はじめに
糞便検査は胃腸病の臨床検査のうちで最も簡単で,しかも診断的価値の高いものであることは衆知のことである。しかるにレ線や内視鏡のような検査法が飛躍的な進歩をとげた現在,糞便検査の価値が低く評価され,ともすれば,ないがしろにされる傾向が生じてきた。たとえば回虫症は年々減少し,私たちの病院でも回虫卵を糞便検査により発見することが稀となったことも糞便検査を省略する口実となっている。一方,潜血反応も,食餌制限など面倒な前処置が必要であると同時に,出血しない胃潰瘍や胃癌のあることが,レ線や胃カメラにより確認されるようになってから,診断的価値が低くなってきた。そしてスクリーニングテストとしての潜血反応も問題にされるような時代になってきた。
このように糞便検査は次第に批判される立場にたたされたが,材料の入手が最も簡単であり,検査も比較的容易であるので,にわかにすてがたい。特に私は潜血反応や虫卵検査以外の検鏡検査が重要であると考えていたので,原稿の依頼を引き受けることにした。というのは胃腸病本来の役目は消化吸収であり,その障碍というものは胃癌や胃潰瘍などの器質的疾患と同等,あるいはそれ以上に重視されなければならないはずである。ところが消化吸収障碍を知るには非常に複雑な消化吸収試験を行なわなければならず,臨床的に応用する階段には達していない。そこで糞便から消化吸収の程度を推察することが重要となってくる。