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雑誌目次

論文

精神医学16巻6号

1974年06月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学の一つの未来像

著者: 上野陽三

ページ範囲:P.546 - P.547

 精神医学において緊急の多くの問題に迫られ,現状批判の盛んである現在,未来の夢について思いをはせることは,現実遊離のそしりを受けるかもしれないが,こういう時期にも将来の姿について考えてみることは,むしろ必要なことではないかと思われる。
 もちろん多方面にわたる精神医学の領域のすべてにわたってそれを予想することは,あまりにも問題が大きく,とうていそれを試みることはできないのであるが,それらの中のある一つの方向についての未来像を考えてみたいのである。さらに未来とはいっても,それほど遠くの未来ではなくて,近々10年ないし数十年の将来における予想さるべき姿を考えてみようとするにすぎないのである。

研究と報告

急性Diphenylhydantoin中毒の臨床的脳波的研究

著者: 新里邦夫 ,   八木和一 ,   鶴紀子 ,   滝川守国 ,   西田保馬 ,   国吉昌長

ページ範囲:P.548 - P.556

I.はじめに
 Diphenylhydantoin(以下DPH)は優れた抗けいれん作用を示しながら,重篤な副作用が少なく長期連用に耐え得ることなどのため,phenobarbital(以下PHB)とともに,臨床的にも実験的にも,抗てんかん薬の主剤として頻用されている。DPHの副作用は出現頻度が低いとはいえ,その種類が多岐にわたることも,広く知られている。その副作用を一括すると,特異体質を基盤にした過敏反応と過剰投与や分解能力の障害などから発現する中毒症状に二大別される。前者に属するものは皮膚症状,血液の変化,消化器症状などであり,後者に属するものは小脳症状を中心とする神経精神症状である。
 われわれは最近抗てんかん剤服用中,眼振,めまい,複視,運動失調,構語障害などの小脳症状を呈し,急性DPH中毒と診断した5症例の脳波に,全汎性高電位不規則徐波の連続を認め,この脳波の変化が,臨床症状の改善につれて消失することを認めた。さらに,実験的にも大量のDPHを静注した家兎の皮質脳波で同様の変化を観察した。

精神薄弱にみられる分裂病状態について

著者: 高井作之助

ページ範囲:P.557 - P.565

I.はじめに
 精神薄弱(以下精薄)においても,知能正常者にみられるようなさまざまな精神障害を合併することは,経験的にもよく知られていることである。精薄はその知的あるいは情緒的な未熟性,脆弱性のため環境からのさまざまなストレスに対し,神経症的な反応や精神病様状態を生じやすいことは容易に推察し得ることである。
 精薄の示す分裂病状態については,Kraepelin1)以来多くの報告がみられ,Luther2),Brugger3)らはPfropfschizophrenie(接枝性分裂病)は精薄と分裂病との偶然の一致であろうとし,Myerson4)は分裂病と精薄との間には生物学的な関連性があるとは思われないと述べている。

抗てんかん剤長期服用中に併発したクル病の3例

著者: 諸治隆嗣 ,   鈴木ゆり ,   浅野裕 ,   高橋三郎 ,   小林義康

ページ範囲:P.567 - P.577

I.はじめに
 てんかんの治療は薬剤療法が主体となっており,その薬剤効果を望むためには長期間にわたる規則正しい服薬が原則とされている。また発作型によって薬剤の種類を選択しなければならず,さらに日常の診療にあたっては,2種類以上の薬剤を併用することによってはじめて発作抑制効果の得られることは,しばしば経験されるところである。したがって抗てんかん剤の投与にあたっては,副作用に対して十分な注意が払われなければならないことはいうまでもない。これまで肝機能障害,造血器官障害,胃腸障害,歯肉増殖,多毛,羞明,発疹,発熱,運動失調などのいろいろな副作用が報告されている。
 ところで,最近,諸外国において長時間にわたる大量の抗てんかん剤の服用によってクル病や骨軟化症の生ずることが報告され,抗てんかん剤がvitamin D代謝あるいはCa代謝の異常を惹起し,症状発現に重要な役割を演じていると想定され注目を集めるようになっている9,35,45)

非定型精神病2例にみられた宗教性について

著者: 松橋俊夫

ページ範囲:P.579 - P.585

I.はじめに
 宗教の領域はきわめて広汎であり,宗教の本質は深淵である。したがってここで取り扱う宗教性とは,病者が神であると信じる存在と関わりを持つ時,必然的に生じる感情・行為・経験などを中心にして,そこから導き出された生存のあり方をさしているのであって,一般的な意味での宗教とは異なる個別的な宗教性にすぎない。本論では,その個別的な宗教性を精神病理学的に考察することによって,非定型精神病者の内的世界の本質分析を試みようと考えている。
 すなわち,彼らの宗教的体験にはどのような特有性があるのか,また個別的な宗教性は彼らにとってどのような存在的意味を持っているのか,そして宗教的体験を経由することは彼らの治癒後の実存にどんな意味を投げかけるのかということなどが考察の対象になる。

短報

投与量からみたTrifluperidolの精神分裂病に対する治療効果について

著者: 岸本朗 ,   稲垣卓 ,   本池光雄 ,   宮本慶一 ,   小椋力 ,   織田尚生

ページ範囲:P.586 - P.587

I.はじめに
 Trifluperidol(以下TFPと略記)は強力な神経遮断作用を持ちながら,Divryら1)によって提唱されたneurodysleptic effectsといわれる亜急性の興奮作用を有している。このneurodysleptic effectsのなかのakathisia,tasikinesia,paresthesiaなどは焦躁感を伴っており,焦躁症状群とも呼ばれるが,これが精神分裂病の無為・自閉に対して有効に作用するといわれている。従来の報告ではTFPの使用量は1日量1〜5mgがほとんどであるが,その後Finkら2)はTFPの大量投与時(1日量30mgまで)にかえって焦躁症状群,パーキンソン症状群の出現が少なく,むしろ投与量を減ずるにつれてそれらが出現してくることを報告し,本邦でもTFPの大量投与時に著明な鎮静効果および抗幻覚・妄想作用がみられるとの報告3,9)がなされ,TFPの投与量と治療効果の関係をあらためて検討しようとする動きがみられている。このようにふつうの投与量では十分効果の得られない患者に対して,比較的大量の薬物を用いて治療を行う,いわゆる大量療法の試みがphenothiazine系薬物4〜7),butyrophenone系薬物8)についていくつか行われている。今回著者らはTFPとその効果の関係,および副作用について再検討を試みたのでその概略を報告する。

誌上シンポジウム 日本の精神医療についての4つの意見

日本の精神医療—一つの比較文化的考察

著者:

ページ範囲:P.588 - P.590

 日系米人の精神医として著者は日本の精神医療に関して重大な関心を持っている。日本における精神病床と入院患者の増加は著しいものがある。疑いもなくそれは日本の高度経済成長と平行関係にあるものと思われるが,この病床ならびに入院患者の増加が著者の関心事である。
 稲永は1957年から1965年にかけて,精神障害者に対する病床が年々増加していることを指摘している1)。表1は1970年に至る彼の統計から引用したものである。事実は毎年10,000床またはそれ以上の病床が増えていることを示しており,1957年の60,382床は1970年には242,014床に増加している。これは実に4倍の増加である。いずれの高度技術成長社会とも同様に,日本には患者,または患者とはいわれていないが精神障害を持つ個人が数多くいる2)。こうした人々に対して健康を保持するサービスが必要であることは論を俟たない。

ヤマモト論文を読んで

著者: 元吉功

ページ範囲:P.590 - P.593

 日本の精神医療に強い関心をもつ著者の論文を,日本に対する暖かい忠告として興味深く読んだ。以下率直な感想を述べさせていただく。
 著者が問題にしている第1点は,1957年から1970年までの間の精神病床の急激な増加であり,これについて「問題は入院治療があまりにも容易に行い得るようになったという点にあると考えられる」と述べているが,これには2つの意味が含まれているように思われる。1つは,日本の法律(精神衛生法)が,措置入院は別として,保護義務者の同意による入院(非自由入院)が,保護義務者の同意以外にチェックするものがなく,その要否は入院すべき病院管理者の自由な裁量にゆだねられているという入院手続きのアメリカに比べて安易過ぎることを意味するものであるか,または入院中心主義を批判したものであるか,いずれかであろうが,前後の文脈からおそらくは後者であろう。入院中心主義の医療姿勢については,既に十数年来日本でも批判され反省されているが,これについてはまた後で触れる。

ヤマモト論文に対する討論

著者: 牧田清志

ページ範囲:P.593 - P.598

 前掲ヤマモトの意見としては,わが国の精神障害者の増加を高度経済成長に伴う現象として認める一方,その医療的扱いがあまりにも入院治療に偏していることに警告を発しているものと思われる。
 厚生当局の資料によっても明らかなように,わが国の精神病床数は1955年の44,250床が1970年には247,265床に増加している1)。これは著しい急増であり5倍以上の増加である(表1)。そして人口万対精神病床率は1954年の6.0から1970年には23.8に増加したことを示している(表2)1)。さらに驚くべきことにはこれらの精神病床の利用率は年々100%を上回っているのである(表3)1)

ヤマモト教授の論文を読んで感じたこと

著者: 片山義郎

ページ範囲:P.598 - P.601

 日本文化に造詣の深いヤマモト教授は,昨年も(48年5月)Joint Meeting of The American Academy of Psychoanalysis and The Japanese Psychoanalytic Societyにおいて“Suicides of Two Japanese Novelists”と題し,三島・川端両作家の自殺をめぐり比較文化的考察を発表された。その時深い感銘を受けた私は,この度も大きな期待をもって論文を読ませていただいた。はじめ―“対論を”―と求められたが,大局的にヨミこなせる力量が私にはないので,“読後感”というかたちで感じたままの愚見を述べることで勘弁願った。というのも,精神科医として僅か8年のキャリアしかなく,そのうえ精神医学そのものが不勉強なため,身についた精神医的視野とてきわめて狭隘なものであり,精神医療という広野(荒野?)を見渡せる展望台に立ち得るには,さらに多くの体験と強い関心とが必要と思われたからである。しかし一方では,私なりのclinical realityもこの広野の一隅を占めてそれなりに8年間という歳月を経過している。この間,無為無関に日を送ったわけでもないので,その場を吹きぬける寒風に肌を刺され,漂う悪臭に悩まされた苦い体験も多々ある。氏の論旨と照合しながら,こんな体験を折りまぜ忌憚のない意見を多少述べてみることにした。
 まずはじめに,氏が表3(Number of Beds for Psychosis)を主柱に日米の精神医療についての比較文化的考察を行ったものとすると(私にはそう解釈されたが),方法論的には誤謬があるのではないかと思われる。つまり,日本の精神病院病床数(表1)とアメリカの分裂病入院患者数(表2)とを表3に表示し,それぞれが意味合いを異にした数値であるにもかかわらず,それを日米の精神病床数の数値としてとらえ,年次推移的な観点からtranscultural evaluationの対象にしている。この点にまず疑問を感じた。次に,分裂病者が精神病床数をある一定の比率で占有しているとの推定のもとに表3を用いたとしても,やはり杜撰すぎるきらいがある。となると,すでに論旨に妥当性を欠き,それについて論及することもまた無意味なことに帰すると思われる。それなりの配慮はもちろんされているものと思われるが,この点に関する論述がされていないので戸迷いを感じた。念のため信憑性のおける統計表(1969年現在)注)を調べると,精神病院病床数(USA 487,634:日本 177,567),人口1万対病床数(USA 30.3:日本 23.7)と表示されている。この点からもやはり,氏の論法に疑義を感じたわけである。しかし,本稿に寄せられた主旨はこんな点を問題にしているとは思えない。そこで,論旨に反映されたものは“日本通”の氏の先入観(見)と体験に由来するもので,表3における日米の数値的比較はその論拠として直接的意義をもたないものと私は解釈し,以下氏の論旨に触れながらわが国の精神医療の一端につき敷衍してみることにする。

古典紹介

Ganser:Ueber einen eigenartigen hysterischen Dämmerzustand

著者: 中田修

ページ範囲:P.603 - P.609

 皆さん!私はこの数年間に数例の患者を観察いたしました。お恥しいことに,特定の方向訳注1)に着目して研究することを怠っていましたために,それまでこのような患者の特徴をほとんど完全に見逃していました。
 この観察は私にはとても興味ぶかく思われ,ことにまた,皆さんの実際面での関心を少なからず呼ぶだろうと思いますので,これからご報告申し上げ,皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。

動き

都立世田谷リハビリテーション・センターを見て

著者: 前田忠重

ページ範囲:P.611 - P.613

 私は昨年11月,松沢病院の敷地内に1年前からできている,都立世田谷リハビリテーション・センターを見せてもらった。そこには私の知人のH医師が務めており,同医師は厩橋病院にいる時,小規模ではあるが同じような試みをして,かなり成功していた。そして世田谷に行ってからの話を聞くと,われわれが頭だけで考えていたようなことを,実際にうまくやっているようなので,是非一度見せてもらいたいと思っていた。そしてH医師には,何にしても日本では初めての試みだから,失敗してよいから,考えたとおりにやってみなさい,失敗しても,それは大切な経験なのだからと言って励ました。
 と言っても失敗してもらいたくないが,しかし日本では,こういう試みは初めてであるから,失敗の経験もないわけである。こういう仕事を役所でやると,失敗もしないが,あまり効果がなくても,予算があるので,いつまでも続けているというようなことが,ありはしないか。それでは進歩は望まれない。

第9回国際精神療法学会に出席して

著者: 渡辺久雄 ,   近藤章久

ページ範囲:P.615 - P.621

 第9回国際精神療法学会は,ノールウェイのオスロ大学で,昭和48年6月25日より30日まで,45力国,1,050人の参加者のもとで開かれた。筆者の限られた英語能力のため不十分ではあるが,この学会の雰囲気と内容とについて報告する。
 学会のメインテーマは,"精神療法とは何か"であり,精神療法の各派の間に理論的・方法論的相違があるが,この学会の目的の一つは,共通の分母を捜し求め,逸脱の限界を定めることであるとした。そこで学会の講演や発表は,メインテーマに関係深いものに限られ,また講演数を少なくして,グループ討議が重視された。

紹介

生活臨床概説—その理解のために

著者: 江熊要一

ページ範囲:P.623 - P.628

1.「生活臨床」は精神分裂病の「再発予防」の目的から出発した「働きかけ」の経過のなかから生れたものである
 従来,精神分裂病(以下分裂病と略す)の再発はさけられないものと一般にいわれてきた。そしてその再発は"やみの力"で"自然に"起こる(Schub)と考えられてきた。事実,薬物療法の開発をはじめ精神医療の発展にもかかわらず分裂病の再発が依然として多いことは最近の種々の文献によっても明らかである。「短期入院」,「通院治療」への努力がなされているが,再発—再入院の繰り返しは決して減少したとはいえない。そしてやがて「病院内沈殿群」となっていく。
 昭和33年から計画された群馬大学精神科における分裂病再発予防のための働きかけは,退院後の持続的なケアにその重点が向けられ,「服薬持続」,「カウンセリング」,「連絡持続]がその内容であった。

故江熊要一先生を偲ぶ

著者: 加藤友之

ページ範囲:P.628 - P.629

 去る1月27日突然心筋梗塞で倒れられ,午後7時55分群馬大学医学部付属病院において実に49歳の若さで逝去されました。昨年来御体の不調を訴えられ,今年初めより精密検査を兼ねて入院加療中であられたとはいえ,お見うけしたところ比較的お元気で,かくも唐突に不帰の客となられようとは夢にも思わず,一同呆然自失,まさに愕然といたしました。葬儀は,2月2日群馬大学医学部葬として,厳粛に執り行われ,多数が参会し,先生の生前の遺徳を偲びました。
 先生は,大正13年7月29日東京にて生誕,幼少年期を名古屋で過ごされ,前橋医学専門学校の第1回生として,終戦後の昭和23年同校を卒業,直ちに前橋医科大学精神神経科教室に入局し,故稲見教授のもとで精神科医としての道を歩まれました。昭和32年には,農村医学のメッカ佐久総合病院神経科の初代医長として赴任され,斬新にして意欲的な精神医療を展開し,独創的な発想と抜群の行動力,勝れた指導性を認められて,昭和34年には,群馬大学医学部助教授に就任し,以来死去されるまで,臺弘教授,ついで横井晋教授を助けて,精神神経科教室の運営と後進の指導にあたられ,また臨床医としても日常の診療や臨床研究に全力を傾けられました。その間先生はまた学会においても活躍され,各種の役職を歴任されて,わが国の精神医療の発展と充実に尽力されました。とくに,昭和42年の地域精神医学会の設立に際しては,その設立発起人代表として,多彩な会員を擁し,熱気溢れる討論を繰り広げる異色ある学会をつくり,また昭和44年には,日本精神神経学会理事としてあえて混乱の中に火中の栗を拾われ,紛骨砕身学会のためにつくされました。

海外文献

Depot Phenothiazine Treatment in Acute Psychosis:A Sequential Comparative Clinical Study/Epileptische Psychosen:Kurzreferat Uber die Literatur der Jahre 1850-1971

著者: 鍋田恭孝 ,   平野正治

ページ範囲:P.631 - P.631

 最近Depot-type fluphenazineの処方が欧米において増加する傾向にあるが,それらは外来の慢性患者を対象にしていることが多く,急性患者に関しては,あまり多く使用されず,また知見も少ない。このレポートは,急性のしかも要入院とみなされた患者に対して当初よりこの種の薬物(fluphenazine enanthate,以後F. E. と略す)を使用し,その効果をchlorpromazine(以後C. P. Z. と略す)と比較したものである。
 方法は46名の要入院急性患者を任意に3群に分け,第1群に対してはF. E. 単独を,第2群に対してはC. P. Z. 単独を,第3群に対してはその両者の併用がそれぞれ行われ,3群間にて相互に効果が比較されている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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