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雑誌目次

論文

精神医学12巻11号

1970年11月発行

雑誌目次

巻頭言

一精神病院の窓から

著者: 野口晋二

ページ範囲:P.911 - P.913

 私はやや低次元でのしゃべり方がしてみたい。
 大学神経科での箱庭の盆栽いじりのような臨床経験を終えて,桜ケ丘保養院に移ったのはいまから約30年前の昭和16年である。植松七九郎先生が院長で,当時では珍しい開放管理を,開院いくばくもないこの病院に実現しつつあった。試みに,どの位,患者さんが自由にできるか,逃げるか,窓の格子の多くをはずしてみたところ,それ程のこともなく,ある患者さんは屋根に登ってしまい,職員が説得にかかったり,いく人かの患者さんが逃げて,スタコラ駅に向かって歩いて行くのを,自転車で追いかけたりする程度のことであった。それでも,あまり不手際な逃がせ方をすると,一応,職員は始末書を書かせられた。そのころは,患者さんを逃がすと,罰として,給料を減らされたりするのが多くの病院のしきたりであった時代である。この経験から,参観者などが「この病院には狂暴性の人はいますか」とよく問うのに対してある種の反揆を感じ,ひいては,患者を大切にし,その身になって考える場合には「狂暴な患者」などはいないこと,患者さんこそは相手の心の鏡である,などということが体得された。反面,患者に対し,感情的に手をかけた職員は,理由の如何をとわず辞めさせるきびしさもあった。

特別研究 分裂病家族の研究・序文

分裂病家族の事例研究にあたって

著者: 井村恒郎

ページ範囲:P.914 - P.915

 家族内の対人関係に焦点を合わせている最近の精神医学的家族研究には分裂病に関するものが多いが,この同じ目標に対して,従来さまざまな接近の路がとられてきた。私たちのグループ(日大神経科家族研究班)もまた,この目標に向かって数年来種々の方法を用いてきた。それは大別するとテストによる方法と,ビデオ再生装置を用いた家族面接の分析とにわけられる。これらの研究成果は,既に本誌を通じて発表してきた。
 まず,テストによる方法としては,I. C. L. の変法による方法と,われわれの名づけた音調テストとがあげられる。I. C. L.(Interpersonal Check List)は元来,Leary, T. が,対人関係を調べるたあに考案した質問紙法であるが,われわれは当テストをLearyの場合と異なった用い方をし,家族成員間の相互理解のありかたを知ろうという目的で使用した。具体的には,特定の家族成員間において,自分が相手に対してどのように接しているかという自分の態度の自己評価と,その態度を当の相手がどのように受け取っているかという相手の評価を組み合わせ,それを基準として家族成員間の相互理解の程度を知ろうとしたものである。

分裂病家族の研究・1

一分裂病家族の生態(事例A)

著者: 牧原浩

ページ範囲:P.916 - P.924

 (1)家庭訪問で得られた資料をもとに,一分裂病家族のなまなましい生態を描こうと試みた。
 (2)家族の行動とcommunicationの両面から,家族共同体の荒廃を招いた著しい“分散”の様態と,正反対な,家族が“合一化”する様態を中心に論じた。この正反対な両極がそのまま併存し,成全されぬことが,著しい不安定をもたらしている。
 (3)唯一人,主婦的な役割と両親間のmessageの媒介を行なうという形で,家族の成全を心がけざるを得ない立場にあった患者について論及した。
 (4)最後に,音調テストおよびI. C. L. の結果と,この家族の臨床との関連性を述べた。

特別論文 精神医学の基本問題—精神病と神経症の構造論の展望

第6章 クレペリンの精神病構造論

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.926 - P.934

前5章の梗概
 ここでまず,さきに5章にわたって述べてきたところを短く総括してみよう。この中で私が目標としたのは,精神医学の近代的研究の幕明けである1800年の後半以後から,1914年の第1次世界大戦開始前のころまでにかけて,クレペリンとフロイトとを2つの中心として,現代の精神医学の一応の理論と体系との基礎が形造られた経路を,その間に出た傑出した研究者の所説を簡単に紹介しながら回顧することであった。そしてその際,特に私が注意を引かれたのは,狭義の精神病の研究と,神経症についての研究が,当初はそれぞれ別個の研究者の手によって行なわれたことである。
 すなわち精神病の研究は,精神病院に収容されている重篤な病者を対象として,主として精神医学者がこれを行なった。そして彼らはグリージンガーやウェルニッケらの研究を基として,精神病を脳疾患として,あるいは身体疾患の表現として捕えようと努力したのである。これに対し,神経症の研究では,一般病院に多数混入している患者が主たる対象とされ,シャルコーのヒステリー研究,とりわけ催眠術応用の研究が端緒となって,主に神経病学者の手によって研究が進められたのであった。

研究と報告

膵ラ氏島腫瘍とてんかん精神運動発作との鑑別診断に関する知見補遺

著者: 田中稜一 ,   小片基 ,   田上敏弘 ,   真田博志

ページ範囲:P.935 - P.942

 1)膵ラ氏島腫瘍は,その発病より確定診断に至るまでに半数以上が3年以上の長年月を要し,またその誤診名としててんかん,とくに精神運動発作が圧倒的に多いてとがこれまでの膵ラ氏島腫瘍の症例報告をまとめて明らかになったが,この原因はなにに起因するか。
 従来,関係論文あるいは教科書において,膵ラ氏島腫瘍の低血糖にもとづく発作は,インシュリン・ショック療法時の症状発現様式とまったく同じであるから,この点に注意すれば,突発的に起こるてんかんの発作とは鑑別が容易であると述べられているが,著者らは,この両疾患に対する鑑別診断のさいの考え方が間違っていることを明らかにした。
 2)すなわち膵ラ氏島腺腫患者および身体的健康者について,われわれはインシュリンを分割投与し血糖値を徐々に低下させる場合と,一度に相当量投与し急激に血糖値を低下させる場合を比較検討し,前者の場合には,精神症状のみが前景に生じ,後者の場合はまず著明な発汗などの自律神経症状が前景に生ずることを観察した。膵ラ氏島腫瘍の如きorganic hyperinsulinismの場合には血糖値が徐々に低下して発作を生ずる場合が多く,したがって血糖値の急激な下降をきたすインシュリン・ショック療法時とは,同じ低血糖性発作でも発作発現様式は異なり,むしろ突発的に精神状態の変化や異常行動を生じる点では,てんかんに類似していることを認めた。
 3)また,慢性電極植込み家兎を用い,低血糖状態時の脳の電気生理的検索を行ない,扁桃核に高頻度棘波の群発をみた。したがって本疾患は,その発作時の脳電気生理上からも発現する臨床症状は精神運動発作と類似しているものは当然であり,臨床症状を聴取して診断するならば精神運動発作と誤診する危険性は十分考えられることを認めた。
 4)したがって,本疾患を精神運動発作と誤診することを避けるためには,従来述べられてきた本疾患の発作は,インシュリン・ショック療法時の発作発現様式および症状と同じであるという考えを捨て精神運動発作様症状の患者に接したならば,常に本疾患を念頭におくことが大切である。

向精神薬治療下における精神分裂病の欠陥像について

著者: 佐野新 ,   小松馨 ,   安藤元 ,   波多腰彪三 ,   大河内恒 ,   金久保満雄

ページ範囲:P.943 - P.947

 向精神薬治療下の精神分裂病患者の欠陥像を2回にわたって観察した。
 向精神薬治療が発見される前の欠陥像と比較して,緊張型,妄想型が減少して破瓜型,混合型が非常に多くなっている。さらに細かく分類すると,破瓜型のなかの凝講型と歪曲型が減少し,空漠型が60%をしめている。また,混合型のなかでは断絶型,妄想・破瓜型が少なくなり,単純低下型が多くなっている。
 以上の結果は,向精神薬治療によって際だった陽性症状がおさえられ,平坦化された状態が作りだされるが,精神分裂病の基本的な症状は固定されたまま残っていることを示している。

精神分裂病の「再発」に関する一実態調査

著者: 大熊輝雄 ,   福間悦夫 ,   梅沢要一 ,   更井啓介 ,   小椋力 ,   竹尾生気 ,   内田又功 ,   下山尚子 ,   角南譲 ,   中尾武久 ,   本池光雄 ,   松下棟治 ,   藤井省三 ,   柏木徹 ,   川原隆造 ,   宮本慶一 ,   幡碩之 ,   岸本朗 ,   小倉淳

ページ範囲:P.949 - P.958

I.はじめに
 精神分裂病の治療は,1930〜1940年代における各種衝撃療法の発達,さらに1950〜1960年代にかけての薬物療法の発展により,近年いちじるしい進歩をとげてきている。ことに最近の薬物療法の発達は,精神分裂病(以下分裂病とよぶ)の完全寛解率の上昇をもたらすとはいえないにしても,従来は社会復帰が不可能であった種類の患者の社会復帰率をかなり上昇させている。とくに薬物療法による精神状態の改善により,作業療法,精神療法などの積極的施行が可能となったことも,薬物療法の効用のひとつとして高く評価されている。
 しかし一方では,分裂病者に症状の再燃あるいは「再発」がかなり高率にみられることも事実である。すなわち,薬物療法その他の治療によっていったん寛解状態に達した患者のかなりの部分が,比較的短期間のうちに再発を示すことが最近注目されている。

構成失書について

著者: 太田幸雄 ,   古籔修一

ページ範囲:P.959 - P.964

Ⅰ.まえがき
 日本語は世界の言語のうちで,もっとも他の言語との関係が確定されていない言語であり,琉球語を除くと日本語と親近性をもつ言語はないと言ってよい(築島5),Sansom19))。さて,失語などの研究は主として,ヨーロッパ語について行なわれてきたことは明らかな事実である。したがって,日本語の失語では,ヨーロッパ語のそれとまったくちがった特性がありうるといえる。この点を研究することは,一面では日本語の失語の特性を知ることになるが,同時にLeischner12)が井村8)の「失語の日本語における特性」についての研究に対して,「外国語の法則を研究することが自国語の失語研究に有効であることを日本語が示した」といっているように,日本語の失語についての研究が,逆に失語の基本的問題の解明に大きく役立つという利点もある。
 さて,日本語の特殊性の一つとしては文字言語のそれがある。すなわち,漢字と両仮名がともに使用されていることであるが,この点はとくに注目をあび,井村8),秋元2)3),浅山4),阪本18),木村9)など先人の業績も多い。

資料

総合病院における精神科に対する病院長の意見

著者: 春原千秋 ,   栗原雅直 ,   野口拓郎 ,   大津正典 ,   佐藤壱三 ,   富永一

ページ範囲:P.967 - P.975

I.はじめに
 昭和42年名古屋医学会総会のさいに総合病院精神科医長会が発足した。その後関東地区の一部有志が不定期ながらしばしば集談するようになった。種々の話題を通じて基本的に次のような状況が重要であると考えるようになっていたので,それをまず述べておきたい。
 (1)精神医療の主流,あるいは精神科医師の主力が,慢性経過患者の社会復帰にそそがれている現実,および単科病院を主体とする精神医療機関の大部分がその方向をとる必然性を否定することはできない。しかし他方,精神医療のひろがりに応じた,あるいは単科病院の欠陥をおぎなう総合的精神医療機関も必要である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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