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雑誌目次

雑誌文献

精神医学10巻9号

1968年09月発行

雑誌目次

展望

精神障害と社会階層

著者: 大原健士郎 ,   安田三郎

ページ範囲:P.676 - P.690

Ⅰ.はしがき
 精神医学の領域に,本来からすれば社会学的な用語である社会階層ということばを導入するとき,いくつかの問題が提起される。まず,社会学的にみて社会階層とはなんであるか,果たして明確な区分が可能であるかどうかということである。この問題をとりあげる前に,社会階層はまつたく地域社会的な意義を持もつのであり,しかもたえず変動していることを考慮しておかねばならない。したがつて,学者のこのことばにくだす定義も各人各様であり,しかも外国における区分がそのまま日本で使用可能であるというほど単純なものでもない。当然のことながら,わが国においてはわが国独自の社会階層を設定することが要求されてくる。その意味から,この小論は社会学者と精神科医の共同執筆という異例の形をとることになつた。つぎに重要な課題は,社会階層は精神医学において問題たりうるかどうかということである。すなわち,社会階層は精神障害の病因として考えてよいかどうかという問題がある。つまり,低社会階層が原因となつてある種の精神障害の発呈をもたらしているのだろうか。あるいはまた逆に,精神障害の結果,社会不適応状態となり,精神障害者は二次的に低社会階層におちこんでゆくものであろうか。われわれの臨床経験によれば,各種疾患の有病率・治療効果・予後などが,それそれ社会階層によつていちじるしく差異を示すことが実証されている。しかし,これらの成績だけから,それが原因であるか,結果であるかを断定することは困難である。

研究と報告

一卵性双生児の1人に初発した集団ヒステリーについて

著者: 島薗安雄 ,   中村剛 ,   刑部侃 ,   岡部健一郎 ,   下出幸栄

ページ範囲:P.691 - P.698

Ⅰ.まえがき
 1964年春,高知県山間僻村の某中学校が行なつた修学旅行を契機として,生徒の間に全身の強直性けいれん発作が集団発生した。この発作はその後種々の機会に集団的あるいは散発的に起こる一方,つぎつぎと伝染する傾向を示した。このため地域住民の間では伝染性の奇病が発生したと考えられ,当時村全体が強い不安に包まれていたのである。
 われわれは1965年6月以来,この疾患について数回の調査と臨床的検索を行ない,それらが心因性の発作であることをすでに明らかにした9)

一卵性の双子の一方に現われた強迫神経症の1例

著者: 辻悟 ,   小林良成 ,   西岡志郎

ページ範囲:P.699 - P.704

Ⅰ.序論
 強迫神経症の病因に関しては従来より種々の立場から論じられているが,強迫神経症が特定の人格を基盤として発生することはBinder,Schneiderらにより指摘されてきた。そしてかかる特定の人格の成因を遺伝的dispositionに求めようとする立場と幼時の対人関係などの生活史背景を重要視し発達障害的に理解しようとする立場とがある。両者の関係を明らかにする1つの重要な研究法として双生児研究があることは従来から知られている。すでにLange,Le Gras,Kranz,Robertはそれぞれ1組の一卵性の双生児の強迫神経症の一致例を報告しており,わが国では井上,飯田,田島が一致例を報告している。文献的にみれば,一卵性双生児に一致度が高く,二卵性では一致例の報告を見ない。この事実は強迫神経症の病因が主として遺伝による可能性を示唆しているといえるが,これよりただちに遺伝を云々することは困難である。なぜなら与えられた環境状況下における自己形成過程の複雑な問題も考慮されなければならない。われわれは一卵性双生児の一方のみ強迫症状を呈した症例を経験した。一致例の分析もさることながら,かかる不一致例の分析が強迫神経症の病因解明に役立つと考えられるので報告する。

精神分裂病の家族精神療法(その2)—家族抵抗とその治療的意義について

著者: 阪本良男 ,   横山桂子

ページ範囲:P.705 - P.709

I.はじめに
 われわれは精神分裂病患者に家族精神療法を行ない,すでにその経過および意義について述べたが9),今回はその家族精神療法の経過を通じてみられた二,三の重要な問題について論じたい。精神分裂病患者の治療にさいして,しばしば諸家の指摘するように,家族のほうが患者より種々の洞察を得にくいことのあることをわれわれも経験した。この事実に関する見解はいくつかあるが,われわれは精神分裂病患者の家族の側に患者の病像の好転を妨げる要因が存在するという仮説をたて,これを精神分析の「抵抗」なる概念を適用して「家族抵抗」と名づけるとともに,症例をあげその病床的意義について論じたいと思う。このことは,すなわち家族精神療法の経験から「個人精神分析が抵抗分析である」といわれるのと同じく「家族精神療法は家族の抵抗分析である」と考えたからである。
 近年精神分裂病の研究において患者の家族内相互関係が一つの重要な問題であることがとくに注目を集めるようになり,いろいろの面から研究されつつあることは周知のとおりである。

精神分裂病者における唾液分泌反応の特異性—慢性分裂病者へのはたらきかけの基礎的検討

著者: 菱山珠夫 ,   越沼重雄

ページ範囲:P.711 - P.716

 梅干はすつぱいという周知の事実に対する唾液分泌反応を指標として,一連の実験場面を設定し,固有唾液量に対する各実験場面での唾液分泌量の変動をみることによつて,精神分裂病者の接触疎通性の異常,さらにはこのような患者へのはたらきかけのありかたを実験的に検討しようとこころみた。
 A)実験Ⅰ:
 比較的症状の安定した分裂病者を対象とし,①梅干はすつぱいという話を聞かせる。②梅干を眼前に呈示する。③検者が食べてみせる。④梅干を手に持たせて食べる態勢をとらせるなどの各場面での唾液量の変動を非分裂病者のそれと比較した。
 B)実験Ⅱ:
 陳旧性分裂病者を対象とし,検者,起居をともにする同病棟の仲間の患者のそれぞれが,食べてみせるさいの唾液分泌量を比較した。
 その結果,
 (1)分裂病者ではすつぱい話を聞かすだけでは唾液分泌は増進しない。唾液分泌を亢進することなく,すつぱい話をする者がいる。しかし梅干を人が食べるのを見たり,自分が食べる姿勢をとると,唾液分泌を促進する者が多い。
 (2)一見情意鈍麻のいちじるしい陳旧分裂病者でも,人が食べるのを見て,流す唾液の量においては,相手がなじみのうすい医師の場合と,起居をともにする同病棟の仲間の患者の場合とでは明らかな差違を示すものがいる。
 以上の結果に基づき,分裂病者の接触,はたらきかけにさいしての問題点について若干の私見を述べた。

Mitten-Patternについて

著者: 倉光正之 ,   柳井純一 ,   犬塚巽

ページ範囲:P.719 - P.724

Ⅰ.序言
 Gibbs & Gibbs5)6)によると,LeemhuisとStampsは1949年にパーキンソニズムの睡眠脳波において,一つの特殊波形が頻発することに気づき,それにmitten-patternと名付けて発表した。その後,この波形について二,三の報告があり1963年に,Gibbs & Gibbs5)6)は詳しい論文を発表した。かれらによると,mitten-patternは睡眠中に前頭領域を中心にして両側同期性に,moderately deep sleep stageに出現するものであり,この波形はslow spike and wave dischargeに似ており,律動的には繰り返されないという。わが国にも,mitten-patternについて二,三の簡単な紹介1)13)15)はあるが,その臨床的意味や発生機序にっいては,まだ不明な点が多いので,われわれはmitten-patternの臨床脳波学的研究を企てた。現在までに得られた結果を第1報として報告する。

幻影肢(Phantom third limb)を示した半側身体失認の1例

著者: 井上克己 ,   松岡正二 ,   秋本辰雄 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.729 - P.735

I.はじめに
 左半側身体図式障害についてはBabinski(1914)の病態失認(anosognosia)の提唱以来,種々の報告がなされた。片麻痺の否認については,Kramer(1915)によりallaesthesiaとの関係から,さらにPötzl(1924)により幻影肢との関係から記載がなされた。
 これとならんで,Head(1920)やSchilder(1923)によつて,身体図式(body schema)や身体像(body image)の概念が確立され,さらにその後Bender(1949)やDenny-Brown(1958)による知覚抗争やamorphosynthesisの考えかたも現われた。

集団歩行時の縦並びと横並び—精神病院における生活療法の行動学的検討

著者: 菱山珠夫 ,   越沼重雄

ページ範囲:P.737 - P.743

I.はじめに
 近年行動学的方法が,精神科領域にも導入されるようになつてきている。この意義については,臺4)がすでに総活的に論じているところである。この種の方法を精神病院の場面に適用した研究としては,深沢1)らの報告や,久住2)の報告などが挙げられる。また杉山3)は精神病院において日常行なわれている集団歩行時に形成される行列をHumanchromatograhpyと名付け,この観察を通じて,慢性分裂病者の行動特性を解析しようとこころみている。
 たしかに精神病院において日常見過ごしている入院患者の生活行動のなかには,治療者の観察態度ないしは観察方法いかんによつては,かれらの病態を探るうえでの貴重な情報を提供してくれる多くの要素が含まれている。それを見出し,客観化し,定式化していく努力が必要であろう。この努力は,単に精神病者の行動特性の解析という基礎的研究の意味とは別に,精神病院における生活療法,働きかけの検討,といつた臨床実践の面からも重要である。以上の観点から,慢性分裂病者を中心とする入院患者群が,看護者の看視,誘導もなく比較的自由な状況下で集団的に歩いているさいの行動を観察し,類似した状況下での高校生の行動と対比しつつ,とくに集団と個人,および各個人間の結びつきという面から検討を行なつた。

多彩な精神症状を呈した急性間歇性—ポルフィリン症の1例

著者: 藤森英之

ページ範囲:P.744 - P.749

I.はじめに
 Porphyrin症(ポ症)は,臨床的に皮膚症状,腹部症状,神経症状あるいは精神症状を呈し,生化学的にPorphyrin体(Uroporphyrin,Coproporphyrin)やその前駆物質であるPorphobilinogen(PBG)とδ-Aminolaevulic acid(δ-ALA)の生成および排泄増加をきたす一群の代謝疾患である。Gunther13)は,1911年,臨床的に初めてこの疾患に注目し,当時,これをacuta,acuta toxica,chronica,congenitaの4型に分類した。しかし,現在ではGunther以来の臨床的分類に代つて,Watsonらの分類25)(erythropoietic Porphyriaとhepatic Porphyria)が一般に用いられている。
 Erythropoietic Porphyriaは,赤血球の前段階である赤芽球にいちじるしい酵素欠損があり,この赤芽球の発育は,Porphyrin合成のさい,その先天性異常により障害される。したがつて,抵抗力の弱い赤血球が形成され,その寿命も短く,脾腫や溶血性貧血を起こす。このさい,異常なPorphyrin合成の結果として,赤芽球や赤血球に多量のUroporphyrin IとCoproporphyrin Iが含まれ,それらは血中に増加する。増加したPorphyrin体は,一方で尿中に排泄され(赤色尿),他方で皮膚露出部に水泡,色素沈着,潰瘍などを形成する。

新しい抗てんかん薬Benzylaniline-4,4′-disulfonamide(Benzanilamide)

著者: 金子仁郎 ,   谷向弘 ,   西村健 ,   乾正 ,   播口之朗 ,   山田悦秀 ,   山本順治 ,   藤木明

ページ範囲:P.751 - P.758

 教室の過去数年にわたる炭酸脱水酵素(CAH)阻害剤の研究中にみいだされたBenzanilamideは,脳CAHを強力に阻害し,基礎実験で精神運動発作と大発作を抑制する作用のあるらしいことが示された。急性毒性はきわめて低く,慢性毒性試験では薬用量の100倍以上を3〜4カ月投与した群に,感染に対する抵抗性の低下と,ネフローゼを思わせる所見を得たが,薬用量の20〜50倍量3〜4カ月連用群では各臓器に認むべき変化はなく,催奇型作用も認められなかつた。
 既存の種々の抗てんかん剤で3カ月以上治療されてもなお発作の頻発している「難治性」てんかん患者50名に,それまで投与されていた薬剤に付加して,木剤250mg/日ないし1,000mg/日(多数例では500〜750mg/日)を投与し,投与前の平均発作間隔の10倍以上の期間観察した結果,80%以上が著効,95%以上が有効と判定された。あらゆる発作型に有効であつたが,もつとも効果の期待できるのは精神運動発作であり,従来治療困難とされていた焦点性発作,ミオクローヌス発作,失立発作にも相当な効果をおさめた。副作用として重篤なものはなく,その発現頻度も低いが,臨床検査で腎機能低下を認めた症例があるので,腎障害あるいはその既往のある患者に対する使用は慎重でなければならない。血液像,血清電解質値,肝機能,尿所見などには,長期投与後もなんら異常はみられなかった。
 以上より,本剤は広い臨床適応スペクトルを有する抗てんかん剤として,他剤で治療しても十分な効果の得られない「難治性」てんかんに付加剤として効果の期待できる有用な薬剤であると思われる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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