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今月の臨床 母体と胎児の栄養学 妊娠中の栄養管理
8.胎児の栄養学とDOHaD―成人病(生活習慣病)胎児期発症起源説の視点から
著者: 福岡秀興1
所属機関: 1早稲田大学胎生期エピジェネティック制御研究所
ページ範囲:P.682 - P.688
文献購入ページに移動はじめに
II型糖尿病,本態性高血圧,脂質代謝異常などの成人病は現在,生活習慣病といわれており,遺伝因子と生活習慣がその発症に大きく関与しているといわれている.しかし,遺伝子多型やSNIPsでその発症が説明され得る生活習慣病は,必ずしも多くはない.それら疾患の新しい発症機序として,「受精時から乳児期までというきわめて早期の短期間に,これら疾患の素因が形成され,それが持続して,マイナスの生活習慣がそこに負荷されることで疾病が発症する」という説が注目されており,これはfetal origins of adult disesase〔FOAD説 : 成人病(生活習慣病)胎児期発症(起源)説〕といわれている1).そのほかに,胎児プログラミング説2),倹約遺伝子説3),DOHaD説(Developmental Origins of Health and Dease)4)などの多様な名称が使われている.しかし日本では低出生体重児の頻度が高く,OECD加盟国のなかでも特に高いこと(図1)5)や,妊婦の栄養状態が必ずしもよくない状況から,次世代の健康が危惧される現時点ではこの名称が最も望ましいと考えられる.一日も早くこれら他の名称を胸を張って使える国になってほしいと願っている.また生活習慣病という名称は,生活習慣そのものが主なる原因で疾病が発症するとの印象を与える.しかし成人病胎児期発症(起源)説の視点からみると,生活習慣のみが疾病の主なる発症要因とは考え難い.例えば精神発達,寿命,経済活動,児童の健康度・体力などは胎生期の影響がきわめて大きいので,これらを包括する成人病という名称に回帰すべきであると考えられる.今後胎生期に起源を有する成人病が世界的に増加して,医療経済的にも大きな問題となっていくことが予想され,その発症機序を解明する緊急性は高い.またその分子機序は,胎生期に起こるエピジェネティックスの偏移により生ずるものであることが動物実験では明らかになりつつある.
またSouthampton Women's study 6),Hartfordshire study 7),ALSPAC 8),Upusara birth cohort 9), Generation R 10)などに見るごとく,外国では妊娠前,妊娠中,出生後の連続したバースコホート研究が,次世代の国家の浮沈にかかわる問題と位置づけられて,大掛かりな研究が推進されている.日本でも環境化学物質の次世代への影響という国家プロジェクト(エコチル調査)が開始されている.その成果を得るには時間と莫大な人的・経済的費用を要するが,その成果を世界全体で共有できる日の近いことが期待される.
ところが,有名なDutch winter famineの調査11)では,出生体重そのものは成人病の発症リスクとは直接関連していない(表1)12).その原因として,ナチス支配地域を連合軍が解放してから大量の食糧支援を行い,それまで1日のカロリー摂取量が400~800 kcalに過ぎなかったのが,一挙に2,000 kcalにまで増えて,胎児自身の発育が急激に促進されたという背景もある.それらの児から疾病罹患者が多く出ている.これは,曝露された低栄養環境の程度と胎児の発育時期により,疾病発症リスクは大きく変わり,出生体重そのものが,必ずしも予後を決定する因子にはならないことを示すものである.それゆえ,妊娠中に子宮内栄養環境を知るバイオマーカーを開発して,出生後の予後を判定することが可能とする研究を進める必要がある.理想的には胎児エピゲノム変化を速やかに判定できる系の開発が望ましい.それゆえ今後,子宮内栄養環境を正確に知るバイオマーカーを開発して,出生後の予後を予測し,早期介入が可能とする研究を進める必要がある.
低出生体重と成人病(虚血性心疾患,2型糖尿病,神経発達行動異常,脂質異常症など)の関連性は,疫学研究から導き出された結果であり,さらに詳細な検討が必要である.またその機序はエピジェネティクス変化が基本である.動物実験(主としてラット)では,その分子機序が明らかとされつつある.ヒトでは,この領域の研究が端緒に着いたというべき状況にある.
II型糖尿病,本態性高血圧,脂質代謝異常などの成人病は現在,生活習慣病といわれており,遺伝因子と生活習慣がその発症に大きく関与しているといわれている.しかし,遺伝子多型やSNIPsでその発症が説明され得る生活習慣病は,必ずしも多くはない.それら疾患の新しい発症機序として,「受精時から乳児期までというきわめて早期の短期間に,これら疾患の素因が形成され,それが持続して,マイナスの生活習慣がそこに負荷されることで疾病が発症する」という説が注目されており,これはfetal origins of adult disesase〔FOAD説 : 成人病(生活習慣病)胎児期発症(起源)説〕といわれている1).そのほかに,胎児プログラミング説2),倹約遺伝子説3),DOHaD説(Developmental Origins of Health and Dease)4)などの多様な名称が使われている.しかし日本では低出生体重児の頻度が高く,OECD加盟国のなかでも特に高いこと(図1)5)や,妊婦の栄養状態が必ずしもよくない状況から,次世代の健康が危惧される現時点ではこの名称が最も望ましいと考えられる.一日も早くこれら他の名称を胸を張って使える国になってほしいと願っている.また生活習慣病という名称は,生活習慣そのものが主なる原因で疾病が発症するとの印象を与える.しかし成人病胎児期発症(起源)説の視点からみると,生活習慣のみが疾病の主なる発症要因とは考え難い.例えば精神発達,寿命,経済活動,児童の健康度・体力などは胎生期の影響がきわめて大きいので,これらを包括する成人病という名称に回帰すべきであると考えられる.今後胎生期に起源を有する成人病が世界的に増加して,医療経済的にも大きな問題となっていくことが予想され,その発症機序を解明する緊急性は高い.またその分子機序は,胎生期に起こるエピジェネティックスの偏移により生ずるものであることが動物実験では明らかになりつつある.
またSouthampton Women's study 6),Hartfordshire study 7),ALSPAC 8),Upusara birth cohort 9), Generation R 10)などに見るごとく,外国では妊娠前,妊娠中,出生後の連続したバースコホート研究が,次世代の国家の浮沈にかかわる問題と位置づけられて,大掛かりな研究が推進されている.日本でも環境化学物質の次世代への影響という国家プロジェクト(エコチル調査)が開始されている.その成果を得るには時間と莫大な人的・経済的費用を要するが,その成果を世界全体で共有できる日の近いことが期待される.
ところが,有名なDutch winter famineの調査11)では,出生体重そのものは成人病の発症リスクとは直接関連していない(表1)12).その原因として,ナチス支配地域を連合軍が解放してから大量の食糧支援を行い,それまで1日のカロリー摂取量が400~800 kcalに過ぎなかったのが,一挙に2,000 kcalにまで増えて,胎児自身の発育が急激に促進されたという背景もある.それらの児から疾病罹患者が多く出ている.これは,曝露された低栄養環境の程度と胎児の発育時期により,疾病発症リスクは大きく変わり,出生体重そのものが,必ずしも予後を決定する因子にはならないことを示すものである.それゆえ,妊娠中に子宮内栄養環境を知るバイオマーカーを開発して,出生後の予後を判定することが可能とする研究を進める必要がある.理想的には胎児エピゲノム変化を速やかに判定できる系の開発が望ましい.それゆえ今後,子宮内栄養環境を正確に知るバイオマーカーを開発して,出生後の予後を予測し,早期介入が可能とする研究を進める必要がある.
低出生体重と成人病(虚血性心疾患,2型糖尿病,神経発達行動異常,脂質異常症など)の関連性は,疫学研究から導き出された結果であり,さらに詳細な検討が必要である.またその機序はエピジェネティクス変化が基本である.動物実験(主としてラット)では,その分子機序が明らかとされつつある.ヒトでは,この領域の研究が端緒に着いたというべき状況にある.
参考文献
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