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雑誌目次

論文

精神医学15巻11号

1973年11月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学と精神科医

著者: 大月三郎

ページ範囲:P.1134 - P.1135

 分裂病で症状がとれてきてそろそろ退院をすすめる時期になって「家の仕事は農業です」という返事が返ってきた時には,何かほっとしたような気持ちになる。農業なら何かしら働く場があるだろうし,家もある程度の広さを持っていて患者が住める余地があるだろうと思うからである。私は障害年金の認定の関係で,農山村に出掛けて行って医療をまったく受けていない精神病者を宅診する機会をしばしば持ったが,そのうちで特に印象に残った例につぎのようなものがある。
 第一例は30歳過ぎの男性で,この10年くらい一言も発したことがないという。服装はまず人なみの野良着をつけていて栄養状態もよく特に目立つことはない。日中はほとんど毎日鍬をかついで畑を耕やしたり,鎌を持って山へ行く。その仕事ぶりは収獲を上げたり,薪を集めるという目的にかなっているわけではなく,ともかく気ままにやっている。表情には悲しみもなく,喜びもなく,警戒的なところもなく,まるで空気のように淡々としている。診察が終わるとさっさと鍬をかついで出掛けてしまった。病気が始まったころには,幻覚・妄想,不穏状態がしばらく続いたが,その後はずっと今と同じだと家人は言う。

展望

自殺の予防

著者: 稲村博

ページ範囲:P.1136 - P.1157

I.序文
 わが国の自殺研究には,これまで予防とか治療という観点が欠落していたといっても過言ではない。昔からわが国は自殺王国などといわれ,その研究も多く手がけられてはきた。しかしその内容は,自殺の実態研究や思弁的理解などが主なものであって,予防や治療までにはほとんど及んでいない。また精神科医にとっては,加療中の患者の自殺予防については腐心しても,ほとんど手さぐりの素人に近い取り組みでしかなかった。またその患者に払う努力をより広範に拡げるとか,自分の仕事として社会的責任を負うことに対してはきわめて消極的であったといわざるを得ない。
 こうした態度は,精神医学における他の辺縁分野,たとえばアルコール・薬物中毒者や犯罪者などに対する場合とも軌を一にしている。すなわち一応の良心的努力はしても早くから諦観に達し,または自分の職責としないのが普通であった。さらにわが国では,広く一般にこの種の「厄介者」を遇するには,拘禁や隔離を以てする以外に独創的な工夫や考え方は充分に思い浮かばなかったかに見える。こうした精神的風土からは開拓者的な対処や治療法の生まれ難いのは当然で,たとえば断酒会,非行少年や犯罪者への治療的対処(集団精神療法,心理劇,など),家族会,家族療法など,近年の収獲はいずれも欧米からの片面貿易に終始せざるを得なかったことを反省せざるを得ない。自殺の予防がまたその好例である。

研究と報告

躁うつ病の病態生理学的研究—不安と尿中カテコールアミンの関係

著者: 松下兼介 ,   松本啓

ページ範囲:P.1159 - P.1165

I.緒言
 近年,精神疾患の病態生理学的研究がさかんに行なわれるようになり,精神と身体の研究が探究されつつあり,内因性躁うつ病においても,ここ数年来,アミン,電解質代謝異常がもっとも重要視され,それらの代謝との関連において,自律神経,内分泌機能が注目されてきている。
 われわれの教室でも,内因性躁うつ病を中心に,アミン,自律神経,ポリグラフ,内分泌機能など,多角的に把え,その本態を究明せんと試みている11,15〜17)

アルコール中毒患者の予後調査—断酒会との関係において

著者: 佐藤忠宏 ,   唐住輝 ,   荻野新六 ,   鷲山純一

ページ範囲:P.1167 - P.1176

I.はじめに
 精神病院におけるアルコール中毒患者数は,年年増加の傾向にある。昭和44年度の厚生省の調査では昭和31年度の調査と比較すると実数で20倍,百分比で5倍増えていると報告されている。しかし,このような現況にもかかわらずアルコール中毒の治療に積極的に取り組んでいる精神病院は必ずしも多くはなく,またその予後もはかばかしくないのが現状である。アルコール中毒の治療には断酒に対する動機づけはもちろんのこと,社会復帰後の断酒継続のためのアフター・ケアが不可欠であることはいうまでもない。しかし病院とのつながりをもちながらアフター・ケアすることは種々の理由により困難な場合が多く,あまり熱心に行なわれていない。そこでわれわれは数年来入院中の治療からアフター・ケアまで,その治療システムの中に断酒会をとり入れ活用している。以下に述べることは,その治療システムによる治療の試みと予後についてである。

分裂病者の結婚について

著者: 下山敦士 ,   洲脇寛

ページ範囲:P.1177 - P.1184

I.緒言
 精神分裂病を体験した結婚適齢期にある患者,およびその家族にとって,結婚問題はさけることのできない大きな難関であると思われる。さまざまな事柄,たとえば,どの程度心理的肉体的負担に耐えられるかということ,共感性,経済能力,配偶者のこと,遺伝に関することなど,考慮に入れねばならない要素が多い。ところが実際の臨床場面で結婚に関する質問が出たとき,精神科医としてどのように回答してよいかとまどうことが多い。遺伝に関する資料を除けば,分裂病者の結婚に関する文献はきわめて乏しく,参考としうるものは少ない。
 そこで,入院を経験し,その後結婚した分裂病者の追跡調査を行ない,この問題の側面に光をあててみた。

一次性読書てんかんの1例

著者: 高橋志雄 ,   丸子一夫 ,   石下恭子 ,   八島祐子 ,   尾野成治

ページ範囲:P.1185 - P.1191

 Bickfordら2)のいう一次性読書てんかん患者の1例を報告した。患者は22歳の男子大学生で,下顎反射がやや亢進している他は神経学的に異常はない。既往歴に読書中jaw-jerkingおよび視覚障害が先行した4回の痙攣大発作があった。脳波は安静閉眼時,過呼吸,閃光刺激などでは異常なく,読書による賦活のみで臨床上のjaw-jerkingと脳波上棘波の出現をみ,Bemegride 38mgの単独賦活ではjaw-jerkingを伴わない非定型棘徐波の出現をみた。
 以上の1症例を中心として,一次性読書てんかんの文献的考察を加えた。その結果,眼筋あるいは発語に関係する筋群の運動が読書てんかん誘発の中心的機構に関与しているとしても,単純な運動覚反射てんかんには還元しえず,読書という知的行為に含まれるより高水準の活動の関与が無視しえないと考察した。

Capgras症候群の1例

著者: 原俊夫 ,   佐藤喜一郎 ,   松見達俊

ページ範囲:P.1193 - P.1201

I.はじめに
 1923年にフランスの精神医学者Capgras and Reboul-Lachaux2)がl'illusion des sosies(替玉妄想)として,患者の身近にいる人物,多くの場合患者の夫が,いつの間にか瓜ふたつの替玉に取りかえられているという症状を報告した。Capgrasand Carrette3)は1924年にも第2例を報告し,これをFreudのエディプス・コンプレックスの機制で説明しようとした。これが一つの契機となり,Courbon and Fail8)によりl'illusion de Fregoli(変装妄想)なる症状も報告され,いわゆる“替玉”であると妄想的に解釈する症状についての議論がヨーロッパにおいてさかんになり,Vie(1930)21)やEnoch(1963)10)のまとめもあり,最近でも外国では1例報告などが行なわれている。
 本邦においては木村ら14)が「家族否認症候群について」という論文の中で論じている症例は,夫否認という症状はあっても瓜二つの替玉であるとはいっていないし,また高柳18)の論文の副題にCapgras症候群という名称は入っているものの,それに相当する症例はあげていない。

特異な心因性健忘の1例—全生活史健忘との関連について

著者: 山縣博 ,   井上収司

ページ範囲:P.1203 - P.1212

(1)夫との争いを原因としてGanser症状群を惹き起こし,ついで夫およびその一族,結婚後の住居,夫の友人など,夫と深いかかわりのあるすべてについて,長期間忘却している心因性健忘の一女性例を報告し,発病後の経過と,一部の健忘回復過程を併記した。
(2)本症状が全生活史健忘と非常に類似していることを述べ,同じ心理機制による同一カテゴリーの疾患という結論を得た。
(3)同じ心理機制から,一方では自己の全生活史健忘が,一方では他人の系統的健忘が惹起されるという相違は,患者本来のパーソナリティの相違によるものと推測された。

うつ病に対するL-DOPAの効果に関する研究

著者: 西川喜作 ,   大嶺繁二 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.1213 - P.1222

I.はじめに
 パーキンソン病に対しL-DOPAが治療効果があると報告したのはCotziasら1)(1967)であり,その後多くの報告がなされた。線状体や黒質などの錐体外路系にはドーパミンが大量に存在し2),パーキンソン病患者の脳には,その部分にドーパミンが著しく減少していること3)が明らかになってからである。
 L-DOPAはパーキンソン病に対して,ことにその無動および寡動に効果があり,筋強剛,日常活動障害および抑うつ傾向などにも効果があることが知られており,1965年Coppenら4)はMono-amine-Oxidase(M. A. O.)とともにL-DOPAの投与がうつ病に対して効果があると報告した。その後Goodwinら5)は1970年9例の患者にdecarboxylase inhibitorとL-DOPAを併用して報告し,うち3例に著効を得たと報告した。

動き

内因性うつ病の誘発をめぐる諸問題

著者: ,   飯田真 ,   市川潤

ページ範囲:P.1223 - P.1227

 日本とドイツの精神医学の間に存続している親善関係をわれわれは非常な喜びに感じております。それゆえ,私は,この好ましい,しかも非常に友好的な交流をさらに深め,そして確固たるものにするために,あなたがたのもと日本へと喜んでやって参りました。両国の緊密な共同研究はこれまでもありましたし,また将来も両国にとって有益なものとなるでありましよう。地球上でこれ以上遠い国は他にはないほど両国の距離は離れているにもかかわらず,ドイツと日本の精神医学の関係が他のどの国々よりもきわめて緊密であることは,興味深いものがあります。われわれは,この関係が今後も続き,しかもなおよりよいものに発展することを望むものであります。
 ご承知のように,誘発(Provokation)の問題は精神医学における非常に古い課題であり,ほぼ100年来,文献上繰り返し現われてきたものであります。今から50年ほど前のほうがそれ以後の時代よりもうつ病の誘発因子はむしろ高頻度に認められ,かつしばしば論じられておりました。すなわち,Ziehenは1911年に彼の症例の70%に誘発を確認できたのに,Kurt Schneiderは1937年に彼の患者の僅か3.1%のみに誘発因子を見出したとしているのです。誘発問題はすでに長い間よく知られた事柄であり,これまでにも幾度となく論じられてきましたが,それにもかかわらず,誘発の頻度,その他多くの問題についてはこれまで十分には解明されておりませんし,おそらく今後もさらに不明な点が残るでありましょう。このように多くの疑問が残されておりますので,われわれは2年前オーストリアのグラーツ大学神経科と共同で「うつ病の誘発問題」に関する国際シンポジウムを開催いたしました(W. Walcher(hrg.):Probleme der Provokation depressiver Psychosen, Brüder Hollinek, Wien, 1971)。この学会に寄せられた興味と関心がきわめて大きく活発でありましたので,本年はうつ病の治療や体系にもテーマをやや拡大し,もう一度この問題について数週間前に開かれた第2回目の国際シンポジウム脚注で論じてまいりました。そこではつぎのようなことが明らかになりました。すなわち,誘発という事実は疑う余地がないということ,むしろ内因性うつ病に誘発が存在するということはごく一般的に認められてさえいるということであります。しかしながら,その他の問題点については,なおまだ多くの意見が分かれるところであります。しかし,誘発問題が多かれ少なかれ無責任なおしゃべりに終わるべきでないとすれば,本日は誘発の基礎的な問題点についてお答えしておかなければなりません。

紹介

—Richard I. Shader 編集—Psychiatric Complications of Medical Drugs

著者: 融道男

ページ範囲:P.1229 - P.1234

1.はじめに
 10年来,向精神薬の副作用について研究を続けていたShaderらが,向精神薬以外の医薬品によって生じた精神症状についても観察を続け,1971年頃から二,三の報告を発表してきた。本書はこの構想を発展させ,17人の寄稿者を得て集大成されたものである。
 Shaderの序論によると,一般病院への入院患者の5%は医薬品の副作用によるものであり,また入院患者のうち18〜30%は薬の副作用を生じているという。それであるからある疾病をみた場合,疾病の性質にかかわりなく,いつでも医師は自らに「これは薬に関係ないだろうか」と問わねばならない。本書は医原性あるいは医薬原性疾患に関する著述であり,それを精神症状という因子からまとめている点,臨床精神科医にとって必要な多くの事項について論述している。

映画紹介

—D. クラーク・相場 均・斎藤茂太 編集—「平常心」“Peace of Mind”

著者: 斎藤茂太

ページ範囲:P.1240 - P.1241

 WHOから派遣されて,デービッド・クラーク博士が来日してからはや6年の歳月がすぎた。ご承知のように,加藤正明氏と相場均氏が勧告書を作るまでの作業の手伝いをしたが,そんなある日,クラーク夫妻,相場氏と私は原宿の,とあるバーで飲んでいた。そのとき,私はクラーク博士が第2次大戦中は落下傘部隊の軍医だったことを初めて知った。Go!という叫びで飛行機から跳び出すクセがついて,バスの車掌がGo!と言うとバスからとび降りてしまったなどと博士は笑った。Goを「ガウ」と発音するのが印象的だった。Air Borneと呼ばれる空挺部隊はアイディアも勇気も最も先端を行くグループである。そこで育くまれたものが,今日,彼の主宰するフルボーン病院が英国でも最も新しい思想を持つ病院のひとつに変貌した原動力となったとも思える。
 それはともかく,勧告書が出来上がった時点で,書類が単に机の上に置おれているだけでは惜しいではないかという気持がクラーク博士にも相場氏にもあった。映画という考えが期せずして浮かんだのは当然であったかもしれぬ。

海外文献

Statistique du service de psychiatrie de l'Hôpital Paul-Brousse-Villejuif,他

著者: 武正建一

ページ範囲:P.1191 - P.1191

 VillejuifのHopital Paul-Brousseは,現在パリのl'Assistance Publiqueの病院として各科(外科,内科等々)および後療法設備を持つ病院であり,一般総合病院としての性格を有するものである。またこの数年来は精神科としての機能を進んで果たしてきており,60のベッド数とともに外来および運動療法,作業療法の部門がある。
 個々の患者の年間入院数は486であるが,他科からの転床が約1/3を占めていて,一般総合病院での精神科の機能をよく示しているものと思われる。入院期間は比較的短く,27日平均であるが,これは治療的な関連というより他の要素,すなわち別の病院に移る前の短期入院であったり,入院要否の判断のためのものであったり,また経済的な面の関与といったことにあると思われる。入院患者の88%がパリ地域で,その約半数がVal de Marneという点から行政区域にほぼ相当するものである。職業についての調査は十分とはいえないが,無職20%,使用人20%,労働者20%,中・上流の勤務者および自由業23%,不明ないし不定17%に区分することができる(女子の無職率の高いのは農業従事者の少ないことにもよる)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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