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雑誌目次

論文

精神医学12巻7号

1970年07月発行

雑誌目次

巻頭言

矯正医学のめざすもの

著者: 大津正雄

ページ範囲:P.544 - P.545

 矯正医学を簡単に説明するならば,それは犯罪,売春,薬物依存などのいわゆる反社会的あるいは非社会的不適応行動を,「不健康に基づく非行」としてとらえ,それら非行者を,身体的・精神的・社会的不健康が絡みあったものと観る立場から分析的かつ総合的に理解し,その診断,治療,社会復帰ならびに予防をはかる医学であるということができよう。したがって,これは当然のことながら,身体医学,精神医学,心理学,社会学,教育学,人類学それに経済学といった多くの諸科学を包摂して成り立つ応用科学あるいは行動科学のひとつであって,わが国においてこの原理が確立されてきた過程に沿って,犯罪者や非行者を収容し処遇する矯正施設に多くの改善や変革がもたらされてきたものである。すなわち,少年鑑別制度や受刑者分類制度の樹立,医療少年院や医療刑務所の創設,婦人補導院の設置,そして全施設における医療衛生給養面の改善,治療的処遇の普及,矯正教育技術の進歩などが急速に実現し,各領域の専門家が多くこの分野に参加するようになって,わが国の矯正行政は飛躍的な進展を遂げたのである。
 ところで近年めまぐるしい社会変動のなかにあって,非行現象や非行者の意識内容には大きな変容がもたらされている。それは旧来の犯罪生物学や精神測定学のみではとうてい解明しきれないものとみられ,経済社会学,文化人類学,社会病理学などの多次元的なアプローチが必要になってきた。そして,どこの国においても"新しい非行者"は大きな社会問題とされ,その検討が急務となっている。

展望

ヨーロッパにおける最近の分裂病研究の動向

著者: 宮本忠雄 ,   高橋徹

ページ範囲:P.546 - P.563

Ⅰ.まえおき
 われわれはこれから独仏語圏を中心とするヨーロッパにおける最近約10年間の精神分裂病研究の動向を展望してみたいと思う。展望を60年代の約10年間に限る理由は,ひとつには,11年まえの本誌創刊号(1959年)に村上が「最近のヨーロッパにおける分裂病の精神病理学の動向について」を発表して,人間学的研究を中心とする50年代の動向を展望しているためであるが,内容的にみても,60年代のはじめごろからそれまで主導的役割を果たしていた人間学的方向がようやく分極化のきざしをみせ,社会精神医学的方向や力動心理学的方向が前景に出てくるなど分裂病の問題をふくめて精神医学全体のシステムが流動して今日におよんでいることによる。H. Häfnerがこれを精神医学のlatente Grundlagenkriseとよぶゆえんであるが,研究方向のこうした推移ないし消長は,たとえば村上の展望で大きく紹介されていた現存在分析のL. Binswangerがすでに故人となり,了解的人間学のJ. Zuttが第一線から引退し,人間学的研究の推進者もしくは同調者だったC. KulenkampffやHafnerそれにK. P. nKiskerらがそろって転向して社会派となり,また一時は人間学的路線をあゆんでいたC. F. WendtやW. Brautigamも本来の力動心理学的ないし精神療法的旗印しを鮮明にかかげて活躍していること,などに端的にあられている。

特別論文 精神医学の基本問題—精神病と神経症の構造論の展望

第2章 2人の隠れた先駆者—カールバウムとジャクソン

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.564 - P.572

2人に共通したもの
 近代精神医学の研究者として,グリージンガーとシャルコーの2人が花々しい創始者的役割りを演じたことは前章に述べた通りである。この2人の精神が,いかに引き継がれたかを見るためには,グリージンガーの意図を継承したウェルニッケを,またシャルコーの門弟であったババンスキー,ジャネ,フロイトらを紹介するのが順序であるが,年代順で行くと,前2者と,これらの人々との中間に,2人の特異な人物がいる。そこで本章では,この2人をまず取上げてみよう。
 この2人の人物とは,K. L. カールバウムとH. ジャクソンである。この2人の間には奇しくも幾つかの共通点があるが,その中で最も顕著なのは,ジャクソンの神経学的業績を除き,この2人の精神医学上の発表が,その生前にはほとんど反響を呼ばなかったことであり,しかも後来,これが再発見されて,現代の精神医学への貴重な寄与となっていることである。なお両者とも,生前,その実力にふさわしい社会的地位を得なかったことにおいても共通している。

研究と報告

青年期に好発する異常な確信的体験

著者: 村上靖彦 ,   大磯英雄 ,   青木勝 ,   高橋俊彦

ページ範囲:P.573 - P.578

I.はじめに――考察の対象
 「自分の体から,嫌な臭いを発散している」「自分の目つきがするどいので,人に嫌な感じを与える」などと訴える症例については,わが国においても既に,鹿野,足立,中沢,宮本,笠原,山下らによって報告され,論じられている。
 われわれもまた,ここ数年来,青年期に好発する病態として,自己の視線,体臭の他,自己の表情,容姿などを主題とする関係妄想や,それらへの妄想的こだわりを示す,確信的体験を伴う一群の病態を,一応〈思春期妄想症〉〈妄想様固定観念4)〉などと仮称してとり上げ,それらを思春期心性との関連のもとに検討し,報告してきた。

分裂病者の母親のCommunication

著者: 井村恒郎 ,   川久保芳彦 ,   望月晃 ,   三須秀亮 ,   牧原浩

ページ範囲:P.579 - P.585

Ⅰ.序文
 われわれは数年来,分裂病家族の問題を家族内の対人関係という面から明らかにしようと心がけた。そのため,対人関係の障害を推測することをめざした特殊なテストを用い,分裂病家族成員間の対人関係における相互理解に関してICLの変法により,また,共感性(empathy)に関して音調テストにより,研究を行なった。その結果を総合してみると,家族成員のうち,患者は直接的な感情移入および観念的なレベルでの対人関係の理解は良かったが,父親は前者に欠け,後者は母親よりも良い。一方母親は直接的な感情移入は正常者と差はないが,観念的なレベルでの対人関係の理解が歪んでいる。これらのことから両親ともそれぞれ相異なったレベルでcommunicationの受容面の欠陥を示し,この欠陥をもった両親の営む家族における成員間の関係は,複雑で微妙な矛盾を含むのではないかと推測される。しかし,ここに述べたことは感情移入(共感)の能力および対入的理解の能力を,円滑な対人関係の営まれる前提条件の一つと考えて行なった研究であり,いわばcommunicationにおける受容の面に関係したテスト結果である。この結果は表出ないし表現の面に影響するはずであるが,それはどのような形であらわれるであろうか?また,患者に及ぼす影響という点からみても,表現の面の障害を不問のままに取り残すわけにはゆかない。
 このような見地から,母親と患者のcommunicationの様態を追求することにした。

大作曲家の病蹟学への一寄与—ベドルジフ・スメタナの場合

著者: 霜山徳爾 ,   小木貞孝

ページ範囲:P.587 - P.592

 近年,病蹟学の進展は,主として著名な作家,画家などの方面に向けられ,多くのすぐれた知見が提出されたが,音楽芸術に関しては,やや立ちおくれているように思われる。しかし,精神疾患によって大作曲家の創作活動がどのような影響を受けるか,という問題は,第1には,音楽と病的心性との関係として,第2には,文学,絵画,造型美術などの他の芸術部門の天才たちの病蹟といかなる相違があるかという点で,第3には,創造の病理一般の問題として,われわれの関心をひくものである。しかし,上述のごとく,従来までのこの分野での研究は他の芸術領域のそれに比較して乏しいといわねばならない。大作曲家の精神異常と創作活動との連関を調べるといっても,音楽の分野では,この精神異常の正体すら分明でないことが多いのである。たとえばローベルト・シューマンの場合がそうであって,ボン市近郊のエンデニッヒの精神病院でその生涯をとじた彼の精神疾患については,ここ数十年の間に既に論議はされつくした感があり,おおむねハンス・グルーレの見解が妥当だとされながらも,なお定説とよばれるべくものは存しない。また,たとえ精神病は考えられなくとも,モーツァルト,ベートーヴェン,チャイコフスキー,ショパンなどには病蹟学的には興味をひく生活史上の事実が多い。しかしその究明はわずかしか試みられていない。
 ここにとりあげるベドルジフ・スメタナ(1824-1884)は,周知のごとくドヴォルジャークとならんで,チェッコスロヴァキアの生んだ国民的大作曲家である。当時,プラーハはウィーンに容れられなかったモーツァルトを高く評価するなど伝統的に音楽に対する理解の水準は高かったが,なお自ら生み出すものを持たなかった。この2入の天才の出現によって初めてチェッコ独特の音楽を持ったのであった。ドヴォルジャークが幸福な人生をおくったのに対して,スメタナの生涯は悲劇的であった。彼は50歳のときに聴力を失ったにもかかわらず作曲を続け,その点ではベートーヴェンと,またその生涯の最後を精神病院で迎えたという点ではシューマンやヴォルフとその暗い運命を共にしている。

躁うつ病様病相に一致して脳波異常をくり返した非定型精神病の1症例

著者: 菅野圭樹 ,   宮坂松衛 ,   小島卓也 ,   田上洋子 ,   小見山実

ページ範囲:P.593 - P.609

I.はじめに
 定型的内因性精神病(分裂病,躁うつ病)には一般に脳波の異常はみられないとされているが,いわゆる非定型内因性精神病においては異常脳波出現の有無が数多くの研究で問題とされている。そこには脳波上てんかん性異常波の出現をみるもの1)12)16)25)42)45)46)から,非特異的なθ波の出現を重視するもの28)39)45)46),さらには低電位速波10)11)17)18)44)または特別な脳波変化はみられない45)とするものまで多彩な記載がなされている。定型的内因性精神病におけるよりも,非定型のそれには脳波異常はたしかに発現が多そう30)だが,この関係について統一的な見解はまだえられていない。これを困難にしている理由は,一つには報告者によって対象とした非定型内因性精神病の概念がかなりことなることと,一つには多くの研究が横断面的脳波検索のみによってこの問題を論じていることにあると考えられる。
 いわゆる非定型内因性精神病の生物学的基礎,とくにその脳波異常の意義については,今後さらに各種の病像の明確な分類と対応して,多くの症例で病相および寛解期にくり返して脳波観察の追求がなされ,整理されなければならない。

緩和精神安定剤Oxazolamの臨床治験

著者: 長谷川和夫 ,   山田治

ページ範囲:P.613 - P.622

Ⅰ.緒言
 現代は不安の時代である。学園においても,職場においても,また家庭においても,日常の生活のなかに,今日ほど人々が不安にかられて異常な精神状態や行動にかりたてられてゆく時代はかつてなかったと思われる。
 精神医学の領域においても,不安症状は精神症状の基本的なものであって,本症状の治療は,大きな課題である。これには精神療法や作業療法,またすぐれた治療法として森田療法があげられるが,薬物療法も近年,臨床精神医が,大きな武器の一つとして数えるものである。ここにとりあげたOxazolam(10-Chloro-2,3,5,6,7,11b-hexahydro-2-methyl-11b-phenylbenzo〔6,7〕-1,4-diazepino〔5,4-b〕-oxazol-6-one)は,chlordiazepoxideやDiazepamと同じように,benzodiazepine誘導体であり,この不安症状の治療に効果のある薬物として知られている。

新抗てんかん剤としてのB169の臨床治験

著者: 六川二郎 ,   陣内伝之助

ページ範囲:P.625 - P.630

Ⅰ.緒論
 B169すなわち2-〔β-pyridyl-(2′′)-ethenyl〕-3-(2′-methylphenyl)-quinazolinone-(4)はBoltzeら(1963)1)により合成されたquinazolinone誘導体(第1図)であり,本剤の抗痙攣作用と体内代謝に関する動物実験はすでに森ら(1969)2)により発表された。
 ここに本剤のてんかん患者に対する臨床治験の第1報を報告する。

資料

同意入院(精神衛生法33条)における管理者の義務権限について—東京地方裁判所,東京高等裁判所の判決をめぐって

著者: 元吉功

ページ範囲:P.631 - P.635

I.はじめに
 現行精神衛生法のなかで,保護義務者の同意による入院が人権保護の上で欠陥があり,この条項に関する人権侵犯事例,あるいは訴訟事件等,紛争の多いことは周知の事実である。日頃精神障害者の医療と保護の任にあたっている精神科医のなかには,このような問題について思いのほか無関心な人が少なくない。このことが,ひいては精神医療を歪める一因ともなっていると思われる。ここに提出する資料についても,精神科医として考えさせられる多くの問題を含んでいるが,とくに同意入院の場合の診断を管理者自らがなさねばならぬか否かの争いについて,下級審(宇都宮地裁,栃木支部および東京地裁)の判決を覆した東京高裁の判決は,われわれが案じていた問題であり注目されてよいと思う。東京地裁の判例については,既に筆者および宇佐美検事が詳報(日本精神病院協会報10号,1963年)してあるので概略にとどめ,東京高裁のそれについても,判決全文を掲載することは紙数がたりないので,主要部分にとどめることとした。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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