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雑誌目次

論文

精神医学10巻6号

1968年06月発行

雑誌目次

特別講演

地域精神医学会の歴史的役割—結核との斗いの反省より

著者: 川上武

ページ範囲:P.429 - P.435

Ⅰ.地域精神医学とは何か
 すでに精神医学という厳然たる医学体系が存在しているところに,あえて新たに地域精神医学が提唱されるには,その方法および当面の目標に独自のものを内包していなくてはならない。その存在意義も縦の系列で精神医学の一分枝と考えるか(たとえば内科学における循環器科,呼吸器科といつた位置),それと対応する存在として同じ次元で考えるか(たとえば内科学と疫学)によつて大きくちがつてくる。地域精神医学の登場・方法には,いわゆる専門化(細分化・精密化が中心)では把握できない,既存の精神医学的方法では越すことのできない医学的背景があるはずである。精神障害の本質の究明,精神障害者の医療を究極の目標とする点では,精神医学も地域精神医学もなんら異なるわけではないが,そこに到達する道として両者はかならずしも同じではなく.むしろちがつた道をとらざるをえない条件が精神医療の場に出現してきた事実に注目し,その事実をどの方向に発展させるかが地域精神医学の出現の意味であり,同時に今後の課題でもある。
 精神医学は精神病院を基礎に発展してきたために,その基盤のもつ限界が精神医学の内容を規定し,精神医療の進歩の方向をゆがめている側面のあるのを否定できない。過去からこんにちにいたるまで,厳密な意味では精神病院は少数の特定の病院をのぞいては病人のためというより,社会の秩序のために存在していたというも過言ではないであろう。

研究と報告

地域精神医学—アメリカにおける歴史的発展およびその概念について

著者: 小倉清

ページ範囲:P.436 - P.442

I.はじめに
 地域精神医学は精神医学のなかでも,もつとも新しい分野の1つであり,したがつて,それには種々の概念が試験的にとりあげられてきている。地域精神医学本来の性質として,その実践にあたり,技術的にはそれが実践される場である個々の地域社会独自の方向づけ,傾向,伝統,種々の施設の有用性などによつて多様性をもつものではあつても,基礎概念は共通して組織だてうるものであらねばならない。そこでこの文では地域精神医学はどのように概念づけられるものかについて考察してみたい。それにはしかし,地域精神医学が存在するようになつた以前にさかのぼつた歴史的考察が必要となる。

体感異常の研究

著者: 麻生和友 ,   秋本辰雄

ページ範囲:P.443 - P.447

Ⅰ.緒言
 精神分裂病患者の訴えるさまざまな表現のなかに,よく“内臓が腐る”,“脳みそが溶けてしまう”,“子宮をいたずらされる”など,身体感覚(cenesthetic sense)についての奇妙な内容がある。われわれはこのように特異な体感の訴えが身体像(body image)の障害と関連していると思う。Fenichel1)によれば精神分裂病における身体像の障害は,いろいろな心気的訴え,奇妙な身体機能の報告,自己の身体の離人感として分裂病の諸症状のなかに,きわめて普遍的に存在するものである。このような身体像の障害に伴つて,当然思考や情動にも変化が現われると考えられ,この点Schilder2)はとくに知覚(perception)を重視して,有機体を知覚,思考,情動をもつて統合される理論的本態として身体的および精神的側面から考察している。かれは,もし知覚がなければ,印象(impression)も表現(expression)も存在しないし,知覚のない思考や情動もありえない,同時に知覚のない行為や洞察も存在しないと述べている。この考えかたは.身体像の変化が思考や情動にもなんらかの影響を与えることを示していると思われる。
 われわれはこのような観点にたつて精神分裂病の諸症状のなかでとくに体感の訴えを,身体像の変容の結果としてとらえ,これに伴う分裂病性の諸観念を調査しようと考えた。そして本研究の目的を,精神分裂病と同時にそれとは少し異なつた身体像の障害をもつと思われるcenestopathieに対して,身体像の立場からとくに身体境界(body boundary)を検討することにおいた。

「半側痛覚失認」Hémiagnosie douloureuse(P. Marie)について

著者: 浜中淑彦

ページ範囲:P.449 - P.454

 右ききの右半球(側頭・頭頂・後頭葉)脳腫瘍患者において術後観察された,左半身の痛覚刺激に対する特異な反応を記載し,これがP. Marieらの「半側痛覚失認」hémiagnosie douloureuseと同一の現象であることを論じた。さらにこの現象は同時に観察された左片麻痺否認(Babinski型anosognosie),左半側身体部位認知障害などと関連しており,これらの症状群の一部分現象として十分説明しうることについて述べ,Hécaenらの主張するごとく「痛覚失認」Schmerzasymbolie(Schilder et al.)と同じ水準の障害としては理解しがたいことを指摘した。

てんかんの社会精神医学的研究(第2報)—社会の態度

著者: 加藤薗子 ,   西尾明 ,   田所靖男

ページ範囲:P.457 - P.463

 「てんかん」に対する社会の態度について,「てんかん」の周知度,社会の認識の実態,「てんかん患者および家族」に対する態度,さらに,社会の偏見の実態などを検討したのであるが,その結果,つぎのことが明らかになつた。
 (1)「てんかん」は,社会のなかの相当広汎に周知されている。
 (2)「てんかん」に対しては,極端にかたよつていると思われる考えかたは比較的少ないが,しかし,患者自身に対しては,否定的感情および警戒的・拒否的態度がかなり存在している。
 (3)程度の差はあれ,全体の8割近い人に,なんらかの偏見的考えかたがある。
 このような結果は,第1報で報告の家族の悩みをうらづけているものであり,現状では,やはり「てんかん」の社会生活には,かなり困難な問題が存在すると考えられる。
 しかし,一方では,患者や家族に同情的・好意的な感情もかなり存在しており,こうした共通感情は,地域社会のはたらきかけに対する受けいれの可能性を示していると考えられる。

自己像視の人間学的構造

著者: 石福恒雄

ページ範囲:P.465 - P.470

 以上著者は分裂病者における自己像視の動態を現象学的に考察し,そこに,1.被害的世界での上昇,2.Paradoxalな死,3.共人間的局面をそなえた,あるいは立場を得たすがたのなかでの上昇を経て,4.消退することを明らかにした。
 ところで,自分のすがたを見るという知覚のなかで,見られる自分は,見る自分と異なつてくる。いいかえれば,自分を見るという身体の運動のなかで,自己像は光学的な「ありのまま性」を失う。しかしそれにもかかわらず患者はこのすがたを自分のものと体験する。
 著者はこのような,そのときの自己とはへだたつた自分をわがものにしようとする身体の運動のなかに,自己像視の自己実現的運動をみいだし,これに人間学的考察を加えた。

精神分裂病の家族療法(その1)—患者の対象物関係の変化と治療過程について

著者: 阪本良男 ,   横山桂子

ページ範囲:P.471 - P.477

Ⅰ.緒言
 精神分裂病の病理およびその発病機制については多くの研究者により患者自身だけでなく,患者も含めた家族の面からも研究がなされるようになつてすでに久しい。とりわけ米国において1940年代には,研究の対象は精神分裂病を有する両親の人格特徴と社会的態度に向けられて,その成果は「schizophrenogenic mother」という標語に結集された。しかし周知のごとく過去10年間においては研究の方向は家族全体の問題となり,全家族を一つの単位として,家族の個々の人々の間の相互関係および感情交流のパターンにとくに研究の方向が向けられたのである。このような研究の発展と相まつて実際治療としての家族療法もまた,新たな研究の課題となりっつある。このなかで代表的なものはBateson1),Lidz2),Wynne3),Searles4),らの研究である。
 筆者は最近,こころみに発病より8年間たつた妄想型精神分裂病患者に7カ月間,計21回の家族精神療法を行ない,一応妄想の消失と社会適応性をみたので,患者がしだいに獲得していつた正常な方向への対象物関係の変化と現実吟味の力の改善を家族療法の推移と並行して考察してみたいと思う。

内観分析療法

著者: 石田六郎

ページ範囲:P.478 - P.484

I.はじめに
 さきに私は奈良県大和郡山市内観道場主吉本伊信氏の創案にかかる内観法を援用した短期(1週間)心理療法,内観分析療法を提唱したが1),その後追試をかさね本法が神経症や心身症,さらに悪癖の矯正に有効な療法であることを知つた。しかしながら,内観法が一定の精神的肉体的安定を必要とするところから1週間の内観に耐ええずして療法を中断するものも多く,本法を心理療法として広く適用するため原法になんらかの改善を加える必要性が痛感された。たまたま私はあわや内観中断かと思われた一患者に催眠法と自律訓練法とを併用することによつて内観を完遂せしめ,ふたたび1週間の治療によつてこの患者を10年来の入院生活から解放して社会復帰せしめることができた。この症例によつて内観と催眠との関係について多くを学んだ私は,さらに自律訓練法,催眠法,内観法の三法を合理的,能率的に組み合わせた組織的内観分析療法の体系を樹立し,これを各種の神経症や心身症に適用して,現在かなり満足すべき効果を得つつある。
 以下内観分析療法の原法,混用法,組織法の症例と技法とを記述し,本法に対する若干の考察を加えてみたい。

老年期脳波の比較的研究

著者: 森温理 ,   黒川英蔵 ,   小泉道義 ,   石川安息

ページ範囲:P.489 - P.495

 老年期疾患の脳波を年齢,脳血行,痴呆の3つの因子を中心にして比較考察し,その特徴を明らかにした。
 (1)対象は正常成人50例,対照老人50例,高血圧60例,脳動脈硬化60例,脳卒中60例,老人痴呆40例の計320例である。平均年齢は,正常成人をのぞくと56.9〜67.9歳である。
 (2)異常脳波は正常成人4%,対照老人14%,高血圧35%,脳動脈硬化50%,脳卒中63.3%,老人痴呆80%にみられた。
 (3)α波の周波数では正常成人には9〜11c/sのordineryαが圧倒的に多いが,高血圧以下の疾患群ではslowαが多くなり,波の振幅では,正常成人および対照老人には30〜50μVの中等度振幅のものが多いのに対し,他の群では,低ないし高振幅αを示すものが多い。つぎに徐波についてみると,正常成人ではわずかであるが,対照老人,高血圧では多少多く,脳動脈硬化,脳卒中では徐波の出現は著明となり,老人痴呆ではびまん性持続性徐波が飛躍的に多くなる。
 (4)おもな脳波パタンを総括すると,対照老人ではα波律動の不規則化,α波の汎発傾向,速波が,高血圧では高振幅,平坦化,速波,diffuseαなどが,脳動脈硬化ではdiffuseα,高振幅,平坦化,速波,徐波などが,脳卒中ではdiffuseα,徐波,非対称などが,老人痴呆では徐波,diffuseαなどが特徴的であつた。
 (5)自動周波数分析器による分析結果は肉眼的観察とほぼ一致するように思われた。

二重盲検プラセボ対照法によるoxazepam(ハイロング)の神経症への効果

著者: 佐藤倚男 ,   伊藤斉 ,   開沢茂雄 ,   高橋良 ,   栗原雅直

ページ範囲:P.496 - P.504

Ⅰ.序
 Oxazepamは下記の構造をもつ,いわゆるminor tranquilizerであつて,chlordiazepoxide,diazepam,nitrazepamについで日本では4番目に登場したbenzodiazepine誘導体である。
 LD50は経口投与ではマウスで10g/kg以上,ラットで8g/kg以上とされ,この量は人体臨床用量1日30〜90mgの数千倍以上となり,かなり急性毒性は低い。身体依存性が,他のbenzodiazepine系と同程度に存在するであろうことはかなりの確からしさで言えるが,催奇型性はないもようである。

資料

綜合病院精神科における児童臨床の現況と問題点—大阪赤十字病院精神科における最近6年間の経験

著者: 川端利彦

ページ範囲:P.505 - P.513

I.はじめに
 児童期は人間の生活のなかで大きな比重を占めるたいせつな時期である。児童期を単に成人への準備の時期としてではなく,それ自体のなかに意義をみいだそうとするこころみから,児童期の精神衛生,さらには児童期の精神障害に対する早期発見,早期治療の問題がクローズ・アップされてきた。
 しかし,わが国において,少なくとも系統的にこの問題が論じられはじめたのは戦後であり,児童に対する精神医学的配慮の歴史はごく浅いといわねばならない。しかも,その実践の大部分が,児童相談所を中心とした福祉的配慮への参加というかたちで始められており,現在でもなおその形態が主流を占めている。これに対して,大学病院を初めその他の公的医療機関において,児童精神医学のための独立した臨床の場はほとんど与えられていないのが現状である。

沖縄における精神科診療の体験

著者: 吉村正

ページ範囲:P.515 - P.519

Ⅰ.まえがき
 著者は昭和42年(1967)1月27日から同年4月末まで,総理府派遣医師として政府立琉球精神病院において精神科診療業務の援助をした。この病院には6病棟(男4女2)があつて,その一部である第3病棟の担当医として勤務した体験である。
 世界の先進国である欧米諸国に比べると,日本本土もまだ後進国といわれる。そしてこんにちなお祖国復帰の遅れている沖縄が日本本土よりあらゆる文化・経済・産業・教育・民生などの部門で立ち遅れているのは当然である。これを精神医学の立場から見るとき,本土の精神障害者に比べ,年齢的格差のあること,家族に戦死者の多いこと,全体的に家庭が貧困であること,その精神症状は多動・俳徊・暴力的などaggressivenessの傾向が強いこと,入院まで自宅檻置されたことなどの特徴が認められた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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