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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査50巻11号

2006年11月発行

雑誌目次

今月の主題 海外旅行と臨床検査

巻頭言

海外旅行と臨床検査

伊藤 喜久

pp.1215-1216

 平成17年度(2005年度)法務省入国管理局の出入国統計によれば,外国人入国者は700万人を突破し過去最高となり,一方,日本人出国者は,1,700万人で,過去最高の2000年に次ぐ記録であった.近隣アジア地区での経済発展と,輸送力増強の支えによるもので,全世界での海外旅行熱はさらに一層高まり,世界は距離を縮め,文化,文明の隔たりを急速に狭めつつある.

 飛行乗務,自衛隊海外派遣,探検,災害救助,帰郷,観光など職務や目的,期間,目的地など個々の置かれた状況は異なるが,海外旅行/渡航では,多かれ少なかれ様々なストレス環境に曝されることになる.しばしば普段経験しない生物学的,物理的,化学的な刺激が負荷され,生体反応,機能不全がもたらされる.短期一過性から長期持続性まで多様で,単なる機能変化から不可逆的な異常,死に至るものまで多種多様で,全身の臓器,組織のすべてに及ぶ.主なものでも,時差ぼけ,エコノミークラス症候群などの環境変化,マラリア,性的接触感染症,不衛生な食物摂取によるA型肝炎,旅行者下痢症などの感染症,予期せぬ事故,高地や砂漠などの極限環境での激しい生体侵襲など枚挙に遑がない.ベースには旅行者の健康状態,年齢,性,生活習慣などが深くかかわる.糖尿病,動脈硬化症,呼吸器疾患などの基礎,慢性疾患などを持ちながら旅を楽しむ人も数多い.しかし多飲,多食,疲労など移動滞在環境の変化が契機となり身体的,精神的な生活リズムの変調をきたしやすい.これらのすべての因子が,強弱を交えて複雑に相互作用しながら,特異な生体病像が形成される.

総説

海外旅行前,旅行中,旅行後検査

溝尾 朗

pp.1217-1222

 旅行医学を含め臨床診断では,病歴聴取で見当をつけた後,診察所見により絞り込み,最後に検査計画を立てるという流れがある.このなかで病歴の聴取が最も重要であるが,検査計画が杜撰では問題が解決しないことも多い1).検査技師の立場からも,検査の目的が不明なときや渡航先の情報が不足している場合,必要十分な検査ができないと聞く.限られた時間のなかで効率的に診断するためには,過不足ない問診と診察から検査計画を立て,医療従事者間において情報を共有することが求められる.一方,旅行医学のなかでは予防医学も重要なテーマであり,旅行前の検診や留学前の抗体検査,持病を抱える旅行者の適応検査などの一次予防や健康増進を目的とする旅行医学も存在する.本稿では,筆者が担当している旅行医学外来からの実例を紹介して,旅行医学における検査計画と予防医学の重要性について述べてみたい.〔臨床検査 50:1217-1222,2006〕

生物時計

髙橋 敏治

pp.1223-1228

 生物時計と生体リズム(特に約24時間の周期をもつサーカディアンリズム)の関係について概説した.そのなかでは,内的脱同調,サーカディアンリズムの指標としてのメラトニンリズムの優位性,順行性と逆行性再同調,睡眠の2プロセス仮説,高照度光による同調と光以外の同調因子,さらに遺伝子レベルの時計遺伝子の仕組みについて解説した.生物時計による臨床的問題として,サーカディアンリズム睡眠障害を取り上げ,その国際分類上の概念,遺伝子レベルの問題,その対策・治療法について述べた.〔臨床検査 50:1223-1228,2006〕

高度空間における放射線の人体影響

中村 典

pp.1229-1231

 海外旅行に伴う航空機の利用は,高度10,000~12,000mの空間を飛行するので,宇宙から降ってくる放射線に対して大気による遮蔽が少なくなり,地上と比べて被曝量が増加する.しかし,航空機乗務員(年間900時間程度の勤務)でも,放射線被曝量は年間1ミリシーベルト(mSv)から5mSv程度の増加と推定されており,これは地上における年間自然放射線レベル(2~3mSv)と比較して危険なレベルにあるとは考えられない.ましてや一般旅行者となれば,1回の海外旅行(往復)に伴う放射線被曝は多くても0.2mSv程度であるので,影響が検出できるとは思われない.放射線による被曝が原因で航空機乗務員に特定の病気が増えたという明確な事実もない.〔臨床検査 50:1229-1231,2006〕

深部静脈血栓症・肺動脈血栓塞栓症の病態(旅行血栓症,エコノミークラス症候群も踏まえて)

山田 稚子 , 村田 満

pp.1233-1237

 近年,深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症の発症頻度は著しく増加傾向にある.その要因には生活の欧米化や高齢・肥満人口の増加などが挙げられ,長時間の飛行に影響するエコノミークラス症候群が取り上げられたことにより注目されている.わが国では,肺血栓塞栓症を発症した場合の死亡率は14%で,特に重症例では30%になると報告された1).また,急性肺血栓塞栓症の原因の90%以上は下肢あるいは骨盤内に形成された静脈血栓であることが知られている.血栓形成の危険因子には手術,外傷,血栓性素因などの多数の要因がある.血栓形成の危険因子が重複しやすい病院内での発症も近年増加傾向にあり,わが国においても院内発症例に対する適切な対応,予防が今後重要な課題である2).〔臨床検査 50:1233-1237,2006〕

海外旅行と感染症

海老沢 功

pp.1239-1244

 太陽の光を,あるいは異国情緒を求めて欧米,特にアルプス山脈以北のヨーロッパの人達は地中海を越えてアフリカ大陸へ,北アメリカ大陸の人達は中・南米へと足を延ばす.そこに待ち受けているのは,マラリア,種々の原因による下痢症,肝炎などである.そこでこれらの感染症を予防・治療するために発足したのが国際旅行医学会1)である.1年おきに開催されており,2005年には第9回目を迎えた2).この学会で常に話題になっているマラリア,旅行者下痢症などを中心にして海外旅行時に問題になりやすい感染症の予防と治療などを紹介する.〔臨床検査 50:1239-1244,2006〕

各論

旅行者下痢症

甲斐 明美

pp.1245-1250

 海外旅行者下痢症から検出される菌の特徴としては,①感染症法で2類原因菌赤痢菌が最も多く,次いでコレラ菌が検出される,②検出菌全体では,毒素原性大腸菌の検出率が一番高く,全体の1/3を占める,③1人から複数種の病原菌が検出される例も多い.さらに,④フルオロキノロン系薬剤に対する耐性菌や低感受性菌の出現状況に注意する必要がある.〔臨床検査 50:1245-1250,2006〕

高所障害(high altitude illness;HAI)―その病態メカニズムと治療

鈴木 宏昌

pp.1251-1259

 航空機の発展によって一般の観光客も5,000m級の高地に簡単に旅行できるようになった.そのため今まで国内ではあり得なかった高所障害を経験するようになった.こうした高地では,国内で経験するような高山病とは違った高所脳浮腫や高所肺水腫など致死的な障害が起こりうる.これらの特殊環境で起こる脳浮腫や肺水腫は,日常経験する脳浮腫や肺水腫と病態も機序も異なっていることが最近わかってきた.また,現地医療機関からも新たな医学的知見や高所障害から身を守るための情報がインターネットを通じて世界中に発信されるようになってきた.旅行者はこうした情報を有効に利用して安全な旅に努めて欲しい.〔臨床検査 50:1251-1259,2006〕

長期旅行における糖尿病患者の健康管理

菅野 一男

pp.1261-1266

 糖尿病は生活習慣が直接コントロールに影響を及ぼす代表的な疾患です.長期旅行はいつもと違った生活のリズムを体験することに意義があるという側面もあり,糖尿病の患者さんにとっては難しいと考えられますが,うまく旅をすることにより,楽しい仲間と,いつもと違う空気に触れ,ストレスを発散させ,おいしいものを食べ,元気になって糖尿病のコントロールがよくなることもあります.糖尿病があっても,安全で快適な旅をし,より健康になるための“こつ”を患者さんに伝えることも,医療者の重要な任務です.〔臨床検査 50:1261-1266,2006〕

検査

低圧,低酸素状態と心肺機能

岩元 徳全 , 桑平 一郎

pp.1267-1270

1.はじめに

 地球上で最も一般的な低圧低酸素状態は高地環境である.標高が高くなるほど気圧が低下し,吸気酸素分圧は低下する.低圧低酸素環境でホメオスターシスを保つために,生物には様々な生理的反応が生じる.本稿では低圧低酸素環境に対し,心肺機能がいかに変化するかについて生理的基礎事項をまず整理する.

 次に旅行との関連において,登山時に発生する急性高山病を事前に予測する方法と,飛行中に低圧低酸素環境となる航空機に搭乗する際の注意点などについて述べる.

LAMP法による検疫迅速検査

太田 嘉則

pp.1271-1275

1.はじめに

 途上国で産業開発が進み先進国との交流が増えるに従い,従来は存在しなかった感染症(新興感染症)や,撲滅されたはずの感染症(再興感染症)が先進国で広まるケースがでてきた.成田空港検疫所では2003年から新たにSARS,痘そう,マラリアおよびデング熱が検疫感染症として加えられており,これまでにマラリアとデング熱はそれぞれ3例,38例の陽性報告がなされている.

 これらの感染症は臨床所見からだけでは特定できず臨床検査が必要になるが,診断が遅れ,的確な治療が速やかに施されなければ患者の命にかかわり,また患者の周囲に感染が拡がる危険性がある.感染症の大流行を防ぐためには,流行の初期の段階で迅速な診断・サーベイランスを行い,原因ウイルスと感染経路・範囲の特定および感染者の隔離が必要である.特に国内への感染の拡散を防ぐには,海外から帰国する旅行者や輸入物が検疫を通過する際の水際で防ぐこととが重要になる.

 従来,これらの感染症の判定にはウイルス分離,抗原抗体反応を原理とした方法やPCR法に代表される遺伝子診断などが用いられてきた.しかしながら,これらは感度・特異性・判定時間・経済性の面で一長一短があり,さらに熟練技術や高価な機器を必要とする研究室レベルのものであり,検疫現場で目的地への移動途中の旅行者や輸入物を対象に短時間で精確に感染の有無を判定することは困難であった.

 そこでわれわれはこれらの問題に応えるべく,等温遺伝子増幅法(loop-mediated isothermal amplification;LAMP)法1)を利用して簡易・迅速で,特異性が高く,経済的なウイルス・微生物遺伝子検出試薬を開発してきた.本稿ではLAMP法とそれを利用したウイルス検出試薬キットおよびその成績を紹介する.

話題

成田空港におけるいわゆるエコノミークラス症候群の現状

牧野 俊郎

pp.1277-1280

1.はじめに

 日本医科大学成田国際空港クリニック(空港クリニック)は,1992年(平成4年)12月開設以来,まもなく14年を迎える.同空港第2旅客ターミナル(空港第2ビル)地下1階に設置されている.当空港クリニックは空港利用客にあわせ,年中無休,24時間体制で運営されている.

 成田国際空港(成田空港)は,2004年4月に民営化され,新東京国際空港から現在の名称に改められた.

 当空港クリニックでの,これまで13年4か月の症例総数は200,274例で,うち救急症例は6,524例(3.3%),いわゆるエコノミークラス症候群(so-called economy class syndrome;S-ECS,ロングフライト血栓症;long flight thrombosis,旅行者血栓症;traveler's thrombosis)は108例(0.05%)だった.

 本稿では,当空港クリニックで経験した救急症例およびS-ECSを中心に報告する.

動物検疫について

吉田 稔

pp.1281-1285

1.動物検疫の目的など

 動物検疫所は,外国から輸入した動物,畜産物などを介して伝染性疾病が国内に侵入しないよう,また,外国に輸出する動物,畜産物などを介して伝染性疾病を拡げることのないよう動物検疫を行っています.動物検疫は,家畜伝染病予防法(昭和26年法律第166号),狂犬病予防法(昭和25年法律第247号),感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)という三つの法律に基づき実施されています.それぞれの法律の目的や検疫対象は,表に示したとおりであり,家畜伝染病予防法は,畜産の振興を図ること,また,狂犬病予防法および感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律は,公衆衛生の向上などを図ることをそれぞれ目的としています.

海外渡航者への予防接種の現状と問題点

髙山 直秀

pp.1287-1290

1.はじめに

 近年,日本人の海外渡航者数は著しく増加し,渡航先も欧米のみならず,アジア,アフリカ,南米など全世界のすみずみにまで及んでいる.世界各地の気候風土がそれぞれ異なっているように,旅行・出張・赴任先の国々でみられる流行病や医療事情にも様々な相違がみられる.しかし,多くの場合,特定地域での流行病の種類や流行状況に関して正確な情報を得ることはたやすくはない.また,旅行・出張・赴任地域によっては医療事情についても十分な情報が得られない場合もあり,こうした情報不足が海外渡航者,特に子供を持つ海外赴任者の不安材料の一つとなっているように思われる.不案内な外国で病気になる不安を少しでも軽減するために,出発前に可能なかぎりの予防接種を済ませておきたいとは誰しも望むことであろう.しかし,実際に出発までにワクチン接種を済ませることは必ずしも容易ではない.本稿では海外渡航者への予防接種の現状を述べ,その問題点について考えてみたい.

航空機乗務員の身体検査(航空身体検査)

原 志野 , 津久井 一平

pp.1291-1294

1.はじめに

 2004年の航空機による旅客輸送は全世界で1,887億人となり,2003年に比して14%も増加している.便数も飛行時間も,以前に比して飛躍的に増加しているにもかかわらず,事故や重大インシデントの数はほぼ横ばいであり,現在の飛行機旅行は他の交通機関に比べても格段に高い安全性を誇っている.この安全性の向上には,いうまでもなく航空機自体の改良や運航にかかわる技術の発展が大きく貢献しているが,航空乗務員の技能・身体面での管理も少なからず関与している.

時差ぼけ解消法

松永 直樹

pp.1295-1299

1.はじめに

 5時間以上の時差のある地域間を航空機で急速に移動すると,時間の手がかりの位相が急激に変化して,一過性に生体時計と生活時間の間に脱同調が生じる.その際に睡眠覚醒障害を主とする「一過性の心身機能の不調和状態」が出現することが知られており,いわゆる時差ぼけ(以下,時差症候群)と呼ぶ.

 本稿では,まず時差症候群の症状および経過,成因等について述べた後,その対策について解説する.

今月の表紙 細胞診:感染と細胞所見・11

虫卵

市川 美雄 , 海野 みちる , 坂本 穆彦

pp.1212-1214

 寄生虫感染は,一般的に先進国に少なく,発展途上国に多くみられる.わが国でも,経済発展・農業形態の変化・上下水道の整備・医療と衛生の情報浸透などにより寄生虫症は減少している.しかし,近年では,海外での感染・海外の寄生虫感染者の入国による感染源の増加・輸入生鮮食品の増加による感染・グルメ嗜好による魚や肉の生食による感染・ペットブームによる動物の寄生虫による感染など,従来とは異なった感染経路がみられるようになった.

 寄生虫感染の検査としては,塗抹標本による虫体や虫卵の検出・免疫学的診断・DNA診断などが挙げられ,なかでも虫卵検出は蠕虫感染に際し,診断を確定するうえで重要である.

コーヒーブレイク

海に降る雨

屋形 稔

pp.1260

 北国の長く寒い冬が明けて桜も満開になった頃,銀座の一角で旧制高校の同級会がもたれた.東京近辺の生き残り10人程と懐かしく一刻を過ごした.そのなかに見馴れない顔が一人居り,それも道理で卒業後60年を経て初参加ということで若狭のほうから出て来たという.

 京大を出て京都の区長なども務めたという話で,時間の流れは容赦なく誰にでもあらわれるものである.新潟の昔話に花が咲いたが,昭和17年に入学した頃に母校の近くの松林に建てられた県立護国神社の話になった.その年早速勤労奉仕に駆り出され汗を流したのが皆忘れられないのである.

シリーズ最新医学講座・Ⅰ 法医学の遺伝子検査・11

インプリント遺伝子解析の応用

中屋敷 徳

pp.1301-1308

はじめに

 2003年4月に国際ヒトゲノム配列決定コンソーシアムにより,ヒトのゲノム完全解読が宣言された.ヒト染色体上には,3~4万種類の遺伝子が存在すると推定されているが,遺伝子の機能・役割についてはまだ不明なものも多い.今後のゲノム研究は,明らかになった遺伝情報をベースとして,遺伝子の機能解析やプロテオーム解析,およびこれまで解明されていなかった生命現象とのかかわりを探索する方向へ進展すると思われる.そしてその一つがエピジェネティクス研究であろう.

 一般に,個々の対立遺伝子(アリル)が持つ遺伝情報は,メンデル遺伝に従って両親から子へ均等に伝わり,そして発現することは周知の事実である.しかし近年,マウスやヒトにおいて,この遺伝様式に当てはまらないエピジェネティック(後成的)な現象が少なからず存在することが証明されてきた.エピジェネティクスとは,ゲノムの遺伝情報(塩基配列)を変化させることなく遺伝子発現を制御する現象の総称として用いられ,発生・老化・癌化など様々な生命現象に関与していることが示唆されている.ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)はその代表的な現象の一つであり,両親由来のアリルがあるにもかかわらず,子ではどちらかの親由来の遺伝情報のみ,あるいは極端な偏りを伴って発現するという現象で,胚発生において極めて重要な役割を担っていることが明らかにされている.一般に,発現する親由来によりPEG(paternally expressed gene:母性形質の発現が抑制され,父性形質が発現)あるいはMEG(maternally expressed gene:母性発現)に分類される.当初,ゲノムインプリンティングは哺乳類に特徴的とされていたが,現在では被子植物にもその存在が確認されている.

 ゲノムインプリンティングの特徴である“父あるいは母由来ゲノムの役割に違いがある”ことに関して報告したのは,1980年代のSuraniらが最初である1).彼らはマウスの核移植を用いた発生学的実験を行い,たとえゲノムが2セットあっても,それがメス由来とオス由来の組み合わせでないと子供が生まれないことから,正常発生には父性インプリンティングが必要であると提唱した.その後,マウスおよびヒトにおいて父性あるいは母性インプリント遺伝子が続々と発見され,一般にそれらの遺伝子では5′-CG-3′(CpG)配列におけるシトシンのC-5ポジションがメチル化修飾を受けているという特徴が明らかになった.このメチル化はインプリント遺伝子上流のプロモーター領域に存在するCpG island(CとGが高密度に存在する領域)に多く観察され,主に転写因子の結合がメチル化修飾で阻害される結果として,遺伝子の不活性化をもたらすとされている.このようなインプリント遺伝子には,父由来および母由来アリルでメチル化状態がはっきり異なる領域,DMR(differentially methylated region)が観察されている.最も解析が進んでいるヒトの11p15および15q11領域には多くのインプリント遺伝子がクラスターをなしてドメインを形成しており,(遺伝子相互の影響があることも含めて)インプリンティング調節機構により個々の遺伝子発現が導かれることがわかっている.

 DNAメチル化状態の維持については,インプリント情報をリプログラミングされた精子と卵子が受精した後,まもなく全体的にメチル化が消失(脱メチル化)する現象がみられるものの,胚盤胞期頃に再びDNAメチルトランスフェラーゼの働きによって父性あるいは母性インプリント遺伝子上に正しくメチル化が行われ,その後は細胞分裂を経てもそのDNAメチル化パターンは受け継がれていくことがわかっている.ゲノムインプリンティングの破綻は胚発生の異常,ある種の先天性疾患,精神神経疾患および行動異常などに関与することが明らかになっており,さらに,様々な腫瘍においても,両親由来のアリルの活性化(loss of imprinting;LOI)や不活性化(gain of imprinting;GOI)あるいは遺伝子の欠失や増幅といったインプリント遺伝子の発現異常が観察され,腫瘍形成メカニズムを解明する対象としても注目されている.ゲノムインプリンティングを含めたエピジェネティクス研究に関する詳細については成書等2)を参考にされたい.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 耐性菌の基礎と臨床・10

ウイルスの薬剤耐性・1

HIV(基礎編)

中村 哲也

pp.1309-1315

HIVの増殖機構と抗HIV薬の作用機序

 1.HIVの増殖機構

 ウイルスは,細菌や真菌のように単独で増殖することはできない.ウイルスは感染した宿主の細胞内に侵入し,その細胞が持つ遺伝子の転写機構と蛋白質への翻訳機構を利用して,自分自身の複製を作ってもらうことで増殖していく.抗HIV薬の作用機序を理解するためには,このHIVの増殖機構に関する知識が必須である.

HIV(臨床編)

山中 ひかる , 岡 慎一

pp.1316-1321

はじめに

 ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)感染は,重篤な全身性免疫不全を引き起こし後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome;AIDS,エイズ)を発症し死に至る疾患であったが,1990年代の後半からHAART(highly active antiretroviral therapy)と呼ばれる多剤併用の抗HIV薬の治療法により先進国においては感染者の予後は劇的に改善した.しかし,その一方で積極的な薬剤の使用は薬剤耐性に陥る症例数も押し上げることとなり,薬剤耐性HIV-1は治療を進める際に最も注意すべき障害となっている.また,さらに近年では新規HIV/AIDS診断症例に薬剤耐性HIV-1による感染が拡がりつつあり,大きな問題となっている1).

学会だより 第7回日本検査血液学会学術集会

臨床検査と診療の接点に注目し,最新の話題を紹介

米山 彰子

pp.1322

 検査血液学会では,血液の臨床検査にかかわる技師,医師,産業人が一堂に会し,さまざまな角度から議論を深めることができる.東京大学で開催された第1回学術集会では,特に検査技師の人たちが喜々として参加していたのが印象深かったが,今回ははやくも第7回となった.

 検査技師にとっては,普段はルーチンワークに追われ接することの少ない臨床的事項と検査との関連を意識し,新しい技術や知識を吸収する,あるいはそのきっかけが得られることに大きな意味があると感じる.新たな試みであった「形態を中心としたケースカンファレンス」は,症例報告形式の発表会場,2日間にわたって提供された鏡検会場ともに予想以上の盛況であった.多くの参加者にとってこのようなディスカッションの場が日常少なく魅力的だったのかもしれない.教育講演,セミナーなどでも,血液疾患の臨床像や,診断や診療における臨床検査の位置付けについての内容が目立った.例えば,教育講演として「汎血球減少症の臨床病態と検査血液学的特徴」,「NK細胞腫瘍の臨床病態と検査血液学的特徴」,「高齢者における血液疾患の特徴」,「臨床検査による血小板機能の評価」,またテクニカルセミナーとして「凝固線溶検査の臨床的意義とエビデンス」,「症例に学ぶスクリーニング検査から診断へのプロセス」などである.このような臨床的知識は,検査技師が日常業務を行ううえで必須ではない.しかし,医師と共通の基盤のうえで議論できる力は,検査室の運営を考える場合はもちろん,思わぬ検査結果が出た場合の対応や検査についての医師との日常のやりとりのなかで活かされ,より良い検査につながる.そのためには継続的な努力が必要だが,きっかけとして学術集会の際の講演やセミナーが役立つと思われる.

やっぱり,基本は顕微鏡!!

忍田 和子

pp.1323

 この原稿の依頼を受け,何を書こうかと悩みつつ,学会誌をパラパラめくっていて創刊号(第1回日本検査血液学会学術集会)までたどり着いた.恐ろしく暑い日で,涼しいとは言いがたい安田講堂で中原先生の「開会の挨拶」を聞いたのが昨日のことのように蘇ってきた.

 その号で奈良信雄先生は「白血病の診断の基本は血液形態学である」と言っておられた.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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64巻12号(2020年12月発行)

今月の特集1 血栓止血学のトピックス—求められる検査の原点と進化
今月の特集2 臨床検査とIoT

64巻11号(2020年11月発行)

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64巻10号(2020年10月発行)

増刊号 がんゲノム医療用語事典

64巻9号(2020年9月発行)

今月の特集1 やっぱり大事なCRP
今月の特集2 どうする?精度管理

64巻8号(2020年8月発行)

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64巻4号(2020年4月発行)

増刊号 これで万全!緊急を要するエコー所見

64巻3号(2020年3月発行)

今月の特集1 Clostridioides difficile感染症—近年の話題
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63巻9号(2019年9月発行)

今月の特集1 健診・人間ドックで指摘される悩ましい検査異常
今月の特集2 現代の非結核性抗酸菌症

63巻8号(2019年8月発行)

今月の特集 知っておきたい がんゲノム医療用語集

63巻7号(2019年7月発行)

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今月の特集2 COPDを知る

63巻6号(2019年6月発行)

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今月の特集2 薬剤耐性菌のアウトブレイク対応—アナタが変える危機管理

63巻5号(2019年5月発行)

今月の特集1 現在のHIV感染症と臨床検査
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63巻4号(2019年4月発行)

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63巻3号(2019年3月発行)

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63巻2号(2019年2月発行)

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今月の特集2 災害現場で活かす臨床検査—大規模災害時の経験から

63巻1号(2019年1月発行)

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62巻11号(2018年11月発行)

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62巻10号(2018年10月発行)

増刊号 感染症関連国際ガイドライン—近年のまとめ

62巻9号(2018年9月発行)

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62巻8号(2018年8月発行)

今月の特集 女性のライフステージと臨床検査

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62巻6号(2018年6月発行)

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62巻5号(2018年5月発行)

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今月の特集2 不妊・不育症医療の最前線

62巻4号(2018年4月発行)

増刊号 疾患・病態を理解する—尿沈渣レファレンスブック

62巻3号(2018年3月発行)

今月の特集1 症例から学ぶ血友病とvon Willebrand病
今月の特集2 成人先天性心疾患

62巻2号(2018年2月発行)

今月の特集1 Stroke—脳卒中を診る
今月の特集2 実は増えている“梅毒”

62巻1号(2018年1月発行)

今月の特集1 知っておきたい感染症関連診療ガイドラインのエッセンス
今月の特集2 心腎連関を理解する

60巻13号(2016年12月発行)

今月の特集1 認知症待ったなし!
今月の特集2 がん分子標的治療にかかわる臨床検査・遺伝子検査

60巻12号(2016年11月発行)

今月の特集1 血液学検査を支える標準化
今月の特集2 脂質検査の盲点

60巻11号(2016年10月発行)

増刊号 心電図が臨床につながる本。

60巻10号(2016年10月発行)

今月の特集1 血球貪食症候群を知る
今月の特集2 感染症の迅速診断—POCTの可能性を探る

60巻9号(2016年9月発行)

今月の特集1 睡眠障害と臨床検査
今月の特集2 臨床検査領域における次世代データ解析—ビッグデータ解析を視野に入れて

60巻8号(2016年8月発行)

今月の特集1 好塩基球の謎に迫る
今月の特集2 キャリアデザイン

60巻7号(2016年7月発行)

今月の特集1 The SLE
今月の特集2 百日咳,いま知っておきたいこと

60巻6号(2016年6月発行)

今月の特集1 もっと知りたい! 川崎病
今月の特集2 CKDの臨床検査と腎病理診断

60巻5号(2016年5月発行)

今月の特集1 体腔液の臨床検査
今月の特集2 感度を磨く—検査性能の追求

60巻4号(2016年4月発行)

今月の特集1 血漿蛋白—その病態と検査
今月の特集2 感染症診断に使われるバイオマーカー—その臨床的意義とは?

60巻3号(2016年3月発行)

今月の特集1 日常検査からみえる病態—心電図検査編
今月の特集2 smartに実践する検体採取

60巻2号(2016年2月発行)

今月の特集1 深く知ろう! 血栓止血検査
今月の特集2 実践に役立つ呼吸機能検査の測定手技

60巻1号(2016年1月発行)

今月の特集1 社会に貢献する臨床検査
今月の特集2 グローバル化時代の耐性菌感染症

59巻13号(2015年12月発行)

今月の特集1 移植医療を支える臨床検査
今月の特集2 検査室が育てる研修医

59巻12号(2015年11月発行)

今月の特集1 ウイルス性肝炎をまとめて学ぶ
今月の特集2 腹部超音波を極める

59巻11号(2015年10月発行)

増刊号 ひとりでも困らない! 検査当直イエローページ

59巻10号(2015年10月発行)

今月の特集1 見逃してはならない寄生虫疾患
今月の特集2 MDS/MPNを知ろう

59巻9号(2015年9月発行)

今月の特集1 乳腺の臨床を支える超音波検査
今月の特集2 臨地実習で学生に何を与えることができるか

59巻8号(2015年8月発行)

今月の特集1 臨床検査の視点から科学する老化
今月の特集2 感染症サーベイランスの実際

59巻7号(2015年7月発行)

今月の特集1 検査と臨床のコラボで理解する腫瘍マーカー
今月の特集2 血液細胞形態判読の極意

59巻6号(2015年6月発行)

今月の特集1 日常検査としての心エコー
今月の特集2 健診・人間ドックと臨床検査

59巻5号(2015年5月発行)

今月の特集1 1滴で捉える病態
今月の特集2 乳癌病理診断の進歩

59巻4号(2015年4月発行)

今月の特集1 奥の深い高尿酸血症
今月の特集2 感染制御と連携—検査部門はどのようにかかわっていくべきか

59巻3号(2015年3月発行)

今月の特集1 検査システムの更新に備える
今月の特集2 夜勤で必要な輸血の知識

59巻2号(2015年2月発行)

今月の特集1 動脈硬化症の最先端
今月の特集2 血算値判読の極意

59巻1号(2015年1月発行)

今月の特集1 採血から分析前までのエッセンス
今月の特集2 新型インフルエンザへの対応—医療機関の新たな備え

58巻13号(2014年12月発行)

今月の特集1 検査でわかる!M蛋白血症と多発性骨髄腫
今月の特集2 とても怖い心臓病ACSの診断と治療

58巻12号(2014年11月発行)

今月の特集1 甲状腺疾患診断NOW
今月の特集2 ブラックボックス化からの脱却—臨床検査の可視化

58巻11号(2014年10月発行)

増刊号 微生物検査 イエローページ

58巻10号(2014年10月発行)

今月の特集1 血液培養検査を感染症診療に役立てる
今月の特集2 尿沈渣検査の新たな付加価値

58巻9号(2014年9月発行)

今月の特集1 関節リウマチ診療の変化に対応する
今月の特集2 てんかんと臨床検査のかかわり

58巻8号(2014年8月発行)

今月の特集1 個別化医療を担う―コンパニオン診断
今月の特集2 血栓症時代の検査

58巻7号(2014年7月発行)

今月の特集1 電解質,酸塩基平衡検査を苦手にしない
今月の特集2 夏に知っておきたい細菌性胃腸炎

58巻6号(2014年6月発行)

今月の特集1 液状化検体細胞診(LBC)にはどんなメリットがあるか
今月の特集2 生理機能検査からみえる糖尿病合併症

58巻5号(2014年5月発行)

今月の特集1 最新の輸血検査
今月の特集2 改めて,精度管理を考える

58巻4号(2014年4月発行)

今月の特集1 検査室間連携が高める臨床検査の付加価値
今月の特集2 話題の感染症2014

58巻3号(2014年3月発行)

今月の特集1 検査で切り込む溶血性貧血
今月の特集2 知っておくべき睡眠呼吸障害のあれこれ

58巻2号(2014年2月発行)

今月の特集1 JSCC勧告法は磐石か?―課題と展望
今月の特集2 Ⅰ型アレルギーを究める

58巻1号(2014年1月発行)

今月の特集1 診療ガイドラインに活用される臨床検査
今月の特集2 深在性真菌症を学ぶ

57巻13号(2013年12月発行)

今月の特集1 病理組織・細胞診検査の精度管理
今月の特集2 目でみる悪性リンパ腫の骨髄病変

57巻12号(2013年11月発行)

今月の特集1 前立腺癌マーカー
今月の特集2 日常検査から見える病態―生化学検査②

57巻11号(2013年10月発行)

特集 はじめよう,検査説明

57巻10号(2013年10月発行)

今月の特集1 神経領域の生理機能検査の現状と新たな展開
今月の特集2 Clostridium difficile感染症

57巻9号(2013年9月発行)

今月の特集1 肺癌診断update
今月の特集2 日常検査から見える病態―生化学検査①

57巻8号(2013年8月発行)

今月の特集1 特定健診項目の標準化と今後の展開
今月の特集2 輸血関連副作用

57巻7号(2013年7月発行)

今月の特集1 遺伝子関連検査の標準化に向けて
今月の特集2 感染症と発癌

57巻6号(2013年6月発行)

今月の特集1 尿バイオマーカー
今月の特集2 連続モニタリング検査

57巻5号(2013年5月発行)

今月の特集1 実践EBLM―検査値を活かす
今月の特集2 ADAMTS13と臨床検査

57巻4号(2013年4月発行)

今月の特集1 次世代の微生物検査
今月の特集2 非アルコール性脂肪性肝疾患

57巻3号(2013年3月発行)

今月の特集1 分子病理診断の進歩
今月の特集2 血管炎症候群

57巻2号(2013年2月発行)

今月の主題1 血管超音波検査
今月の主題2 血液形態検査の標準化

57巻1号(2013年1月発行)

今月の主題1 臨床検査の展望
今月の主題2 ウイルス性胃腸炎

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