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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査43巻11号

1999年10月発行

雑誌目次

特集 臨床検査の新しい展開―環境保全への挑戦

序文

環境と臨床検査

菅野 剛史

pp.1195-1196

 臨床検査は病院における診療に寄与する検査技術を中心にして発展してきたし,さらに今後も発展して行くべきである.しかし,医師,検査技師として教育された内容を,習得された技術を考えるに国民の健康を保持し発展させる目的のために,さらに活用されるべきと考える.確かに,検査領域で教育を受けた人たちが,健診の領域でも活躍しているし,保健行政の中でも活躍している.しかし,環境をめぐる問題は,健康を保持し発展させるためにもう一つのターゲットとして考えるべきではないかと考える.その意味で今回の特集を考えてみたい.

 生活環境が,いろいろな物質で汚染されかかっているし,汚染されている.湖水が,海水が生活排水で汚染されてきており,その浄化が大きな話題となっている.たまたま,世界臨床病理会議でペルーのチチカカ湖を訪れる機会があったが,この世界一大きい,世界一標高の高い湖でも,ホテルに面した船着き場の辺りの水は大変濁っていたし,10分ほど舟を走らせて,ようやく水が澄んできている現実をみて,ここまでもと驚かされた記憶がある.しかし,チチカカ湖の夕暮れは素晴らしいし,ここで生活している浮島の人たちの素朴な生活は,さらに素晴らしい.そこには自然が溢れている.

Ⅰ.地球環境の現状とその保全

1.化学物質と環境

浦野 紘平

pp.1198-1207

化学物質の種類

 20世紀に入って,人類は多くの化学物質を生産,使用するようになった.現在,米国化学会のChemical Abstract Serviceには,天然物や研究用の物質などまで含めて約2,000万種類の化学物質が登録されていて,1年間に100万種類以上も増え続けている.このうち日本では,約7~8万種類の物質が商業的に製造・輸入され,使用されている.

 化学物質を分類すると図1のようになる.すなわち,天然物とその加工品,および石油などから合成されて工業用の原料や副資材となり,一部が最終製品にも含まれてくる工業薬品や農薬などの合成化学物質のほかに,廃棄物の焼却や農薬生産などに伴って生成するダイオキシン類,水道の塩素消毒やパルプの塩素漂白などに伴って生成するトリハロメタンなど,作りたくないのにできてしまうもの(非意図的生成物質)もある.

2.地球環境と健康

鈴木 継美

pp.1208-1214

はじめに──恐竜絶滅の教訓から

 今から6500万年ほど前に,当時地球上で栄えていた多種類の恐竜が一斉に短い時間の間に姿を消した.この恐竜絶滅の原因については諸説あるが,有力なものとして巨大隕石の落下による地球の気候変化が挙げられる.大量に吹き上げられた土砂・粉塵により地球の平均気温は数度低下したと推定される.それにより恐竜の食物の供給が不足し,結果として個々の恐竜の死亡,そして種の絶滅に繋がったとするのが第一の仮説である.しかし,この仮説には深刻な欠落部分がある(Doe-hler,1998)2).環境温度の低下が代謝速度に影響し,食物不足を招き多くの恐竜が飢餓のために死亡したとしても,それだけでは多数の種が一斉に死に絶えたことの説明にはならないと言うのがそれである.多数の種は身体の大きさ,食性,などが異なっており,また,生息の場所も地球上のいろいろな場所に及んでいる.さらに,同じ時代に多数の種に分化していた鳥類はなぜ全面的な絶滅に至らなかったのかについても飢饉仮説では説明できない.

 恐竜絶滅プロセスについての欠落を埋める仮説は気温低下により性分化に変化が起こり性比に極端な偏りが起こったためだとするものである.鳥の親が卵を抱いてふ化させるのと違って,恐竜は現在のは虫類や両棲類がそうであるように卵を自然の環境の中でふ化させていたと想定される.は虫類や両棲類では発育中の卵や幼生の性分化が環境の温度によって決定されているが恐竜でも同じで,環境温度低下が一世代を越えて続けば片方の性しか生じないことになる.種としての再生産能力が結果として失われたというのである.

3.大気汚染の原因物質と健康

橋本 正史

pp.1215-1222

はじめに

 20世紀に入り,工業化社会の発展とそれに伴う人口の都市への集中により,大気汚染が発生し,それによる健康障害が社会問題になるようになった.特に,1952年のロンドン(人口830万人)で起きた4日にわたる煙霧(smog)は3,500~4,000人と推定される超過死亡をもたらし1),大気汚染による健康被害がときとして生命にかかわるほど重大なものであること示した.わが国でも,1960年代中ころから1970年代にかけて石油化学工業地帯で晴れた日でも空を灰色に曇らせる煙霧が発生し,それと同時に当該地域で慢性気管支炎や気管支喘息の発症の増大がみられた2).当時,このことは目にみえる"大気汚染公害"として社会問題になったが,今日ではかつてのような煙霧はなくなり,また,近隣に比べ突出して慢性気管支炎や気管支喘息の有症者が多いという地域も見当たらないため,大気汚染の問題は人々の目にみえるものではなくなってきている.一方,代表的な大気汚染物質である二酸化窒素について環境基準(表1)を達成していない地域が大都市の幹線道路沿いに数多くみられること,この状況に並行して,アレルギー性鼻炎や気管支喘息などの有症率が都市部で増大してきていること,また,都市部で大量に発生するゴミの焼却によってダイオキシン汚染が起きていることなどがマスコミなどで頻繁にとり上げられるようになり,目にみえない大気汚染やその健康影響に対する人々の関心が近年高まってきている.

4.水質汚染と生物への影響

青島 恵子

pp.1223-1229

水循環と生物

 地球は水惑星と呼ばれるように,地球表面の4分の3は水に覆われ,その総量は約14億km3である(表1).水は存在場所により大きく海水と陸水に分けられ,陸水はさらに大陸や氷河の氷,河川や湖沼に存在する地表水,そして地表面下に存在する地中水に分けられる.これらの水は太陽エネルギーを源にして,水,水蒸気,氷などにその姿を変えながら,大気圏,陸水圏,海洋圏を大循環している1).河川や湖沼の水(淡水)は1%以下に過ぎないが,この極めてわずかの淡水が陸生生物の死活を制している.今日,ヒトという1つの種の活動によって,水環境の汚染が急速に進行している.本稿では,日本と世界における水需要の実態を垣間見た後,地下水,河川,湖などの水環境の汚染とヒトを含む生物への影響を概観する.

5.環境汚染とアレルギー

安藤 正幸

pp.1231-1236

はじめに

 近年,アレルギー疾患の著しい増加が注目されている.その重要な要因の1つに環境汚染物質の増加がある.アレルギーの直接原因となる環境汚染物質としては,従来から,細菌,真菌,ダニ,昆虫,犬・猫のふけ,花粉などの有機塵埃やイソシアネート,ベリリウムなどの化学物質が知られている1).これらの抗原物質は,建築様式や生活様式の変化により居住環境に増加し,また,花粉症にみられるように植物生態系の変化により屋外環境に増加し,空気,水,食物を介して経気道的,経口的,経皮的に生体に侵入し,アレルギー性鼻炎,気管支喘息,過敏性肺炎,腸管アレルギー,アトピー性皮膚炎,などの各種アレルギー疾患を惹起する.例えば,わが国の気候ならびに居住環境に関連してみられる夏型過敏性肺炎2)や,最近増加しているすぎ花粉症はその典型的な事例である.

 また,最近では,内分泌攪乱作用を持つ新たな環境化学物質(環境ホルモン)や化学物質過敏症(multiple chemical sensitivity;MCS)を引き起こす種々の環境化学物質が免疫・アレルギー系に及ぼす影響が問題となってきている.これらの新たな環境化学物質が,抗原ないしハプテンとして,直接的にアレルギーに関与しているとの確実な根拠は得られていないが,化学毒性,免疫毒性,あるいはその両者の作用機序を介して,免疫系に異常をきたし,間接的に,アレルギー疾患の病態に関与している可能性が議論されている3~5)

6.化学物質による内分泌攪乱

渡邊 昌

pp.1237-1247

はじめに

 体内にとりこまれる外来性の物質でヒトのホルモン環境に干渉する化学物質は内分泌攪乱物質と呼ばれるようになった.古くからビールのホップ摘みの男性が女性化したり,女性は月経が不定期になったり,また羊や牛が特定のクローバーを食べることによって不妊になるなど,植物由来のエストロゲン作用を有するものがフィトエストロゲンとして知られていた.最近問題となっているのはいわゆる「環境ホルモン」であり,これはDDTをはじめとする人の作った工業製品が環境中に蓄積し,野生動物にまでひろく影響を及ぼすことが発見されたからである.

 環境はヒトのみのためにあるものではなく,動植物を含む生態系そのものであり,生態系の汚染は人類を含む地球上の生命全体の将来に深く関連してくる.

Ⅱ.環境問題と疾病 1.オゾン層の破壊

1)紫外線の増加と生体影響

渡邊 昌 , 宗像 信生 , 山口 直人

pp.1250-1256

はじめに―オゾン層の破壊

 紫外線の健康影響として皮膚癌や白内障,免疫能低下などがある(表1)1~3).地球に到達する太陽光は波長200nmから放射量が増えるが,成層圏にあるオゾン層が短波長の紫外線を吸収し,300nm以下の生体に極めて有害な紫外線は地表にほとんど到達しない.しかしオゾンホールの拡大は紫外線の透過量を増す.オゾンホールは,北半球でもその存在が確認されており,熱膨張によって熱帯のうえにも発生しうる.紫外線の作用には殺菌やビタミンD合成など有用な面もあるが,生体への影響も多い.ここでは紫外線の生体への影響に関連のある紫外線測定について概説する.

2)オゾン層の破壊と皮膚疾患

市橋 正光

pp.1257-1262

はじめに

 化学的に極めて安定で不燃性であり,さらに人体に無害であるばかりでなく,無臭であるフロンガスは20世紀の大きな発見として人類の生活向上に貢献した.機械類の洗浄,冷媒,さらには断熱用発泡スチロールやスプレーの材料として先進国の産業の発展を支えてきた.ところが1905年Farmanら1)は1960年代後半から顕著になってきた南極のオゾン層の減少と逆相関してフロンガスに由来する塩素原子が増加していることを示し,1973年のMolinaとRowland2)の予測が正しいことを確認した.フロンガスでも特にフロン11,12,113や114は大気中を上昇し,地表20~30kmでオゾン濃度が高くなりいわゆるオゾン層(高濃度といっても地上の気圧下ではわずか3cmほどの薄い層である)まで達すると太陽紫外線を吸収し,塩素ガスを放出し,光解離して塩素原子となり,オゾン層を破壊し,ClOとなる.

 ClOから再度塩素ガスが生じ次のO3,分子を破壊する.1個の塩素分子は約10万個のオゾン(O3)分子を破壊することがわかった.特に南極では冬から春にかけて成層圏の濃度が著しく低くなるため,効率よくO3が分解されると考えられている.

Ⅱ.環境問題と疾病 2.酸性雨と地球環境,疾病

1)酸性雨によってもたらされるもの

福岡 義隆

pp.1263-1268

はじめに―有名なスモッグエピソードのほとんどが酸性雨

 大気汚染の歴史は,酸性雨の歴史でもある.イギリスに始まった産業革命以来,石炭という化石資源の燃焼により,石炭に含まれる硫黄分がSO2,SO3など硫黄酸化物の形で大気中に排出されてきた.これらの酸性物質が雨粒・雲粒・霧粒に取り込まれて,酸性降水になるのであるが,すでに1872年にはイギリスの化学者ロバート・アンガス・スミスによってAcid Rainと命名されていた.その後,欧米の各地でローカルではあるが酸性霧などによる大気汚染の事故(スモッグエピソード)があり,死者も出るほどであった.そのなかでも特筆されるものとしては,ミューズ(ベルギー)・ドノラ(米国)・ロンドン(英国)での大スモッグ事件がある1)

 ミューズ川はフランス・ベルギー・オランダを流れる川で,ベルギーの工業地帯がそのミューズ渓谷に立地する.そこで1930年の12月上旬の1週間,無風下のもとに霧混じりのスモッグが発生した.その結果,多数の人々が呼吸器疾患におかされ,60人が死亡した.急性呼吸器疾患の症状は,主に空気にさらされている粘膜の刺激症状で,胸・咳・呼吸困難などのほか,眼の刺激症状もあったとされる.正確な大気汚染の測定はされていないが,推測で亜硫酸ガス濃度にして9.6~38.4ppmくらいだろうという.大変な高濃度である2)

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2)酸性霧と呼吸器疾患,喘息

田中 裕士 , 寺本 信 , 兼子 聡 , 阿部 庄作

pp.1269-1273

酸性霧の現況

 霧の定義は気象学上,水平視程距離が1km以内つまり,1km先のものが見えない大気の状態を言う.近年,欧米諸国で地球規模の問題の1つとして酸性雨(pH5.6以下),酸製霧が注目され,わが国での調査でもpH4.0~5.0の雨が全国各地で報告されている.酸性霧の世界共通の定義はないが,年間の平均pHが5.0以下のものを一般に示す.わが国において,栃木県日光と北海道釧路市で霧のpHを定期的に測定しており,最近の報告ではpHが3.0近くまで低下することが観察され,人間を含めた自然界全体に及ぼす影響が懸念されている.一般にNO2やSO2のような吸湿性大気汚染物質は霧の核になりやすい.霧は長期に大気中に浮遊しているため,雨と比較すると種々の大気汚染物質を吸着し,呼吸器系に吸入されやすい.1952年のロンドンに発生した霧により,呼吸器系の疾患による死亡者が増加したとの報告1)や,北米での大規模な10年間の疫学的調査で,酸性エロゾルの多い地域ほど,慢性気管支炎などの閉塞性肺疾患患者の呼吸器症状の悪化が有意に増加するという報告がある.また,夏期に発生するスモッグが小児の運動喘息に悪影響を及ぼすとの報告などがあり,原因としてエロゾルに含まれる大気汚染物質が気道になんらかの影響を及ぼしたのではないかと考えられている.

 北海道の太平洋沿岸は霧が多く発生する地域であり,釧路では発生時間の短いものを含めると1年の約半数近く発生する.霧のpHは,北海道教育大学釧路校の西尾文彦らにより定期的に測定されており,近年,年平均の霧のpHが5.0より低くなってきていることが判明している.われわれは,西尾らにより集められた霧水の一部を分析したところ,図1に示すように陽イオンでは,NH4が最も多く,陰イオンではSO42-およびNO3が大半を占めた.この傾向はこれまで海外で報告された結果とほぼ同様のものである.つまり,窒素酸化物(NOx)および硫黄酸化物(SOx)が霧の酸性化の原因の可能性が高いことを示している.NOxは主に自動車の排気ガス,SOxは一般に工場からの煙と言われているが,大陸から偏西風に乗ってくる大気汚染物質や海水自体からのものも推測されている.

Ⅱ.環境問題と疾病 3.海洋汚染と国際的課題

1)海洋汚染がもたらすもの―重油

森田 明美

pp.1274-1280

はじめに

 1997年1月に起きた日本海におけるナホトカ号重油流出事故は記憶に新しいが,海洋の重大な汚染を引き起こす.

 流出油が7トンを超えるような事故は,年間30~40件起こっている1).大型タンカーの事故で最も流出量が多かったのは,1979年カリブ海で起きたアトランティック・エンプレス号の座礁事故で約30万トンが流出した.日本でもこれまでに,1971年新潟港沖で座礁したジュリアナ号による原油の流出や,1974年岡山県の三菱石油水島製油所のタンク損傷によるC重油の流出事故が起こっている(表1)2).海上保安庁によれば,小さな事故まで含めると,油による海洋汚染は年間400件発生している(図1)3)

2)海洋汚染で測定されている金属類―水銀,スズ

安藤 哲夫

pp.1281-1286

はじめに

 海洋を汚染している金属類は多種類あるが,特に水俣病の経験やアマゾン流域での金採掘に伴う金属水銀の使用などから水銀が,最近の環境ホルモンへの関心度の高まりによる巻き貝類のインポセックスを引き起こすスズが注目されている.

 この2つの金属の生体への影響がそれぞれヒトと無セキツイ動物に顕著であることで水銀とスズは対比されているが,この2つの金属の海洋汚染における対比はこれにとどまらない.水銀は過去にみられた農薬,工場排水による人為的汚染に加え,火山活動を主とする自然由来の水銀がその化学形態を金属水銀,無機水銀,メチル水銀(有機水銀)と変えながら(そのうえでそれぞれの化学形態で毒性発現が異なっている)環境中を大気,降雨(土壌),河川,湖沼と移動し,最終的に海洋を汚染するという人為的かつ自然由来の複合海洋汚染物質である.

3)牡蠣などの細菌・ウイルス汚染

福田 伸治

pp.1287-1291

はじめに

 高度で豊かな生活の追求はときとして化学物質あるいは微生物による海洋汚染を起こす.化学物質による海洋汚染は重篤な疾病を引き起こすことがあり,その例としては,水俣病が有名である.一方,微生物による海洋汚染はヒトに感染性胃腸炎という結果をもたらすことがある.感染性胃腸炎はビブリオ属菌のように広く海洋に分布する病原細菌により発生する場合もあるが,多くの場合,糞口感染サイクル(fecal-oral route)が成立しており,海洋を汚染した糞便由来の病原微生物が水産食品とともに経口摂取されることで発生している.ここでは,近年話題となっている小型球形ウイルス(small round structured virus)と牡蠣との関連を中心に述べる.

4)高海水温とサンゴの白化

山里 清

pp.1292-1296

はじめに

 さんご礁は熱帯・亜熱帯の海岸を色どり,すべての人々を魅惑するだけでなく,天然の防波堤として,また,漁業資源や観光資源供給源として生活に密着している.しかしこの重要な場も人間の繁栄の負の影響を受けて,その輝きを失いつつある.

 負の影響としてはいろいろあるが,ここでは,二酸化炭素などの排出によって起こる地球温暖化の影響と考えられるサンゴの白化現象について紹介する.

Ⅱ.環境問題と疾病 4.大気汚染

1)大気汚染の原因と考えられる有害物質の健康への影響

渡辺 伸枝

pp.1297-1305

はじめに

 ディーゼル車からの排出ガスは,都市部における大気の主要な汚染源の1つである.ディーゼル車からの排出ガスには,そのガス状成分や微粒子画分に,一酸化炭素,窒素酸化物,ベンゾ[a]ピレンをはじめとする多環芳香族炭化水素,ダイオキシン,各種金属など1,000種類以上のさまざまな有害物質を含んでいるとされている.

 排気ガスの生体に及ぼす影響に関する研究は,吸入することで排気ガスに曝露されることから,その最初の標的臓器となる肺ならびに呼吸器を中心に行われてきた.また,排気ガスに含まれる粒子状物質は発癌性・変異原性のある物質を吸着していることから,特に排気ガスと発癌の因果関係が問題視されてきた1~4)

2)大気汚染物質の測定

泉川 碩雄

pp.1307-1312

はじめに

 大気汚染物質の測定は,種々の目的で行われるが,その1つとして大気汚染防止法に基づいて行われるものがある.

 大気汚染防止法では大気汚染状況の監視を都道府県知事に求めており,従来から環境基準が設定されている二酸化硫黄や二酸化窒素など(ここでは,従来型汚染物質という)について常時測定が行われている.

3)排気ガスと閉塞性肺疾患

永井 厚志

pp.1313-1318

はじめに

 気道や肺からなる呼吸器系は常に環境大気に曝露されており,大気中に含まれる傷害物質により構造や反応系の異常,破綻が生じるとさまざまな呼吸障害として現れる.

 大気汚染物質が多くの人達の健康障害をもたらした事件として,古くは1930年のMuse-valley事件にはじまり,その後1952年に起きたLon-donスモッグによる多数の死者をみるまでに幾つかの出来事が相次いだ.これらの事件を契機として,石炭から石油産業への転換や第二次世界大戦後の自動車の普及に伴う排気ガスによる汚染大気に起因する健康障害が社会の関心を集めるようになった.大気汚染と閉塞性肺疾患のかかわりも,このような時代背景とともにクローズアップしてきた問題である.本稿では,現在問題が指摘されている自動車からの排気ガスと閉塞性肺疾患の関連性について概説する.

4)大気汚染と変異(癌)原物質

久松 由東

pp.1319-1326

はじめに

 大気環境における有害物質としては浮遊粒子,浮遊粒子に含まれるアスベストなどの鉱物質,多種類の金属化合物や有機化学物質,および蒸気圧の高い有機化学物質や窒素酸化物などのガス状物質が挙げられる.これらの物質の発生源は化石燃料や有機物質などの燃焼による生成,生活関連物質の焼却処理に伴う生成や科学技術の発達による生産過程から排出される物質,さらには大気環境中における汚染物質問の反応による二次生成物質などさまざまである.

5)大気汚染と免疫機能

小林 隆弘

pp.1327-1330

はじめに

 われわれは約20m3の体積の大気を毎日吸入している.この中には,多くの化学物質,また,細菌,ウイルス,カビなどの微生物が存在している.気道を構成する細胞や免疫担当細胞はつねに吸入されてくる異物に対処しているものと考えられる.大気汚染物質により免疫機能が修飾されるとアレルギーや感染といった疾病の要因になる.

 近年,喘息,鼻アレルギーなどアレルギー関連疾患の患者が増加していると言われている.また,大気汚染濃度の高いところではアレルギー関連疾患の有症率が高い傾向が報告されている.一方,1979~1994年におけるオーストラリアでの感染病死の傾向の結果では気道感染についての近年の傾向は減少する方向にあるとされている.しかしながら大気汚染との関係では,大気汚染物質の濃度が高くなると気道の感染の頻度が上昇するという報告がある.大気汚染とアレルギー関連疾患や気道感染の増加が関連するかどうかについての疫学的な調査の結果および動物実験の結果について紹介する.

Ⅱ.環境問題と疾病 5.水環境の汚染と疾病

1)水環境と汚染物質

細田 茂雄 , 広瀬 義文

pp.1331-1336

はじめに

 「春の小川はさらさら行くよ,岸のスミレや………」と歌われた風景は,わが国ではあまり見られなくなった.そのような自然の消失は今日の経済的繁栄と無関係ではない.昭和30年代から40年代末にかけて,わが国では高度経済成長を目指し,生産活動の拡大ならびにそれに伴う都市部への人口の集中が起こった.その結果,産業排水や生活排水が河川,湖沼,海域,地下水などの水環境を悪化させ,水俣病やイタイイタイ病などの公害病を引き起こしたことはよく知られている.そのため,国民の健康の保護と生活環境の保全とを目的として,1967年に公害対策基本法が制定され,1993年にその法律は環境基本法に改定された.このなかには水質汚濁を規制する環境基準が示されている.環境基準は人の健康の保護に関する項目と生活環境の保全に関する項目とから成っている.

 一方,水環境に由来した細菌汚染としては,井戸水を飲んだ幼稚園児が病原性大腸菌0-157により死亡した例や,井戸水による赤痢の集団発生例などがある.

2)原虫による水道水の汚染

保坂 三継

pp.1337-1344

はじめに

 近代水道の発達と塩素消毒による衛生的な飲料水の供給は,コレラやチフスなど古典的な水系感染症の制圧に絶大な威力を発揮した.しかし特に近年は,従来からの制御対象であった細菌に加えてウイルスや原虫などによる感染症が注目されてきている.

 水系感染の統計データが公表されている国は世界的にも少ないなかで,米国では1920年から水系流行のデータが整備されている(表1).これを見ても,近年は原虫感染症が発生件数,患者数ともに細菌性およびウイルス性の水系感染を大きく上回っている状況が明白である.こうした現状から,ここでは水道水の新たな微生物汚染として近年特に注目されている病原性原虫の問題について述べる.

3)人工水環境の細菌とそれによるヒトの疾病

藪内 英子

pp.1345-1350

はじめに

 現在,真に自然の環境で生活できるのは野生動物だけではないだろうか.われわれは「自然がいっぱい」とか「自然に取り囲まれて」などと言いながら,実は人の手が加えられた人工の自然環境に置かれている,と私は考える.したがってこの項の標題に掲げた"人工水環境"とは,一目見て人工とわかる水環境を対象とする.

 臨床検査の読者諸兄姉は,微生物(ここでは細菌)とわれわれ(宿主)との関係が非常に複雑で変化に富んでおり,病原性・感染・発症などについて考察するとき,1+1=2のように明確な線引きや定義付けをし難いことをご承知である.数年来,医学以外の分野の人と接触したり作業をする機会があり,その人たちの多くが"感染・発病の要因は解明されている"と信じ,"感染経路が解らないのは調べ方が悪いから","感染源または感染経路が明らかになったと発表されると,それですべてがわかった"と考えていることを実感した.このことから,われわれが感染に関係した情報を出すときの表現,報道関係者の意識と言葉遣いについて,われわれがさらに注意を払う必要がある."日和見感染症","日和見病原体"が用語として繁用されるが,そもそも感染症とは,程度の差はあっても,すべて日和見的なものである.宴会に参加して同じご馳走を食べても下痢をするのは一部の人という卑近な例から,抗生物質のなかった時代のペストの大流行でも人類が滅亡しなかった事実,海外研修旅行に行った働き盛りの企業トップ80人のうち,1人だけがレジオネラ肺炎で死亡した例などは,感染症成立の不可思議性を明示し,それ故に感染源を少なくする努力が求められるのである.

Ⅱ.環境問題と疾病 6.環境とアレルギー

1)アレルギー疾患と環境抗原

工藤 誠

pp.1351-1356

はじめに

 近年,アレルギー疾患の罹患率が増加し,厚生省統計によると,この20年間で約3倍となっている.現在では,スギ花紛症が人口の10%強,成人気管支喘息で3%,小児喘息で5%にも増加し,欧米でも同様の増加がある.この要因は産業革命以降の都市化,人口集中,農業の近代化,生活様式の変化に帰着するとされている.

 アレルギー疾患の原因はアレルゲンであり,環境中のあらゆる物質が原因となり得る.実際,スギ花紛症のここ20年の爆発的な増加の一因には,戦後復興に際し木材不足のための大規模な森林の伐採とその後のスギの大量植林が挙げられる.アレルギー疾患では発症,増悪になんらかのアレルゲンの存在があり,臨床上診断,治療に対してアレルゲンの同定は最も重要である.現在,アレルギー疾患の治療において抗アレルギー薬やステロイド剤などが重要視されているが,治療の中心がアレルゲンの除去であることは疑う余地はない.

2)ホルムアルデヒドによる室内汚染

松村 年郎 , 大塚 健次

pp.1357-1362

はじめに

 ホルムアルデヒド(HCHO)は1867年にHoffmanによって発見され,その後,殺菌作用,毒素の破壊作用などが次々と発見され,有用な化学物質として古くから使用されている.

 空気中のHCHOの発生源1,2)としては,HCHO製造工場,尿素―HCHO系樹脂製造工場,接着剤製造工場,繊維工業,自動車排気ガス,潤滑油の酸化分解,大気汚染物質の光化学反応,ユリアホーム,喫煙などが考えられる.

Ⅱ.環境問題と疾病 7.化学物質の環境へのリスク

1)化学物質の安全性

中西 準子

pp.1363-1368

安全性論議の前提条件

 化学物質の安全性を論ずる場合には,留意すべきいくつかのことがあるように思う.まず,そのことから述べてみたい.

 完全に安全な化学物質は存在しないことは,誰もが知っている.にもかかわらず,多くのところで化学物質の安全性が議論されている.ということは,安全性にはレベルがあることが前提になっていることを意味する.しかし,ある人々にとっては安全性にレベルがあることは自明であるが,他の人々にとっては,自明ではない.安全性にはレベルがあると考えている人々の中にも,そのレベルについての違いがある.しかも,安全という言葉の国語的な意味は,あくまでも絶対安全であるから,安全性にはレベルがあるということは,安全性の議論では常に隠されているという構造がある.また,その言葉の中には,よりレベルの高い安全性(より安全)のほうがよいという価値観も隠されている.仮に,化学物質の安全性にはレベルがあり,化学物質の安全性とは,実はそのレベルをどこに維持すべきかを議論することだと考えるなら,むしろ安全性という言葉は使わないほうがよいように思う.リスクは,安全の反意語のように受け止められているが,定義が明確で,科学的な議論に耐える.したがって,安全性の議論は,リスクという概念を取り入れて議論したほうがよい.

2)環境中のホルモン様物質

香山 不二雄

pp.1369-1374

ホルモンの概念の変遷

 "内分泌器官から分泌されるホルモンと呼ばれる生理活性物質を体液中に分泌して分泌部位から遠く離れた器官に働き,それぞれのホルモンは,他の種々のホルモンや神経系からフィードバックで分泌を制御されている"と内分泌系は従来定義されてきた.しかし,より新しい定義では,"ホルモンとは,情報伝達を本来の役Elとする生理活性物質の一種であり,ある細胞より産生され,細胞から基底膜側に放出され,その活動を開始するもの"と概念が広くなった.

 これまでは,下垂体,甲状腺,副腎,膵臓などの内分泌腺から分泌されるものがホルモンとされていたが,胃,腸,心臓,視床下部,脳などもホルモンを産生している.すなわち,脳と腸とで同じペプチドホルモンが作られそれぞれ別個の機能を果たしている例も見つかり,局所ホルモン(Local hormone)の概念が導入されてきた.免疫系細胞で発見されたサイトカイン類が脳や消化管でも情報伝達に協調して関与しており,ペプチドホルモンとの境界は非常に曖昧である.作用様式(mode of action)も,以前は血液に乗って遠隔の標的臓器に到達して効果を発揮すると考えられていたが,現在では,すぐ近くの細胞に働くパラ分泌(傍分泌,パラクリン,paracrine),分泌した細胞自身に働く自己分泌(オートクリン,auto-crine)などの現象も知られており,ホルモン自体の概念も変わってきている.現在の知見からホルモンを大まかに分類すると,下垂体ホルモンやカテコールアミンが含まれるペプチドアミン系と性ホルモン鉱質コルチコイドなどが含まれるステロイド系,甲状腺ホルモンの含まれるジフェニルエーテル系の三系統に分けることができる(表1).

3)環境エストロゲンと内分泌攪乱

山下 成人 , 及川 伸二 , 川西 正祐

pp.1375-1382

はじめに

 21世紀の環境問題として環境エストロゲン(environmental estrogens)に強い関心が集まっている.環境エストロゲンとは,生体内のエストロゲン受容体と結合することなどによりエストロゲン様作用を示す化学物質のことであり,精子数の減少などの生殖障害をはじめ,さまざまな健康傷害との関連が疑われている.最近ではこのようなエストロゲン作用を持つ化学物質だけでなく,生体での種々のホルモン合成・貯蔵・分泌などの諸過程に影響を及ぼす外来性の物質を総称して内分泌攪乱化学物質(endocrine disrupting chemi-cals)と定義されているが,一般には環境ホルモンという用語が定着している.

 本来,生体に存在する内因性ホルモンは必要に応じて内分泌腺から分泌され,標的組織で細胞中のホルモン受容体を介して指令を出し,必要な蛋白質を合成させ生理作用を発現する.発生・成長および生体の維持活動に不可欠であるホルモン作用は極微量で起こりフィードバック機構などで微妙にコントロールされている.しかし,最近の研究により環境化学物質のビスフェノールA,ノニルフェノール,ポリ塩化ビフェニール(PCB)などがエストロゲン様作用を持ち,野生生物や実験動物に障害を及ぼすことが明らかになり,ヒトに対する影響も大きな問題になってきている.また,これらの物質が多くの河川や湖沼,海,さらには大気中からも検出され,地球規模での化学物質汚染が明らかになりつつある.

4)ダイオキシンと健康リスク

曾根 秀子

pp.1383-1389

はじめに

 連日のようにメディアからダイオキシン報道がわれわれのもとに届く.各省庁とも,ダイオキシン対策・規制の検討に躍起になっている.6月には環境庁と厚生省の合同委員会によってわが国の耐容一日摂取量(Tolerable Daily Intake;TDI)の見直し値が公表された1).その値は,1999年2月に世界保健機構(WHO)において提案された1~4pg/kg/日の上限と同じ値であった.TDI値は,ヒトが生涯摂取しても有害性の影響を受けない一日量を指し,人の健康を脅かす危険性(リスク)がどれだけあるかという目安によく用いられる.今回のWHOのTDI見直しでは,ヒトへの外挿をより精度の高いものにするために,薬物速度論的な考え方が取り入れられた.加えて,これまであまり重要視されていなかった非発癌性の毒性に関しての再検討が推進された.その結果,発癌性より低い暴露量での生体影響が明らかになった.非発癌性の毒性は実に多様である.

 本稿では,TDI見直しの資料となった非発癌性の毒性研究に関する知見のみならず,ヒトへの健康被害やこれからの生体影響研究についても紹介する.

5)環境汚染物質の分析―ダイオキシン類を中心に

宮田 秀明

pp.1390-1397

ダイオキシン類測定の目的と意義

1.毒性評価と―日耐容摂取量

 ダイオキシン類は地球的規模で環境や人体の汚染をもたらし,現在の汚染レベルで人体に生体影響を及ぼす可能性が強く指摘されている超毒性の環境汚染物質である.しかも最近の研究により,ダイオキシン類のうち,最強毒性の2,3,7,8―四塩化ダイオキシン(2,3,7,8―TCDD)は,従来判断されていたよりも微量でラット,サルに精子数減少,免疫抑制,生殖器奇形,精神障害の胎児毒性,および成体のサルに子宮内膜症を起こすことが明らかになってきた(表1)1).例えば,これらの障害を起こす最小毒性量における母体や成体の蓄積濃度は,28,000~73,000pg/kg (1pgは1兆分の1g)にすぎない.このような体内蓄積濃度になる人体摂取量は,14~37pg/kg/日の超微量と推定されている.そのため,昨年5月,WHO (世界保健機関)は,ダイオキシン類の耐容一日摂取量(TDI)の基準値を10pgTEQ/kg/日から1~4pgTEQ/kg/日(TEQ:2,3,7,8―TCDD毒性等価量)に改正した.しかし,現在の先進諸国の曝露レベルである2~6pgTEQ/kg/日においても,検出し難い程度の影響が一般住民に既に起こっている可能性があるとしている.このため,WHOは,人体汚染の低減化を図るあらゆる努力を払うべきであると勧告している.

 これを受けて,わが国でもTDIが検討され,1999年6月,WHOに準じて10pgTEQ/kg/日から4pgTEQ/kg/日に基準値が改正された.現在,わが国における母乳保育による乳児の平均ダイオキシン類摂取量は,TDIの17~37倍も超過している2).さらに,高濃度者の体内蓄積量は,上記の胎児毒性や子宮内膜症をもたらす実験動物の蓄積濃度に近接している.

6)居住環境での化学物質汚染

早福 正孝

pp.1398-1405

はじめに

 現代社会は,化学物質なくしては成り立たないと言っても過言ではないくらい多くの化学物質に取り囲まれている.化学物質のなかには,医薬品や洗剤のように目的を持って作られるものや,ダイオキシンのように化学反応の途中で非意図的に生成されるものがある.さらに本来の使用目的とは異なる影響を他に与えている農薬・殺虫剤やアスベストのようなものもある.一歩外に出ると,その行き先々で絶えずその地域からなんらかの化学物質に曝露されている.それは,自動車排ガスや工場の排ガスであったり,公園や田畑に散布された農薬類であったりする.

 これらの環境汚染に対しては環境基準や排出規制基準などが作られかなり改善された面がある.だが,1日24時間のうち,一人の人が実質的に建物の外にいるのは,特定の野外勤務的な職業やレクリエーション・スポーツといった限定的な面を除くと,それほど多くはない.多くの人は,職場・学校などの建物の中,そして生活の中心である居住環境の中にいる.そのなかでも特に,睡眠や団らんなどを含めた家庭内にいる時間は一日の半分近くになる.特に,老人や乳幼児と母親はその大半を家庭内で過ごしていると言っても過言ではない.

Ⅱ.環境問題と疾病 8.環境情報はどのように提供されているか

1)花粉情報

今井 透

pp.1406-1409

はじめに

 花粉情報は飛散の長期予測・短期予報と,さらに実際に飛散した結果報告との2つの情報がある.花粉の飛散状況は気象,林業,環境に影響されるが,花粉情報は一般的には花粉症に対する医学的な情報として活用される.花粉情報に医学情報を加えた"花粉症情報"も患者にとって有用である.

 花粉情報が環境汚染の指標などに使われることは,実際には非常に少ない.ただし花粉に含まれる大気汚染物質の含有量やアレルゲン量を測定し,環境の影響をうかがうことは可能である.また花粉がどのように発生源から運ばれてくるのか調査することは,将来的に汚染物質の拡散状況を知るモデルとなり得るであろう.

2)広報活動の現実

谷 重喜

pp.1410-1413

はじめに

 環境とそれをめぐる有害物質に関する情報は,ダイオキシンに代表されるように,話題性が先行している物質や時期の場合には,新聞やテレビ報道など,一般のメディアを通じて得ることが可能である.しかし,一般のメディアにより伝えられる環境化学物質やその分布などの情報は限られている.

 環境にかかわる情報の入手源としては,環境白書,地方自治体の環境データ報告書,大学や研究所からの報告書の抜粋,環境保護団体による文書などが,従来はその中心であった.また,近年のインターネットの急速な普及により,報告書などの紙というメディアで伝えられていた環境情報が,電子的な手段で入手することが可能になってきている.これまでの文書化された報告書では,その内容を見なければ,目的とする情報であるか否かがわからなかっただけでなく,報告書などの入手場所,その種類や存在の可否までもが不明の場合が多かった.

3)企業からの環境情報開示

則武 祐二

pp.1414-1417

 ここ数年,企業の環境保全に関する取り組みは,急速に進展し,着実な継続的改善が進められるようになった.その背景,情報開示,情報開示に関する問題点について述べる.

Ⅱ.環境問題と疾病 9.環境と放射能

1)環境放射能(線)調査

出雲 義朗

pp.1418-1424

はじめに

 1945年の原子爆弾投下直後に環境放射能調査も行われたが,いわゆる"環境放射能(汚染)調査"は,1954年にビキニ環礁で行われた大気圏内核爆発実験に始まる.この実験では,周辺海域で操業中の漁船が船体のみならず,乗組員および漁獲マグロとともに大量の放射性降下物(fall-out)により被曝して,人体の甚大な放射線障害を引き起こしている.また,食品衛生分野への放射能汚染問題や地球規模の広範な環境放射能汚染問題を新たに提起することになり,これを契機に大がかりな調査が開始されている.しかし,その後,米国やソ連による実験が頻繁に繰り返されるようになると(1960年までに232回1)),国内環境の放射能汚染が大きな社会不安を引き起こした.このため,1961年には内閣に放射能対策本部が初めて設置され,科学技術庁を中心に関係省庁,都道府県などによる環境放射能の調査や監視が強化されている.さらに,1980年までに幾度となく実験は繰り返された(191回1))が,以後同種の実験は行われていない.この間,国内では原子力発電所の稼動(1963年),原子力軍艦の入港(1954年),使用済み核燃料再処理施設の稼動(1975年),またチェルノブイリ原子力発電所の事故の発生(1986年)や旧ソ連・ロシアによる極東海域への大量放射性廃棄物投棄の公表(1993年)などを契機に,迅速,組織的,広範かつ定期的に放射能調査が行われ,その多くまたは一部は現在も継続されている.これら調査は,いずれにしても人為的に発生させた人工放射性核種に関する調査である.

 しかし,環境放射線による被曝1)(表1)の大部分は,宇宙線やそれによって生成されている放射性核種,放射能の物理的半減期(Tp)が非常に長いため地球創成以来(約46億年と推定されている)地上に残存し続けている核種やその崩壊生成核種などの"自然放射性核種"に起因する.

2)放射線と甲状腺癌

難波 裕幸 , 山下 俊一

pp.1425-1432

はじめに

 私たちの健康を脅かす環境因子は,主として2種題に大別できる.第1のグループは,ダイオキシン,アスベスト,鉛といった化学物質である.そして第2のグループは,身体に加えられるエネルギーによる害であり,それには,紫外線や放射線などが含まれる.

 化学物質は,細胞に毒性に働いたり,内分泌攪乱物質のように受容体を介してホルモン様の作用を引き起こす.一方,エネルギーによるものは,熱エネルギーとして局所または全身に火傷を引き起こすごばかりでなく,直接遺伝子を障害し,局所フリーラジカル放出や遅延性の遺伝子不安定性を誘導することにより細胞死や癌化につながる(図1).

3)マーシャル諸島の放射能障害

中島 範昭 , 藤盛 啓成 , 高橋 達也

pp.1433-1438

はじめに

 マーシャル諸島共和国は,太平洋南洋群島の東端,北緯4~14゜,東経160~173゜,約180km2に拡がって点在する,29の環礁と5つの島から成る人口約5万人の島国である(図1).戦前,日本の信託統治下にあったが,第二次世界大戦後アメリカ合衆国の信託統治領となった.合衆国は1946年から1958年にかけてBikini環礁とEn-ewetak環礁において,公式記録では66回の核実験を行った.なかでも,1954年3月1日に行われた水爆実験,CASTLE BRAVO testは歴史上最大規模であり,多量の放射性降下物("死の灰",fallout)はマーシャル諸島の島々を汚染し,住民に深刻な放射線被曝障害を与えた1).ここでは,既に報告されている被曝後地域住民に発生した被曝障害を総括するとともにわれわれが行った甲状腺検診(Nationwide Thyroid Study)についてその成果を報告する.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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