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シリーズ最新医学講座 臨床現場における薬毒物検査の実際・2
迅速検査法・総論―迅速検査法で何がわかるか
著者: 奈女良昭12 西田まなみ12 屋敷幹雄12 木村恒二郎12
所属機関: 1広島大学大学院医歯薬学総合研究科法医学 2特定非営利活動法人健康危機管理協会
ページ範囲:P.446 - P.452
文献購入ページに移動われわれの身の回りには,何十万,何百万もの化学物質が存在しているが,すべてが有用なものとは限らず,安全と考えられていたものでも使用法や使用量によっては有害なものとなる.例えば,アセトアミノフェンは解熱鎮痛作用を示し,風邪症状を抑えるには有用な化学物質であるが,多量に服用すると肝臓に悪影響を及ぼし,肝障害を引き起こす.また,農薬は害虫や雑草を駆除するには有用であるが,ヒトが誤って摂取するとヒトに対しても神経毒性などの悪影響を及ぼし,死に至らしめることもある.このように,化学物質はわれわれが快適に生活するうえで不可欠なものとなったが,健康を害することも少なからずあり,諸刃の剣である.現に,わが国で医療機関を受診する化学物質による中毒患者は,年間数十万人発生しており,一次救急患者の1~2%を占めている.このうち5万人程度が入院加療しており,救命救急センターでの収容数の4~8%にも達している.さらに,中毒死亡例は,全国で年間数千人と把握されている1).
これらの化学物質によるリスクをゼロにすることは困難であるが,科学的知見に基づきリスクを最小限に抑えて共存していく方法を工夫することが不可欠である.化学物質による中毒事故は一刻を争う人命にかかわる問題であり,治療にあたっては刻一刻と変化する状況を的確に判断し迅速に対応しなければならない.いかなる化学物質(起因物質)が関与しているかが判明すれば,拮抗剤を使った積極的な治療を行うのか,経過観察でよいのかなどの治療方針を立てるうえで参考となる.この起因物質の推定を患者搬入時に行えば,患者の救済や治療に貢献できると考える.特に,原因がわからない中毒の場合,化学物質が関与しているのか,細菌が関与しているかなど,何が原因で中毒を起こしているかを推定できれば,その後の治療方針を大きく左右するだけでなく,治療を施す医師や看護師自らを防護する方策(二次災害の防止策)を講じるための情報となりうる.
この起因物質を推定するには,古くから利用されている化学反応(呈色反応:表1)を利用し2,3),あるいは最新のガスクロマトグラフや高速液体クロマトグラフなど高精度の分析機器を使用する4).機器分析は確実な結果が得られる反面,操作が煩雑であることや,結果を得るまでに時間を要するなどの要因で,救急医療現場での利用は敬遠されている.そこで,ベッドサイドで検査できる簡便で迅速な方法(point of care test;POCT)が要求される.病原性大腸菌O-157やインフルエンザウイルス,ノロウイルスなどの細菌やウイルスを検査する迅速検査法(キット)は,事件の発生とともに数多く開発されているが,生体試料中のヒ素などを検査するキットは,社会的に大きな影響があったにもかかわらず開発されていない.特に,尿や血液など生体試料中の起因物質を検査するキットは数少ない(表2).その用途が特殊であることも指摘されるが,検査技師に限らず医師自らが検査できるような方法を開発し,安価で迅速な検査法となれば,直接治療に貢献できなくとも医療現場での二次災害予防の手法となることが期待される.
表3には,医療現場で役立つ可能性のある環境分析用キットを示した.生体試料中の微量起因物質が検査できるか否かの検証は行っていないが,吐物や胃内容物など濃度の高い試料の検査には有効であると考える.結果の判断に多少経験が必要な検査法もあるが,多くは30分以内に検査結果が得られる簡便な方法である.本稿では,迅速検査法で何がわかるか,について触れるとともに,日本中毒学会(分析のあり方検討委員会)が提唱した,分析結果が治療に役立つ15種類の起因物質の迅速検査法について紹介する.
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