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研究と報告
大作曲家の病蹟学への一寄与—ベドルジフ・スメタナの場合
著者: 霜山徳爾1 小木貞孝1
所属機関: 1上智大学心理学科
ページ範囲:P.587 - P.592
文献購入ページに移動 近年,病蹟学の進展は,主として著名な作家,画家などの方面に向けられ,多くのすぐれた知見が提出されたが,音楽芸術に関しては,やや立ちおくれているように思われる。しかし,精神疾患によって大作曲家の創作活動がどのような影響を受けるか,という問題は,第1には,音楽と病的心性との関係として,第2には,文学,絵画,造型美術などの他の芸術部門の天才たちの病蹟といかなる相違があるかという点で,第3には,創造の病理一般の問題として,われわれの関心をひくものである。しかし,上述のごとく,従来までのこの分野での研究は他の芸術領域のそれに比較して乏しいといわねばならない。大作曲家の精神異常と創作活動との連関を調べるといっても,音楽の分野では,この精神異常の正体すら分明でないことが多いのである。たとえばローベルト・シューマンの場合がそうであって,ボン市近郊のエンデニッヒの精神病院でその生涯をとじた彼の精神疾患については,ここ数十年の間に既に論議はされつくした感があり,おおむねハンス・グルーレの見解が妥当だとされながらも,なお定説とよばれるべくものは存しない。また,たとえ精神病は考えられなくとも,モーツァルト,ベートーヴェン,チャイコフスキー,ショパンなどには病蹟学的には興味をひく生活史上の事実が多い。しかしその究明はわずかしか試みられていない。
ここにとりあげるベドルジフ・スメタナ(1824-1884)は,周知のごとくドヴォルジャークとならんで,チェッコスロヴァキアの生んだ国民的大作曲家である。当時,プラーハはウィーンに容れられなかったモーツァルトを高く評価するなど伝統的に音楽に対する理解の水準は高かったが,なお自ら生み出すものを持たなかった。この2入の天才の出現によって初めてチェッコ独特の音楽を持ったのであった。ドヴォルジャークが幸福な人生をおくったのに対して,スメタナの生涯は悲劇的であった。彼は50歳のときに聴力を失ったにもかかわらず作曲を続け,その点ではベートーヴェンと,またその生涯の最後を精神病院で迎えたという点ではシューマンやヴォルフとその暗い運命を共にしている。
ここにとりあげるベドルジフ・スメタナ(1824-1884)は,周知のごとくドヴォルジャークとならんで,チェッコスロヴァキアの生んだ国民的大作曲家である。当時,プラーハはウィーンに容れられなかったモーツァルトを高く評価するなど伝統的に音楽に対する理解の水準は高かったが,なお自ら生み出すものを持たなかった。この2入の天才の出現によって初めてチェッコ独特の音楽を持ったのであった。ドヴォルジャークが幸福な人生をおくったのに対して,スメタナの生涯は悲劇的であった。彼は50歳のときに聴力を失ったにもかかわらず作曲を続け,その点ではベートーヴェンと,またその生涯の最後を精神病院で迎えたという点ではシューマンやヴォルフとその暗い運命を共にしている。
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