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雑誌目次

論文

精神医学11巻2号

1969年02月発行

雑誌目次

展望

構造主義と精神医学—Lévi-Strauss,Lacan,Foucaultの思想とその影響

著者: 神谷美恵子

ページ範囲:P.81 - P.91

I.はじめに
 構造主義が現在ヨーロッパ文化の各方面に影響を及ぼしつつあることは周知の事実である。精神医学においても,すでに1950年代の終りごろから,とくにフランス,イタリー,スペインなどにそのきざしがあらわれ始め,近年その傾向はますますいちじるしい。この傾向は今後さらに強まるものと思われるが,現時点において,構造主義がどのような面で精神医学に関係があるのか,またすでにどのような影響が文献に現われているか―こうしたことをしらべて,考察してみたい。
 構造主義も論者によつて思想,方法,研究対象にいくぶん相違があるが,かれらに共通な点の一つはSaussure, F. de(1857-1913)によつて創始された言語学理論に,その発想を負うところである。ソシュールをはじめ,Martinet, A. やJakobson, R. の言語学上の諸概念を,そのまま他の文化現象にあてはめているので,初めに,その主なものを挙げておきたい。

研究と報告

一中年婦人の幻覚妄想状態—その力動的構造と疾病論的考察

著者: 木戸又三

ページ範囲:P.93 - P.98

 結婚後15年間夫に対する不信感を拭いきれなかつた36歳の主婦が,偶然芽生えたある神父への恋愛感情から葛藤状況におちいつたとき,その後2年間にわたつて分裂病像,うつ病像,関係妄想などいろいろな状態像の病相が継起した。これらの病像,経過は明瞭な幻聴,被影響体験あるいは抑うつ症状を示しながらも,定型的な内因性精神病のそれとは趣きを異にし,その発生も無力性素質と心的体験を考慮すればかなり了解可能である。疾病学的考察の結果,分裂病的状態については心的緊張の低下した状態を基盤に,ヒステリー性機制が関与して成立した情動精神病が,うつ状態,関係妄想状態についてはそれぞれ反応性うつ病,敏感関係妄想が考えられた。

刑法改正に関する私の意見 第2篇 不定期刑を中心として(その3)—前科・累犯・常習累犯の統計的考察

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.99 - P.104

I.はじめに
 近年,わが国では犯罪に関する統計資料が充実しつつある。以前は,警察庁の犯罪統計書のように生の犯罪統計資料が多かつたが,数年前より法務省総合研究所では毎年,犯罪白書を出し,犯罪や犯罪者処遇などに関する多くの問題を検討している。他方,警察庁も昭和39年より前述の犯罪統計書を「昭和○○年の犯罪」と改称し,その内容も生の統計資料のほかに,種々の問題をとりあげて検討するようになつた。
 私は犯罪白書のまだ出ないころ,たしか,7〜8年前だつたと思う,犯罪統計書の資料をもちいて,多くの犯罪問題に考察を加え,東北精神衛生大会で発表したことがある。当時,私の目的は,単に統計的事実を述べるだけでなく,ちようど,連立方程式より根を求めるように多数の統計から犯罪の要因,すなわち,人間のもつ犯罪性,犯罪に対する環境の意義などを解明することにあつた。

森田療法の諸問題—治療環境を中心に

著者: 藍沢鎮雄 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.105 - P.110

I.はじめに
 森田療法はその本質さえ見失わなければ,どんな場所でも実施できるといわれる。事実,通信療法による日記指導のみで治療が成功する場合もある。その反面,絶対臥褥をぬいては森田療法はありえないとも主張される。極論すれば,絶対臥褥の場と適当な作業環境さえあれば治療者不在でも治療可能であると説かれる。一方,絶対臥褥で象徴されるのはわが国の上下の身分秩序に拘束された文化的所産であるともいわれる。従来の外国の反響のなかで森田療法にもつとも深い理解を示したLeonhard, K. 教授すら,絶対臥褥だけはドイツ人に適用できなかつたと述べている1)
 以上の諸説からもわかるように,森田療法の治療環境の意味はなお混沌としている。治療環境そのものを主題にした論文もまだみあたらない。本稿ではまず森田療法の基本的な考えかたをたどり,つぎに森田以降の諸説を紹介し,最後に若干の私見を述べたい。

森田療法における諸問題—生の欲望

著者: 大原健士郎 ,   藍沢鎮雄

ページ範囲:P.111 - P.116

Ⅰ.はしがき
 「生の欲望」という概念の設定は,森田の基本的な考えかたの一つであるが,この言葉はヒポコンドリー性基調・とらわれ・あるがまま,などとともに,森田によつて常時使用され,その後も森田学派によつて忠実に継承されてきた。森田はこれらの言葉を,厳密な説明を要しない,それでいてだれにでも理解できる,いわば公理としてもちいた傾向があるが,この概念はかならずしも明確とはいえない。とくに森田は,論文・随筆はもとより,形外会や講演会などでも折にふれてこの問題をとりあげ,「ヒポコンドリー性基調」に対すると同様に種々の概念をこのなかに盛り込んだだめ,かれが「生の欲望」を具体的にどのように規定していたかを知るには,まず森田の資料を十分に集め,それから最大公約数を割り出し,論を進めるのが妥当のように思われる。この「生の欲望」については,すでにわれわれも1)簡単にふれたが,上述の意味から,この小論では森田の文献の記載とその検討を行ない,それについての一私見を述べ,さらには森田神経質の不純型の問題にも言及したいと思う。

てんかん患者の社会的背景について(その1)—実態調査を中心として

著者: 懸田克躬 ,   直居卓 ,   井上令一 ,   桑村智久 ,   平沼博 ,   渡辺博 ,   渡辺敏也 ,   蛭川葉子

ページ範囲:P.117 - P.124

Ⅰ.緒言
 近来,抗てんかん剤の急速な開発につれて,発作の抑制はかなり満足すべき段階にまでいたつてはいるが,いわゆる"難治性てんかん"の存在も無視しえず,和田1)の報告では約12%といわれており,この方面の研究が活発に進められている。
 しかし,精神障害に対する面では,従来より,その実態の正確な把握についても,またリハビリテーションを含む治療の面でも,いちじるしい立ち遅れの感があり,とくに高度の精神障害を伴うてんかん患者は,いわゆる“Anstaltepilepsie”として別個にとり扱われ,社会生活よりの脱落はもとより,それにいたる過程についての分析も詳細な検討がなされていない。

精神分裂病に対するAmitriptyline-Perphenazine併用療法について

著者: 諸治隆嗣 ,   加藤博明 ,   岡田文彦 ,   伊藤耕三 ,   山下格 ,   吉村洋吉

ページ範囲:P.125 - P.129

I.はじめに
 phenothiazine系薬剤ならびにReserpineが精神疾患の治療にこころみられて以来,精神科領域における薬物療法の発達はめざましく,こんにちなお新しい薬剤がつぎつぎとその治療体系に導入されて,薬物療法は精神疾患の治療体系の主流をなすにいたつた。またそれらの薬剤の単独投与では得られない治療効果をあげるために,しばしば各種の薬剤を組み合わせた併用療法もひろく一般に行なわれている。
 一方phenothiazine系薬剤をつづけている患者では,しばしば不安,緊張あるいは抑うつなどが出現し,やむなく投薬を中止しなければならないことが経験されている。また精神分裂病のある病期に抑うつ症状が出現するのはまれなことではない。このような場合,ときにimipramineなどのantidepressantが使用されるが,幻覚,妄想など精神分裂病の症状の増悪をきたすことがあり,併用薬剤としては適当でないことが多い。また一般に精神分裂病の抑うつ状態は内因性うつ病のそれより治療が困難でかつ自殺の危険が大きいとされている1)

二重盲験法によるbutyrophenone誘導体(Methylperidol)とphenothiazine誘導体(Perphenazine)の精神分裂病に対する薬効比較—遂次検定法およびWilcoxon法による検定

著者: 伊藤斉 ,   岡本正夫 ,   三浦貞則 ,   壁島彬郎 ,   鈴木恵晴 ,   茂田優 ,   望月延泰 ,   八木剛平 ,   浅香富允

ページ範囲:P.131 - P.142

Ⅰ.まえがき
 butyrophenone系薬剤は第3のmajor tranquilizerとして,phenothiazine系薬剤ならびにreserpineについで登場し,精神分裂病を中心とする各種精神病の治療薬として臨床に応用されつつあり,わが国にも数種のこの系の薬剤が導入されている。従来のmajor tranquilizerとまつたく化学構造の異なるこの系の薬剤が,はたしてわれわれが長く使用してきたphenothiazine系薬剤などと同様臨床効果の点でpotencyの高いものであるかということを十分な客観性を保つて証明し,あるいは批判しうる資料が必要とされ,またbutyrophenone系薬剤個々についても,他剤と比較してどのような薬効特性があるかということも,今後の治療学の発展のうえからも知りたいところであろう。
 しかし不幸にしてこの系の薬剤は欧州大陸諸国では早くから使用されていたが,薬剤の臨床効果についてはのDoubleblind Controlled Trialの必要性を認めて実施している英国,米国などでもちいられなかつたためか,butyrophenone系薬剤についてのcontrolled study(以下C. Sと略す)の文献はあまり多くない23)〜26)。新しい治療薬が,前臨床試験を通過して,臨床試験を実施する段階にいたり,pilot studyないしは症例検討を行なうことの必要性は論をまたないが,治療に伴う心理的影響因子が存在するような疾患の場合は,われわれの観察しえたテータはそのままに,われわれが評価しようとしている新薬の薬効を示すことにはならない。向精神薬の薬効判定についても当然これに該当する。

紹介

自殺防止活動の現況

著者: 大原健士郎

ページ範囲:P.143 - P.144

Ⅰ.アメリカにおける自殺学と自殺学会
 アメリカにおける自殺研究の動きは,2方向に向かつていると考えてもよい。その1つは,自殺をアルコール中毒,薬物依存,過喫煙,ある種の交通事故などとともに,大きく自己破壊行動の一端としてとりあげ,その要因をひろく近接領域との関連のなかに掘り下げようとする動きであり(これにはEdwin S. Shneidmanの近著Self-Destruction,Science House,1968.がある),もう1つは,自殺そのものを他の現象(症状)から切り離して,単独にとりあげようとする動きである。自殺が種々の要因から生ずるという観点に立てば,後者のいきかたはやや特異な感じを与えるが,これまでの自殺対策の歴史をかえりみたとき,このいきかたは理由のないことではない。すなわち,自殺の関連領域を拡大すると,どうしても焦点がぼけてしまい,自殺防止機関がいつのまにか,自殺問題を含めた諸種の問題を取り扱う精神衛生センターになり,結局は自殺問題が種々の問題の影に隠れて消滅してしまうおそれが生じてくる。
 この意味から,アメリカにおける自殺の研究・対策が上記2方向に発展し,ともに成果をあげていることは非常に意義深いことである。ところで,アメリカにおいて過去数年をとおして,もつとも関心を集めた社会問題の1つに,自殺学(Suicidology)とよばれる新しい専門分野の開発と発展がある。設立の立役者であるEdwin S. Shneidmanによれば,自殺学とは,人間の自己破壊行動と関連した科学的・人道愛的研究である。これは新しいことばであり,1966年に初めて使用されたが,現在ではアメリカの種々の分野でひろくもちいられている。これには以下のものが含まれている。

資料

精神障害者の発見活動における公衆衛生関係者の認識と態度—沖縄における疫学的調査の経験から

著者: 中川四郎 ,   佐藤壱三 ,   目黒克己 ,   立津政順 ,   加藤伸勝 ,   岡田靖雄 ,   鈴木淳 ,   太田広三郎 ,   石原幸夫 ,   松村清年 ,   上与那原朝常 ,   新垣元武 ,   平安常敏 ,   玉木正明

ページ範囲:P.147 - P.152

I.はじめに
 精神障害に対する家族や地域の人びとの考えかたや態度が,精神障害者の発見,治療,予防などに深い関係をもつことはいうまでもない。社会がどのような事例(case)を異常と考えるか,あるいは考えないか,またそれをどのような異常と考えるかは事例の問題であつて,かならずしもその異常が精神医学的異常ないし疾患であるとはかぎらない。また逆に精神医学的疾患が社会で事例として問題となるとはかぎらないのである。
 この問題は疫学的調査の場合にはとくに重要であつて,調査者の考えや態度とともに発見率を左右する要因となる。疫学的調査の場合,調査上の誤差としてとくに問題となる三つの事項,すなわち診断基準,面接の精度,調査の基礎となる情報収集の問題がある。このうちとくに情報の収集と事例の把握に関して,1966年11月に行なわれた沖縄の精神障害者の実態調査における情報収集にあたつた公衆衛生看護婦(保健婦)および保健所吏員などの公衆衛生関係者の精神障害者に対する認識や態度の問題について考察し,地域精神衛生活動を行なう場合の参考としてみたい。

沖縄・先島地区の精神医療の現状

著者: 蜂矢英彦 ,   岡庭武

ページ範囲:P.153 - P.159

I.はじめに
 沖縄の精神衛生事情については,1964年に日本政府の専門医派遣が始められてから,岡庭1)2),平安ら3),鈴木4),中川5),寺島6),吉村7)らの報告があり,その窮状や問題点が,しだいに明らかにされている。しかし,沖縄のおかれた政治的・地理的特殊性や,歴史的背景をもつた県民性と,精神医療とのかかわりあいについては,なお十分に論じられたとはいえない。また,沖縄というシマチャビ(離島苦)のうえに,さらに僻地の苦悩をも背負つている先島地区の精神医療の貧困については,私宅監置状況などの短かい紹介があるだけで,みるべき報告はない。
 われわれは,1967年8月〜12月(岡庭),同年12月〜1968年3月(蜂矢)とひきつづいて宮古病院に派遣され,先島地区の精神医療に関与する機会を得た。先島の精神衛生状況を展望し,医療体系を組みたてるためには,今後もなお十分な資料を整える必要があろうが,とりあえずわれわれの実践のあとを報告し,先島地区精神医療の今後の課題を中心に検討を加えたい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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