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シリーズ-ベセスダシステム・3
子宮頸部細胞診報告様式へのベセスダシステム提唱の背景と今日までの経緯
著者: 今野良1 根津幸穂1 河野哲也2
所属機関: 1自治医科大学附属さいたま医療センター産科婦人科 2自治医科大学附属さいたま医療センター病理部
ページ範囲:P.315 - P.322
文献購入ページに移動これまで日本で使用されてきた細胞診判定の報告様式は,パパニコロウ分類を一部変更した日母(旧:日本母性保護産婦人科医会,現:日本産婦人科医会)細胞診クラス分類であり,1973年から約35年間使用されてきた.そもそも,パパニコロウ分類は1941年に提唱され,1954年にパパニコロウ本人によって改定されたものであるが,この分類には細胞所見の異型や悪性の形態学的な所見は示されておらず,判断基準を示したものである.日母がん対策委員会ではパパニコロウ分類に細胞病理学的所見やそれに基づいた臨床的判断を盛り込んだ細胞診クラス分類を作成した.この「日母分類」は細胞診の判定だけでなく,臨床的判断基準を示したことが特長であり,臨床の現場で繁用された.そして,1983年,「老人保健法による保健事業の実施について」の厚生省通知において,「細胞診の結果は細胞診クラス分類(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲa,Ⅲb,Ⅳ,Ⅴ)によって分類する」と記載され,検診の現場でも正式な分類法として認知された.
しかし,その後の分子生物学の進歩によって,子宮頸癌は発生原因のほぼすべてがヒトパピローマウイルス(human papillomavirus;HPV)であることが解明された.日母分類には当然,この知見は概念として盛り込まれていない.また,日母分類の作成から時を経て,細胞診断学も多くの進歩の蓄積があった.それを踏まえて,「日母分類」から「ベセスダシステム2001準拠子宮頸部細胞診報告様式」に変更となった.その背景およびこれまでの経緯と実際の運用について述べる.
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