で,さらにやや遅れて胚内中胚葉内で,凝集した中胚葉細胞から血島bloodislandが発生する(図1,2).血島の壁にあたる細胞が血管内皮細胞に,内部へ落ち込んだ細胞が血球芽細胞hemocytoblastに分化する.血島ははじめ孤立性にたくさんできるが,やがてそれらが互いにつながって,胎芽と卵黄嚢の原始血管網を形成する.
 心臓の原基は,胚盤頭方の心臓形成領域car—diogenic areaで発生し,はじめ左右一対の心内膜筒endocardial tube (原始心筒)が作られる(図1)が,これらは羊膜腔の拡大と胎芽の屈曲fold—ingに伴って胎芽の腹方へ移動し,左右の心内膜筒が正中部で癒合する.

Estrogen Series・6

乳癌の既往のある場合にも更年期後ホルモン補充療法は可能だろうか?

著者: 矢沢珪二郎

ページ範囲:P.951 - P.951

 オーストラリアのEdenらは,乳癌の既往があり,ホルモン補充療法(hormone replacementtherapy;HRT)を行っている更年期後の女性90名についてcase-control studyを行ってみた1).case-control studyとは,この場合,乳癌既往のある更年期後の女性でHRTを行っている群(case群)と同じ条件でHRTを行っていない更年期後女性(control群)とを比較してみることである.なお,両群はともに更年期後であることはもちろん,年齢,体重,居住地域,経産度,などあらゆる点で近似していることが望ましく,近似が大きいほど,その比較対照はより意味のある結果をもたらすことになる.患者はシドニーの3か所の教育用の病院から得たものである.

産婦人科クリニカルテクニック ワンポイントレッスン—私のノウハウ

産婦人科診療用眼鏡と広汎全摘時の膀胱剥離

著者: 山本皓一

ページ範囲:P.952 - P.952

診療用眼鏡
 40歳代後半から50歳代に入ると,いわゆる老眼鏡が必要になる人が多く,その際好んで遠近両用眼鏡が用いられる.遠くや近くを見るたびに眼鏡を着脱する煩わしさがないからである.
 しかし,この便利な遠近両用眼鏡も産婦人科診療の際には不便で困ることがある.例えば,分泌物などを顕微鏡で鏡検する時には,どうしても眼鏡を外さなければならない.眼鏡のレンズを保護するためと裸眼のほうが顕微鏡のピントを合わせやすいためである.最近のプラスチック製の眼鏡レンズは傷がつきやすいから,眼鏡をかけたまま鏡検すると,眼鏡のレンズはすぐに傷だらけになってしまう.コルポスコピーでも,顕微鏡検査と同じ不便さがつきまとう.

ケリー鉗子を用いた卵巣腫瘍摘出術

著者: 野村靖宏

ページ範囲:P.953 - P.953

 良性卵巣腫瘍手術では,健常部分を温存し腫瘍部分のみを摘出するのが一般的手術法であるが,腫瘍被膜が破綻し内容物を腹腔内に漏出してしまうことは,よく経験される.
 とくに,妊娠に合併した皮様嚢腫などでは,腫瘍内容を腹腔内に漏出することは,絶対に避けたいところである.

OBSTETRIC NEWS

医療訴訟の回避〜肩甲難産

著者: 武久徹

ページ範囲:P.954 - P.955

 あらゆる分野の訴訟が多発する米国では医療に関するトラブルは絶好の訴訟対象になっている.米国産婦人科医協会(ACOG)会員の80%は1回は告訴された経験を持ち,1回の訴訟が解決するまでに平均5年が費やされる.この間,訴訟の種類によっては医師や家族の生活が崩壊し,日常診療に影響を与えるケースも少なくない.医療訴訟に直面した医師や家族を強力に支える組織があれば,その苦悩はいくぶん緩和されるであろうが(ACOG Committee Opinion,#150, December1994),医療訴訟に巻き込まれた医師は孤独で,ときには医療訴訟が発生していることを外部に極力漏らさないように神経を使う生活を強いられる.
 肩甲難産に関する医療訴訟は,とくに新生児に異常が発生した場合は患者や家族の不満と疑問が医師にぶつけられる.その疑問とは,「医師が肩甲難産を回避するために行うべきことを行ったか?」に要約される.具体的には,①被告医師は適切な医学的訓練を積んできたか?,②適切に標準的医療行為を行ったか?,③適切な判断が下されたか?,④児や母体に対する外傷の予知ができなかったのか?,などの1つ1つが検討される.

産科外来超音波診断・16

後頭蓋窩(Posterior Fossa)で何がわかるか?

著者: 清水卓 ,   伊原由幸

ページ範囲:P.959 - P.963

 後頭蓋窩(posterior fossa)を一連の超音波検査の過程でチェックすることにより,多くの情報が得られる.とくに,妊娠週数不明の子宮内胎児発育遅延(IUGR)例における妊娠週数の決定,染色体異常,Dandy-Walker奇形,二分脊椎などの診断の一助となる.
 本稿では,後頭蓋窩の観察からどのような貴重な情報が得られるのかについて概説する.

原著

集団検診における卵巣腫瘤の取扱いの実際

著者: 市毛敬子 ,   伊藤良彌 ,   田中忠夫

ページ範囲:P.965 - P.970

 多摩がん検診センターで1993年6月〜1995年9月に子宮癌集団検診を受けた11,360名に,内診・経腟式超音波診断を施行し,428名(3.77%)に30mm以上の卵巣腫瘤を発見し,このうち卵巣癌は3名(0.026%)であった.これらの症例の卵巣腫瘤の性質(腫瘤長径・部位・超音波パターン・腫瘍マーカー値)や患者背景(年齢・体格・月経・内分泌療法の有無・結婚・妊娠・分娩・既往歴・家族歴)を検討し,腫瘤の経過を観察した.
 腫瘤長径50mm以上・両側性・超音波診断で●・〓型・腫瘍マーカー高値・34歳以下あるいは50歳以上・閉経後・未妊・癌や子宮筋腫の既往・近親者の癌が,卵巣癌や治療適応となる良性卵巣腫瘤のハイリスクグループであると認められ,この結果に基づいて集団検診における卵巣腫瘤の取扱いに関する試案を作成した.

症例

インターフェロンαで治療した外陰Paget病の2例

著者: 高田博行 ,   荻野雅弘 ,   漆畑博信 ,   田村彰浩 ,   竹下茂樹 ,   高田眞一 ,   森宏之

ページ範囲:P.971 - P.974

 リンパ節転移がある進行期III期の外陰部Paget病に,手術後ヒト培養リンパ芽球由来インターフェロンα(以下,IFN—αと記す)局注療法を行い,臨床的にQOLの改善が得られた症例を経験した.症例1は84歳,両側大陰唇にIFN—αを1回300×104IUから500×104IU,計6,000×104IU投与し,症例2では66歳,右側大陰唇にIFN—αを1回100×104IUから600×104IU,計38,300×104IUをいずれも病巣全体に行き渡るように局注した.症例2は18か月で再発したが,本剤投与でその後も15か月間延命でき,QOLの向上にも寄与できたと考えられた.

von Willebrand病合併妊娠,分娩の1例

著者: 藤原葉一郎 ,   川邊いづみ ,   小柴寿人 ,   北宅弘太郎 ,   田村尚也 ,   保田仁介 ,   大野洋介 ,   本庄英雄 ,   松尾泰孝 ,   辻肇

ページ範囲:P.975 - P.978

 Type II B von Willebrand病合併妊娠,分娩の1例を報告する.患者は22歳時にvon Willebrand病と診断され,28歳で妊娠,妊娠経過中も異常を認めず,陣痛開始と同時に加熱第VIII因子濃縮製剤を投与し,分娩産褥時にも異常出血は認められず良好な経過が得られた.また生児にもvon Willebrand病の発症をみなかった.一般に妊娠中は各種凝固因子は増加するとされているが,von Willebrand病の合併では出血傾向の指標としてリストセチン・コファクター(RCof)と出血時間の測定が有用とされ,分娩開始時にこれらが異常値を示した場合,あらかじめ第VIII因子を投与して異常出血を予防することが必要と思われた.

基本情報

臨床婦人科産科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1294

印刷版ISSN 0386-9865

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73巻10号(2019年10月発行)

今月の臨床 進化する子宮筋腫診療―診断から最新治療・合併症まで

73巻9号(2019年9月発行)

今月の臨床 産科危機的出血のベストマネジメント―知っておくべき最新の対応策

73巻8号(2019年8月発行)

今月の臨床 産婦人科で漢方を使いこなす!―漢方診療の新しい潮流をふまえて

73巻7号(2019年7月発行)

今月の臨床 卵巣刺激・排卵誘発のすべて―どんな症例に,どのように行うのか

73巻6号(2019年6月発行)

今月の臨床 多胎管理のここがポイント―TTTSとその周辺

73巻5号(2019年5月発行)

今月の臨床 妊婦の腫瘍性疾患の管理―見つけたらどう対応するか

73巻4号(2019年4月発行)

増刊号 産婦人科救急・当直対応マニュアル

73巻3号(2019年4月発行)

今月の臨床 いまさら聞けない 体外受精法と胚培養の基礎知識

73巻2号(2019年3月発行)

今月の臨床 NIPT新時代の幕開け―検査の実際と将来展望

73巻1号(2019年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 エキスパートに学ぶ 女性骨盤底疾患のすべて

72巻12号(2018年12月発行)

今月の臨床 女性のアンチエイジング─老化のメカニズムから予防・対処法まで

72巻11号(2018年11月発行)

今月の臨床 男性不妊アップデート─ARTをする前に知っておきたい基礎知識

72巻10号(2018年10月発行)

今月の臨床 糖代謝異常合併妊娠のベストマネジメント─成因から管理法,母児の予後まで

72巻9号(2018年9月発行)

今月の臨床 症例検討会で突っ込まれないための“実践的”婦人科画像の読み方

72巻8号(2018年8月発行)

今月の臨床 スペシャリストに聞く 産婦人科でのアレルギー対応法

72巻7号(2018年7月発行)

今月の臨床 完全マスター! 妊娠高血圧症候群─PIHからHDPへ

72巻6号(2018年6月発行)

今月の臨床 がん免疫療法の新展開─「知らない」ではすまない今のトレンド

72巻5号(2018年5月発行)

今月の臨床 精子・卵子保存法の現在─「産む」選択肢をあきらめないために

72巻4号(2018年4月発行)

増刊号 産婦人科外来パーフェクトガイド─いまのトレンドを逃さずチェック!

72巻3号(2018年4月発行)

今月の臨床 ここが知りたい! 早産の予知・予防の最前線

72巻2号(2018年3月発行)

今月の臨床 ホルモン補充療法ベストプラクティス─いつから始める? いつまで続ける? 何に注意する?

72巻1号(2018年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 産婦人科感染症の診断・管理─その秘訣とピットフォール

71巻12号(2017年12月発行)

今月の臨床 あなたと患者を守る! 産婦人科診療に必要な法律・訴訟の知識

71巻11号(2017年11月発行)

今月の臨床 遺伝子診療の最前線─着床前,胎児から婦人科がんまで

71巻10号(2017年10月発行)

今月の臨床 最新! 婦人科がん薬物療法─化学療法薬から分子標的薬・免疫療法薬まで

71巻9号(2017年9月発行)

今月の臨床 着床不全・流産をいかに防ぐか─PGS時代の不妊・不育症診療ストラテジー

71巻8号(2017年8月発行)

今月の臨床 「産婦人科診療ガイドライン─産科編 2017」の新規項目と改正点

71巻7号(2017年7月発行)

今月の臨床 若年女性のスポーツ障害へのトータルヘルスケア─こんなときどうする?

71巻6号(2017年6月発行)

今月の臨床 周産期メンタルヘルスケアの最前線─ハイリスク妊産婦管理加算を見据えた対応をめざして

71巻5号(2017年5月発行)

今月の臨床 万能幹細胞・幹細胞とゲノム編集─再生医療の進歩が医療を変える

71巻4号(2017年4月発行)

増刊号 産婦人科画像診断トレーニング─この所見をどう読むか?

71巻3号(2017年4月発行)

今月の臨床 婦人科がん低侵襲治療の現状と展望〈特別付録web動画〉

71巻2号(2017年3月発行)

今月の臨床 産科麻酔パーフェクトガイド

71巻1号(2017年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 性ステロイドホルモン研究の最前線と臨床応用

69巻12号(2015年12月発行)

今月の臨床 婦人科がん診療を支えるトータルマネジメント─各領域のエキスパートに聞く

69巻11号(2015年11月発行)

今月の臨床 婦人科腹腔鏡手術の進歩と“落とし穴”

69巻10号(2015年10月発行)

今月の臨床 婦人科疾患の妊娠・産褥期マネジメント

69巻9号(2015年9月発行)

今月の臨床 がん妊孕性温存治療の適応と注意点─腫瘍学と生殖医学の接点

69巻8号(2015年8月発行)

今月の臨床 体外受精治療の行方─問題点と将来展望

69巻7号(2015年7月発行)

今月の臨床 専攻医必読─基礎から学ぶ周産期超音波診断のポイント

69巻6号(2015年6月発行)

今月の臨床 産婦人科医必読─乳がん予防と検診Up to date

69巻5号(2015年5月発行)

今月の臨床 月経異常・不妊症の診断力を磨く

69巻4号(2015年4月発行)

増刊号 妊婦健診のすべて─週数別・大事なことを見逃さないためのチェックポイント

69巻3号(2015年4月発行)

今月の臨床 早産の予知・予防の新たな展開

69巻2号(2015年3月発行)

今月の臨床 総合診療における産婦人科医の役割─あらゆるライフステージにある女性へのヘルスケア

69巻1号(2015年1月発行)

今月の臨床 ゲノム時代の婦人科がん診療を展望する─がんの個性に応じたpersonalizationへの道

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