文献詳細
文献概要
連載 FOCUS
出生前診断―何が問題なのか
著者: 増﨑英明1
所属機関: 1長崎大学医学部産婦人科
ページ範囲:P.676 - P.683
文献購入ページに移動はじめに
最近,胎児治療や出生前診断の話題が,テレビや新聞などのマスコミで頻繁に取り上げられる.それらが社会において認識されるようになったことは,一方で喜ばしいことではあるが,倫理や法的な問題の絡んだ複雑で理解しがたい点のある領域だけに誤解されることを恐れる気持ちもまた少なくない.胎児治療については,胎児に生存権が存在するとみて,生存が危ぶまれると判断されるときに,その生存権を本人(胎児)に代わって両親や医療者が行使するものと考えれば,比較的理解しやすい概念である.一方,出生前診断については,胎児治療の前提として,その生存を脅かす事態が存在するか否かを評価する場合もあれば,出生後には生存不可能な胎児が見つかった際は人工妊娠中絶に誘導されることもありうる.さらに,単に胎児の性別を判定することも,出生前診断に含まれる場合が現実には存在する.このように出生前診断は胎児治療に比べて幅広い倫理問題を抱えている.
出生前診断が内包する問題は,大きく医療側の問題と患者側の問題,さらに社会的問題に分類することができる(表1)1).出生前診断の歴史はいまだ浅く,ここに列挙した問題のひとつとして完全に解決されたものはない.それぞれの問題について,国ごとに異なった対応がなされているが,本来正しい解答が存在するという性質の問題でもない.法的問題ひとつにしても,英仏のように胎児条項を有する国もあれば,日本やドイツのように有さない国もある.わが国は母体保護法と堕胎罪が,出生前診断に連なる医療行為を事実上規制している.しかしながら,法律による規制とは別に,医療者や国民から一定のコンセンサスを得ることはより重要であろうと考えられる.出生前診断の有する問題を理解するためには,歴史的概観から説き起こし,まずはわが国の出生前診断の起源と問題発生の所以を明らかにする必要がある.
最近,胎児治療や出生前診断の話題が,テレビや新聞などのマスコミで頻繁に取り上げられる.それらが社会において認識されるようになったことは,一方で喜ばしいことではあるが,倫理や法的な問題の絡んだ複雑で理解しがたい点のある領域だけに誤解されることを恐れる気持ちもまた少なくない.胎児治療については,胎児に生存権が存在するとみて,生存が危ぶまれると判断されるときに,その生存権を本人(胎児)に代わって両親や医療者が行使するものと考えれば,比較的理解しやすい概念である.一方,出生前診断については,胎児治療の前提として,その生存を脅かす事態が存在するか否かを評価する場合もあれば,出生後には生存不可能な胎児が見つかった際は人工妊娠中絶に誘導されることもありうる.さらに,単に胎児の性別を判定することも,出生前診断に含まれる場合が現実には存在する.このように出生前診断は胎児治療に比べて幅広い倫理問題を抱えている.
出生前診断が内包する問題は,大きく医療側の問題と患者側の問題,さらに社会的問題に分類することができる(表1)1).出生前診断の歴史はいまだ浅く,ここに列挙した問題のひとつとして完全に解決されたものはない.それぞれの問題について,国ごとに異なった対応がなされているが,本来正しい解答が存在するという性質の問題でもない.法的問題ひとつにしても,英仏のように胎児条項を有する国もあれば,日本やドイツのように有さない国もある.わが国は母体保護法と堕胎罪が,出生前診断に連なる医療行為を事実上規制している.しかしながら,法律による規制とは別に,医療者や国民から一定のコンセンサスを得ることはより重要であろうと考えられる.出生前診断の有する問題を理解するためには,歴史的概観から説き起こし,まずはわが国の出生前診断の起源と問題発生の所以を明らかにする必要がある.
参考文献
1) 増崎英明 : 出生前診断をめぐる諸問題.産婦治療101 : 449─456,2010
2) 増崎英明 : 超音波による出生前診断─Nuchal translucencyに関する考察─.産と婦73 : 881─888,2006
3) Antenatal and Newborn Screening Programmes(NHS), Screening test for you and your baby. UK National Screening Committee. 2007
4) 厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する専門部会.母体血清マーカーに関する見解(報告).1999
5) 増崎英明 : 出生前診断の諸問題.産婦治療100 : 33─36,2010
6) 増崎英明 : 妊娠中期 : 妊娠16~28週未満.臨床産科超音波診断改訂2版,pp32─37,メディカ出版,大阪,2009
7) 増崎英明 : 出生前診断─産まれる前に赤ちゃんの異常を診断するということ─.日妊娠高血圧症会誌17 : 123─126,2009
8) 増崎英明 : 超音波技術の進歩と臨床的有用性.─超音波技術の誕生から産科領域への臨床応用,そして,施行基準の標準化にむけて.INNERVISION 25 : 44─47,2010
9) 増崎英明 : 染色体異常の超音波診断.産婦の実際59 : 1636─1641,2010
10) KH Nicolaides, NJ Sebire, RJM Snijders : The 11─14 week scan, pp3─65, Parthenon Publishing, London, 1999
11) 増崎英明 : Nuchal translucencyの計測と意義.臨婦産64 : 537─543,2010
12) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会編集・監修 : NT(Nuchal translucency)肥厚が認められた時の対応は? 産婦人科診療ガイドライン産科編2011,日本産科婦人科学会,東京,pp54─58,2011
13) 長崎遺伝倫理研究会編 : 周産期カウンセリングの必要性.遺伝カウンセリングを倫理する─ケーススタディ─,診断と治療社,東京,pp43─52,2005
14) 増崎英明 : NTの正しい計測法と患者への説明.臨婦産61 : 1003─1009,2007
15) S Yoshida, K Miura, H Masuzaki et al : Does increased nuchal translucency indicate a fetal abnormality? A retrospective study to clarify the clinical significance of nuchal translucency in Japan. J Hum Genet 53 : 688─693, 2008
16) 増崎英明 : Nuchal translucency.臨床産科超音波診断改訂2版,pp120─124,メディカ出版,大阪,2009
17) 増崎英明 : 家族のきずな.日本医事新報(4557) : 3,2011
18) H Masuzaki, et al : Detection of cell-free placental DNA in maternal plasma : Direct evidence from three cases of confined placental mosaicism. Journal of Medical Genetics 41 : 289─292, 2004
19) H Masuzaki, et al : Labor increases maternal DNA contamination in cord blood. Clinical Chemistry 50 : 1709─1711, 2004
20) 増崎英明 : 母体血による胎児の性別判定.日本医事新報(4572) : 62─63,2011
21) 産み分けタイ渡航急増─邦人年30組─受精卵男女選別,朝日新聞 2011.09.25
掲載誌情報