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雑誌目次

雑誌文献

臨床婦人科産科63巻11号

2009年11月発行

雑誌目次

今月の臨床 生殖医療のトピックス

加齢による妊孕能低下の検査法と対策

著者: 久保春海 ,   臼井彰

ページ範囲:P.1365 - P.1371

はじめに

 女性の生殖可能期間は通常10代後半から45歳位までの約30年間と考えられている.しかし,生物学的にみて加齢とともに生殖能力が徐々に衰えていくことは明らかであり,妊娠の確率が低下するのは加齢に基づく生理的変化である.この生理的変化は20代後半ごろから始まるということをほとんどの女性は認知していない.卵母細胞は加齢とともに着実に減少するばかりでなく,質の問題として染色体異常(異数体)の頻度が増加し,その結果,流産率が上昇する.女性の卵巣予備能は20歳代前半がピークであり,20代後半から30代前半にかけて徐々に生殖能力は衰え始め,30歳代後半で急速に低下し始める.Menkenらによれば,加齢に伴う生涯不妊率では,20歳代では9%以下であるが,30歳前半で15%,30歳代後半で30%に妊孕力に問題が起きてくるし,40歳以降では64%が自然妊娠の望みがなくなるとされている(図1).これは生殖補助医療(ART)でも同様であり,不妊治療成績を左右する最も重要な因子が女性の年齢であることは明らかである.しかし,卵巣年齢〈卵巣予備能(ovarian reserve : OR)〉の低下速度は個人差があり,個々の女性の卵巣年齢を正確に判定する基準は確立されていないが,最近,ORを推測することが可能になってきた.また加齢不妊婦人に対するARTを含めた不妊治療の予後も推定することができる.加齢に伴う流産率の増加は,妊娠しても挙児が得られないという不妊症よりも悲惨な結果になる.

卵巣組織凍結保存・自家移植の現状

著者: 鈴木直 ,   高江正道 ,   五十嵐豪 ,   杉下陽堂 ,   奥津由記 ,   石塚文平

ページ範囲:P.1373 - P.1377

はじめに

 近年,がん患者に対する手術療法,化学療法や放射線療法を中心とした集学的治療法の進歩に伴ってその治療成績はめざましく向上してきており,米国のNational Cancer Institute(NCI)のデータでも若年がん患者の5年生存率は69%(1975~1984年)から77%(1985~1995年)へと改善している1).若年女性がん患者における抗がん剤による治療後の卵巣機能維持は,妊孕性温存という観点のみならず女性としてのQOL保持に欠かせないものとなる.近年,化学療法施行前に卵巣組織を体外に摘出し凍結保存する試みが欧州を中心に臨床応用されており,若年女性血液腫瘍患者の卵巣組織を凍結後自家移植し生児を得たとする報告が続いている.本稿では,卵巣組織凍結保存・自家移植の現状について解説する.

卵巣刺激における新展開

著者: 髙見澤聡 ,   柴原浩章 ,   橘直之 ,   池田伴衣 ,   徳永誠 ,   鈴木光明

ページ範囲:P.1378 - P.1387

はじめに

 1978年,SteptoeとEdwardsら1)による世界で初めての体外受精・胚移植(in vitro fertilization-embryo transfer : IVF─ET)の成功以来,30年以上が経過した.当初,自然周期から始まった採卵はその後,採卵効率の向上を目的としてゴナドトロピン(gonadotropin : Gn)製剤など排卵誘発剤の使用による複数個採卵となり,さらに複数卵胞発育による早発LHサージ・早発排卵,採卵キャンセルを回避するためgonadotropin-releasing hormone(GnRH)アゴニストを併用する方法が確立されて,生殖補助医療(assisted reproductive technology : ART)における卵巣刺激である調節卵巣(過剰)刺激〈controlled ovarian(hyper-)stimulation : COS,(COH)〉の主流を占めてきた.近年,GnRHアンタゴニストが開発され,欧米では1994年から臨床応用されており,現在はGnRHアンタゴニストとGnの併用法も普及している.またGn製剤は遺伝子組換え技術を応用したリコンビナントFSH(recombinant follicle stimulating hormone : rFSH)製剤が開発され,1996年の市販化以降,欧米を中心に世界市場で急速に普及した.特に欧州では,狂牛病の発生による従来からの尿由来hMG/FSH製剤の製造・供給停止の影響もあり,これらに代わり現在はGn製剤の第一選択となっている.本邦においては最近までの長い間,従来通りのGnRHアゴニストと尿由来のhMG/FSH製剤の併用療法が主流であり,ART時の卵巣刺激の選択肢は少なかった.しかし2006年にGnRHアンタゴニストが承認され,rFSH製剤は2005年の承認後,2008年からは自己注射が認められ専用のペン型インジェクターも販売開始され,新しい排卵誘発法として卵巣刺激の選択肢が増えてきた.

 本稿ではこれらの新しい卵巣刺激について,特にARTにおける排卵誘発の実際と現状,今後の展望について,従来からのGnRHアゴニストと尿由来hMG/FSH製剤併用療法との比較を交えながら解説する.

顕微授精における精子選択法

著者: 京野廣一 ,   中條友紀子 ,   滝沢妙花

ページ範囲:P.1388 - P.1393

はじめに

 近年,男性不妊症が増加傾向にあり,種々のストレスや環境要因による影響の解明,生殖補助医療(assisted reproductive technology : ART)の発達とともに男性側の治療が見直されつつある.男性の場合,精祖細胞が成熟精子に発育するのに約64~74日間を要する.その後の射出までの期間も考慮に入れて,最低3か月間治療を行ったうえで有効性の評価を行う.ARTにおいて治療周期前から心身を整え,治療周期にtop qualityの配偶子から得られた胚を子宮内に移植することにより初めて健康な児を獲得できる.本稿では治療前からの準備と治療周期に行うベストな精子処理・選択法について言及したい.

胚培養技術の進歩

著者: 沖津摂

ページ範囲:P.1394 - P.1401

はじめに

 今日の生殖補助医療(assisted reproductive technologies : ART)における胚培養技術は,その黎明期である1980年前後と比較するとずいぶん進歩を遂げている.胚培養技術の進歩はヒト受精卵を体外で培養するためのより優れた培養液の開発をはじめとして培養方法の改善,培養装置(インキュベータ)や培養室環境の性能向上,胚を操作する専門職の確立と継続的育成,そしてより安全かつ安定した成果を出し続けるためのソフト面におけるシステム構築などに支えられて成し遂げられてきた.本稿ではこれら胚培養技術の進歩を支えてきたそれぞれの要素について,特に日本国内でARTが普及し始めた1980年代後半からつい最近までの変遷と今後の展開,解決すべき問題の提起をしていきたい.

胚の質評価法の進歩

著者: 齊藤英和 ,   齊藤隆和 ,   久須美真紀 ,   伊藤めぐむ ,   堀川隆 ,   宮田あかね ,   高橋祐司

ページ範囲:P.1402 - P.1409

はじめに

 胚の質はそれ以前の卵子の質や精子の質の影響を受けさらに,体外受精,たぶん体内でも胚の発育環境にも影響を受けると考えられる.また,胚の質はその後の妊娠の有無に影響を及ぼす重要な因子であり,胚の質を評価することは,臨床においてはとても重要な検査となる.それゆえ,胚の質は卵・精子・胚が接するすべての環境因子の総合結果としての指標となる.

 一方,体外受精などの技術の向上に伴い,多胎妊娠が高率に認められるようになった.以前移植胚数を3個までに制限する会告を出し,ある程度の効果を認めたが,最近のさらなる生殖補助医療の進歩により,多胎妊娠を防ぐためには,移植胚数を1個とする必要性がでてきた.そこで,日本産科婦人科学会は平成20年4月,「生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解」を会告として掲載した(図1).臨床的には,妊娠率を低下させずに多胎妊娠を減らすことが重要であり,このために,妊孕能を評価し,この値の高い胚を選択し移植することが重要となる.臨床に応用できる胚の評価法には,卵子・胚,精子の因子を考慮しなければならないが,今回は精子については省略し,卵子・胚について考察する.これらの評価法を分類すると,(1)卵胞環境の評価,(2)卵,胚の形態学的評価,(3)胚発育速度からみた評価,(4)胚を培養した培養液中の物質の消費量や胚から生産され培養液中に分泌される物質量の評価などがある.これらの評価法について解説する.

着床前診断

著者: 平原史樹

ページ範囲:P.1410 - P.1413

はじめに

 出生前診断は昨今の医学の進歩のなかで多種多様に,著しい進歩を遂げている.一方,生殖補助医療技術(assisted reproductive technology : ART)の発展は今までには考えられなかったさまざまな胎児情報をもたらすようになってきた.なかでも着床前診断(preimplantation genetic diagnosis : PGD)はARTなくしてはありえない手法であり,ARTのもたらした究極の出生前診断といえよう.本邦ではかねてより出生前診断には多くの生命倫理上の議論が起こり,さまざまな立場での見解は必ずしも一致しているわけではない.本稿では着床前診断に関する情報と,それを取り巻く環境に関する問題点を論ずる.

配偶子提供の現状

著者: 石原理 ,   岡垣竜吾 ,   梶原健 ,   出口顯

ページ範囲:P.1415 - P.1421

はじめに

 第三者に由来する配偶子を利用する不妊治療には,提供された精子を用いる治療と提供された卵子を用いる治療がある.これらのうち,提供精子を用いる治療については,非配偶者間人工授精(AID,DI)として,少なくとも1940年代から世界の各地で行われていた実績がある.一方,提供卵子を用いる治療は,1978年にルイーズ・ブラウンが体外受精の結果として出生した後,早くも1985年に臨床応用された.

 本稿では,海外における提供配偶子を用いた治療の現状を報告するとともに,今後,日本において提供配偶子を用いる生殖医療(ART)を行う場合に生ずる問題点と,必要とする対応について述べる.なお,提供配偶子を用いるARTの歴史的な変遷と諸外国・地域における個別的な情報については,筆者らが1999年から現在まで継続している北欧および英国を対象とした地域調査研究に基づいてこれまで報告した,ほかの関連論文1~8)を,併せてご参照いただければ幸いである.

代理懐胎─海外の現状

著者: 久具宏司

ページ範囲:P.1422 - P.1431

はじめに

 ともに日本人である依頼人,すなわち妻とその夫が,それぞれの配偶子を受精させ生じた胚を,アメリカ合衆国ネバダ州において,既婚者であるアメリカ人女性の子宮に移植して妊娠が成立した.アメリカ人女性は双子を出産し,依頼人である日本人夫婦は自分たちの遺伝子を引き継ぐこの双子を日本に連れて帰り,実子としての嫡出子出生届を役所に提出したところ,受理されなかった.この日本人夫婦が,事前にアメリカにおける代理懐胎の事実を公表していたために,この日本人妻に分娩の事実がないことを自ら明らかにしていたこととなり,この夫婦の実子とは認められなかったのである.後にこの夫婦は,出生届の受理を求めて提訴したが,最高裁判所においても認められることはなかった.この夫婦が著名人であり,この事案をマスメディアを通じて積極的に公表したことにより,代理懐胎という生殖補助技術がにわかに世間の耳目を集めることとなった.

 一般国民を対象とした調査や公的機関における検討が重ねられるなか,今度は日本人夫婦がインドにおいてインド人女性との間に代理懐胎の契約を結んだ.妊娠が成立したこのインド人女性が分娩に至る前に,依頼人である日本人夫婦が離婚したために,出生した新生児が依頼人夫の希望どおりに日本に向かうことができなくなり,大きく報道されることとなった.

 このように国境を越えて行われた生殖医療については,それぞれの国での生殖補助技術に対する考え方,規制の方法,さらには家族を構成する規範となるべき法体系が異なることより,複雑な問題が発生する.本稿では,代理懐胎に対しての現在における日本のスタンス,および先進国を主とした諸外国の歴史と現状を概観する.

着床関連遺伝子研究の最前線

著者: 今川和彦 ,   櫻井敏博 ,   金野俊洋

ページ範囲:P.1433 - P.1437

はじめに

 哺乳類(真獣類)の妊娠の成立と維持には,初期胚のトロホブラスト(栄養膜)細胞への分化,着床や胎盤形成とその機能発現が不可欠である.トロホブラスト細胞はいかにして高い接着・増殖性,浸潤能,多核細胞形成能や胎仔胎盤という3次元構造の構築能を獲得したのであろうか?この十数年,トロホブラスト細胞の増殖や胎盤形成だけではなく,胎盤機能異常などにも内在性レトロウイルス遺伝子群の関与が考えられるようになった.

 哺乳類(真獣類)の妊娠成立には,受精卵から発達した胚盤胞の孵化,着床,初期胎盤の形成やその機能発現が不可欠である.この着床過程に胚盤胞のトロホブラスト細胞は増殖や分化を経,やがて胎仔胎盤を形成する.この間,1核のトロホブラスト細胞(mononuclear cell)はendoreduplicationや細胞融合により,2核のトロホブラスト細胞(binuclearまたはbinucleate cell)や多核細胞(syncytiotrophoblast cell)へと分化していく.一方,発達し始めている尿膜は,外側に伸長し,やがて絨毛膜に接着・融合する(chorioallantoic fusion)ことによって尿絨毛膜(chorioallantoic membrane)を形成する.トロホブラスト細胞のなかでも多核細胞は,母児間バリアーの最前線に位置する(図1).実際,母体の血液は子宮動脈・螺旋動脈を経て,この多核細胞の集合層(labyrinth zoneまたはlayer,迷路層)に流入し,直接,トロホブラスト細胞と接触する.多くの場合,着床の基礎研究は臨床応用には縁遠いように思われてきた.ところが近年,子宮内胎児発育遅延(intrauterine growth retardation : IUGR),妊娠高血圧症候群(preeclampsia)1)やダウン症候群(Down's syndrome)2)にも,このトロホブラスト多核細胞の形成不全や機能不全が疑われるようになってきた.本稿では,このところ注目を集めるようになってきた内在性レトロウイルス遺伝子の発現を中心に,トロホブラスト細胞の2核細胞や多核細胞の形成,胎盤構造の違いや着床過程の時間的な差異から着床現象を考えていく.

不妊治療を展望する幹細胞研究

著者: 丸山哲夫

ページ範囲:P.1439 - P.1443

はじめに

 今,再生医療は,幹細胞学および再生医学の発展に連動して,国家的プロジェクトとして,内外で着々と実現化に向かっている.その基本戦略は,出発となる細胞を同系譜あるいは異なる系列の細胞へ分化誘導し,最終的に目的の組織や器官をその機能も含めて再建することである.この際に,出発材料となる主な細胞源は,幹細胞(stem cell)となる.

 幹細胞は,1)未分化性,2)複数の系統の細胞に分化しうる能力,3)自己複製・自己再生する能力,といった特性を有する細胞と定義される.胚盤胞の内細胞塊由来である胚性幹細胞(embryonic stem cells : ESC)は,理論上ほぼあらゆる細胞へ分化するポテンシャルとほぼ無限の増殖能力を有する点で,幹細胞の代表と位置付けられる.近年,成体細胞に4つの因子(Oct3/4,Sox2,Klf4,cMyc)を導入することにより,ES細胞様のポテンシャルを有する細胞を作製することが可能となり1, 2),人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells : iPSC)として,基礎生命科学および臨床医学の双方に大きなインパクトを与えている.一方,人工的に作られる上記のESCやiPSCと異なり,生体内で自然に存在する幹細胞として,完成した個体(成体)由来である成体幹細胞(adult stem cells,tissue-specific stem cells)がある.

 その他の幹細胞として,臍帯血幹細胞や核移植胚性幹細胞などがあるが,これらは上記に挙げた幹細胞の亜型と位置付けられる.本稿では,ESC,iPSC,および成体幹細胞に関する研究の現状について簡単に触れたのち,生殖医療・不妊治療の観点から,生殖幹細胞や雌性生殖器官由来幹細胞の研究の現状と今後の展望について概説する.

生殖医療と遺伝カウンセリング

著者: 澤井英明

ページ範囲:P.1444 - P.1449

はじめに

 生殖医療は配偶子形成~受精~着床~胚の発育という過程を取り扱うことから,本質的に遺伝医療と密接な関係を有している.しかし,以前の不妊治療は,排卵調節や人工授精,卵管形成などが中心で,技術的に受精現象そのものを扱うわけではなく,遺伝医療との接点は少なかった.その転機となるのが生殖補助技術(assisted reproductive technology : ART)の導入で,1978年に世界で初めて児が誕生した体外受精である.本来ならばこの時点で,遺伝カウンセリングが生殖医療にも取り入れられるべきであったと考えるが,当時の日本においてはまだそうした概念が周知されていなかった.その後の顕微授精や着床前診断の導入に伴い遺伝カウンセリングの必要性が認知されてくることになる.

 生殖医療における遺伝カウンセリングは専門誌の特集号として,いくつも参考になるものが刊行されている1~3).本稿では特集のタイトル通り生殖医療における遺伝カウンセリングのいくつかのトピックスに限定して記載した.

連載 産婦人科PET 何を考えるか?・7

子宮体癌の病期診断と再発診断

著者: 益岡豊 ,   岡村光英

ページ範囲:P.1361 - P.1364

 60歳女性.下腹部痛,不正性器出血が出現し,婦人科受診.腫瘍マーカーはCEA1.0ng/mlと正常範囲内,CA125 385U/mlと高値を示した.精査のため造影MRI,造影CTを施行したところ,子宮内膜に6cm大の腫瘤影がみられ,左卵巣部に径33mm大の腫瘤が疑われる.左卵巣転移または左外腸骨動脈領域のリンパ節転移が疑われ,治療前の検査としてFDG PET/CTが施行された.

教訓的症例から学ぶ産婦人科診療のピットフォール・48

広汎子宮全摘術後にドレーンからの逆行性感染が原因で外腸骨動脈の破裂を起こした症例

著者: 松川哲 ,   伊藤充彰 ,   木下吉登

ページ範囲:P.1451 - P.1453

症 例

■患者 37歳,2経妊・2経産

■主訴 トイレ歩行時の意識消失

■既往歴・家族歴 特記事項なし

■現病歴

 子宮頸癌Ib1期の術前診断で,総腸骨節下部から鼠径上節までの骨盤内リンパ節郭清を伴う広汎子宮全摘術を行った.術中に腸管損傷や血管損傷などのトラブルはなく,手術は順調に終了した.また,閉腹の際には後腹膜は開放のままとし,左下腹部から骨盤底に閉鎖式のドレーン(デイボールリリアバック®)を1本留置している.本症例の術後の病理組織診断はsquamous cell carcinoma,G2でpT1 b1N0M0のsatge Ib1であった.

 術後の経過は良好であり,食事や離床も順調に進んでいた.留置したドレーンは術後3日目に抜去した.しかし,術後4日目からドレーン刺入部の皮膚に膿性滲出液の付着がみられるようになり,その頃からドレーン刺入部の痛みを訴えはじめた.術後6日目からは38℃以上の発熱がみられるようになったため,抗生剤を予防的に使用していた広域セフェム剤であるフロモキセルからより強力なセフェピムに変更した.また,術後7日目には膀胱内留置バルーンを抜去して経過観察していた.術後8日目,この日も38℃台の発熱が続いていた.午後,排尿訓練のためトイレ歩行に立った際,突然意識消失発作を起こした.

病院めぐり

天理よろづ相談所病院

著者: 林道治

ページ範囲:P.1455 - P.1455

 天理市は奈良盆地の東端に位置し,人口約7万人の地方都市です.市内には,天理教の神殿を中心に病院・大学・博物館・図書館・競泳プール・信者宿泊施設などが林立し,国内で宗教を冠する唯一の市であることを納得させられます.また,郊外には石上神宮や日本最古の道である山の辺の道,大小の古墳群もあり,大和朝廷発祥の地であることの歴史的史跡も多彩です.一方,大阪や京都には1時間以内で到着できる交通至便な土地でもあります.

 当院は昭和40年に発足し,1001床の奈良県下最大の病院であり,常勤医師は常に220名以上を数え,ほぼすべての診療科を擁しています.昭和50年から米国式のレジデント研修制度を採用し,ジュニア2年間・シニア3~4年間の充実した研修が可能です.この研修制度には全国から応募者が殺到し,ときには10倍を超える難関となっています.現在の厚労省主導の臨床研修制度は本院の研修をモデルにしたといわれています.なお,宗教法人が開設・運営しているものの,臨床現場ではその信者か否かは不明であり,診療上の差別はまったくありません.

Estrogen Series・88

エストロゲンと乳癌(1)

著者: 矢沢珪二郎

ページ範囲:P.1456 - P.1457

更年期後にエストロゲン・黄体ホルモン療法を行っている更年期後女性における乳癌発生リスク

 更年期後のホルモン使用(HT)と乳癌発生の関連を調べた疫学的調査51例の分析をみると,乳癌発生の増加を示している.そのリスクはホルモン使用5年以上の場合に認められ,エストロゲン単剤の場合も,エストロゲン+プロゲステロン(E+P)の組み合わせの場合にもみられる1)

 この所見は最近のレビューでも確認された2, 3).WHI調査ではE+P使用者に乳癌との関連がみられたが,E単剤の場合にはリスク増加は認められなかった.その結果,米国においてHT使用は減少したが,それと同時に乳癌発生率も減少した4)

症例

部分癒着胎盤・胎盤遺残による分娩直後の出血に対し経頸管的止血により保存的に治療し得た1例

著者: 佐藤賢一郎 ,   森下美幸 ,   鈴木美紀 ,   田原康夫 ,   水内英充 ,   水内将人 ,   鈴木美和 ,   松浦基樹 ,   北島義盛 ,   塚本健一 ,   藤田美悧

ページ範囲:P.1459 - P.1462

 今回われわれは,部分癒着胎盤・胎盤遺残による分娩直後の出血に対して,用手的遺残胎盤の除去と経頸管的止血により子宮温存し得た1例を経験した.

 症例は28歳,2経妊・2経産で,妊娠8週6日で当院産婦人科を初診した.妊娠38週1日で自然頭位分娩となったが,部分癒着胎盤による胎盤遺残と考えられる出血を認め,用手子宮マッサージ,子宮収縮剤,止血剤の投与を行うが止血せず,希望により経頸管的な止血を試みた.術中出血量は830mlと推定され,総出血量は2,901mlでMAP6単位を輸血したが,術後は経過良好で産褥4日目に退院した.

 分娩直後の経頸管的止血の報告はわれわれの検索した限りでは認められていないようであるが,部分癒着胎盤・胎盤遺残による分娩直後の出血に対して,経頸管的止血も子宮温存治療の選択肢の1つになり得る可能性があるものと思われた.

妊娠中に血球貪食症候群を発症したが早期診断と加療により寛解し妊娠の継続が可能であった1例

著者: 井出哲弥 ,   鈴木裕介 ,   林美佳 ,   三宅法子 ,   井庭裕美子 ,   井庭貴浩 ,   伊藤雅之 ,   津戸寿幸 ,   岩木有里 ,   北田文則

ページ範囲:P.1463 - P.1467

 血球貧食症候群(hemophagocytic syndrome : HPS)は,高熱持続,汎血球減少,肝機能障害などの症状を呈する症候群である.今回,妊娠29週にHPSを発症した症例を経験したので報告する.

 症例は20歳代,未経妊の女性.高熱が持続するため妊娠29週1日に入院となった.汎血球減少と肝機能異常を認め,骨髄穿刺にて血球貧食像がみられたためHPSと診断した.ステロイドパルス療法とγ─グロブリン併用療法を開始したところ,臨床症状は徐々に改善した.以後,ステロイド剤漸減するも再発なく,妊娠34週4日退院した.妊娠36週3日,正常経腟分娩にて2,536gの男児をApgar score 8/9で娩出した.母児ともに経過良好である.

 妊娠中にHPSを発症することは稀である.しかしながら,HPSを念頭におくことにより迅速な診断と治療が可能となり,不要な妊娠の中断を避けることができるのではないかと考える.

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編集後記

著者: 神崎秀陽

ページ範囲:P.1476 - P.1476

 鳩山由紀夫首相の温室効果ガス削減宣言が話題になっています.「1990年比で2020年までに25%削減する」という目標設定に対して,経済界は非現実的であると猛反対のようです.この議論のもととなっている,温室効果ガスが地球の温暖化を促進しているという前提に懐疑的な意見があることはあまり報道されていませんが,そもそも現時点で地球の気候が温暖化過程にあるかどうかに関しても科学的には明確ではないようです.思い起こすと,1970年代の始めまでは,多くの気象学者は地球の寒冷化を問題としその対策を議論していました.

 温暖化への懐疑論者は,1977年に始まった地球温暖化はすでに終わっており,21世紀に入ってからはすでに寒冷化に向けて新たな段階に入っていると言っています.地球の気候変動に太陽活動が与える影響はCO2などの温室効果ガスの影響よりはるかに大きく,気温変化に人類の活動が与える影響は不明であるとする懐疑論者の意見には一理あります.南太平洋のツバル諸島の浸水問題が温暖化による影響としてしばしば報道されていますが,近年の海水面の上昇はごくわずか(数cm)ですから,珊瑚礁の陸地が海水で自然浸食され低下してきているツバルの問題は,地球温暖化とはあまり関係のない現象と思われます.

基本情報

臨床婦人科産科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1294

印刷版ISSN 0386-9865

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74巻8号(2020年8月発行)

今月の臨床 産婦人科医に最低限必要な正期産新生児管理の最新知識(Ⅰ)―どんなときに小児科の応援を呼ぶ?

74巻7号(2020年7月発行)

今月の臨床 若年女性診療の「こんなとき」どうする?―多彩でデリケートな健康課題への処方箋

74巻6号(2020年6月発行)

今月の臨床 外来でみる子宮内膜症診療―患者特性に応じた管理・投薬のコツ

74巻5号(2020年5月発行)

今月の臨床 エコチル調査から見えてきた周産期の新たなリスク要因

74巻4号(2020年4月発行)

増刊号 産婦人科処方のすべて2020―症例に応じた実践マニュアル

74巻3号(2020年4月発行)

今月の臨床 徹底解説! 卵巣がんの最新治療―複雑化する治療を整理する

74巻2号(2020年3月発行)

今月の臨床 はじめての情報検索―知りたいことの探し方・最新データの活かし方

74巻1号(2020年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 周産期超音波検査バイブル―エキスパートに学ぶ技術と知識のエッセンス

73巻12号(2019年12月発行)

今月の臨床 産婦人科領域で話題の新技術―時代の潮流に乗り遅れないための羅針盤

73巻11号(2019年11月発行)

今月の臨床 基本手術手技の習得・指導ガイダンス―専攻医修了要件をどのように満たすか?〈特別付録web動画〉

73巻10号(2019年10月発行)

今月の臨床 進化する子宮筋腫診療―診断から最新治療・合併症まで

73巻9号(2019年9月発行)

今月の臨床 産科危機的出血のベストマネジメント―知っておくべき最新の対応策

73巻8号(2019年8月発行)

今月の臨床 産婦人科で漢方を使いこなす!―漢方診療の新しい潮流をふまえて

73巻7号(2019年7月発行)

今月の臨床 卵巣刺激・排卵誘発のすべて―どんな症例に,どのように行うのか

73巻6号(2019年6月発行)

今月の臨床 多胎管理のここがポイント―TTTSとその周辺

73巻5号(2019年5月発行)

今月の臨床 妊婦の腫瘍性疾患の管理―見つけたらどう対応するか

73巻4号(2019年4月発行)

増刊号 産婦人科救急・当直対応マニュアル

73巻3号(2019年4月発行)

今月の臨床 いまさら聞けない 体外受精法と胚培養の基礎知識

73巻2号(2019年3月発行)

今月の臨床 NIPT新時代の幕開け―検査の実際と将来展望

73巻1号(2019年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 エキスパートに学ぶ 女性骨盤底疾患のすべて

72巻12号(2018年12月発行)

今月の臨床 女性のアンチエイジング─老化のメカニズムから予防・対処法まで

72巻11号(2018年11月発行)

今月の臨床 男性不妊アップデート─ARTをする前に知っておきたい基礎知識

72巻10号(2018年10月発行)

今月の臨床 糖代謝異常合併妊娠のベストマネジメント─成因から管理法,母児の予後まで

72巻9号(2018年9月発行)

今月の臨床 症例検討会で突っ込まれないための“実践的”婦人科画像の読み方

72巻8号(2018年8月発行)

今月の臨床 スペシャリストに聞く 産婦人科でのアレルギー対応法

72巻7号(2018年7月発行)

今月の臨床 完全マスター! 妊娠高血圧症候群─PIHからHDPへ

72巻6号(2018年6月発行)

今月の臨床 がん免疫療法の新展開─「知らない」ではすまない今のトレンド

72巻5号(2018年5月発行)

今月の臨床 精子・卵子保存法の現在─「産む」選択肢をあきらめないために

72巻4号(2018年4月発行)

増刊号 産婦人科外来パーフェクトガイド─いまのトレンドを逃さずチェック!

72巻3号(2018年4月発行)

今月の臨床 ここが知りたい! 早産の予知・予防の最前線

72巻2号(2018年3月発行)

今月の臨床 ホルモン補充療法ベストプラクティス─いつから始める? いつまで続ける? 何に注意する?

72巻1号(2018年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 産婦人科感染症の診断・管理─その秘訣とピットフォール

71巻12号(2017年12月発行)

今月の臨床 あなたと患者を守る! 産婦人科診療に必要な法律・訴訟の知識

71巻11号(2017年11月発行)

今月の臨床 遺伝子診療の最前線─着床前,胎児から婦人科がんまで

71巻10号(2017年10月発行)

今月の臨床 最新! 婦人科がん薬物療法─化学療法薬から分子標的薬・免疫療法薬まで

71巻9号(2017年9月発行)

今月の臨床 着床不全・流産をいかに防ぐか─PGS時代の不妊・不育症診療ストラテジー

71巻8号(2017年8月発行)

今月の臨床 「産婦人科診療ガイドライン─産科編 2017」の新規項目と改正点

71巻7号(2017年7月発行)

今月の臨床 若年女性のスポーツ障害へのトータルヘルスケア─こんなときどうする?

71巻6号(2017年6月発行)

今月の臨床 周産期メンタルヘルスケアの最前線─ハイリスク妊産婦管理加算を見据えた対応をめざして

71巻5号(2017年5月発行)

今月の臨床 万能幹細胞・幹細胞とゲノム編集─再生医療の進歩が医療を変える

71巻4号(2017年4月発行)

増刊号 産婦人科画像診断トレーニング─この所見をどう読むか?

71巻3号(2017年4月発行)

今月の臨床 婦人科がん低侵襲治療の現状と展望〈特別付録web動画〉

71巻2号(2017年3月発行)

今月の臨床 産科麻酔パーフェクトガイド

71巻1号(2017年1月発行)

合併増大号 今月の臨床 性ステロイドホルモン研究の最前線と臨床応用

69巻12号(2015年12月発行)

今月の臨床 婦人科がん診療を支えるトータルマネジメント─各領域のエキスパートに聞く

69巻11号(2015年11月発行)

今月の臨床 婦人科腹腔鏡手術の進歩と“落とし穴”

69巻10号(2015年10月発行)

今月の臨床 婦人科疾患の妊娠・産褥期マネジメント

69巻9号(2015年9月発行)

今月の臨床 がん妊孕性温存治療の適応と注意点─腫瘍学と生殖医学の接点

69巻8号(2015年8月発行)

今月の臨床 体外受精治療の行方─問題点と将来展望

69巻7号(2015年7月発行)

今月の臨床 専攻医必読─基礎から学ぶ周産期超音波診断のポイント

69巻6号(2015年6月発行)

今月の臨床 産婦人科医必読─乳がん予防と検診Up to date

69巻5号(2015年5月発行)

今月の臨床 月経異常・不妊症の診断力を磨く

69巻4号(2015年4月発行)

増刊号 妊婦健診のすべて─週数別・大事なことを見逃さないためのチェックポイント

69巻3号(2015年4月発行)

今月の臨床 早産の予知・予防の新たな展開

69巻2号(2015年3月発行)

今月の臨床 総合診療における産婦人科医の役割─あらゆるライフステージにある女性へのヘルスケア

69巻1号(2015年1月発行)

今月の臨床 ゲノム時代の婦人科がん診療を展望する─がんの個性に応じたpersonalizationへの道

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