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雑誌目次

論文

精神医学15巻6号

1973年06月発行

雑誌目次

巻頭言

精神病者への偏見と差別

著者: 金子仁郎

ページ範囲:P.578 - P.579

 ここ数年来,精神病者への偏見と差別について激しく論議され,それへの戦いが進められている。しかしながら,その戦いはまったく困難なものであり,絶望的ともみえるときがある。精神科医はこの現状を反省し,いかなる戦術をとるべきかを総力をあげて考え,行動すべきである。
 ある一人の人間が精神病になったとき,彼自身がうける"気狂い"としてのあざけり,彼のうけるみじめな精神科医療,回復した後におとずれる就業,結婚の困難だけでなく,彼の家族も"気狂い"を家族から出したことを恥じ,世間の人の目をさけ,ひたすらに病者をかくす。

展望

攻撃性の精神力学

著者: 福島章

ページ範囲:P.580 - P.606

I.はじめに
 Hommone hommini lupus?
 19世紀の末,西欧社会における2つのタブーともいうべき性と攻撃の問題に,S. Freudは正面から取り組んだ。この2つの主題のうち,性にかんしては——genitalなものとしてであれ,sexualなものとしてであれ,あるいはErosとしてであれ——ひろく,深く論じられた。それは精神医学,心理学の領域だけでなく,思想,社会,教育,人類学,宗教,文学など広い領域に大きなインパクトを与えてきた。ところが,一方の攻撃性の主題にかんしては,今日まで十分な検討や理論的集成が行なわれてきたとはいえない。じっさい,Freudにおいてさえ,こどもの恐怖症の分析やエディプス・コンプレックス論の中に垣間見られた攻撃性の主題が,彼自身の理論体系の主柱の一つになるのは晩年になってからである。Freudより早く,攻撃性を人間の基本的動因として考えたのは,じつはA. Adler(1908)である。しかし,Adlerの関心は周知のとおり攻撃性から劣等コンプレックスに移っていった。後の研究者たちに決定的に大きな影響を与えたのは——彼の理論に同意するにせよ批判するにせよ——Freudであった。
 Freudの提起した攻撃本能や死の本能の主題は,その後児童精神分析学者の間で発展していった。この問題にはたしたPsychoanalytic Study ofthe Child誌の貢献は非常に大きい。

研究と報告

日内活動記録法によるヒトの24時間睡眠・覚醒リズムの研究—第1報 方法と結核病棟入院患者,脊髄損傷患者,老人ホーム入居者についての調査

著者: 大熊輝雄 ,   小椋力 ,   竹下久由 ,   下山尚子 ,   井上寛

ページ範囲:P.607 - P.616

I.はじめに
 生体には各種のリズム的現象がある。たとえば遅いリズムとしては冬眠動物の年1回の活動リズム,女性のほぼ月1回の性周期など,速いものでは呼吸,心拍,脳波などがあり,生体機能のかなりの部分はリズム的現象によって営まれている。これらの生体リズムのうちでも,睡眠・覚醒リズムは,生命の維持にとってきわめて重要であると思われる。
 近年,神経生理学とくに脳波学の発達にともない,睡眠の段階に応じて脳波が特徴的な変化を示すことがわかり,睡眠時に脳波を連続的に記録することによって睡眠を客観的に記録,観察することが可能になってきた。さらにAserinsky1),Kleitman1),Dement2),Jouvet3)らによって,REM睡眠期(賦活睡眠期,逆説睡眠期,パラ睡眠)が発見され,その生理学的,心理学的重要性が明らかになって以来,神経生理学的方法による睡眠の研究がひろく行なわれるようになった。その結果,夜間睡眠時に脳波,眼球運動,筋電図その他の生理学的現象を同時に記録する「終夜睡眠ポリグラフィ」の方法が発達し,この方法によって正常者および各種疾患における睡眠の実態がかなり正確に把握されるようになった。

精神分裂病の経過と転帰に与える薬物療法の影響

著者: 武正建一 ,   保崎秀夫 ,   浅井昌弘 ,   仲村禎夫 ,   岡本正夫 ,   村上圀世

ページ範囲:P.617 - P.625

I.まえおき
 近年精神分裂病の経過や転帰に種々の変化がみられていると指摘されている。これには時代的背景14),社会復帰への努力を含めた病院内看護の改善,そして治療手段の進歩などの影響があげられている。しかし,これらの中でもとくに治療手段の進歩は大きな役割を演じているようであり,精神分裂病全般の予後の改善がすべて近代的治療に帰せられるかどうか決定的なことはいえないにしても2),近代的治療,ことに向精神薬療法を中心とする身体的治療の進歩が精神療法的接近や社会復帰活動を進め,さらにこれらとの相互作用の結果が予後全般に変化を与えつつあるとみることはできるであろう。
 分裂病に対する向精神薬療法を中心とする身体的治療の影響については,経過,病像,転帰などについて最近多くの発表がなされており,波状,相性の過経を示すものの増加6,24,27),緊張病症状の減少,転帰の上での改善などがあげられている13,19,20)。しかし,また一方では長期の経過を追跡した場合,転帰の上ではさほど影響がみられないとする研究者もあり5,14,16),とくに分裂病の中でも従来から認められている慢性で不良の経過をとり痴呆化(荒廃)への傾向を示すような群については向精神薬をはじめとする種々の身体的治療によってもほとんど影響がないとする見方もある7)

せん妄状態を呈した洋種チョウセンアサガオによる食中毒の集団発生例

著者: 伊勢田堯 ,   伊勢田成子

ページ範囲:P.627 - P.634

 (1)洋種チョウセンアサガオ(またはその変種)をゴボウと間違えて作った"キンピラゴボウ"による食中毒の集団発生を経験した。
 (2)食中毒は,アトロピンおよびスコポラミンを主とするbelladonnaアルカロイドによるものである。
 (3)経過は,初期の自律神経失調症状から極期のせん妄状期に移行し,段階的に回復した。初期は,主にスコポラミンが中枢神経系に対して鎮静的に作用し極期は主にアトロピンが興奮的に作用したものと推定される。
 (4)重症度は,ほぼ摂取量に平行した。
 (5)8例中6例に作業せん妄がみられた。作業せん妄のみられない2例は少量摂取者だった。
 (6)錯覚が多く,幻視は幻想的なものではなかった。
 (7)脳波は,覚醒水準の上昇を思わせた。

当初分裂病様症状を呈したBehçet's Syndromeの5症例

著者: 真銅良吉

ページ範囲:P.635 - P.640

I.はじめに
 Behçet's Syndromeの精神症状は時に内因性精神病との鑑別がむずかしいといわれる。そこでこのたび,初期に内因性精神病と診断され,その後Neuro-Behçet's Syndromeと改められた5生存例につき臨床像を検討した。全例が経過中に知能障害,意識障害などの器質性精神疾患の特徴を持ちそのうち1例は身体的には口腔内アフタ,陰部潰瘍,眼症状の3徴の揃った典型例で,他の4例は3徴のうち2つを備え臨床診断の支持される1)症列である(表1)。

更年期にうつ的・躁的色彩をもつ状態を頻回に反復した非定型精神病の1例

著者: 田中恒孝 ,   宮坂雄平

ページ範囲:P.641 - P.648

I.はじめに
 内因性精神病の臨床脳波学的研究は過去において数多く報告され,この疾患に特異的な所見の存在しないことが実証された。一方,急性ないし周期性の経過をとる緊張型分裂病の中には異常脳波を示すものが比較的多いことも明らかにされた6)。近年非定型精神病に関する病態生理学的研究がさかんに行なわれ,これらにてんかん性律動異常を含む脳波異常の高率に認められることが報告されている18)。そして非定型精神病と脳波に表現された脳機能異常との関連について論議されている11,18,23,30)
 私どもは数年にわたって6c/s棘徐波について検討し23〜25),この波が内因牲精神病に比較的高頻度に見出され24),これらの症例の臨床症状ならびに経過は多種多様であるが,非定型的な要素を含んでいて診断困難な例の多いことを知った。この一連の研究中に,更年期に初発し,昏迷を伴う躁うつ病類似の経過を示し,病相期に意識混濁が加わって診断に困難をきわめた1症例を経験した。ここに臨床像の特徴ならびに脳波所見について報告し若干の考察を加えてみる。

日本脳炎ワクチン注射後発症した写字障害の著明な純粋失読症の1例

著者: 西川喜作

ページ範囲:P.649 - P.657

I.はじめに
 失読で比較的多いものは失語性失読であり,その他浜中ら1)は頭頂葉性失読を記載している。しかし,症例としては少ないが,読みの障害として限局されたもので,後頭葉失読または純粋失読といわれるものがある。Nielsen2)は前頭葉障害で失読症状が得られたと報告したが,これは失行にもとづく二次的なものと考えられている。その他読字障害として,難読(Dyslexia)やzerbrale Asthenopieのように一種の視覚疲労と考えられるもの,書字言語の発達過程のいわゆる先天性語盲(安斉ら3))などが取り上げられている。
 純粋失読症は後頭葉性失読症,純粋語盲,皮質下性失読症,純粋書字盲,弧立性失読症,視覚性失読症の呼び方が行なわれている。今世紀の初め,すでにその症候論,特徴,解剖学的問題が討論されてきたが,わが国においても1933年三浦4)はこれについての歴史的展望と症状の記述を行ない,また1965年大橋5)がその総説を記載している。欧来においても第二次大戦前には純粋失読の剖検例はわずかに9例しかなかったが,Hoff,Gloningら6,7)は多数にのぼる剖検例,手術例を報告し,左きき患者の例とともに半球優位の問題や純粋失読が生じうる病巣の部位論の詳細な検討を行なっている。また純粋失読では色彩失認を合併することが多いとされ,Rubens8)やGloningら9〜11)もこの点を記載している。近年,従来いわれてきた失認という概念にBayら12)は疑問を投げかけ,この失認に対して特殊な感覚障害とか精神機能の抑圧などを取り上げている。Geschwindら13〜15)のいう巣症状(失語,失行,失認など)が各半球の知覚連合間の切断という考え方もかなり有力な立場をとるようになってきた。

新催眠剤GP 41 299についての終夜ポリグラフィー的検討

著者: 佐藤泰三 ,   森洋二

ページ範囲:P.659 - P.667

I.はじめに
 睡眠障害は,精神科領域においては精神分裂病,うつ病などの精神疾患や種々の型の神経症で,またその他の各科においても広い領域で日常臨床上最も多く遭遇する症状の一つであり,臨床医にとって催眠剤を使用しなくてはならぬ機会はきわめて多い。
 20世紀初頭にFisher, E. とVon Mehring, J. によって最初のbarbitalが合成され,その後phenobarbital,pentobarbital,amobarbitalなど10数種のバルビツール酸系催眠剤が合成され,それらの効果が比較的確実であるためにしばしば使用されているが,習慣性,覚醒時の不快感などいくつかの問題がある。

Benzoctamine(ME-910)の神経症に対する臨床効果について

著者: 山本紘世 ,   石黒健夫

ページ範囲:P.669 - P.676

I.序論
 穏和精神安定薬minor tranquilizerとして,現在本邦では,meprobamateにかわってchlordiazepoxide,diazepam,nitrazepam,oxazepam,oxazolam,medazepamのbenzodiazepine系薬物が臨床に使用されている。薬の種類によって,その効果のスペクトルは幾分異なっているが,不安・焦燥に対する作用,抗抑うつ作用,催眠・鎮静作用,自律神経安定化作用,筋弛緩作用,抗痙攣作用が認められ,臨床的には各種の神経症,自律神経失調症,激越性うつ病,各種の疾患に伴う不安状態,てんかん性不機嫌状態などに用いられている。
 Benzoctamine(Tacitin,ME-910)1)は,スイスCIBA-GEIGY Ltd. で開発された新しいethanoanthracene系の誘導体で,従来のbenzodiazepine系誘導体をはじめ,いずれの向精神薬にも属さない化学構造をもつものである。化学名は,1-methyl-aminomethyl-dibenzo (b,e) bicyclo (2.2.2) octadinehydrochlorideで,構造式は図に示すように4個の環が異なった面にあり,それぞれ独特の角度で結合している。一般名はbenzoctamine hydrochlorideで,動物実験においては攻撃性を減少させ,静穏作用と筋弛緩作用を示し,薬理学的にはchlorpromazineとimipramineとの中間にあり,前者よりいくらか鎮静作用が少なく,後者より筋弛緩作用が幾分強いといわれる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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