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雑誌目次

論文

精神医学14巻1号

1972年01月発行

雑誌目次

巻頭言

人間とは?

著者: 千谷七郎

ページ範囲:P.2 - P.3

 「人間失格」の宣言はほンのこの間のことであったが,今日は人間性回復,ヒューマニズム,人権等々が標語的に,中味の定かでない騒音の空回りをつづけているように見える。告発ばやりの世の中で,人は前向きだけに馳けながらズボンの尻の綻びには気がつかない。本当に人間とは何であったか,何なのか?
 「モラルを離れた意味における真理と嘘言について」(1873)という不思議な題名の短文は,遺稿からやっと陽の目を見たニーチェの初期作品である。それは雑り気なく,かつこの上もない迫力をもつ格調で私共の心に泌み通る。「無数の太陽系となってきらきらと煌めく姿の宇宙の何処かの片隅に昔一つの星があった。その星の上で利巧な動物が認識の作用を工夫した。それは『宇宙史』の最も不遜で,最も虚偽の分時であった。が併し結局はやはりほンの一分時に過ぎなかった。自然が一呼吸,二呼吸する間もなくこの星は硬直し,利巧な動物は死ぬよりなかった。——誰かが寓話を作ることはできるかも知れないが,人間の智慧が自然の中でどんなに浅間しく,どんなに定かでなく,はかなくて,どんなに無目的で,得手勝手な有様であるか,この事は十分に解説しきれないであろう。……そもそも人間は自分自身について何を知っているか!……自然が人間に,その肉体についてすら大部分のことを隠さないのは,人間の眼を腸のうねりや血流の速かな流れ,錯綜した筋の顫動などから逸らして,傲慢で,まやかしものの意識の中に呪縛して閉じ籠めるためである!自然は鍵を捨て去ったので,もし何時か意識の部屋の隙間から外を見おろすことのできる人がいて,そして,人間とは無情冷酷,貪欲で飽くことを知らない本性のもので,しかも己れの無知にお構いなく,謂わば虎の背に揺られて夢に漂っていることにやっと感づいたとすれば,この宿命的な好奇心者は哀れである」。ニーチェは,彼の探究のそもそもの初めに,生命,それも生の充実という観点に立つとき,意識は生の必要,生の増大と見られるのか,それとも一種の変質,退化,あるいはその妨害と見なくてはならないのではないか,という問いを投げかけた人であった。そしてギリシア人すらそれなりに識別はしていたものの,敢えて分離することはしなかったもの,即ち,意識と生命とを引き離したのであった。

先覚者にきく

三浦百重先生をたずねて

著者: 三浦百重 ,   村上仁 ,   満田久敏 ,   佐藤幸治

ページ範囲:P.4 - P.13

精神科医への道
 村上 早速でございますけれども,先生が精神科医になられた動機,ことに九大を出られて京大にこられた,その辺のところをお伺いしたいんですが……。
 三浦 私はね,熟慮して精神科をやったというわけじゃないんです。成り行きが,こうさせてしまったわけなんです。九州で卒業試験に精神科の試験を受けて,その時に曲りなりにもノートを一通り読んでみていて,面白いなあと思ってはおったんですが。

特別論文 精神医学の基本問題—精神病と神経症の構造論の展望

第17章 精神病の人間学的把握の試み(1)—ビンスワンガーの現存在分析

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.14 - P.22

人間学的立場の抬頭とビンスワンガー
 1つの現象を細かく分節分析して,これを丹念に観察叙述し,その多数の経験を集積した上で,現象を帰納的に再構成し,かつ説明しようとすること——これが自然科学における常套的な研究方法である。そして精神病や,その症状の理解に対しても,精神医学は,脳病理学,脳局在学,遺伝学,体質学,精神病理学など,その手技と方法とこそ違え,根本理念は変わることなく,帰納的研究方法を主として用いて今日に至ったのである。それは,19世紀後半に起こった臨床医学全般の傾向を,その1分科としての精神医学も踏襲したからであった。そしてこの研究方法に助けられて,多くの精神病の本態理解は進められ,また精神病に対する治療方法の発見と改善とが実ったのである。これは今後においても大きな可能性の期待される研究方法であることは言うを俟たない。精神医学の最大の難問題である内因性精神病の解明にとっても,この自然科学的方法の進展が将来の大きな成果を約束するであろうことは,過去のかずかずの根拠に照らして明らかである。
 しかし,過去における多くの努力にもかかわらず,内因性精神病に関する知見は,なお,はなはだ不充分であり,その研究の遅々として進まぬことが,この病気の本態についての種々な異論を捲き起こす契機となったこともまた事実である。本展望では,これまで特に精神分裂病の構造に関する学説の多くを紹介してきたが,それはまさに各人各説とも言えるものであり,極端の場合には,相互の意見のあまりにも隔たることに目を見張らせられる思いがする。これは過去における研究の進歩の遅々たることに由来するものではあるが,これを現状のままに放置することは許されない。現時点における精神医学者の努力が,この内因性精神病の解明に集中していることも故なしとしないのである。

研究と報告

徐波連続を伴う昏迷について

著者: 佐藤光源 ,   上藤恵子 ,   黒田邦彦

ページ範囲:P.23 - P.31

I.はじめに
 昏迷状態を数時間から3日間にわたって,反復して挿間性に呈した症例を最近私たちは経験した。しかもその挿間性昏迷のさい,脳波で徐波連続を示し,それがdiazepamその他の各種薬物投与に対して,きわめて特異的な反応を呈した。この興味ある症例は昏迷の病態生理について何らかの示唆をなげかけている。
 昏迷は精神科領域では比較的よくみられる状態であるが,無言,無動を主な現象型とし,そのさいの意識体験をあとで追想させることによって診断するという形で状態を把握してきたため,客観化するのが非常に難しい。そのため,この状態における意識レベルについてはいろいろな論議がなされるわけで,のちの考察でふれるように意識清明を前提とする立場や意識混濁の系のなかにこれを置く立場がある。

Mitten Patternと背景脳波

著者: 青野哲彦 ,   石下恭子 ,   八島祐子 ,   尾野成治

ページ範囲:P.33 - P.39

 前報,青野のsoft patternの定義と性格を明確にした後,精神神経科において,安静閉眼時および睡眠脳波を記録し得た497名について,mitten patternと,安静閉眼時の背景脳波との関連性を検討し,次の結果を得た。
 1)各種疾患497例中,131例(26.4%)にmitten patternがみとめられた。この中で,頸椎損傷,精神分裂病には約50%にみられ,次いで多いのが,てんかんであった。精神分裂病では発病初期または症状増悪期などの急性期に多く,慢性期では少なくみとめられた。
 2)Mitten pattern出現が,15歳以下でも12例みとめられたが,最も多いのは16歳から30歳までであった。
 3)Mitten pattern存在例の43.5%,非存在例の5.5%にsoft patternがみられた。またsoft pattern存在例の74.0%,非存在例の17.6%にmitten patternがみられ,mitten patternとsoft patternの出現に統計的に有意の相関がみとめられた。この相関性は,外傷性頸椎損傷,精神分裂病,てんかんなどに等しくみとめられた。またmitten patternと相関を示して出現するsoft patternの類型では,軽入眠期にみられる第2群が各疾患とも,圧倒的に多かった。

心気症者の痛みについて

著者: 長沼六一

ページ範囲:P.41 - P.47

 心気症者の身体的訴えの中から痛みに関するものをとり上げ,それを通して心気症者の現象学,精神力動を2例の症状を呈示して考察した。痛みの訴えに関しては,そのときに医師-患者関係においてverbal communicationの介在が必然であり,この点から精神分析的治療の接近を試みた。
 A)心気症者の精神現象および精神力動
 1)心気症者の生活歴は不幸の連続であり,対人関係はきわめて貧困である。しかしその後の発展においては,むしろその心気的訴えにより対人関係での緊張を防いでいるといえる。
 2)心気症者の痛みは,社会生活の中で孤立化した彼等の社会的役割,地位の保障である。
 3)この社会的役割や病人としての同一性の確保のためには,それが器質的痛みであることが必要であり,このために苦痛な外科的検査や手術をむしろ期待する。その反面,心理的接近に対しては極度に拒絶する。
 4)この意味において,心気症者の痛みは身体武装body armourと考えられ,それは性格傾向としての性格武装character armourとの間に相関があるものと思われる。すなわち彼等の痛みは,主観的,個人的体験の現われであり,自我により積極的に創造されたものである。
 5)その身体的痛みが象徴化していたものは,<症例2>においては他者への怒りと敵意であり,それと同時に存在する彼等の分離への恐れと不安であった。

青年期に好発する異常な確信的体験—(第2報)自己の状態がうつると悩む病態について

著者: 大磯英雄 ,   小出浩之 ,   村上靖彦 ,   富山幸佑 ,   殿村忠彦

ページ範囲:P.49 - P.55

I.はじめに
 われわれは数年来青年期に好発する病態をとり上げ研究を続けており,すでに〈思春期妄想症〉,〈妄想様固定観念1)〉などと呼んだ一群の病態について発表し,その後これらに類縁するもののうち関係妄想を主とするものを一群としてまとめ,第1報として論文2)「青年期に好発する異常な確信的体験—関係づけの特殊性」において〈避けられ妄想〉と仮称し,その体験構造について論じた。
 そのさい二つの契機である関係妄想と身体異常感のうち,主として前者が前景にたつ症例を考察の対象とした。その中には自己臭,視線などについて悩むものの他,自己の容姿・表情・雰囲気などについて悩むもの,さらには自己の状態がうつると悩むものなどがあることを報告した。

炭酸リチウム使用に関連して全般性けいれん発作を起こした1躁うつ病例

著者: 岸本朗 ,   中尾武久 ,   小松原孝介 ,   大熊輝雄

ページ範囲:P.57 - P.63

I.はじめに
 リチウムがCade(1949)4)によって精神病の治療に導入されてから約20年を経過したが,とくに近年になってリチウムが躁うつ病の躁状態の治療にきわめて有効であり,またうつ状態にもある程度の効果を示すことが認められてきている。この薬物は,従来躁うつ病の治療に用いられてきた向精神薬とはまったく異なった化学的特性を有するので,躁うつ病の病態生理解明に新しい手がかりを与える可能性があり,またその持続的投与によって病相反復の予防がある程度可能であるとの報告が多い(Baastrupら2)1967,Angstら1)1970)ことからも興味ぶかい薬物である。
 しかしリチウムはかなり強い毒性を有し(Corcoranら6)1949,Schouら21)1968),その臨床的使用のさいに神経系,循環系,消化系,泌尿系などにわたるかなり多彩な副作用を生ずることが報告されている。なかでも,中枢神経系に対する作用としては,脳波に徐波化,高振幅化,過呼吸にたいする過敏性などの異常を生ずることがあり(Mayfield and Brown14)1966,Platman and Fieve19)1969),まれには全般性けいれん発作の出現も報告されている(Lauter und Middelhoff12)1969)。

C.P.C. 松沢病院臨床病理検討会記録・4

脳動脈硬化性精神障害の1例—典型例

著者: 石井毅 ,   吉田哲雄 ,   松下正明

ページ範囲:P.65 - P.70

I.まえがき
 最近,脳動脈硬化による精神障害をみる機会が著しく増えた。それとともに,これと老年痴呆などの老年期痴呆疾患との鑑別が困難で,誤診することも多くなった。このような誤診をさけるためには,脳動脈硬化性精神障害の特徴を十分把握することが大切であろう。その意味で,今回は典型的な脳動脈性精神障害を記載し,次号において,脳動脈硬化性精神障害と思われて,実は病理学的に老年痴呆であった例を呈示し,問題点を検討したい。

動き

第2回国際精神神経内分泌学会報告

著者: 高橋三郎

ページ範囲:P.71 - P.74

 The International Society for Psychoneuroendocrinology(ISPNE)の第2回学会が1971年7月1〜3日の間,Budapest市で開かれた。今回の会長はハンガリーのDr. K. Lissakである。この学会は,7月5〜9日同地で開催された第3回International Congress for Neurochemistryと関連し,その一部門としての形で開かれたものである。

紹介

—Wolfgang Blankenburg—Der Verlust der natürlichen Selbst-verständlichkeit. Ein Beitrag zur Psychopathologie symptomamer Schizophenien (Beiträge aus der Allgemeinen Medizin, Heft 21)

著者: 木村敏

ページ範囲:P.75 - P.81

 本書はドイツ精神病理学の俊英Wolfgang Blankenburgの最初の単行本である。既にまったくmonumentalといえる学位論文「妄想型分裂病の1例の現存在分析的研究」1)で注目をあびて登場したこの著者は今年43歳,最初Freiburg大学でHeidegger,Szilasi,Finkらについて哲学を修めた後,22歳で医学部に転じ,卒業後同大学のRuffinのもとで精神病理学を専攻し,Ruffnの退官後1968年Heidelbergに移つて以来v. BaeyerのもとでPrivatdozentとしてOberarztの職にある。彼の指導で毎学期行なわれる「精神医学の現象学的・人間学的基礎問題」と題するSeminarは,その水準の高さと,内外の話題作を取上げる幅広さ(最近ではとくにLacan,Foucault,Laingなどが中心的話題になった)とですこぶる評判が高い。各種の学会においても彼の講演はひときわ格調が高く,不毛といわれるドイツ精神病理学の期待を一身に集めている観がある。
 ここに紹介する書物の最大の特徴は,分裂病者の世界とか世界内存在とかを開示するのにあたってその妄想体験にまったく拠所を求めていない点にある。従来のこの種の研究は,もっぱら患者の妄想体験を通じての「分裂病的なるもの」の考察に偏っていた。しかし,それは妄想を有しない分裂病者についても捉えられるものでなければならぬはずである。本書の考察はこのような,一般にHebephrenieもしくはSchizophrenia simplexと呼ばれている患者に向けられ,これに応じて本書の副題も「症状に乏しい分裂病の精神病理学への一寄与」となっている(I)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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