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Coffee Break
国際会議ではじめての英語発表(その2)
著者: 佐々木禎一1
所属機関: 1元札幌医科大学附属病院検査部
ページ範囲:P.348 - P.348
文献購入ページに移動 「仮性結核菌症に関する第1回国際会議(First Interational Meeting on Pseudotuberculose)」の2日目(1963年6月25日)に,今度は私自身の発表があった.その表題は“Immunochemical studies on the isolated strains of Pasteurella pseudotuberculosis in Japan.”Sasaki T, Nagai T, Itagaki K, Tsubokura Mであったが,今度は昨日の経験から落ち着いて発表でき,座長(Knapp教授)にtext中の訂正箇所3か所を告げて始めた.途中,Mollaret教授から「持ち時間は10分」と告げられ,ベルも鳴ったが,落ち着いて“Few minutes more”と言って終了を急いだ.O抗原多糖体の化学的分析などの報告は少ないせいか,拍手も多く内容も褒められ,Ⅵ群の菌株の分与と米国から特殊なO抗原の分析の依頼を受けた.
そして最終日の6月26日は分類に関する演題が中心で,最後にMollaret教授が「菌株の交換と集中化,データの交換の必要性」を述べ,またWHOに“Culture center”の設置を働きかけたい」とまとめた.この後一同そろって偉大なPasteur博士の墓も見学した.私も一応気にしていた初めての国際会議での英語発表は,依頼されていた坪倉博士の分も含めて,好評裡に無事終了することができた.その後,私は現役時代に数十回英語口演を行った.
そして最終日の6月26日は分類に関する演題が中心で,最後にMollaret教授が「菌株の交換と集中化,データの交換の必要性」を述べ,またWHOに“Culture center”の設置を働きかけたい」とまとめた.この後一同そろって偉大なPasteur博士の墓も見学した.私も一応気にしていた初めての国際会議での英語発表は,依頼されていた坪倉博士の分も含めて,好評裡に無事終了することができた.その後,私は現役時代に数十回英語口演を行った.
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