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雑誌目次

論文

精神医学15巻10号

1973年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科医総反省の時

著者: 熊代永

ページ範囲:P.1026 - P.1027

 最近本誌の巻頭言を初め,日本精神神経学会,病院精神医学会などにおいて活発に論議されている問題ではあるが,何回繰返されても繰返しすぎるものではないと信じるので,あえて臨床精神科医の反省点について,その一端を,私自身の観点からのみ,述べてみたい。
 要旨は,真に患者の立場に立って診療しているか,十数年来の先入観と偏見をもって当っていなかったか,発言の自由を持った場での診療が行なわれているか,とくに精神病院での問題点,矛盾点の解決,改善に効果的な努力をしてきていたか,などである。そして結論としては,全精神科医が以上を総反省し,姿勢を正し,困窮に直面した後に,一致した総意として,共通した,根本的な問題点を不退転の姿勢で要求し,解決すべきであろうと考える。

展望

てんかんと情動—情動性てんかんからヒステリーの合併まで

著者: 原俊夫

ページ範囲:P.1028 - P.1044

I.はじめに
 てんかんという疾患は種々な形で情動あるいは情動障害と密接な関係を持っている。たとえば,発作それ自体が恐怖とか不愉快感あるいは愉快な感じや恍惚といった情動体験そのものである“情動発作ictal emotion”といわれるものもある。また,いわゆるてんかん性不機嫌を初めとする挿間的精神症状にも情動障害が認められる。そのうえ,てんかん性格とか,てんかん性本態変化Wesensänderungといわれるものの中心には,主として情動面の障害や偏倚が存在する。したがって,てんかんと情動との問題を取上げると,発作症状としての情動障害から持続的精神症状までを取上げねばならぬであろう。
 しかしながら本稿においては,日常の診療において,てんかん患者が心因性疾患と解されやすい部分を取出して,その文献的考察と自験例を記述し,“てんかん”という単純にみえて,しかも幅の広い疾患の一つの側面を浮彫りにしようと試みたものである。ただし腹痛や頭痛などの自律神経発作のために登校拒否とか小児神経症と誤診されやすいものについては省略した。

研究と報告

ある女子死刑囚の特異な精神障害について—第1報 症例の概要

著者: 稲村博

ページ範囲:P.1045 - P.1062

I.序文
 この症例は第二次大戦後本邦最初の女子死刑囚である。戦前戦後を通じて女性の死刑は稀であるが,さらに本症例の特異性は20年近く持続する精神異常である。その病像は独特であって,拘禁反応,パラノイア,精神分裂病などさまざまの診断を受け,長く専門医のあいだで議論がなされてきた。また死刑確定後18年余の長きにわたって刑の執行を受けず,その後恩赦で無期懲役に変更されてからも相変らず精神異常が続いている。死刑囚がかくも長期に刑の執行を受けず,拘禁下で精神異常のまま生き続けてきたことは,本邦はもとより広く諸外国において近年稀有であろう。さらに彼女は詩歌や絵画などに素人ながら非凡な才能を示し,秀れた作品を残した。
 本症例はさまざまな課題を投げかけている。精神医学に携わる者としては,その発病,診断,治療および予後などとともに,状況への一人の人間の生々しい反応の全体に強い関心がひかれる。本症例はナチの強制収容所症候群とその後遺症にも共通した問題をもち,既成の伝統的な精神医学や人間理解に対する1つの挑戦ともなるし,長く論じられてきたパラノイア問題への新たな寄与ともなろう。また死刑制度,裁判,矯正処遇などへの生きた問題提起でもある。さらに日本と日本人への視点や,宗教構造への強い関心を呼びさまされる。

精神障害者の自由権

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.1063 - P.1069

I.はじめに
 精神医学界においては,精神障害者(以下障害者と略記)の人権を無視している精神病院の告発が流行している。以前は障害者の野放しを宣伝したマスコミも,不良精神病院の暗黒面の暴露に焦点が移った。かかる報道は精神病院を反省せしめるには役立つが,他方,障害者やその家族に無用の不安を与えている。革新的精神医学徒は措置入院を刑法の保安処分と同類とみなし,これを障害者の差別観に基づく不当な処置として,その粉砕を叫んでいる。
 障害者の入院について,私は人権上大きな問題があると感じ、10数年前から反復意見を述べた12〜22)。近年,精神医学界も刑法の保安処分問題を契機としてその論議が喧しくなり,病院精神医学会2,3)や精神神経学会4)もシンポジュームのテーマとして取上げるようになった。私ももう一度この問題を考え直し,精神衛生法をいかに改正すべきかなど,意見を述べたいと思う。自由権といっても,身体的自由のほかに,学問・信仰・思想その他の自由があるが,ここでは前者に限定して論述する。

強迫症候の臨床脳波学的研究

著者: 井上令一

ページ範囲:P.1071 - P.1083

I.まえがき
 強迫観念の定義については,古くよりさまざまな論義がなされてきたが,現在もなお,一般に通用しているものの一つとして,古典的なWestphal,C. 1)(1878)のものがある。
 すなわち,「知能はおかされず,感情状態または感動の状態に制約されてもおらず,当の人の意志に対立し,さからって,意識の前景にあらわれ,払いのけることができず,表象の正常な経過を阻止し,さまたげるものである。この強迫観念は,その当の人にとっても異常なもの,異物のごときものとしてみとめられ,これに対しては,健全な意識をもって対立しているものである」。

鎮痛剤乱用—オプタリドン嗜癖の8例について

著者: 竹内知夫 ,   広瀬信行

ページ範囲:P.1085 - P.1092

I.はじめに
 各種薬物の乱用の様態は,時代や社会情況の変遷とともに変化するものである。ことに,用いられる薬物の種類や使用法は,実にさまざまであって,時には奇想天外ともいうべき事態も起こりうる。周知のように,戦後のわが国では,覚醒剤の乱用が一世を風靡して,それに基づく重要な精神医学的ならびに社会的諸問題が提起された。それが法的規制によって,姿を消すかと思うと,新しい乱用の対象となる薬物が,つぎからつぎへと現われてくる。そこには,わが国の社会情勢に根ざすところが大きい面もあるが,同時に,乱用に陥る個人の生活史と性格が重要な関係をもつであろう。
 ここで取り上げた薬物オプタリドンは,元来,鎮痛剤として,1929年スイスで開発され,わが国では昭和40年7月から発売されていた。いうまでもなく,薬局の店頭で,誰でもが入手できる状況にあったし,現在もそうである。オプタリドンが,いわゆる「ヤク遊び」の対象となったのは昭和43〜44年ごろからであって,それは各種の睡眠剤や精神安定剤の店頭販売が厳しく規制されはじめた時期に,大体において一致しているのである。元来オプタリドンには,快感を伴う酩酊状態が起こることは予見されていなかったが,それが,嗜癖の対象となり,乱用が目立ってきたのはここ数年来のことである。しかし,その成分をみると,コルポサンド(aminopyrinとallyl barbituric acidの複合体),アミノピリン,カフェインということであるから,人によっては少なくともbarbiturateの酩酊が惹起されることは,容易に考えられることである。

S-1530(1-methyl-7-nitro-5-phenyl-1,3-dihydro-2H-1,4-benzodiazepin-2-one)のヒトの終夜睡眠脳波に対する影響

著者: 橘久之 ,   小鳥居衷 ,   中沢洋一 ,   稲永和豊

ページ範囲:P.1093 - P.1098

I.はじめに
 Benzodiazepine誘導体であるchlordiazepoxide,diazepam,nitrazepamなどは,代表的な緩和精神安定剤として臨床上ひろく用いられている。
 今回開発されたS-1530(住友化学)は同じbenzodiazepine誘導体で,化学名は1-methyl-7-nitro-5-phenyl-1,3-dihydro-2H-1,4-benzodiazepin-2-oneで図1のごとき構造式を有し,nitrazepamの1の位置のHがmethyl基に置換されたものである。動物実験における中枢神経系に対するS-1530の薬理作用はnitrazepamに近く,鎮静催眠作用,馴化作用,抗痙攣作用はほぼ同程度であるが筋弛緩作用は4倍くらい強力であり,毒性はきわめて低いことが確かめられている16)。またヒトにおける臨床効果についてはnitrazepamより速効性であると報告されている4)

Lactuloseによる肝脳疾患猪瀬型の治療

著者: 高見沢ミサ ,   渡辺明子 ,   小田桐恵 ,   融道男

ページ範囲:P.1101 - P.1108

 (1)肝脳疾患猪瀬型2例(28歳女,58歳女)にlactuloseを投与し,諸症状の著しい改善を認めた。本剤の有効量(100〜120ml/日)投与を続けた1年7カ月の間両症例とも悪化しなかった。
 (2)Lactulose投与により動脈血中ammonia値は有意に減少し,脳波および意識障害も有意に改善し,1例では手指振戦も軽減した。
 (3)腸内細菌叢に対する作用をlactulose非服用時と比較すると,Lactobacilliを有意に増加させ,大腸菌とBacteroidesの有意の減少をもたらしたが,総菌数およびBifidusに対しては影響はなかった。しかし,Bifidusと総菌数,あるいはBacteroidesあるいは大腸菌との比をとって調べると有意な増加が認められた。
 (4)腸管内pHはlactulose服用時に著明に酸性化することが確かめられた。これはBifidusなどがlactuloseを分解して酢酸,乳酸を生成するためであると考えられ,この腸管内pHの低下が,腸管内のammoniaの発生と吸収を阻害する重要な因子であると思われた。
 (5)至適用量は100〜120ml/日であり,Biosminの併用が効果を高めるように思われた。
 (6)副作用としては投与初期に腹部膨満感と腸管内ガス発生が一時的に認められた。血清生化学的所見,血球数などには異常は生じなかった。

動き

私がFulbourn病院で体験した治療共同体

著者: 相場均

ページ範囲:P.1109 - P.1115

 ちょっと,初めにかたい話のようになりますけれども,精神医学者の他に作家やその他の文化人のいろいろな方々がいらっしゃるので,なるべくくだいてお話ししたいと思います。実はやさしく話すということはtherapeutic communityでは重要なことなのです。
 社会精神医学の背景ということから前提に話したいと思います。現在,Church of Englandが国教会となっていて,一応宗教の自由が保証されているわけです。医療も教育も私立以外は全部無償,それから経済に関しては,成長率が鈍くていろいろ複雑な推移の結果,今年の初めにECに加入して,国民所得が毎年0.5%ずつ上積みされて5年間で11億ポンドの国民所得の増加をもたらして,投資,それから実質賃金の上昇を可能にしております。朝日年鑑にはイギリスの上記の状態がかなりくわしく書かれています。

海外文献

A cortical auditory disorder:Clinical, audiologic and pathologic aspects,他

著者: 平野正治

ページ範囲:P.1062 - P.1062

 この論文は,聴覚性失音楽を伴った,従来「純粋語聾」とされてきたものに相当する剖検例の症例報告である。著者は,アリゾナのSt. Joseph病院Barrow神経研究所の脳外科および神経病理の医師である。
 〈症例〉62歳。右利きの男性。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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