向精神薬療法と肝機能検査について
著者:
藤田慎三
,
平井浩
,
大崎道代
,
入野啓子
,
水谷孝文
,
佐々木実
,
小松原和夫
ページ範囲:P.641 - P.650
I.はじめに
精神科領域における治療法は1952年にchlorpromazine1)がはじめて使用されて以来,今日までに80種類以上の向精神薬2)が現われ,それまでのあらゆる精神科特殊療法に優先して薬物療法が施行されるようになってきた。現在ではそれが一般的に大量投与される傾向にあり,同時に精神疾患の治療においては長期連続投与を余儀なくされる場合が多い。そのため,向精神薬による副作用が当然重大な問題となってくる。これまでに報告されている副作用症状としては,錐体外路系障害,肝障害,造血系障害,循環系障害,などが考えられている。われわれは患者の精神面の治療とまったく同時に身体面の管理を充分に行なわなければならない。したがって向精神薬の使用にあたってはその治療効果だけに目を向けるだけでなく,副作用を充分に考慮に入れるべきであるという趣旨のもとに今回は肝機能検査,とくにGOT,GPT,Al-P,LDHに現われる所見についての調査を行なった。本論文では向精神薬の長期連続投与を受けている患者に現われる所見として,肝機能検査の異常頻度を統計的に求め,検査成績が上昇しているものについては,その後経時的に検査を続けて上昇が持続的なものか,一時的なものかを調べ,できるだけ詳細に変動の経時的変化を記述するよう努めた。また投与期間や投与量が障害の程度にどれほど直接的な影響を及ぼすかということについては,一般的に大量投与のさいには副作用の起きる頻度も上昇しているとの見解が多い3)4)が,われわれは向精神薬の大量連続投与によってもこのような副作用症状を発現しない症例にしばしば遭遇してきたので,その点に関しても統計的に検討を加えることにした。このような長期連続投与にもかかわらず検査成績が常に正常値を維持している場合には,長期連続服用者の正常値と健常者の値に有意の差があるかどうかも興味ある問題点である。さらに以上の長期投与群を対象とした検索では,その間の蓄積現象とか,あるいは逆に薬に対する順応性などの影響も出てくる。このような現象の考慮されない対象としては,少なくとも過去2カ月間向精神薬を服用していない新たな入院患者が選ばれ,その初期応答性が調べられた。そしてこれらの成績をこれまでに得られた長期連続投与群の成績と比較検討することにした。