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文献詳細

雑誌文献

臨床検査51巻12号

2007年11月発行

文献概要

特集 遺伝子検査―診断とリスクファクター 3.遺伝子診断の実際

6) 凝固異常および血栓性疾患

著者: 篠澤圭子1 福武勝幸2

所属機関: 1東京医科大学血液凝固異常症遺伝子研究寄附講座 2東京医科大学臨床検査医学講座

ページ範囲:P.1433 - P.1438

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はじめに―臨床的有用性とそのリスクファクター

 血液凝固異常症とは,凝固反応系に関与する凝固因子の単独あるいは複合の量的あるいは質的異常に基づき凝固因子活性が低下することにより,出血傾向をきたす疾患である.凝固異常症の原因は先天性と後天性に分けられるが,先天性の多くは特定の凝固因子の遺伝子の変異が病因となり,欠乏症や分子異常症を引き起こす単一遺伝子疾患である(表1).血友病やその他の凝固因子欠乏症などの先天性出血性疾患の診断のほとんどは,臨床所見と凝血学的検査における単一の凝固因子活性低下により確定する.一方,アンチトロンビン(AT),プロテインC(PC)やプロテインS(PS)などの凝固阻止因子の欠乏や低下は,血栓傾向を招く(表2).これらの先天性血栓性疾患の多くも,特定の凝固阻止因子の遺伝子変異が病因となる.

 先天性凝固異常症や血栓性疾患における遺伝子診断は,個人が先天的に疾患の原因となる遺伝子の異常を有するか否かを確定するため臨床的意義は高い.遺伝子変異を検出・同定することは,当該蛋白の量や構造異常の推定につながり,個人の病態生理を正確に把握するために重要である.その結果は疾患の病型分類にも有効に利用され,実際の治療や将来の先進的な治療法の開発へと応用されることが期待できる.さらに,患者の遺伝子変異の情報は患者家系で共有しているものであり,家系内の未発症者や保因者の遺伝子診断を実施する際にも必要となる.また,凝血学的検査の結果のみでは診断が困難なケースに対しては,遺伝子診断が判定を明確にし,従来の臨床検査を補足する形でその有用性を発揮する.

 しかし,遺伝子解析を行い特定の遺伝子に変異が検出されなかったという理由のみで,疾患への罹患を否定することはできないという点を,十分に理解しておかなければならない.例えば血友病A患者の遺伝子解析において,第Ⅷ因子(FⅧ)遺伝子(F8)の26個のエクソン,スプライスサイトや非翻訳領域をダイレクトシークエンス法により解析しても,これらの部位から遺伝子変異が検出できなかった症例が全体の症例数の約2%存在する1).このような症例ではmRNAの合成障害や分解亢進,翻訳障害,FⅧの細胞内修飾や分泌障害,血中でのクリアランス亢進などが病因として推測され,一般的に遺伝子診断で行っているDNAの塩基配列決定だけでは,疾患の解明をすることはできないと考えられる.したがって,遺伝子診断は確定診断ではあるが,その結果や解釈は必ずしも単純ではなく,結果が出ない場合や不確定な結果となる場合があることを認識しておかなければならない.

 本稿では血友病とAT欠乏症を中心に,先天性凝固異常症と血栓性疾患の遺伝子診断と凝血学的検査との関連,遺伝子診断の実際の利点や注意点について概説する.

参考文献

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掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1367

印刷版ISSN:0485-1420

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