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雑誌目次

論文

精神医学15巻1号

1973年01月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学の実践に必要なもの

著者: 松本啓

ページ範囲:P.2 - P.3

 近年,精神科医療はいかにあるべきかということが,精神科医および精神医療従事者のあいだで叫ばれるようになった。ここで話題になっている多くは,精神科医療の従来のあり方や政策に対する批判と反省である。
 たしかに,このような批判や反省も必要ではあるが,日常の臨床において患者や世間の多くの人人に接していると,精神科医や精神医療従事者の声は,相手のない一人相撲のように,まったく,理解されていないばかりか,これらの声には無関心であることがわかる。これについては,いろいろな理由が考えられるが,精神科医療や精神衛生に関する知識の啓蒙が国民の間に十分なされていないことが最大の理由としてあげられると思われる。いくら精神科医や精神医療従事者が声を大にして叫んでも,犬の遠吠えのように,一般世間の人々にはきこえ,なんらの関心も呼び起こさないのであろう。精神衛生知識の啓蒙運動については,戦後,諸外国と同様,わが国でも関係者の間で,その必要性について強く叫ばれるようになったが精神衛生知識の普及はまだまだ十分ではない。

展望

人工透析の精神医学的諸問題

著者: 浅井昌弘 ,   保崎秀夫 ,   武正建一 ,   平野正治 ,   大沢烔

ページ範囲:P.4 - P.17

I.問題点の概観
 人工透析療法は完全に腎臓機能を代用するものではないが,両側腎機能を失った患者でも,人工透析によって長期間(良好な例では5年以上も)延命させることが可能である。人工透析には腹膜灌流と血液透析(Kolff型,Kiil型,Hollow fiberkidney)があり,現状では血液透析,とくにKiil型が盛んに用いられている。人工透析の応用は,急性腎不全に対し短期間行なう場合(急性透析)と高度の慢性腎不全や両腎剔出を受けた者に長期間持続的に行なう場合(慢性透析)がある。慢性透析では腎移植をしないかぎり,透析を週2〜3回は続けねばならず,透析の中止は死を意味する。人工透析の技術面や身体医学的事項については,大越ら53),木下36,37),杉野68),小高52),稲生ら23)の著述や人工透析研究会会誌(1968年第1巻以下続刊)を参照されたい。
 本論文では人工透析療法(以下“透析”と略す)を受けている患者(以下“透析患者”と略す)の精神障害や心理的問題を中心に論述するが,はじめに,広く問題点を列挙すると次のようなものがある。

研究と報告

老人患者の精神療法

著者: 大原健士郎 ,   岩崎稠 ,   藍沢鎮雄 ,   小松順一

ページ範囲:P.19 - P.25

I.はしがき
 精神療法とは,心理学的な手段を用いて患者を治療することと定義することができるが,一般にその適応は主として心因性疾患,それも青年期から壮年期の患者に有効であるとされている。このことは,精神療法を施行するにあたり,一応の人格完成をみ,verbalな治療手段によって自己洞察が望める患者が選択されていることを意味している。その意味から,幼少年期の患者には,個人精神療法だけを施行することはまずなく,もっぱら遊戯療法や家族ぐるみの精神療法や環境調整などが施行され,効果をあげていることは周知のとおりである。一方,老年期の患者に対しては,これといって有効な精神療法は望めないとして,投薬や身体的治療に走るのが現状のように思われる。Freud, Sも40歳以上の患者には精神分析療法は有効でないとして,積極的なアプローチは行なわなかった。これは,老人患者には器質性疾患,人格の偏り,知能低下などを伴うものが多く,自己洞察がなかなか得られないためと思われる。また,小児と異なり,老人には将来に対する周囲のものの役割期待が乏しいため,治療がなおざりにされる傾向も否定できない。
 近年,精神科領域でも老人患者に接することが多くなってきたが,この論文では,症例を通して,老人患者に対してどのように精神療法的なアプローチをすべきかという点から考察をすすめたいと思う。

転任を契機として発病した教員のうつ病について

著者: 平山正実

ページ範囲:P.27 - P.37

I.はじめに
 引っ越し,留学,旅行,昇進,転任など家庭や職場におけるさまざまな状況の変化を契機としてうつ病がひき起こされるということは,多くの精神科医によって記述されてきたが,本論文ではとくに教員という特殊な職域に属しているものが転任にさいしてうつ病(あるいはうつ状態)を呈するメカニズムを,生活史や社会的背景ならびに発病状況などを考慮に入れながら検討しようと試みた。
 とくに教員という職種を取り上げた理由は,まず第1に,筆者が診療する機会をもった三楽病院が東京都立の学校(聾唖盲学校,幼稚園,小学校,中学校,高校,大学)に籍を置く教員およびそこで働く職員と東京都立の公立機関で働く職員ならびにその家族を対象とする職域病院であったため,このような症例に接する機会が多かったためである。

精神分裂病患者の自己像—予備的研究

著者: 牛島定信 ,   佐藤美丸

ページ範囲:P.39 - P.47

I.はじめに
 創作,たとえば絵画,彫刻,詩,小説などのなかに,創作者のパーソナリティーや不安,葛藤などが投影されていることはよく知られた事実である4)。そのことから,逆に,創作されたものからその人のパーソナリティーや不安,葛藤を推察することが行なわれてきた。病跡学が,絵画療法,芸術療法,ある種のレク療法など最近,精神科領域で広く行なわれるようになったのはそうした事実を背景にしているといえよう。とくに,言葉で自己表現のできない陳旧性の分裂病の場合,彼らの創作が,彼らの精神力動(不安,葛藤)を理解するうえで,重要な手がかりになることは論ずるまでもないであろう。
 わたくしが陳旧性の患者たちに自分の姿を描かせるようになったのはそのような事実を根拠にしている。そのきっかけは次のような些細な体験からである。ある日,汗を流して面接にやってきた患者に,汗を拭かずに気もちがわるくないかときいたところ,患者のなんともないという返事に改めておどろいたのである。ここで"おどろいた"というのは,わたくしは,これまで,身体像の変容を訴える患者たちには自分の身体を否認し歪曲する機制をみとめていたわけであるが,この患者のように身体に無関心という消極的なかたちで身体の否認歪曲という機制のあることを発見したからであった。

正常者と精神分裂病者の大きさの恒常性

著者: 小川俊樹

ページ範囲:P.49 - P.54

 (1)本研究は大きさの恒常性を両眼視および単眼視(右眼)という条件下で調べ,精神分裂病者,一般大学生という被験者の違いによりどのような相違がみられるかを明らかにし,視知覚差を考察しようとするものである。
 (2)実験結果は次のとおりである。
 a)両眼視では,一般大学生群と精神分裂病者群間に差異はほとんど認められなかったが,単眼視条件での恒常度の低下率において両群間の差異が最も顕著に認められた(t=2.93,P<.01,df=27)。
 b)一般大学生群では単眼視条件で恒常度の低下が認められたが(t=4.19,P<.005,df=34),精神分裂病者群では一般大学生ほどの低下を認めることができなかった。
 c)ロールシャッハ・テストおよび固執性検査結果から,単眼視による恒常度の低下を妨げる一因として,固執傾向をまったく否定することはできなかった。しかしながら,その傾向は顕著なものとは認められなかった。
 (3)以上の諸結果から,両眼視条件での恒常度の相違は被験者間の差異と考えられ,単眼視条件での恒常度の低下率の相違は被験者群間の差異,すなわち疾患有無の差異と考えられる。

有機溶剤酩酊下の犯罪の司法精神医学的考察

著者: 小田晋

ページ範囲:P.55 - P.65

 1)有機溶剤の吸入による酩酊状態において輪姦を行なった鑑定例,および窃盗・住居侵入を行なった鑑定例を報告し,あわせて有機溶剤酩酊下の犯罪の諸類型をとくにその刑事責任能力との関係において考察した。
 2)有機溶剤酩酊下の犯罪の刑事責任能力については,酩酊の精神作用,犯罪に及ぼす影響の可能性の類型の可能性を考慮して,原則的に次のように考えることができた。
 a)意識障害および夢幻状態があり,幻覚,妄想に支配された犯罪——心神喪失(原因において自由な行為を除く)。
 b)意識障害下の運動暴発による犯罪——その程度に応じて心神喪失または耗弱。
 c)意識清明で,抑制欠如,気分変化のみ存在する場合の犯罪——原則として完全責任能力,とくに高度の場合心神耗弱。
 3)上記の原則を具体的な鑑定例に適用するさいには,供述の信憑性について慎重な検討が必要である。

前頭葉損傷の臨床的考察—III.前頭葉ロボトミー後の精神身体症状

著者: 横井晋 ,   土屋佑一 ,   神岡芳雄 ,   堀口佳男

ページ範囲:P.67 - P.74

I.緒言
 前稿では前頭葉ロボトミーを受けた精神分裂病の1症例について,その複雑な精神症状について述べた。このような症例は慢性分裂病の欠陥状態として,精神病院の慢性病棟の中に埋もれてしまう可能性が大であることを案じたためである。本稿でも手術後14年を経過した精神分裂病の2症例をとりあげた。以上の3例は前頭葉白質に充分な切截が加えられたと考えられるものである。今回はこれら症例の特異な失禁状態と異常な食欲亢進その他を考察の中心として論じる。
 前頭葉ロボトミーの脳に対する影響は,前頭葉だけの問題でなく,すでに組織学的に証明され,また脳波および気脳写の所見からも明らかなようにその影響はほぼ全脳に及んでいる。臨床像としての把握もそれを充分考慮すべきである。前頭葉損傷は全脳に影響を及ぼし,ただその局所症状としてだけみるべきでないことを前書きしておく。

Haloperidol持続投与による精神分裂病者の予後調査

著者: 板倉三郎

ページ範囲:P.75 - P.83

I.はじめに
 精神分裂病の再発防止に関する向精神薬の評価は現在でもなおまちまちであるが,一般に基本的には長時間服薬の必要なことは認められてきているようである。しかし新しい精神分裂病治療薬が現われるたびに,数多くの治療経験が報告されているが,薬剤の種類および投与量による再発防止の可能性についてはほとんど報告されてない。
 筆者は,昭和40年からhaloperidolを精神分裂病の入院治療および再発の防止に使用したが,このさい,従来のphenothiazine系薬剤の治療経験と比較して最も注目した点は,「病識改善の水準」が高い,あるいは「治癒水準」が高いという印象を受けたことである。このことはhaloperidolで病識を獲得した患者のすべてが,再発を恐れて種種な事情を克服しながら,自発的に通院服薬を続けていることからもうかがうことができる。この効果に期待をかけて昭和40年以後当院の入院および外来で取り扱った分裂病者の全員にhaloperidolを使用してきた。とくに寛解退院者では再発を充分に防止しうる維持量を決定する目的で,haloperidol 1.5mg,2.25mg,3.0mg,4.5mgの4群に分けて,毎月1回面接投薬しながら経過を連続的に観察してきた。

二重盲検法によるDoxepinとDiazepamの不安神経症に対する薬効比較

著者: 鳥居方策 ,   江畑敬介

ページ範囲:P.85 - P.95

 新しいdibenzoxepin誘導体であるdoxepinの不安神経症などに対する薬効を客観的に評価する目的で,現在標準的治療薬の1つと目されるdiazepamを対照薬として,二重盲検法によるcontrolled trialを行なった。対象は当科外来を訪れた不安神経症または不安を主症状の1つとする神経症の患者53名である。患者の性別,年齢,状態像などをできるだけmatchさせてpairを組んだが,3名は脱落し,4名はpairを組めず,残りの46名により23組のmatched pairが成立した。投薬期間は4週以上とした。
 効果判定には,担当医の概括的比較判定global comparative judgement,全般改善度general improvement ratingおよびHamiltonのrating scaleを改良した症状評価尺度による症状項目別改善度比較を用いた。
 概括的比較判定により,23組のmatched pairのうち2組はtied pairとなり,他の21組はuntied pairとなった。21組のuntied pairのうち,doxepin優勢は9組,diazepam優勢は12組であった。これらをArmitageの限界法により逐次検定したところ,両薬剤の効果には有意差なしと結論された。

Medazepam(S-804)の効果に関する研究—Microvibrationを中心として

著者: 元田克己 ,   柴田道二 ,   柴田出

ページ範囲:P.97 - P.102

I.はじめに
 Medazepam(以下,S-804と略称)に関するこれまでの臨床結果の中で,Reimer(1968)4)は,diazepamにみられる著しい筋弛緩作用は,本剤では認められないのが特徴であると述べている。市丸ら1)(1970),西園ら2)(1970)や,田中ら5)(1970)は,S-804を神経症や心身症の患者に試み,自律神経不安定症状・精神不安・恐怖症状・抑うつ症状などに対し,chlordiazepoxidoやdiazepamよりも有効であることを報告している。
 われわれは,このたびシオノギ製薬K. K. よりS-804の提供をうけたので,回復期にある精神分裂病患者(以下,分裂病患者と略称)に試みmicrovibration(以下,MVと略称)と臨床症状の面から,S-804の効果を確かめる研究を行なった。

動き

ヒルクレスト小児センター

著者: 小片富美子

ページ範囲:P.103 - P.108

I.はじめに
 1910年代に始まった「精神衛生」活動が,アメリカ児童精神医学にも有意義な影響を及ぼしたことは広く知られている。
 今回,ワシントン行政区にある児童の精神衛生の分野における専門家の教育を目標にして発足した施設を紹介し,そこでの『精神衛生』活動の経過と現状について述べてみたい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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