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雑誌目次

雑誌文献

精神医学12巻1号

1970年01月発行

雑誌目次

巻頭言

我亡霊を見たり

著者: 西丸四方

ページ範囲:P.2 - P.3

 新年早々亡霊とは縁起でもないが,わが国の精神医学はここしばらく亡霊に崇られて悩んでいる状態であるし,私自身その運命をひしひしと感じているので,このような題を記すことを御容赦いただきたい。私は昨年7月31日信州大学に20年15日勤めて不恰好な退職をしたが,それは20年前の私の患者の亡霊がこの大学の紛争の種となって崇りをしたせいであったからである。その後,昔信州へ来て顕微鏡一つ,本一冊なかった頃この大学の一回生二回生に講義するために患者を借りた病院へアルバイトに行っているが,そういう亡霊がまだそのまま居るのである。そのうえ悪いことに昔新しいclientとして私が治療して治ったと思った患者たちが亡霊となってこの病院に沈澱しており,地獄の声でまだ私の名を覚えていて呼びかけてくる。20年間社会精神医学的に及ばずながら世話をして社会復帰させていた患者がとうとう破綻をきたして,昔の美しい面影はどこへやら,グロテスクなPraecox-GefuhlのPhysiognomieをもってこの期にとばかり眼前に化けて出てくる。
 大学にいたころはもうこのようなVerblodung,Dementia praecoxは卒業した時代になったと妄想していた。私は,ことに若い人々の間で,あるいは新しい見解の人々の間でnotoriousな,Kraepelinの本が好きで,あの本の8版を欲張りにも2部所持していて,自宅と勤め先とに置いておき,いつもひっくりかえしては見ているので,この亡霊のことはよく承知しており,ソビエトの人々がクレペリンの見方を今もなお固持しているのを尊敬と軽蔑の混ったambivalentな気持で眺めていたにもかかわらず,実際この多くの亡霊達と面と向かってauseinandersetzenしなければならない立場に至ると,精神医学の歴戦30余年の勇士もぎょっとしてたじろがざるをえないのである。

特別講演

睡眠状態と生体内アミン—東京におけるセミナーの概要

著者: ,   融道男 ,   宮坂松衛

ページ範囲:P.4 - P.11

I.はじめに
 脳のserotonin(5HT)が睡眠の引き金に関与していることを示唆するさまざまな実験事実を討議する前に,睡眠に関する神経生理学の現状をまとめてみたいと思う。
 最近,睡眠に関していくつかの主要な所見が立証されている。

研究と報告

精神障害者の事故—精神障害者の変死

著者: 小林靖彦

ページ範囲:P.13 - P.18

Ⅰ.緒言
 新聞に報ぜられたノイローゼの事故の記事を集計したとき1),明らかに精神障害が疑われる若干の例を除いては,必ずしも精神障害が主なる原因とは考えられず,ノイローゼによるとして片付けられていることに反揆を感じた。しかし,一方,二三の警察署の好意で変死者の調書を見せてもらったところ,そのなかに主治医および当該病院が寛解退院したと安心していたものが存在することを知り愕然とした。そこで変死者中の精神障害者を調査する必要を感じ,本調査を行なった。

初老期赦免妄想(Rüdin)への一寄与

著者: 中田修 ,   本沢実

ページ範囲:P.19 - P.24

 初老期赦免妄想(Rüdin)に該当すると思われる1症例を報告した。その症例を妄想様構想(Birnbaum)のカテゴリーに属せしめることが可能である。これと関連して,初老期赦免妄想の位置づけをこころみ,それを妄想様構想のなかに包括させることも不可能ではないが,老人性・退行性変化が不可欠の前提条件であることが証明できれば,その臨床的独立性を認めるべきであると考えられる。

向精神薬物の光誘発θ反応におよぼす影響

著者: 山内育郎

ページ範囲:P.25 - P.32

 精神分裂病患者に,diazepamおよびsafrazineを投与し,その投与の過程にしたがって頭頂一後頭双極導出脳波を測定し,6.5および7.5f/sec閃光刺激を与え,それぞれ自動周波数分析器の6〜7および7〜8c/sec帯域の積分値を測定して,両刺激に対する誘発θ反応を観察した。両剤ともに薬物投与のごく初期にのみ,7.5f/sec刺激に対する反応が大多数の症例にほぼ一致した変化を示した。すなわち,diazepam 10mg静注10分後12例中7例の反応が低下し,safrazine投与第1日目午前中,9例中7例の反応が亢進した。6.5f/secへの反応では,7.5f/sec刺激に対する反応ほど著名でないが,同様の傾向をもった。しかし,両刺激の反応ともに薬剤の投与の持続とともに,誘発θ反応の変動は症例によって異なり,薬剤の影響というより,それによってもたらされる精神症状の変化に平行して,誘発θ反応が変化することが観察された。

刑法改正に関する私の意見 第4篇 みずからまねいた精神障害(その2)—酩酊の分類

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.33 - P.39

I.はじめに
 酩酊犯罪者の裁判のさい精神鑑定医は検察宮または弁護士と烈しい論争を行なうことが他の場合よりも多い。刑事政策的考慮をはなれ,犯行当時,犯罪人の責任能力の有無や程度を決定することは,酩酊犯罪者の場合,もっとも困難なもののひとつで,精神鑑定医も後味の悪い思いをすることもある。これらにはいくつかの原因があげられよう。
 1)酩酊の心理は精神病の場合と異なって,裁判官,検察官,弁護士など精神医学の素人も,自己の体験,酩酊者の観察および酩酊者の体験談などによってある程度知っている。

自閉症様症状を伴った鎖骨頭蓋異常症の1例

著者: 西浦信博 ,   広田豊 ,   北原美智夫 ,   友田恒典

ページ範囲:P.41 - P.46

 両鎖骨の部分欠損および頭蓋骨の形成不全を主徴候とする,典型的な鎖骨頭蓋骨異常症(dysostosis cleido-cranialis)に,特異な異常行動を伴う高度の知能発育障害を認め,さらに従来本症の文献に記載のないアミノ酸尿が証明された1例を報告し,あわせて文献的考察を行なった。つぎに本例の特徴を要約する。
 1)家系からみて本例は散発例と考えられるが,父の姉が精神薄弱であった。
 2)知能程度(D. Q .:15)は白痴級に相当するが,周囲に対して無関心,孤立化を示すほか,独語,常同的行為などの異常行動がみられた。これらの症状は脳器質性障害児にみられるpseudo-autismに相当するものと思われる。
 3)血清および尿中のアミノ酸検査を行なったところrenal型の軽度amino-aciduriaの傾向が認められたが,各アミノ酸の種類は正常尿にもみられるアミノ酸であった。

脳の器質的疾患に対するcarpipramine(Defekton)の効果について

著者: 太田幸雄 ,   古薮修一 ,   元村宏

ページ範囲:P.47 - P.53

 1.carpipramine(Defekton)を神経病的疾患を含む器質的疾患で発動性減退を示す症例に使用してみた。
 2.パーキンソン症状群にみる発動性減退に対して本剤は有効であったが,その作用機序は明らかにしえなかった。
 3.Wernicke失語の慢性状態に対して,本剤を用いたところ,言語訓練への意欲が高まり,言語訓練の成果が飛躍的に増大した。亜急性期にある超皮質性運動失語(Goldsteinの第2型)では発語へのimpulseを強めることにより,症状の劇的改善をみた。
 4.精神科的側面より器質性疾患での発動性減退について本剤の効果をみたところ,完全なる欠陥状態としての発動性減退に対しては本剤はほとんど有効ではないがDurchgangs-Syndrom(Wieck)に属すると考えられるものに対しては,本剤は劇的な効果を示しうる。
 5.副作用として,ときに興奮,抑制の欠如がみられることがある。
 6.要するに,現在までcarpipramine(Defekton)の臨床効果については,もっぱら精神分裂病のみについて報告されていたが,器質的脳疾患でも広い適応が期待されることがわかった。そして,本論文ではその作用機序について多元的な考察を加えた。

二重盲検法によるoxypertineとcarpipramineの精神分裂病に対する薬効比較

著者: 谷向弘 ,   金子仁郎

ページ範囲:P.55 - P.64

 遊離のインドール核を基本骨格とするoxypertineの精神分裂病に対する臨床効果を,carpipramineを対照薬とした二重盲検・比較実験法によって調べた。2週間のプラセボー投与によって前治療の影響を除去した後,実薬をfixed-flexible scheduleで8週間投与し,経過を観察,諸検査を施行した。「似たもの同志の組」として実験を完了したものが22組44症例,途中で一方または双方が脱落したものが7組で,結局8週間観察をつづけえたものはoxypertine投与例23例,carpipramine投与例25例であった。
 得られた結果を逐次検定法,x2検定法あるいは直接確率計算法(Fischer)で解析したところ,全般的な分裂病像の改善,病型,状態像,罹病経過期間,今回の症状発現より治療開始までの期間別による有効率,各精神症状に対する効果(有効率,効果発現速度)のどれを比較してみても,両薬剤間に有意差を見出すことはできなかった。標的症状は両薬剤に共通しており,発動性低下・感情鈍麻に対して賦活的に作用する傾向が認められた。副作用の種類とその出現頻度も両薬剤間で有意差はみられなかったが,脱落例の解析からoxypertineでは重症パーキンソニスムがcarpipramineでは強度の胃障害(悪心・嘔吐)が,より発現しやすいとの印象をうけた。臨床検査では,一部に肝機能,尿所見に異常のみられた症例があったが例数が少ないので治療との相関を明らかにするにはいたらなかった。またoxypertineでは検査した約半数の症例に,治療量での脳波の徐波化傾向を認めた。
 以上oxypertineの精神分裂病に対する効果は,carpipramineのそれと臨床上類似しており,いずれも中等量以下では,発動性低下・感情鈍麻を改善する作用に特長が認められた。

短報

躁状態・うつ状態に対する炭酸リチウムの効果

著者: 野間拓治 ,   大月三郎 ,   渡辺昌祐 ,   横山茂生

ページ範囲:P.65 - P.66

 炭酸リチウムは各種の躁・うつ状態に有効例があり,効果の出現はすみやかである。このうち,うつ状態では抗うつ剤に抵抗する軽症あるいは中等症の慢性例にこころみる価値がある。

紹介

外国における精神科専門医制度とその実態—アメリカ篇

著者: 阪本良男

ページ範囲:P.67 - P.71

 要約すると,米国における精神科専門医の教育は,伝統的な個人の患者すなわち個人の精神内界の教育の方針から,社会のなかの病者としての方針に変わりつつあることは明らかである。現在,教育では患者の社会的対人間関係により焦点が向けられ,その社会も静的な,動かしえざる外界の現実と見るよりは,理解しうるまた影響しあう複雑な人間関係の世界であると理解される。病者は社会のなかに存在するとの考えから,教育は病者に精神的な影響を及ぼす環境の諸要素の理解に向けられつつあるのである。すなわち,精神科専門医の教育の焦点は,①病者の精神力動の構造,②病者と家族,集団,社会,治療チームとの間の関係の分析に大きく分けられる。これだけの教育を3年間にはたすにはもちろん無理な点はあるが,被教育医に新たな精神科医としての目を開かせるためには,ぜひとも必要とされることであろう。また精神科専門医教育の問題は,精神科医自身の問題であることが常に強調されている。

ビンスワンガーとサナトリウム・ベルヴュの歴史

著者: 竹内直治

ページ範囲:P.73 - P.78

はじめに
 すでにBinswangerの主要な論文と著作のいくつかが翻訳され,その学説の輪郭はほぼわれわれに理解されるようになった。しかし,学問的思想のすべてに通じることであるが,とくに19世紀の自然科学万能観に対する反立として準備され,現象学的人間学によって方法的に深化されたBinswangerの精神医学思想をより深く理解しようとする場合,この学説を築きあげたかれ自身の問題を,いわばその内的生活史をとおして考察することが重要な課題となる。これは,学説そのものの静的理解にとどまらず,その思想をみきわめ,やがて批判・修正・発展へと導くわれわれ自身の問題にもなる。このような関連を志向するものにとって,かれの著作《Erinnerungen an Sigmund Freud》と講演論文《Mein Weg zu Freud》は,きわめて重要な文献であるが,また筆者がここに紹介する《Zur Geschichite der Heilanstalt Bellevue in Kreuzlingen》は,Binswangerを臨床の実践から離れた哲学的書斎人とする誤解を正し,かれの思想形成の必然性を家族史的側面から明確にする唯一のすぐれた文献であろう。この文献は公刊されたものでなく,サナトリウム・ベルヴュの創立百年(1857〜1957)を記念して,関係知人に謹呈された小冊子である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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