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雑誌目次

論文

精神医学14巻9号

1972年09月発行

雑誌目次

巻頭言

“Psychiatrieren”

著者: 諏訪望

ページ範囲:P.783 - P.783

 “Psychiatrieren”という言葉は,もう十数年まえから,私は折にふれて口にしていた。それ以前に誰かが使っていたかどうか,またそんな語を勝手に新作してよいかどうかということも気になるが,それはいまは詮索しない。いずれにしても,これは“philosophieren”をもじったものにほかならない。「哲学」を学ぶことはできなくても,「哲学的に考えること」(philosophieren)を学ぶことはできる,という意味のことをカントが言っている(純粋理性批判)。もちろん私にはその内容を正確に敷衍する能力はないが,そのこともここでは問題にしないことにする。
 医学の領域のなかで,精神医学ほどそれぞれの立場が容認され,さまざまな体系が成りたちうる学問はないであろう。そしてそれらの諸体系は,精神医学史の流れのなかでそれぞれ独自の地位を占めてはいるが,どれひとつとして完成された唯一の体系としてわれわれに提供されているものはない。その意味で精神医学は哲学との共通点をもっているとさえいえる。

座談会

戦中・戦後の精神病院の歩み—第2部

著者: 西尾友三郎 ,   後藤彰夫 ,   菅修 ,   臺弘 ,   元吉功 ,   立津政順 ,   加藤伸勝 ,   長坂五朗

ページ範囲:P.784 - P.795

精神病像の変遷と薬物の導入
 西尾 精神衛生法などについてはひとまずこれくらいにして,つぎに,それに関連して治療の変遷とか,症状の変遷について触れてみたいと思います。先に立津先生が出された治療や症状の変遷などは,これは何かと関係があるのでしょうか。
 立津 私の記憶に間違いがなければ,戦後そういった激しい興奮とか,文字どおりの昏迷状態というような高度な症状は非常に少なくなったように思うんです。それに加えて薬物療法が入ってきたんですね。そこで医者も看護者も,さらに気持ちの余裕が出て,全体に看護,あるいは治療をしようというゆとりができたように思うんです。そこから生活指導とか作業療法が非常に活発になってきたんじゃないでしょうか。

研究と報告

Chlorpromazine投与患者の心電図

著者: 栗岡良幸 ,   谷和光彦

ページ範囲:P.797 - P.805

I.緒言
 Chlorpromazineが精神病患者の治療に用いられるようになった頃より,この薬剤の心臓に対する影響が動物実験で報告され1)〜6),ヒトについても心電図に異常のみられることが述べられていた4)。1963年thioridazine投与中,心電図変化がみられて死亡した患者の報告7)がなされて以来,phenothiazine系薬剤特にthioridazineと心電図異常についての報告が多くみられるようになった8)〜13)15)17)〜24)。またphenothiazine系薬剤服用中突然死した患者の心筋に変性がみられ7)14)16)17)22),その動物実験の報告16)17)25)26)もあり,phenothiazine系薬剤と心電図異常および突然死の関係が論じられてきた。しかしphenothiazine系薬剤服用患者の異常心電図の出現頻度とその内容や,異常心電図発生の経過をみた報告は少ない。
 今回われわれは,心臓血管系に変化を及ぼす疾患のない比較的若い年齢でchlorpromazineの長期投与を受けている精神分裂病患者の心電図を連続的にとり,検査対象159例中毎回正常心電図を示したのは27例しかなく83%に異常心電図がみられ,その異常心電図の示し方は,検査ごとに変化がみられる不規則性を示す興味ある所見を得たのでその結果および,その不規則性発生の原因を若干文献的考察を加え報告する。

向精神薬服用時の心電図変化

著者: 高橋三郎 ,   岡田文彦 ,   山下格 ,   諏訪望 ,   小林正 ,   加藤巌 ,   宮村厚夫 ,   渡辺栄市

ページ範囲:P.807 - P.815

I.はじめに
 向精神薬によって惹起される副作用には種々のものがあるが,わが国ではこれらの中で心臓・血管系,ことに心電図に及ぼす影響は,比較的最近まで大きな関心を持たれていなかったものの1つである。われわれはすでに数年前からこの問題に注目して研究を続けているが,各種向精神薬を長期服用中の精神疾患患者413例の心電図の検討でそのうち252例(61.0%)に洞性頻脈,STとT波の変化およびこれら所見の合併などを中心とした種々な異常所見を見出している19)20)。この成績は向精神薬服用中に生じたと推定される突然死とも関連して,精神科の日常診療に重要な意義を有するものと考えられる9)18)
 ところで,実際にこれらの心電図変化を認めたさいに,臨床医のとるべき処置について検討することが必要である。そこでわれわれは今回,次の3段階に分けて心電図変化を追究した。すなわち,(1)まず全般的な心電図異常を把握するため横断面的検討を行ない,(2)次に同一患者についてできる限り数年前にさかのぼり,向精神薬と心電図異常の推移との関係を縦断面的に調べ,(3)その後,心電図変化に示される心臓・血管系の異常に対する2〜3の治療薬を併用し,その直前の異常心電図変化に及ぼす薬物治療の効果を検討した。これらから得られた結果は以下のようである。

前頭葉損傷の臨床的考察—I.白質変性症の経験から

著者: 土屋佑一 ,   横井晋

ページ範囲:P.817 - P.823

I.緒言
 われわれは過去十数年の間に8例の成人の各種白質変性症をみてきた。それらはすべて神経病理学的,神経化学的に検索し報告したものであった。しかしこの中の多くの例が奇妙な臨床症状を示し,しばしば分裂病と誤診され,外国にも同様な例が報告されている。剖検の結果は前頭葉に最も古い,著しい病変をもつ脱髄疾患であることが確認されたが,ここでわれわれが興味をもったのは前頭葉侵襲による精神症状である。前頭葉は従来沈黙の領域とされてきたが,一方前世紀末以来,動物の前頭葉破壊実験によって少しずつ解明されてきている。またヒトの腫瘍,外傷をはじめとする前頭葉損傷や,さらにPick病や前頭葉ロボトミーによる精神症状も詳細に報告されている。しかし残念ながら動物実験の結果を直ちにヒトに還元しがたく,ヒトの前頭葉は従来最も人間的な,最高の精神の座として動物のそれとはまったく次元の異なったものだという見方がなされてきているのであって,日常の臨床においても前頭葉損傷による症状の発見はなかなか困難である。さらに興味をひくことは上述のように前頭葉損傷の初期の症状が分裂病の人格変化と誤診されることである。われわれは経験した白質変性症の中から比較的明らかな症状を呈したものを報告し,前頭葉の臨床を始めたいと思う。

Medazepam(S-804)の光眼輪筋反射に及ぼす影響

著者: 稲永和豊 ,   小鳥居衷 ,   磯崎宏

ページ範囲:P.825 - P.830

I.はじめに
 MedazepamはSternbach15)らにより合成されたbenzodiazepine系の薬物で,chlordiazepoxideよりも鎮静,筋弛緩作用が弱いことが特徴としてあげられている(Randallら13))。またdiazepamよりは鎮静,筋弛緩作用が明らかに弱いことも証明された(城戸ら9))。
 著者らは光眼輪筋反射が意識水準の客観的指標として役立つことから各種抗不安鎮静剤(anoxiolytic sedatives)の光眼輪筋反射への影響を調べてきた8)11)。本研究においてもmedazepamの光眼輪筋反射への影響を調べ,またdiazepamとの比較も行なった。

短報

一側性電撃療法の試み

著者: 錦織壮

ページ範囲:P.832 - P.833

I.はじめに
 薬物療法が主体を占める今日の精神科医療において,電撃療法はもはや,最も有用な治療法とはいえなくなったが,その速効性などから,依然として,重宝な治療法であるばかりではなく,場合によって,薬物療法が行ないにくいときには,捨て難い威力を発揮することがある。筆者は改良した技法による一側性電撃療法(一側性ECT)を,「精神医学」第13巻,第3号に紹介したが,1971年秋より,実際に一側性ECTを試みた結果,二,三の特記すべき点を認めたので,一側性ECTを行なった自験例のうち,その点をよく伝えていると思える症例を2例報告する。

C.P.C. 松沢病院臨床病理検討会記録・11

脊髄-小脳変性疾患か,いわゆる“けいれん損傷”か

著者: 松下正明 ,   石井毅 ,   吉田哲雄

ページ範囲:P.835 - P.840

I.はじめに
 今回は,臨床症状として肝脳疾患猪瀬型に類似していたが,検査所見が合致せず,小脳変性疾患としては,意識障害,痴呆など精神症状が高度であることで否定され,結局は臨床診断のつかなかった症例を検討する。
 しかも病理学的には,いわゆるけいれん損傷をみるのみで,診断学的にも結論をうることができず,多くの疑問を残している例である。

動き

「人格障害と薬物依存」の国際診断基準—第7回WHO東京会議報告

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.841 - P.850

I.はじめに
 昭和46年12月8日から14日までの1週間,第7回WHO国際診断分類統計会議が東京で開催された。この会議はWHOの精神衛生部が中心となって,世界各国から12名の委員を依嘱し,精神衛生研究計画Aとして1965年以来行なわれてきた。その目的は主として精神障害の国際診断基準にあり,第1回は精神分裂病(ロンドン),第2回は反応精神病(オスロー),第3回は児童の障害(パリ),第4回は老人精神障害(モスクワ),第5回は精神薄弱(ワシントン),第6回は神経症(バーゼル)と続けて行なってきた。その第7回の会議が東京で開かれ,テーマは「人格障害personality disorderおよび薬物依存drugdependence」であった。
 WHOではいわゆる精神病質,薬物中毒という言葉をすでに用いないことになっている。しかも「人格障害personality disorder」についても,すでにバーゼルの会議で神経症と神経症的パーソナリティとの関係について,多くの意見がかわされ,personality disorderとするのは適切ではなく,personality traitsと考えるべきであり,人格障害をnosological unitとする考えに反対が強かった。今回の会議でも,「人格障害」というカテゴリーは,神経症や精神病などと並ぶ医学的疾病概念ではありえないとする意見がかなり強かった。

カナダで学んだ小児精神医学

著者: 佐々木正美

ページ範囲:P.851 - P.859

 1970年7月から1971年8月まで,著者はカナダのバンクーバー市British Columbia大学小児精神科でレジデントとして臨床訓練を受ける機会を得たが,当地でのpostgraduateのclinical trainingprogrammeが,それまでにわが国の大学病院やその他の総合病院などで得たもののどれよりも充実しており,しかも当市での地域精神医療が(とくに地域小児精神医療が)大学や市中病院での病院精神医学と,きわめて自然に有機的に結びつき合って,この分野の作業が全市をあげて整然と行なわれているようすが,これからの小児精神医療のみならず一般精神医療のめざす,一つの典型的な具体的方向のようにも思えるので,当地で同時に行なわれている若い精神科医,とくに小児精神科医を臨床訓練する方法とあわせて紹介したい。
 University of British Columbia(UBC)のDepartment of Psychiatryには1年生から4年生まで合わせて36人のpsychiatric residentsがいたが,そのうちDivision of Child Psychiatryには,著者を含めて5人のchild psychiatric residentsがいた。36人のレジデントは大学構内のDepartment of Psychiatryの別称でもあるthe University Health Sciences Centre Hospital(HSCH)を中心に,バンクーバー市内外のいくつかの総合病院や精神病院に分かれて臨床訓練を受け,後述するような特別なconferenceやlecture,seminarには,それぞれ定められたプログラムに従ってHSCHに集まった。著者ら5人の小児精神科レジデントのうち,2人がHSCHに,残りの3人が8kmくらい離れた市の中心にあるVancouver General Hospital(VGH)に所属し,著者は後者に配属された。

資料

高知県断酒新生会会員の調査

著者: 大原健士郎 ,   高木正勝

ページ範囲:P.861 - P.865

I.はじめに
 アルコール中毒者および大酒家の断酒,アフター・ケアーに断酒会の活躍は目ざましいものがある。昭和46年2月現在,断酒会は全国的に普及し都道府県に64断酒会,84支部,1断酒道場(和歌山)が設立され,登録会員数6,074名,新入会員90名と報告されている1)。彼らは相互に緊密な連絡をとり,1つの大きな更生集団としての特色を備えるようになってきたが,われわれにとってその内容は必ずしも明らかでなく,各支部ごとに多かれ少なかれ差異のあることも否定できない。このたび,高知県断酒新生会会員を調査しうる機会を得たので,そのあらましを報告したい。周知のとおり,高知は故松村春繁氏が昭和32年に断酒新生会を起こして以来,わが国における断酒会の発祥の地である。現在では事情があって当地の断酒会は二分しているが,その背景を検討し,断酒会のあり方も合わせて考察してみたい。
 調査は昭和47年1月,故松村会長報恩記念例会に集まった会員59名を対象とし,質問紙法で施行した。対照は,高知市下司病院において昭和46年に治療したアルコール中毒者である。

紹介

—W. Schulte,R. Tolle 著—Psychiatrie

著者: 下坂幸三 ,   飯田真

ページ範囲:P.866 - P.870

 W. SchulteとR. Tolleの著わしたこの新しい精神医学教科書は,大冊の教科書とコンペンディウムの間に位置する中位の大いさの教科書であることをめざしたのであるという。本文は349頁。薄紙の表紙でSpringer書店らしからぬ簡単な装幀である。
 W. SchulteはE. Kretschmerの後をうけて,1960年Tubingen大学の主任教授となり,爾来ドイツ精神医学界において指導的役割を果たしてきた。彼の主要研究領域はてんかん,躁うつ病,嗜癖,老人精神医学,病院精神医学,精神療法など多岐にわたっている。広範な視点,独自な逆説的発想,鋭い臨床的洞察と暖かな臨床的実践が彼の身上であり,彼は本書においてではないが,かつて評者宛の私信で,自らの立場をkonstellative Psychiatrieとよび,「差し当って原因との関係を詮議せず,身体的,心理的,社会的な所見を同時に記載し,これらの関連を冷静に直視することである」とのべている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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