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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査29巻11号

1985年11月発行

雑誌目次

特集 リポ蛋白・脂質代謝と臨床検査

序 臨時増刊「リポ蛋白・脂質代謝と臨床検査」によせて

河合 忠

pp.1253-1254

 血漿中の脂質にはコレステロールエステル,遊離コレステロール,中性脂肪(ほとんどがトリグリセライド),リン脂質のほか少量の遊離脂肪酸が含まれている.正常人では,これらの脂質は血漿の約1%を占め,循環血液中では総量15〜30gにも及ぶ.これらのほとんどはリポ蛋白に結合しており,遊離脂肪酸は主としてアルブミンに結合して,脂質—蛋白質複合体として体液水分中に溶解している.

 生体組織中で脂質が蛋白質と結合して存在することは,19世紀後半にすでに知られていた.1877年頃,J.Edmundsは血清中に微細な,屈析率の高い粒子のあることを報告している.その後1896年にはH.F-Müllerもこの事実を確認し,これをHamokonienと呼び,食後に増加することを認めている.1924年にはS.A.GageとP.A.Fishはそれらの微細粒子が乳びに由来すると考え,chylomicron (乳び粒)と命名したのである.血清中の脂質が蛋白質と結合していると推定させるデータを初めて提出したのはM.Macheboeufであって,ウマ血清ではあるが,初めて"リポ蛋白らしきもの"が硫安沈殿法によって分離された.しかし,この成績はその後十数年間ほとんど無視されていた.1933年になるとPV.Mutzenbacherが血清の超遠心分析を手がけ,1935年にはA.S.McFarlaneが少量のX-proteinの存在を指摘し,やがてK.O.PedersonらによってX-proteinが多量の脂質を含むことが明らかにされた.ここでMacheboeufのデータが見直され,脂質-蛋白質複合体の概念が確立されるに至った.

1 リポ蛋白代謝

リポ蛋白代謝

秦 葭哉

pp.1255-1272

はじめに

 ヒトの血液中には,健常者で約15gの脂質が含まれている.脂質の種類は,コレステロール,リン脂質,トリグリセライド(トリアシルグリセロール),遊離脂肪酸である.

 脂質は,本来水に溶けず,血清にも血漿にもそのものとしては不溶である.しかし,血中の脂質は,アポ蛋白と呼ばれる総量約7gの特定の蛋白質に表面を覆われた微小粒子を形成することで,血清に可溶化されている.血清中で脂質とアポ蛋白が複合し,偽ミセル(pseudomicelle)の形をとった微粒子が血清リポ蛋白である.

2 脂肪細胞の代謝

脂肪細胞の代謝

辻田 隆広 , 奥田 拓道

pp.1273-1277

脂肪細胞とは

 脂肪細胞から成る脂肪組織は,全身のいろいろな部位にくまなく分布している.すなわち,皮下,深部血管の周囲,腹腔内などに存在し,正常人はほぼ10kg前後の脂肪組織を有しているといわれている.脂肪組織の主な生理的機能は,エネルギーの貯蔵と供給である.グルコースと遊離脂肪酸の形で化学エネルギーを取り入れ,中性脂肪(トリグリセライド)の形に変えて貯蔵する.そして生体全体のエネルギー要求に応じて中性脂肪を分解し,遊離脂肪酸とグリセロールの形で蓄積されたエネルギーを放出する.脂肪組織には血管や神経が分布しており,この血管を通じて脂肪合成のための材料や代謝を調節するホルモンなどが脂肪細胞まで運搬されてくる.同時にまた,脂肪分解産物が血管を通って運び去られていく(図1).

 脂肪細胞は種々の特徴をもった細胞である.まず細胞の大部分は脂肪滴で占められ,細胞質は細胞周囲に狭い帯状を成し,いくぶん扁平になった核がみられる(図2).中性脂肪を主成分とする脂肪滴の表面には滑面小胞体が分布する.飢餓にするとその細胞容量は縮小し,肥満で増大するなど,脂肪細胞は伸縮自在である.細胞容量の変動は大部分,中性脂肪の増減に起因している.従来,脂肪細胞は代謝的に不活発な細胞ではないかと考えられていたが,きわめて活発に代謝している.エピネフリン,ACTH,成長ホルモン,インスリンなどに感受性を示し,代謝活性が変動する.

3 脂質検査

1.コレステロール

春日 誠次

pp.1278-1285

コレステロールの分子構造と反応性

 コレステロールの構造の基幹となっている核は"cyclopentanoperhydrophenanthrene"で,17位の炭素に側鎖(C−8)をつけた構造(cholest)となっている.この構造が確定したのは1932年のことであるが,cholesterolの名称からも推定されるように古くから胆石の成分としての存在が知られていた.

 コレステロールはまた△5—cholesterolとか,cholest—5—en−3β—olなどとも呼ばれる.上記のcholest—構造の3位の炭素にβ—OH基が,そして5-6位の間が二重結合となっている(図1).

2.トリグリセライド(TG)

仁科 甫啓

pp.1286-1290

はじめに

 動脈硬化症や糖尿病などのリスクファクターとしての中性脂肪,すなわちトリグリセライド(TG)測定は臨床上重要視されている.

 3個のアルコール基を有するグリセロールにパルミチン酸(C16)やオレイン酸(C18)などの高級脂肪酸が結合したものが中性脂肪で,1分子の脂肪酸とのグリセロールエステル化合物がモノグリセライド(MG),2分子のエステル化合物がジグリセライド(DG),3分子の化合物がトリグリセライド(TG)であり,これらのMG,DG,TGの総称が中性脂肪である.血清中では中性脂肪の90〜95%がTGであるため,検査室では中性脂肪とトリグリセライドとは同意語に使われている.また,このTGを含め,中性脂肪は血液では蛋白と結合して水溶性のリポ蛋白として存在し,脂質の運搬に関与している.

3.リン脂質

谷口 正子 , 坂上 利夫

pp.1291-1297

はじめに

 リン脂質は肝ミクロゾームで生合成され,アポ蛋白,コレステロール,糖脂質などとともにリポ蛋白を形成し,血中に放出される.血漿中で,また各組織へ運ばれて,その機能を果たす.

 血漿中におけるリポ蛋白リン脂質の機能として,LCAT注1)活性の基質であるということのほかに,赤血球へのリン脂質の供給という重要な役割がある.血漿リン脂質の増減や血漿リポ蛋白の異常によって,赤血球脂質の異常やそれに伴う形態異常,ひいては赤血球の機能の異常が引き起こされることは,よく知られている.

4.総脂質

仁科 甫啓

pp.1298-1300

はじめに

 総脂質とはコレステロール,中性脂肪,リン脂質などの総和を指す.

 かつての化学法ではコレステロール,中性脂肪などを単独に測定するのには長時間と高度の熟練を要し,日常検査として実施するのには多くの解決すべき問題点があったため,それぞれの脂肪成分を求める前に総脂質値が求められた.酵素法の出現によって,各脂質成分が短時間で容易に測定されるようになって,総脂質測定の意義が薄れてきている.しかし,脂質代謝を総括的に把握するためには,総脂質測定の意義は重要である.ここでは総脂質測定法について解説する.

5.(総)遊離脂肪酸

戸塚 実 , 日高 宏哉 , 金井 正光

pp.1301-1306

はじめに

 血中の遊離脂肪酸(free fatty acid:FFA)は総脂肪酸の4〜5%にすぎないが,末梢組織のエネルギー源としての役割はグルコースと並んで重要である.

 血中のFFA濃度は脂肪組織からの放出と肝,その他末梢組織での摂取のバランスによって規定されるが,FFAの摂取は血中レベルに依存するため,FFAの放出が主に血中濃度を決定する.FFAの放出はホルモン感受性リパーゼ(hormone sensitive lipase)による中性脂肪の水解と脂肪酸の再エステル化の差によって決まり,水解は各種内分泌性,神経性因子により調節され,再エステル化は脂肪組織へのグルコースの供給などと関係している.

6.ケトン体

原納 優 , 小島 秀人

pp.1307-1311

はじめに

 ケトン体はアセト酢酸(AcAc),3—ヒドロキシ酪酸(3—OHBA),およびアセトンを総称したものである.このケトン体は脂肪酸がβ酸化を受けた代謝産物であり,骨格筋,心筋や腎臓でさらに利用され,炭酸ガスと水に分解される.ケトン体の病的意義を理解するには,その代謝調節機構を知る必要がある.

 代謝調節機構には,大別してホルモンによるものと基質レベルによるものとがある.ホルモンによるものとしてはインスリンおよびグルカゴンが最も重要であり,インスリン欠乏下には脂肪分解が促進され,肝においては脂肪酸酸化の抑制が外れる.またグルカゴン,エピネフリンなどは脂肪分解を促進するのみならず肝での脂肪酸酸化を亢進するので,重症糖尿病における場合など,このインスリン分泌低下とグルカゴン分泌亢進が共存してケトーシスが発現するのである.基質レベルによる調節では,遊離脂肪酸(FFA)の増加はケトン体生成を増加させるが,肝でグリセロリン酸が増加するような状態にあってはエステル化されるため,ケトン体に酸化される量が減少する.

7.過酸化脂質

植田 伸夫

pp.1312-1315

チオバルビツール酸(TBA)法

 今日,過酸化脂質の測定法といわれるものは,後に見るようにさまざま挙げられているが,臨床化学の領域で日常的に用いられているのはTBA法である.TBA法の意味も後に触れることとして,まずTBA法の実施概要を示す(図1,2).

 今日,TBA法は主として用手法で実施されているが,透過光比色法はブタノール抽出の部分を工夫すれば,自動分析装置に搭載できる.蛍光法(八木法)の用手法キットは和光純薬から市販されている.

8.胆汁酸

眞重 文子

pp.1316-1320

はじめに

 ヒト胆汁酸には,肝で生成される一次胆汁酸のコール酸(C)およびケノデオキシコール酸(CDC)と,これらが腸内細菌によって生じる二次胆汁酸のデオキシコール酸(DC)およびリトコール酸(LC)がある.そのほかに,CDCの立体異性体であるウルソデオキシコール酸(UDC)が少量存在する.さらに特異な疾患では胆汁酸の代謝経路に異常が起こり,異常胆汁酸が見いだされている.これらの胆汁酸は主にグリシン,タウリン(C−24位)抱合型,そのほか少量が硫酸(C−3位)抱合型として存在し,尿中では主に硫酸抱合型として存在している.人体試料中の胆汁酸は胆汁中ではきわめて高濃度(約5g/dl)に存在し,糞便中にもかなり排泄されている(約500mg/日)が,血液中では1μg/ml程度で尿中にもわずかしか排泄されていない(0.4mg以上/日).しかし肝疾患時には肝細胞による摂取を逃れて大循環の中に胆汁酸が逸脱し,血液および尿中胆汁酸は増加する1,2)

 胆汁酸の測定法は現在までに種々の方法が報告されてきたが,現在用いられている方法は大別して①酵素法,②ガスクロマトグラフィー(GC)およびガスクロマトグラフィー.マススペクトロメトリー(GC-MS),③高速液体クロマトグラフィー(HPLC),④ラジォィムノアッセイ(RIA),エンザイムイムノアッセイ(EIA)の4法である.本稿では血清胆汁酸の測定を主に述べ,末尾に血清以外の生体試料について概略を述べる.

4 リポ蛋白

1.分離超遠心法によるリポ蛋白の分離

横山 信治

pp.1321-1325

はじめに

 生体にとって脂質の主な役割とは,過剰のエネルギーの単位体積の当たりの効率的貯蔵と生体膜の構築である.水に不溶であるという脂質の性質が,例えばトリグリセライドによる高い密度でのエネルギー貯蔵や,リン脂質二重層から成る生体膜による体液の隔壁としての役割を可能にしている.しかし,水を媒体として成立している生命体の中では,逆にこれらの脂質の代謝回転のために,なんらかの特別な輸送システムが必要となる.血漿リポ蛋白質と呼ばれるものは,この水に不溶な脂質を血流・リンパ流に乗せて体内を運搬するための,こうした輸送システムの一つである.

 疎水性の物質ないし界面活性物質が水中で安定に存在する構造は,エマルジョンないしはミセルである.非極性脂質であるトリグリセライド,コレステリルエステルなどを中心球としてリン脂質,遊離コレステロールなどの極性脂質(界面活性物質,両親媒性分子)がその周りを取り巻いた構造が脂質エマルジョンであり,通常,外層は単分子膜である.また,リゾリン脂質またはリン脂質+界面活性蛋白(後述するアポリポ蛋白)はそれ自身でミセル構造をとり,水中で安定に存在しうる.血漿リポ蛋白質とは基本的にこうした構造をもつ脂質粒子であり,その表面に界面活性をもつ種々のアポリポ蛋白質が結合することによって生物学的活性を獲得し,分泌,酵素反応,受容体による認識などを受けることになる.

2.分析超遠心法によるリポ蛋白分画法

藤岡 考之 , 加古 博幸 , 八杉 忠男 , 嶋村 政男

pp.1326-1330

分析超遠心法の概要

 血清(血漿)中のリポ蛋白の分画法として超遠心法,電気泳動法,カラムクロマトグラフィー法などが用いられているが,このうち超遠心法はリポ蛋白分子の密度差(比重)によってリポ蛋白を分画する方法である.リポ蛋白は密度の小さい粒子なので,溶媒の密度をリポ蛋白の密度より大きくして,遠心力を利用して浮上させる方法が用いられている.

 リパ蛋白の分画を目的とする超遠心法は,溶媒密度を小さいものから順に大きいものに変えて超遠心を繰り返し,段階的に各分画を分離してゆく分離超遠心法,密度勾配を作った溶媒中で各リポ蛋白の密度に応じて分画されたリポ蛋白を分離するゾーナル超遠心法,超遠心場におけるリポ蛋白の浮上速度によってリポ蛋白を分画する分析超遠心法に大別される.

3.電気泳動法によるリポ蛋白分画法—1)セルロースアセテート膜(オゾン化Schiff)

小沢 憲治 , 中野 栄二

pp.1331-1334

原理

 リポ蛋白に含まれる不飽和脂肪酸の炭素二重結合部分にオゾンを作用(酸化)させると,オゾナイドが形成され,アルデヒド基が生じる.このアルデヒド基とSchiff試薬(亜硫酸フクシン)が反応して赤紫色(キノイド型)を呈する(図1).また,飽和脂肪酸であるコレステロールは,オゾン化によりケトカルボン酸を生じ,Schiff試薬と反応して呈色するものと考えられているが,パルミチン酸やステアリン酸などの飽和脂肪酸を染色することはできない.

 スダン・ブラックBやオイル・レッドOなどの脂溶性色素による染色法は,色素の溶媒相と脂質相の分配係数の差により溶媒から脂質へ色素が移行し,平衡状態に達した時点で染色が完了するものと考えられている.しかし,脂溶性色素法は有機溶媒を用いるため,染色,脱色時に脂質の一部が遊出する欠点がある.リン脂質や遊離コレステロールが相対的に多く遊出されやすい.オゾン化Schiff染色法は,支持体にセルロースアセテート膜(セ・ア膜)を用いた電気泳動法のみに適している.

3.電気泳動法によるリポ蛋白分画法—2)アガロースゲル

芝 紀代子

pp.1335-1340

測定法の概要

 アガロースゲルを支持体とするリポ蛋白分画法は,1968年Noble1)やKalabら2)により最初に報告されている.Nobleはウシアルブミンを加えたアガロースゲルを支持体として,ズダンブラックBで染色し,一方Kalabらは0.45%寒天を支持体として,Fat Red7BとOil Red Oを混合した色素を用いて染色を行っている.

 アガロースを支持体とするリポ蛋白の染色には,ほぼ脂溶性色素が用いられている.オゾン化Schiff染色ではアガロースに含まれる水分により,安定な値が得られないためと報告されている3)

3.電気泳動法によるリポ蛋白分画法—3)ポリアクリルアミドゲル

藤田 政之

pp.1341-1343

はじめに

 ポリアクリルアミドゲルディスク電気泳動は,OrnsteinとDavisら1)により開発され,ポリアクリルアミドの分子ふるい効果,不連続緩衝液の使用などにより分離能のたいへん優れた分析法である.血清リポ蛋白への応用はNarayanら2)(1966)により行われ,今日も広く用いられているが,ゲル作製,泳動の条件により泳動像が変化しやすく,また染色,定量,保存に関し問題もあり,平板法や薄層平板法などが用いられることも多い.本稿ではNarayan法を基に,筆者らの経験などを含めたリポ蛋白の分離法について記す.

3.電気泳動法によるリポ蛋白分画法—4)脂質分別定量法(酵素法)

浦田 武義

pp.1344-1352

はじめに

 現在報告されている脂質の分離定量法の中で電気泳動法は,HDL,VLDL,LDLおよびLp-Xにわたるすべてのリポ蛋白の相対量を同時に,かつ簡易に分析することができる特長を有している.

 従来から筆者らは,リポ蛋白脂質の日常臨床化学分析法として本法を利用し,血清脂質をα(HDL),preβ(VLDL)およびβ(LDL)分画に分離し,各分画中の脂質成分を特異的に検出する方法について基礎検討を試みてきた1〜8).ここでは,これら一連の検討を集約したリピッドプロフィール作製のための脂質分別定量法について解説する.

4.沈殿法によるリポ蛋白分画法—1)分画沈殿法

佐々木 禎一

pp.1353-1358

はじめに

 血清中の主要リポ蛋白を個々に定量したり,あるいは分画測定したりするための方法は,研究的には,①塩析法,②冷エタノール分画法,③超遠心法,④電気泳動法,⑤カラムクロマトグラフィー,⑥免疫学的方法,⑦複合体(コンプレックス)形成沈殿法,⑧ゲル濾過法,⑨光散乱比濁法(ネフェロメトリー),および⑩その他の方法,などと多くの方法を挙げることができる.

 しかし,少なくとも臨床検査の目的に用いられてきたのは,電気泳動法が中心であり,その後免疫学的方法ならびに複合体形成沈殿法,あるいはネフェロメトリーの利用も増加してきたといえよう.現在,血清中のアポリポ蛋白の種類が,免疫血清を利用してより詳細に分類され,測定されるようになってきたが,多数の血清検体について主なリポ蛋白を化学的に分析する場合には,自動化測定も重要なポイントとなり,複合体形成沈殿法がより一般的であろう.この方法の主流はヘパリン/Ca2+法のようなポリアニオン(polyanion;多価陰イオン)と血清中リポ蛋白との複合体の形成を基盤とする方法である.

4.沈殿法によるリポ蛋白分画法—2)HDL-コレステロール

野間 昭夫

pp.1359-1362

測定法の概要

 15年前にBurstein一派が沈殿法による血清リポ蛋白分画法を詳細に検討した1)が,その数年後に疫学的研究によってHDL-コレステロール(HDL-C)測定の重要性が認められた.それ以来,この方法は簡便なHDL分画法として広く用いられるようになってきた.最近では多くの検査室でHDL-C測定がルーチン化しており,昭和58年度日本医師会精度管理調査によると,全客体の90%以上の施設でHDL-C測定に参加し,その中の90%以上が沈殿法を用いていることがわかる.

 リポ蛋白沈殿分画法はポリアニオンと二価陽イオンを加えた一定条件下で低比重系リポ蛋白を沈殿させて,その上清中のコレステロールを定量し,HDL-C濃度とするものである.このポリアニオンと二価陽イオンの組み合わせとして現在広く用いられているのは,ヘパリン-Mn2+,ヘパリン-Ca2+,デキストラン硫酸-Mg2+,リンタングステン酸-Mg2+であり,そのほかK-アガー,ポリエチレングリコールなども用いられている.先に日本臨床病理学会標準委員会で調査した結果2)も医師会サーベイの結果もほとんど同じであるが,わが国ではリンタングステン酸-Mg2+法が最も多く全体の約30%を占め,次いでデキストラン硫酸-Mg2+法(約23%),ヘパリン-Ca2+法(約20%),等電点沈殿法(約10%),ヘパリン-Mn2+法(約6%)と続いている.

5.高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によるHDL分画法

岡崎 三代 , 原 一郎

pp.1363-1367

はじめに

 ヒト血清リポ蛋白各分画の中で高比重リポ蛋白(HDL)については,そのレベルと動脈硬化症発生率の間に負の相関が存在することが報告されて以来,HDL量の測定が盛んに行われるようになった.一方,HDLはいくつかの亜分画から成り立っているため,HDL全量でなくその内容の違いについての検討も重要である.

 本稿では,筆者らが開発した高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によるリポ蛋白の分析法を用いてのHDL分画法について述べる.なお,HPLC法によるリポ蛋白分析法の一般については,他の成書を参照されたい1〜3)

6.ゲル濾過法によるリポ蛋白分画法

高橋 慶一 , 山田 信博 , 村勢 敏郎

pp.1368-1371

 分子ふるいゲルクロマトグラフィー法は,リポ蛋白を粒子の大きさに従って分離,分析する手段として用いられている.本稿では,この方法について解説する.

7.電子顕微鏡による血清リポ蛋白の観察法

中島 久実子 , 秦 葭哉

pp.1372-1378

はじめに

 血清リポ蛋白の研究は,従来からの血清脂質の動態の解析に加えて,この数年,アポ蛋白の定量の面からも著しい発展があり,脂質・アポ蛋白複合体としての「リポ蛋白粒子」という概念が一段と強く意識され,粒子としての働きが関心を集めてきている.しかしながら,実際に電子顕微鏡を用いての形態学的研究は,機器の問題や方法の煩雑さもあり,現在のところ報告はあまり多くはないのが実情である1〜6).リポ蛋白の研究に形態的観察がより汎用されることを期待し,われわれが動脈硬化組織に蓄積した脂質球をはじめ7,8),動脈組織内のリポ蛋白および血清リポ蛋白を透過電顕ならびに走査電顕で観察するのに用いた方法9)を解説し,参考に供したい.

 リポ蛋白に限らずアーティファクトでない,よりよい顕微鏡写真を得るためには,大きく分けて,電子光学系の操作と観察に適した試料作りの2点に対する注意が必要である.前者については,装置により操作法も異なり使用機器のマニュアルを熟読するほかないので,ここでは後者の観察に適した試料の作りかたを中心に述べ,観察上の注意点に触れることにする.

8.遺伝型リポ蛋白Lp(a)

川出 眞坂

pp.1379-1382

リポ蛋白Lp(a)とは

 リポ蛋白Lp(a)は1963年,ノルウェーの遺伝学者Berg1)により,βリポ蛋白の遺伝的変異型(geneticvariant)として報告されたものである.彼は血清中のLp(a)をOuchterlony法で測定し,ノルウェー人の34%がLp(a)陽性で,家族調査によりLp(a)は常染色体優性方式で遺伝することを認めた.その後Harvieら2)はラジオイムノアッセイ(RIA)により測定し,Lp(a)はすべての人に検出されるが,その濃度に個人差が大きく,いわゆる量的遺伝素因(quantitative genetictrait)であることを明らかにした.

 Lp(a)が発見されてから20年以上が経過し,この間に物理化学的性状,代謝などが明らかにされてきたが,今日なおその生物学機能は不明である.Lp(a)はヒト以外には霊長類の血液中に検出されるのみで,マウス,ラット,ウサギなどの実験動物には存在せず,動物実験が困難なことも研究が遅れている一因であろう.

 以下,Lp(a)について明らかにされていることをまとめてみよう.

9.異常リポ蛋白—1)Lp-X

清島 満 , 山田 昌夫 , 安藤 喬

pp.1383-1386

はじめに

 胆汁うっ滞症における患者血漿中にはSeidelら1)によって命名されたリポ蛋白(lipoprotein-X:Lp-X)という異常リポ蛋白が出現しており,その測定値は現在,臨床上,胆汁うっ滞の指標として重要視されている.Lp-Xは寒天電気泳動法において,陰極側に泳動されるという特徴をもち(図1),またその組成もリン脂質66%,遊離コレステロール23%,エステル型コレステロール2%,中性脂肪3%,蛋白6%と他のリポ蛋白の組成とはかなり異なっている.一方,電顕による観察では連銭形成(rouleaux formation)が認められ,Lp-Xの形態的特徴とされている(図2).

 しかし,胆汁うっ滞症のほかに,レシチン:コレステロール・アシルトランスフェラーゼ(lecithin:cholesterol acyltransferase;LCAT)欠損症や,イントラリピッドの大量静脈内投与によってもLp-X類似のリポ蛋白が出現することが知られている.そのためLp-Xの生成機序として,胆汁の血中への逆流のほかにいくつかの要因が考えられている.しかし本稿ではその出現機序については詳しくは触れず,以下,臨床検査室において日常検査の一つとして行いうる代表的な測定法について述べる.

9.異常リポ蛋白—2)β-VLDL

中井 継彦 , 玉井 利孝

pp.1387-1390

定義およびその代謝

 β-VLDLはIDLと類似点が認められるので,IDLと比較しながら述べる.

 β-VLDL,IDLはともにIII型高リポ蛋白血症(typeIII HLP)およびコレステロール食後の高リポ蛋白血症を特徴づけるリポ蛋白である.これらの病態は動脈硬化症との関連が強く,血中に増加したβ-VLDL,IDLが関係していると考えられている.

5 アポ蛋白

5アポ蛋白—1.ゲル内沈降反応—1)SRID法

櫻林 郁之介 , 野又 康博

pp.1391-1396

はじめに

 リン脂質,遊離コレステロール,エステル型コレステロール,トリグリセライドなどの血清脂質は特殊な蛋白質と複合体を形成し,球状複合体として血清中に溶存している.この球状の脂質—蛋白複合体は血清リポ蛋白と呼ばれ,このリポ蛋白を形成する特殊な蛋白をアポリポ蛋白,あるいはアポ蛋白と呼んでいる.

 アポ蛋白はリポ蛋白を構成する重要な骨組みであり,アポ蛋白がなくてはリポ蛋白を構築し,脂質を血清中に溶存させ,脂質を代謝することはできない.アポ蛋白のもう一つの重要な機能として,リポ蛋白リパーゼ(LPL)やレシチン(LCAT;コレステロールアシル転移酵素)などの脂質代謝関連酵素の活性の修飾作用があり,脂質代謝の調節という役割を担っている.さらに細胞の表面膜上に存在するリポ蛋白に対するレセプター(受容体)に強い親和性をもち,細胞内へのリポ蛋白の取り込みの標的としての役割も担っている.

 最近アポ蛋白の免疫化学的測定法が確立され,その定量キットも市販されて容易に血清アポ蛋白を測定できるようになり,ますます臨床的知見も増えつつある.

5アポ蛋白—1.ゲル内沈降反応—2)ロケット電気泳動法

古賀 俊逸 , 今利 泰久 , 増本 陽秀 , 顔 淑恵

pp.1397-1400

 ロケット免疫電気泳動法(rocket immunoelectrophoresis)はLaurell(1972)1)により完成された方法であり,血漿蛋白などの免疫化学的測定に最も適した方法の一つである.形成される沈降線の形がロケットに似ているところからロケット法と呼ばれることが多いが,電気免疫測定法(electroimmunoassay)または単にLaurell法と呼ばれることもある.

5アポ蛋白—2.溶液内沈降反応

藤田 誠一 , 片山 善章

pp.1401-1406

はじめに

 血清リポ蛋白は単なる脂肪の運搬体であるだけでなく,脂質代謝の調節に重要な役割を演じている.またリポ蛋白は脂質と蛋白から構成され,その蛋白部分はアポ蛋白と呼ばれ,リポ蛋白代謝に重要な機能を果たしている.

 アポ蛋白にはA-I,A-II,B,C-II,C-III,Eなど10種類以上が知られており,それぞれ特有の機能を有している.

5アポ蛋白—3.酵素免疫測定法

原納 優 , 中野 隆光

pp.1407-1410

はじめに

 免疫反応を応用したアポ蛋白の測定法としては,ゲル内沈降反応によるSRID法1),ロケット免疫電気泳動法2),さらに溶液内沈降反応による免疫比濁法3)やレーザーネフェロメトリー4)などが報告されている.またラジオアイソトープを用いた感度の高いラジオイムノアッセイ(RIA)法5)も最近,開発されてきている.

 アポ蛋白の酵素免疫測定法(enzyme-linked immunoassay;EIA)については,1978年Fruchartらが報告したアポBの測定法6)に始まり,次いで1980年HolmquistらによりアポC-I,C-II,C-IIL E7)およびB(1982年)8)の競合法による測定法が報告された.これらの方法はポリスチレンチューブを固相として,抗原(または抗体)を付着させ,これに抗原を競合させて測定する競合法である.最近Heiden9)らもポリスチレンビーズを固相としたアポBの競合法を報告したが,Fruchartらは1984年にポリスチレンボールを用いたアポBの非競合法(サンドイッチ法)を報告した10)

5アポ蛋白—4.RIA法

川上 正舒 , 山田 信博 , 村勢 敏郎

pp.1411-1415

はじめに

 リポ蛋白の蛋白成分であるアポ蛋白は,現在,アポA-I,A-II,A-IV,B,C-I,C-II,C-III,D,E,Fなど10種以上が知られている.

 アポ蛋白は,コレステロールやトリグリセライドなどの脂肪を運搬する担体としての役割のほか,リポ蛋白リパーゼやLCAT (レシチン:コレステロール・アシルトランスフェラーゼ)の活性を促進または阻害する作用を示し,さらに細胞のリポ蛋白受容体がリポ蛋白を認識する標的となるものある.このように,個々のアポ蛋白は,それぞれ脂質代謝の調節に重要な役割を果たしているので,血中のアポ蛋白濃度を測定することは,脂質代謝異常の病態生理を理解するうえで重要な意味を持つようになってきた.

5アポ蛋白—5.密度勾配電気泳動法

多田 紀夫

pp.1416-1421

はじめに

 動脈硬化をいかに予防し,改善するか,という一連の課題解決の一指標として血漿脂質が取り上げられ,近年,この分野の研究が飛躍的に進歩している.わが国においても,12年ほど前までは血漿コレステロール,トリグリセライド値と病態との関連性が議論されていたが,HDL—コレステロールなどのリポ蛋白脂質,さらに近年では血漿アポ蛋白値,また,各リポ蛋白のアポ蛋白(apolipoprotein)組成などが測定,計測されるようになり1,2),これらからリポ蛋白を総括的に検討し,病態との関連性が意義づけられるようになった.特に,超低比重リポ蛋白(VLDL),中間型リポ蛋白(IDL),低比重リポ蛋白(LDL),高比重リポ蛋白(HDL)などの各リポ蛋白の量的増減のみでなく,β—VLDL3)やLp (a)リポ蛋白4)といったアポ蛋白組成や脂質組成の,通常のリポ蛋白と異なるリポ蛋白5)の血中での出現が,動脈硬化の発生と深いかかわりがあることが明確となった.

 そこで本稿では,アポ蛋白の分離,検出,同定に利用される密度勾配電気泳動法について,その意義,利用法を述べ,筆者の行っている方法を呈示し,読者諸氏のご批判を仰ぎたいと思う.

5アポ蛋白—6.等電点電気泳動法によるアポEisoformの分析

山村 卓

pp.1422-1427

はじめに

 アポ蛋白E (アポE)には分子多様性が存在し,本態性III型高脂血症は特定のアポE分子を有する症例から発症することが知られている.また最近では異常ヘモグロビン症のごとく,多くの構造異常アポ蛋白の存在も報告されている.これらアポEの分子多様性,構造異常アポ蛋白の分析には等電点電気泳動法が用いられる.ここでは,等電点電気泳動法によるアポEisoformの分析とその解釈および臨床的意義について述べることにする.

5アポ蛋白—7.モノクローナル抗体による分析法

油谷 浩幸 , 児玉 龍彦

pp.1428-1431

モノクローナル抗体の原理(図1)

 モノクローナル抗体は,抗体を分泌しない骨髄腫(ミエローマ)細胞ラインと,特異抗原にて免疫したリンパ球を細胞融合させ,その中から単一のクローンを選択して増殖させて作製する.通常,BALB/Cマウス由来のミエローマ細胞ライン(NS−1)と,2〜3回特異抗原で免疫したBALB/Cマウスの脾細胞をポリエチレングリコールで融合させ,限界希釈法を2回行ったものを用いる.NS−1は,HG-PRT欠損株で,通常のBALB/C細胞には毒性を有する8アザグアニン(8AZ)耐性株である.HG-PRT欠損株はアミノプテリン感受性のため,アミノプテリンを含むHAT培地ではNS−1と脾細胞が融合し,HG-PRT陽性となった細胞のみが生き残る.1回の細胞融合で数百個のハイブリドーマが得られるが,この中から,普通は抗原をコートしたプレートを用いるEIA法にて特異抗体を選択し,それを産生するクローンを増やす.抗体の特異性はEIA法,蛍光抗体法,transblotting法により決定される.

 以下にアポ蛋白に対するモノクローナル抗体作製の具体的手順を述べる.

6 酵素

1.リポ蛋白リパーゼ(LPL)

村勢 敏郎

pp.1432-1434

はじめに

 カイロミクロンおよび超低比重リポ蛋白(VLDL)のカタボリズムの最初のステップは,末梢組織におけるトリグリセライド(TG)の加水分解反応に始まるが,この反応を触媒している酵素がリポ蛋白リパーゼ(lipoprotein lipase;LPL)である.すなわち,LPLの生理的な役割は血漿リポ蛋白—TGを異化することにある.臨床的に,高TG血症の成因を検討しようとする場合,特にTGの処理機構に障害があるか否かを評価する場合には,この酵素活性を測定することが必要になってくる.

2.肝性TGリパーゼ(H-TGL)

村勢 敏郎

pp.1435-1436

はじめに

 肝性トリグリセライドリパーゼ(hepatic triglyceride lipase;H-TGL)は肝細胞で生合成された後,肝内皮細胞膜表面へと輸送され,そこで流血中のリポ蛋白に作用するTG(トリグリセライド)の加水分解酵素である.この酵素はすでに述べたLPLのアイソエンザイムであって,分子量はLPLとほぼ同じ6.7×104程度であり,ヘパリンの静注によって血中に遊離してくる点もLPLと類似している.しかし,LPLがカイロミクロンやVLDLの異化に携わっていることが明らかにされているのに対し,H-TGLはこれらのリポ蛋白にはほとんど作用しない.

 この酵素の生理機能に関しては,現在,HDL代謝に関与しているという説と,レムナントリポ蛋白の肝における処理に関与している,という二説があって対立している.

3.レシチン:コレステロール・アシルトランスフェラーゼ(LCAT)

高橋 慶一 , 赤沼 安夫

pp.1437-1441

はじめに

 血漿コレステロールはその約3/4がエステル型として存在しているが,コレステロールエステルは血漿リポ蛋白の構造と機能を保つうえに必要であり,また血液を介したコレステロール輸送の担送形として働く.血漿中のコレステロールエステルはほとんどが,血漿中に存在する酵素,レシチン:コレステロール・アシルトランスフェラーゼ(LCAT)により血中で生成されている2,4)

 この反応はレシチン(ホスファチジルコリン)のβ位のアシル基(脂肪酸)をコレステロールの3β—OH基に転移させるもので,その結果,等molのレシチンと非エステル型コレステロールを消費し,同じmol数のコレステロールエステルとリゾレシチンを生成する(図1)1〜3)

4.ホスフォリパーゼA1,A2

石川 洋 , 白井 厚治 , 斎藤 康

pp.1443-1446

はじめに

 リン脂質は生体の構成成分であるばかりでなく,細胞膜機能の調節因子としても重要である.このリン脂質を分解する酵素がホスフォリパーゼA (以下,PLAと略す)である.PLAは生体内のほとんどあらゆる組織に存在し,細胞膜の性状や機能の維持,調節に関与していると考えられている.

 血中リポ蛋白においても,リン脂質はアポ蛋白とともにその表面に存在し,中性脂肪やコレステロールエステルなどを包むカプセルとしての役割を果たしているだけでなく,さらに,これらのリポ蛋白脂質の代謝を規定する因子としても重要であり,このリポ蛋白のリン脂質を分解するPLAが,リポ蛋白代謝上果たす意義は大きいと考えられる.しかし,PLA活性測定の脂質代謝検査上の意義と有用性については,まだ確立されていない点が多く,したがって臨床検査として応用されるまでには至っていない.

5.スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)

篠原 力雄

pp.1447-1452

スーパーオキサイドディスムターゼについて

 スーパーオキサイドディスムターゼ(superoxide dismutase:SOD)は,1969年FridovichとMcCordら1)によってウシ赤血球から単離精製され,2O2-+2H+→H2O2+O2の反応を触媒することが明らかにされた.

 スーパーオキサイドアニオン(O2-)は,酸素が一電子還元を受けたもので,その反応性はきわめて強い.化学的にはアスコルビン酸,エピネフリン,ジチオスライトール,フェナジンメトサルフェイト,ピロガロールなどの自動酸化により生成されるほか,物理的には,H2Oの紫外線照射および放射線照射などによっても生成される.一方,生体内においてはNADPH-チトクロームc還元酵素(NADPH,cytochrome c reductase:fp22),キサンチン酸化酵素(xanthine oxidase:XOD)3),アルデヒド酸化酵素(aldehyde oxidase)4),およびNADPH酸化酵素5)などの酵素反応によっても生成されることが明らかにされている.

7 脂肪酸

1.血清および脂肪組織の構成脂肪酸

安藤 進

pp.1453-1457

生体成分における脂肪酸の意義

 脂肪酸はさまざまの脂質の中にエステルあるいはアミドとして含まれており,「脂質は脂肪酸を含むもの」という一つの定義があるほどに,あまねくかつ大量に分布している.

 人体に見いだされる脂肪酸は大部分が直鎖で,偶数炭素数の飽和および不飽和酸である.不飽和脂肪酸はシス型の二重結合を有し,その数と位置により多くの種類ならびに異性体が存在する.生体に通常みられる主要な脂肪酸は限られていて,俗称で呼ばれることが多い.例えば飽和酸ではパルミチン酸(C16:0),ステアリン酸(C18:0),不飽和酸ではオレイン酸(C18:1),リノール酸(C18:2),リノレン酸(C18:3),アラキドン酸(C20:4)などである.カッコで示された略号はさらに数字のみで略記されることも多い.

2.血球膜の脂肪酸特に赤血球膜について

八幡 義人 , 橋本 正志

pp.1458-1464

はじめに

 血球膜の脂質組成およびその代謝系に関しては,最近,血小板膜脂質の研究が,血小板機能,特に凝集能との関連で注目されている.しかし,血球膜脂質に関する成績の主軸は,やはり赤血球膜のそれであり,本項では紙数の制限もあるので,対象を赤血球に限って述べることにする.

 赤血球膜脂質組成の詳細については,成書1〜8)または優れた総説9〜12)に譲るが,全体としては,中性脂肪としてのコレステロール(特に遊離型:FC)と,リン脂質(phospholipids:PL)とから成り立っている.このうちPLについては,ホスファチジルコリン(phosphatidyl choline:PC),スフィンゴミエリン(sphingomyelin:SM),ホスファチジルセリン(phosphatidyl serine:PS),ホスファチジルエタノラミン(phosphatidyl ethanolamine:PE)が主で,これに少量の上記PLのlyso型リン脂質や,ホスファチジルイノシトール(phosphatidyl inositol:PI)が存在している.FCとPL以外ではホスファチジン酸(phosphatidic acid:PA),ポリグリセロールリン脂質(polyglycerol phospholipids)や糖脂質,プラスマローゲン(plasmalogen)なども認められる.組成比は表1に掲げたように,重量比でみるとFCが約1/3,残りがPLを主に2/3となっている.これをmol比でみると,FCとPLとはほぼ1:1となっているのがわかる.

8 プロスタグランジン

トロンポキサンA2,プロスタサイクリンの測定を中心に

横田 一成

pp.1465-1472

はじめに

 トロンボキサン(TX) A2は,血小板で作られる,寿命のきわめて短い生理活性物質で,血小板を強く凝集させ,血管を収縮させる.一方,プロスタグランジン(PG) I2(プロスタサイクリン)も不安定な物質で血管で作られて,血小板の凝集を抑制し,血管を弛緩させる.血管内では,これら二つの生理活性物質がバランスをとりながら作用して,血液循環の恒常維持に大切な機能を果たすと考えられている.詳しくは文献回)を参照されたい.

 TXA2とPGI2とも化学的に不安定で,血液中で自然分解して生物活性を失う.TXA2は特に不安定で,中性の水溶液中において37℃で半減期が30秒という速度で加水分解してTXB2に変わる.PGI2も半減期が約5分で,特に酸性条件下で急速に分解して,不活性な6—ケトーPGFになる(図1).このTXB2と6—ケトーPGFの両者は,それぞれ組織で生合成されたTXA2とPGI2を反映して測定の対象にされている.

9 リポ蛋白レセプター

1.LDLレセプター

梶波 康二 , 道下 一朗 , 酒井 泰征 , 馬渕 宏 , 竹田 亮祐

pp.1473-1479

LDLレセプターとコレステロール代謝

 低比重リポ蛋白レセプター(LDL-R)は,コレステロール(Chol)合成の律速酵素である3-ヒドロキシー3-メチルグルタリルコエンザイム(3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A;HMG-CoA)還元酵素(reductase)活性とともに,血清Cholを制御する重要な因子である1,2).図1に示すようにLDL-Rは肝および肝以外の組織に大別される.血清Cholはその75%がLDL,Cholとして運搬され,細胞表面のLDL-Rを介して細胞内に取り込まれる.図2に細胞内Chol代謝とLDL-Rの関係を示した3)

 LDL-Rは分子量120,000の前駆体として合成された後,Golgi装置にて糖鎖を付加され,分子量160,000となり,細胞表面に出る.ここでLDLと結合しcoatedpitと呼ばれる陥凹部に集まる.その後,細胞内部にくびれ込み(coated vesicle),ライソゾーム(lysosome)と癒合する.そこでLDLのアポ蛋白はアミノ酸に,Chol-エステルは遊離Cholに水解される.こうして生じた細胞内遊離Cholは,細胞膜の構成,ステロイドホルモン産生(副腎,性腺),胆汁酸合成(肝)に利用されるほか,以下の作用により細胞内Cholのホメオスターシスに関与している.すなわち,①Cholをエステル化するアシル-CoA-コレステロール転換酵素(acylCoA-cholesterol transferase:ACAT)を活性化し,過剰の遊離CholをChol-エステルとして貯蔵する,②Chol合成の律速酵素HMG-CoA還元酵素を抑制する,③LDL-Rの合成を抑制し細胞内へのChol取り込み過剰を阻止する,などの役割を有する.このようなメカニズムにより,血中LDL-Cholを反映して細胞内Chol「調節される.

2.レムナントレセプター

北 徹 , 横出 正之 , 久米 典昭 , 石井 賢二

pp.1480-1485

はじめに

 血中には外因性および内因性のコレステロールが存在しているが,コレステロールは水に不溶のため,その担体であるリポ蛋白により運搬されている.外因性のコレステロールはカイロミクロン(chylomicrons)を,内因性のそれはVLDL(very low density lipoprotein:超低比重リポ蛋白),IDL(intermediate density lipoprotein:中間型リポ蛋白),LDL(low densitylipoprotein;低比重リポ蛋白)を担体としている.特にLDLは,ヒト血漿中のコレステロールの2/3を運搬している.

 1974年Brown,Goldsteinがリポ蛋白代謝の分野にレセプターの概念を導入するに至り,血中コレステロールの代謝調節には,その担体であるリポ蛋白のレセプターが重要な役割を果たしていることがしだいに明らかになり1),最近,肝臓におけるレセプターの役割が特に注目されてきている2,3)

3.スカベンジャーレセプター

飯村 康夫 , 櫻林 郁之介

pp.1486-1489

スカベンジャーレセプターとは

 LDLレセプターが欠損している家族性高コレステロール血症ホモ接合体患者においても血漿LDLが細胞内で異化されているが,この異化に関与する代謝経路はLDL経路(pathway)とは異なる経路で,スカベンジャー経路(scavenger pathway)と呼ばれており,正常人においてもこの経路が利用されている(図).この経路を持つ細胞がスカベンジャー細胞(scavengercell)と呼ばれるもので,マクロファージや肝のKupffer細胞などがそれである.

 正常LDLはマクロファージに取り込まれないが,種々の化学的修飾を加えたLDL (変性LDL)やIII型高脂血症患者で認められるβ—VLDLは積極的に取り込まれる.これはマクロファージの細胞表面にこれらと結合しうる特異的なレセプターが存在するためで,このレセプターをスカベンジャーレセプターと呼ぶ.なお,このレセプターは1種類ではなく,数種類存在すると考えられている.つまり,変性LDLの中でもアセチル化LDLとデキストラン硫酸結合LDLとでは細胞表面の結合部位が互に異なっており,またこの両者とβ—VLDLとでも結合部位の相違が認められるからである.

10 先天性脂質代謝異常

1.先天性アポ蛋白異常症—1)アポA-I,A-II欠損と変異種

武内 望

pp.1490-1495

概念

 アポA-I,A-II蛋白はそれぞれ分子量が28,100,17,400(二量体)ダルトンで243および154個のアミノ酸から成り,高比重リポ蛋白(HDL)の骨核を形成しているアポ蛋白である.アポA-Iはコレステロールのエステル化を行うレシチン:コレステロール脂肪酸転位酵素(LCAT)の活性化因子であり,末梢組織から肝へのコレステロールの転送に関与していると考えられている.これらは主として肝で合成されるが,アポA-Iは一部小腸で合成されるためカイロミクロン中にも含まれており,食餌性脂肪の吸収や代謝にもなんらかの役割を果たしている可能性もある.

 したがって,アポA-I蛋白の異常は血清HDL濃度の低下,コレステロールの代謝障害のみならず,カイロミクロンなどのトリグリセライド担送蛋白の代謝異常をもたらすことになる.このため血清コレステロールは低下し,特にHDL中のコレステロール(HDLC)はきわめて低値となる.逆に血清トリグリセライドは二次的なリポ蛋白代謝障害のため,むしろ増加する場合が多い.これはトリグリセライド担送蛋白の代謝に関与するアポCやE蛋白等を保持し,必要に応じてリポ蛋白に分配する役割をHDLが果たしているため,HDLの低下はこれらのアポ蛋白の供給を減少させ,代謝障害をきたすものと説明されている.

1.先天性アポ蛋白異常症—2)アポB異常症

油谷 浩幸

pp.1496-1499

アポB代謝の概要

 アポリポ蛋白B (アポB)は,リポ蛋白の合成・異化に必須の蛋白で,血中のコレステロール輸送の制御に重要である.すなわち,カイロミクロン,VLDL (verylow density lipoprotein:超低比重リポ蛋白),LDL(low-density lipoprotein;低比重リポ蛋白)などを構成する主要な蛋白であるとともに,細胞表面のリポ蛋白受容体の認識蛋白としての機能を有している.LDL受容体欠損症(家族性高コレステロール血症)患者では血中アポB濃度が3〜5倍に増加し,動脈硬化性疾患の著しい進展をみるところから,atherogenic peptide(動脈硬化惹起性蛋白)としての特徴を有すると考えられている.

 アポBには肝由来B (アポB100)と小腸由来B(B48)の2種が存在し1),異なった代謝経路を示す(図1).小腸で吸収された脂質はカイロミクロンとしてB48とともに血中に放出され,トリグリセライドの水解を受けた後,レムナントとして速やかに肝に取り込まれる.一方,肝で合成分泌されるVLDLはB100を有しており,血中でLDLに転換され,末梢組織のLDL受容体を介して異化される.

1.先天性アポ蛋白異常症—3)アポE異常

山本 章

pp.1500-1506

アポE異常とⅢ型高リポ蛋白血症その研究の展開

 アポリポ蛋白E(アポE)に関する研究は,病態面での観察と生理・生化学的追究が常にシーソーゲームをしながら発展してきた点できわめて興味深い.

 1967年Fredricksonらが血漿リポ蛋白の電気泳動パターンによって高脂血症(高リポ蛋白血症)をI型からV型に分類した際,LDL(βリポ蛋白)とVLDL(preβリポ蛋白)の間がどうしてもはっきりした谷間で分かれない例があり,このような血漿から超遠心で分離したVLDL分画を電気泳動にかけるとまともな位置よりずっとβ寄りに泳動されること,そしてそのようなVLDL分画は異常にコレステロールに富むことを見いだし,このようなケースをIII型高リポ蛋白血症として位置づけた.この種の高脂血症はその特異な電気泳動パターンからbroadβ病とも,またdysbetalipoproteinemiaとも呼ばれる.

1.先天性アポ蛋白異常症—4)アポC-II異常(アポC-II欠損症)

山村 卓

pp.1507-1512

はじめに

 血清脂質はアポリポ蛋白(アポ蛋白)と呼ばれる蛋白質との複合体であるリポ蛋白として血中に存在し,血清脂質代謝異常症はリポ蛋白代謝異常症としてとらえられている.リポ蛋白の代謝にはアポ蛋白が重要な機能を果たしていることが知られるようになり,最近ではアポ蛋白の異常に基づくリポ蛋白異常症の存在が明らかにされている.その代表的な疾患が,アポC-IIの欠損によって高カイロミクロン血症を呈するアポC—II欠損症である.

 リポ蛋白代謝に関する基礎的研究から,アポC-IIはリポ蛋白リパーゼの賦活因子としての機能が示唆されていたが,アポC-II欠損症の発見によって,in vitroの成績から予想されていたアポC-IIの生理的役割の重要性が実証された.

2.先天性酵素欠損症—1)LPL欠損症

村勢 敏郎

pp.1513-1517

はじめに

 血清が乳び状に白濁する高脂血症は古く(BürgerとGrütz, 1932)から原発性(primary),特発性(idiopathic)ないしは本態性高脂血症(essential hyperlipemia)の名称のもとに取り扱われてきた.しかし,この高脂血症は血中にカイロミクロンを認めるという共通点をもった一つの症候群"chylomicronemia syndrome"であって,病因論的に原因の異なるいくつかの疾患を包含している.HavelとGordon1)は1960年,この症候群の一部にトリグリセライド(triglyceride:TG)の力口水分解酵素であるリポ蛋白リパーゼ(lipoproteinlipase:LPL)の欠損が直接の原因となって起こるカイロミクロン血症のあることを明らかにし,ここに酵素欠損症としての疾患概念が確立されたのである.

 先天性LPL欠損症の頻度は100万人に1人程度であるといわれていて,きわめてまれな疾患に属する.Nikkilä2)は1983年に,それまでに酵素欠損が確実に証明された症例として58例の報告例を集計しており,わが国においてわれわれがここ数年間に他施設から依頼を受けて診断を確定しえた症例は7例である.

2.先天性酵素欠損症—2)LCAT欠損症

内藤 周幸

pp.1519-1523

LCAT欠損症とは

1.概念

 LCAT欠損症とは,肝で生成され,血流中で作用し,肝で異化されるレシチン:コレステロール・アシルトランスフェラーゼ(lecithin:cholesterol acyltransferase:LCAT)と呼ばれる酵素(EC2.3.1.43)の先天的な欠損(活性低下)によって惹起される病態で,常染色体性劣性遺伝である.その遺伝子の座はハプトグロビン(16q22)の近く,すなわち16番の染色体上にあると考えられている.

3.遺伝性脂質蓄積症

鈴木 義之

pp.1524-1530

はじめに

 遺伝性の代謝障害により,脂質が細胞内に大量に蓄積する疾患のグループがある.大部分は,脂質の分解酵素の活性欠損によるものである.

 酵素の活性は,遺伝情報により規定される.遺伝子の突然変異により,酵素蛋白の構造が変わったり,酵素蛋白が合成されなくなったりすると,酵素活1生は著しく低下し,あるいはまったく失われてしまう.その結果,この酵素によって進められる生体内の化学反応は停滞し,基質が蓄積することになる.このような機序によって起こる病気は先天性代謝異常と呼ばれ,現在までに数百種が知られている.脂質蓄積症(リピドーシス)もその一つであり,病気の遺伝子は親から子に伝えられる1,2).そして特定の条件のもとで,実際に病気として表現される.

4.家族性高コレステロール血症

横山 信治

pp.1531-1536

疾患の概念

 肝から,主としてトリグリセライドの担体としてアポB100をもって分泌される超低密度リポ蛋白質(VLDL)は,脂肪組織や筋でリポ蛋白リパーゼによる水解によってトリグリセライドを積み下ろし,末梢組織から捨い上げられてHDLでエステル化されたコレステロールが血流中で積み込まれて,低密度リポ蛋白質(LDL)となる.これは細胞膜に存在し,LDLを認識する特異的レセプター(LDLレセプター)に結合して細胞内に取り込まれる.コレステロールの主要な合成,異化の臓器である肝で最も多くのLDLが処理されるが,ステロイドホルモン合成のために,コレステロールの需要の大きい副腎のような臓器では重量当たりの処理量は大きい.

 血漿LDLの除去率は正常者ではコレステロールにして1日1.5g程度であり,その2/3(1g)はこのLDLレセプターを介して行われる.残りの1/3(0.5g)はスカベンジャー経路(scavenger pathway)と呼ばれる,おそらくは変性したLDLを取り込む貪食細胞により処理されるものと考えられている1).レセプターによって取り込まれたLDLは,細胞内でのコレステロール合成への負のフィードバック(negative feedback),レセプター自身の合成の抑制など重要な制御機構に連動するが,スカベンジャー経路による取り込みにはこうした特異的効果はない(図1).

5.長寿症候群

及川 孝光

pp.1537-1541

はじめに

 近年の脂質代謝研究の進展により,動脈硬化(特にアテローム硬化)における血中各リポ蛋白の役割が明確になりつつある.本症候群は1976年,米国のGlueckら1)が提唱した概念であり,特異な脂質像を呈する症例を寿命の面から検討している.本稿では,まず本症候群の中心を成す家族性高αリポ蛋白(HDL)血症(familial hyperalphalipoproteinemia)について述べ,また家族性低βリポ蛋白(LDL)血症についても概説し,さらに,脂質代謝および動脈硬化における本症候群の臨床的意義につき解説を加える.

11 後天性脂質代謝異常

1.肥満症

徳永 勝人 , 松沢 佑次

pp.1542-1546

肥満症の概念と臨床像

 肥満は"過度に脂肪が蓄積した状態"で,食物の過剰摂取によるエネルギー供給の増加または運動量減少などによるエネルギー消費の減少によって,エネルギーのバランスが正に傾くことによって起こる.肥満の程度を判定するには,脂肪量を測定するのが理想的であるが,実際的には身長と体重を求めて肥満度を算出し,肥満の程度を判定する1)

 肥満者は単に太っているということでなく,糖・脂質代謝異常をきたし,動脈硬化性疾患,高血圧症,糖尿病,消化器疾患(脂肪肝,胆石症),痛風などを合併し,死亡率を増加させている.米国では,癌がなくなるより肥満がなくなったほうが平均寿命が延びる,といわれ,1985年ロックフェラー大学のHirschらは「肥満は癌より恐ろしい」と警告している.

2.糖尿病

高橋 慶一 , 村勢 敏郎 , 赤沼 安夫

pp.1547-1552

はじめに

 糖尿病には高頻度に高脂血症が伴い,これは糖尿病に合併しやすい動脈硬化性疾患の主要な危険因子の一つと考えられている2,3).高脂血症の頻度は未治療糖尿病患者ではおおよそ30〜40%とされているが,報告により,また糖尿病の病態によりかなり異なり1),血漿脂質異常の表現型も多彩である4,5).糖尿病の治療により高脂血症は正常化し頻度が大きく減少するが,血糖の面からは糖尿病が十分よく治療されているにもかかわらず血漿脂質異常が存続する例も多い.また,空腹時の血漿脂質値が正常であっても血漿リポ蛋白に質的異常が認められることもある.さらに,食後の血漿脂質に異常が認められるという報告もある.糖尿病における血漿脂質代謝異常については,空腹時の血漿脂質濃度だけではなく,アポ蛋白組成をも含めたリポ蛋白分画としての変化に注目する必要がある.

 本稿では,これらの点を考慮しながら糖尿病における血漿脂質代謝の異常についてもまとめてみたい.

3.虚血性心疾患

都島 基夫

pp.1553-1558

はじめに

 これまで,多くの欧米の疫学や臨床研究などにより,虚血性心疾患の発症に至るまでの血清脂質の関与,特にコレステロールの重要性が論議されている.しかし,わが国においては,虚血性心疾患と血清脂質やリポ蛋白に関する将来研究(prospective study)は少なく,したがって危険因子としての血清脂質やリポ蛋白の意義の確認はまだなされていない.

 本項では,虚血性心疾患の概念と臨床像,危険因子としてのリポ蛋白,脂質代謝の意義,治療や経過によるリポ蛋白の変動などを中心に述べてみたい.

4.脳血管障害

村井 淳志 , 宮原 忠夫 , 藤本 直規 , 松田 実

pp.1559-1563

脳血管障害

 これは包括的な名称であり,その中には多くの疾患が含まれている.頻度が高いのは脳血栓,脳塞栓,脳出血(高血圧性脳内出血)である.脳血栓と脳塞栓は鑑別が困難なことが多く,通常両者を合わせて脳梗塞とする.脳出血は最近,著しく減少した.クモ膜下出血などその他の疾患も頻度が低い.したがって,脳血管障害の中で頻度が高く,かつ脂質代謝との関係が深いのは脳梗塞(虚血性脳血管障害)であり,本稿ではこの疾患について解説する.

5.腎疾患

湯川 進 , 味村 啓司 , 宗 正敏 , 前田 孝夫 , 宮井 利彦

pp.1564-1569

はじめに

 腎疾患の中で最も高頻度に脂質代謝異常を合併する疾患に,ネフローゼ症候群と慢性腎不全がある.

 本稿では,まず両疾患の基本的な病態が脂質代謝異常との関連性で少なからず重要であるので,それぞれの疾患の基本的な臨床所見について簡単に触れ,その後,両疾患時の脂質異常の概要について述べることにする.

6.肝疾患

板倉 弘重

pp.1570-1575

はじめに

 肝はリポ蛋白代謝の中心的臓器であり,肝疾患時にはその病態により種々のリポ蛋白代謝異常がみられる.肝炎など肝実質障害時には肝で合成される脂質,アポ蛋白,リポ蛋白などが低下するが,同時に肝はこれらの脂質やリポ蛋白の異化臓器でもあり,リポ蛋白分画によっては血中に停滞して増加することがある.特に顕著な変化として知られていたのが閉塞性黄疸時の高脂質血症であり,閉塞性リポ蛋白とも呼ばれる特異な組成のリポ蛋白分子が出現する.

 肝疾患時にはリポ蛋白代謝に関連する酵素の中で特にレシチン:コレステロール・アシルトランスフェラーゼ(LCAT)や肝性リパーゼ(hepatic triglyceridelipase:H-TGL)の低下がみられ,これによってもリポ蛋白代謝が変化する.

7.内分泌疾患

石橋 俊 , 村勢 敏郎 , 高久 史麿

pp.1576-1580

はじめに

 後天性脂質代謝異常の中でも,内分泌疾患はさまざまな型の高脂血症を引き起こす.これは,さまざまのホルモンが脂質代謝の多くの調節因子に働いているためである.本稿ではこれらの内分泌疾患に合併する血漿リポ蛋白代謝異常について,その検査成績を中心に紹介する.

 表に,代表的な内分泌疾患に合併する高脂血症病型について要約した.このうち,糖尿病と女性ホルモンについては本誌の別項で扱われるので,本稿では割愛した.

8.皮膚疾患

松尾 聿朗 , 大城戸 宗男

pp.1581-1585

皮膚と脂質代謝

 皮膚は組織学的に表層から表皮,真皮,皮下脂肪組織に分けられる.皮下脂肪組織での脂質代識は通常内科の領域で,表皮と真皮での脂質代謝が皮膚科での研究対象となる.

 真皮は線維成分とこれを取り囲む間質とわずかな細胞成分,これに血管・リンパ管,神経,汗腺,毛,立毛筋などとともに脂腺が存在し,同部が脂肪滴を生成する.脂腺は顔面,前胸部,背部正中部などでは密に分布し,同部を脂漏部位と呼ぶ.脂腺で生成される脂質はトリグリセライド,スクワレン,ワックスエステルで,おのおのの全脂腺脂質に対する割合は約60%,10%,25%である.にきび,脂漏性皮膚炎などは,脂腺での脂質の過剰産生がその疾患の基礎になる.脂腺脂質は脂腺の排泄管,毛漏斗を通って皮表に排泄される.その排泄過程でトリグリセライドは常在菌のPropionibacterium acnesのもつリパーゼが働いてジグリセライド,モノグリセライド,遊離脂肪酸へと分解される.スクワレンは排泄過程で分解されることがないので,皮表脂質中に存在するスクワレン量を測定することで脂腺機能を間接的に推測することが可能である.一方,スクワレンは二重結合を6個もつ炭化水素であることから,皮表に排泄されると容易に酸化され,過酸化脂質(TBA反応陽性物質)を生成する.皮表脂質中の過酸化脂質の大半はスクワレン由来と思われる1)

9.妊娠

大森 安恵 , 秋久 理眞

pp.1586-1591

はじめに

 妊娠は,わずか40週の期間に受精卵から3kgの胎児が成長するという驚くべき偉業を成し遂げる.この間にみられる最も大きな変化は胎盤ができ,それが内分泌を主にした一つの臓器として働くこと,種々なホルモンが著しく増加すること,糖代謝および脂質代謝が亢進すること,などである.これらの変化はすべて,胎児を成長させるために相互に干渉し合って起こるものであるが,高脂血症は栄養学的にその主役を演じているといえる.

 妊娠時に高脂血症のみられる事実については,すでに1847年にVirchowが妊娠後期妊婦の血清がミルク様に白濁することを観察し,これが脂肪に由来したものであることを証明したといわれている1).妊娠時に起きる高脂質血症を理解するには,その背景となる妊娠中に起きる母体の変化について知らねばならない.

12 食事・薬剤とリポ蛋白

食事・薬剤とリポ蛋白

中村 治雄

pp.1592-1597

はじめに

 血清脂質,あるいはリポ蛋白に対する食事の影響は,きわめて大きい.さらに,各種の薬剤もリポ蛋白を大きく増減させることになる.

 ここに,食事の内容,あるいは薬物によって,どのようにリポ蛋白が影響を受け,さらに高リポ蛋白血症に対して,どのような薬物が基本的に用いられるのかを,まとめてみた.

話題

リピドリサーチ・クリニックス・プログラム

内藤 周幸

pp.1277,1290

 これは米国において1973年から1983年9月まで,ほぼ10年間にわたって行われた,抗高脂血薬コレスチラミンによる,虚血性心疾患の一次予防に関する二重盲検試験のことである.LRC-CPPTと呼ばれ,各症例につき最低7年間(平均7.4年)追跡が行われた結果,血漿コレステロールの低下により,冠疾患のリスクを減少させることを決定的に明らかにした,世界で最初の試験である.以下にその内容を紹介し,この臨床試験の結果の意義について述べようと思う.

 対象は試験開始時35〜59歳の男性で血漿総コレステロール(TC)が265mg/dl以上,LDL-Cが190mg/dl以上で,試験開始時冠疾患が臨床的にみられない,高血圧ではない人々3,806名である.二次性高脂血症の患者も除外されている.すなわち一次予防試験であった.患者は無作為的に2群に分けられ,一群には治療群として食事療法+コレスチラミン(24g/日)投与を行い,もう一つの群には食事療法+プラセボ投与を行った.試験は二重盲検法で行われた.

リポ蛋白と免疫

櫻林 郁之介

pp.1311

 リポ蛋白と免疫機能との関係について,近年いくつかの注目すべき研究がなされているので紹介しよう.

 1971年,Chanらはマウス骨髄細胞によるコロニー刺激因子の研究を行っていたところ,血清中にその因子を抑制する物質があることを発見し,この物質が超遠心にてVLDL,LDL分画にあることを1974年になりGranstromらが発表した.その後1980年になり,Zuckerらがこの抑制作用はVLDLが最も強く,その作用機序としてはエリスロポエチンの作用抑制とDNA合成抑制によるものであることを見いだし,同時にLDLやHDLにこの作用がないことを報告した.

ビタミンEとコレステロール

関本 博

pp.1340

 ビタミンEとコレステロールとの関係は,古くからアテローム硬化病巣を中心に数多くの検討が加えられてきている.コレステロールやトリグリセライドの沈着している部分に一致して脂溶性ビタミンEも多く存在し,その因果関係もよくわからないまま今日に及んでいる.

 筆者ら1,2)が対象として用いたヒト大動脈のアテローム硬化病巣の分析結果から推定されるいくつかの項目について述べてみたい.

血漿リポ蛋白と赤血球膜

八幡 義人

pp.1358

 ヒト成熟赤血球は脂質合成能を欠くために,各膜構成脂質や脂質交換は血漿リポ蛋白の脂質に依存している.すなわち,赤血球膜脂質の素材は主として血漿からの脂質供給による.

 血漿リポ蛋白(LP)の主体は,エステル型コレステロール(CE)とトリグリセライド(TG)であるが,前者が血漿LP全量の約2/3を占めている.しかし,このCE,TGともに赤血球膜の構成成分ではない.そこで,その他のリポ蛋白組成のうちリン脂質(PL)と遊離型コレステロール(FC)が問題となる.この両者は,血漿・赤血球間で比較的容易に交換されている.血漿PL分画では,PCとSMとが主体となっており(いずれもコリン系PLである),当然,赤血球膜PL組成に重大な影響を与えうる1)

glycosylated LDL

片山 善章

pp.1367

 生体内におけるLDLの異化は,主にレセプター依存性経路とレセプター非依存性経路によって行われる.

 前者は細胞表面に存在するアポBに特異的な親和性をもつレセプターを介して行われる.このLDLレセプターは生体内の各組織表面細胞でみられる.例えばヒト線維芽細胞は,細胞1個当たり2万〜5万個のレセプターをもっている.このレセプターに対するLDLの結合はアポBのリジンやアルギニン残基を介して行われる.リジン残基を無水酢酸,ジケトンやcyanoborohydrideで処理されたLDLは,もはやレセプターへの結合を起こさない.

赤血球の形態と脂質組成

八幡 義人

pp.1382,1400

 赤血球形態の決定因子としては,少なくとも膜蛋白(特にスペクトリン)と膜脂質とが知られている.このうち臨床上問題となる後天性病因としては,肝・胆道疾患に代表される脂質異常症1)であろう.これらの疾患では,血漿脂質異常によって,赤血球膜へ遊離コレステロール(FC)とリン脂質(PL)とが同時に転入され,最も典型的な事例として,trarget cell(標的細胞)が生ずることになる.この赤血球では,増加するFCとPL (特にホスファジルコリン:PC)がともに膜外表面側脂質である点が注目される.このため,膜内表面側に主として分布しているホスファチジルセリン(PS)とホスファチジルエタノラミン(PE)が本質的には不変であり,どうしても膜二重層のうち特に膜外表面側の脂質量が過多となって,膜全体としては,いわゆる"たるみ"を生ずることになって,targetcellを示すことになると考えられている2)

 これに対して,同じ肝疾患でありながら,spur cell anemiaも特異である.この場合には,赤血球膜FCの著増がありながら,膜PL量は正常である点が注目される.赤血球形態は有棘突起を有する奇形赤血球症であって,先端が鈍な棍棒状を呈する.このspur cell生成は,2段階の経過を経て形成されるようである.第一段階は血清リポ蛋白から赤血球がFCを受け取る過程であり,第二段階はこの病的赤血球が脾によって"条件づけ"される過程で,spur cell化はこの段階のときに生ずるらしい.

赤血球膜の流動性と脂質代謝

八幡 義人

pp.1436,1441

 ヒト赤血球膜は,中性脂質(コレステロール:Chol)と,極性脂質としてのリン脂質(phospholipids;PL),糖脂質などを主体とする脂質二重層を基本構造としている.この場合,Chol/PL比はほぼ0.9〜1.0(mol比)であり,各種の哺乳動物で一定の値がみられる.

 リン脂質組成では,ホスファチジルコリン(PC),スフィンゴミエリン(SM),ホスファチジルセリン(PS),ボスファチジルエタノラミン(PE)が主体であるが,前二者はcholine系PLであり,細胞膜の局在からみると,膜外表面側に主として分布している.これに対して,後二者は,膜内表面側に主として局在している.このPLの非対称性分布は,後述する膜流動性に重大なかかわりを持っていると推定される.PLとしては,上記の4種のほかに,ホスファチジルイノシトール(PI)や,lyso型PC(L-PC),ホスファチジン酸(PA)も少量ではあるが認められる.

インスタント食品と過酸化脂質

板倉 弘重 , 加賀 綾子

pp.1442

 油脂を用いた加工食品は多数市販されている.油脂が空気に触れると過酸化物が生成してくるが,過酸化脂質が問題となっている食品には,即席ラーメン,ポテトチップス,揚げ菓子,魚の干物,レトルト食品,缶詰などさまざまなものがある.

 1964年(昭和39年)夏に過酸化脂質の増加した即席ラーメンを食べて食中毒症状を引き起こした事件があった.その後,油菓子にも過酸化物価の高いものがあり,食品中の油脂酸敗による障害を防止するために,1977年(昭和52年)厚生省は油脂利用食品の酸化許容基準を定めた.

LDL-In

櫻林 郁之介

pp.1452

 LDL (d=1.006〜1.063)分画の中に含まれるリポ蛋白の中にヒツジ赤血球(SRBC)と抗SRBCとの凝集反応を抑制するものがあることを1976年Curtissら1)が発見し,このリポ蛋白をLDL-In(immunoregulatory low densitylipoprotein,あるいはlow density lipoprotein inhibitor)と呼んだ.この特殊リポ蛋白はIV型およびV型高脂質血症患者血清中に最初見いだされたが,その後正常人血清中にも存在することが確認され,かつPHAやPWMなどの各種マイトジェンによるリンパ球刺激やリンパ球混合培養試験などをも抑制することが知られるようになった.

 このLDL-Inの抑制作用は時間に依存しており,刺激前24時間リンパ球を反応させておくと安定した抑制効果が発現され,3H-チミジンの取り込みが抑えられる.しかし,マイトジェン刺激約20時間後にLDL-Inを添加してもその効果がみられなかった.このことは,LDL-Inがリンパ球刺激の比較的早期での代謝上の変化に影響していることが推定させる.

正常値か,基準値か

林 康之

pp.1479

 最近,正常値,健常値,基準値,基底値などいろいろな用語が氾濫している.使用者はそれぞれ著者の定義に基づいて使用しているのであるが,混乱は避けられない.

 ここに挙げた"正常値"と"基準値"もその一つで,使っている側の表現するところはどうも同じものらしいと感ずる読者が多いと思う.ところが,これらは結果的に同じ数値,あるいは類似した数値なのであるが,明瞭な差があるのである.

アキレス腱とコレステロール

馬渕 宏

pp.1518

 家族性高コレステロール(familial hypercholesterolemia:FH)は高LDL血症,腱黄色腫,冠動脈硬化症を三大症状とする常染色体体性優性遺伝疾患である.腱黄色腫は手背伸筋腱とアキレス腱(以下,ア腱と略す)に好発する.

 ア腱黄色腫の触診法は,足関節を直角にし,ア腱を触診することである(図1).他の診断法には皮厚計,ノギスによる測定もあるが,X線撮影はア腱厚の定量的な計測に有用である(図2).

自動測定機器のクセ

林 康之

pp.1523

 自動測定機器にも人間と同じように,よく観察すると個性がある.壊れやすいというのはクセにはならないが,特定の場所だけ故障の原因になりやすいという妙な個性をもつ機械もある.ここで取り上げるのは,測定値に関連したクセで,同一仕様・同一性能の自動測定機器でも多少高めに出たり,同時再現性,日差再現性に差があったりする点である.

 現在普及しているH社の臨床化学自動分析装置の同一型式のものを利用している6施設での血清総コレステロール,中性脂肪などのQC成績を比較すると,日差CV値にして施設間差すなわち機器差であるが2倍以上の開きが認められた.総コレステロールの悪いところは中性脂肪の日差CV値も悪く,逆も成り立っている.中性脂肪は試薬の問題も指摘されるのであるが,あまり試薬メーカー差と測定値の差を問題にされない総コレステロールの日差CVが中性脂肪の日差CVと比例しているわけで,分析装置による差を否定することはできない.つまり,同一装置でも多少は装置に当たり外れがあるであろうし,使いかたの上手,下手もあって,いちがいにはいえないが,機械の個性も無視できない.

コレステロールと癌

重松 洋

pp.1530,1536

 最近,ヒト癌に対するコレステロール(Chol)のかかわりが注目を集めている.特にフラミンガムの疫学調査による,血清Chol濃度の低い群から男性大腸癌の頻度が高いという報告は有名である1)

 しかし,癌とCholとの関連については,血清Chol濃度ばかりでなく,食事Cholの影響,Chol代謝産物である胆汁酸,中性ステロールなどの腸管への関与も考慮しなければならない.

多価不飽和脂肪酸と乳癌

中村 治雄

pp.1585

 多価不飽和脂肪酸(PUFA)は,生体にとってきわめて重要な意味をもった脂肪である.

 PUFAの基本として考えられるリノール酸などは,生体が十分に合成できないことと相まって,古くからさまざまな病態との関連で指摘されてきた.例えば,血清コレステロールや動脈硬化との関係である.現在も,リノール酸が一般的にどのような機序で血清コレステロールを低下させるのか,不明の点も少なくない.しかも疫学的にみて,植物油などを多く摂取させて冠動脈疾患の発生などを調査した成績では,ロスアンゼルス退役軍人,ヘルシンキ精神病院などの成績で,確かに,冠疾患発生率は減らせても,一部の疾患が増える傾向のあることも指摘されている.特にロスアンゼルスでは,植物油を多く摂取したグループから癌が増えたといわれている.

細胞膜とLCAT欠損症

高橋 慶一 , 門脇 孝 , 赤沼 安夫

pp.1591

 細胞膜の脂質組成は,細胞膜に存在する受容体や酵素などの膜機能蛋白の働きに影響を与えることが知られている.培養細胞やリポソームを用いたin vitroの実験で,膜脂質組成を人為的に変化させるとインスリン受容体の結合特性が変動することが示されており,これは膜流動性の変化によると考えられている.しかし,ヒトの脂質代謝異常症に伴う細胞膜脂質組成の変化が同様の現象を起こすか否かについての報告は,これまでほとんどなかった.

 われわれの研究室では家族性LCAT欠損症患者の赤血球でインスリン結合の特性を分析し,膜脂質組成および膜流動性との関係を検討した.

人物

J.L.Breslow

北 徹

pp.1334

 ドイツのUtermannとともにfamilial dysbetalipoproteinemiaの原因がアポ蛋白Eの遺伝子表現型によって惹起することを提唱したBreslow1)は,筆者が1981年のGordonカンファレンスに出席した頃は,まだそれほど注目されていなかったことを記憶している.

 最初の頃はHMG-CoA還元酵素の調節機構の仕事をしていたが,しだいにアポ蛋白の生合成の仕事をするようになり,特にアポ蛋白A-Iにはpre,pro segmentがあり,post-translationalな変化を受けて,機能をもった血漿アポ蛋白A-Iになることを明らかにした2).また,Tangier病ではこのアポ蛋白のpost-translationalな変化が欠如しているとした3)

R.W.Mahley

北 徹

pp.1446

 III型高脂血症の原因がアポ蛋白Eの異常によって惹起されることを明らかにしたRobert W. Mahleyは1940年に生まれ,ワシントン医科大学(セントルイス)を卒業したM. D.,Ph. D.である.NIHのFry博士らとイヌを用いたatherosclerosisの研究を主に病理学的な面から行っていたが,ヒトのIII型高脂血症がアポ蛋白Eの異常によって起こることを明らかにした.

 1970年代後半にカリフォルニア大学(サンフランシスコ)のグラッドストン財団にdirectorとして移ってから,Weisgraberとともにアポ蛋白Eのアミノ酸構造を決定し,III型高脂血症の多くの症例はアポ蛋白Eの158番目のアミノ酸がArgやCysに変わったために起こることを明らかにし1),一躍有名になった.以後,次々にアポ蛋白Eの亜型を発表している2)

R. J. Goldstein M. S. Brown

北 徹

pp.1464,1472

 LDLレセプターを発見した1,2)Joseph L. GoldsteinとMichaelS. Brownは現在,米国テキサス州立大学ダラス保健科学センター(UTHSCD)の分子遺伝学の教授である.

 Goldsteinは1940年サウスカロライナに生まれ,UTHSCDのメディカルスクールを卒業したM. D.である.マサチューセッツ・ゼネラルホスピタルでインターンを経験した後,NIHのこニレンバーグの研究室で組織培養の技術を習得し,シアトルのMotulskyの下で家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia;FH)のヘテロ接合体(heterozygote)が500名に1名,ホモ接合体(homozygote)が100万名に1名の割で出現することを発表した3).やがてUTHSCDに帰り,分子遺伝部分(Department ofMolecular Genetics)を創設した.

D. S. Fredrickson

北 徹

pp.1485

 「高脂血症のFredricksonの分類」1)であまりにも有名なDonald S. Fredricksonは1924年米国コロラド州のキャノン市で生まれ,1949年ミシガン大学を卒業したM. D.である.1953年からNIHに移り,1966年からNIHのdirectorである.現在は,米国国立科学アカデミーの会員でもある.

 脂質の血液中の運搬に関する研究,脂質代謝の遺伝的異常症などの研究が優れており,中でもTangier病を発見したことで有名である2〜5).また脂質代謝異常をI,IIa,IIb,III,IV,Vと分類したFredricksonの分類は有名であり,この分類法は脂質代謝異常を脂質の担体であるリポ蛋白の蛋白部分の異常としてとらえることもでき,リポ蛋白異常症の研究,および臨床面での診断基準として重要な役割を果たしている.

R.J.Havel

北 徹

pp.1495

 現在,超遠心法によるリポ蛋白分離法1)として広く用いられている方法を開発したRichard.J.Havelは1925年米国のシアトルに生まれ,オレゴン大学を1949年に卒業したM.D.である.

 1953〜1956年の間NIHで脂質の血中での運搬経路の研究に携わり,ここで上記リポ蛋白分離法を発表した.1956年からカリフォルニア大学に移り,1964年から教授である.現在は米国国立科学アカデミーの会員でもある.

D. Steinberg

北 徹

pp.1506

 Refsum症候群の病因を明らかにした1)Daniel Steinbergは,カナダのウインザーで1922年に生まれた.1941年ウェイン(Wayne)大学を卒業したM.D.で,1944年にハーバード大学でPh.D.を修得している.1952年NIHに移り,1953〜1968年の間,代謝部門の主任研究員であった.1968年サンディエゴ大学の教授になった.現在は米国国立科学アカデミーの会員でもある.

 彼の仕事もほぼ一貫して脂質代謝の研究が中心であるが,最近では,〔14C〕ショ糖-LDLを用いた実験から血中LDLの代謝の中心臓器は肝臓であることを明らかにしている5).またLDL受容体を介さない,いわゆるスカベンジャー経路についても精力的に研究しており,endothelial modified LDL6),oxidized LDL7)のatherogenesityにおける役割などの仕事がある.また臨床的には,1979年normotriglyceridemic abetalipoproteinemiaを発見している8)

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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59巻8号(2015年8月発行)

今月の特集1 臨床検査の視点から科学する老化
今月の特集2 感染症サーベイランスの実際

59巻7号(2015年7月発行)

今月の特集1 検査と臨床のコラボで理解する腫瘍マーカー
今月の特集2 血液細胞形態判読の極意

59巻6号(2015年6月発行)

今月の特集1 日常検査としての心エコー
今月の特集2 健診・人間ドックと臨床検査

59巻5号(2015年5月発行)

今月の特集1 1滴で捉える病態
今月の特集2 乳癌病理診断の進歩

59巻4号(2015年4月発行)

今月の特集1 奥の深い高尿酸血症
今月の特集2 感染制御と連携—検査部門はどのようにかかわっていくべきか

59巻3号(2015年3月発行)

今月の特集1 検査システムの更新に備える
今月の特集2 夜勤で必要な輸血の知識

59巻2号(2015年2月発行)

今月の特集1 動脈硬化症の最先端
今月の特集2 血算値判読の極意

59巻1号(2015年1月発行)

今月の特集1 採血から分析前までのエッセンス
今月の特集2 新型インフルエンザへの対応—医療機関の新たな備え

58巻13号(2014年12月発行)

今月の特集1 検査でわかる!M蛋白血症と多発性骨髄腫
今月の特集2 とても怖い心臓病ACSの診断と治療

58巻12号(2014年11月発行)

今月の特集1 甲状腺疾患診断NOW
今月の特集2 ブラックボックス化からの脱却—臨床検査の可視化

58巻11号(2014年10月発行)

増刊号 微生物検査 イエローページ

58巻10号(2014年10月発行)

今月の特集1 血液培養検査を感染症診療に役立てる
今月の特集2 尿沈渣検査の新たな付加価値

58巻9号(2014年9月発行)

今月の特集1 関節リウマチ診療の変化に対応する
今月の特集2 てんかんと臨床検査のかかわり

58巻8号(2014年8月発行)

今月の特集1 個別化医療を担う―コンパニオン診断
今月の特集2 血栓症時代の検査

58巻7号(2014年7月発行)

今月の特集1 電解質,酸塩基平衡検査を苦手にしない
今月の特集2 夏に知っておきたい細菌性胃腸炎

58巻6号(2014年6月発行)

今月の特集1 液状化検体細胞診(LBC)にはどんなメリットがあるか
今月の特集2 生理機能検査からみえる糖尿病合併症

58巻5号(2014年5月発行)

今月の特集1 最新の輸血検査
今月の特集2 改めて,精度管理を考える

58巻4号(2014年4月発行)

今月の特集1 検査室間連携が高める臨床検査の付加価値
今月の特集2 話題の感染症2014

58巻3号(2014年3月発行)

今月の特集1 検査で切り込む溶血性貧血
今月の特集2 知っておくべき睡眠呼吸障害のあれこれ

58巻2号(2014年2月発行)

今月の特集1 JSCC勧告法は磐石か?―課題と展望
今月の特集2 Ⅰ型アレルギーを究める

58巻1号(2014年1月発行)

今月の特集1 診療ガイドラインに活用される臨床検査
今月の特集2 深在性真菌症を学ぶ

57巻13号(2013年12月発行)

今月の特集1 病理組織・細胞診検査の精度管理
今月の特集2 目でみる悪性リンパ腫の骨髄病変

57巻12号(2013年11月発行)

今月の特集1 前立腺癌マーカー
今月の特集2 日常検査から見える病態―生化学検査②

57巻11号(2013年10月発行)

特集 はじめよう,検査説明

57巻10号(2013年10月発行)

今月の特集1 神経領域の生理機能検査の現状と新たな展開
今月の特集2 Clostridium difficile感染症

57巻9号(2013年9月発行)

今月の特集1 肺癌診断update
今月の特集2 日常検査から見える病態―生化学検査①

57巻8号(2013年8月発行)

今月の特集1 特定健診項目の標準化と今後の展開
今月の特集2 輸血関連副作用

57巻7号(2013年7月発行)

今月の特集1 遺伝子関連検査の標準化に向けて
今月の特集2 感染症と発癌

57巻6号(2013年6月発行)

今月の特集1 尿バイオマーカー
今月の特集2 連続モニタリング検査

57巻5号(2013年5月発行)

今月の特集1 実践EBLM―検査値を活かす
今月の特集2 ADAMTS13と臨床検査

57巻4号(2013年4月発行)

今月の特集1 次世代の微生物検査
今月の特集2 非アルコール性脂肪性肝疾患

57巻3号(2013年3月発行)

今月の特集1 分子病理診断の進歩
今月の特集2 血管炎症候群

57巻2号(2013年2月発行)

今月の主題1 血管超音波検査
今月の主題2 血液形態検査の標準化

57巻1号(2013年1月発行)

今月の主題1 臨床検査の展望
今月の主題2 ウイルス性胃腸炎

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