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雑誌目次

論文

精神医学1巻2号

1959年02月発行

雑誌目次

展望

児童の精神分裂病

著者: 黒丸正四郎

ページ範囲:P.71 - P.81

Ⅰ.序
 結核や赤痢のような病気でも,それが成人に発病する場合と児童の場合とではその症状,経過,転帰が著しく異る。これと同様に,神経症や精神病でも,成人と人格構造の未分化な児童の場合とではその病像は著しく異るものである。このような意味から児童精神病学Child-Psychiatryの存在は重要である。中でも児童に発症する児童分裂病の研究は単に本疾患の臨床という意味だけでなく,精神分裂病一般を論ずるに当つても幾多の示唆を与える。何故ならば,それは
 1)精神分裂病の症候論に寄与するところがあるからである。

研究と報告

山陰地方の狐憑きについて

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.83 - P.90

 憑きものの迷信はわが国の4分の3地域にわたつているといわれるが,その中でも山陰地方の狐持ちと狐憑きの迷信は,範囲の広い点,社会的害毒のひどい点で,全国屈指のものである。狐持ちの迷信とは狐を飼つている特別の家系があるという迷信,狐憑きの迷信とは狐が愚いて病気を起したり,災難をもたらしたりするという迷信で,両者は大体もちつもたれつの関係にある。このうち狐持ちの方は主として民俗学の対象であるが,狐憑きの方はもつぱら精神医学の研究すべき問題である。われわれの研究にはまだまだ多くの問題が残されているが,1つの資料として今日までの成果を取纒めて報告しておきたい。
 さて,狐憑きの迷信は人狐(ニンコ),狐持ち,狐憑きの要素から成立すると考えてよいのであるから,以下には人狐,狐持ち,狐憑きの順に述べ,その後に発生機制,疾病学的位置などについて考察することにする。

Megimideによる異常波賦活の検討(第1報)

著者: 直居卓 ,   桑村智久 ,   井上令一 ,   根岸達夫 ,   鎌田祐子

ページ範囲:P.93 - P.101

1.緒言
 てんかんの診断にあたつて脳波の検査がもつ意義と重要性は,いまさらのべるまでもないが,てんかんのすべてが常に異常脳波をしめすとは限らないこともよくしられている。Schwab(1951)1)によれば,発作間interseizureには通常の安静時や過呼吸時の記録のみでは,その15〜20%が正常脳波を示すという。そのためにさまざまな異常波の賦活法が用いられている。
 自然の,あるいは薬物による睡眠時記録,ペンタゾール賦活,閃光刺激による賦活,閃光・ペンタゾール賦活,音響刺激,クロルプロマヂン賦活そのほかである。この中でもつとも多く使われている方法は,ペンタゾール(Pentamethylentetrazol)による賦活法で,70%に発作波形を賦活するといわれる(Kaufman, Marshall & Walkerら)2)(1947年)。本賦活法は,研究者によりかなり異つた方法が用いられ,その濃度,注射速度,用量などの相異により,非てんかん性の対照群における成績にもかなりの差異がみられる。すなわちCufe, Rasmussen & Jasper(1948)3)らは,対照群の,26%に発作波をみとめ,Fuglsang-Frederiksen(1952)4)は1.6%,Merlis, Henriksen & Grossman(1950)5)らは0%,Buchthal & Lennox(1953)6)らは15%,Schwamb, Clausen & Sumner(1956)7)らは40%というごとくである。また,まだ明瞭な発作波形が出現しないうちに,突然臨床発作に移行してしまう場合,いいかえれば異常波賦活閾値とけいれん誘発閾値との差が僅小な場合がすくなからずあることも,欠点の1つとしてあげられよう。

特異な経過を示した冬型脳炎の1臨床例

著者: 新井尚賢 ,   山本英子

ページ範囲:P.103 - P.109

1.緒言
 昭和21年以降わが国においてEconomo型脳炎あるいは冬型脳炎として報告された症例は2,3にすぎない。一方Economo型脳炎と日本脳炎との臨床上の鑑別は非常に困難であるとされているが,Economoが記載した脳炎は,冬および春に多く発病し,無熱,嗜眠,眼瞼下垂,複視などを主訴とし,またParkinsonismusおよび,性格変化をのこすことが多いとされている。
 本例は1月に発病した点でEconomo型の条件をそなえているが,急性期およびその後の経過の上からみると,臨床症状はむしろ日本脳炎にちかく,また補体結合反応の結果も日本脳炎に疑がおかれ,現在なおいずれとも決定をみていないものである。本例のこの間の事情はすでに長野によつて発表されている1)。私たちはその後本例を観察する機会を得たが,その精神症状の経過は特異と思われる点が多いのでここに報告する。

普通児の事例研究における脳波上の問題例についての検討

著者: 品川浩三 ,   渡辺甫

ページ範囲:P.111 - P.117

緒言
 われわれの教室においては数年来「教育と精神衛生」に関する研究を進め,今まで「問題児」および「優秀児」に関する事例研究,さらに教師の精神科的疾患についての検討などを行つてき,今回「普通児」の事例研究を行つたのであるが,その一環として,脳波検査を施行し,同時に皮膚電気反射をも記録し,その結果を検討してみた。
 現在脳波の検査は癲癇,頭部外傷およびその後遺症,脳腫瘍,性格異常者等々に対して,その診断上施行されているが,普通児の脳波所見については,いわゆる異常児,問題児のそれとの比較群として論ぜられているものが多いようである。われわれは逆の立場から,すなわち教育上社会上普通児といわれているものについて脳波検査を施行しその結果を得たので報告する。

動き

サンタンヌ病院の図書室にて

著者: 小木貞孝

ページ範囲:P.118 - P.121

 サンタンヌ病院の図書室は,すりきれた石の階段をのぼった2階にあって,サルドギャルドという職員食堂のまむかいに小さな入口がある。中に入ると,薄暗い閲覧室が書棚にかこまれてある。左手の高い壇上に図書掛のばあさんがいて入つてくるものをジロリとみる。ここは病院のはずれなので自動車の騒音もきこえず,ことに午前中にいくと利用者も少いので静かである。そんなときに席について,赤や青に表装された本の背を色ガラスごしの光の中でぼんやりみていると,フランス精神医学の莫大な蓄積量に圧倒されるようで,何か途方にくれるような不安感におそわれる。
 蔵書数は定期刊行物をのぞいて13,000冊といわれるが,はつきりした数は例のばあさんもわからないという。定期刊行物としては古いAnnales Medico-psychologiquesが1843年の創刊だから,すでに100年以上も続いているわけだ。それ以前のピネルやエスキロールから考えてこの長い年月の間に発行された単行本や論文の数は大へんなものにちがいない。

精神病床の動き

著者: 林暲

ページ範囲:P.122 - P.123

 近年わが国での精神病院,病床数の増加は著しいものがあり,一種のブームといらべき有様である。元来あまりに少なすぎたには相違ないし,施設や病床のふえることは結構なことにはちがいないが,われわれとしては,首をかしげざるを得ない面もある。それはともかくとして,一応厚生省の資料によつてその数字をうかがつて見よう。
 施設の数は独立した精神病院で,一般病院の一部としての精神病棟は病床数のみがあげてある。これは届出られた形によつては分院のものもあり,それが独立したりすると単独の形になるためか年により増減がある。法人立というのは医療法人も含んでいるので,昭和30年には個人経営の形からこれに変つたものが相当ある。

紹介

—H Hécaen et J. Ajuriaguerra 著—脳腫瘍の精神症状

著者: 保崎秀夫

ページ範囲:P.124 - P.124

 脳腫瘍の精神症状は非常に掴みにくく,纒めにくいものであるが,著者らはProf. ag. M. Davidの精神外科で集められた439例の精神症状について統計的観察および考察を行つたものである。記録不十分なもの,局在の不鮮明なもの,多発性のもの精神症状を十分に星し得ない小児例を除外し,かつ直接著者自身が診たものについて,(Ⅰ)局在別による精神症状の統計的観察,(Ⅱ)精神症状からみた局在と病因という2つの観点から論じている。

—F. A. Gibbs & F. W. Stamps 著—てんかん必携

著者: 懸田克躬

ページ範囲:P.125 - P.125

 著者の一人,イリノイ大学神経学教授兼脳波主任Frederick A. Gibbsの名から,すぐに思いうかぶのは,1935年彼とその同労者たちによつて発見提唱された,てんかん小発作における特徴的な“3c/s spike and wave”の異常波であろう。彼のてんかんについての一連の研究がジャスパーやペンフィールドなどのいわゆるモントリオール学派の業績とともに,てんかん研究に革命的な躍進をもたらしたことはてんかんに関心をいだくものの間では誰しらぬものはないというてよかろう。彼とその夫人を中心として発表された数少なからぬ論文は,てんかんあるいは脳波の研究者にとつては,そのひとつひとつが貴重な文献となつているといつてよい。特に,夫妻の共著たる“Atlas of Electroencepholography. Ⅰ,Ⅱ(1950,1952)”は,てんかん研究者の1つの道標のごとき存在とさえいうべきであろう。
 てんかんはその罹患者も多く,古くからもしられた障害でありながら,それに関する正しく深い知見は脳波がH. ベルガーによつて発見されて以来の比較的に短かい期間に急速にしかも大量に推積されたという事情は,てんかんについては死すべき見解と今日の批判にたえうる見解とが,整理されないままに,投げだされている傾向を助長しているということさえできる。今日の見解を身につけることは一般医家にとつては重要な要請であるはずでありながら,困難なものとなつている。

—Silvano Arieti 著 加藤 正明 河村 高信 小坂 英世 訳—精神分裂病の心理

著者: 島崎敏樹

ページ範囲:P.126 - P.126

 原著者のアリエテイは,1914年にイタリアで生れ,母国のピサ医大を卒業してすぐ渡米し,大学院研究をはじめ,以後の精神神経学の研究と実地をすべてアメリカで行つている人である。訳者序によると,研究のはじめには「脳マラリアの組織病理学的変化と精神病状との関連」のように神経病理的なものであつたが,のち退行した分裂病の臨床に没頭し,その成果が本書となつたという。
 合衆国の精神医学の思想的特徴がフロイド的力動論にあることはだれでも知つているが,アリエテイもフロイドに近い一人であることはまちがいない。というよりももつと正確には左派フロイドの創始者サリヴァンの人間関係理論の方に共鳴しているようである。それで著者の定義によると「精神分裂病とは,児童期に原発し,生涯のあとになつて心理的因子によつて再燃してくる極度の不安状態に対する特異な反応である。その特異な反応とは,より低次の統合水準に属する古態的心理機制をとりいれることから成り立つている。その結果,より低次の水準への退行となるのであるが,退行とはなつても,より低次の水準での統合とはならないから,平衡状態の崩壊がおこる。その結果さらに退行がおこることになる」と考えている。
 つまり分裂病になるずつと前の子供の時代において,親との間に不快な対人関係があつたために,これを断とうとして,孤立し,よそよそしくなつて,特有な人間疎外な性格ができていくわけであるが,のちに何らかの心理的な衝撃が加わつて,これまでの防衛が挫折すると,もうこれ以上現実と妥協できず,逆に現実の方を変えなければならなくなり,精神病になることでこの目的を果すのだ,といら解釈をしている。

—L. Binswanger 著—精神分裂病(Schizophrenie)(第1回)

著者: 東京医科歯科大学神経科教室精神病理学グループ

ページ範囲:P.127 - P.131

まえがき
 本号から6回にわたつて紹介しよらとするスイスの精神科医L・ビンスワンガーの『精神分裂病』(1957年)は,彼が現象学的人間学の方向にそつて従事してきた精神医学的活動の総決算であり,クロイツリンゲンのベルヴュ病院で精神病者たちとともにすごした約半世紀という歳月の貴重な結実である。
 この主要部分は,1944年から1953年にかけて連続的に行つた5つの症例研究からなり,これらはそのつど専門誌に発表されたが,1957年にそれらを1冊の本にまとめる際に,かなり長い序文が書き加えられ,ここで,それまでの研究の成果と精神分裂病の本質が最終的に論議されている。
 いわゆる人間学的方向は,この数年来,日本の精神医学界にもよらやく移植されつつあるが,このような時にビンスワンガーのこの原典を紹介することは,多くのまじめな学徒に強い衝撃を与えるであろうと予想される。

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“He is paranoid”

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.120 - P.121

 精神医学には,あまりにも広場が多すぎる。精神医学に志すすべての人々が集まつて,同じコトバで話しあえる広場がないものだろうか。ちかごろは,アメリカの精神医学とかドイツの精神医学とかそれぞれの強い主張の声もだいぶおさまつてきたようであるが,もともと私たち日本人が,そんなに他人の看板をかつぎ廻らなければならないとしたらまことに情ないことである。
 戦後,日本を訪れたアメリカの精神医学者のいく人かが,日本の精神医学を紹介しているが,そのほとんどが限られた見聞にもとついた,かなり偏つたものであることを,私たちはよく知つている。それと同じことが,少なくとも私自身には当てはまるような気もする。公正な見方といつても,それは自分にまつわりついているものにたいする愛着を絶ちえない“人間”を通してのことであるから,かなりのずれやくい違いが生じてくることはやむをえないであろう。それだけに精神医学はlebensnaheな学問であるといえるのかもしれない。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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