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雑誌目次

論文

精神医学15巻2号

1973年02月発行

雑誌目次

巻頭言

児童精神医学

著者: 黒丸正四郎

ページ範囲:P.118 - P.119

 児童精神医学の存在の意味はと問わるれば,内科学に対して小児科学があるように,心身の未分化な小児の場合,その臨床は成人と同様ではありえないから,成人とは区別してこの分野が必要であるという答えが帰ってくるであろう。まさに教科書的な定義としてはその通りである。われわれ精神科医が実際に児童精神医学に触れるのは,家庭で取り扱いに困る子供をもつ母親とか,問題児をかかえた学校や幼稚園の教師などが,近年盛んになってきた精神衛生思想にあおられて相談をもちかけてくる場合が多い。型のごとく精神科的診察を行ない,精神薄弱だとか「てんかん」だとかいう診断がつくと,ほっとする。なぜならば,ここまでは成人に対すると同じ精神医学をそのままあてはめて事が足りるし,またそれによって相手をある程度納得せしめうるからである。ところが自閉症とか学校ぎらいとかいうケースになると,子供特有の精神病理をもっているので,もう一歩突っこんだ子供に対する知識と経験がないと困ることになる。このような乳幼児や児童の心理に関する相談事項が年々増えつつあり,そのため児童精神医学に対する期待が強くなってきたのは事実である。諸外国では大学における講座も精神病院における病棟も一般精神医学と児童精神医学とははっきりと区別されている。
 このように考えてくると,児童精神医学という分野は対象が別だから臨床上の都合で精神医学一般から分けられているにすぎないということになるが,はたして便宜上の理由だけであろうか。これまでいささかこの分野にたずさわってきた筆者は決してそのような簡単な理由だけではないという見解をもっている。

展望

失語症の言語治療について—歴史と現況

著者: 浜中淑彦

ページ範囲:P.120 - P.143

I.はじめに
 従来,失語症の治療,ことに言語治療に対して抱かれた関心と払われた努力は,病理学的現象としての失語症そのものに関するそれ―失語症の記載と失語型の分類,解剖学的,生理学的,精神病理・心理学的側面の研究―に比べると決して大きいものではなかった。Goldstein(1919,1948),Weisenburg & McBride(1935)らの著作を別とすれば,Wernicke(1874)以来失語症研究史上の重要な里標となった,たとえばHenschen(1920),Head(1926),Kleist(1934),第2次世界大戦後ではRussell & Espir(1961),Hécaen & Angelergues(1965)らの単行本を繙いても(言語)治療についてはまったくといってよいほどに頁が割かれていない。
 これについては種々の事情が考えられ,治療の基盤となりうるほどの統一的理論が失語論で確立されていなかったこともその一因であろうが,最近十年余の間に指摘されるようになつた,失語症研究におけるmultidisciplinary or interdisciplinary approachの必要性が言語治療についてもいえるにもかかわらずそれが十分に認識されず,その結果,症状としての失語症の病因,脳疾患の身体医学的治療に終始して言語訓練については時間的余裕がないか悲観的な神経学者,主として聾唖,吃音,発語器官障害を対象とする音声言語障害治療学を発展させてきた耳鼻科医,音声言語病理学者,教育・心理学者,身体的神経症状の訓練に従事する理学療法士などのパラメディカルスタッフの研究領域の,いわば谷間に置かれていたことも無視できぬであろう。また近年最も広く言語治療が行なわれているアメリカにおいてもなお神経学者の間には悲観的な空気が支配的であるという事情にみるごとく,言語治療の効果に関する説得的実証的研究がごく最近まで試みられなかったことも挙げられよう。

研究と報告

ロールシャッハ・テストにおける立体反応(Vista)の精神医学的意味

著者: 細木照敏

ページ範囲:P.145 - P.153

I.はじめに
 ロールシャッハ・テスト(以下ロ・テストと略記)の反応決定因子において,研究者の間で,最も問題をのこしているのは,インクのしみ図版の灰色の濃淡を知覚的手懸りとして生ずる陰影反応の系列である。
 この系列には大別して(i)黒白を含め,陰影を色としてとらえるもの。(ii)物の表面のきめ,肌あい,材質感としてとらえるもの。(iii)それを3次元的な立体として,あるいは拡散としてとらえるもの,の三つのsubgroupが分離できるといわれてきた。しかしこれらの下位グループのうち,前2者がある程度明確に同定できるのに対し最後のもの,すなわち3次元的な立体反応は,その分離,同定が必ずしも容易でなく,またその出現頻度が少ないこともあって,今日までその臨床的意味について,はっきりした定説がない。

てんかん者の死亡と死因

著者: 福島裕 ,   大沢武志 ,   大沼悌一 ,   佐藤時治郎

ページ範囲:P.155 - P.163

I.はじめに
 一般に,てんかん者の死亡率は一般人口のそれに比較して高いものと推定される。とくに,意識障害を伴う発作では,発作にさいして,周囲の状況に応じた適切な行動をとる能力が損われるため,危険な事態を回避することができず,したがって,このような発作を有する患者では,様々な災害を蒙る可能性が大きい。この他,発作重積状態がてんかん者の死因として大きな割合を占めていることを強調する報告2,6)もある。一方また,症状てんかんの基礎疾患(たとえば,脳腫瘍)もその進行が患者を死に導く。このような,てんかん発作自体あるいはその原因疾患に由来する死亡の他にも,一般人口に共通してみられる死因がてんかん者の死因となることはいうまでもない。
 ところで,てんかん者の死亡,あるいはその死因に関する報告や記述は諸外国においては少なくない。しかし一方,わが国では著者らの求めえた限りでは,この問題に関する研究報告は乏しく,わずかに,山内ら17)(1952)がてんかんの予後調査の中で,死亡率と死因について,やや詳しく記述しているのみである。

躁うつ病の病態生理学的研究—自律神経機能からみた尿中カテコールアミンの排泄

著者: 松下兼介 ,   神崎康至 ,   松本啓

ページ範囲:P.165 - P.172

I.緒言
 近年,精神疾患の病態生理学的研究がさかんに行なわれるようになり,精神と身体との関係が探究されつつあり,内因性躁うつ病においても,ここ数年来,アミン,電解質などの代謝異常が最も重要視され,それらの代謝との関連において,自律神経,内分泌機能が注目されてきている。
 われわれの教室でも,内因性躁うつ病を中心に,アミン,自律神経,ポリグラフ,内分泌機能など,多角的にとらえ,その本態を究明せんと試みている。

心因を契機として幻覚妄想状態と発作性脳波異常を呈した2症例について

著者: 斎藤嘉郎 ,   高橋三郎 ,   山崎晃資 ,   山下格 ,   里見龍太 ,   伊藤哲寛

ページ範囲:P.173 - P.181

I.緒言
 妄想・幻覚などの精神分裂病様症状を呈しながら,定型的な精神分裂病とは断定できにくい症例が少なからずある。諏訪1)が指摘しているように,内因性精神病と称されるものの中には,「躁うつ病的色彩をもつ分裂病様状態(またはその逆),周期的にあらわれる分裂病様状態,躁うつ病から分裂病への移行型(またはその逆)」などの非定型群が含まれており,このことが,内因性精神病の本態を問題にする場合,精神病理学的な議論をいっそう複雑にする要因となっている。しかし,非定型群のみならず,定型的内因性精神病の本質を解明するためにはPauleikhoff, B. 2)の主張するように「同一の症状のみを十分条件とせずに,それを露呈するに至った状況依存的な患者の心理状態,疾患の経過などを十分吟味した上で,精神病理学的疾患単位を定める」入念な努力を欠いてはならない。
 著者らがここでとりあげた症例も,いわゆる非定型群に属すると思われるケースであるが,発病に至るまでの特異な心理的経過,および精神症状の消長に一致した発作性脳波異常など,興味ある問題を含んでいる。本論文においてはとくに,これらの要因のもつ病因的な意義について考察を加えたい。

「皮膚-腸内寄生虫妄想」例とその検討

著者: 伊東昇太 ,   渡辺芙美子 ,   上野忠孝

ページ範囲:P.183 - P.187

I.緒言
 体感異常(Coenesthopathie)を訴える患者の中で,その主題を持続的に毒虫あるいは寄生虫,さらには細菌に求あることがある。このような症例の精神症状のとらえ方,疾病学的位置づけ,さらに経過,予後についての記載は多岐にわたっている。われわれは,たまたま「皮膚寄生虫妄想」(Dermatozoenwahn),あるいは「毒虫妄想」(Ungezieferwahn)と呼んでさしつかえない症状がみられ,そしてその体験をのぞいては言動に著変のみられない症例に接したので,以下症例を描写し,2,3の考察を進めることとする。

精神分裂病に対するアミンプレカーサー療法の可能性—L-DOPAの投与を通じて

著者: 更井啓介 ,   木村進匡 ,   石井知行 ,   伊関勝彦 ,   今田寛睦 ,   河村隆弘 ,   木野孫史 ,   越後敬

ページ範囲:P.189 - P.196

I.緒言
 精神分裂病にアミン代謝障害があり,それが原因につながるという仮説は,現在かなり注目をあびている。メスカリンなどの幻覚惹起物質が生体アミンと構造がよく似ていることから,脳内アミン代謝に注意が向けられ,多くの報告がなされた2〜5,7〜10,15〜21)。しかし,アミン代謝産物の中には不安定で測定困難な物質があり,とくに分裂病者の脳については実験不可能で,体液に関する資料と,また諸種の薬物を投与した動物についての行動変化と脳内アミンの動態から,病因を推測するのが一般的な分裂病の生化学的アプローチとなっている。ところが,臨床家にとってはさまざまな治療手段を通して,なぜそれが有効かを究明することにより,逆にその本態をうかがうことができると思われる。
 さきに著者らは,諸種の抗パーキンソン剤が無効の向精神薬によるパーキンソン症状を有する分裂病者にL-DOPA(ドーパミンの前駆物質)を使用し,向精神薬によるパーキンソン症状が著明に改善されるとともに,精神症状も改善された例や悪化した例があることを報告した14)。つまり,L-DOPAが錐体外路症状ばかりでなく精神作用にもかなり影響を与えることがわかった。稲永ら12)は3例の分裂病者にL-DOPAを向精神薬と併用して著効を示したと報告している。彼らは,L-DOPAの作用機序として,向精神薬により脳内アミン,ことにノルエピネフリン(NE)が脳内で低下する可能性があり,動物実験では脳内NEを増量させるにはL-DOPAの少量投与がよいので,患者にL-DOPAを少量投与したという。

二重盲検法によるSulpirideの精神分裂病に対する薬効検定

著者: 谷向弘 ,   乾正 ,   高橋尚武 ,   金子仁郎

ページ範囲:P.197 - P.207

 化学構造上も,薬理学的にも,従来の強力安定剤とは大きく異なったsulpirideの精神分裂病に対する臨床効果を,thioridazineを対照薬とした二重盲検・並列比較試験法によって調べた。1週間のplacebo投与ののち,実薬を固定可変法で10週間投与し,経過を観察,諸検査を施行した。試験を完了したものはsulpiride群42例,thioridazine群43例,途中で脱落したものはそれぞれ2例および1例で,いずれの薬剤投与例も総計同数の44例ずつであった。
 得られた結果をχ2検定法あるいは直接確率計算法を用いて解析したところ,全般的な分裂病像の改善,病型,状態像,経過類型,罹病期間,今回の症状発現より治療開始までの期間別にみた改善率,各精神症状に対する効果などのどの面から比較してみても,両薬剤間に有意差を見出すことができなかった。sulpiride治療によって高い改善率のみられた症状は,幻覚および自我障害,妄想,接触性,病識などで,とくに妄想に働きかけて病識を出させる効果に特徴が認められた。しかし経口投与では精神運動興奮や昏迷状態を改善する作用は弱いようであった。

映画評

—指導:上出弘之・徐 世傑・石井 葉 監修:臺 弘—子どもの自閉症—その治療教育と行動研究

著者: 中川四郎

ページ範囲:P.208 - P.209

 児童精神医学の臨床の中で,戦後世界的に最も関心を集め精力的に研究が行なわれた対象は,いわゆる「自閉症」であろう。わが国においても,1950年代の後半から現在まで,それは常に学会の中心課題であった。しかしその対象とされた児童の類型や概念は,この用語の普遍化とともに拡大し変化しており,雑多な状態の児童が,ときには自閉の名に相当しないような行動の異常までが,自閉症とされるような状況さえ作りだしている。
 このことは,このような障害を持った児童の診断名の変遷にも現われている。1944年のKannerの早期幼児自閉症の命名から,それが児童分裂病と同義的に使用されていた時代,さらにAspergerの自閉性精神病質の導入から,幼児自閉症あるいは小児自閉症と呼ぶ時期を経て,ただ自閉症といわれるようになった。これは英米でも同様であって,最近はchildhood autismあるいは単にautismといわれる傾向がある。自閉症という言葉が疾患として把握されているのか,単なる症状あるいは症状群として用いられているのか,不明確な用語であるとして論議されたこともあり,これを避けるために自閉的な児童,自閉児(autistic child)という語を用いるべきであるとしている者もある。筆者は自閉性精神障害という言葉を提唱している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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