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雑誌目次

雑誌文献

精神医学12巻5号

1970年05月発行

雑誌目次

巻頭言

老精神科医“口ゲバ”

著者: 三浦岱栄

ページ範囲:P.363 - P.363

 本誌12巻・1号(1970年1月号)の巻頭言「我亡霊を見たり」(西丸四方)を読んで,私は“やっと本音が出た”と感じて,大変うれしくなった。しかも“もっとイサマシクやってくだされたらもっとよかったのに”と感じたのは私だけだろうか。もっとも“亡霊”なのだから,力が弱いのは当然かもしれないが。しかし“起爆剤”の役目ははたしてくれたものとして,高く評価するのにやぶさかでない。そこで今度“二番バッター”を買って出て,もっとイサマシク口ゲバをやってみよう。“怒れる若者達”におとらずに。
 “一体わが国にホントに「臨床精神医学」があったのだろうか”。これが私がぶっつけたい口ゲバの第一弾である。「精神病学」が精神医学に変わって,はたして“中身”も変わったのか。私は“質”の問題を問うているのであって“量”のことではない。たしかに間口は広くなった。しかし私はわが国のPsychiatrieは依然として「精神病-学」だと思う。「精神-医学」はpsychological medicine――この旧い英国流のコトバ。日本の精神科医にはそれこそ“亡霊”としか映らないコトバ――ではないのか。SeelenheilkundeやGeisteskrankheitenはどこへいってしまったのだろうか。私は毎々くり返して言っているように,ドイツ語が苦手なので,誰かその達人に説明して貰いたい。Heinroth*やIdelerの精神学説が排斥されて,Kraepelinが“生物学的(自然科学的)精神医学”を建設したとき,これらのコトバも同時に追放されて,Psychiatrieが採用されたのではないだろうか。しかしそれは学者先生方の意識革命ではあっても,民間のそれではなかったと思う。

特集 対人恐怖

序文

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.364 - P.364

 もし対人恐怖がAnthropophobieの訳語だとすると,この訳はやや異例である。がん恐怖,高所恐怖などすべて「対」を付けない訳になっており,それにならえば「ひと恐怖」でなければならない。しかし,実際われわれが対人恐怖として取扱っているものは,単なるひと恐怖ではなく,もっと複雑多様のものであるので,この方がふさわしい。したがって逆に対人恐怖をAnthropophobieと直訳した場合,内容が外国人に正当に伝えられるかどうか大いに疑わしい。
 認識論的にいえば見るものは自己であり,他はすべて見られるものである。ところがその他なるものは見られるものであるとともにまた見るものであり,自己は見るものであるとともにまた見られるものである。いな,見られるだけではない。感じられるもの,評価されるもの,不快がられるもの,迷惑がられるものでもある。このことは,およそ人間が共存するところどこにおいても,変わりはないだろう。対人恐怖の生ずる基盤にはこのような普遍的現実がある。

対人恐怖について

著者: 山下格

ページ範囲:P.365 - P.374

 対人恐怖については,以前本誌に小文11)を発表したし,学会に報告12)〜16)したこともあるので,ここでは重複をさけ,具体例を中心にして日頃思うところをのべてみたい。症例はまとめて表に示した。

対人恐怖の精神分析

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.375 - P.381

I.はじめに——対人恐怖はわが国に多いか——
 昨秋に予定されていた「対人恐怖」というテーマのシンポジウムで司会者は「従来,対人恐怖は,わが国をはじめ,ごく一部の文化圏に多発するという説が,学会でも支配的であった」と述べ,そのようにいわれてきた理由が一体何であるかという比較精神医学的立場からの究明を第一の課題としている。次いで,第一の課題から必然的に対人恐怖の本態の解明が問題にされ,最後により効果的な治療法を見出すことを問題にしている。
 さて,対人恐怖ははたして,わが国に多いのであろうか。もしそうだとしたら,わが国の文化的特徴とどのように内的連関を持っているのであろうか。高良(1955)はHorneyとの個人的接触を通じて,アメリカで対人恐怖を主訴として治療を求めてくる患者がきわめて少ないことを知ったと述べ,さらに,わが国では神経症のうち対人恐怖の占める比率が大きく,森田の報告では541名の神経質症者のうち170名,すなわち,31.4%が対人恐怖症者であり,高良自身の経験では,神経症者1,679名のうち,実に,619名36.8%が対人恐怖を主訴とするもので,これは,わが国の特異な現象であるとしている。研究報告の数の多少がただちにその研究の対象の多少を示すものではなかろうが,研究者の関心の大小を示すものということはできるだろう。たしかに,対人恐怖が研究の対象としてとりあげられたのは主としてわが国を中心とするものであるらしい。

対人恐怖について—森田を起点として

著者: 近藤章久

ページ範囲:P.382 - P.388

 すでに,森田は,対人恐怖の患者を精密に観察して次のように述べている。「対人恐怖は,恥かしがることをもって,自ら不甲斐ないことと考え,恥かしがらないようにと苦心する『負け惜しみ』の意地っ張り根性である」1)。すなわち彼によれば,対人恐怖は第一に,恥かしがる性格傾向を持ち,第二に,その恥かしがる傾向を抑圧,否定しようとする「負け惜しみ」の意地っ張りの傾向をもつものである。

対人恐怖症について—「うぬぼれ」の精神病理

著者: 三好郁男

ページ範囲:P.389 - P.394

Ⅰ.序論
 1.方法論的側面
 わたしの研究はすべて個々の症例の精神療法的経験に則している。したがってそのデータは典型的ないわゆる質的データである。さて見田1)によると質的データにもっとも適する研究目標は,当の対象の構造連関の解明,因果連関の追求などであり,それらからある仮説を引き出すことである。ところでこの小論のテーマの対人恐怖症はその概念がはなはだあいまい,かつ広汎である。なるほどAnthropophobiaという語はあるが,これは欧米では死語に近く,たとえば動物恐怖症に対応するような意味での対人恐怖症があるのではなく,わが国でいう対人恐怖症は,厳密な意味で恐怖症Phobiaといいうるかどうか疑わしい。またそれは近藤(喬)2)がその論文で指摘するように対人恐怖症候群とでもいうべきであり,赤面恐怖,視線(正視)恐怖,表情恐怖,吃言恐怖その他の多くの症状を総括している。したがっておそらく数量的データにしても,対象そのものが同質でないのだから信頼度は低いであろうし,質的データとなればなおさらである。わたしの経験では,以上のように「対人恐怖症」として総括されているもののうちの各類型は,かなり異なっており,以下に一応の仮説を呈示はするが,各類型をそれだけで理解するのは不十分であり,各類型についてそれぞれより具体的な仮説の追求が必要であると思われる。そして対人恐怖症の各類型が,とにかく「対人恐怖症」として一括されるのは,病態のいわば最終結果である「他人を避ける」という現象によってなのであるから,「対人恐怖症」に関する仮説は,その中に含まれる各類型の仮説によって逆に肉づけれ再検討されねばならないであろう。

結語

著者: 前田重治

ページ範囲:P.395 - P.396

 臨床的にありふれた症状でありながら,いざ正面からとりあげてみると,多くの問題をはらんでいる対人恐怖について,ここに4篇の個性的な論文がまとめられたことは有意義である。
 山下氏は,わが国における両親の養育が,細かな心づかいと強い自尊心をはぐくみ,そこから生じる遠慮の心理がひいては加害意識として対人恐怖へ展開してゆくことをのべられている。これらはわが国の青年期における発達的な意味での社会的自己像の歪み——思いちがいにもとづく不適応としての対人恐怖が中心におかれているようである。

研究と報告

精神病院に入院した精神病質者の異常行動類型について

著者: 米倉育男 ,   村本幸栄

ページ範囲:P.397 - P.404

I.はじめに
 精神病質の問題は,精神医学のなかにおいては屑籠的存在として軽視され,その概念すら不明確であり,一部には精神病質それ自体をも否定しようとする立場の人さえある。しかしながら,K. Schneiderが“Der Psychopath ist tot, aberes lebt der Psychopath.”といったように,われわれは,精神病院や矯正施設などにおいて現実に彼らと遭遇し,彼らを診断し,治療し,処遇せざるをえない立場におかれている。
 そこで,われわれは精神病院に入院した精神病質者について,既往の生活歴における異常行動や入院中の不適応行動を調査して,いわゆる行動曲線による図式化,類型化を行ない,それによる精神病質の診断への寄与,将来における精神病院の機能分化や精神病質者の保安処分に対する示唆を得ることを意図した。

主として30歳台女性に発病する妄想・幻覚状態について—その状況論的考察

著者: 市川潤 ,   斎藤征司

ページ範囲:P.405 - P.411

I.はじめに
 精神分裂病が“Gruppe der Schizophrenien”(Bleuler, E.)として種々の臨床類型をその内に包含することは,内因性精神病の疾病学が論ぜられる場合に常に問題とされるところである。またそれ故に,それらの臨床類型についてどのような観点から検討を加えるにしても,精神分裂病一般の研究としてはその結論にさまざまな異同を生じてくることは当然の帰結であろう。ある論題についての研究を相互に比較することができるためには,その研究対象が同質のものでなければならないことは論をまたないところである。しかしながら,研究対象の選択にさいしての依りどころが疾病学にしても類型学にしても,それぞれにはまた依って立つところの観点の相異があり,一概に是非を論じ難く,ここにも臨床精神病理学の問題点がある。
 最近Pauleikhoffは疾患の発端・病像・経過・生活史・人格・状況(主として発病と経過に関与する全体的状況)ならびに予後などの諸因子を総合的に考慮に入れたうえで“30歳台における妄想・幻覚精神病”を一つの精神病理学的疾患単位として記載した。かかるPauleikhoffの疾患概念は,文字通り“30歳台における妄想・幻覚状態を示す精神病”のすべてを含むものではなく,前述のような観点からの諸条件を充足する比較的出現頻度の低い疾患である。

急性パラクロルニトロベンゼン(pCNB)中毒後遺症の2症例

著者: 三山吉夫 ,   雪竹朗

ページ範囲:P.413 - P.420

I.はじめに
 Para-Chlornitrobenzene(以下pCNBと記す。第1図)は主として染料例えばBrilliant Indigo 4 Bや医薬品,フェナセチン,Dultinの製造過程の中間体として用いられるベンゾール誘導体の一つである。その性質は水には溶けないが熱・アルコール・エーテルに溶ける1)。このうちアルコールに親和性を有することは飲酒が中毒を促進するので注意しなければならない点である。許容量は1ppmとされている10)。中毒量は不明であるが,動物実験では600ppm,10分間で中毒を起こしたとの報告があり,人体例ではDuhringの法則に従って小児(2年1カ月)例で60〜240ppmを10分間または20〜240pppmを2時間で中毒を起こしたという報告がある1)。pCNBによる健康障害で重要なものは,粉塵または蒸気の吸入および皮膚からの侵入による中毒であり,その中毒作用は芳香族ニトロ化合物と類似しているが,作用はニトロベンゼンよりも強いとされている。作用機転はpCNBが体内に吸収されるとMet-Hb. が構成され,生体の酸化・還元機構の障害を起こし,直接的あるいは間接的に造血器系の障害・神経系障害・肝障害をきたし2)4)5),さらにその影響は蓄積的とされている。臨床症状は急激に始まる頭痛・嘔吐・胃腸障害・心悸亢進・意識喪失・けいれん・チアノーゼなどであり概して重篤・な症状を呈するが,この急性期に適切な処置を施こせば大体予後は良好とされている2)3)。そのために保安管理の徹底は言をまたないが,ひとたび発症した場合には適切な処置が予後に大きな影響をおよぼすことを十分念頭に入れておく必要がある。pCNB中毒の症例は1950年頃から注目され,現在では重要な職業病の一つになっている。急性期の身体症状・血液学的所見についての報告は散見するが1)3)6)9),その後遺症としての精神神経症状の報告は見当らないように思う。われわれは急性pCNB中毒後遺症の2例を経験したので報告する。

Double-blind,Cross-over法による陳旧精神分裂病に対するChlorpromazineとAPY-606の効果判定

著者: 高橋三郎 ,   伊藤耕三 ,   諏訪望 ,   加藤厳 ,   渡辺博 ,   渡辺栄市

ページ範囲:P.421 - P.427

I.はじめに
 すでにわれわれは,罹病期間3年から26年におよぶ30例の入院陳旧精神分裂病患者に,Chlorpromazine(以下CPと略す)からそれと同量の新しく開発されたPhenothiazine誘導体,APY-606に切りかえた後の臨床効果について,日常生活面における各種作業療法適応との関連において検討した1)。その結果,40日間の治験期間を通じ,19例はCP投与時に比し特別の変化がみられず,変化のみられた11例中2例では退院ないし外勤作業にまで参加可能となり,またのこり9例では症状悪化ないし副作用がみられた。これらの悪化例では,本剤に切りかえてから2週間前後から脱力感,倦怠感,不眠などがあらわれ,まもなく不安感や焦燥感をともなうが,これらは副作用というより,本剤に変更したために起きた精神症状そのものの変化と思われた。そして結論として,陳旧精神分裂病の症状安定化作用に関しては,APY-606はCPに比し,同量用いた場合にはやや弱いものと推定された。
 しかしながら約2/3の例(30例中19例)においてCP投与時と同様に日常生活面における行動や接触面における変化のみられないことは,次の二つの可能性を示唆しているものと思われた。すなわち,その一つとして,APY-606は陳旧精神分裂病の場合,CPと類似の行動面および情動面への作用を有しているのではないかということ。第2に,両薬剤ともこれらの例においてはその精神症状,ないし行動面に対し,なんら本質的作用を有していないのではないかとも考えられること。この二つの可能性につき,さらに解析するためにinactive placeboによる二重盲検法も考えられたが,対照群に入る症例においては,症状悪化や生活療法場面における患者の利益がそこなわれることが予想された。

精神分裂病に対する新Minor Tranquilizer—CS-300の使用経験

著者: 前田利男

ページ範囲:P.431 - P.442

Ⅰ.緒言
 従来minor tranquilizerとしてChlordiazepoxideやDiazepam,Nitrazepamなどが次々と登場して,臨床的にも優れた効果を発揮してきた。今回国産品として三共株式会社中央研究所で,さらにCS-300が合成されたが,本剤はChlordiazepoxideやDiazepamと同じくBenzodiazepine誘導体の一種であるが,ChlordiazepoxideやDiazepamと同じく,馴化作用,斗争反応抑制作用が著明であり,しかも,随伴症状が少なく,筋弛緩作用,自発性行動の抑制作用も低いといわれている。
 三共株式会社中央研究所の動物を用いた薬理作用の研究結果によれば,小動物の馴化作用では,CS-300はChlordiazepoxideとほぼ同等の効果を示し,またサルの行動に及ぼす影響では,sociability,contentmentの増加,excitement,hostilityの減少を示し,その効果はCS-300とChlordiazepoxideでは同程度であるという。また抗痙れん作用はChlordiazepoxideと同程度でDiazepamよりも低いことが報告されている。しかし自発性行動の抑制作用ではCS-300はChlordiazepoxide,Diazepamよりも著しく弱いという。これらの事実は大脳生理学的にみて,CS-300がChlordiazepoxideと同じく,海馬より扁桃核の後発射に抑制を示し,視床下部刺激による大脳辺縁系の賦活反応に抑制を示さず,坐骨神経,中脳網様体の刺激による脳波覚醒の閾値上昇をきたさないことからもある程度理解されうるかもしれない。

資料

岐阜県における高齢の精神障害者についての調査

著者: 杉本直人 ,   星融 ,   森崎郁夫 ,   平林幹司 ,   天野宏一 ,   赤座叡 ,   水野隆正 ,   関谷重道 ,   三輪登久 ,   四十塚竜雄 ,   貝谷久宣 ,   村本幸栄

ページ範囲:P.445 - P.450

Ⅰ.序言
 日本国民の人口構成における高年齢者の比率は近時増加し,今後当分の間この傾向をなお強めるであろうと推測されている。さらに,若年層の人々が農村より都市へ集中することにより,農村部における高年齢者の比率は高くなり,いわゆる過密,過疎の問題とともに社会的に,産業的に種々の課題が提起されつつあることは周知のごとくである。医学の領域においても高年齢者の問題は老人医学の課題として反映しており,精神病学の領域では高齢の患者が改めて見直されつつある。さらにわが国においては,第2次世界大戦後,古い家族制度が破壊されるとともに家族成員の構成も変わり,いわゆる核家族(nuclear family)1)なる言葉が示すごとく,両親と未婚の子女で構成された家族が多くなり,高齢者は孤立していく傾向が強まりつつあることが都市部では窺われる反面,未だ農村部では家父長的な制度の面影が残っているのではないかと考えられる。これらの事情から考えられることは,今後相対的に増加していく高齢者の問題を精神医学的にわれわれはいかにとり上げていかねばならぬかということであろう。
 既に先人により指摘されているごとく,高齢者は彼らに独得の多くの問題点を有する。肉体的にまた心理-精神的に彼らは若年者とは相違する特有な条件を有し,またとくにわが国における高齢者は現在古い家族制度の崩壊しつつある時期に生活しているということにおいて,現代の西欧先進諸国には既に見られない条件下にもあるという事情もあり,これらの諸条件が高齢者の精神病像に独得の色彩を与え,また精神障害の発現に特別な条件となっているであろうことは想像に難くない。

短報

Clomipramine(Anafranil)の抗うつ作用と治療効果について

著者: 平井富雄 ,   矢部徹

ページ範囲:P.443 - P.443

 Clomipramineの抗うつ作用は,すでにPoldinger, W.(1961)によって報告されている。その後,おもにヨーロッパ圏の精神医学者によって,内因うつ病をはじめ,うつ状態像を呈する精神障害などに対する治療効果が確認され,わが国でもその抗うつ作用の治療的意義について,臨床治験報告が公表されている。
 本剤の特徴は,その臨床使用にさいし,点滴静注を行なう点にあるといえる。したがって,点滴静注の間にうつ病者の精神症状・自律神経機能および中枢神経機能の標示である脳波など,諸種の精神-身体機能の病態を,治療と並行させながら観察できる利点を有している。この意味では従来の治療法に比べ,はるかに科学的厳密さを持つ治療法になりうるとも考えられる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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