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雑誌目次

雑誌文献

臨床婦人科産科60巻1号

2006年01月発行

雑誌目次

今月の臨床 ART 2006 ARTの健全な発展のために

ARTの現状─わが国と世界の動向

著者: 石原理 ,   出口顯

ページ範囲:P.11 - P.15

はじめに

 1978年にルイーズ・ブラウンが誕生したとき,「試験管ベビー」(今日的にはほとんど死語となっているが,差別的ニュアンスを持つこの言葉が当時は一般的に用いられた)の数がわずか四半世紀のうちに数多くの国において出生する児の1~2%を占めるようになろうとは,パトリック・ステプトーとボブ・エドワーズも想像しなかったに違いない.いまや体外受精胚移植(IVF─ET)に代表されるART(assisted reproductive technology)は,ヒト生殖のあり方の1つとして確立したといって過言でない.

 しかし,ARTに関連する多くの問題が,この間に解決されたわけではない.ARTの発展に伴って出現した多くの課題,例えば多胎妊娠の増加は,早産未熟児治療に費やされる医療費や医療施設整備,さらには子育てに対する社会的援助の必要性につながるように,単に医学的対応の問題だけでなく,社会的な課題と密に連関してきた.また,わが国において,少子化という形で端的に顕在化している家族や社会についての価値観の多様化は,結果であるか原因であるか議論の余地があるものの,20世紀第4四半期においてARTの進展と世界的に同時進行した表裏一体の事象というべきであろう.

 本稿では,わが国と世界のART動向を,いくつかの視点から概括し,わが国における眼前の問題を解決するための手がかりを抽出することを試みる.なお,具体的な数字として取り上げる外国データは,ARTに関する統計が整備された英国と北欧各国,さらに米国となることをお許し願いたい.

ART施行施設に求められるもの

著者: 高橋克彦

ページ範囲:P.16 - P.19

はじめに

 ART医療はほかの産婦人科医療と比べて以下の特徴がある.

 1.チーム医療

 ARTを実施するためには不妊症専門臨床医のほかに,泌尿器科医師,看護師,IVFコーディネーター,生物科学者,胚培養士,カウンセラー,受付,研究員などとの共同作業が必要となり,部門間の意志疎通が重要である.

 2.培養室(laboratory,ラボ)の存在

 ラボはART医療特有の部門であるが,高い妊娠率を得るためにヒト胚を培養するラボの明確な基準(施設,人的資源など)は存在しない.また,精子,卵,胚,凍結胚を取り扱うことによるリスクに対する基準もない.

 3.急速な技術進歩

 ICSI, PGDなどの新しい技術が普及し,また非配偶者間体外受精,代理母のように社会に影響を及ぼす問題も出現しているが,それらの適応,実施の是非について倫理的,社会的な対応が追いつかないでいる.

 4.急速な施設数の増加

 わが国の特徴として急速な施設数の増加が挙げられる.2004年度までに登録されたIVF実施施設数は600を超え,世界一であるが,その80%以上が年間IVF実施数100例未満の小規模施設である(2003年度).ART医療の水準を一定に保つにはある程度の治療周期数が必要であり,このような施設における医療の質の低下が危惧される.

 以上のようなわが国ART医療の特殊性を考慮すると,ARTの健全な発展のためにART施行施設に求められるものは品質管理システム(quality management system : QMS)の導入であると考える.

ARTにおけるカウンセリングの重要性

著者: 久保春海

ページ範囲:P.20 - P.23

不妊カウンセリングとは何か

 心の教育とか心のケアとかの言葉が一般の人によく知られ,心の問題に関心をもつ人が増えてきた.しかし,現在カウンセリングの意味は曖昧に使用され,人生相談や進路相談,あるいは医療相談などもカウンセリングとして扱われる場合がある.相談はある意味カウンセリングの一部ではあるが,相談は実質的な問題点を相談しにいく人が,何らかの意味で相手に教えてもらうとか,忠告してもらうという意味合いが強くなる.しかし,カウンセリングは1対1の人間同士の話し合いであり,クライエント自身の自主性,クライエント自身の考え,クライエント自身の体験を大切にしながら,その人が自然に変化していくのを支援者が助けるものである1)

 したがって,生殖医療では,不妊に関するクライエント自身の思いや背景,意向をクライエントの語り(narration)による対話を通して,医療者側がよく聞いてあげることが不妊カウンセリングの基本となる.

ARTにおける遺伝子診断のあり方

著者: 橋場剛士 ,   吉村泰典

ページ範囲:P.25 - P.35

はじめに

 生殖補助医療技術(assisted reproductive technology : 以下,ART)は,体外受精胚移植(in vitro fertilization─embryo transfer : 以下,IVF─ET)の臨床応用後に急速に発展・普及してきた.ARTのなかにはIVF─ET,卵細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection : 以下,ICSI),配偶子卵管内移植(gamete intrafallopian transfer),接合子卵管内移植(zygote intrafallopian transfer),配偶子および受精卵・胚の凍結保存,配偶子および胚の顕微鏡下操作などが含まれる.遺伝医学においても分子遺伝学・細胞遺伝学の大きな進歩があり,生殖医療の現場では遺伝子診断・染色体検査などの遺伝学的検査が臨床検査の一部として利用されるようになってきている.現在,ART領域では着床前遺伝子診断と性腺機能不全の臨床遺伝学的評価の場面で遺伝学的検査が実施されている.これらの遺伝学的検査は生殖細胞系列における遺伝子変異・染色体異常に関する検査であり,『遺伝学的検査に関するガイドライン』1),『ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針』2)などに準拠して実施する必要がある.

 生殖医療においても遺伝学的検査は,臨床的および遺伝医学的に有用と考えられる場合に考慮され,総合的な臨床遺伝医療を行う体制が用意されていなければならない.遺伝学的検査の実施の前には,担当医師は必ず被検者から当該遺伝学的検査に関するインフォームド・コンセントを得なければならない.遺伝学的検査の前後には,遺伝カウンセリングに習熟した臨床遺伝専門家が被検者に遺伝カウンセリングを行うことが望ましい.さらに,遺伝学的検査を行う場合には,その検査がもつ分析的妥当性,臨床的妥当性,臨床的有用性が十分なレベルにあることが確認されていなければならない.分析的妥当性とは,検査法が確立しており,再現性の高い結果が得られるなど精度管理が適切に行われていることをいう.臨床的妥当性とは,検査結果の意味付けがなされていること,すなわち感度・特異度・陽性的中率などのデータがそろっていることをいう.臨床的有用性とは,検査の対象となっている疾患の診断がつけられることにより,今後の見通しについての情報が得られたり,適切な予防法や治療法に結びつけることができるなど臨床上のメリットがあることをいう.

 本稿では,遺伝学的検査のインフォームド・コンセントと遺伝カウンセリングのあり方,着床前遺伝子診断,性腺機能不全の遺伝学について述べる.

ARTにおけるエンブリオロジストの役割

著者: 荒木康久

ページ範囲:P.37 - P.39

はじめに

 不妊治療の現場,特に生殖補助医療(ART)にかかわるラボ業務を主体として働いているのがエンブリオロジストである.しかし,「エンブリオロジスト」という言葉もここ数年に定着したばかりであり,その実情はあまり理解されていないのが現状である.本稿では,エンブリオロジストの背景と役割を簡単に述べたい.

ART成功率向上のための要点

卵胞発育調節法の工夫

著者: 京野廣一

ページ範囲:P.41 - P.43

はじめに

 生殖補助医療(ART)において妊娠・出産成功の秘訣はいかにして良質の卵子を獲得するかにかかっている.そのためには患者の卵巣予備能力を把握し,それに最も適した安全かつ負担の少ない卵巣刺激法を選択・実施することである.現在,卵巣予備能力が正常な場合はGnRH agonist─long法が選択される.この場合,ゴナドトロピン(Gn)投与前に卵胞径が均一になり,良好卵子が得られ,最も良好な妊娠率が期待できる.しかし,GnRH agonist─short法やGnRH antagonist法ではGn投与時,投与後も卵胞径が不揃いで,採卵のタイミング決定に迷いが生じることもあり,前方視的検討では妊娠率もGnRH agonist─long法に比較しやや劣る.この欠点を補うべく,Gn投与前に種々の方法で前処置(pretreatment)し,卵胞の均一化をはかることが求められる.また,最近の報告では卵巣刺激の卵胞後期にLHを添加した場合に卵胞成熟促進,アポトーシス誘導・卵胞数のコントロール効果がみられ,特に35歳以上の症例では妊娠率向上と卵巣過剰刺激症候群(OHSS)低下が期待できる.

 本稿では,当院で前方視的検討を行った成績と文献的考察を加えて,ART成功率向上のための卵胞発育調節法の工夫について述べてみたい.

採卵および卵子の評価

著者: 菅沼信彦 ,   若原靖典 ,   森脇崇之

ページ範囲:P.44 - P.47

はじめに

 1978年に最初の体外受精児が誕生して以来,ARTは最先端の不妊治療として目覚ましい進歩をとげ,全世界に広まった.1992年にはICSI法による妊娠例が得られ,男性不妊を含めたすべての不妊症が克服されることが期待された.しかしながら1990年代後半よりその成功率の上昇は頭打ちとなり,採卵当たりの妊娠率で20~30%,生産率は15~25%で停滞し今日に至っている.この間,ART成功率向上のため新たな試みが数多くなされてきたが,本稿では主に卵子の評価法と,low quality oocyteの改善に関する新たな研究成果を概説する.

培養液の選択と培養環境の整備

著者: 佐藤学 ,   福田愛作

ページ範囲:P.48 - P.51

はじめに

 体外受精(IVF)~体外培養(IVC)~胚移植(ET)の一連の過程において,培養液はあらゆる過程で使用されているが,その培養液組成はそれぞれで異なっている.本稿では上記過程,さらには未熟卵体外成熟(in vitro maturation : IVM)での培養液の選択について触れ,その培養液を取り巻く環境の整備についても当院での実際を交えて概説する.

精子の調整・媒精

著者: 栁田薫 ,   藤倉洋子

ページ範囲:P.53 - P.57

よい精子とは

 よい精子とは十分な受精能と完全な父親の遺伝情報を備えた精子であり,そのような精子をより多く回収することが要点となる.精子選別法として,現時点では運動性が良好な精子を選別回収する方法が採択されている.

基礎知識

 DNAダメージと核タンパク

 精子のDNAには核DNAとミトコンドリアDNAがあり,1998年ころからそれらのDNAのダメージ(断片化)の有無と受精能,胚発生能との関連が報告されている1).最近では精子DNAダメージと精子核タンパク(プロタミン)異常との関連が注目されている2, 3).射出精子の核タンパクはプロタミンで,体細胞の核タンパクであるヒストンと異なり,DNAの結合を固く補強する役割を持つ.よって,プロタミンの異常はDNAの結合を脆弱化する可能性があり,ダメージに直結する.精子DNAダメージへの精子処理の影響については,精子の培養時間が長いほど,また遠心処理が多いほどダメージが強くなる4).精液処理については無処理が最もダメージが軽微で,遠心洗浄,無洗浄のswim─up法,洗浄精子のswim─up法の順にダメージが強くなる4).密度勾配遠心法はswim─up法よりDNAダメージが少ないといわれる5).精子DNAのダメージが多いケースではIVFやICSIでの胚発生,特に胚盤胞への発生率が低下する3, 5).しかし,現時点では精子DNAダメージは妊娠率に影響しないと報告されている6)

顕微授精

著者: 矢内原敦 ,   岩崎信爾 ,   根岸桃子 ,   岡井崇

ページ範囲:P.58 - P.61

はじめに

 1988年に顕微授精(ICSI)による受精が確認され1),1992年にPalermoら2)によってICSIによるはじめての妊娠が報告されてからICSIは急速に浸透し,今や生殖医療に欠かせない技術の1つとなった.ICSIはここ10年間の臨床統計によりその有効性が確認されたのみでなく,技術面でも確立された方法となった.技術面での向上に伴い,ICSIの受精率はIVFのそれと比較して変わらないことが報告されている3, 4)

 本稿では,具体的なICSIの基本技術に加えて受精率,妊娠率向上への注意点を述べる.

胚の評価法

著者: 齊藤英和 ,   中川浩次 ,   高橋祐司

ページ範囲:P.62 - P.65

はじめに

 胚の質はその後の妊娠の有無に影響を及ぼす重要な因子であり,胚の質を評価することは,臨床においてはとても重要な検査となる.さらに胚の質の評価は,採卵以前の卵巣内での卵胞の発育の状態の影響を受けるとともに,採卵後の卵・胚の培養環境や精子の質の影響も受ける.それゆえ,これらの因子の総合結果としての指標となる.よって,胚の質を検討することは,卵の発育環境を評価し,さらに最適排卵誘発法の選択や最適培養法の選択,精子の評価にも寄与することになる.

 また,最近,体外受精などの技術の向上に伴い,多胎妊娠が高率に認められるようになった.多胎妊娠を防ぐためには,良質の胚を1個胚移植することである.臨床的には,妊娠率を低下させずに多胎妊娠を減らすことが重要であり,このために,妊娠する能力のある胚を評価・選択し,胚移植することが重要となる.臨床的に応用できる胚の評価法には,胚の形態評価,胚発育速度からみた評価,胚を培養した培養液中の物質の消費量や,胚から生産され培養液中に分泌される物質量の評価などがある.

胚移植のタイミングと方法

著者: 中山貴弘

ページ範囲:P.67 - P.70

はじめに

 本邦における生殖補助医療の成績においては,ここ数年わずかながら妊娠率の向上が認められる.これには胚培養液などの機材の改良や凍結胚移植法の普及などいくつもの要因が寄与していると思われるが,各施設での胚移植技術の向上もその1つとして見逃せない.胚移植は治療の成績を左右する重要なステップであり,担当医師の責任は重い.本稿では胚移植のタイミングと方法について解説する.

胚の凍結保存法

著者: 宇津宮隆史

ページ範囲:P.71 - P.77

はじめに

 体外受精・胚移植(IVF─ET)の進展に伴って,未移植胚の凍結保存は不妊診療においてすでに重要な位置を占めている.また,日本産婦人科学会のガイドラインでは,生殖補助医療(ART)を行う施設は胚の凍結ができなければならないとしている.ここで凍結操作による胚への影響が気になるが,われわれの研究ではその染色体に与える影響はほとんどないことが判明している1).さらに凍結後の妊娠率は表1に示すように通常のIVF─ETに比較して遜色はない.

 最近では,凍結方法は従来のプログラム・フリーザーを用いたslow freezing法から,より簡便なvitrification法が行われ,妊娠例も報告されるようになってきた2~5).Vitrification法では,胚の各stageでの凍結・保存が可能であり,またそれに要する時間も15分程度で終了する.しかし,slow freezingに比較し高濃度の耐凍剤を要し,氷晶成長域を短時間に通過するべく急速に凍結する必要がある.

 本稿では,すでに行われているslow freezing法と今後広く行われるであろうvitrification法について述べ,その応用方法についても言及したい.

連載 産婦人科エコー 何を考えるか?・1

胎児頭蓋内中央の嚢胞像

著者: 竹内久彌

ページ範囲:P.7 - P.9

妊娠20週3日に施行された妊娠中期超音波スクリーニングで,胎児頭蓋内中央の嚢胞形成に気付いた症例である.

 ここには,問題とされた頭蓋内嚢胞構造が比較的よく描出されている妊娠25週0日の画像を示した.4週前のスクリーニングの際の所見とほとんど変化はみられていないので,現在進行性の病変は否定されている.

婦人科超音波診断アップグレード・20

経会陰超音波について

著者: 佐藤賢一郎 ,   水内英充

ページ範囲:P.79 - P.87

1はじめに

 現在,産婦人科領域で日常診療で行われる超音波の走査法としては経腹と経腟によるアプローチがほとんどであるが,そのほかに経直腸,体腔式,および経会陰がある.経直腸超音波は,性交未経験者や閉経後で腟腔が狭小な場合について経腟超音波の代替として行われ,経腟超音波と同様な画像が得られる.体腔式超音波は専用の細径プローブを用いて,例えば子宮腔に挿入し子宮体癌などの筋層浸潤の評価に利用できる.経会陰超音波は,子宮体部の評価よりも外陰,腟,尿道,子宮頸部の観察に適しており,そのほかのアプローチとは目的が異なる.

 以前われわれは,AFS class III子宮奇形・重複腟・片側腟不完全閉鎖・留膿症例の経会陰超音波所見1)や尿道憩室例に対する経会陰超音波の有用性2)を報告した.今回は,その後のわれわれの経験も踏まえ,本邦ではあまり紹介されることがない経会陰超音波について述べたい.なお,文献的にはtransperineal sonographyのほかにtranslabial sonography,transperineal─translabial ultrasonographyと呼称するものもあるが,transperineal sonographyという記載が多いため本稿では経会陰超音波と呼称することにする.

病院めぐり

市立池田病院

著者: 橋本俊朗

ページ範囲:P.90 - P.90

市立池田病院は,昭和26年に大阪府池田市の市立診療所廃止に伴う業務引継ぎを目的に設立されました.開設時,産婦人科を含む9科81床で始まりましたが少しずつ診療科の増設,増床が行われ,平成9年,現在地に新しい市立池田病院を新築移転し,現在15科364床(産婦人科は32床)を有する地域中核病院となっています.

 病院は,厚生労働省臨床研修指定病院,日本医療機能評価機構認定病院,さらに各科の認定医教育病院,認定施設,認定指導施設,認定医研修施設,専門医修練施設,専門医教育施設,認定専門医研修施設,専門医研修機関,専門医研修関連施設など多くの認定を受けています.また,医療安全質管理部,診療情報管理部,臨床研修部を部として独立,人員を常駐させ,感染対策,安全対策,緩和対策,診療録,研修医への対応が,適時,的確に対応できるようにしています.研修医は病院独自で全国公募し,研修の場を提供しています.指導,育成は医師,看護師だけではなく,地域の救命救急士の指導,育成ならびに地元中学生,高校生の福祉体験にも協力しています,,

イラストレイテッド産婦人科小手術・6

―【穿刺】―臍帯穿刺

著者: 川野由紀枝 ,   西田欣広

ページ範囲:P.97 - P.99

1はじめに

 1960年代,胎児ジストレスの診断のため,分娩時に児頭より胎児血を採取し,血液ガス分析を行ったことが最初の胎児血検査である.以後,内視鏡を挿入し胎児血を採取する方法や胎盤穿通法による採取,胎児鏡下の胎児血採取が試みられてきた.1982年のBangらの報告1)で,超音波ガイド下の臍帯穿刺法が用いられるようになった.現在では遺伝病や胎児病の出生前診断や,一部の胎児治療のため超音波ガイド下による経皮的臍帯穿刺(percutaneous umbilical blood sampling : PUBS)により胎児血採取が行われている.

OBSTETRIC NEWS

Vasa previa(前置血管): 周産期死亡をほとんど予防できるか?

著者: 武久徹

ページ範囲:P.92 - P.95

胎児血管が胎盤や臍帯に支持されず頸管上部で胎児先進部以下の胎児膜を横切って走行する例を前置血管という(OG 103 : 937, 2004).前置血管には,臍帯の卵膜付着(velamentous cord insertion)がある場合(タイプ1)と二葉胎盤または副胎盤の間の卵膜の表面に血管走行がある場合(タイプ2)の2つのタイプがある(OG 18 : 109, 2001).前置血管があると,破水時に前置血管の血管も破れる.満期胎児の総血液量は約350 mlと少量(OG Surv 54 : 138,1999)なので,比較的少量の失血でも胎児に悲惨な続発症が発生する.さらに産科医が失血を母体からのもので産徴と誤解し対応が遅れ,胎児死亡のリスクが増大する.発生頻度は前置血管は1例/2,500例,臍帯の卵膜付着は単胎妊娠では1例/3,000例,双胎妊娠では最高10%,三胎妊娠では50%以上である(J Reprod Med 26 : 577─580, 1981).分娩前に診断されなければ周産期死亡率は70~90%である.前置血管の発生頻度が1 : 2,500で周産期死亡率が50%と仮定すると,5,000人に1人の児が前置血管破裂で死亡する.前置血管の周産期死亡率は未破水例では50~60%,破水例では75%である(J Reprod Med 27 : 295, 1982).双胎妊娠では第一児はほぼ100%,第二児は胎盤血管吻合のため55%である(J Reprod Med 27 : 295, 1982).臍帯の卵膜付着は胎児奇形との関連があり,25%に達するという報告がある(OG56 : 737, 1980).前置血管が破水前に診断され任意の帝王切開が行われれば児を失う率は有意に減少する.経腟超音波とカラードップラーをリスクのある妊婦全例に使用すれば,周産期死亡原因としての前置血管を排除できる可能性ある.前置血管破裂は稀だが未だに満期の胎児生存を脅かす疾患の1つである(OG Surv 54 : 138,1999).産婦人科医がもし分娩前の超音波検査採用で診断し,妊娠36~37週で任意の帝王切開を行えば前置血管合併例の10人中の9人までの児の死亡は予防できる可能性がある.

 最近,OyeleseらはVasa Previa Foundation(87例)と多国間6施設(米国4,イスラエル1,英国1)(68例)からの前置血管155例を対象に分娩前診断の重要性を検討した.双胎妊娠7例が含まれていた.二葉または副胎盤合併例が52例(32%)であった.分娩時平均妊娠週数は分娩前診断ができた例は妊娠34.9+2.5週,分娩前診断ができなかった例は妊娠38.2+2.1週であった(p<0.001).分娩前診断ができなかった例の94%に分娩中の出血がみられた.周産期死亡は36%であったが,分娩前に診断できた例のほうが分娩前に診断できなかった例に比較し新生児転帰は有意に良好であった(表1).児生存の予知に有意に関係がある因子は,分娩前診断(オッズ比102.9 : 95%信頼区間16.2~638.3)と分娩時妊娠週数(オッズ比0.77 : 95%信頼区間0.64~0.93)であった.今回の研究でも,分娩前診断ができたか否かが児生存にきわめて重要であることが確認された.児生存率は分娩前診断ができた例では96%以上であったが,分娩前診断ができなかった例では半数以上の児が死亡した.

原著

子宮体癌との重複癌症例の臨床的検討

著者: 朝野晃 ,   高橋尚美 ,   早坂篤 ,   藤田信弘 ,   和田裕一

ページ範囲:P.101 - P.105

はじめに

 子宮体癌は,最近増加してきている婦人科悪性腫瘍であり,子宮体癌を含む重複癌に関してはこれまでにも多くの報告がされてきた1~10).また,近年の高齢化に伴い重複癌の頻度も多くなると思われ,当科でも重複癌を経験する頻度が増加してきている.今回われわれは,子宮体癌を含む重複癌について臨床的に検討したので報告する.

基本情報

臨床婦人科産科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1294

印刷版ISSN 0386-9865

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73巻7号(2019年7月発行)

今月の臨床 卵巣刺激・排卵誘発のすべて―どんな症例に,どのように行うのか

73巻6号(2019年6月発行)

今月の臨床 多胎管理のここがポイント―TTTSとその周辺

73巻5号(2019年5月発行)

今月の臨床 妊婦の腫瘍性疾患の管理―見つけたらどう対応するか

73巻4号(2019年4月発行)

増刊号 産婦人科救急・当直対応マニュアル

73巻3号(2019年4月発行)

今月の臨床 いまさら聞けない 体外受精法と胚培養の基礎知識

73巻2号(2019年3月発行)

今月の臨床 NIPT新時代の幕開け―検査の実際と将来展望

73巻1号(2019年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 エキスパートに学ぶ 女性骨盤底疾患のすべて

72巻12号(2018年12月発行)

今月の臨床 女性のアンチエイジング─老化のメカニズムから予防・対処法まで

72巻11号(2018年11月発行)

今月の臨床 男性不妊アップデート─ARTをする前に知っておきたい基礎知識

72巻10号(2018年10月発行)

今月の臨床 糖代謝異常合併妊娠のベストマネジメント─成因から管理法,母児の予後まで

72巻9号(2018年9月発行)

今月の臨床 症例検討会で突っ込まれないための“実践的”婦人科画像の読み方

72巻8号(2018年8月発行)

今月の臨床 スペシャリストに聞く 産婦人科でのアレルギー対応法

72巻7号(2018年7月発行)

今月の臨床 完全マスター! 妊娠高血圧症候群─PIHからHDPへ

72巻6号(2018年6月発行)

今月の臨床 がん免疫療法の新展開─「知らない」ではすまない今のトレンド

72巻5号(2018年5月発行)

今月の臨床 精子・卵子保存法の現在─「産む」選択肢をあきらめないために

72巻4号(2018年4月発行)

増刊号 産婦人科外来パーフェクトガイド─いまのトレンドを逃さずチェック!

72巻3号(2018年4月発行)

今月の臨床 ここが知りたい! 早産の予知・予防の最前線

72巻2号(2018年3月発行)

今月の臨床 ホルモン補充療法ベストプラクティス─いつから始める? いつまで続ける? 何に注意する?

72巻1号(2018年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 産婦人科感染症の診断・管理─その秘訣とピットフォール

71巻12号(2017年12月発行)

今月の臨床 あなたと患者を守る! 産婦人科診療に必要な法律・訴訟の知識

71巻11号(2017年11月発行)

今月の臨床 遺伝子診療の最前線─着床前,胎児から婦人科がんまで

71巻10号(2017年10月発行)

今月の臨床 最新! 婦人科がん薬物療法─化学療法薬から分子標的薬・免疫療法薬まで

71巻9号(2017年9月発行)

今月の臨床 着床不全・流産をいかに防ぐか─PGS時代の不妊・不育症診療ストラテジー

71巻8号(2017年8月発行)

今月の臨床 「産婦人科診療ガイドライン─産科編 2017」の新規項目と改正点

71巻7号(2017年7月発行)

今月の臨床 若年女性のスポーツ障害へのトータルヘルスケア─こんなときどうする?

71巻6号(2017年6月発行)

今月の臨床 周産期メンタルヘルスケアの最前線─ハイリスク妊産婦管理加算を見据えた対応をめざして

71巻5号(2017年5月発行)

今月の臨床 万能幹細胞・幹細胞とゲノム編集─再生医療の進歩が医療を変える

71巻4号(2017年4月発行)

増刊号 産婦人科画像診断トレーニング─この所見をどう読むか?

71巻3号(2017年4月発行)

今月の臨床 婦人科がん低侵襲治療の現状と展望〈特別付録web動画〉

71巻2号(2017年3月発行)

今月の臨床 産科麻酔パーフェクトガイド

71巻1号(2017年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 性ステロイドホルモン研究の最前線と臨床応用

69巻12号(2015年12月発行)

今月の臨床 婦人科がん診療を支えるトータルマネジメント─各領域のエキスパートに聞く

69巻11号(2015年11月発行)

今月の臨床 婦人科腹腔鏡手術の進歩と“落とし穴”

69巻10号(2015年10月発行)

今月の臨床 婦人科疾患の妊娠・産褥期マネジメント

69巻9号(2015年9月発行)

今月の臨床 がん妊孕性温存治療の適応と注意点─腫瘍学と生殖医学の接点

69巻8号(2015年8月発行)

今月の臨床 体外受精治療の行方─問題点と将来展望

69巻7号(2015年7月発行)

今月の臨床 専攻医必読─基礎から学ぶ周産期超音波診断のポイント

69巻6号(2015年6月発行)

今月の臨床 産婦人科医必読─乳がん予防と検診Up to date

69巻5号(2015年5月発行)

今月の臨床 月経異常・不妊症の診断力を磨く

69巻4号(2015年4月発行)

増刊号 妊婦健診のすべて─週数別・大事なことを見逃さないためのチェックポイント

69巻3号(2015年4月発行)

今月の臨床 早産の予知・予防の新たな展開

69巻2号(2015年3月発行)

今月の臨床 総合診療における産婦人科医の役割─あらゆるライフステージにある女性へのヘルスケア

69巻1号(2015年1月発行)

今月の臨床 ゲノム時代の婦人科がん診療を展望する─がんの個性に応じたpersonalizationへの道

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