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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査32巻11号

1988年10月発行

雑誌目次

特集 アイソザイム検査

カラー図

プロテインキナーゼCアイソザイム

田中 千賀子 , 平田 みどり

pp.1184-1185

 プロテインキナーゼC(PKC)は,細胞膜のイノシトールリン脂質代謝回転と共役してホルモンや神経伝達物質などのシグナルを細胞内に伝達するセカンドメッセンジャー系に重要な役割を持つことが明らかになっている1).PKCは生体内に広く分布し,脳内に特に活性が高い.また,PKCは従来単一の物質と考えられていたが,近年の遺伝子クローニング法によりα,βl,βll,γ,およびδ,ε,ζの,少なくとも7種のサブタイプの存在が明らかにされた.蛋白レベルからも,type l,type ll,type lllの三つに分けられ,type lは上記αに,type llはβl,βllに,type lllはγにそれぞれ相当する.なお,βlとβllは単一の遺伝子からalternative splicingにより生じるものである.

 γ type PKCは海馬,大脳皮質,小脳皮質,扁桃体,脊髄後角(substantia geratinosa)などに多い,特に小脳Purkinje細胞には細胞体,軸索,神経終末の細胞質にγ type PKCの存在が認められる.βlは三角中隔核,橋核,小脳皮質顆粒層に多く,橋核の神経細胞においては細胞膜を裏打ちする細胞質辺縁部のみにあり,細胞膜を介した物質輸送機構や情報伝達機構にかかわる可能性がある.βⅡは海馬のCA1領域や黒質に多く存在する.海馬はlong termpotentiation(LTP)と関係が深く,CA1領域では,γ,βⅡの両方が,ほかの部位ではγのみがLTPに関与している可能性がある.

肝疾患のGGTアイソザイム像

吉川 智加男 , 中 恵一

pp.1186

(本文pp.1339〜1345を参照)

I.総論

1 アイソザイムの分析技術の明日

齋藤 拓 , 春名 孝彦 , 内田 浩二 , 田中 俊夫 , 山縣 孝樹 , 紀平 安則 , 山内 惇一 , 藤井 克美 , 堀尾 武一

pp.1188-1197

はじめに

 アイソザイム(アイソ酵素:isozyme,アイソエンザイム:isoenzyme)という言葉は,次の三つの条件に適合する複数の酵素(酵素群)を指す.

(1)同一の個体中に存在する.

2 アイソザイム検査の臨床的意義

村地 孝

pp.1198-1200

はじめに

 アイソザイム(イソ酵素,isozymeまたはisoenzyme)とは,同一個体内に存在する酵素で同一の反応を触媒するが,蛋白質として異なる分子であるもの,と定義されている.また,アイソザイムを形成するもっともふつうの機構は,異なった遺伝子座から生じる2種のサブユニットの組み合わせである.

 しかし,臨床検査という立場でアイソザイムを取り扱うときは,必ずしも上記の定義に当てはまるもののみではなく,ともかく,血清の電気泳動をしてみて,特殊な酵素活性による染色をしてみたところ,2種以ヒの染色バンドが出現すれば,これらはすべてアイソザイムとして考察の対象とするのが常例である.したがって,そこには上記の定義に沿わないような,同一遺伝子産物のうちで翻訳後修飾を受けたために複数バンドとなって現れているものもあるであろうし,また,サブユニットの組み合わせの違いによるのではなく,完全に異なった遺伝子産物である場合もあるであろう.

3 酵素アノマリー

菅野 剛史

pp.1201-1205

 日常の臨床検査でアイソザイムの検査は,電気泳動分析を中心としたなんらかの分離分析をもって行われる.酵素アノマリーというのは,電気泳動分析などのザイモグラム上で観察される異常分画を示すものと考えると,頻度的には酵素結合性免疫グロブリンの例がもっとも多い.しかし,酵素アノマリーという表現は,酵素結合性免疫グロブリンと同義語ではない.しかも,酵素結合性免疫グロブリンでは,酵素蛋白の側には異常があるのではなく免疫グロブリンと結合して電気移動度が変化し,あたかも酵素異常のように観察されることから,酵素アノマリーの名称が付されたものである.電気泳動分析で,ザイモグラム上観察される異常分画をすべて含めて酵素アノマリーと考えるならば,酵素結合性免疫グロブリンのほかに電気泳動分析で初めて観察される変異酵素も含めるべきである.

 ここでは,酵素結合性免疫グロブリンの例と変異酵素の二つの例をまとめることとする.

4 赤血球内酵素のアイソザイム

藤井 寿一

pp.1206-1211

はじめに

 アイソザイムとは,同一酵素活性を有し,多様性を呈する酵素群を示すが,従来は酵素学的,免疫学的および物理学的検索により比較がなされていた.しかし,最近の分子生物学的手法の進歩に伴い,赤血球内酵素の大部分は遺伝子レベルでその構造が明らかになっており,ここではアイソザイムとは,蛋白の一次構造を決定している遺伝子の相違により多様性を呈する酵素群を示し,翻訳後になんらかの修飾を受けて多様性を呈するものは含めないこととする.

 解糖系および五炭糖リン酸回路にかかわる赤血球酵素のアイソザイムとその異常を表に示す.赤血球内酵素のアイソザイム検索の意義は,1赤血球代謝の特殊性を解明するうえでの重要性,2組織特異的発現を示すアイソザイムでは異常のあるアイソザイムの同定による病態解明,3組織の癌化に伴うアイソザイム発現の調節,などが挙げられる.

5 凝固・線溶系の酵素

高松 純樹 , 斎藤 英彦

pp.1212-1216

はじめに

 近年の凝固・線溶・血小板に関する生化学的・免疫学的・分子生物学的研究は,著しい進歩を遂げた.ほとんどの凝固・線溶系因子のcDNAがクローニングされており,一次構造や詳細な活性化機構も明らかにされている.さらに,先天性フィブリノゲン異常症をはじめとして,多くの凝固・線溶に関する蛋白の先天的な分子異常の研究から,構造と機能との関係も明確にされてきた.

 凝固・線溶反応には多くの因子がかかわっており,これらは機能面から表のように分類される.このうちフィブリノゲンはゲル形成に,第V,VIII因子,組織因子,高分子キニノゲン(Fitzgerald因子)は補助因子として,おのおのの反応に参加している.それらのほかはすべて酵素前駆体であり,補体系酵素群とともに血中で非常にユニークな酵素反応系を形成している.

II.各論

1 N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ

芝 紀代子 , 古畑 紀子

pp.1222-1232

はじめに

 N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ(NAG)は糖質分解酵素の一つで,N-アセチル-β-D-グルコサミニドを加水分解してN-アセチル-D-グルコサミンにする酵素である.

 NAGは種々の生体内組織細胞に分布するが,特に腎に多く存在する.細胞内の局在部位はリソゾームだが,一部細胞可溶性分画にも存在する.

2 酸性ホスファターゼ

倉田 義之 , 金山 良男

pp.1233-1237

 酸性ホスファターゼ(ACP)はライソゾームに存在する酵素の一つであり,リン酸化合物を加水分解する酵素のうち,酸性領域に至適pHを有する一群をいう.

 ACPは体内に広く分布するが,前立腺で特に活性が高い.臨床的には血清中のACPの測定が広く利用されており,その活性が異常に高値の場合には前立腺癌が疑われる.

3 アデノシンデアミナーゼ

倉田 矩正

pp.1238-1242

アイソザイム分画の性質

 アデノシンデアミナーゼ(ADA)のアイソザイムとしては,表1のようにADA1とADA2の2種がある1,2).ADA1には分子量から考えると少なくとも三つのものが含まれると考えられるが,その基本となる分子量35,000のものについて記述する.

 両者を比較してみると,基質であるアデノシンに対するKm値,至適pH,阻害剤に対する感受性,抗体に対する反応性などが明らかに異なっている.ADA1のほうが,低濃度のアデノシンに対して生体の通常の条件下で働きやすくできているようであり,他方,ADA2は高濃度のアデノシンが低pHの条件下で負荷されたときに働きやすく,しかも阻害物質の影響を受けにくいと考えられる.

4 アラニンアミノトランスフェラーゼ

亀井 幸子

pp.1243-1246

GPTアイソザイム

 アラニンアミノトランスフェラーゼ(GPTまたはALT)はウシ心筋(Bulos & Handler, 1965),ブタ心筋(Saier & Jenkins, 1967;Kojima, 1979),ラット肝(Matsuzawa & Segal, 1968)などから純粋な状態まで精製されているが,これらは細胞上清分画のもの(sGPT)であろうと考えられている.GOTについて細胞上清分画に局在するsGOTと,ミトコンドリア内部に局在するmGOTの2種類のアイソザイムの存在が明らかになってきた1960年前後から,内外の何人かの研究者によってGPTにもsGPTとmGPTの両アイソザイムが存在することが示唆された.わが国では勝沼らが,リン酸ゲルカラムクロマトグラフィーによって2種類のGPT活性をもつ蛋白を得て,それがsGPTとmGPTであることを報告している1).次いで1965年にはSwickら2)が,ラット肝,1975年にはDe-RosaおよびSwick3)がラット,ニワトリ,モルモット,ブタの各組織についてsGPT,mGPTの分布を研究し,両アイソザイムの存在が確認された.そして1979年にDeRosaらによって初めてmGPTがブタ肝臓のミトコンドリア分画から精製された4)

 Swickらはラット肝のmGPTがきわめて不安定な酵素であると述べているし,DeRosaもラット肝mGPTはsGPTと比較して不安定であり,50%グリセロール存在下でも4℃,一夜で20%の活性を失い,また凍結保存は不可能であった,と述べている.ヒトの細胞内にも他の哺乳動物と同様にsGPTとmGPTがあって,同様な生理学的役割を担っていることが容易に推定され,ヒトのGPTアイソザイムについても多くの研究がなされたと思われる.ヒトのGPT(sGPT)はGOTと比較して不安定な酵素であるが,ヒトのmGPTは上に述べたことから類推すると,存在するとしてもさらに不安定であるのかもしれない.あるいは,存在する比率がsGPTに比べてずっと少ないのかもしれない.

5 アルコール脱水素酵素

若杉 長英

pp.1248-1253

 アルコール脱水素酵素(ADH)はヒト,ウマなどの哺乳動物のほか,酵母,トウモロコシ,チャ種子,キイロショウジョウバエなどにも存在するが,本項ではヒトADHについてのみ述べる.

6 アルドラーゼ

浅香 正博

pp.1254-1261

 アルドラーゼ(ALD)は解糖系酵素の一員であり,フルクトースー1,6-ニリン酸(fructose-1,6-diphosphate;FDP)をジヒドロキシアセトンリン酸(dihydroxyacetone phosphate:DHAP)とD-グリセルアルデヒド-3-リン酸(D-glyceraldehyde-3-phosphate;GAP)に可逆的に分解するとともに,フルクトース-1-リン酸(fructose-1-phosphate:FIP)をDHAPとグリセルアルデヒドとに不可逆的に分解する.

 ALDにはA,B,Cの3種のアイソザイムが存在し,A型は骨格筋に多く含まれることから筋肉型ALD,B型は肝に多く含まれることから肝型ALD,C型は脳および神経組織に多く含まれることから脳型ALDとも呼称されている.本論文ではALDアイソザイムの性質,アイソザイムの分画法および臨床的意義について,最近の知見を含めて述べたい.

7 アルカリ性ホスファターゼ

坂岸 良克

pp.1262-1271

はじめに

 生理的条件とかけ離れた反応には乳酸脱水素酵素の乳酸からの反応(pH9.5),クレアチンキナーゼのクレアチンからの逆反応(pH9.0)があるが,一方的にpH10付近でのみ働くアルカリ性ホスファターゼ(ALP)には一種神秘的なものが感じられ,しかも測定・検出の容易さから限りない親しみを感じる者は少なくないのではなかろうか.鈴木梅太郎(1907)の記載に始まる本酵素は大森喜久(1937)のエピソードもあり,ぜひとも解明したい酵素の一つである.

 本酵素は酸(性)ホスファターゼ(acid phosphatase)と対応してアルカリホスファターゼと記されることがあるが,‘alkali’ではなく‘alkaline’なので,アルカリ性ホスファターゼのほうが正しい呼称と考えられる.また,人工基質であるρ-ニトロフェニルリン酸(P-NPP)を基質とすることもあるので,p-ニトロフェニルポスファターゼの一つでもあるわけであるが,フェニルリン酸,その他多くのリン酸エステルを水解するので,そのような分類は採用されていない.

8 アミラーゼ

平沢 豊 , 竹内 正

pp.1272-1278

はじめに

 「ご飯を長く噛んでいるとしだいに甘くなる」,この事実は私たちのよく知っている現象である.これは,唾液中に多量に含まれるアミラーゼがデンプンを加水分解し,糖を産生したことによるものである.このように,アミラーゼはわれわれの目の中に存在し,しかも,その分解生成物を実際に舌で感じることのできる,きわめて身近な消化酵素である.

 アミラーゼは唾液中だけでなく,膵液中にも多量に含まれる.唾液中で分解されずに残ったデンプン塊は,胃を通過した後に,十二指腸で膵液と混ざり,中和されると同時に再びアミラーゼによって分解を受け,糖となって腸管から吸収される.

9 アルギナーゼ

池本 正生 , 戸谷 誠之

pp.1280-1286

はじめに

 アルギナーゼは尿素サイクルを構成する酵素の一つで,反応系の最終段階を担っており,基質L-アルギニンを加水分解しL-オルニチンと尿素を生成する反応を触媒する酵素である.本酵素は,肝臓,腎臓,赤血球,乳腺,皮膚,睾丸などの組織に,植物の豆類には,カナバリン分解酵素として,またNeuropora crassaおよびAspergillus nigerなど酵母細菌などにも広く分布していることがよく知られており,一部のアルギナーゼは精製されている.本酵素の細胞内局在は,ミクロゾーム,ミトコンドリア,核などである.分子量は種によって異なるが,哺乳動物では12万〜15万1)で,四量体を形成していると考えられている.中でもラット肝臓のアルギナーゼ2)は四量体を形成していると報告されており,また酵母由来のアルギナーゼは三量体から構成されていることが,Duong3)らによって確認されている.しかし,中には分子量が28万程度のものも存在する.

 アルギナーゼの至適pHは10.0〜10.5付近にあり,酸性側(pH6.0以下)ではほとんど活性を示さないのに対し,アリカリ側の広範囲で活性を示す.比活性は動物肝臓中の酵素がもっとも高く,活性保持のためにMn2+またはCo2+が必要不可欠である.また,これらの二価金属イオンの共存は耐熱性にも効果を示し,さらに1分子の酵素蛋白質に4原子のMn2+が結合していることが,この酵素の核磁気共鳴測定4)で明らかになっている.等電点(pI)は,ウサギ肝で7.25),ラット肝で9.32),ウシ肝で5.96),ブタ肝で6.07),ヒト肝で10.08),ヒト赤血球中で9.0〜10.0と動物によって異なっている.また,この酵素は解離会合性の強い性質を持っていることも明らかになっている.

10 アリルアミダーゼ

関 知次郎

pp.1287-1290

アリルアミダーゼの本態

 臨床検査にこの酵素が登場したのは,1958年のGoldbarg,Rutenburg1)の報告による.このときはロイシンアミノペプチダーゼと呼ばれ,基質はL-ロイシン-β-ナフチルアミド(L-Leu-β-NA)が用いられていた.しかし,血清中にあるこの基質に対する活性はいくつかのジペプチド類に対する活性とは平行せず,ロイシンナフチルアミドヒドロラーゼと呼ぶべきであるといわれるに至った2,3),1963年5月10日に受理されたFleisherら4,5)の論文では,ニンヒドリン法を用いて,15μlの血清を試料として,ロイシルグリシンなどいくつかのジププチドを基質とするアミノペプチダーゼ活性が血中にあること,L-Leu-β-NAを切るものと切らないものとの2種に区別できることを明らかにしている.

 1972年にはKimら6)が,小腸粘腸(ネズミとヒト)を用いてロイシンを含むいくつかのジペプチダーゼ活性を調べている.彼らは,粘膜細胞を分画してbrushborderや細胞上清での局在性や,それらの酵素の基質特異性を問題にしている.いわゆるアミダーゼ活性とアリルアミダーゼ活性とが明らかに区別でき,特にbrush borderに結合していると思われる酵素活性にはネズミとヒトとで違いがあると報告している.さらに,酵素を可溶化するためには蛋白水解酵素の助けが必要なことが,これらの酵素の化学的本態を明らかにするのを妨げていると指摘している.

11 アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ

和田 博 , 堀尾 嘉幸 , 寺西 啓容

pp.1291-1299

はじめに

 アスパラギン酸アミノトランスフェラノーゼは1937年A.Braunsteinによってその存在が見いだされて以来,もっとも広範囲に酵素学的研究の進められた酵素の一つである.

 最初はグルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(glutamate oxaloacetate transaminase:GOT)と呼ばれた.その後,glutamate aspartate transaminase,aspartate aminotransferaseなど種々の呼称が充てられたが,ここでは,現在でも臨床検査上よく用いられているGOTという名称を用いることとする.

12 コリンエステラーゼ

松田 信義 , 松田 貴美子 , 上田 智

pp.1300-1308

 血清コリンエステラーゼ(ChE)は,臨床化学検査に導入されて三十余年,主として肝実質障害の検出・評価と全身状態の判定を目的として利用されてきている.この間に,各種疾患における血清ChEの診断的意義1,2)が解明され,新たに遺伝性ChE異常症,C5変異症などの例も発見3)された.最近,これらの異常症の検索,脂質代謝との関係および肝病態の解析におけるChEアイソザイムの有用性4〜7)などに関する報告がなされている.

 本稿では,血清ChEアイソザイムの技術と臨床的意義をテーマに最近の知見を交えて解説する.

13 クレアチンキナーゼ

高木 康 , 鵜澤 龍一 , 五味 邦英

pp.1309-1315

 クレアチンキナーゼ(CK)はクレアチンホスホキナーゼ(creatine phosphokinase)とも呼ばれる酵素で,International Union of Pure and Applied Chemistry(IUPAC)とInternational Union of Biochemistry(IUB)による酵素命名法1)により,右の名称が推奨されている.

 このCKはLohmannによって筋肉中から見いだされた酵素で,次の反応に関与している.

14 シスチンアミノペプチダーゼ

中根 清司 , 高阪 彰

pp.1316-1320

はじめに

 シスチンアミノペプチダーゼ(CAP)アイソザイムを論ずる前に,臨床検査に用いられているアミノペプチダーゼの多様性について整理する必要がある.

 アミノペプチダーゼとは,ペプチドを外側から順次加水分解するエキソペプチダーゼのうち,アミノアシル結合(—CO-NH—)に作用して末端のアミノ基を切り離す酵素である.

15 エラスターゼ—顆粒球エラスターゼを中心として

黒川 一郎 , 道林 勉

pp.1321-1328

はじめに

 好中球は,貧食・消化作用によって外界の細菌異物の消化処理に役だっている.その役割の中心をなすのが好中球(PMN)顆粒であり,好中球プロテアーゼであることは,よく知られている.好中球プロテアーゼについては1978年にモノグラフが発刊された1).また簡便・正確な測定法が開発され,注目を浴びている.しかし,本誌の特集の目的であるアイソザイム的な見地から,好中球顆粒酵素の代表的なものであるエラスターゼがよく研究されているとはいえない.そのような制約を意識しつつ,最近までのエラスターゼについての知見を述べてみたい.

16 グルコース-6-リン酸脱水素酵素

三輪 史朗

pp.1329-1333

はじめに

 グルコース-6-リン酸脱水素酵素は通常G6PDと略称され,Zwischenfermentと呼ばれることもある.五炭糖リン酸回路(ペントースサイクル)の最初の段階を触媒し,基質グルコース-6-リン酸(G6P)と補酵素NADPを6-リングルコノラクトンとNADPHにする反応に関与する.

 D-グルコース-6-リン酸+NADPG6PD→D-グルコノ-δ-ラクトン-6-リン酸+NADPHG6PDの遺伝子座はX染色体長腕端近く(Xq28)にあり,体内の全組織,細胞中のG6PDはこの一つの遺伝子の産物であり,その意味ではアイソザイムはない.

17 β-D-グルクロニダーゼ

篠原 兵庫

pp.1334-1338

アイソザイム分画の性状

 1.β-グルクロニダーゼの一般的性状1)β-D-グルクロニダーゼは,非還元末端にあるβ-D-グルクロニドを加水分解する.この酵素のアグリコン(図1のR)に対する特異性はきわめて低く,アルキル基,アリル基,各種の色素,ステロイドなどのグルクロニドを加水分解する.また,グルクロン酸のC1との結合がエーテル結合(二つの水酸基から水1分子がとれてできた結合)であってもエステル結合(水酸基とカルボキシル基の間から水1分子がとれてできた結合,例えばビリルビングルクロニドなど)であっても同じく作用する.しかし,1β結合,2D-グルクロン酸,および3非還元末端の3点に対する特異性はきわめて高く,この部分が異なった配糖体は水解しない,したがって,多糖鎖の中に存在するグルクロニド結合は切断しない.そのため,グルクロン酸を鎖中にもっている多糖,例えばピアルロン酸やコンドロイチン硫酸などのムコ多糖(グリコサミノグリカン)そのものは水解しない.これらの多糖は,まずピアルロニダーゼのようなエンドグリコシダーゼによってオリゴ糖にまで分解された後,β-グルクロニダーゼの作用を受ける.

18 γ-グルタミルトランスフェラーゼ

吉川 智加男 , 中 恵一 , 大川 二朗

pp.1339-1344

物理化学的性状および由来

 γ-グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)は,γ-カルボキシル基で結合しているグルタミン酸を切り離す酵素であり,またアクセプターであるアミノ酸が存在するときはγ-グルタミル基を他のアミノ酸に転移させる酵素であることから,そのトランスフェラーゼと呼ばれている.

 GGTは膜結合性の糖蛋白であって,腎,膵に活性が高く,brush border membrane酵素として存在する.肝細胞のGGTは大部分がミクロソーム分画に局在しており,血清中にはわずかに可溶化された形で存在する.血清中のGGTは肝由来であり,尿中GGTは腎由来である.

19 グアナーゼ

伊東 進 , 松田 佳子

pp.1346-1350

 グアナーゼ(GU)は,1932年Schmidtにより初めて家兎の肝抽出液中に見いだされた酵素である.本酵素は肝,脳,腎に多く含まれ,アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST),およびアラニントランスアミナーゼ(ALT)が比較的多い骨格筋,心筋,膵などにはほとんど存在しないことから,血中GU活性の上昇は肝疾患に特異性が高いと考えられている.Passanentiの報告以来,多くの研究者により,血中GU活性の測定は肝機能検査の一つとしてその臨床応用が試みられている1)

 最近,山崎ら2)により,輸血血液中GU活性と輸血後肝炎の発生率の間に有意な相関があることが明らかにされ,さらに,筆者らにより,GU活性の高い輸血血液を破棄することにより非A非B型輸血後肝炎の発生が予防できることも実証された3).そこで,血中のみならず肝組織におけるGUの動態やGUの酵素学的特性も注目されるようになってきた.しかし,アイソザイムに関する検討はいまだ十分でなく,臨床応用可能な測定法も確立されていないのが現状である.

20 ヘキソキナーゼ

奥田 潤 , 三輪 一智 , 豊田 行康 , 前田 和男

pp.1351-1355

ヘキソキナーゼアイソザイムの性質

 ヘキソキナーゼには4種のアイソザイムがあり,いずれも単一のポリペプチド鎖から成る.アイソザイムはI〜IV型あるいはA〜D型と名づけられているが,ここではI〜IV型という表現を用いる.各アイソザイムは免疫学的に異なる蛋白質である.ヒト赤血球にはI型のみが存在し,それはさらに3〜4種のサブタイプに分かれるが,それらは免疫学的に差はなく,蛋白合成後の修飾によって生じたものと思われる.I〜III型はグルコースに対するKmが小さく(0.005〜0.25mmol/l),低Kmヘキソキナーゼと総称されるのに対し,IV型はKmが大きく(5〜12mmol/l),高Kmヘキソキナーゼとも呼ばれる.また,I〜III型は種々の組織に広く分布するのに対し,IV型は肝臓実質細胞および膵臓ランゲルハンス島にのみ存在する1)のも,特徴的な相違である.よく調べられているラットヘキソキナーゼアイソザイムの諸性質を表1に,またヒトヘキソキナーゼアイソザイムの諸性質を表2にまとめた.

21 イソクエン酸脱水素酵素

飯島 克巳

pp.1356-1361

 イソクエン酸脱水素酵素(NADP)はIDH(NADP)またはICD(NADP)と略称され,溶血あるいは溶血性疾患を除けば,血清IDH(NADP)活性上昇の大部分は肝疾患に由来し,急性肝疾患では血清グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ(GOT)あるいは血清ビリルビンに先だって血清中に増量することから,肝機能検査の一つとして広く利用されている1,2).IDH(NADP)アイソザイムはMarkertら3),Tsao4)によって報告されたが,その後の研究は内外においてきわめて少ない.

 本稿ではIDH(NADP)の分画法,検出法,また分画したIDH(NADP)の物理化学的性状について述べ,さらにテトラゾリウム法によるIDH(NADP)アイソザイムパターンに及ぼす金属イオンの影響についても述べる.

22 乳酸脱水素酵素

塚田 敏彦

pp.1362-1369

アイソサイム分画の性状

1.構造

 脊椎動物の乳酸脱水素酵素(LDH)はNAD依存性(NADP反応は極弱)であるが,微生物にはフラボプロテイン型やD-乳酸依存性のLDHもある.LDHは四量体で活性を示すが,それを構成するサブユニットにはA(M:骨格筋)型,B(H:心筋)型およびC(X:精細胞)型の3種がある.各遺伝子は,A型はNo.11,B型はNo.12染色体に局在し,C型は不明であるがX染色体上には存在しない(Mckasick, V. A.:Science,196, 39, 1977).各遺伝子は進化の途上でA型から染色体の複製またはリンゲージで生じて固定され,B型,次いでC型が作られた(Zinkhert, W. H.:Science, 164,185, 1969/Markert, C. L.:S cience, 189, 102, 1975).AおよびB型は精巣を除く各組織で作られ,細胞上清分画であるが,C型のみ思春期後の精巣(哺乳動物,鳥類のみ)で作られ,ミトコンドリア分画にも局在している.

23 ロイシンアミノペプチダーゼ

村井 哲夫

pp.1370-1376

LAPのアイソザイム

 アイソザイムは同位酵素,異性酵素などと呼ばれ,「同一基質に対する同一反応を触媒する酵素でありながら,その分子構造が異なる一群を指す」と定義されている.ロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)を含むアリルアミダーゼ(AA),シスチンアミノペプチダーゼ(CAP)などのアミノペプチダーゼは基質特異性が必ずしも明確ではなく,現在"LAP"の測定に利用される基質に対して,強弱の差はあるが加水分解を触媒する働きがある.その結果,"LAP"高値血清をセロゲルなどを支持体とする電気泳動で分画し,ロイシンアミドを基質として染色すると三つのバンドが形成され,そのいずれかの増加として識別される.これを"LAP"のアイソザイムとして取り扱ってきた.

 これらの酵素についてみると,血清中LAP活性の臨床的異義を最初に報告したFleisher1)(1957)らはL-ロイシルグリシン基質とする測定法で,急性肝炎患者の血清中LAP活性が著明に増加することを指摘した.しかし,彼らの方法は測定が複雑なため普及しなかった.一方,Green2)(1955)らは新しい基質としてロィシル-β-ナフチルアミドを合成し,比色法による簡便な測定方法を発表したが,Goldbarg3)(1959)らは本法によって測定される酵素活性の上昇は種々の原因による肝胆道の閉塞時に共通して上昇を認めると報告した.以来,本法により測定される酵素が"LAP"として臨床診断に広く利用されるようになった.この時期に"LAP"として臨床診断に用いられている酵素は大きく分けて2種類の酵素から成り,特にGreenらの方法により測定される酵素活性の主要な部分は,AAであることが明らかにされるべきであった.さらに,胎盤機能検査法として利用されているCAPもまた,"LAP"活性の測定に利用される合成基質を水解するため,妊娠でも"LAP"が上昇するとされてきた.

24 リパーゼ

岡部 紘明 , 宇治 義則

pp.1377-1382

 リパーゼは,狭義には長鎖トリグリセリドアシルヒドロラーゼを指している,リボ蛋白リパーゼ(EC 3.1.1.34,ジグリセリドリパーゼ,クリアリングファクターリパーゼ)と称するリパーゼもあるが,これはトリアシルグリセロ蛋白アシルヒドロラーゼでキロミクロン,超低比重リポ蛋白,低比重リポ蛋白のトリアシルグリセロールとジアシルグリセロールを水解する.ほかに長鎖モノグリセリドをグリセロールと脂肪酸に水解するグリセロールモノエステルアシルヒドロラーゼ(EC 3.1.1.23)などをも含めてリパーゼと称している場合もある.

 リパーゼの反応様式は,

25 リポ蛋白リパーゼ

野間 昭夫

pp.1383-1388

はじめに

 1943年Hahnはヘパリンを静注後に採取した犬の血液をほかの犬に静注したところ,食餌性乳びが直ちに消失して,清澄な血漿になることを見いだした.その後,この活性は清澄因子リパーゼ(clearing factorlipase)と名づけられたが,1955年にKornはこのリパーゼは人工乳剤に対するよりもリボ蛋白に対して強い作用を有することからリボ蛋白リパーぜ(lipoproteinlipase;LPL)と命名した.KornはLPLの定義として,1ヘパリンによる活性化,2血清中の蛋白補助因子(cofactor)による活性化,3食塩および硫酸プロタミンによる抑制化を挙げている.

 その後,ヘパリン静注後血漿(post-heparin plasma;PHP)でリパーゼ活性が測定され,それがリボ蛋白リパーゼ活性とか,ヘパリン静注後脂質分解活性(post-heparin lipolytic activity;PHLA)とか呼ばれていたが,このPHP中には種々の脂質分解酵素が含まれていることが明らかにされてきて,1972年にLaRosaら1)によって,PHP中には少なくとも2種類のトリグリセリド分解酵素が存在し,それは肝外性トリグリセリドリパーゼ(extrahepatic triglyceride lipase;LPL)と肝に由来する肝性トリグリセリドリパーゼ(hepatic triglyceride lipase;H-TGL)であることを報告した.これらのリパーゼの生理的機能については多くの研究によっておおよそ明らかにされてきた.それによると,LPLはキロミクロンや超低比重リボ蛋白(VLDL)という大型のリポ蛋白中のトリグリセリド水解に働くのに対し,H-TGLはより小さなリポ蛋白,例えば中間比重リポ蛋白(IDL)や高比重リポ蛋白(HDL)中のトリグリセリドやリン脂質の水解に働いている.これらの作用を通して,生体内のリボ蛋白代謝に深く関与している酵素である.

26 リンゴ酸脱水素酵素

松本 宏治郎

pp.1390-1393

概 要1)

 リンゴ酸脱水素酵素(MDH)は,1910年BatelliとSternおよびThunbergによって発見された酵素であり,動物だけでなく植物や微生物にも広く分布しており,下記の反応を触媒する.

 哺乳動物では,心筋に多く,骨格筋,肝,脳,腎などほとんどの組織に存在し,2番および7番の遺伝子座位に位置し,細胞内局在を異にする2種のアイソザイム,sMDH(MDH 1,細胞質)とmMDH(MDH2,ミトコンドリア)が知られている.分子量は約70,000であり,約35,000の2個の同一サブユニットから構成されている.

27 モノアミンオキシダーゼ

中野 博 , 山本 泰朗

pp.1394-1398

モノアミンオキシダーゼの性状と由来

 モノアミンオキシダーゼ(MAO)は,いろいろの生理活性をもつアミン類の酸化的脱アミノ化を触媒する酵素の総称である(表1).モノアミンオキシダーゼ(MAO)には,ミトコンドリアに存在してフラビン(flavin,FAD)を含有するMAO(EC 1.4.3.4)と,主として血清(漿)に存在してベンジルアミン(benzylamine)を基質とし銅を含有しピリドキサールリン酸(pyridoxal phosphate)を補酵素とするMAO(EC 1.4.3.6)がある.ミトコンドリア由来のフラビン蛋白であるMAOはさらに,その阻害剤に対する態度を異にする2群,MAO-A,MAO-Bに区別できる.MAO-Aはセロトニン,ノルエピネフリンなどを基質にしてクロージリン(clorgyline)により容易に阻害されるのに反し,MAO-Bはベンジルアミン,β-フェニルエチルアミンなどを基質としてデプレニール(deprenyl),パージリン(pargyline)で阻害を受ける.しかしチラミン,トリプタミンなどは両者に共通の基質である.MAO-A,MAO-Bは肝,脳,心,腎などに多く存在するが,肺ではMAO-Aは多い反面Bは少なく,反対に腸管ではMAO-Bは多い反面Aは少ない.ヒトの末梢血中には血清MAOが存在し,このほかに血小板,リンパ球中にMAO-Bが存在する.

 このように血清中のMAOは,生体内アミン酸化酵素の中にあって特異な性質をもつアミン酸化酵素であり,神経伝達アミン,食餌性外因性アミンの分解に作用していると考えられるが,その役割については不明である.血清MAOは基質としてベンジルアミンとの反応性が高いことから,MAO-A,MAO-Bと区別してベンジルアミンオキシダーゼ(benzylamineoxidase:BAO)と呼ばれたり,セミカルバジド(semicarbazide)により特異的に阻害されるのでsemicarbazide-sensitive amine oxidase(SSAO)とも呼ばれたりする1)

28 5′-ヌクレオチダーゼ

保崎 清人

pp.1399-1402

はじめに

 5′-ヌクレチオダーゼ(5′-NT)のアイソザイムに関する研究は現在までのところ十分ではなく,その知見も限られている.特にヒト血清中の5′-NTのアイソザイムの臨床検査の立場からの実用的な知見は,きわめて限定されている.一方,ヒト赤血球中に存在する5′-NTについては,血清中に認められる膜酵素由来のものと異なった独特の酵素が細胞質(cytosol)に存在することが明らかにされ,そのアイソザイムに関する知見や遺伝的疾患との関連についての知見も発表されている.また白血球中の5′-NTについては,リンパ球の免疫機構との関連で注目されている.そのほか,ラットやニワトリなどの動物の肝などの細胞質に存在する5′-NTについては,比較的詳細な酵素的特性に関する報告が見られている.しかし,総体的にみて5′-NTのアイソザイムに関する臨床検査領域で利用しうる知見,特に血清に関する知見は,きわめて限られているといえよう.

 そこで本稿では,具体的分析技術に関する部分は簡単に触れるにとどめ,ヒトおよび動物における5′-NTのアイソザイムに関する一般的知見を概説する.

29 ペプシノゲン

景山 節

pp.1403-1407

ペプシノゲンのアイソザイム

 ペプシノゲンは胃の消化酵素ペプシンの前駆体である.脊椎動物で胃の分化とともに出現したもので,細胞内リソソームのカテプシンDあるいは類似酵素に由来するものと考えられる.胃の粘膜で多量に生合成され,胃液内に分泌される.胃液は塩酸を含んでおり,その低い酸性pHのもとでペプシノゲンはペプシンに活性化され,強い蛋白質分解活性を発現することになる.胃の粘膜で合成されるペプシノゲンの一部は血液内に分泌され,さらに尿中に排泄される.血清中のペプシノゲン量は胃での合成量をよく反映し,胃の活動状態と密接に関係している.血清ペプシノゲンを定量することにより胃の異常を検出しようとすることは,その簡便性,有用性からおおいに普及させるべきものである.

 ペプシノゲンあるいはペプシンは多くのアイソザイムの総称である.ペプシノゲンに対してはアイソチモーゲンというほうがより正確と思われるが,ここでは便宜上アイソザイムと呼ぶ.図1のように分類される.1〜7の番号による分類法は1969年にSamloffにより確立された寒天電気泳動によるものであり,ヒトペプシノゲン分類の基本といえる1).Samloffはさらにこれらのアイソザイムを免疫交叉性から大きくI,IIの2群に分けている.生化学の論文ではこれらに対応したA,Cの命名法が主として用いられる.明らかなようにI,IIあるいはA,Cの分類法はなお複数のアイソザイムを含めたものである.

30 ホスホフルクトキナーゼ

山﨑 知行 , 中島 弘 , 河野 典夫 , 垂井 清一郎

pp.1409-1413

 ホスホフルクトキナーゼ(PFK)はヘキソキナーゼ(HK)(肝などのグルコキナーゼ(GK)を含む),およびピルビン酸キナーゼ(PK)とともに,生命維持に欠くべからざる代謝経路である解糖系の律速段階を触媒している.これら三者はいずれも,生理的な条件下では非可逆的に解糖反応のみを触媒する点で解糖系全体のキーステップとなっている.最近の分子生物学の進歩に伴い,糖代謝酵素の遺伝子レベルでの調節機構が次々と解明されつつある.代謝学,酵素学に一つの新しい流れが生じてきたこれら一連の経緯は,別の総説に述べたとおりである1)

 インスリンの糖代謝に対する作用としては,筋肉,脂肪細胞などにおける細胞内へのグルコース輸送の促進とともに,主として肝臓における,細胞内の解糖促進作用が重要である.最近の知見によれば,上述の3酵素のうちGK,PKではインスリンにより肝でのそれらのmRNAの転写が促進され,その結果,酵素蛋白量を増加させ,解糖促進を実現している.一方,PFKについては現在のところこのような現象は知られておらず,むしろフルクトース2,6-二リン酸に代表されるようなアロステリックエフェクターによる複雑な調節が活性制御機構として重要であると考えられている1)

31 ホスホグルコムターゼ

佐藤 千代子 , 高橋 規郎

pp.1415-1421

 ホスホグルコムターゼ(PGM)は炭水化物の代謝に重要な役割を示すリン酸トランスフェラーゼ酵素であり,微量のグルコース-1,6-二リン酸(G-1,6-diP)の存在下で,グルコース-1-リン酸(G-1-P)とグルコース-6-リン酸(G-6-P)との相互変換を触媒する.

32 ピルビン酸キナーゼ

谷 憲三朗

pp.1422-1429

アイソザイムの種類と特徴

 ピルビン酸キナーゼ(PK)は解糖系の最終段階に位置し,ホスホエノールピルビン酸,アデノシンニリン酸(ADP)を基質とし,Mg2+,Kの存在下にピルビン酸およびアデノシン三リン酸(ATP)を産生する反応を不可逆的に触媒する酵素である.種々の組織において,ヘキソキナーゼ,ホスホフルクトキナーゼとともにこの段階は解糖系の律速段階であり,代謝調節に関与していると考えられる.PKには現在までに,L,R,M1およびM2型の4種類のアイソザイムが同定されており,おのおの同一サブユニットの四量体から成っている.これらは分子量,酵素学的諸性質および免疫学的性質により区別が可能であり(表1),おのおのの精製に関してもすでに報告がなされている1〜3)

 PKは哺乳類のほとんどすべての組織に存在するが,その存在様式は組織により大きな差異がある.組織内の分布は非常に特異性が高く,各組織に特徴ある糖代謝の調節に関与しているものと考えられる.L型は肝臓の主要型であり,腎臓と小腸にも少量であるが存在する.R型は赤血球に存在し,M1型は骨格筋および脳に存在する.M2型は胎児期初期に存在する唯一の分子種で,未分化な癌細胞でも主要型なので,PKのプロトタイプと考えられる.またM2型は成体の多くの組織にも存在している.さて,これらのうちでR型PKの異常(R型とL型は同一遺伝子PK-LR遺伝子産物であるため,L型PKの異常も伴っている)は溶血性貧血の病因であり,臨床的にも重要である1,3,4)

33 トリプシン

森 治樹

pp.1430-1433

はじめに

 臨床医にとって,腹部臓器の中で膵疾患ほどいまだ確診的検査の少ないものはないといっても過言ではない.食後に生じる心窩部痛,時に激痛発作,背部痛,下痢,特に脂肪便などの特徴的症状ももちろん必発ではなく,その臨床所見は多彩である.最近,膵疾患の診断技術も進歩し,診断に用いられる手技も少なくはない.逆行性膵管造影,膵液分泌機能検査,膵液細胞診,Ultrasonography,CT,血管透影,生検などがあるが,いずれも一長一短があり,特に炎症性の膵疾患の診断には,あまり効果的ではない.したがって,尿,血液検査などの臨床検査が重要になるわけである.重症の膵炎は急性に進行し,全身性,特に循環,呼吸,腎臓など多くの臓器の障害を発生し,致死的となることがある.また慢性の膵炎,慢性反復性膵炎などでは,臨床症状に乏しく,症状の把握が困難である場合が少なくない.

 いずれにしても膵炎診断の場合,まず鑑別診断として,そしてまたできるだけ早期に重症度,経過を予知しえ,治療,経過の指標となるものであることが望ましい,これらの血液生化学的マーカーの中にアミラーゼ,リパーゼ,ホスホリパーゼA2,エラスターゼ,トリプシン,キモトリプシン,カリクレインなどがある.

34 キモトリプシン

菅野 健太郎

pp.1434-1438

 キモトリプシンは膵臓で不活性前駆体キモトリプシノーゲンとして合成,分泌されトリプシンによる限定分解を受けて活性化される蛋白質分解酵素の一種で,同じく膵から分泌されるトリプシンやエラスターゼなどとともにセリンを活性中心に有するセリンプロテアーゼに分類される.一般的にはチロシン,フェニルアラニンなど芳香族アミノ酸のカルボキシル基を含むペプチド結合をよく水解するエンドペプチダーゼとして働くが,これらのアミノ酸エステルやアミドも加水分解することができる(図1).

わだい

糖鎖の分解・合成にあずかる酵素をめぐる謎

永井 克孝

pp.1217

 糖蛋白質,糖脂質,プロテオグリカン(ムコ多糖)などの,複合糖質の分解にあずかる酵素は,先天性代謝異常症の原因酵素としてよく知られている.その遺伝子クローニングも現在盛んに行われ,遺伝子診断や遺伝子治療などで脚光を浴びている.遺伝子構造が明らかになるにつれ,遺伝子の側からアイソザイムの存在が逆に明らかとなり,病気の解釈に新しい面を拓くといったことも起きている.また,糖脂質糖鎖の分解酵素には蛋白性の活性化因子を必要とするものがあり,その異常が代謝異常の原因となっている例が知られている.この遺伝子クローニングも精力的に行われつつある.

 分解酵素の多くはリソソームに存在するが,これとは異なり,細胞の形質膜に存在する分解酵素も最近知られるようになった,例えば,シアル酸の結合を切るシアリダーゼの形質膜型では,リソソーム型では切れない糖脂質結合性シアル酸を切る.だが,その生理的意義はわかっていない.Golgi装置で生合成された糖蛋白質や糖脂質は,生合成された後,形質膜やリソソームを含めて種々の細胞膜系に組み込まれるが,それがどのようなしくみで特定の送付先へと振り分けられてゆくのかが現在盛んに研究されている(細胞内ソーティング).他方,形質膜にいったん組み込まれた糖鎖分子,あるいは,外部から細胞に与えられ形質膜に取り込まれた糖脂質などが,その後どのような運命をたどるのか,その寿命は,といった問題がようやく関心を引きつつある.このような外因性糖脂質が,細胞増殖因子の受容体の活動を制御したり,白血病細胞を正常化の方向に分化誘導したり,また,種々の生理活性を示すことが最近知られるようになって,この問題への関心がにわかに高まっている.

耐熱性酵素

冨田 耕右

pp.1218-1219

 酵素は高分子量の蛋白質であり,構成アミノ酸残基の各種の結合や相互作用により各酵素に固有の高次構造をとることができる.このことが酵素の精巧な触媒機能の発現を可能にしているが,この高次構造を支える力はあまり強くないので,温度上昇などのちょっとした環境の変化により高次構造は崩れ,酵素活性は失われる(「失活」と呼ぶ).すなわち,酵素は一般に安定性が悪く,熱的な表現では耐熱性が悪いということになっている.それでは,耐熱性に優れた酵素は存在しないのかというと,そうでもないことがわかってきている.それが「耐熱性酵素」と呼ばれるものである.

 さて,自然界は広く深く,常識を超えるような極端な環境条件で生息する生物が存在する.これらは下等生物に限られるが,例えば,高温環境を好んで生息する微生物が知られており,「好熱菌」と呼ばれている.一般には,55℃以上の環境で生育する微生物を好熱菌と定義しており,さらに,55〜75℃の環境で生育するものを「中等度好熱菌」,75℃以上の環境で生育するものを「高度好熱菌」と分類している.これらは高温環境のほうを好むわけであり,好熱菌と呼ばれるゆえんである.高度好熱菌として代表的なものにThermus属,中等度好熱菌として代表的なものにBacillusstearothermophilusなどがある.

注目される糖質,糖脂質

織田 敏次

pp.1220

 アイソザイム(isozyme)がMarkertとMφller(1959)によって提唱されたさい,蛋白の一次構造の違いが優先されねばならない,糖による修飾などは,アイソザイムというべきでない,そのような考えが一般であったと思う.しかし,実際にはいずれの違いによるものか,確実に決めるのは必ずしも容易でない.電気泳動度が違う,とりあえずはアイソザイムないしはアイソエンザイム(isoenzylne)と称して,臨床的意義に先走ろうとする.

 例えばアルカリホスファターゼ(ALP)の一部は蛋白の一次構造の違いによる,真のアイソザイム,他の一部はシアル酸を主体とする糖鎖による修飾の違いによることが明らかになった.ヒトの肝由来,胎盤由来,小腸由来のALPは活性中心は同じながら,それぞれ一次構造に違いがある.癌化に伴って時に現れるALPは,胎盤性と小腸性のいずれかの性質に戻るかにみえる.骨,腎,その他の臓器のALPは,いずれも一次構造は肝性のそれであって同じ.それでも起こる電気泳動度の違いは主としてシアル酸の違いであることが,免疫学的に,あるいはペプチドマップ,シアリダーゼに対する態度から明らかにすることができた.

無カタラーゼ血症

緒方 正名

pp.1247

 無カタラーゼ血症(acatalasemia)は,1947年に高原によって初めて発見された常染色体劣性形質の体質異常である.その血液中にはカタラーゼ(2H2O2→O2+2H2Oを触媒する酵素)が正常人のそれの0.1%しか含まれず(緒方・高原,1966)1),半数の者には進行性顎骨壊疽を有する.その成因は,無カタラーゼ血症の組織が肺炎双球菌,β—連鎖状球菌などから産出される過酸化水素によって,破壊されやすいことにあると考えられている.現在まで無力タラーゼ血症は,日本人46家系・90名,在日韓国人1家系・3名,スイス人3家系・11名,ペルー入1家系・2名が報告されている.

 正常人と無カタラーゼ血症との間に生まれた子供は低カタラーゼ血症(hypocatalasemia)と名づけられている.本症は相同染色体のカタラーゼ遺伝子座の一方に正常人の遺伝子を,他方に無カタラーゼ血症のそれを有する異型接合体で,無カタラーゼ血症のキャリアである.低カタラーゼ血症の血中カタラーゼ活性は正常人のそれの約50%を示す.また正常人の血液カタラーゼ活性の分布と低カタラーゼ血症のそれとはほとんど交叉せず,血液カタラーゼの測定値から本症は容易に判別できる(図).低カタラーゼ血症は日本人の500人に約1人の割合で存在している.

プリン代謝系酵素異常と先天性免疫不全

伊藤 和彦

pp.1279

 プリン代謝系には,低分子からプリン塩基を生成するde nouo経路と,完成されたプリン塩基を再利用するかまたは尿酸として排泄するためのサルベージ経路がある,特に後者の酵素欠損または過剰では,同じ代謝系の異常でありながら違った病気を発現することが興味深い.

 先天性免疫不全にはさまざまな症状を示す症例があり,臨床症状によって分類されてきた,その後リンパ球のサブセットとその機能が研究されてからは,障害された細胞レベルでの分類がもっぱらなされた.細胞レベルの障害の根底には分子レベルの異常が潜んでいるはずであるが,長年不明であった.

最適測定法への方法論

関 知次郎

pp.1286

 酵素活性の最適測定法を見いだすことは,標準化のためにも大事なことである.すでにいくつかの組織がそれを試みているが,最近CKにおいて,最適法を組み立てる方法論が不十分であることの指摘がなされた1).これは化学工学などでよく使われている要因分析,最適計画の手法を利用するもので,複数の基質や緩衝液間に相互作用があるとき,単一因子のみを動かして順次最適化していく従来のやりかたのもつ欠点を浮き彫りにした鋭い批判となった.この方法の優れている点を明確にする論文が,尿中のアラニンアミノペプチダーゼ(EC3.4.11.2)(U-AAP)についても最近報告されたので,この酵素を例にとって,Simplex,Response SurfaceまたはCooptimizationなどと呼ばれる手法の意義を,簡単に紹介してみよう.

 尿中酵素については,ヨーロッパで特に盛んに行われた2,3).いくつかの酵素で,尿中の阻害因子(正体については後述するように1986年になって初めて論文4)がある)を除くために,Sephadexによるゲル濾過または透析という前処理を必須としている.U-AAPについても,1980年に最適法の提唱がなされた5)

システインプロテアーゼ

木南 英紀

pp.1338

 プロテアーゼは活性基の種類によってシステイン,アスパルティク,セリンおよび金属プロテアーゼの4種に分類される.システインプロテアーゼはチオールプロテアーゼ,SHプロテアーゼとも呼ばれ,至適pHは3〜8である.各種SH阻害剤(4—クロロメリクル安息香酸,ヨード酢酸,N—エチルマレイミド,ジピリジルジスルフィドなど)によって容易に阻害を受ける.微生物由来のロイペプチン,アンチパインはきわめて微量でシステインプロテアーゼを阻害するが,これらはセリンプロテアーゼをも阻害するので特異的とはいえない.E−64は強力かつ特異的なインヒビターである.活性部位にはシステインのほかヒスチジンが存在し,反応に際してS—アシル中間体を作ることが確認されている.

 システインプロテアーゼは植物ではパパイン,フィシン,プロメラインなどが代表で,大量に得られるため,古くから構造と機能に関する研究は進んでおり,購入もできる.動物ではリソゾーム内のプロテアーゼであるカテプシンB,H,Lおよびカルシウム依存性プロテアーゼがその代表例である.これらの動物細胞内プロテアーゼの研究は最近急速に進み,4種類ともアミノ酸配列が決定されている.いずれもパパインの活性部位付近の一次構造の間にはかなりの相同性がある.基質特異性はセリンプロテアーゼに比較してかなり低く,広い基質結合部位の存在が示唆されている.

シトクロムb5レダクターゼ異常と遺伝性メトヘモグロビン血症

竹下 正純

pp.1345

 遺伝性メトヘモグロビン血症は乳児期から持続する全身性チアノーゼを主徴とするもので1),先天性心疾患とまちがえやすく,そのため運動や水泳を禁止されたり,就学延期や就職ができないなどの事態になることが多い.しかし,この疾患のチアノーゼはよく代償されており,健康人とまったく変わらない生活をしてもかまわない.またチアノーゼはビタミンCを服用することで,一時的にではあるが消失させうる.最近リボフラビンも有効なことが判明した.したがって,この疾患の場合,診断をつけることがたいせつとなる.

 この疾患は常染色体劣性遺伝形式をとる.比較的まれな疾患であり,世界で250家系,わが国では約30家系・50例が報告されているにすぎない.

動物における赤血球酵素異常

前出 吉光

pp.1389

 溶血性貧血を伴った赤血球酵素異常症は動物ではまれである.これは,ヒトに比べて動物でのそれらの発生頻度が低いというよりは,その存在が見逃されている可能性がより高いことによるように思われる.本稿では最近筆者らが発見したイヌの遺伝性赤血球酵素異常について紹介する.

 イヌ赤血球の特徴の一つは,Na,K-ATP aseを完全に欠いていることである.細胞膜に存在する同酵素は,よく知られているように,ナトリウムイオン(Na)を細胞外に汲み出し,同時にカリウムイオン(K)を細胞内に取り込む.このため,同酵素を有する多くの動物赤血球の陽イオン組成は,血漿中のそれに比べ,Na濃度は低く,Kは高濃度であるが,イヌ赤血球は(ネコも同様であるが),同酵素を欠くために,血漿中の陽イオン組成と同じく,高Na,低Kとなっている.ところが筆者らの発見したイヌでは,赤血球Na,K-ATPase活性が非常に高く(ヒト赤血球の約3倍〉,このため赤血球内は低Na,高Kであった.このことから,筆者らはこれらのイヌ赤血球をHK(high K)型イヌ赤血球,正常なイヌの赤血球をLK(low K)型イヌ赤血球と呼んでいる.

クレアチニンの分析に有用な新しい酵素反応

清水 昌 , 山田 秀明

pp.1398

 日常の臨床検査項目の多くが酵素法によって測定できるようになった現在,クレアチニンは,早くから酵素法の適用が期待されながら,取り残されてしまった項目といえる.これは,今も測定法の主流を占めているアルカリ性ピクリン酸とクレアチニン(あるいはその関連化合物)による呈色反応(Jaffé反応)が単純で高感度であるということが要因の一つといえる.しかし,新しい酵素法の開発に必要なクレアチニンの代謝に関与する酵素反応がなかなか発見されなかったことも,一つの要因として挙げることができる.最近,筆者らの研究室で今まで知られていなかったクレアチニンの分解経路が明らかにされたのを機に,新しいクレアチニンの酵素法の開発が進みつつある.

 図に微生物におけるクレアチニンの分解代謝経路を示した.クレアチニン環の加水分解を出発反応としてクレアチンを経る経路(CR経路)とクレアチニンの脱イミノ反応はすでによく知られており,関与するそれぞれの酵素を用いた分析法も考案されている,筆者らは,クレアチニン環の水解が脱イミノ反応の後,すなわちN—メチルヒダントン(NMH)の段階で起こる経路(NMH経路)を想定して,多くの微生物を用いてこの可能性について検討した.その結果,土壊から分離したクレアチニン資化性細菌,Pseudomonas Putida 77がNMH経路に従ってクレアチニン→NMH→N-カルバモイルサルコシン(CSR)→サルコシン→グリシンの順に分解代謝を行うことが判明した.NMH経路に関与する諸酵素をP.Putida 77より精製,単離してみると,本経路は次の四つの反応で構成されていること,各反応はそれぞれクレアチニンデイミナーゼ,NMHアミドヒドロラーゼ(NMHase),CSRアミドヒドロラーゼ(CSRase),サルコシン脱水素酵素が関与することが明らかとなった.NMHaseとCSRaseは新規酵素であり,特に前者はアミド結合の切断にATPを要求する珍しい酵素であった.下記の反応(1)〜(3)およびサルコシン酸化酵素を組み合わせると,クレアチニンは容易にH2O2の生成として測定できること,反応(2)で生じたADPもシグナルとして利用できることも併せて判明した.特に反応(1)〜(3)を用いる系は,従来法で問題となった反応の可逆性や,クレアチン,NH3による誤差を考慮する必要がないなど有利な点が多く,新しい測定系として実際面での利用が期待される.

慢性肉芽腫症の食細胞酵素異常—O2生成系の病態生化学

田中 寅彦 , 石村 巽

pp.1408

 好中球,マクロファージなどの食細胞は,細菌などの異物の貧食時に多量のスーパーオキシドラジカル(O2)を生成する.このO2や,さらに派生して生じる種々の活性酸素種(過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(OH・),一重項酸素(1O2),次亜塩素酸イオン(OC1)など)は,食細胞の殺菌作用に中心的な役割を果たしている.このO2生成活性を遺伝的に欠損した疾患が慢性肉芽腫症(chronic granulomatous dis—ease;CGD)である.患者の食細胞は,カタラーゼ陽性でH2O2非産生性の細菌や真菌に対する殺菌能が低く,患者は乳児期より重篤な感染症を繰り返す.本稿ではCGDの病因であるO2生成酵素系の異常について簡単に述べる.

 O2は食細胞の細胞膜に存在するNADPHオキシダーゼと呼ばれる酵素系により生成される.この酵素系はふだん静止状態にあるが,食作用時や可溶性刺激剤(ホルボールエステル,脂肪酸など)の投与により活性化され,次に示す反応を触媒しO2を生成する.

血小板のエネルギー代謝と酵素

西村 純二

pp.1414

 血小板はエネルギー産生系として解糖と呼吸を備えており,静止時の形態維持や活性化時の血小板機能に必要なATPを供給する.中でも解糖とグリコーゲン分解がエネルギー供給の主体である.

 解糖の流れはin vitroでは細胞外グルコースと酸素に依存し,グルコース添加は乳酸産生の増加と逆に酸素消費の低下をもたらす(Crabtree効果).酸素の欠乏状態,あるいはミトコンドリアでの酸化的リン酸化を阻害した状態は乳酸産生を増加させる(Pasteur効果).血小板はグルコース存在下では解糖のみで必要なATP量を維持できるが,グルコースが欠乏するとグリコーゲンの分解のみではATP量を維持できない.解糖系はグルコースから,あるいはグリコーゲンからグルコース1—リン酸を経て,グルコース6—リン酸の生成により始まる.グリコーゲンの分解は非活性化時にはほとんど観察されず,活性化時またはグルコース非存在下のみに限られる.血小板にはAMP依存性・非依存性のホスホリラーゼが存在し,後者はホスホリラーゼbキナーゼにより活性型に変化する.このキナーゼは血小板ではカルモジュリン依存性にCa2+により活性化される.一方グルコースからグルコース6—リン酸への変換はヘキソキナーゼにより触媒され,これは解糖系の律速酵素の一つである.グルコース6-リン酸からさらに10の酵素反応を経て乳酸が生成される(表)1).多くの酵素反応は平衡状態にあり,解糖系の調節には関与していない.律速酵素の中でもっとも重要な働きをもつのはホスホフルクトキナーゼであり,血小板ではこの反応は平衡定数から104もかけ離れている.この酵素はフルクトース6-リン酸,無機リン酸,cAMPで活性化され,逆にATP,クエン酸,水素イオンで不活化される.またピルビン酸キナーゼも律速酵素の一つと考えられている.

癌細胞が産生するアルカリホスファターゼ

飯野 四郎

pp.1429

 1967年,Fishmanによって癌性のアルカリホスファターゼ(ALP)が報告され,腫瘍マーカーの一つとして注目された.このALPは当時としては免疫学的にも,酵素学的にも胎盤のALPと区別できないものであり,Regan isoenzymeと命名された1).次いで1969年にはWarnockによって肝細胞癌が産生するアイソザイムが発見され,variant ALPと名づけられた2).この二つが腫瘍マーカーとなるALPアイソザイムである.

 その後,腫瘍組織に含まれているALPを分析すると,上記の腫瘍に関連したアイソザイムはかなり高頻度に存在することがわかった3)が,血中で調べると,その出現頻度は非常に低く,一般的な意味での腫瘍マーカーとしては使用できないことが明らかとなっている.Variant ALPに関しては進行した肝細胞癌例のみでみると腫瘍マーカーとなりうるものの,最近のように画像診断法が進歩し,早期に発見されるようになると出現頻度は数%に満たない.胎盤性ALPは,全悪性腫瘍でみれば1%以下である.ただ,セミノーマ,卵巣癌の例ではやや出現頻度が高いように思われる4).癌細胞に存在しても血中へ放出されないところに,腫瘍マーカーとして広く使えない点がある.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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