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雑誌目次

論文

精神医学12巻10号

1970年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神障害者の立場から

著者: 菅修

ページ範囲:P.826 - P.827

 先年久しぶりで東京都立松沢病院を訪れた。そして,昔,あの有名な葦原将軍の名前をとって「将軍池」とよばれている池のほとりで,患者諸氏と一緒に,お汁粉のご馳走になった。
 その時,かれこれ30年位前に,わたくしが松沢病院につとめていた当時の人が,7〜8人よってきた。そしておたがいに久濶をのべあった。当然のことながら,皆相当に老けてしまって,昔の元気さはどこにも見られなかった。かつてはひと際目立った美貌の持主であったある令夫人も,さすがに頭もすっかり白髪になり,容色も衰え,わずかにその整った顔立ちに昔の面影をしのぶものがあった。それらの人たちと一緒に,記念の写真をとったが,その夫人だけは,身繕いをしていないのを恥じてか,仲間に入ってくれなかった。

展望

クレペリンとマイヤー

著者: 西丸四方

ページ範囲:P.828 - P.835

Ⅰ.学問と実地の矛盾について
 近頃は我国の精神医学界も混乱を極め,新しい目標はしばらく立ちそうもなく,国外に目新しいものを求めても何もない様で,精神医学も今のところ行きづまって打開の道もみつからない。「精神医学」の展望を仰せつかって何か面白そうなことはないか探してみたが何もみつけることができない。これは実際何もないのか,私の頭が進歩性を失って物が見えなくなったのかは分からないが,本を読んでも沈滞して何もインスパイアされるところがない。それでこのごろは新しい本を棄てて,古いものを回顧しているのであるが,この様な気持になるのも年のせいかもしれない。外国でもこのごろはそういう気風があるのか,エスキロールやグリージンガーの古い本の複刻版が出て,簡単には手にすることのできない昔の本を容易に見ることができる様になったのはありがたいことであるが,まだグリージンガーをじっくり読もうという所にまでは気持が行っていない。この半年あまり,今から35年も前に読んだヤスパースの初版(1913年)の訳があるなら出してもいいという話に乗って,昔作ったノートを参考に原稿用紙に千枚ばかり清書してみて,精神医学に何の進歩があったのかという疑問に陥った。今から60年も前に出た本が,クルト・シュナイダーの最近版といくらもちがわないどころか,一層新鮮な様にさえ見えるのである。

特別論文 精神医学の基本問題—精神病と神経症の構造論の展望

第5章 フロイトの神経症構造論

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.836 - P.844

 前章において,神経症理論の発展に寄与した3人の研究者と,その業績との素描を試みたが,この3人の中で,後の時代に対し,飛びはなれて大きな影響を与え,かつ理論構成の上で最も独自なものを持っていたのがフロイトであったことは言うまでもない。そこで本章では,神経症の構造に対するフロイトの考え方の中核を,彼自身の筆を借りて紹介したいと思う。その素材として,私は彼の尨大な著作の中から,1917年に出版された「精神分析学入門」中の神経症総論を選んだ。この著作は,彼の比較的平易な講義を編集したものではあるが,60歳になった老成期のフロイトが,それまでに到達した見解をここに凝集したと見なされるもので,フロイトを展望するには最適なものと思われるからである。なお引用文としては,懸田克躬博士訳のもの(中央公論版)を使わせていただいたが,原文と対照して多少の変更を加えた個所もあることをお断わりしておく。

研究と報告

糖負荷試験による慢性アルコール中毒者

著者: 仁村忠雄 ,   井上博士 ,   河村伸子 ,   黒川英蔵

ページ範囲:P.845 - P.850

Ⅰ.はしがき
 近年,慢性アルコール中毒の生化学的研究は脂質代謝にその方向を向けつつあるが1),糖代謝について解決されたわけではなく,今なお多くの未知の領域がある。
 私たちは慢性アルコール中毒者の身体的特徴を捕えようとして,急性アルコール中毒時の2,3の問題について検討を重ねてきた。その一環として血糖の問題を取り上げ,飲酒時の血糖の変動について考察した2)。そこから推察するところでは慢性アルコール中毒者は糖代謝の正常からの偏位が疑われた。

精神病質犯罪者の気脳写所見について

著者: 福島章

ページ範囲:P.851 - P.857

 東大精神医学教室関係者によって精神鑑定を受け,精神病質と診断された20名の気脳写所見とその精神病質類型との関連について検討した。その結果はつぎのとおりである。
 1)第Ⅲ脳室横径8mm以上,側脳室係数4.0未満を異常と判定したが,われわれの資料の異常所見率は65%で,かなりの高率であった。
 2)側脳室の左右差の有無によって資料をS群8例(対称群),A群12例(非対称群)に2分して観察したところ,S群においては側脳室の拡大の程度と第Ⅲ脳室の拡大の程度の間に比較的密接な関係があり,(相関係数=-51),両者の関係を一次方程式で表現することができる。これに対して,A群では両者の間に上のような相関関係がみられないことが明らかにされた。
 3)精神病質類型と気脳写所見との関係:気脳写所見を正常と異常に2分して観察しても,両者の間に有意の差はみられない。しかしS群とA群に区分して観察すると,Schneider類型の情性欠如性・気分易変性がA群に有意に高率にみられ,Beckerの類型による中核精神病質もA群に有意に多い。
 4)以上の所見から,精神病質―特にその中核的一群の成因に脳障害の関与している可能性が高いことが推測される。われわれが新しく考案した気脳写所見の分類,整理方法によって,今後なお多数例の検討がなされることを期待したい。

一過性全健忘

著者: 野上芳美 ,   浅川和夫 ,   穴沢卯三郎 ,   池田八郎 ,   杉山和

ページ範囲:P.859 - P.864

Ⅰ.まえがき
 一過性の意識障害に続いて健忘を残すことは頭部外傷,脳卒中,てんかん,せん妄,錯乱状態などにしばしば経験されるもので,臨床医にとってさほど珍しいものではない。
 Bender(1956)2)は健忘を主訴とする症状群のうち特徴ある一群に注目し“single episode of confusion with amnesia”と呼んだ。これにひき続いてFisherとAdams(1958)6)は同様の症状群を“transient global amnesia”として記載し,現在では後者の命名が広く用いられている。

重大犯人に認められる発作波出現低閾値の意義—とくに発作波と情動犯罪の関連性

著者: 木戸又三

ページ範囲:P.865 - P.873

 棘波成分を含む発作性異常脳波が,安静時あるいは明らかな低閾値において出現し,しかも臨床発作のない犯罪者の7事例(殺人6,放火1)について,性格と犯行の特徴を論じ,責任能力を考察した。性格特徴としては,その傾向もあるものを含め7例中6例で爆発性が認められたが,その原因としてはてんかん性要因ばかりでなく間脳周辺の非特異的障害が考慮された。犯行の特徴としては情動からの犯罪が目立ち,2例が激情犯罪,他の2例が情動蓄積にもとづく犯罪と考えられた。このような例における発作波出現低閾値は,責任能力判定の場合,考慮すべき一要因として取上げるのが適当であると考え,臨床所見を重視する立場から各事例の責任能力を考察した。

一長期療法不完全終結例の処理

著者: 山口隆

ページ範囲:P.875 - P.880

I.はじめに
 Ewalt & Farsnworth著「精神医学教科書」1)には精神療法に関して次のように記されている。「精神療法は生活への適応がより容易で効果的にできるように,患者の感情と行動を理解・改善するのを助ける目標をもった治療者・患者間の計画的な思考と感情との相互交流である。その効果に関する研究が少ないにもかかわらず,治療に参加した精神科医と患者め多くは精神療法が個人的な問題の解決と神経症や精神病の症状軽減に有効であると信じている」。
 短期精神療法についてはSemradら2)がMass. Mental Health Center(以下MMHCと略記)の外来患者100例の治療効果の報告の内で,特に追跡面接の可能であった反応性うつ病(抑うつ神経症)†の30例中治療終結時に「改善」と判定されたもの26例(約90%),1〜1年半後の追跡面接時に「治療を今後も必要としない」と判定されたものが18例(約60%)であったことから,短期精神療法がことに反応性うつ病に対して良い適応があるという観点をとっている。また,Seminars in Psychiatryの新刊3)には1968年の「短期精神医学的治療法に関する公開討論会」(於Boston)の主要論文が特集されており,その中でSifneos4)はMass. General Hospital(以下MGHと略称)の"短期精神療法外来"での過去15年間の経験から,適応症例の選択規準として患者が(1)平均以上の知能をもつこと,(2)生活史上最低1人以上の人と有意義な関係を記録していること,(3)診断面接者に対して何らかの情動反応を示す能力のあること,(4)一定の主訴のあること,(5)精神療法を受ける意向の十分あることを列挙している。

新しいBenzodiazepine系薬物S-804の神経症に対する臨床効果—二重盲検法によるChlordiazepoxide,Diazepamとの比較

著者: 西園昌久 ,   村田豊久 ,   長野光生

ページ範囲:P.883 - P.887

I.はじめに
 Benzodiazepine系薬物のマイナー・トランキライザーとしての役割は広く認められている。ほとんどの神経症患者の薬物療法がBenzodiazepine系薬物であるChlordiazepoxide,Diazepamによってなされている事実はこのことを物語る。神経症の本質からして,その治療は精神療法的状況のもとで行なわれるべきものであるが,不安の水準を下げ,自律神経の不安定を整えるためにマイナー・トランキライザーを使用することは,そのような治療理念と必ずしも矛盾するものではない。実際にマイナー・トランキライザーが,不安を中心とした神経症症状を具体的に緩和改善するという作用を持っているので,自然,神経症の治療にあたってはマイナー・トランキライザーがほとんどの場合に使用される。
 Benzodiazepine系薬物がMeprobamateなどと比較して依存性や副作用などの点ではるかに使いやすく,しかも,抗不安作用が強いということから,マイナー・トランキライザーとしてほとんどの場合Benzodiazepine系薬物がえらばれる現状なのであるが,同系の薬が2剤しかないということは不便なことである。自然,Benzodiazepine系に属すもので新しい薬の開発が続々と試みられている。もちろん,それらが臨床作用を持つとしても,これまでのBenzodiazepine系の薬物と同種の作用の枠内での働きを示すものであろうが,そこには,自ら,作用のニュアンスのちがいや強度のちがいがみられてよいはずである。

資料

精神障害者における不眠の実態

著者: 大原健士郎 ,   小島洋 ,   二本木利江 ,   川島寛司 ,   小林保子

ページ範囲:P.889 - P.895

Ⅰ.はしがき
 不眠はほとんどの精神障害者に,何らかの形で生ずる症状であるが,その型も,また不眠に対する患者の態度も一様ではない。現在,不眠症に対する研究は,主として,電気生理学的分野で行なわれ,周知の通り,すぐれた業績も多い。しかしその反面,一般社会人の睡眠状態・不眠を訴える者の頻度・精神障害者の不眠の型・不眠に対する当事者の態度などについては,まとまった報告は少ないようである。不眠は「時代の疾患」といわれるが,現代では身体的領域はもちろん,心理的領域にも,また社会的・文化的領域にも不眠を引き起こす要因はいたるところにひそんでいる。また,不眠のために薬物依存者やアルコール中毒者になったり,精神状態を悪化させて自殺に走る患者なども,臨床場面でしばしば経験するところである。この意味では,不眠の実態,その要因は早急に解明され,対策がたてられねばならない緊急の課題である。しかし,この論文では,まずその実態に焦点をあてたいと考えた。
 不眠を社会精神医学的・精神衛生的に調査したものとしては,三好1)の官庁事務員を対象とした保健薬常用者についでの調査,加藤ら2)の薬物依存者に関する臨床統計的・疫学的研究などが散見される程度であるが,これらの研究も,その目的が睡眠状態ないしは不眠に焦点があてられていないため,睡眠ないしは不眠の実態については,いまだに未開の分野といわねばならない現状にある。この方面における業績の少ない理由は種々考えられるが,何よりもまず,調査対象の選択と研究方法に問題がひそむことであろう。この点を考慮して,われわれは精神障害者に対する対照者として,都内某銀行の従業員を選んだ。その第1の理由は,銀行員はいわゆる新中間層を代表する1つのグループとみなされるためであり,第2の理由は,この種の大きな組織では構成員をさらに健康群と内科疾患群に大別でき,同一グループ内で相互に比較検討しうると考えたためである。もちろん,厳密には,すべての職種から対照を選び,年齢・性別・社会階層などを考慮して睡眠の実態を大々的に調査することが理想的であるが,今回は種々の制約のため実施できず,その点は今後の研究にゆずることにした。また,精神障害者はすべて新患を選ぶことにした。これは,主訴にどれだけの割合で不眠が含まれるかを見る上で,現在では最も誤差の少ない方法であると考えたためである。調査方法としては,最初の試みでもあるところから,できる限り無理を避け,客観的な尺度を用いることに重点をおいた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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