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雑誌目次

雑誌文献

精神医学1巻3号

1959年03月発行

雑誌目次

特集 実験精神病 展望

実験的精神医学

著者: 江副勉

ページ範囲:P.137 - P.148

まえがき
 実験的精神医学experimental Psychiatryという言葉が,今日何かしら新しいひびきをもつて語られている。自然の精神病に,ある点において類似した状態を,実験的に再現する可能性を得たことは精神疾患の本質を理解する上にこの上もない条件であろうから,事実この研究方法は,しばしば手痛い批判をうけてはいるが現在新しい意義と,さらに将来への発展性をはらんでいるものと,わたしは考えている。しかし,精神疾患の研究に実験的な方法が導入されたのは,すでに半世紀以上も前のことである。たとえば,今日でも実験精神医学的研究に広く利用れているmescalineについていえば,これを含むpeyotlによる中毒症状の記載は1890年前後から始まつている(PrentisおよびMorgan 1895)。純粋なアルカロイドとしてmescalineを用いての実験はHeffter(1897)によつてなされたその後Knauer(1911)つづいてBeringer(1923)によつて組織的に有名な研究がなされたのであるがとくにBeringerは“Experimentelle Psychosen durch Meskalin”という論文の表題からもうかがえるように,はつきりと実験的精神病という方向を打ち出している。その意味からBeringerは実験的精神医学という言葉の創始者であるかもしれない。また1900年代の初頭に,Kreapelinがalkohol,coffeinおよびTrionalなどの薬物を用いた際の精神機能の変化を,実験心理学的な手段で研究したのも実験的精神医学の始りと見てよいのではなかろうか。しかし当時の研究は,BeringerにしてもKreapelinにしてもある薬物を与えた際の実態心理学的あるいは精神病理学的な記述が主たるものであり,これは今日の傾向とは大きなひらきのあるところである。次いで1930年代には,内因性精神病を“Somatose”として規定しようという観点から実験的緊張病の研究が,bulbocapnineその他の薬物を用いてDe Jong(1936〜1945)らによつて,またindolathylamineを用いてNieuwenhuyzen(1936)によつてなされた。これらは緊張病のカタレプシーの研究であるので実験的精神医学としてよりも生理学的な興味が主たるものである。ところで近々数年のうちに,再び実験精神医学は新しく多くの研究者の熱心な研究対象となつたのであるがそれにはまたそれにふさわしい客観的条件があるためである。
 その第1は後述のLSD−25を始めとして,いわゆる人工的精神障害惹起物質が相ついで発見されたことである。このことはまた精神病についての生化学的研究,とくに神経化学の発展を刺激した。

研究と報告

LSDによる精神障害について

著者: 中久喜雅文

ページ範囲:P.149 - P.164

 周知のようにLSDはLysrgsäurediäthylamidの略称であり,麦角の中にふくまれているリゼルグ酸のジエチールアミドである。
 麦角は,ライ麦に寄生するカビの一種Claviceps purpureaである。この麦角の混入した穀粒を用いると,慢性の麦角中毒(Ergotismus)をおこす。この中毒は古くヨーロッパに流行的に発生したことがあるが,これに壊疽型(Ergotismus gangraenosus)と痙攣型(Ergotismus convulsivus)の2型が区別されている。壊疽型では末梢血管の攣縮のため手足の指,鼻尖部,耳など身体末端部に冷感および激痛があり,後には壊疽となる。痙攣型では筋攣縮,振せん,激痛を伴う痙攣がおこり,遂には中枢神経系の組織学的変化,不具を惹起する。これはあきらかに異つた毒素によるもので,それぞれの毒素の含有量が麦角により異るので,このような2型の中毒症状が現われるのである。壊疽型の方はErgotoxin,Ergotamin,Ergometrinのような麦角アルカロイドによるもので,痙攣型の方は未知の他の毒素によるものであるという。麦角中毒のときに妊婦がしばしば流産をおこすという事から,麦角は古くから堕胎薬,陣痛促進薬,出産後の止血剤として用いられている。今日,この麦角製剤による中毒のみられる事があり,循環器系の症状(末梢冷却,蟻走感,指趾の壊疽,狭心症様の痛み)が主であるが,その他一般症状(頭痛,めまい,倦怠),消化管症状(悪心,嘔吐,下痢)があり,嗜眠,抑欝状態,精神錯乱,片麻痺,脊髄癆様症状,痙攣などの中枢神経系症状もみとめられるという。

LSD-25による精神障害—特にLSD酩酊体験の深層心理学的意義について

著者: 加藤清 ,   藤繩昭 ,   篠原大典

ページ範囲:P.167 - P.178

〔Ⅰ〕
 実験精神病研究の歴史をみるに,古くはKraepelinがアルコール,モルヒネ,トリオナール,ブローム化合物などを用いて実験的に精神病を惹起せしめ,とくに内因性精神病の病因論の研究に役立てようとし,またその弟子等もコカイン,ハッシュシュあるいはメスカリン酩酊などの精神病理学的研究を行つているのであつて,この種の研究は,すでに19世紀末より,今日まで続いてきたといえる。ただ今日では,メスカリンよりアドレノクロームに至る,種々の幻覚誘発物質の生化学的研究が進み,とくにその分子構造内にインドール核をもつHalluzinogen(D-リゼルグ酸ジェチルアミドすなわちLSD-25,ハルミンあるいはブフォテニンなど)が注目され,実験精神病研究に拍車をかけた。なかでも部分合成された麦角製剤であるLSD-25は,極めて微量(体重1kgにつぎ0.5〜1γ,すなわちメスカリンの約1/1000)で精神障害を惹起しtrace substanceとしてmodel psychosisの生化学的解明,また精神病理学的分析,および治療的応用などに,多大の便宜を与えている。
 LSD-25は1943年BaselのHoffmannが麦角アルカロイド研究中,眩暈を伴う不穏感と共に,活発な幻想のある酩酊状態に襲われたことから,偶然発見された。その後1947年Stollがその精神症状を始めて系統的に記載した。すなわち知覚の障害,思考過程の障害,気分の変動を伴う意識変容(乃至夢幻)状態などが,現象学的に記載され,さらに種々なる植物神経症状をも伴うことが認められ,LSD酩酊現象は,非特異的な急性外因反応型に属するものと考えられた。Condrau(1949)は精神病者におけるLSD酩酊現象を観察し,Stollの知見を補い,続いてBeckerは感情-衝動領域および志向領域の障害をLSD精神障害の基本的なものとして,その症状を躁-多動的および抑制-離人症的の二型に分けた。われわれも50例(対照例15例,神経症24例,分裂症11例)における70回の実験精神障害(LSD投与量50〜175γ)において,以上の諸家とほぼ同様な現象を精神病理学的に考察した。ただその状態像は,われわれが先に内因性の間脳症に観察しえた症状と類似する点が多い。すなわちその成立要因としては,やや図式的にいうと,心的エネルギーの動揺,気分状態に規定された意識変容の様態等の要因に加えて,とくにこの心理的エネルギーの動揺が,「心的緊張力」の低下となつて現われ,その結果,時には,自我障害を中心とした,豊富な精神症状を出現せしめることもあり,LSD酩酊現象も,急性間脳症と類似の現象様態を呈すると考えられた。事実,LSD酩酊状態では,幻覚症,躁的あるいは抑うつ的気分状態,二重見当識を伴つた人格意識の障害,その他種々なる間脳-脳下垂体症状を中心とする植物神経症状の合併などがある。これらの諸事実よりわれわれと同じくStaehelinも急性間脳症と考えたが,Condrauもまたアテトーゼ様運動の出た例を観察して,LSD酩酊には間脳が関与していると指摘した。次に,LSD症状が典型的且つ強烈に現われた対照例A. S(男子28才)のLSD酩酊の状態を記載してみよう(LSD服用量75γ)。

LSD-25による体験—とくに絵画制作を中心として

著者: 徳田良仁

ページ範囲:P.181 - P.192

 以上自家実験と,正常健康な職業画家のLSD-25による症状・行動の変化と絵画制作を通じて,つぎの2,3の点を指摘したい。
 1)LS1}25の中毒の症状は多彩であるにもかかわらず,同一人の代表的な状態像の変化は反覆実験に際しても,ほぼ類似の状態像の経過を示すと思われる。
 2)知覚変化,情動変化に伴う状態像の変化と絵画的表現の変化(描画上の特徴性)とはかなりの平行関係を示し,絵画上から逆1こ状態像を把握する資料を得たと思われる。

LSDの身体図式に対する影響

著者: 黒丸正四郎 ,   岡田幸夫 ,   笠原嘉

ページ範囲:P.195 - P.199

1.序
 衆知のごとく,Lysergsäure-diäthylamid(LSDと略記)は種々なる異常体験を惹起せしむるので,最近ではもつぱら実験精神病の研究に用いられるようになつた。ところが,本剤を服用した時の体験をくわしくみると,対象意識の変化に先立つて,まず自己身体に関する身体意識の変容が体験されるのが常である。われわれはこの点に着目し,本剤の少量(25γ〜50γ)を用いて,まず身体意識の変化がどのように起るかを調べようとした。
 そもそも自己身体に関する意識の根底には脳病理学的にいうところの身体図式(Körper-Schema)が存在する。この概念はすでにHead,L'hermitte,Van Bogaert,Conrad,P. Schilder,らによつてAutotopagnosie,Apraktognosie,Anosognosie,Gerstmannsche Syndrom,などの解明に導入せられ,実り多き成果をあげてきたのであるが,われわれは前に大橋14)と共に主張したごとく,身体図式というものを「身体の空間像が意識にのぼる限り,それは身体意識または身体心像††というべきで,意識の背後にあつてかかる身体心像を成立せしむる働らきそのものを身体図式と呼ぶ」ことにしている。つまり,身体の空間的定位は決して末梢の諸刺激が中枢に投射されて構成されるといつたモザイック的なものではなくて,個々の感覚的要素に先行する全体的構位が問題なのであり,P. Schilder17))もいうごとく,かかる構位としての身体図式こそ身体意識ひいては自我意識の基盤であるといつてよい。かくのごとくであるから,LSDが身体意識の変化をもたらすものならば,それは当然,身体図式の変容をも惹起しているにちがいない。このような意味からわれわれは身体図式の変容が最も特徴的かつ奇異に表現されていると思われる幻影肢を選び,これに対するLSDの影響を検討してみることにしたのである。

紹介

—L. Binswanger 著—精神分裂病(Schizophrenie)〔第2回〕

著者: 東京医科歯科大学神経科教室精神病理学グループ

ページ範囲:P.200 - P.204

症例エレン・ウエスト
 この症例は『精神分裂病』では「第二の研究」として収められているが,雑誌に発表されたのは1944年から1945年にかけてで,それゆえ5つの症例のなかでは最初に手がけられたものらしい。そのためか,ここでは,現存在分析の基本的な要請がかなりわかりやすく語られていて,その点でもこの症例分析からは得るところが少なくない。つぎにこれを簡単に要約してみよう。

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ハンス・グルーレを悼む

著者: 霜山徳爾

ページ範囲:P.205 - P.205

 西独ポン大学教授ハンス・グルーレは昨年の秋にその生涯を終えた。ドイツ精神医学のすぐれた老世代の中から一つの名前が消え去つたわけである。昨年の暮,未亡人から思いがけない計報を受けとつた時に,私は嘗つて彼のもとですごした2年間余のボン大学での生活を懐しく想いおこさざるを得なかつた。回想のグルーレは,老令にもかかわらず,教室に急ぎ足で入つてくるやいなや,目のさめるような見事な早口の講義を始める生き生きとした小柄な姿である。ドイツには老教授で,洗練された,殆ど芸術的な,といつてよいほどの格調ある講義をする人がよくあるが,グルーレもその1人で,語るどの一語もよく選ばれているという感じであつた。臨床講義でも患者の症状を記述する時の表現の適確さ,語感の繊細さも驚くべきもので,私は一度でもよいからこんな講義をしてみたいものだとよく思つたものだつた。私が彼から学んだことは,いくつになつても衰えない学問的関心の旺盛さということや,いかに広い人文的教養が精神医学に必要かということと共に,真実を真実とし,不明なことをいさぎよく不明とする厳しい批判的態度であつた。それは殆どドライな彼の簡潔な文章にも現われているし,またゼミナールのときなどに最も明らかになるのであつて,彼は1つ1つの概念規定を実に綿密にやらないと気がすまないのであつた。例えば,いいかげんな意味で「コンプレックス」という言葉をつかつた医局員を,彼は徹底的に追及するのであつた。そんな時の彼は鋭く皮肉であつたが,それ以外では暖いユーモアにみちた,親切な人間であつた。若い後進を愛し,よく面倒をみていた。私はしばしば彼の家庭に招かれたが,彼は遠い東方の客を,彼がたおむれに「内陣」(サンクトアーリウム)とよんでいた彼の広い書斎に招じて厚くもてなしてくれた。そこには壁面を床から天井まで埋める何万冊もの蔵書と,アフリカ土人のつくつた彫刻や,ある分裂病者の描いた「いくら見ても見飽きない」と彼のいう大きな絵や,古代の陶器などが置いてあつた。シレジア地方で生れてから今日までの彼の生活史の中で彼が好んで語るのは,マックス・ウェーバーやヤスパースなどと活躍したハイデルベルク時代のことであつた。なかでもマックス・ウェーバーには,彼が学問的態度乃至方法論を学んだ人として高い尊敬を払つていた。ウェーバーが書きものをする時は,しばしば発想が次々と湧いてくるので,いくら速く書いても手の方がまにあわなかつたといつたようなウェーバーのアネクドートを多くきかされ,またヤスパースやグルーレ自身の当時のエネルギッシュな勉強の様子をきかされると,いわゆるハイデルベルク学派を生みだした当時の調子の高い学的雰囲気がよく伺えるのであつた。ナチスの時代になると,彼は批判的であつたために迫害されたが,ヤスパースのように亡命せず国内にとどまつた。グルーレには,周知のように多くの専門領域での著作や論文があるが,その他に歴史記述の心理学や,案外知られていないものでは,「ポルトレート」というフィジオグノミー研究の好著もある。最近は古代ギリシアのディオニソス秘儀における宗教的陶酔状態とか,ギリシア劇のマスクの変遷などを手がかりとしたフィジオグノミーの研究などにうちこんでいたようであつた。彼はクレッチユマーにも,実存分析にも,またアメリカの精神医学に対しても,極めて批判的ではあつたが,然し新しいものが生れてこなければならないこともよく知つていた。だがまた自分たちハイデルベルク学派の節度ある,控え目で厳しい科学的了解ということがいつの時代にも,科学としての精神医学のあり方に反省のよすがになると確信していたようだつた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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