icon fsr

雑誌目次

論文

精神医学14巻12号

1972年12月発行

雑誌目次

特集 精神障害者の動態 巻頭言

特集にあたって

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.1074 - P.1075

 精神医学的疫学psychiatric epidemiologyという言葉は,欧米では大体定着してきているが,日本ではまだ"病だれ"の疫という字からくる印象が妨げになっているように思われる。今回の特集のテーマが「精神障害者の動態」となったのもそのへんのいきさつを反映している。また疫学という方法論がかつて行なわれた一斉調査などによる発生率や有病率の測定に重点を置いているかのような印象を与えている。ことに医療福祉教育などのサービスを伴わない疫学調査は,調査自体が一般大象から受けいれられないばかりでなく,事例発見や診断の点などに多くの欠陥をもち,その結果得られた発生率や有病率自体の信憑性に問題をもつことになるのである。つまり,一斉調査法の大きな欠点は,短期間に事例発見を行なわざるをえず,その主な数値は聞き込みなどの情報に頼らざるをえない。したがって農漁村の固定した伝統的村落共同体では情報量が多く信憑性も高いが,アノミー的大都会では情報量に乏しく信憑性も低いため,前者の有病率が高く出るという結果をもたらすのが常である。したがってソ連のような社会主義国でも一斉調査法は行なわれておらず,メレコフMelekovのような社会精神医学者も,正しい有病率を得るには少なくとも7年以上の積極的な地域精神医療サービスが不可欠であるとしており,実際に地方農村のディスパンセールでも,低い把握率をむりに広げようとせず,サービスを通じてのみ把握している。
 筆者はこの疫学的な事例発見の問題を,疾病性illnessと事例性casenessとのちがいという言葉で説明したのであるが,現在ではこれを一歩進めて最初のケアprimary careの問題と考えている。つまり,誰が誰によって何故,どういうケア(医療とは限らない)を受けたかという分析である。事例性という意味には2つあって,1つはLei-ghtonなどのいうように,疾病のなかでその重さをはかる事例性という意味と,疾病であると否とを問わず,症例とされた諸要因の特性という意味とがある。筆者は後者の意味での事例性を問題にしたのであったが,これを実際に分析していくと,最初のケアは何かという問題にぶつかる。これを医療全般とするか,精神医療に限るか,精神科医のケアとするか,精神病院のケアとするか,さまざまの段階があり,さらに家庭,職場,学校と広げていけば限りがない。精神科外来・入院としぼっても,なぜ外来患者,入院患者となったかの分析が充分に行なわれねばならない。しかもそれは最初のケアにさかのぼる必要が生じてくる。ただしこの「最初の」という意味をどこに置くかも問題になる。

過密地域における精神障害者在院人口の動態

著者: 石原幸夫 ,   篠崎英夫 ,   渡辺真 ,   稲本誠一

ページ範囲:P.1076 - P.1085

I.緒言
 精神障害者についての臨床統計的研究は,今日すでに多くの報告がなされているが1〜6),われわれは,精神医学における疫学的接近を志向して,過密地域における在院精神障害者を在院人口としてとらえ,その動態を人口統計的な観点から分析した。
 いうまでもなく人口とは,一定地域に住む人間の数であり,時間とともに変動している。この変動を一定の時点でとらえたものを人口静態と呼び,地理的分布,性,年齢構成などがこれに含まれ,他方,この変動を増加また減少など変化の様相としてとらえたものを人口動態と呼び,出生,死亡,移住(転出入)などがその要因とされている。

臨床と衛生行政と福祉行政の接点から—福祉事務所への技術援助活動を中心に

著者: 佐々木雄司

ページ範囲:P.1087 - P.1094

I.はじめに
 2年前の本特集号で,私は,東京における4年間の保健所への技術援助活動の展開の記述を試みた。これは,“エッセイ”とも読み過ごされたかもしれない。しかし私としては,臨床精神医学と公衆衛生と衛生行政との接点における精神衛生センターとしての,“数字を伴わぬ”実践的研究の1サンプルを提示したつもりであった。今回は,継続的に関与した地区特性を異にする3保健所に焦点をしぼり,その保健所資料の比較分析を通し“数宇を駆使”して事例性casenessに関する問題提起を行なう予定であった。しかし,私自身を含めた関係職員の転任などの事情もあり,資料整理が大幅に遅れたため,テーマの変更を余儀なくされた。
 本テーマは,すでにその一部は,協同研究の精神衛生相談員(牧野直子・六反田幸子・東条敏子)とともに,全国PSW大会(1969)・東京都衛生局学会(1970)に発表された。しかし,限定された領域の関係者の耳目に触れたのみにとどまったので,より広い発表のチャンスを心掛けていた資料でもある。

過疎地域における精神障害者の動態—奥能登の精神分裂病者の調査から

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.1095 - P.1102

I.はじめに
 さきにわたしは,「Transcultural Psychiatryの展望」を試み,このなかで「出かせぎ文化と精神疾患」の関連についての超文化精神医学的ないしは社会精神医学的立場からの考察を,能登半島における予備調査を手がかりに行なった2)。今回の報告は,これにつづくものであると同時に,将来もっとまとまった報告をする予定であるところの調査の一部,すなわち対象を精神分裂病に限局したものである。

群馬県佐波東村における精神障害者の動態

著者: 中沢正夫

ページ範囲:P.1103 - P.1111

I.はじめに
 群馬県佐波郡東村は人口1万に足らぬ小農村である。ここでの精神障害者の「動態」を云々するとしたら,次の2点で意味があると考えられる。第1は小地区であるうえ地域精神衛生活動が持続的に行なわれているので,ほぼ悉皆調査が可能であることである。この種の調査・研究において,関係機関手持ちの資料の蒐集・分析という形式やサンプリング調査はけっして少なくないが,小地区であっても悉皆調査は少ない。ことにある時点をとらえた横断調査の積み重ねでなく数年〜十年の動きをとらえた調査となるとさらに少ない。この点で佐波東村の資料は特異な位置づけをもっているといえよう。それは患者の1人1人について少なくとも6年間の動きをつかめるからである。
 第2は,次項で述べるような比較的密度の濃い地域精神衛生活動が,この村の精神障害者の動態にどんな影響を与えたかをある程度,検討できるからである。とくに昭和43年1月以来実施されてきた,精神障害者に対する国保10割給付がどんな影響を与えているかが注目されよう。ここである程度とことわる意味は,この10割給付も含む,この村の地域精神衛生活動の評価をするには,まだ,少し時期が早すぎると考えられるからである。以後掲げる資料の理解のために,まずこの村の説明とそこでの地域活動の概略をはじめに述べておきたい。

千葉県東金市における精神障害者の動態

著者: 浅井利勇

ページ範囲:P.1113 - P.1125

I.はじめに
 地域を離れて医療は,成り立たない。医療の地域への定着ということは,これからの重要な課題の一つである。
 地域の特性を把握することが,地域医療の前提となる。精神医療においては,とくに,地域の伝統,土地がら,風習,生活の特性を知らなければならない。この土地の住民の生活様式,生活態度および文化構造を分析して,たえず流動している地域の自然環境と人間環境の変化のなかにあって,精神障害者をかかえた家族は,どんなかまえで対応し,社会に立ちむかい,耐えているか,また変化におし流されているのか。わたくしたちが,日々遭遇している精神医療は,こんなところが,ほんとうの問題点ではないかと思われる。

千葉県市川市の2つの公立中学校における縦断的健康調査から

著者: 村瀬孝雄

ページ範囲:P.1127 - P.1141

I.目的と問題の所在
 本研究報告はある地域社会に位置する特定の2つの公立中学校に通学する青年前期男女の精神的健康の実態を明らかにし,あわせて彼らの精神的健康,不健康を規定している諸条件についても若干の知見を得ることを目的とする。

職場における精神衛生—とくに精神障害者の復職をめぐって

著者: 小西輝夫

ページ範囲:P.1143 - P.1151

I.はじめに
 私はさきに,本誌の「社会精神医学」特集号・第2集「社会変動と精神医学」(1971年12月号)に,小論「企業のなかの精神衛生」1)を掲載していただいた。それが思いがけぬことに,特集号の巻頭言(筆者・土居健郎教授)のなかでとりあげられ,「精神科医としての積極的な主張を含んでいるので,何か暗夜に光明でも垣間見たような思いにしばし駆られる」と述べられているのを読んだとき,私は狼狽した。この高名な精神病理学者の眼に止まったことは光栄であったが,今日の精神医療体系のなかでまだ市民権を得ていない企業の精神衛生管理のために弁護しようとした私自身の気負いを指摘されたようでどきりとした。さらに土居教授の「精神科医の関与が精神障害者の利益になればこそ,かえって害となる多くの場合がある」という指摘や,また「精神障害者の職場復帰をどのように助け」「発病を未然に防ぎ得た場合があったとすればそれを含めて,なぜそのような具体的な資料を提供」しなかったのかという疑問に,私はさらに狼狽した。具体的な資料を秘匿しようというような積極的な意図は毛頭なかったが,治療医的立場にある精神医からとかく白眼視されがちな産業精神衛生管理医の自己防衛的態度をも,ずばり指摘されたように感じたからである。土居教授のいわれる「(精神科医として)こうあらねばならぬ」という掛け声を,私もまた自分自身に声高くかけることによって,自負心とも劣等感ともつかぬ心のなかのもやもやを掻き消していたようである。ここにふたたび,職場における精神衛生の具体的実態について開陳することを求められたいま,「発病を未然に防ぎ得た」と自信をもっていえるケースは,まったく持っていないことをまずもって表明しておかなければならない。しかし,「精神障害者の職場復帰」については,それがいかに多くの困難な要素を含む問題であるかを私は十二分に体験してきた。ここにそのありのままを述べてみたいと思う。

座談会

社会構造と精神医学

著者: 加藤正明 ,   小田晋 ,   永井陽之助 ,   岩本正次 ,   土居健郎 ,   逸見武光

ページ範囲:P.1152 - P.1168

 逸見(司会) 諸先輩を前に私が司会ということで,少々とまどっているんですが,よろしくお願いいたします。
 きょうは永井先生,それから既にしばしば私どもの会合に出ていただいております岩本先生,精神科医以外にお二方の先生をお招きいたしました。ことにきょうは永井先生からいろいろお話を伺いたいというのが企画の目的であろうと思います。

--------------------

精神医学 第14巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?