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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査55巻8号

2011年08月発行

雑誌目次

今月の主題 IgG4関連疾患

巻頭言

IgG4関連疾患のルーツと広がり

熊谷 俊一

pp.729-730

 近年,免疫疾患の中で,臨床検査の名前がついた新しい疾患概念が発見されている.抗リン脂質抗体症候群しかり,抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibody;ANCA)関連血管炎・腎炎しかりで,その発見に臨床検査が重要であったことは言うまでもない.今回のテーマである“IgG4関連疾患”という新しい疾患概念もまたしかりであるが,日本から発信され世界で注目されているという点と,その発見に臨床検査技師のするどい観察がかかわっているという点で,特筆すべきである.そのあたりについては,総論の中の「IgG4関連疾患の概念」(浜野論文)をまずご一読いただきたい.

 IgG4関連疾患の存在は,1892年にポーランドの外科医Mikuliczにより報告された,両側の涙腺と唾液腺腫脹を特徴とするミクリッツ病の症例にさかのぼる.1933年にスウェーデンの眼科医Sjögrenがドライアイを伴い涙腺炎や唾液腺炎を生じる疾患として,シェーグレン症候群を報告した.その後,ミクリッツ病は組織学的な検討からシェーグレン症候群の一亜型とみなされ,ミクリッツ病という病名はほとんど使われなくなったが,本邦ではミクリッツ病とシェーグレン症候群の異同についての議論は続いていた.2004年,ミクリッツ病は抗SS-A抗体や抗SS-B抗体は陰性で,IgG4が高値であるのみならず病理組織でもIgG4陽性形質細胞浸潤が著明であり,ステロイドがよく反応するなど,シェーグレン症候群とは異なりIgG4関連疾患であることが結論された(山本論文,正木論文).

総論

IgG4の機能とIgG4関連疾患の病因

梅原 久範

pp.731-735

IgG4関連疾患(IgG4RD)は,血清IgG4高値とIgG4陽性形質細胞の腫瘤形成あるいは組織浸潤を特徴とする新たな疾患概念である.これまで,日本が中心となって世界に情報を発信し,今や世界の注目を浴びている疾患概念である.IgG4は特異的な構造を有し,異なるエピトープを認識するH鎖+L鎖のモノマーがFab exchangeによりキメラ抗体を形成し,細胞性免疫やアレルギー反応を中和する作用を持っている.IgG4RD病変部局所では,制御性T細胞とIgG4産生形質細胞の増殖がみられる.また,Th2型サイトカインであるIL-10とTGF-βの産生亢進が報告されており,おのおのIgG4やIgEへのクラススイッチおよび線維化にかかわっていると考えられる.

IgG4関連疾患の概念

浜野 英明

pp.736-740

自己免疫性膵炎(AIP)は近年type 1とtype 2の2つのサブタイプに分けられている.type 1 AIPはIgG4に関連し,type 2 AIPはIgG4に関連しない.IgG4関連疾患は最近提唱された概念であるが,血清IgG4上昇,IgG4陽性形質細胞多数浸潤,多臓器浸潤を特徴とする.type 1 AIPはIgG4関連疾患の1つである.IgG4関連疾患の概念は今後の研究によって変遷するであろう.

IgG4関連疾患の検査と診断

山本 元久 , 高橋 裕樹 , 篠村 恭久

pp.741-747

IgG4関連疾患は,高IgG4血症と罹患臓器への著明なIgG4陽性形質細胞浸潤を特徴とする慢性炎症性疾患である.その診断には,罹患臓器の腫脹または肥厚を確認するための画像所見,上記血清学的所見および病理組織学的所見が重要となる.この病態では悪性腫瘍を除外することが必須であり,かつ同一個人に時間的・空間的に多発する合併症を認めることがあるため,全身を検索しなければならない.

IgG4関連疾患の臓器病変と病理

全 陽 , 中沼 安二

pp.748-752

IgG4関連疾患は,いずれの臓器に発生しても基本的な病理学的所見は共通しているが,いくつか臓器特異的な変化も知られている.また,最近の解析により,頭頸部病変で女性の比率が高いこと,腎病変が単独で発生することは稀であることなど,臓器別の臨床的特徴も明らかとなりつつある.本稿では,IgG4関連疾患の病理学的特徴と,臓器特異的変化について,総論的・横断的に解説する.

各論

自己免疫性膵炎

岡崎 和一 , 中島 淳 , 岸本 真房 , 栗島 亜希子 , 内田 一茂

pp.753-761

自己免疫性膵炎(AIP)は,亜型(1型,2型)分類なども含めて国際的にも認められつつある新しい疾患である.1型AIPは近年IgG4関連疾患の膵病変としても注目されている.“IgG4関連疾患”からみたAIPである1型AIPの概念,病態,診断,治療について最近の知見を述べた.

IgG4関連ミクリッツ病とシェーグレン症候群

正木 康史 , 中村 拓路 , 岩男 悠 , 中島 章夫 , 梅原 久範

pp.763-769

ミクリッツ病もシェーグレン症候群も19世紀後半より提唱された疾患概念であり,前者は対称性の涙腺・唾液腺腫脹をきたす病態で,一方,後者は自己免疫異常で乾燥性角結膜炎を呈する.ミクリッツ病は独立した疾患単位ではなく,シェーグレン症候群の一表現型であると考えられてきたが,本邦では両疾患の差異が注目され続けていた.2004年Yamamotoらがミクリッツ病はIgG4関連疾患であることを報告した.多施設共同研究の結果,IgG4関連ミクリッツ病はシェーグレン症候群に比べ,アレルギー性疾患合併が多く,抗SS-A/SS-B抗体陰性,リウマトイド因子(RF)や抗核抗体陽性率も1/4程度,血清IgG4,IgG2,IgEが高く,病理組織でIgG4陽性形質細胞浸潤著明で,ステロイド治療著効などの特徴を報告した.19世紀末より続いた両疾患の異同に関する議論について,ようやく決着が得られた.

IgG4関連疾患の眼病変

安積 淳

pp.771-775

眼窩領域にはIgG4関連疾患がしばしば発生する.IgG4関連ミクリッツ病はその典型と考えられているが,実際には片側性や涙腺以外の軟部組織に病巣の広がるケースが両側均等の涙腺腫脹を示す症例よりも多い.時に,涙腺腫脹が全くみられない眼窩軟部組織のIgG4関連病変も存在する.鑑別診断としてはMALTリンパ腫や特発性眼窩炎症(眼窩炎症性偽腫瘍)が重要である.ミクリッツ病の枠を超え,広く眼部に発生するIgG4関連疾患を取り扱える診断基準が望まれる.

IgG4関連疾患の腎病変

今井 直史 , 西 慎一

pp.776-782

IgG4関連腎症は中高年の男性に好発する.患者の検尿異常や腎機能障害は比較的軽度のため,他臓器のIgG4関連疾患を契機に発見されることが多い.検査所見では,血清IgGやIgG4,IgE高値が特徴であり,低補体血症を高率に認める.画像的に両腎は腫大し,造影不良領域が腎実質にまだら状に偏在する.病理組織学的には尿細管間質性腎炎を呈する.リンパ球やIgG4陽性形質細胞が間質に高度に浸潤し,これらを取り囲むように本症に特徴的な線維化が観察される.病変はまだら状に分布し,正常部との境界は明瞭である.また稀に病巣が被膜を超えてみられることもあり,生検の際には複数の組織を採取することが重要である.ステロイド反応性はよく,予後は比較的良好であるが,他臓器に再発する例もあり,治療法の確立が急がれる.

IgG4関連疾患の呼吸器病変

松井 祥子

pp.783-788

高IgG4血症と諸臓器へのIgG4陽性形質細胞の浸潤を特徴とするIgG4関連疾患は,時間的・空間的に全身の臓器に多様な病変をきたす疾患である.その呼吸器病変の多くは,無症状で全身精査中に指摘されている.しかし,画像上は結節影,浸潤影,間質性陰影,胸水など多彩な陰影を認め,病変部位へのIgG4陽性形質細胞の程度も様々である.多臓器病変が同時に発症する場合の診断は,それほど困難ではないが,呼吸器単独病変での診断は容易ではない.今後は症例を集積して,その臨床症状や検査所見の特徴などを解析し,正確な診断と治療法を確立する必要がある.

話題

橋本病とIgG4関連硬化性疾患

覚道 健一 , 李 亜瓊 , 尾崎 敬 , 西原 永潤 , 松塚 文夫 , 宮内 昭

pp.789-792

1 . はじめに

 橋本病は1912年日本人外科医橋本策により初めて発見された甲状腺の炎症性疾患である1).リンパ球浸潤という病理組織学的特色から“struma lymphomatosa”と命名されている1).橋本病は,甲状腺の線維化,濾胞上皮細胞の好酸性変化と委縮などを病理組織学的特徴とする自己免疫性炎症性疾患で,通常は内科的に治療され,経過は良好とされている2).また橋本病には,予後の良い大多数と,甲状腺機能低下症に急速に進行する例や,痛みのため外科的対応を必要とする例が少数あることが知られている3,4).その差を規定する因子や病態の差を説明する知見は,最近まで知られていなかった.

 一方,甲状腺におけるIgG4関連硬化性疾患(IgG4-related sclerosing disease;IgG4RSD)はリーデル甲状腺炎と推定されていた5),しかし筆者らの経験したリーデル甲状腺炎の1症例では,IgG4陽性細胞の増加を確認することができなかった(未発表データ).

 本稿では,橋本病,亜急性甲状腺炎,リンパ球性甲状腺炎の手術例17例のIgG4免疫染色結果と血清IgG4測定が可能であった5例を含む甲状腺手術例70例の解析から明らかになった橋本病とIgG4RSDの関連について報告する6)

鑑別を要する多様な疾患群

辻 剛 , 千藤 荘 , 熊谷 俊一

pp.793-798

1 . はじめに

 IgG4関連疾患は高IgG4血症と組織でのIgG4陽性形質細胞の浸潤と線維化病変を特徴とする炎症性疾患であり,本邦での自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis;AIP)とミクリッツ病(Mikulicz disease;MD)における血清IgG4上昇の発見から明らかになり始めた1,2).それらに合併するかたちで多臓器の障害が次第に報告されるようになり,現在では,腎,肺,大動脈(後腹膜),下垂体,甲状腺,前立腺,副鼻腔,皮膚などに時間的空間的多発性をもった全身性炎症性疾患群になりつつある.ここでは,特に鑑別が重要な疾患群を列挙し,その共通点や差異を述べる.

IgG4測定のピットフォール

亀子 光明 , 北村 弘文

pp.799-801

1 . はじめに

 従来,IgGサブクラス測定は,その臨床的意義が明確でなかったため,検査室ではあまり用いられておらず,また,その測定法も酵素免疫測定法(enzyme immunoassay;EIA)1),固相酵素免疫測定法(enzyme-linked immunosorbent assay;ELISA)2)などの煩雑な測定法のため,普及が遅れていたと考えられる.特に,4つのIgGサブクラスのうちIgG4は,最も血中濃度が低く,アレルギー性疾患,天疱瘡,膜性腎症(免疫複合体)などの特殊な疾患では上昇することが知られていたが3,4),積極的に測定されることはなかった.

 しかし,近年,自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis;AIP)4~6)で血中IgG4濃度が特異的に上昇し,膵癌との鑑別に有用であることが報告され,また,厚生労働省難治性膵疾患調査研究班と日本膵臓学会が協力して作成した「自己免疫性膵炎臨床診断基準2006」7)に血清IgG4測定が血清学的診断項目として採用されることとなった.さらに,2010年より保険適用項目(検体検査実施料400点)となり,測定法の自動化も手伝ってIgG4測定が注目されている.

 本稿では,IgG4測定法のピットフォールと今後の課題について述べる.

緊急連載/東日本大震災と検査・2

放射線被曝と健康モニタリング

宮崎 真 , 宍戸 文男 , 山下 俊一

pp.802-806

はじめに

 1895年レントゲンがX線を発見し,翌年にはベクレルが,放射性同位元素から自然放射能の存在を発見している.その後のキュリー夫妻によるウランやポロニウムの発見がいかに物理化学の発達のみならず,科学の力による莫大な社会貢献を導き出したか計り知れないものがある.しかし,その後不幸にして原子爆弾の開発競争が原子力の平和利用の前に始まり,広島・長崎の両都市に原爆が投下されてから66年が経過しようとしている.

 現在の国際放射線安全防護の基準は,長年にわたる広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査をもとに作成されている.戦後の日本は原発安全神話としてのエネルギー政策を推し進め,環境保全に努めつつ原発周辺住民の安全防護に腐心してきたはずである.しかし,今回の放射線被曝による健康問題は,公衆衛生の観点からも戦後最大の難局である.広島・長崎の英知,ならびに国内外の放射線健康影響の専門家を集結し,国難を乗り越える必要がある.

今月の表紙 代表的疾患のマクロ・ミクロ像 非腫瘍・8

血管炎による消化管出血のマクロ・ミクロ像

小松 明男 , 坂本 穆彦

pp.726-727

 血管炎は,全身の血管を主座とし血管壁の高度障害を認める原発性炎症である.血管炎においては,理論上すべての臓器が標的になり障害される可能性があるが,どの血管も同様に障害されるのではなく,疾患により好発部位がみられる.好発部位を規定する主たる要因としては,第一に血管の大きさであるが,免疫複合体の役割,特定抗体の有無,肉芽腫の形成,臓器特異性なども深く関与している.現在のところ,チャペルヒル・コンセンサス(Chapel Hill Consensus Conference,1994)が世界的に広く受け入れられている1)

 大型の動脈が障害される代表的な疾患としては,巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)および高安動脈炎,中型の動脈が障害される代表的な疾患としては,結節性多発動脈炎および川崎病,小型の動脈が障害される代表的な疾患としては,顕微鏡的多発血管炎,アレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群),Wegener肉芽腫症などがよく知られている.これらの疾患は時折重複することがある(overlap症候群)2)

映画に学ぶ疾患・18

「博士の愛した数式」―健忘

安東 由喜雄

pp.770

 友愛数とは,その数字自身を除いた約数の和同士がそれぞれの数字となるものをいう.具体的には,220と284は友愛数で,220の約数,1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110=284,284の約数,1+2+4+71+142=220となる.1184と1210もこうした関係にあるが,その組合わせが無限に存在するかどうかは,いまだ明らかにされていない.神秘的な数の偶然である.一方,その数字の約数の和がその数字になるものを完全数という.例えば6がそれにあたり,1+2+3=6となる.このほかに28,496など限られた数字しかない.最近の世の中は実学志向で,その学問が目に見える形で社会に還元されることが求められるが,こうした講義を学校の授業で聞くことができたら,きっとより数学に親しめただろうに,と観る者に思わせてしまうのが,映画「博士の愛した数式」である.

 この映画は,外傷性健忘のため80分しか記憶の持たない数学者“博士”(寺尾聰)と,博士の身の回りの世話をするために雇われた家政婦の杏子(深津絵里),そして杏子の息子の3人のさわやかな心のふれあいを描いている.杏子はシングルマザーで,家政婦をしながら10歳のかわいい息子とともに懸命に生きている.彼女の今度の就職先は,9人もの家政婦を交代させたという件の博士の家である.博士はケンブリッジ大学を卒業した新進気鋭の数学者だったが,交通事故で脳挫傷を負い,短時間しか記憶が持たないようになってしまっていた.だから杏子の1日は,毎朝初対面として自己紹介をし,同じ質問を博士から受けるところから始まる.彼女は家政婦をしながら,持ち前の明るさで博士の心とふれあううちに,博士の優しさや実直さ,純粋な心に引き込まれていくが,博士もそうした彼女に母性を感じ,2人は家族のような関係が持てるようになっていく.時折,杏子が黒板に記している数式や記号の意味を尋ねると,博士は嬉々として説明するのであった.ある日,杏子に子供がいることが博士に知れることになる.「子供を独りぼっちに家に残しておくなんて許されない」.この鶴の一声で,杏子の息子は放課後を博士の家で過ごすようになり,その平らな頭の形から“ルート”というあだ名で呼ばれるようになった.

シリーズ-検査値異常と薬剤・17

―投与薬剤の検査値への影響―貧血・血液疾患作用薬・I

米田 孝司 , 片山 善章 , 澁谷 雪子

pp.807-815

 1 . 硫酸鉄

 鉄欠乏性貧血において使用.吸収された後フェリチンとして貯蔵され,貯蔵部位からトランスフェリンとして骨髄へ移行し,ヘモグロビンの成分として利用される.

 構造:FeSO4・xH2O(x=1~2)

 特徴:硫酸第一鉄の形状は青緑または白色の結晶,融点64℃,沸点90℃.においはなく,水に可溶.硫酸鉄(Ⅱ)(FeSO4)の無水物は比重3.346.7水和物は1.895.乾燥空気中で風解しやすい.湿った空気中で結晶の表面が徐々に酸化され表面に黄褐色の塩基性硫酸鉄(Ⅲ)〔Fe(OH)SO4〕を生じる.300℃以上で分解する.硫酸鉄(Ⅱ)は食品添加物として認められているが,硫酸鉄(Ⅲ)は認められていない(表1).

学会だより 第100回日本病理学会総会

第100回日本病理学会総会~次の100年を創る~

木村 伯子

pp.816-817

 第100回日本病理学会総会が2011年4月28日(木)~30日(土)に横浜市で開催された.今回は日本病理学会の創立100周年を迎えた記念すべき総会であり,総会事務局は東京大学大学院医学系研究科病理学講座人体病理学・病理診断学分野におかれ,メインテーマは「次の100年を創る」だった.当初の予定では例年よりも1日長い5月1日までの4日間に100周年記念行事や多数のコンパニオンミーティング,市民公開講座などが開催される予定だった.しかし,3月11日の東日本大震災の影響で,会期の短縮や,記念講演会は誌上発表に変更するなどプログラムの大きな変更が余儀なくされた.会場には被災地のいわき市や仙台市の諸先生方の元気なお姿が見られ,一同安堵したことだった.

 会場には「病理学会100年の歴史」のパネルが展示されており,参加者が病理学会の歴史を振り返るとともに,今後のあり方を考える指標となっていた.今回特筆すべきは第2日目に行われた「100周年記念式典」と第1日目の特別企画「病理学の研究 未来に向かっての提言」であろう.「100周年記念式典」ではまず,100周年記念事業実行委員会委員長の森 亘先生による日本病理学会の歴史の講演があった.その後,ご来賓の常陸宮殿下,文部科学大臣(代読),厚生労働大臣(代読),日本学術会議会長,日本医学会会長,日本医師会会長,イギリス病理学会代表,ドイツ病理学会代表,韓国病理学会代表の方々などのご挨拶を頂戴した.日頃,病理医数の減少や病理学研究の独自性に関する疑問などから元気をなくしがちな病理学会に対して,行政(国民)や臨床の立場から病理学や病理診断,病理解剖が医学の進歩や医療において果たしてきた重要な役割と将来に向けた力強いメッセージをいただき,身の震えるような感動を覚えたのは筆者のみではないであろう.病理学や病理医のあり方に関して,行政や他科の先生方からこのように正面から励ましていただいたのは今回が初めてのように思われる.病理がいかに大切かということを病理医だけが知っているのでは後に続く若者に訴える力が弱い.今回のご挨拶を,ぜひ何らかの形で,参加できなかった会員の皆様にお知らせしたらよいのではないかと思われた.

メインテーマは「次の100年を創る」

近藤 哲夫

pp.817

 第100回日本病理学会総会は深山正久教授(東京大学大学院医学系研究科病理学講座人体病理学・病理診断学分野)を会長として,2011年4月28日(木)~30日(土)の3日間にわたり横浜で開催された.東日本大震災後の開催であり,震災による多大な被害,電力供給不足の懸念という困難な状況の中で学会の中止・延期も検討されたが,会期の短縮,プログラム変更のうえで開催が決定となった.

 学会の内容は特別講演「日本病理学会の100年:その役割の変遷」,特別企画「病理学の研究 未来に向かっての提言」,会長講演「人体病理学の展開―次の100年をつくるために」の他,2つの宿題報告,7つの教育講演,5つのシンポジウム,16のワークショップ,7つの診断ワークショップ,6つのオープンフォーラム,24のセミナー,10の講習会,市民公開講座,一般演題,学生演題と広範な分野で企画された.また,原発事故という時機をとらえて市民公開講座「原子力災害における放射線の健康影響」が緊急特別企画として加えられた.

書評 細胞診を学ぶ人のために 第5版 フリーアクセス

畠山 重春

pp.762

 『細胞診を学ぶ人のために 第5版』(通称“学ぶ君”)が,初版の発売された1990年から21年目となる今年,刊行された.本書は20年以上続くロングセラーである.約20年の間に何人の細胞診をめざす技師,医師が“学ぶ君”の世話になったのであろうか.

 この第5版では新たな執筆陣も多く加わり,まさに時代の流れとともに細胞診への応用範囲が多岐にわたることを裏付ける陣容となっている.目次を見て,細胞診の概論(第1章)に始まり,細胞の基本構造,基礎組織学,病理組織学分野と続き,その後の標本作製法や染色法,顕微鏡操作法,およびスクリーニング技術までの総論部分すべてが,細胞検査士ではなく細胞診専門医が執筆担当していることにふと気付いた.これには若干の戸惑いを覚えたが,興味を引いたのは免疫染色の記述である.細胞診においても免疫染色の応用が不可欠になっている現状に対応し,抗体の入手と保存に関する注意までが細やかに記され,免疫染色を試みる初心者の陥りやすい基本的事項までもが簡潔に記載されている.細胞検査士資格認定試験,あるいは細胞診専門医試験に挑む者にとっては確かに“学ぶ君”である.

書評 個人授業 心電図・不整脈―ホルター心電図でひもとく循環器診療 フリーアクセス

山下 武志

pp.818

 数多くいる循環器専門医といえども,その中でホルター心電図が好きな,あるいは得意な医師は少ないはずだ.このように書く自分自身がそうだったのだから,このことには確信が持てる.若い頃,心電図や心内電位はよくても,ホルター心電図だけはどうにも避けたかった.ましてや報告書を書くことは苦痛以外の何物でもなかったことをよく覚えている.その後,よい指導者を得て,数年後には東京大学附属病院中央検査部で院内すべてのホルター心電図の報告書を書いていたのだから自分自身が驚いてしまう.ホルター心電図を読むということ,これにはよい指導者に出会ってOJT(On the Job Training)で学ぶことが一番だ.

 とはいっても,指導者に恵まれないときにどうしよう.誰もが教科書を当たると思う.しかし,ホルター心電図の教科書はとても少ないのだ.Amazonで調べてみると現在購入可能なホルター心電図の教科書はたったの4冊しかない(しかも,そのうち1冊は筆者の師匠が編集されている.世間は狭い!).心電図に関する教科書が数えきれないぐらいあることとは極めて対照的だ.

あとがき フリーアクセス

池田 康夫

pp.820

 IgG4関連疾患が今回の特集に取り上げられた.特集中でも詳しく記述されているように,血清IgG4高値と罹患臓器への著明なIgG4陽性形質細胞浸潤を特徴とする全身性,慢性炎症性疾患であり,本邦から発信された新たな疾患概念である.新たな疾患概念が誕生した歴史を顧みるときはいつもわくわくする気持ちになるが,この場合は日本発信の疾患概念であるだけになおさらである.症例報告に端を発して新しい疾患概念にたどり着いた過程が読み取れて非常に興味深い.

 わが国は基礎研究のレベルは高いが,臨床研究に関しては海外の国々に遅れを取っており,臨床研究を促進させるために多くの大学が臨床研究センターなどを立ち上げてはいるが海外のClinical Research Center/Instituteなどと比べるとその規模の違いに啞然とするばかりである.なかでも臨床治験,特に国際共同治験の遅れは著しく,厚生労働省では2007年に「新たな治験活性化5カ年計画」を開始し,臨床治験の体制整備に着手している.治験とは別に,病態の解明,新たな診断,治療法の開発を目指した臨床研究も重要であり,これらの手段として無作為化比較試験,ケースコントロール試験,コホート研究などがあり,その成果が多くの臨床系の雑誌を賑わしている.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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今月の特集2 不妊・不育症医療の最前線

62巻4号(2018年4月発行)

増刊号 疾患・病態を理解する—尿沈渣レファレンスブック

62巻3号(2018年3月発行)

今月の特集1 症例から学ぶ血友病とvon Willebrand病
今月の特集2 成人先天性心疾患

62巻2号(2018年2月発行)

今月の特集1 Stroke—脳卒中を診る
今月の特集2 実は増えている“梅毒”

62巻1号(2018年1月発行)

今月の特集1 知っておきたい感染症関連診療ガイドラインのエッセンス
今月の特集2 心腎連関を理解する

60巻13号(2016年12月発行)

今月の特集1 認知症待ったなし!
今月の特集2 がん分子標的治療にかかわる臨床検査・遺伝子検査

60巻12号(2016年11月発行)

今月の特集1 血液学検査を支える標準化
今月の特集2 脂質検査の盲点

60巻11号(2016年10月発行)

増刊号 心電図が臨床につながる本。

60巻10号(2016年10月発行)

今月の特集1 血球貪食症候群を知る
今月の特集2 感染症の迅速診断—POCTの可能性を探る

60巻9号(2016年9月発行)

今月の特集1 睡眠障害と臨床検査
今月の特集2 臨床検査領域における次世代データ解析—ビッグデータ解析を視野に入れて

60巻8号(2016年8月発行)

今月の特集1 好塩基球の謎に迫る
今月の特集2 キャリアデザイン

60巻7号(2016年7月発行)

今月の特集1 The SLE
今月の特集2 百日咳,いま知っておきたいこと

60巻6号(2016年6月発行)

今月の特集1 もっと知りたい! 川崎病
今月の特集2 CKDの臨床検査と腎病理診断

60巻5号(2016年5月発行)

今月の特集1 体腔液の臨床検査
今月の特集2 感度を磨く—検査性能の追求

60巻4号(2016年4月発行)

今月の特集1 血漿蛋白—その病態と検査
今月の特集2 感染症診断に使われるバイオマーカー—その臨床的意義とは?

60巻3号(2016年3月発行)

今月の特集1 日常検査からみえる病態—心電図検査編
今月の特集2 smartに実践する検体採取

60巻2号(2016年2月発行)

今月の特集1 深く知ろう! 血栓止血検査
今月の特集2 実践に役立つ呼吸機能検査の測定手技

60巻1号(2016年1月発行)

今月の特集1 社会に貢献する臨床検査
今月の特集2 グローバル化時代の耐性菌感染症

59巻13号(2015年12月発行)

今月の特集1 移植医療を支える臨床検査
今月の特集2 検査室が育てる研修医

59巻12号(2015年11月発行)

今月の特集1 ウイルス性肝炎をまとめて学ぶ
今月の特集2 腹部超音波を極める

59巻11号(2015年10月発行)

増刊号 ひとりでも困らない! 検査当直イエローページ

59巻10号(2015年10月発行)

今月の特集1 見逃してはならない寄生虫疾患
今月の特集2 MDS/MPNを知ろう

59巻9号(2015年9月発行)

今月の特集1 乳腺の臨床を支える超音波検査
今月の特集2 臨地実習で学生に何を与えることができるか

59巻8号(2015年8月発行)

今月の特集1 臨床検査の視点から科学する老化
今月の特集2 感染症サーベイランスの実際

59巻7号(2015年7月発行)

今月の特集1 検査と臨床のコラボで理解する腫瘍マーカー
今月の特集2 血液細胞形態判読の極意

59巻6号(2015年6月発行)

今月の特集1 日常検査としての心エコー
今月の特集2 健診・人間ドックと臨床検査

59巻5号(2015年5月発行)

今月の特集1 1滴で捉える病態
今月の特集2 乳癌病理診断の進歩

59巻4号(2015年4月発行)

今月の特集1 奥の深い高尿酸血症
今月の特集2 感染制御と連携—検査部門はどのようにかかわっていくべきか

59巻3号(2015年3月発行)

今月の特集1 検査システムの更新に備える
今月の特集2 夜勤で必要な輸血の知識

59巻2号(2015年2月発行)

今月の特集1 動脈硬化症の最先端
今月の特集2 血算値判読の極意

59巻1号(2015年1月発行)

今月の特集1 採血から分析前までのエッセンス
今月の特集2 新型インフルエンザへの対応—医療機関の新たな備え

58巻13号(2014年12月発行)

今月の特集1 検査でわかる!M蛋白血症と多発性骨髄腫
今月の特集2 とても怖い心臓病ACSの診断と治療

58巻12号(2014年11月発行)

今月の特集1 甲状腺疾患診断NOW
今月の特集2 ブラックボックス化からの脱却—臨床検査の可視化

58巻11号(2014年10月発行)

増刊号 微生物検査 イエローページ

58巻10号(2014年10月発行)

今月の特集1 血液培養検査を感染症診療に役立てる
今月の特集2 尿沈渣検査の新たな付加価値

58巻9号(2014年9月発行)

今月の特集1 関節リウマチ診療の変化に対応する
今月の特集2 てんかんと臨床検査のかかわり

58巻8号(2014年8月発行)

今月の特集1 個別化医療を担う―コンパニオン診断
今月の特集2 血栓症時代の検査

58巻7号(2014年7月発行)

今月の特集1 電解質,酸塩基平衡検査を苦手にしない
今月の特集2 夏に知っておきたい細菌性胃腸炎

58巻6号(2014年6月発行)

今月の特集1 液状化検体細胞診(LBC)にはどんなメリットがあるか
今月の特集2 生理機能検査からみえる糖尿病合併症

58巻5号(2014年5月発行)

今月の特集1 最新の輸血検査
今月の特集2 改めて,精度管理を考える

58巻4号(2014年4月発行)

今月の特集1 検査室間連携が高める臨床検査の付加価値
今月の特集2 話題の感染症2014

58巻3号(2014年3月発行)

今月の特集1 検査で切り込む溶血性貧血
今月の特集2 知っておくべき睡眠呼吸障害のあれこれ

58巻2号(2014年2月発行)

今月の特集1 JSCC勧告法は磐石か?―課題と展望
今月の特集2 Ⅰ型アレルギーを究める

58巻1号(2014年1月発行)

今月の特集1 診療ガイドラインに活用される臨床検査
今月の特集2 深在性真菌症を学ぶ

57巻13号(2013年12月発行)

今月の特集1 病理組織・細胞診検査の精度管理
今月の特集2 目でみる悪性リンパ腫の骨髄病変

57巻12号(2013年11月発行)

今月の特集1 前立腺癌マーカー
今月の特集2 日常検査から見える病態―生化学検査②

57巻11号(2013年10月発行)

特集 はじめよう,検査説明

57巻10号(2013年10月発行)

今月の特集1 神経領域の生理機能検査の現状と新たな展開
今月の特集2 Clostridium difficile感染症

57巻9号(2013年9月発行)

今月の特集1 肺癌診断update
今月の特集2 日常検査から見える病態―生化学検査①

57巻8号(2013年8月発行)

今月の特集1 特定健診項目の標準化と今後の展開
今月の特集2 輸血関連副作用

57巻7号(2013年7月発行)

今月の特集1 遺伝子関連検査の標準化に向けて
今月の特集2 感染症と発癌

57巻6号(2013年6月発行)

今月の特集1 尿バイオマーカー
今月の特集2 連続モニタリング検査

57巻5号(2013年5月発行)

今月の特集1 実践EBLM―検査値を活かす
今月の特集2 ADAMTS13と臨床検査

57巻4号(2013年4月発行)

今月の特集1 次世代の微生物検査
今月の特集2 非アルコール性脂肪性肝疾患

57巻3号(2013年3月発行)

今月の特集1 分子病理診断の進歩
今月の特集2 血管炎症候群

57巻2号(2013年2月発行)

今月の主題1 血管超音波検査
今月の主題2 血液形態検査の標準化

57巻1号(2013年1月発行)

今月の主題1 臨床検査の展望
今月の主題2 ウイルス性胃腸炎

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