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雑誌目次

雑誌文献

精神医学11巻5号

1969年05月発行

雑誌目次

特集 心気症をめぐつて 第5回日本精神病理・精神療法学会大会シンポジウムより

まえがき

著者: 村上仁

ページ範囲:P.332 - P.332

 まず最初にこのシンポジウムの司会者として一言お断りしておかなければならない。私はこのシンポジウムの主題として,狭義の神経症の一類型としての心気症だけでなく,種々の精神病的心気状態,離人症,自己臭症状群,分裂病の身体感覚異常などをも問題とし,これらの問題をテーマとした応募演題によつてシンポジウムを構成したいと予告した。しかしこれは後になつて考えて見ると,あまりにも広汎な領域を包含するものであり一つのシンポジウムとしては明らかに無理があつた。果たして,本年度は一般の演題も数が多かつたが,ことにこのシンポジウムに関連する演題が数多く寄せられ,時間の都合上残念ながらその演題の多くを割愛せざるをえなかつたし,その一部は本日の午前中の一般演題の部にも食い込むことになつた。これはもつぱら不用意な予告をした司会者の私の責任であり,応募していただいた皆様に深くお詑び申上げたい。
 さて本シンポジウムは二部に分たて,第一部は保崎氏の心気症の概念についての序説に始まり,西園氏,佐々木氏,中久喜氏らによつて神経症の一型としての心気症の類型的分類発病機制,および精神療法的手法などが論ぜられ,活発な討論と相まつて,一応まとまつたものになつたと思われる。ただ小谷野氏の体臭恐怖および視線恐怖に関するテーマは,本来の心気症とはやや趣きを異にし,十分の討論もなされなかつたので来年度以降にさらに詳しい検討がなされるはずである。

主題演者

心気症について

著者: 保崎秀夫

ページ範囲:P.333 - P.336

 心気症についての概念は,その歴史をみてもかなりあいまいである(第1表)。この点についてはF. E. Kenyon(Int. J. Psychiat. 2:308〜334.'66)の歴史的観察に大変詳しい。わが国においても懸田らによる神経症の分類に関するアンケートの結果をみても(塩入円祐著書より引用,第2表)。これを疾患名として使用する人から,症候群あるいは単なる一症状として理解する人まであるが,一般的傾向としては疾患単位とみなさない人が多いようにみえる。それは発生機序により他のものに包含されるとみる人や,あらゆる疾患にみとめられる一症状に過ぎないということであり,たしかに広義の抑うつ症状の範囲内に含まれることは間違いない。私自身はやはり狭い意味での心気症は存在しうると思うし,またなんらかの方法でこれを限定してもらいたいものだと思う。つぎに,従来からのいくつかの問題点をまとめてみよう。

体臭を訴える患者の疾病学的位置づけと病態の意義

著者: 小谷野柳子

ページ範囲:P.337 - P.341

I.はじめに
 自分の体から他人に不快感を与えるにおいが発散するために悩むという症例は,文献上は,Janet, P. の症例の中にもみられ,すでに1932年から1933年にかけて,フランスのDavidson, G. H. やBrill, A. A. などによつても記載されているが,その疾病学的位置づけや,病態の持つ意義についての論議は,最近ようやく盛んになつてきたもののようで,まだ決定的見解をみるに至つていない。
 従来なされてきた論議を概観してみると,まず第一に神経症から内因性精神病にわたつてみられる症状であるとする見解がある5)9)。第二に,より神経症的な,あるいは神経質症の範疇に入る一つの単位をなすという見解があり1)3)7)12),第三には,内因性精神障害の症状の一つであるとする見解がある10)

心気神経症の臨床的特徴と発病機制

著者: 西園昌久 ,   村田豊久 ,   田辺健一

ページ範囲:P.341 - P.346

I.はじめに
 焦点のはつきりしない心身の多彩な故障を主観的に訴え,しかも,その症状にしつこくこだわる一群の患者たちがいる。Hypochondriasis心気症といわれ,古くから記載されていた状態である。非常に慢性に経過するものもあれば,一過性のものもある。心気症状は神経症にも精神病にもみられる。ヒステリーにも,強迫神経症にもうつ病にも,神経衰弱にも,精神分裂病にも,さらには器質的精精病にもみられる。
 したがつて,前景に心気症状を呈してあらわれた場合,それが,一つのはつきりしたeintity単位かどうか疾病学上の論議を生むことは当然のことであろう。古くからこの点についての報告は数多い。Bleuler, E. 2)は〈無意味な徴候やあるいは何もないのに,自分で病気ときめて,健康に持続的に関心の向く状態〉と定義して,慢性の心気症状に悩んだ患者はすべて分裂病であつたとしている。分裂病とはつきり断定しなくとも,精神病的なものと考えたのはWestphal16),Sommer15),Wolf sohn17),そして,ちかくはSchilder14)らがいる。神経症圏内と考えた人たちには,Freud, S. 7),Fenichelらがいる。また,特定の疾患との関連についても,いろいろの意見がある。ヒステリーと同じと考える人もおれば,うつ病の一症状とする人もいる。

いわゆる災害神経症の精神力学と心気症について

著者: 佐々木時雄

ページ範囲:P.346 - P.349

 いわゆる災害神経症を精神療法的観点から最初にとりあげたのはWeizsackerである。彼は症状の表面的観察に留まらず,患者個人に内在する神経症的葛藤に着目しその葛藤は,己れ自身の人間的価値に関して患者が被害を蒙つていると感じ,自らそれを回復し保持しようとすることがらそのものに根ざしていると考えた。ここでいう人間的価値とは,生存を欲することを当然の権利として要求することが動機となつている特有の権利価値のことであり,この権利を保持し行使しようとする意欲が患者をして賠償闘争に駆り立てているのであると,Weizsackerは論じたのである。彼は,Freudのリビドー理論を肯定しなかつたが,しかしその方法論的意義を認め,転移,逆転移の治療において果たす重要な役割を強調した。とくに彼は逆転移のもたらす治療的弊害を問題とし医師は災害神経症患者を神経症患者として治療すべきであつて,物質的にであれ,精神的にであれ,医師が賠償闘争の行末に関わり合いを持つことを厳に戒めているのである。
 上述したWeizsackerの見解は1929年に発表されたものであるが,それが今日なお斬新なものとして映るのは,災害神経症の本質の解明が治療的観点からなされるべきであつて,単なる診断学的水準では問題の解決が得られないことを指摘しているからである。現在においても諸家の多くが災害神経症即賠償神経症といつた先入見をもつていることは否定できない。

心気症の治療—とくに精神力動との関連において

著者: 中久喜雅文

ページ範囲:P.349 - P.353

I.はじめに
 われわれの病室は,昭和40年より42年にかけ3例の重症心気症患者をかかえていた。彼らはつぎつぎと交代する主治医の努力にもかかわらず,治療は難渋をきわめ,ホスピタリズムの傾向さえ示していたのである。われわれはこれらの治療体験の分析を通じて得られた心気症理解をもとにして,新しい治療的接近を試み,成功をおさめつつあるのでそれを報告する。

身体の現象学からみた心気症

著者: 小見山実

ページ範囲:P.354 - P.357

I.はじめに
 心気症(Hypochondrie)は一般には,固有な疾患単位というよりはむしろ種々な心的,身体的障害に基づく病態として,つまり症候群(hypochondrische Syndrome)として理解されている。神経症,分裂病,内因性うつ病などにこの病態はよく出現するが,とくに分裂病ではHuber, G. がcoenaesthetische Schizophrenieを,うつ病ではSattes, H. がhypochondrische Depressionをとなえている。またSimmelpennig, G. W. は脳萎縮過程にあらわれる心気症を問題にしている。近縁のものとして,離人症,セネストパチー,Dermatozoenwahnなどがあげられよう。
 心気症は従来,さまざまな考えかたをされ,その概念にはあいまいさがともなつている。心気症が身体的なものと心的なものとの両方にかかわる病態であることからこのあいまいさが生ずると思われる。つまり心気症の考察は一方でsomatogenな側面(body imageの障害,脳室拡大などの生理的-解剖的基礎)に向かい,他方でideagenな側面(一定の心的態度とか,価値づけなど)に向かう。しかしsomatogenなものとideagenなものとの区別は難しく,両者の移行は流動的であるから,問題の解決はきわめて困難となる。

セネストパチーについて—長期観察例から

著者: 小池淳 ,   工藤義雄

ページ範囲:P.358 - P.361

I.まえがき
 ヒポコンドリーを,身体に関する過度の病的関心であるとするならば,大半は神経症的構造を有する病者にみられるものである。すなわち,精神衰弱的素質の上に作りあげられた不安,病や死への恐れ,また強迫観念が,ヒポコンドリーの病理構造として考えられる。分裂病者,ときにはうつ病者においては,その自己身体に関する偏見は確信にまで強められ,妄想構造を形成するにいたる。すなわち心気妄想であり,否定妄想であり,つきもの妄想である。うつ病者の心気的訴えは,抑うつ感情が,その基本構造と考えられるのは周知のことである。
 これから論ずるセネストパチーも,身体に関するある種の病的関心のありかたという意味で,ヒポコンドリーと称することができるが,前三者と異なり,病理構造として,不安あるいは恐れでもなく,明確な妄想でもなく,抑うつ感情でもない。またセネストパチーの臨床上の特徴としては,自己身体の異常をperceptionの異常として体験する点であろう。その訴えは奇妙で,われわれの追体験を許さない内容であるため,分裂病者の幻覚,あるいは妄想観念を思わせるのであるが,くわしく彼らの体験を語らせてみると,奇妙な表現は単なる比喩であることが多く,体験そのものは,初めて経験する,ありありとした実体的な感覚であり,表現するのがきわめて困難な感覚であることがわかる。

分裂病者の体感幻覚と心気状態について

著者: 竹内直治 ,   小田庸雄

ページ範囲:P.361 - P.365

I.はじめに
 体感異常と心気症状とは密接な関連にあり,程度の差はあれ,一般に体感異常を訴える病者は多くは心気的であり,また心気的な病者には何らかの体感異常が認められる。Huberはこのような両者の関連を強調するかのように,元来フランス語圏内のcénésthesieの概念をLeibhypochondrieと同義に解し,leibhypochondrische Schizophrenieなる名称を分裂病の一型として与えた1)。このような背景から,本日の《心気症》に関するシンポジウムも分裂病の心気状態やセネストパチーをも含めて論じようとするのであろう。これに対して批判がないではない。HuberならびにWeitbrecht2)らは,この種の分裂病者にはLeibgefühlの障害が原発性にあり,心気的な態度が根本ではないとし,それゆえ,この種の分裂病をhypochondrischと表現するのはHypochondrie本来の意味から本当は適切でないとも述べている。しかしJanzarik3)は神経症などによくみられるregressive Hypochondrieに対して,たとえば分裂病などの体感幻覚に伴う心気状態をkonstruktive Hypochondrieとして対置させながら,神経症と内因性精神病における心気症状を一貫して考察しようとしている。

行動と精神症状変化との関連性—セネストパチーの症例をとおして

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.366 - P.370

I.はじめに
 精神現象が体動ないし行動と関連して変化することはいろいろな面で前から知られている。
 私はセネストパチーの症例において,その異常体感が体動と関連して消長する現象をみたので,それについて報告し,あわせて考察を加えたいと思う。

研究と報告

“破綻酩酊”の精神医学的知見—犯罪者5例の精神鑑定例を通じて

著者: 浅田成也

ページ範囲:P.385 - P.392

Ⅰ.精神鑑定と普遍的法則
 精神鑑定の中心課題は,主として犯罪行為と疾患の諸関係を行為の様式という点から追求するところに求められるといえる。
 しかし犯罪行為は,犯罪時のみの行為という特殊性のために,単なる行為の様式そのもののみからは,十分な鑑定を成しとげることが困難であることもいうをまたない。

精神症状と脳波異常を伴つた全身性エリテマトーデスの1例

著者: 東村輝彦 ,   宮田祥子

ページ範囲:P.393 - P.398

I.はじめに
 全身性エリテマトーデスSystemic Lupus Erythematodes(以下SLEと略す)に精神神経症状がみちれることはKaposi1),Osler2)らの記載以来,幾多の報告があるがけいれん発作のないSLE患者の脳波変化を調べた報告は非常に少なく,まして症状の変化と平行して縦断的に脳波測定を行なつた報告はほとんどみあたらない。そこでわれわれは,多彩な精神症状を呈したSLE患者の脳波を継時的に測定したところ興味ある結果を得たので報告する。ちなみに,このさいには精神症状が現われるまで副腎皮質ホルモンをまつたくもちいていないので,Cortlsone induced psychosisとの鑑別は自ら明らかであろう。

抑うつ状態に対するMonochlorimipramine(Anafranil)点滴静注療法の臨床経験

著者: 切替辰哉 ,   三條昭二 ,   能戸千年 ,   智田広徳 ,   伊藤弘 ,   遠藤五郎 ,   樫村博康 ,   小泉明 ,   深瀬享三

ページ範囲:P.399 - P.403

 1.G34586(Anafranil)を内因性うつ病,退行期うつ病,反応性うつ病,動脈硬化性うつ状態,精神分裂病のうつ状態,その他のうつ状態など,22例に使用した。
 2.使用方法は全例に,最初の10日間にAnafranil(25〜75mg)を5%ブドウ糖溶液500cc中に稀釈し点滴静注を施行した。その後,錠剤1日量(75〜225mg)を漸増,漸減法により使用した。
 3.内因性うつ病,神経衰弱様状態に著効を示した。
 4.静穏作用よりむしろ賦活作用の強い薬剤であつた。
 5.睡眠作用は少ないが少量の催眠剤または,minortranquilizerを併用すれば,いつそう効果が得られる。
 6.副作用では,発汗,振戦,口渇などあるが,特別問題になるものはなかつた。

資料

ブラジル移住者の精神医学的研究(Ⅰ)—アンケートによる

著者: 柴田出 ,   柴田道二 ,   峰松修 ,   元田克己 ,   野口宗雄 ,   安中康子 ,   中野隆子

ページ範囲:P.409 - P.413

I.はじめに
 1908年(明治41年),笠戸丸が第1回の移民を乗せてブラジルへ向かつて以来,約60年を経た現在,在伯日系人は約60万人を越えるといわれる1)。これらの人々は,農業に従事している人が大半を占めているが,なかには議員,医師,弁護士,技術者などの知識層にも進出し,各方面で活躍し,ブラジル社会の信用を勝ち取つてきている。それだけに,数少ないとはいえ,在伯日系人の非行,犯罪は,関係者に大きなショックを与え,一方,日系人に対する偏見の起こることを心配するむきもある。またサンパウロ州立ジュケリー精神病院(無料施設)Hospital de Juqueriの入院患者18000人のうちに,約350人の日系人が入院しており,大半が精神分裂病で占められている。著者のひとり柴田(出)は,過去3回ブラジルに行く機会があり,前述のことを見聞し,また自らも旅行者としての海外生活を体験してきたが,その間に起こつた自らの精神的変化などから,日本人の海外における生活適応の問題に興味をもつた。このことは,単にブラジルだけの問題ではなく,ひいては国際間の交流が増加するようになつたこんにち,日本人が異なつた国民性,宗教,文化,言語,風土のなかで,国際人として適応しているか否かの手がかりを得るだけでなく,海外生活の精神衛生についてある程度の指針を得ると考える。
 そこで柴田(出)は,現地で面接その他の調査field studyを行ない,一方われわれは,Cornell Medical Index(深町式)健康調査表,YG性格テスト,およびアンケート方式によつて調査し,考察をこころみた。

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沖縄精神医療への協力を!

著者: 日本精神神経学会沖縄精神科医療協力委員会

ページ範囲:P.392 - P.392

 沖縄は,沖縄の人たちを含めて私たち日本人のすべてのものにとつて,もつとも重要な,またもつとも緊急な解決を要する課題となつている。
 沖縄の戦後24年をふりかえるとき,軍事基地依存の経済のゆがみ,教育や福祉の面での本土との格差,軍事優先統治のものでの人権の侵害などの問題がなぜこのように長く放置されているのか,あらためて暗然たる思いにかられる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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