多彩な精神神経症状のためにしばしば中毒症状の把握が困難であった慢性Diphenyl Hydantoin中毒の1剖検例
著者:
水島節雄
,
小泉隆徳
,
関郁夫
ページ範囲:P.735 - P.743
I.はじめに
Diphenyl hydantoin(D-H)は,MerritおよびPutnam(1938)31)のSodium diphenyl hydantoinate開発以来,古典徴候として知られる多彩な副作用のほか12,14,15,27,32,44,48),末梢神経障害29),一過性片麻痺33),髄液蛋白増加4),尿中銅排泄増加38),脳波異常43)など様々な所見が報告されている。しかしD-Hはそのすぐれた抗けいれん作用や死亡例の少ないことから今日も抗てんかん薬として広く使用されているが,D-Hは大量持続投与に限らず通常薬用量でも非可逆性の重篤な中枢神経症状を残すことがあり1,11,42),Dill10)以来,D-Hの血中および組織内定量法が工夫され35),Buchthal3),Kutt23)らによってその血中有効治療値が示されてからは,てんかんの安全治療管理には血中濃度測定の必要性が強調されてきた13,28)。一方,D-H中毒の病理学的所見は,Purkinje細胞脱落を中心とする小脳皮質のび漫性病変が知られているが,剖検例は少なく,わが国では川本ら20),安陪2),三山ら30)その他数例にすぎず,その病理所見検討も未だ十分でない。また最近,Dam6,7,9)は,D-H実験中毒動物とヒト剖検小脳のPurkinje細胞を量的に測定し,D-H実験動物ではD-H中毒群と対照群に有意差がなく,ヒト剖検例ではPurkinje細胞脱落を認める5,8)ものの,その多くは生前に頻回発作をみており,D-H中毒による小脳障害とは考えられない。むしろけいれん障害とみるべきであると新しく問題を提起している。
われわれはD-Hが最も有効な難治てんかんで通常薬用量でもしばしば中毒症状を示し,同時に存在した多彩な精神神経症状が中毒症状の把握を困難にしていた1症例を剖検した。病理学的には主として小脳腹側半球にいちじるしいPurkinje細胞のび漫性脱落,顆粒層の疎鬆化をみ,またその領域の髄樹および髄体に広汎な髄鞘淡明化所見を得た。