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雑誌目次

論文

精神医学10巻3号

1968年03月発行

雑誌目次

特別寄稿

精神医学における臨床と遺伝—非定型精神病の問題を中心にして

著者: 満田久敏

ページ範囲:P.185 - P.190

 本稿は昭和42年12月16日,大阪精神医会の第3回総会において,「精神科の臨床の今昔」という演題で講演したものに,多少筆を加えたものである。
 プログラムには会長講演ということになつていますが,私がこれから申しあげることは,いわゆるpresidential addressというような格調の高い話ではむろんありません。また幹事の方からのご注文で,とりあえず「精神科の臨床の今昔」という演題を出しておきましたが,ひとりの精神科医のAutobiographie――Pathographieとお考えになつても結構です―のようなかたちで,私自身がこんにちまで臨床と遺伝の両面から,主として「非定型精神病」の問題について多少研究し,また経験したことを中心に話してみようと考えています。

研究と報告

分裂病および神経症の患者とその両親の同胞順位

著者: 井村恒郎 ,   野上芳美 ,   山口隆 ,   萩原信義 ,   矢野鎮夫 ,   小林継夫 ,   石川隆子 ,   伊藤健美 ,   仲曽根泰昭

ページ範囲:P.191 - P.195

 著者らは当科受診の分裂病970例,神経症1,378例について患者の同胞順位を調査し,さらに一部の資料については両親のそれをも調査し,以下の結果を得た。
 (1)患者の同胞順位に関しては,分裂病女子患者は同性順位のうえで末女が多く,また分裂病男子患者は神経症の男子および女子患者と同じく,同胞数の多少により長男・長女と末男・末女の比率が逆転するという前回の報告と同様の成績が確認された。
 (2)両親の同胞順位に関しては,多数同胞例の場合にかぎるが,分裂病女子患者の父親に長男が多く,神経症男子患者の両親には長男と長女がそれぞれ多い。この傾向は推計学的に高度に有意である。
 (3)以上の所見は,両疾患においてその機制が相異なるにせよ,病因としての家族内力動の歪みが同胞順位という側面から観察されたものであることを指摘した。

人院患者の自己の退院に対する態度(第2報)—精神病院風土との関連の心理学的分析

著者: 柴原堯 ,   井口芳雄 ,   松田和之

ページ範囲:P.197 - P.203

 (1)精神病院に入院している精神疾患者について,短期間の入院生活により容易に寛解に達し退院する急性精神疾患者と,長期間にわたる入院生活を経過した後に社会寛解に達し退院する慢性精神分裂病者のそれぞれについて退院時における社会復帰に対する態度を比較し,そこに特異な差異を認めた。その差異のもつとも大きくまた本質的なものは自己評価の混乱として要約しうる。
 (2)この社会復帰にさいする自己評価の混乱は,急性精神疾患者においてはほとんど発生しないが,慢性精神疾患者の社会復帰にさいしては必ず発生し,それは病前よりも心理学的により低次,単純な社会生活への復帰の様相,就職状況として表出されている。
 (3)慢性精神疾患者における自己評価の低下は一方において長期間の入院生活によつて生じた病院ホスピタリズム,生々とした現実に密着した共同体験的共同生活の不在にもとづく患者の内面的生活の単調化,低格化やあるいは病的過程にもとづく人格欠損による認識の不十分にもとつくが,これらの要因よりもさらに重要な要因として,精神病院をとりまく心理学的障壁としての種々の社会規範が最終的には大きな作用をおよぼしていることが認められ,患者はこれらの社会的問題を解決するにあたつて安易な方法を選び,これが自己評価の混乱,低下として表現されている。この様相を力動的位相心理学的立場から分析,考察した。
 (4)精神病院における臨床研究は,精神病院に長期間入院している慢性精神疾患者の精神病理学的研究のうえに,これらの患者の社会復帰を妨げている種々の要因の研究がなされなければならず,このためには今後社会文化学的,社会心理学的連関をもつ臨床病院精神医学の発展が望まれる。

Methaqualone(Hyminal)嗜癖の5例について

著者: 根岸達夫

ページ範囲:P.204 - P.208

Ⅰ.緒言
 最近,これまで睡眠薬の主流をなしていたバルビツール酸系誘導体にとつて代わり,より効果的であり,かつ習慣性および毒性のより乏しいものとして非バルビツール酸系睡眠薬が開発され,広く一般にもちいられるようになつた。Methaqualone(Hyrninal)もそのなかの一つであり,Gujral, M. L.3)ら(1955年)により,抗マラリヤ薬研究の過程中に,催眠作用,抗けいれん作用を有することが,みいだされたものである。ついで,Boissier, J. R.1)ら(1958年)によつてその効果が確認される一方,Ravina, A.7)(1959年)によつて臨床的にも有効なことが報告された。その後1961年ごろより,わが国においても市販されるようになつたが,1962年ごろからは,ティーンエイジャーのあいだで集団的に乱用され,いわゆる「睡眠薬遊び」の流行の発端をつくつたことは周知の事実となつている。

分裂病症状を伴う遺伝性筋萎縮性側索硬化症の1例

著者: 宮尾三郎 ,   松沢富男 ,   小倉正己

ページ範囲:P.209 - P.212

I.はじめに
 球麻痺症状に伴う強迫泣や強迫笑は古くから知られているが,一般に,筋萎縮性側索硬化症(以下ALSと略す)に伴う他の精神症状はまれである。病理解剖学的に,ALSは脳皮質から筋肉にいたる全運動経路の系統的変性疾患であり,運動性脳皮質におけるBetz巨大細胞の萎縮,消失および他の神経細胞の脱落とグリア細胞の増殖が特徴的である。しかし,ときには病変が運動領域にのみとどまらず,皮質では前頭葉あるいは皮質の広範囲な退行性変化,さらに皮質下神経核にも退行性変化が認められる場合もある。このことはALSに精神症状が伴うような症例もありうることを暗示している。
 最近,われわれは分裂病および躁病症状を伴う遺伝性ALSの1例を経験する機会を得たので報告する。

入院中の分裂病者の自殺(第1報)—自殺既遂について

著者: 稲地聖一

ページ範囲:P.213 - P.217

Ⅰ.まえがき
 自殺の定義については種々の議論があるが,大原1)は,自らの生命を絶つ行為を総括して広義の自殺行為とよび,それをさらに純粋自殺と偽似自殺とに分け,精神病による自殺行為を後者にいれている。これに対して梶谷2)は,精神病者の自殺のなかにも清明な意識,希死念慮および死の見通しのそれぞれがそなわつている場合があり,精神病者の自殺を単に偽似自殺として見逃がすべきでないと主張している。
 従来精神病者の自殺の動機は不明な場合が多いといわれている。しかし近年になつて精神病者の自殺を心理的に解明すべくこころみられるようになつた。たとえば柴原3)は,自殺企図を示した急性精神病者を分析し,「その人格構造が幼少期より培われた劣等感に満ち,敏感,小心,内向的で,権威的存在への依存的な面により支えられている場合には,その攻撃性は自己完化への熱意として発現し,なんらかの原因で依存対象が喪失した場合には,この内面的両極性は不安定性を露呈し,攻撃性は正常の目的から遊離し内向して,自殺企図として発現する」と述べている。梶谷は分裂病者の自殺を病識との関係において了解しようとし,「病識に照らされた人は生活史的矛盾を背負つたまま現実に正面から対決しようとする人であり,この勝ちめのない闘いが,自殺へと導かれていくのは当然といわねばならない」また「病識なき自殺は,精神病によつても救えない不安,つまり防衛の閾を越えた破局的事態があらかじめそこにあった」と述べ4),不安を理解の手がかりにして,その動機を論じている。またFairbank5)や山田6)らは,精神病者の自殺行為の動機として,絶望感を重視している。

精神分裂病の発病と自我同一性

著者: 阪本良男

ページ範囲:P.218 - P.223

Ⅰ.序論
 精神分裂病の発病に性愛的経験がからむことが多いということは,古くから知られているが,われわれも日常そのような症例に出会うことが少なくない。ここでは自我同一性という精神分析学の概念によつてこの問題に力動的考察を行ないたいと思う。Freud1)がかれの汎性論的な理論から精神分裂病を"対象愛を完全に放棄して,幼児のみがもつ自体性欲の状態にまで帰つたものである"と述べたり,また著明なSchreberの症例1)については同性愛リビドーの爆発,すなわちこのリビドー刺激に対する葛藤がかれの妄想症状をひき起こす原因になつたとみたことはよく知られている。このようなみかたはかならずしもすべての臨床医の賛同するところとはならなかつたが,それでもBleuler2),Rosen3),Katan4),らは精神分裂病患者においては性同一性の混乱,すなわち男(女)性としての自己についての不確実性を示すことが多いと指摘しており,とくにKatanなどのように精神分裂病は両性的葛藤により生じ,その両性的葛藤は結局,異性的要素を放棄する状態に導くとしている人もいる。またSullivan5)も精神分裂病発病の環境は性的衝動の未分離の要素をいかに昇華するかに関係し,その分離の失敗に遡ることができるとして,分裂病者の性の問題を重視している。
 自我心理学の発展に伴い,精神分析に社会的見地を導入したErikson6)は自我同一性の感覚The sense of ego identityなる概念を提出して自我のもつ特殊な状態を説明し,精神分裂病発病の危機について説明した。またSearles7)は精神分裂病に関して,もし注意深く性的要素を,その患者の生活史のいろいろの面においてみると,性的要因がいかに重要な要素になつていることがあるかがわかるとしている。

Defektonの臨床適応に関する批判的論考—いわゆる「分裂病欠陥状態」の精神病理学的考察

著者: 木村敏 ,   山村靖

ページ範囲:P.229 - P.234

Ⅰ.緒言
 わが国で開発された最初の向精神薬Defektonについてはすでに多くの治験報告が見られるので,その薬理学的特徴をあらためて述べる必要はないと思う。木剤の臨床適応については,最初に本剤を紹介した諸家によつて分裂病欠陥状態ないし陳旧分裂病に対して特異的に奏効する旨の報告がなされ1),以後の諸報告1)もおおむねこの線に沿つた検討をこころみている。しかしある化学物質が分裂病,それも陳旧欠陥性病像に対して特異的に奏効するということは,分裂病の精神病理学に携つている者としては看過しえない重大問題であろう。
 著者2)は従来から,向精神薬の臨床的評価にさいしては単なる没主観的数量化を志す客観的自然科学的薬効判定は無意味であり,確固たる臨床精神病理学的疾病学的見解にもとづいた綜合的人間学的考察のみが,人間の病である精神病と人間である医師の行なう薬物療法との間の正しい関係をとらえうるものであることを主張してきたが,かかる観点からDefektonの臨床適応を考えてみると,その結論はかならずしも従来の諸報告とは一致しないことが判明した。そこで以下において本剤が「特異的」に奏効した数例の病歴を比較的詳細に記してその精神病理学的位置づけをこころみたいと思う。症例はいずれも著者らの勤務する水口病院の入院患者および京大精神科の外来患者である。病歴記載にあたつては,精神病理学的に重要な事項を主とし,既往症,遺伝歴,身体所見などに関して特記すべきもののない場合には記載を省略した。

資料

フランスにおける精神障害者の社会復帰に関する機構と処置

著者: 浅田成也

ページ範囲:P.235 - P.241

Ⅰ.はしがき
 精神障害者の社会復帰に関する見解やその処置について個々にとりあげた場合,日本のそれらと諸外国のそれらとにそれほど差があるとも思えない。しかしそういうための組織化機構だとか経済的あるいは法的裏づけということになると,日本の現状はかなり立遅れたものであるといわざるをえない。
 フランスにおける1960年以後の標題にかかわる組織化はめざましく,現状自体に学ぶべきものを多分にみいだせるが,ここではとくにそのような組織化が全国一斉に開始することができたその背景の問題こそ,もつとも参考にできることではないかと思量し,主にその歴史的側面を通じて検討し,現状についても二,三の紹介をしたいと思う。

イタリアにおける精神医学教育

著者: 福水保郎

ページ範囲:P.246 - P.253

Ⅰ.はしがき
 最近,わが国の医学会では,相当広い範囲にわたつて医学教育全般についての改革の問題が論議され,とくに大学卒業後の教育として専門医制度がとりあげられ,これに関して賛否両論のあるなかで,すでに一部の科では専門医ないし認定医制度として実施されたり,実施されようとしている。精神神経学会においても,すでに数年前から専門医制度が学会の一つの課題として討議がかさねられ,一部の大学や,病院では,一定のカリキュラムを組んで,専門医としての教育を行なつているとも聞いている。精神神経科は,他科に比して,戦後その範囲が急速に拡大し,分化したために,専門医の,いわゆる守備範囲をどのへんにおくかは他科以上にむずかしい問題かもしれない。しかし,それがむずかしいがゆえに,また拡大,分化したがゆえに,精神神経科医相互の疎通性を保持する意味においても,少なくとも臨床家としての必要欠くべからざる素養の範囲を定め,それを一定の課程に組んで教育する必要があるようにも思われる。
 筆者は1963年9月から約2年間イタリアに留学し,その間の約8カ月間,ローマ大学神経精神病学教室で臨床にたずさわり,短い期間ではあつたが,専門医コースの学生と行動をともにしたこともある。いま,このような時機にあつて,こうした経験を含めて,イタリアにおける精神医学教育について語ることは,今後のわが国の新しい精神医学教育の方針を定めるうえに多少とも参考になるのではないかと考え,これを一つの資料として,提供しようと考えたしだいである。以下,イタリアの精神医学教育に関して,専門医コースを中心に述べるが,その前後の教育制度および,教育に関する事柄で在伊当時感じたこともおりまぜて述べてみたい。

動き

地域精神医学会の発足

著者: 岡田靖雄

ページ範囲:P.255 - P.259

Ⅰ.地域精神医学会の設立まで
 "ここに地域精神医学会の設立を宣言します"という,菅又淳(東京都立精神衛生センター)とともに設立総会議事の議長をつとめた高木隆郎(京大)の声が響いたのは,1967年11月16日午後5時45分のことであつた。
 その設立趣旨書(1967年6月1日づけ)にも述べられているところであるが,近年における精神医療体系の整備,その制度化の一つの現われである1965年の精神衛生法改正,患者家族会の活動などによつて,病院外活動の比重がいちじるしく増してきているのである。だが,いままでの大学のクリニクや精神病院のなかで組み立てられてきた精神医学は,施設外に出ると暗室から白昼へ出た人のように行くべき方向をみさだめかねる。また,みずからみさだめた方向にあるきだそうとすると,行政上その他数多くの障壁にぶつかるのである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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