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雑誌目次

雑誌文献

精神医学1巻5号

1959年05月発行

雑誌目次

展望

精神鑑定の理論と実際(1)

著者: 林暲

ページ範囲:P.289 - P.301

はじめに
 精神鑑定というものが,私たち精神医学の実地にたずさわるものに課せられることがしばしばであるのに,講義でこれについてまとまつた話を聞いたことはあまりなかつたし,普通の教科書では,この問題には,ほとんどふれていないことが多い。私にしてもそのむかし,三宅先生や,時に呉先生のお手伝いをしたのに始まつて,見よう見まねでやつてきたといわれても仕方のないところがある。多少この方面の本をよんだりするにつけても,日本の精神科医のために,多少まとまつた実際的な記述がほしいということは,常に感じていたしまた人からも書くことをすすめられていた。この雑誌の計画が具体化したとき,編集委員の仲間から,私にこういう課題を与えられ,やつてみるかという気になつたのも,年来いたずらに頭の中だけで考えていた計画を,一応軌道にのせるいとぐちになるかと思つたからである。しかし相かわらずそれが甚だ忽卒の仕事になつてしまつた。はじめは,50〜60枚くらいで,法律的の問題と,実際の鑑定に当つての一般的の問題,症例別の問題を扱う積りであつたが,書き出してみるとはじめの部分が長くなり,結局2回あるいはそれ以上に分けなければならぬことになつてしまつた。
 精神鑑定の関与する責任能力という問題は,法律家と私たちの互に協力して研究すべき問題であり,また実地の裁判の場合にも,法律家と精神科医とが,互にその各自の分野を守り,また互に他の立場や学問の内容をあるところまで理解することが必要である。こういう意味で,第一に精神科医のために必要な刑法学的の常識かと思うところをまとめてみようとした。教科書的の筋道をのべたものに過ぎないが,法律家に見てもらう暇がなかつたので,問題や,誤りをのこしたら,あとから機会を得て補正したい。全体に講義めいたものになつてしまつて恐縮であるが,何かのお役には立つと思うのでお許しを願いたい。
 私たちが法律的の理解をもつことも必要ながら,法律家の方で精神医学的の知識をもつていただくことも,Mezgerにまつまでもなく,甚だ必要と思う。第一に,責任能力についてまず疑問をもつ位置にあるのは法律家であり,そのためには一般的な常識的感覚だけで十分だとはいいかねるところもあるからである。東大では吉益教授が法学部で,犯罪生物学,犯罪心理学という立場で講義をしておられるが,司法精神医学の立場も必要である。ことに今日の制度で,判事,検事,弁護士の法律の実地にたずさわる人が,すべて経なければならない司法研修所で,せめて十数時間くらいの精神医学の講義と,また臨床講義のような意味で,ある鑑定例を中心としたDiskussionの時間などをもつことが必要なのではあるまいかと思う。法律家のこの方面の理解について,ある程度安心があると,鑑定書もどれだけ書きやすくなるかと思う。そもそも分裂病とは,というような一般的な説明は,原則的には必要はないともいえるのであるが,どうも書かざるを得ないこともある。また,私たちの診察,検診の方法,根拠についての理解もほしい。具体的な身体病と違うので,この理解の足らぬところから,思わぬ誤解や,不信をもたれることもある。
 人のことはともかくとして,今回ここで扱うのは主として刑事的の精神鑑定である。民事的の精神鑑定は数も少いし,責任能力の内容も異るところもあるので,今回はふれないことにする。責任能力の問題については,昭和25年の精神神経学会総会の宿題として内村教授が団藤教授とともに担当し,その時の講演内容と数例の鑑定例をまとめた本が出版されている。また最近,前満州医大教授田村幸雄博士が,法律論にも亘つて“責任無能力,および限定責任能力の概念について”という論文を精神経誌に発表した。しかし私たちの間でこの方面の論義は少いし,関心もあまり大きくないというのが実状であろう。精神鑑定が全国でおこなわれている数について今はつきりしたところを知らないが,決して少いものではない。それにたずさわる専門家の数が必ずしも十分とはいえないし,また鑑定を命ぜられている専門家の知識,経験が常に十分だといいかねるところもあろう。精神鑑定に対する不信がその辺から起らぬとも限らない。私たちとしても互にいましめ,助け合つて行かねばならぬところで,その辺に多少とも役に立ちたいというのが,この論文を書くに当つての念願である。
 この仕事については,私の同僚中田修博士の援助に負うところが少くない。同君がGruhleの“精神鑑定”の翻訳をはじめ,多数にこの方面の論文その他を翻訳,あるいは紹介をしていることは御承知の通りである。

研究と報告

いわゆる長寿村の老人のボケ

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.303 - P.309

 1954年に老人の精神障害についての統計的調査をおこなつたとき,わが国の精神科診療機関で取扱う老人患者の数が欧米に比べて非常に少ないことが注目をひいた。その際それに対していろいろの理由を考えたのであるが,その中で最も大きなものとして取り上げたのは,わが国では老人患者の多くが放置,または家庭で保護されているのであろうということであつた。したがつてわたくしに残された課題は,果してわが国では精神障害の老人が実社会に多く存在するかということを実際の調査によつて確めることであつた。ところが,この種の調査を実施した人ならよく分ることであるが,老人の調査はことのほかむずかしい。非常な時間と労力とを費して全体の20パーセントかせいぜい30パーセントぐらいしか調査できないのが普通である。しかも問題のある老人は調査できない残りの方に多い。であるから,このような一小部分の調査からえられた結果は老人の実態をとらえる目的には大して役に立たないことになる。それで老人ホームなどで調査しておよその見当を得るということになるが,老人ホームは,とくにわが国の老人ホームは,多分に精神病院的な性格をもつているので実社会にいる老人の実態を忠実には反映していない。このような事情で老人の精神的実態をとらえることは非常にむずかしいものになる。そして恐らくこのためであろう,社会にいる老人の精神医学的実態調査の報告は外国にもわが国にも非常に少ない。しかしこの種の調査はどうしても必要なことであるので,われわれはまず隠岐の島で実態調査を試みた。ところがこの調査は非常に好都合であつた。第1にはこの島の人々は平素医学的診療に恵まれないため,心よく調査に応じ,受診率が非常に高かつた。第2には小さな島に部落が纒まつて存在しているため調査もれが少なかつた。第3には老人が非常に多いため,多数の老人を比較的短い時間で調査することができた。
 われわれが今日までにおこなつた調査は都合3回,調査人員は60歳以上の老人977名で,それは,老人の総数1324名の73.8%にあたる。得られた結果には不備な点も少なくなく,またそのままを違つた社会環境にいる老人に適用することはできそうにないが,わが国の老人の実態を知るうえに多少の参考になるところはあるであろう。

電気けいれんに起因する記銘力障害についての研究

著者: 田椽修治 ,   大熊文男

ページ範囲:P.311 - P.317

 電気けいれんにともなう記銘力障害について,精神分裂病,神経症および躁うつ病群の計135名の患者に,対語による記銘力テストほか3テストを施行して得た176の資料をもとに検討し,次の結果を得た。
 1)既往に電気けいれん療法を受けて寛解状態にある患者の成績と,電気けいれん療法を受けたことのない同程度の寛解状態の患者の成績とを比較し,記銘力以外のテストの成績と未寛解群などの成績を参考として,電気けいれん療法終了後1〜2ヵ月以上後になお,無関係対語テストの成績上に認められるところの記銘力障害が,電気けいれんに起因するものであることを明らかにした。
 2)記銘力障害は,無関係対語テストにおける各回正答率および3回平均正答率の低下として認められるだけでなく,学習能力の低下というかたちでも認められた。
 3)記銘力障害と電気けいれんの回数との間には有意の相関関係を認め,ことに,電気けいれんの回数が20〜30回を越すと障害が顕著になるのを認めた。
 4)個々の症例の検大討を避け,統計的方法を用・いたわれわれの研究では,記銘力障害の持続期間について明らかにすることができなかつたが,治療の1〜2ヵ月後になお認められる記銘力障害は,少なくとも治療後1〜2年の期間内では著明な回復傾向が認められなかつた。

耳介通電けいれん重積法施行にともなう脳波像の変化

著者: 小島真 ,   石田元男 ,   田中穂積 ,   町村俊郎 ,   逸見光昭 ,   清野昌一

ページ範囲:P.319 - P.323

 耳介通電けいれん重積法は,前頭通電により週に2〜3回宛,数週間おこなう在来のけいれん治療とちがい,両耳孔に径7cmの円盤形電導子を圧着して,毎日1〜数回宛,数〜10数日間ほどこし,1日に2回以上通電するとぎには,けいれん発作終了の数〜10数分後に重ねておこなうものでこの方法によれば,1)通電量が不十分でけいれん発作がおこらなくても,1〜2分間意識が消失し,前頭通電にみられる電撃様不快感を患者に与えない。2)電導子接着面が大きいため皮膚に火傷をつくりがたい。3)両手操作で,頭部を左右からはさむため,電導子が患者にみえず,しつかり接着できる。4)治療前後についての健忘が前頭通電にくらべて,より完全である。5)したがつて患者が治療を拒むことがほとんどない。6)脊椎骨折をおこすことが前頭通電にくらべてぎわめて少い。7)前頭通電を多数回ほどこすとあとでけいれん発作があらわれやすいが1),この方法ではそういうことがない。8)治療期間をいちじるしく短縮できるなどの利点がある。
 この方法で治療すると,一時的に電気ぼけあるいはけいれんぼけと呼ぶ特殊な症状群があらわれて,分裂病やうつ病の症状はみとめられなくなり,寛解に赴かぬとこの症状群の消退につれてまたもとの症状があらわれてくる。この症状群については富永5)が記載し,ついで西谷3)も通電条件の明細にふれずにこの状態を報告している。われわれもこれまで,この方法によりひきおこされる状態を検討し発表してきた6)7)

うつ病Hämatoporphyrin療法

著者: 詫摩武元

ページ範囲:P.325 - P.335

Ⅰ.緒言
 うつ病の治療について云々する前に,まず「うつ病とは何か」と考えなければならない。というのは,実際われわれの毎日の臨床で,うつ病患者のいわゆる精神療法として最も必要なことは,「どうしてこんなに元気のない,悲観ばかりしている自分になつたのだろう」と,その人それぞれの性格なり立場なりに,憶断し穿さくしている患者に,場合に応じて「病気の性質」をあるいは大ざつばに,あるいは詳しく説明してあげることであると思われるからである。ところが私自身このような大きな問題を秩序立てて述べるだけの力量もなし,またここに諸先輩の御意見を詳しく引用する余裕もないので,最小限に限つて要点を列記してみることにする。
 1)世に4大精神病として,精神分裂病,躁うつ病,てんかん,進行麻痺とあげる慣わしにしている人もあるが,躁うつ病はGemütskrankheit,分裂病はGeisteskrankheit(=精神病,Verruckt-heit)とJaspers1)も述べているから,うつ病は精神病に非ざる「プシコーゼ」としておくべきである。

Iminodibenzyl誘導体(Tofranil=G 22355)による抑うつ状態の治療について

著者: 三浦岱栄 ,   伊藤斉 ,   佐藤桄平 ,   鹿野達夫 ,   成田洋夫 ,   中原幹雄 ,   開沢茂雄 ,   中村希明 ,   大塚俊男 ,   里和宏 ,   徳永純三郎 ,   原洋二 ,   三浦貞則 ,   曽根良彦 ,   三浦勇

ページ範囲:P.336 - P.346

Ⅰ.緒言
 近年種々の原因による抑うつ状態のために精神科を訪れる患者の数は非常に多いことをわれわれは日々体験しているが,これは本邦に限らず欧米においても第二次世界大戦以後の10年間に著しい増加が報告されている。(Kielholz,1) Staehelin2))Kielholzは反応性うつ病や神経症による抑うつ状態のみならず内因性うつ病や退行期うつ病の患者もまた増加していると報告している。
 一方,戦後精神科領域において新しい薬物療法の途が開拓されるに至つた。

γアミノ酪酸の臨床的応用,特に精神薄弱における臨床実験

著者: 倉田みどり

ページ範囲:P.347 - P.351

 グルタミン酸の中枢神経系に対する作用およびその臨床的応用については,Weil-Malherbe,Schwöbel,Zimmermannその他すでに極めて多くの研究が発表されている。グルタミン酸の脱炭酸によつて生ずるγアミノ酪酸については,Awapara,Roberts & Frankelにより,グルタミン酸脱炭酸酵素およびtransaminase系との関連において研究せられ,中枢神経組織ことに灰白質内に多量に存在することが確かめられた。最近本物質の生理学的研究により,筆尖部における中枢性血圧下降作用,利尿作用などが明らかにせられ,臨床的にも肝性昏睡に対する覚醒作用,癲癇および疲労に対する作用などが研究せられている。
 グルタミン酸の精神薄弱の知能,精神運動,身体発育に対する作用がしばしば論ぜられていることに関連し,私はγアミノ酪酸の各種精神薄弱に対する精神的身体的影響を調査しその臨床的応用の可能性を検討するために次の実験を行なつた。

精神分裂病患者の絵画についての一考察

著者: 徳田良仁 ,   栗原雅直

ページ範囲:P.352 - P.360

I.まえがき
 精神分裂病患者の絵画がシュールレアリスム,表現主義,抽象主義的絵画に類似していることは古くから指摘されている。しかし注意しなければならないことは多くの場合欠陥固定状態の患者が描いたものについて検討されていて,ただ表面的な類似性のみが強調されている傾向が多い。精神病あるいはそれに類似した異常な状態のある時期には表現力,あるいは創作力のかなり増大する時期があるので,疾病過程によつて絵画の様式(Stil)がかなり変化する点をも考慮する必要がある。Schottky1)は精神病の経過によつて,構造や色彩が変化し,その疾病の消退とともにまたもとの様式にもどつた点を指摘している。Meyer2)は精神分裂病の罹患によつて絵画が今までの自然描写から象徴的絵画に変化した例があるとのべ,疾病過程が様式変化をもたらしたが,その影響は単に罹患中における一過性のものであつたといつているが,当然これらのことは想定しうることである。
 ここでわれわれは種々の観点からも興味ある一分裂病患者の症例をあげ,その患者の絵画が症状にどのように関連し,どのような意義をもつかについて考察したいと思う。

晩発した若年性進行麻痺の1例

著者: 山下文雄 ,   李煕珠

ページ範囲:P.361 - P.363

Ⅰ.緒言
 若年性進行麻痺の臨床例については,古くから知られている。特にCloustonが1877年初めて,その症状を記載して以来,Alzheimer,Schmidt-Kraepelin,Laforaらにより精細に検討され,その臨床および剖検所見が,通常の進行麻痺と異ることが明らかになつている。
 Klienebergerの唱える如く,先天梅毒の上に発する進行麻痺は発病年齢の如何を問わず,若年性進行麻痺であるが,その発病年齢はKlieneberger,Trapet,Sckob,Myer,内村らの集計によれば,8歳より20歳に多く,就中,後天性進行麻痺の潜伏期間に対応して,14歳より16歳に最も多く認められる。

動き

精神疾患治療の動き

著者: 松本胖

ページ範囲:P.364 - P.365

 TNT火薬が原爆となり,更には水爆にまで発展して強大なエネルギーを示したり,原子力の利用による発電が実現したり,人工衛星が打ち上げられたり,われわれが以前には想像もしなかつた新しい事態が次から次へとあらわれてきて,そのために世界の情勢も大きく変化し,人間のあり方も考え方も変えざるを得なくなつてきた。これらは,すべて科学の進歩に基くもので,その進歩の急速で偉大なことは,まことに驚くばかりである。
 医学の分野においても同様のことがいえるのではあるまいか。ペニシリンやストレプトマイシンの発見以来,次々と新しい抗生物質が登場し,使用された結果,細菌性疾患による死亡数は著しい減少を示し,そのために,疾患別死亡順位に大きな変革をきたすと共に,平均年齢の向上にも重要な役割を演じている。更には,麻酔学の進歩と相俟つて,従来は不可能と考えられていた手術も可能となり,不治とされていた疾患にも大きな希望がもてるようになつてきた。このような医学の進歩は,人類に生命の重要性と貴重さとを強く再認識させるであろうと考えられる。

紹介

—L. Binswanger 著—精神分裂病(Schizophrenie)〔第4回〕

著者: 東京医科歯科大学神経科教室精神病理学グループ

ページ範囲:P.368 - P.372

症例ローラ・フォス
 この例は資料が不十分なため純生活史的にはあまり透明でないが,第一に強迫様の像がながく続いた点で前の3例と類似し,他方で著明な関係妄想と迫害妄想が続発した点で異なるので,この両者の連続関係を検討するために第4の研究としてとりあげた。

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大脳半球優位の問題

著者: 三浦岱栄

ページ範囲:P.317 - P.317

 本誌の第1号で大橋博司・斎藤正巳の両氏は「左利患者における大脳半球優位の問題」と題し興味ある論文を寄せられたことは読者の記憶に新しいところであろう。近着のLéncéphaleに(1958,No. 6)Jean Lhermitte先生がLe problime de la latéralisation et de la dominance hémispheriqueというrevue critiqueを書いておられるので,早速目を通してみたが,結論は大体Conradなどの見解と大差なく特別に目新しいものではないとしても,先生の御年齢を考えるとき(82,3歳)その衰えを見せぬ知的活動にただ頭がさがるだけである。先生は以前から博識で鳴りひびいていたが,この論文も動物の右利・左利を論じたり,音楽家(楽器による左右両手の重要性の差を顧慮して)・画家の例を引用したりして,その健脳ぶりはまさに一つの驚異である。それだけではない。右の脳半球は左のそれに比し,より器械的な活動に適しており,この意味ではよりサイバネチカルであると表現されるなど,若い者もたじたじである。そして最後にはRobert Wiener(サイバネチックの創始者)の文章を引用し,人間の将来に対するその悲観的な見解に反対して,より楽観的な態度を堅持しておられる。
 話は変るが,昨年6月パリで開かれた第28回国際神経病学会は,「小脳」をテーマとして選んだが,90歳になられたAndré-Thomas先生が各宿題報告者のあとで討論(discussion des rapports)を買つて出られたことは,これまた世紀の驚異の一つに数えてよいのではなかろうか。詳細はRevue neurologiqueのTome 98(1958),No. 6に出ている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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