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雑誌目次

雑誌文献

臨床婦人科産科55巻8号

2001年08月発行

雑誌目次

今月の臨床 遺伝子医療—現況と将来 出生前の遺伝子診断

1.遺伝子診断の対象疾患

著者: 奥山和彦 ,   藤本征一郎

ページ範囲:P.860 - P.862

出生前遺伝子診断の対象疾患
 近年,遺伝性疾患の分子生物学的解析の進展には目を見張るものがある.McKusickのカタログ1)でみるとその収録された遺伝性疾患は1994年の6,677から1998年には8,500を超え,OMIM(Online Mendelian Inheritance in Man)では現在12,698の疾患が登録され,そのうち7,170の遺伝子座が明らかになっている(表1).このような分子遺伝学の進歩ならびに遺伝性疾患に関する情報の一般化により,産婦人科の臨床でも,現在進行中の妊娠の出生前診断を求めて受診する夫婦に加えて,次回の妊娠あるいは今後の挙児に関して相談に訪れる夫婦が増加してきていると思われる.しかし,出生前診断遺伝子診断には,当該疾病とその責任遺伝子との関連が十分に解析され診断方法が確立されていること,なかでも診断を希望する夫婦が保因している異常について解析されていることが必要であり,診断が実施可能な疾患は非常に限られているのが現状である.

2.羊水検査による診断 1)代謝性疾患の遺伝子診断

著者: 左合治彦 ,   北川道弘

ページ範囲:P.864 - P.867

はじめに
 代謝性疾患の代表格は糖尿病であり,インスリン異常症やインスリン受容体異常症など分子遺伝学的解析が進んでいるが,出生前診断の適応とはならない.出生前診断が関係する代謝性疾患は主に先天性代謝異常症であり,ここでは先天性代謝異常症の遺伝子診断について述べる.先天性代謝異常症は単一遺伝子病(メンデル遺伝病)の代表的な疾患であり,代謝酵素やその他の機能性蛋白の遺伝子に異常がおこり,生体内の物質の代謝が障害されてさまざまな臨床症状を呈する.個々の疾患の頻度は稀であるが,疾患数は多く,臨床症状や診断法,治療方法および予後は多彩であり,専門家以外には取り組みにくい疾患群である.近年の分子遺伝学の急速な進歩により,先天性代謝異常症の多くの疾患で責任遺伝子が同定され,遺伝子診断が出生前診断に臨床応用されはじめている1).先天性代謝異常症の出生前遺伝子診断について概説するとともに,その遺伝カウンセリングや問題点についても言及したい.

2.羊水検査による診断 2)神経筋疾患の遺伝子診断

著者: 木村武彦 ,   関沢明彦

ページ範囲:P.868 - P.872

はじめに
 最近の分子生物学の進歩により,臨床の現場でも神経筋疾患のいくつかは商業ベースで遺伝子診断が行われるようになった.周産期医療においても出生前遺伝子診断による報告例が増加し,診断可能な疾患も増加している.また主な胎児情報の源である胎児細胞は羊水中より採取されることが多い.本稿では羊水中の胎児細胞による神経筋疾患の出生前遺伝子診断について述べる.

2.羊水検査による診断 3)骨格異常の遺伝子診断

著者: 澤井英明

ページ範囲:P.874 - P.877

はじめに
 妊娠期間中の超音波断層法の普及により,胎児の骨格異常がみつかることも多くなってきた.特に先天性四肢短縮症は大腿骨長が日常の超音波断層法の測定対象であるため,比較的妊娠早期から著明な四肢短縮として指摘されることも多い.こうした異常が認められた場合,その予後の判定は妊娠管理上重要である.しかし超音波断層法のみで罹患胎児の疾患の確定診断を行うのは不可能である.
 妊娠期間中にみつかる骨格異常の多くは先天性骨系統疾患であり,いくつかの疾患では責任遺伝子が明らかになっている.そこで妊娠期間中に骨格異常がみつかった場合,羊水細胞を用いて想定される疾患の遺伝子検査を実施することにより診断を確定できる場合がある.

2.羊水検査による診断 4)染色体異常のDNA診断

著者: 佐村修

ページ範囲:P.878 - P.880

はじめに
 羊水検査における染色体異常の診断のgoldstandardは,羊水培養細胞を用いた染色体分析法である.しかしながら,結果を得るまでに最低2週間近くの時間を必要とし,特に胎児超音波検査で染色体異常が強く疑われる場合や,母体血清のトリプルマーカー検査で,胎児が染色体異常をもつ確率が非常に高いと判定された場合など,迅速な診断が要求される場合にはこの方法だけでは不十分である.そこで,羊水検査における迅速な胎児染色体異常の診断の目的で以下の2つの方法が報告されている.羊水細胞を培養せずに,fluores—cence in situ hybridization(FISH)法を用いて,主な異数性染色体異常を検出する方法と,未培養羊水細胞より直接的にDNAを抽出し,標的とする染色体に特異的なshort tandem repeat(STR)マーカーを用いたquantitative fluorescent polymerase chain reaction(QF-PCR)法を行う方法である.本稿では,これらの方法について概説する.

2.羊水検査による診断 5)胎児風疹感染の遺伝子診断

著者: 種村光代

ページ範囲:P.881 - P.883

はじめに
 近年の分子生物学の進歩はめざましく,DNA,ヒトゲノム,遺伝子医療といった言葉も身近なものとなってきた.臨床医療の現場にも遺伝子解析技術が導入され,その恩恵に与っているが,特に感染症の遺伝子診断はヒトゲノムの解析以上に一般化しつつある.
 妊娠初期の母体感染症は,時として児に重篤な先天異常をもたらすため,母体の抗体測定が周産期のスクリーニング検査の一環として広く行われている.特に風疹については,1964〜65年の沖縄大流行,さらにその後の数年周期の全国的流行により,多くの先天異常児(先天性風疹症候群,con—genital rubella syndrome)が出生したため,日本では一般的にもよく知られている1,2).幸か不幸か,スクリーニングの結果として妊娠早期に胎児感染の可能性を知ることが可能となり,必要以上に人口妊娠中絶が選択される傾向にある.しかし,母体の感染イコール胎児感染ではない.そこで,1980年代の半ば頃より胎児血中の風疹特異的IgM抗体の検出による出生前診断が試みられるようになった.しかし,胎児の抗体産生能を考慮すると妊娠20週を過ぎなくては検査が行えない.

3.母体血中胎児細胞を用いた遺伝子診断

著者: 濱田洋実

ページ範囲:P.884 - P.886

はじめに
 出生前の遺伝子診断においては,何らかの胎児由来の細胞もしくは遺伝子そのものを採取してくる必要がある.その方法としては,現在主として羊水穿刺,絨毛採取,もしくは胎児採血が用いられており,これらにより胎児由来細胞が採取されるが,これらの方法は母児に対して侵襲的であるという欠点を持っている.これに対して,妊娠中生理的に母体血中に存在する胎児由来の有核細胞や母体血漿中の胎児DNAを用いて出生前の遺伝子診断を行う方法が,母児,特に児に対して全く侵襲がないことから,近年非常に注目されている1,2)
 本稿では,このうち母体血中の胎児由来の有核細胞を用いた遺伝子診断について簡単に述べてみたい.なお,母体血漿中胎児DNAを用いた遺伝子診断については別稿を参照していただきたい.

4.母体血漿中胎児DNAを用いた遺伝子診断

著者: 渡邉顕 ,   関沢明彦 ,   岡井崇

ページ範囲:P.888 - P.891

はじめに
 近年,母体血を用いた無侵襲的な胎児遺伝子診断が注目されている.この無侵襲的な胎児遺伝子診断法は2つに大別される.1つは,母体血中に存在する胎児細胞を用いる方法である.われわれは,1996年にsingle gene disorderの1っであるDu—chenne型筋ジストロフィー(DMD)について,母体血中胎児由来有核赤血球のDNAを用いて胎児DNA診断を初めて行い報告した1).その後,Rh式血液型2,3),HLA-DQαタイピング4),ornithine transcarbamylase (OTC)欠損症5)についても同様に,母体血中胎児由来有核赤血球を用いて胎児DNA診断を行い報告した.また,胎児由来細胞にFISH法を行うことにより,Down症,13—trisomyや18—trisomyなど胎児染色体数の異常の診断も報告されている6,7).しかしながら,母体血中に存在する胎児由来細胞は数が少なく,また確実な胎児細胞回収法が確立されていない現状から,この方法の一般臨床への応用は困難である.
 無侵襲的な胎児DNA診断のもう1つの標的は,母体血漿および血清中に存在する胎児DNAである.1997年にLoらが母体血漿および血清中に胎児DNAが存在すると初めて報告した8).母体血漿および血清中の胎児由来DNA量は,母体血中胎児由来細胞の数に比べ約25倍多く存在し9),DNAの回収も容易である.

生殖医療における遺伝子診断

1.排卵障害に関する遺伝子

著者: 安田勝彦 ,   中嶋達也 ,   神崎秀陽

ページ範囲:P.892 - P.895

はじめに
 排卵とは単一の現象ではなく,①卵胞の発育ならびに成熟,②卵子の核,細胞質の成熟,③下垂体よりのLHの放出,④顆粒膜細胞の黄体化,⑤プロスタグランデインを介するコラゲナーゼの活性化,⑥卵胞壁頂部結合織の融解菲薄化に伴う破裂,⑦成熟卵の放出という一連の現象である.つまり排卵を単に卵胞の破裂としてではなく,卵の成熟とその放出過程,さらには黄体化への一連の過程としてとらえる必要がある.
 排卵障害は卵胞の発育および成熟の異常,LHサージの時期やその分泌量の異常,卵胞破裂の異常などによって引き起こされる.臨床的には排卵障害は無排卵周期症,稀発月経,続発性無月経,黄体機能不全などを引き起こす.これら疾患の病態は明解にされつつあるが,その病因についてはほとんどわかっていないのが現状である.

2.受精に関する遺伝子診断

著者: 久保春海 ,   雀部豊 ,   西村崇代

ページ範囲:P.896 - P.899

はじめに
 受精卵の遺伝子診断(PGD)の目的は遺伝性疾患による先天異常の発生を着床前受精卵(胚)の段階で診断する場合と,減数分裂や受精時の遺伝子組み換えの際にde novoに起きる異常胚をスクリーニングする場合の2種類に分類することができる.そして前者は受精卵診断,後者は受精卵スクリーニングと呼ばれている.遺伝性疾患として受精卵診断の理論的な対象となるのは,遺伝子病(genopathy)と呼ばれるメンデルの法則に従う単一遺伝子疾患群であり,Mckusick分類によれば約6,700種類有り,現在も責任遺伝子の発見は増加し続けている1).しかし,これらのうち現在,受精卵診断が可能なのは遺伝形式が明確で遺伝子座(allele)の変異がすでに診断できており,個々の遺伝子変異に対応するPCRのprimerやFISHのprobesが作製可能なものに限られる.また,配偶子の減数分裂時あるいは受精の段階で,de novoに高頻度に染色体異常が起きることが知られており,これらは配偶子病(gametopathy)あるいは胚芽病(embryopathy)と呼ばれており,受精卵スクリーニングの対象となる.したがって着床前診断では,遺伝性疾患の目的遺伝子の変異を検出するだけでは不十分であり,これらのde novoに発生する染色体異常のない正常胚をスクリーニングすることが重要なポイントとなる.

3.着床に関する遺伝子診断

著者: 高井教行 ,   宮川勇生

ページ範囲:P.900 - P.902

はじめに
 着床とは胞胚が子宮内膜上皮に接着(adhe—sion)することに始まり,トロホブラストが増殖(growth),分化(differentiation)し,子宮内膜間質に侵入(insasion)する一連の過程をいう.子宮内膜は胚を受け入れ可能な状態へ分化し,月経周期19〜22日の期間のみに,胚に向けた子宮内膜の窓(implantation window)が開いており,それ以前でもそれ以降でも着床できない.この時期に,胚,子宮内膜,そして周囲の免疫細胞などで多くの遺伝子が発現し,巧妙な調節が行われている.

4.精子の遺伝子診断

著者: 吉田淳

ページ範囲:P.904 - P.907

はじめに
 不妊症の治療を行う時や患者または患者の家族に遺伝性疾患がある場合には,次世代以降の子孫がどのようになるかは患者にとって非常に重要な話題である.
 精子の遺伝子診断は,直接出生前診断になるわけではないが,着床前診断も含めた出生前診断の助けになる.また,実際に子供を希望している夫婦に遺伝カウンセリングを実施するとき重要な資料となる.

悪性腫瘍の遺伝子診断,遺伝子治療

1.癌遺伝子診断の現況

著者: 井上正樹

ページ範囲:P.908 - P.912

はじめに
 癌は遺伝子の異常の蓄積により生じる遺伝子の病気である.正常細胞が遺伝子異常を積み重ねることにより,正常な細胞増殖のコントロールから逸脱し,増殖の速い細胞へと変化し,これらは増殖活性の高い細胞集団を形成する.このうちさらに増殖に有利に働く遺伝子変異や不死化能を獲得した単一細胞がクローナルに増殖して集団を単一クローンで置き換える.さらに遺伝子変異を蓄積し,浸潤・転移能を獲得してがんの特性を完成させることになる.この一連のプロセスは“多段階発がん”と言われる.この概念が臨床的にも確信を得るきっかけとなったのが網膜芽細胞腫である.この腫瘍の家族性と散発性の発生様式の違いからKnudsonが1971年“がんの2ヒット説”を提唱した.すなわち癌の発生には少なくとも対立遺伝子のうち両方に変異が必要であるが,家族性に対立遺伝子の片方に異常がある人はもう片方の異常のみで癌になるため癌発生が容易となる.その後この概念は,1986年のWeinbergらによる初めての癌抑制遺伝子(RB遺伝子)の発見により確証を得ることとなった.

2.卵巣癌・乳癌の遺伝子診断

著者: 永田寛 ,   田中憲一

ページ範囲:P.914 - P.916

はじめに
 近年,癌は遺伝子の異常から起こる疾患であることが明らかになっているが,「遺伝性がある」とは限らない.多くの場合は親から受け継がれた正常な遺伝子が後天的に障害をうけることで癌化が始まると考えられている.しかし中には明らかに遺伝性を認めるものがある.p53遺伝子の異常によって起こるLi-Fraumeni症候群や,APC遺伝子の異常による家族性大腸腺腫症など,多くの遺伝性癌でその責任遺伝子が同定されており,これらの遺伝子の胚細胞変異(germline mutation)が受け継がれ,遺伝性癌の発症に結びつくことが明らかになっている.
 一方遺伝子診断には,①遺伝性疾患において原因となる遺伝子の胚細胞変異の有無を調べるものと,②体細胞での遺伝子の構造変化または遺伝子の発現変化を調べるものがある.癌を対象とした場合,前者はおもに二次性癌の予測,あるいは家族内の変異保因者での早期発見・発症予防に有用であると考えられている.後者については現在多くの研究が行われており,腫瘍の性格をより正確に把握することにより治療の個別化につながるものと期待されている.本稿では遺伝子の胚細胞変異によって発症する遺伝性腫瘍としての卵巣癌・乳癌に対する遺伝子診断について述べる.

3.癌遺伝子治療の現況

著者: 島田隆

ページ範囲:P.918 - P.921

 分子生物学の進歩にともない,遺伝子レベルでの病因解析や遺伝子診断が可能になり,ついには遺伝子治療が現実のものになりつつある.遺伝子治療は,遣伝性の病気の治療法として研究が進められてきたが,癌も遺伝子の病気であることが明らかになり,遺伝子治療の重要な対象疾患と考えられるようになった.もし遺伝子の異常を修復して癌細胞を正常の細胞に戻す(脱癌化)ことができれば理想的な癌の治療法になる.しかし,この方法ではすべての癌細胞を治療する必要があり,現在の遺伝子導入技術では不可能である.そのため,遺伝子の修復ではなく,免疫力を増強して癌細胞を患者から排除しようとする免疫遺伝子治療が主に行われている.その他にも細胞死を誘導する自殺遺伝子や,血管の増殖を阻害する遺伝子を使った新しい遺伝子治療も注目されている.
 癌は遺伝性疾患に比べ,より身近な病気であり,患者数も圧倒的に多い.癌が対象に加わったことで,遺伝子治療に対する社会的関心が急速に高まったと言われている.すでに米国を中心に,3,000人以上のヒトに対する遺伝子治療の臨床研究が行われているが,約7割が癌患者を対象としたものである.本稿では,癌遺伝子治療の基本的戦略(表1)と問題点について紹介する.

4.p53遺伝子を用いた癌の遺伝子治療

著者: 藤原俊義 ,   田中紀章

ページ範囲:P.922 - P.927

はじめに
 前癌病変から早期癌,進行癌へと至る過程で,癌遺伝子と癌抑制遺伝子の二つの遺伝子群の変異の段階的な蓄積が観察されている.癌細胞の悪性形質である分化増殖の異常や不死化に伴うアポトーシス抵抗性,転移や異常増殖を引き起こす血管新生能の獲得などが,これらの遺伝子変異による正常機能の喪失に直接起因していることが明らかになってきた.しかし,現在の遺伝子操作技術でこれらの複雑に関与する遺伝子変異をすべて修復することは不可能であり,癌細胞の完全な正常細胞化を目的とする遺伝子治療は困難と思われる.ただ,それぞれの分子の正常機能の解析から,悪性形質の発現における関与の度合は一律ではなく,特に重要な分子を標的とすることでその悪性度を制御することは可能であると推測される.
 p53は,低酸素やDNA傷害などの生体ストレスに対して細胞周期停止やアポトーシス細胞死を誘導することでゲノムの安定性を維持しており,約50%のヒト悪性腫瘍でその機能喪失が認められている.p53は極めて半減期の短い核蛋白質であり,転写因子として多くの標的遺伝子の発現調節を行うことで多彩な生理機能を発揮する.正常なp53遺伝子を外来性に癌細胞に導入すると,増殖抑制やアポトーシスなどの抗腫瘍活性がみられることから,p53遺伝子を用いた癌の遺伝子治療が考案された.

5.絨毛癌の遺伝子治療

著者: 佐々木茂 ,   磯崎太一

ページ範囲:P.928 - P.932

はじめに
 絨毛癌はもともと化学療法に対して感受性が高く,著効を呈する例外的といってもよい癌である.今日では広範な転移がなければ,化学療法によってその完全緩解率は90%に達する.わが国における絨毛癌は,日本産科婦人科学会の長年の努力によって疾患の登録が行われるようになり,また取り扱い規約が定められて全国どこにおいても十分な管理が行われるようになった.その結果,治療成績も向上し,さらに近年の絨毛性疾患そのものの減少と相俟って,友田ら1)がその著書の冒頭でのべているように,20世紀中に完治可能となった癌の代表であるとさえ言われている.しかしながら,脳や肝に転移した難治症例に現在でもなお遭遇する.こうした症例の予後は集学的治療をもってしてもいまだに決して良いとは言えない状況にある.難治症例に対するbreak throughとなるような他の治療法の開発が望まれるところである.そこで現在注目されている遺伝子治療の可能性についてはどうであろうか.絨毛癌については,化学療法が著効することもあり,現在検索したかぎりにおいて,ヒト絨毛癌に対する遺伝子治療のプロトコールは動物実験においても,臨床治験においても報告はない.しかし,将来の遺伝子治療につながっていくと考えられるいくつかの基礎的な報告をみることができる.本稿ではそれらの成績を紹介しながら,絨毛癌の遺伝子治療の可能性について論じてみたい.

6.癌遺伝子治療の将来

著者: 加藤秀則 ,   近藤晴彦 ,   和氣徳夫

ページ範囲:P.934 - P.936

はじめに
 米国を中心に遺伝子治療臨床研究が始まり,約10年が経過している.日本でも1995年の北海道大学におけるアデノシンデアミナーゼ欠損症の遺伝子治療を皮切りに,癌に対する遺伝子治療臨床研究が東京大学,岡山大学などで始まった.これにともなって克服すべき問題も浮かび上がってきている.本稿では癌遺伝子治療についての問題点を概説し,さらに婦人科癌における将来展望を述べたい.

連載 カラーグラフ 知っていると役立つ婦人科病理・26

What is your diagnosis?

著者: 福永真治

ページ範囲:P.857 - P.859

症例:35歳,女性,2G2P
 帝王切開分娩後5か月頃より不正出血.内膜生検で診断に至らず.子宮と膣に腫瘤が見つかる.尿HCGは3,200IU/l.悪性腫瘍を疑い子宮摘出術と膣腫瘤切除術を行う.術後化学療法を行う.尿HCGは30月後に正常化する.術後9年,再発や転移はなく健在.
 子宮の腫瘤の病理組織像(Fig 1,2)を下に示す.診断名は以下のいずれか.

婦人科腫瘍切除標本の取り扱い方・6

子宮体癌切除標本の取り扱い方

著者: 佐藤重美

ページ範囲:P.939 - P.943

はじめに
 悪性腫瘍では切除標本の検索は臨床進行期分類の決定あるいは予後の推定の基本となるものであり,その取り扱いは極めて重要である.本稿では子宮体癌切除標本の取り扱いについて筆者が行っている方法を「子宮体癌取扱い規約」1)を参考に述べる.
 切除標本の取り扱いは手術中に急いで行わなければならないものがあるが,それ以外は通常手術後に行う.図1に筆者らの切除標本の取り扱い方法をフローチャートにして示した.以下これに従い述べる.

病院めぐり

船橋市立医療センター

著者: 鈴木康伸

ページ範囲:P.944 - P.944

 船橋市立医療センターは,船橋市の中心に位置し,当院から5kmの範囲に船橋市のほとんどをカバーできる最良の立地条件にある総合救急医療病院です.また病院は広大な市街化調整地域にあり,周囲は閑静な緑豊かな自然に囲まれて,患者さんへ快適で静かな入院環境を提供しています.
 当センターは,船橋市の二次的高度医療を受け持つ基幹病院として,昭和58年10月に開院しました.開院当初より①24時間体制での救急対応,②高度専門医療の提供,③市内の医療機関と連携した地域密着型の開放型病床の運営,を3本柱として行ってきました.さらに平成6年には新館の完成とともに,東葛南部医療圏で唯一の三次救命救急センター併設の許可を得て,人的,医療機器,機材面のさらなる充実をはかっています.また,医学教育面でも平成9年に臨床研修指定病院に指定され,現在,総合診療方式の研修が開始され,年2〜3名の研修医師を受け入れて,指導医師のもと活発な臨床研修が行われています.

旭中央病院

著者: 宇野雅哉

ページ範囲:P.945 - P.945

 総合病院国保旭中央病院は,千葉県東部,銚子市と八日市場市の間の旭市にあります.旭市という地名は,みなさんあまりお聞きになったことがないかも知れません.しかし,旭中央病院は27診療科を擁し,956病床を有し,1日平均外来患者数約3,600人という千葉県有数の総合病院であります.患者さんは,広く千葉県東部および茨城県南東部というおよそ人口100万人の地域からいらっしゃいます.また,救急医療としては1次から3次まですべての症例を受け入れており,救急患者数は年間約5万人です.
 旭中央病院は,昭和28年に,地域住民の健康を自らの手で守り,国の皆保険制度実現に協力する目的で,旭ほか8か町村(現旭市,干潟町,海上町,飯岡町)により,約100病床規模の病院として開院しています.その後,15期の増改築工事を繰り返して現在の規模に至っています.こういった生い立ちであるため,基幹病院としての役割とともに,地域医療や救急医療に力を入れています.

臨床経験

ハイリスク症例に対するtranscervical resectionの有用性について

著者: 佐藤賢一郎 ,   水内英充 ,   塚本健一 ,   藤田美悧

ページ範囲:P.948 - P.953

 今回,通常の手術手技が高度の危険を伴うと考えられた正期産分娩後の癒着胎盤・胎盤遺残の2例,難治性過多月経を示す再生不良性貧血合併子宮筋腫・腺筋症のI例,同様に難治性過多月経を示す透析施行中の腎不全のI例に対してTCR,TCREを施行し,良好な経過を得た.4例の術前血色素は7.3〜11.9g/dl,手術時間は45〜55分で,出血量はごく少量〜300ml,退院はTCR後1〜6日目で可能であった.われわれの経験よりTCR,TCREは血色素7〜8g/dlの貧血までは適応となり得る可能性が示唆された.術中・術後の出血に対して,直視下の凝固止血やバルーンカテーテルによる圧迫止血のバックアップがあるのも有利と思われる.TCR,TCREは低侵襲で,術後の疼痛もほとんど認められず,社会復帰も早期に行えることから臨床的有用性は高く,今後のさらなる普及のためにも適応症例の検討は有意義であると考える次第である.

基本情報

臨床婦人科産科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1294

印刷版ISSN 0386-9865

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74巻1号(2020年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 周産期超音波検査バイブル―エキスパートに学ぶ技術と知識のエッセンス

73巻12号(2019年12月発行)

今月の臨床 産婦人科領域で話題の新技術―時代の潮流に乗り遅れないための羅針盤

73巻11号(2019年11月発行)

今月の臨床 基本手術手技の習得・指導ガイダンス―専攻医修了要件をどのように満たすか?〈特別付録web動画〉

73巻10号(2019年10月発行)

今月の臨床 進化する子宮筋腫診療―診断から最新治療・合併症まで

73巻9号(2019年9月発行)

今月の臨床 産科危機的出血のベストマネジメント―知っておくべき最新の対応策

73巻8号(2019年8月発行)

今月の臨床 産婦人科で漢方を使いこなす!―漢方診療の新しい潮流をふまえて

73巻7号(2019年7月発行)

今月の臨床 卵巣刺激・排卵誘発のすべて―どんな症例に,どのように行うのか

73巻6号(2019年6月発行)

今月の臨床 多胎管理のここがポイント―TTTSとその周辺

73巻5号(2019年5月発行)

今月の臨床 妊婦の腫瘍性疾患の管理―見つけたらどう対応するか

73巻4号(2019年4月発行)

増刊号 産婦人科救急・当直対応マニュアル

73巻3号(2019年4月発行)

今月の臨床 いまさら聞けない 体外受精法と胚培養の基礎知識

73巻2号(2019年3月発行)

今月の臨床 NIPT新時代の幕開け―検査の実際と将来展望

73巻1号(2019年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 エキスパートに学ぶ 女性骨盤底疾患のすべて

72巻12号(2018年12月発行)

今月の臨床 女性のアンチエイジング─老化のメカニズムから予防・対処法まで

72巻11号(2018年11月発行)

今月の臨床 男性不妊アップデート─ARTをする前に知っておきたい基礎知識

72巻10号(2018年10月発行)

今月の臨床 糖代謝異常合併妊娠のベストマネジメント─成因から管理法,母児の予後まで

72巻9号(2018年9月発行)

今月の臨床 症例検討会で突っ込まれないための“実践的”婦人科画像の読み方

72巻8号(2018年8月発行)

今月の臨床 スペシャリストに聞く 産婦人科でのアレルギー対応法

72巻7号(2018年7月発行)

今月の臨床 完全マスター! 妊娠高血圧症候群─PIHからHDPへ

72巻6号(2018年6月発行)

今月の臨床 がん免疫療法の新展開─「知らない」ではすまない今のトレンド

72巻5号(2018年5月発行)

今月の臨床 精子・卵子保存法の現在─「産む」選択肢をあきらめないために

72巻4号(2018年4月発行)

増刊号 産婦人科外来パーフェクトガイド─いまのトレンドを逃さずチェック!

72巻3号(2018年4月発行)

今月の臨床 ここが知りたい! 早産の予知・予防の最前線

72巻2号(2018年3月発行)

今月の臨床 ホルモン補充療法ベストプラクティス─いつから始める? いつまで続ける? 何に注意する?

72巻1号(2018年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 産婦人科感染症の診断・管理─その秘訣とピットフォール

71巻12号(2017年12月発行)

今月の臨床 あなたと患者を守る! 産婦人科診療に必要な法律・訴訟の知識

71巻11号(2017年11月発行)

今月の臨床 遺伝子診療の最前線─着床前,胎児から婦人科がんまで

71巻10号(2017年10月発行)

今月の臨床 最新! 婦人科がん薬物療法─化学療法薬から分子標的薬・免疫療法薬まで

71巻9号(2017年9月発行)

今月の臨床 着床不全・流産をいかに防ぐか─PGS時代の不妊・不育症診療ストラテジー

71巻8号(2017年8月発行)

今月の臨床 「産婦人科診療ガイドライン─産科編 2017」の新規項目と改正点

71巻7号(2017年7月発行)

今月の臨床 若年女性のスポーツ障害へのトータルヘルスケア─こんなときどうする?

71巻6号(2017年6月発行)

今月の臨床 周産期メンタルヘルスケアの最前線─ハイリスク妊産婦管理加算を見据えた対応をめざして

71巻5号(2017年5月発行)

今月の臨床 万能幹細胞・幹細胞とゲノム編集─再生医療の進歩が医療を変える

71巻4号(2017年4月発行)

増刊号 産婦人科画像診断トレーニング─この所見をどう読むか?

71巻3号(2017年4月発行)

今月の臨床 婦人科がん低侵襲治療の現状と展望〈特別付録web動画〉

71巻2号(2017年3月発行)

今月の臨床 産科麻酔パーフェクトガイド

71巻1号(2017年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 性ステロイドホルモン研究の最前線と臨床応用

69巻12号(2015年12月発行)

今月の臨床 婦人科がん診療を支えるトータルマネジメント─各領域のエキスパートに聞く

69巻11号(2015年11月発行)

今月の臨床 婦人科腹腔鏡手術の進歩と“落とし穴”

69巻10号(2015年10月発行)

今月の臨床 婦人科疾患の妊娠・産褥期マネジメント

69巻9号(2015年9月発行)

今月の臨床 がん妊孕性温存治療の適応と注意点─腫瘍学と生殖医学の接点

69巻8号(2015年8月発行)

今月の臨床 体外受精治療の行方─問題点と将来展望

69巻7号(2015年7月発行)

今月の臨床 専攻医必読─基礎から学ぶ周産期超音波診断のポイント

69巻6号(2015年6月発行)

今月の臨床 産婦人科医必読─乳がん予防と検診Up to date

69巻5号(2015年5月発行)

今月の臨床 月経異常・不妊症の診断力を磨く

69巻4号(2015年4月発行)

増刊号 妊婦健診のすべて─週数別・大事なことを見逃さないためのチェックポイント

69巻3号(2015年4月発行)

今月の臨床 早産の予知・予防の新たな展開

69巻2号(2015年3月発行)

今月の臨床 総合診療における産婦人科医の役割─あらゆるライフステージにある女性へのヘルスケア

69巻1号(2015年1月発行)

今月の臨床 ゲノム時代の婦人科がん診療を展望する─がんの個性に応じたpersonalizationへの道

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