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雑誌目次

雑誌文献

精神医学15巻7号

1973年07月発行

雑誌目次

巻頭言

チームによる医療の促進

著者: 更井啓介

ページ範囲:P.694 - P.695

 ここ二千年来医療は主として医師と看護婦によって行なわれてきたので,それらに対する教育は一応形をなしてきている。しかし,その数は不足しており教育制度に関してはなお多くの問題が残されている。そのうえ最近の医療技術の進歩はめざましく,各種の機械や技術が医学界に導入され,それに応じて多くの医療技術員を必要とするに至った。
 ところで,官公立病院では古い規則や公務員削減法にひっかかって,せっかく最新の優秀な器械が購入されても,それを使用する技術員が雇えないので,運用できないといった不合理な現象が起こっている。むしろすぐれた私立の施設では自由に技術員が雇えるので効率よく医療が行なわれる傾向がある。それはともかくとして,今日では少し大きな病院で能率的かつ合理的に病院を運営し,十分患者に満足のいくサービスをしようとすると,医師以外のいわゆるパラメジカル・スタッフの補助がなければやってゆけなくなっているのが実情である。

展望

イギリスの精神医療と精神医学

著者: 石川義博

ページ範囲:P.696 - P.710

I.序言
 イギリス精神医療の特徴の第1は,それが包括的・総合的な社会保障制度の一環として発足した国民保健サービス(1948)のもとで,すべての国民に無料で提供されていることである。第2に精神医学と医療は,ここに初めて他の医学と平等の立場を保障されたことである。第3に,この条件のもとで,1950年代のイギリス精神医療は,作業療法や病棟開放政策さらに治療的共同社会のごとき社会的治療法,向精神薬の発見と導入,コミュニティ・ケアなどの諸手段によって熱狂的に改革されてきた。第4に,1959年成立の精神衛生法は,精神障害者対策の理念を「保安から治療へ」大転換させた。こうした特徴によって,イギリスの精神医学は世界の注目を浴びるに至っている。
 しかしなお依然として訓練された職員や適当な施設の不足,精神衛生関係者や当局間の協調の欠如,精神医療の根本政策に関する不一致などの深刻な問題が山積されていることも事実である。とくに各地域における医療水準の発達の差は顕著であり,イギリスの精神医療とは云々,と一括できないほどである。筆者はイギリス精神医学の長所と短所を,できるだけ事実に基づいて報告するつもりである。

研究と報告

特異的な感応現象をくり返した同胞性精神病の1例

著者: 高橋隆夫 ,   三輪登久 ,   沼田満三 ,   貝谷久宣

ページ範囲:P.711 - P.717

I.序言
 われわれは数回にわたって主として昏迷状態をくり返した女子患者の経過を観察してきたが,彼女が錯乱ないし昏迷に陥った時期のほとんどが"弟あるいは妹が錯乱や昏迷に陥ったのを身近かに目撃している最中やその直後"であった。
 一般に,同一の場所にて親しく生活している人人の間には相互に精神的影響が作用し合っているということは論を待つまでもないが,かかる状況において,精神病者によって他の人間が影響を受け,病者の病的体験や状態像を取り入れることによって精神病(状態)となった場合には,精神病理学的にも非常に問題視されており,これまでにもfolie à deux(2人での精神病),感応性精神病などとして報告されている。そして,かかる事態が発生するにさいしては,"原発者(感応者)は続発者(被感応者)よりも高い人格水準にある"ことが一つの条件であるかのごとく述べられてきている。

各種精神症状,とくに人格水準低下を示した遺伝性球状赤血球症の1例

著者: 藤田孝司 ,   藤田秀樹 ,   横井晋

ページ範囲:P.719 - P.725

I.はじめに
 遺伝性球状赤血球症は,Minkowski, O1)が記載して以来多くの症例報告がみられるが,精神神経症状についてはあまり述べられていない。
 わずかにGänsslenら2)が種々の奇型や発育異常を伴うことを示唆し,分裂病および躁うつ病と合併した症例があったと報告している。われわれは,遺伝性球状赤血球症患者が溶血性黄疸をくり返すうちに,寡黙状態や多幸状態を示しながら人格水準低下をきたしたので,その臨床所見の詳細と人格水準低下といわれる精神症状について報告する。

向精神薬による非可逆性錐体外路症状の1例—発症の経過と成因の考察

著者: 八木剛平 ,   伊藤斉

ページ範囲:P.727 - P.734

 (1)脳動脈硬化症の合併が疑われた45歳の精神分裂病の女性で,neurolepticaによる治療中に下肢,躯幹,口,舌の常同的な不随意運動が出現して3年以上にわたって持続している1例を報告し,病像,経過および治療に対する反応などの検討からneurolepticaによる非可逆性錐体外路性運動亢進症状群と診断した。
 (2)本症例ではhaloperidolとtrihexyphenidylの投与中に出没していたakathisiaが(第1期),両者の同時中絶後にいわゆるrestless legsを伴って一種の禁断症状のごとく持続的に出現し(第2期),いちじるしい起立性低血圧などの多彩な身体症状を伴って増強し(第3期),その消褪とともに下肢,躯幹,口の不随意運動が出現し(第4期),neurolepticaの再投与によって軽減するが休薬すると増強するという経過をとりながら(第5期),非可逆性錐体外路症状の病像が次第に固定する(第6期)にいたった。非可逆性の病像は第4期においてakathisiaから移行したものとみなされた。

多彩な精神神経症状のためにしばしば中毒症状の把握が困難であった慢性Diphenyl Hydantoin中毒の1剖検例

著者: 水島節雄 ,   小泉隆徳 ,   関郁夫

ページ範囲:P.735 - P.743

I.はじめに
 Diphenyl hydantoin(D-H)は,MerritおよびPutnam(1938)31)のSodium diphenyl hydantoinate開発以来,古典徴候として知られる多彩な副作用のほか12,14,15,27,32,44,48),末梢神経障害29),一過性片麻痺33),髄液蛋白増加4),尿中銅排泄増加38),脳波異常43)など様々な所見が報告されている。しかしD-Hはそのすぐれた抗けいれん作用や死亡例の少ないことから今日も抗てんかん薬として広く使用されているが,D-Hは大量持続投与に限らず通常薬用量でも非可逆性の重篤な中枢神経症状を残すことがあり1,11,42),Dill10)以来,D-Hの血中および組織内定量法が工夫され35),Buchthal3),Kutt23)らによってその血中有効治療値が示されてからは,てんかんの安全治療管理には血中濃度測定の必要性が強調されてきた13,28)。一方,D-H中毒の病理学的所見は,Purkinje細胞脱落を中心とする小脳皮質のび漫性病変が知られているが,剖検例は少なく,わが国では川本ら20),安陪2),三山ら30)その他数例にすぎず,その病理所見検討も未だ十分でない。また最近,Dam6,7,9)は,D-H実験中毒動物とヒト剖検小脳のPurkinje細胞を量的に測定し,D-H実験動物ではD-H中毒群と対照群に有意差がなく,ヒト剖検例ではPurkinje細胞脱落を認める5,8)ものの,その多くは生前に頻回発作をみており,D-H中毒による小脳障害とは考えられない。むしろけいれん障害とみるべきであると新しく問題を提起している。
 われわれはD-Hが最も有効な難治てんかんで通常薬用量でもしばしば中毒症状を示し,同時に存在した多彩な精神神経症状が中毒症状の把握を困難にしていた1症例を剖検した。病理学的には主として小脳腹側半球にいちじるしいPurkinje細胞のび漫性脱落,顆粒層の疎鬆化をみ,またその領域の髄樹および髄体に広汎な髄鞘淡明化所見を得た。

慢性精神病者の心気症状に対するL-DOPAの効果

著者: 浅野聰明 ,   野間拓治 ,   松田清 ,   池田久男 ,   大月三郎

ページ範囲:P.745 - P.751

I.はじめに
 中枢神経系における近年の生化学的,薬理学的研究は,カテコールアミン動態が内因性精神病とかかわっていることを指摘している1)。すでにdopamineに関する研究から,dopamineの前駆物質であるL-DOPAがパーキンソン病および症状群の治療に導入され,多数の治験例が報告されているが,周知のとおり,その治療過程で患者の精神症状が改善または悪化することにも注目されてきた2)。またIngvarsson3),Matussekら4),Bunneyら5),によってうつ病治療にもL-DOPAが導入され,さらに最近では精神分裂病に対するL-DOPAの治験例が報告されている6〜10)
 われわれは,向精神薬により生じたパーキンソン症状に対するL-DOPAの有効性を検討する目的で,分裂病を主とする慢性精神病者を対象にL-DOPAを最高1日1200mg投与したところ,神経症状の改善はほとんど認められなかったが,心気症状が軽減ないし消失した。そこで改めて,心気症状が前面に出ている慢性精神病者17名を対象にL-DOPAを1日量900mg投与したところ,心気症状に対する効果は,著効4名,有効6名,やや有効5名,無効2名であった。さらにplacebo効果もあわせて検討した結果,慢性精神病者の心気症状に対してL-DOPAが有効であるとの結論を得たので報告する。

二重盲検法による新穏和精神安定薬Bromazepam(Ro 5-3350)の神経症に対する薬効検定

著者: 大熊輝雄 ,   小椋力 ,   中尾武久 ,   岸本朗 ,   今井司郎 ,   中沢和嘉 ,   織田法子 ,   角南譲 ,   馬嶋一暁

ページ範囲:P.753 - P.769

I.はじめに
 近年,向精神薬研究の進歩はめざましく,なかでもbenzodiazepine誘導体は,静穏,抗不安,催眠作用などのすぐれた特徴を有するほか,副作用の出現が比較的少ないため,それぞれの特徴に応じ,各種神経症だけでなく,広く内因性精神病などの治療にも併用的に使用されている。
 ところで,bromazepam(Ro 5-3350)は,1968年F. Hoffmann-La Roche社により開発された新benzodiazepine誘導体で,化学名を7-Bromo-5-(pyridyl)3H-1,4-benzodiazepine-2(1H)-Oneと称し,従来用いられているbenzodiazepine系のchlordiazepoxide,diazepamとは塩素原子(Cl)にかわり臭素原子(Br)を有する点(図1)で異なっている。動物実験の結果では,bromazepamは静穏,抗斗争,筋弛緩,抗けいれん作用を示し,それらの作用はchlordiazepoxide,diazepamより強力で,とくに筋弛緩,抗けいれん作用(Randallら,1968),条件回避反応抑制作用(君島ら,1972)が著しいと報告されている。

D-40 TA(Triazolobenzodiazepine誘導体)の使用経験—不眠に対する臨床治験と正常睡眠への影響

著者: 種田真砂雄 ,   村崎光邦 ,   小口徹 ,   佐藤喜一郎 ,   望月保則 ,   原俊夫

ページ範囲:P.771 - P.780

I.はじめに
 Benzodiazepine誘導体が睡眠導入剤として臨床面に活用されてすでに3年余になる。なかでもnitrazepamは,その抗不安作用や抗けいれん作用のほかに催眠作用がすぐれているところより,臨床各科で不眠に対して日常的に使用されている。
 最近,わが国において合成に成功したD-40 TAもbenzodiazepine誘導体と同じ薬理作用スペクトラムをもつtriazolobenzodiazepine誘導体であり(図1,表1),その基礎実験より,強力な静穏・馴化作用,睡眠誘起,睡眠増強作用,筋弛緩作用および抗けいれん作用を持ち,とくにサルにおける静穏作用,睡眠作用ではdiazepamの2.5〜5倍,nitrazepamの1〜2倍強い作用が認められた1,2)

うつ状態に対する炭酸リチウムの治療効果

著者: 渡辺昌祐 ,   田口冠蔵 ,   中屋耿爾 ,   大月三郎

ページ範囲:P.781 - P.786

I.緒言
 炭酸リチウムの躁病に対する治療効果や,躁うつ両相の頻度と重症度を軽減する予防効果は,もはや確認されている。しかるに,うつ病に対する炭酸リチウムの効果については,賛否両論がありその臨床効果が確立した段階ではない。リチウム療法を最初に報告したCade7)をはじめとして,Fieveら19)も重症うつ病には,無効であったと報告しており,ごく最近までは,躁うつ病うつ状態とうつ病に対しては一般に無効であるが,反復性うつ病に対する予防効果があると考えられていた。
 しかし一方,Votéchovsky(表4)をはじめ,uncontrolled studyで,うつ病に対する炭酸リチウムの治療効果を認めた報告も散見せられる。すなわち,Dyson14)は1968年,31例のうつ病患者のうち19例に有効であることを報告した。さらにその後,Fieveら10)は躁うつ病うつ状態29例中,25例に有効であったと報告し,Goodwinら11)は,13例中,5例が効果を認めた報告をしている。

海外文献

Essai sur les formes cliniques actuelles de la schizophrénie chez l'ádulte jeune

著者: 武正建一

ページ範囲:P.734 - P.734

 1954年以降フランスにおいても分裂病の症状や経過の上で種々の変化がみられており,それは神経症的傾向の増加などとなって現われている。このような変化は,主として次の3つの点によるものであろう。それは,1.作業療法,職業療法の導入や精神療法的接近などを含む病院看護施設の発展,2.1953〜1954年以来C. P., Reserpineをはじめとする種々の向精神薬による薬物療法の導入,3.相談所の設置,家庭訪問など精神医療における地区secteur活動の発展などによるものである。
 精神病院で病初期に観察される分裂病の症状型としては,1.Les formes paranoides,2.La forme hébéphrénique,3.La canatonie,4.Les formes simples,5.La schizoidie évolutive,6.Les formes pseudo-névrotiques,7.Les formes depressives,8.Les formes avec excitationなどがあげられるが,現在上記の症状型の中ではforme paranoide,forme simpleが多く,またforme depressiveは思春期後かなり多いものである。これに対して,catatonieは少ない。

Relationship of patient background characteristics to efficacy of pharmacotherapy in depression

著者: 上島国利

ページ範囲:P.751 - P.751

 さまざまな精神疾患の治療に対する反応を予測する変数の研究は決して新しくはない。現在までにうつ病の薬理学的研究では患者群を現在症,臨床経過,診断,重篤度等で鑑別しあるいはうつ病の治療における数種の薬剤の相対的効果をテストしているものが大部分である。本論文では163名のうつ病患者に1日100〜200mgのamitriptylineを投与し,Raskin 3-point depression scaleで毎週評価し,治療前の患者の背景の特徴(社会経済的・人口動態的・以前の精神状態)と,その臨床効果との相関を調べている。Raskin 3-point depression scaleは,患者の言語的訴え,医師の面接中の患者の行動,二次的なうつ病の症状の3要素からなり,それぞれ1〜5点で評価し,総点は一番重篤な時15点,症状のない時3点となる。症状減少率は次の式で計算した。
 開始時の総点-最終総点/開始時の総点-3×100
 治療効果により患者を次の3群に分類した。(1)非反応群:6週間でも症状減少率が50%以下のもの,(2)乏反応群:50%〜65%の減少率,(3)著明反応群:65%以上の減少を示したもの。その結果80%以上の患者が4週間以内に50%以上の減少を示し,49名は1週間以内にすでに50%以上の症状の減少を示した(早期反応群)。

Chorea minor unter Anwendung von Ovulationshemmern:Eine Analogie zur Chorea gravidarum

著者: 渡辺雅幸

ページ範囲:P.796 - P.796

 1957年に排卵抑制剤が使用されるようになって後,その副作用については数多くの報告がある。たとえば,血栓症や塞栓症の増加が議論されている。神経科領域では,若い女性における脳血管障害の増加は,頭痛,偏頭痛の増強と同様に,避妊薬使用が原因とされている。
 避妊薬服用による小舞踏病の出現については,世界の文献の中で,4つの報告があり,7症例があった。われわれの1症例は,<症例>19歳女子

Micturition syncope

著者: 田中孝雄

ページ範囲:P.808 - P.808

 失神発作一般についての病因が未だ明らかにされていない情況で,特殊な失神についての研究は失神の本態を明らかにするために有意義である。排尿失神とは,立位での夜間の排尿に伴う失神のことをいう。文献考察からはこの症候群の病因についての見解の様々であることが明らかになった。排尿失神患者はしばしばてんかんと診断されることがあるので両者の鑑別が必要である。それには発作時のEEGを記録するのも一法である。上記の理由から,EEGおよびEKG記録中に自発的な排尿失神を惹き起こしたある飛行機パイロットの症例について報告する。
 症例は37歳のパイロット。夜間排尿に関連した失神発作のために精査をうけた。発作は28歳初発,一時消褪していたが36歳より頻発。常に夜間尿意に醒めてから立位で排尿したときばかり起こる。前夜ビールを飲むと多い。排尿の終りまたは終了まもなく下肢の脱力,めまいが起こり意識を失う。既往歴としてリンパ球性髄膜炎,脳震盪あり。入院後の理学的諸検査異常なし。血圧130/80mmHg(臥位)および115/75mmHg(立位),脈拍60/min。

紹介

再発性内因性情動障害のリチウム予防療法

著者: ,   長谷川和夫

ページ範囲:P.787 - P.796

I.臨床的記録
 リチウムは,John Cade1)が精神病学に導入して以来,約15年間,ほとんど躁病の治療に限って使用された。抗躁病薬としてのその効果と特異性は,多くの治療的試みで記録された3,4)。リチウムが内因性うつ病の若干例において,かなりの治療効果があることを示す研究もあるが,リチウムのこの作用は,抗躁病作用ほどには確立されていない。
 リチウムが内因性感情障害の再発に対して重要な予防作用を果たすという証明が,過去10年間,絶えず集積されて増大した。躁うつ病(双極型)や,うつ病だけ(単極型)の発作がしばしば起こる患者の継続治療にリチウムを用いると,再発の頻度やつよさが,大部分の例において,いちじるしく減退する。しばしば再発が完全になくなることがある。図1は,この主張の最初の基礎となった証拠を示す。

追悼

林道倫先生を偲ぶ—略歴と主な業績

著者: 大月三郎

ページ範囲:P.798 - P.799

略歴
 林道倫先生は明治18年12月21日,仙台市にて生まれられた。仙台第一中学校,第二高等学校(明治39年7月卒)を経て,明治43年12月東京帝国大学医学部を卒業された。卒業後1年間,同大学病理学教室助手に任ぜられた後,同大学精神病学教室に移られ,東京府巣鴨病院医員を兼ねられた。大正3年7月より約1年間,南満医学堂教授兼大連医院神経科医長を勤められた後,東京帝国大学精神病学教室に帰られ,大正6年2月より同大学助手を経て,大正13年6月より岡山医科大学教授に就任された。この間,大正10年10月より大正13年5月までドイツ留学。昭和22年学制改革に伴い岡山大学創設事務責任者として岡山大学設立に貢献され,昭和24年6月,初代岡山大学長に就任された。昭和27年3月岡山大学教授を定年退職,同年7月岡山大学長を辞職された。退官後は岡山大学名誉教授の称号を受けるとともに,岡山市に林精神医学研究所を設立され,精神疾患の研究と診療に力を尽された。
 長年にわたる大学在任中,岡山医科大学付属医院長,広島県立医学専門学校長,岡山医科大学長,日本学術会議会員等を歴任され,わが国の学術研究,大学教育のために多大な貢献をされた。

林道倫さんの思い出

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.799 - P.800

 私の最も尊敬する先輩の1人である林道倫先生が長逝された。米寿を祝う高齢であったとはいえ,まことに哀悼に堪えない。日本の精神医学界はここに世界に誇る学究を失ったのである。
 先生と私との間にはそれほど親しい直接の関係はなかったが,私が1923年(大正12年)に大学を出て,東大の精神科教室に入局したとき,すでに道倫(どうりん)さん(われわれの間での愛称)の雷名は高かった。大変な勉強家で,しかも生来見識の高い人だというので,後輩たちは畏怖の感をすら抱いていたようだ。当時,図書室の目ぼしい論文の巻末には,「林某日読了」とか,「何月何日下田」とかいう署名がよく目に付いたものである。それは同期の下田光造先生と林先生とのライバル意識の表現のようにも,われわれには受けとられた。若い先輩のなかには,道倫さんに読書の相談をして,「あの本は君にはわからんですよ」と一喝され,閉口したものだと話してくれた人もある。

恩師林道倫先生を偲ぶ

著者: 富井通雄

ページ範囲:P.801 - P.801

 慈父のような温容をそなえた,偉大な恩師林道倫先生の端麗なご容姿はもはやこの世にない。しかし今でもなお,先生のお言葉が泉下から聞こえてくる思いがする。「ただ諸君は自己の冷静な批判力によって,時流に迎合せず阿附せず,長いものにまかれることなく,他人の思想の無条件Epigoneとなることなく,自己の思想目標を樹立しなければならぬ。しかも一旦これを樹立した以上,これを護持し堅持するの気魄と操持とを持たなければならぬ。と同時に墨守に流れ固陋に堕してはならない。移るべきには移る位な広き心もまた持ちたきものである。この操持と自由のあるところ,人間の尊厳があり思想の尊厳があり学問の尊厳がある。」——岡山大学の初代学長として昭和24年7月28日の第1回入学生に対して残された告辞の中の言葉である。
 憶えば,先生はこれを自らの信条として,生涯を通して身をもって示された。私が初めて先生に接したのは,まだ岡山医科大学の時代で,敗戦後の学生運動が先生の手によって収拾された直後であった。当時は,多くの人人が時流に迎合しているなかで,先生はひとり,自らの所信にあくまでも忠実な態度を示された。当時の学長に代って,学生たちの気勢に押されて腰枠けとなった教授陣の楯となって,敢然として困難な事態に対処された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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