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雑誌目次

雑誌文献

精神医学16巻9号

1974年09月発行

雑誌目次

巻頭言

本格的精神医学的研究とは

著者: 荻野恒一

ページ範囲:P.734 - P.735

 東京都精神医学総合研究所と称するところに赴任してから1年あまり経つが,「精神医学研究とは?」とりわけ「総合研究とは?」という問いが,わたしの脳裏にいつもある。これは,わたしだけのことではない。たとえば年1回の当研究所の公開シンポジウムを開くにあたって,テーマを研究員たちが決めようとすると,きまって「精神医学研究所にふさわしいテーマはなにか」とか,「とりわけ総合の名にふさわしい研究はなにか」という議論がまず起こり,そのうちに「こういう問いを繰り返さざるを得ない悩みを踏まえないテーマでは駄目だ」という至極もっともなことが確認され,「このこと自体を論じることこそ,最も大切なことではないか」という話になって,「それでは昨年と同じテーマになる」という結論に至り,ここから議論は振り出しに戻る,というしだいである。
 このような事情は,少なくともここ4,5年来は,学会でシンポジウムや特別講演のテーマを決めようとする場合にも,窺えるのではないかと思う。またここ1,2年来の本誌の巻頭言をひもといてみても,一貫して以上のような問い方や,こうした問いへのなんらかの答が書かれていることに気づく。

展望

AggressionとNeurotransmitters

著者: 内村英幸

ページ範囲:P.736 - P.755

I.はじめに
 情動行動の中枢機構を分子レベルで解明していくことは,精神医学領域の疾患の原因,治療および予防の解明につながる根本的な問題であり,また,中枢神経のcellular biochemistryの終局的目標の1つでもある。神経細胞の興奮および抑制は,synapseにおけるchemicalsignalである神経伝達物質(neurotransmitter)を介して生じており,synapseにおけるこの動態の解明が,情動行動の中枢機構の解明と直接の関連を持っている。最近4〜5年の間に,aggressionとneurotransmittersとの関連について多くの報告がなされてきた。著者らは,情動行動とneurotransmittersとの関連についての研究に着手しているが,このさい最近の文献をまとめ,今後の方向を考えてみたいと思うのがこの総説的な試みの目的である。
 ところで,自然科学的方法によるこの領域の研究は,心理学的次元と生物学的次元の間にみられる相関した変化を追求していくことになる。しかし,情動行動という心理学的現象を次元の異なる生化学的レベルで把えようとするとき,これらの現象の特異性を単に生化学的な物質のレベルに求めるだけで解決するだろうかという根本的な方法論の問題がある。脳は,構造的にも機能的にもあまりにも不均一,複雑な臓器であり,量的あるいは部位的変化が,他の次元では質的な変化として現れる。

研究と報告

精神分裂病患者の職業適性能力

著者: 松橋道方

ページ範囲:P.757 - P.762

 (1)精神分裂病患者588名,正常対照群141名の職業適性を検査し,学歴と年齢別に重回帰分析を行った。
 (2)精神分裂病患者の能力は対照群と比べて知的性能で80%台,感覚的性能で70%台,運動的性能では60%台の能力しかなく,この著しい精神運動機能の低下のため,職業適性も非常に限局されたものになってしまう。
 精神分裂病群は正常群よりも病前の能力を示すと考えられる学歴の影響を強く受ける。これは20歳台の患者で詳細を調べてみても同様であった。
 年齢の影響は正常群と同程度であった。
 (3)再発したものは各性能ともに低下し,適性も減少するが,院内でも期間がたてばやや改善する。退院したものはより一段と改善し,とくに運動の性能が良くなり適性職務も増加する。

精神分裂病者の諺への反応

著者: 山口隆 ,   轟俊一 ,   野上芳美 ,   細木照敏 ,   大森淑子

ページ範囲:P.763 - P.770

I.はじめに
 精神分裂病の思考障害(formal thinking disorder)を明らかにする目的に諺が使用されたのは,BenjaminによればBeringer, Gruhleに始まるという2)。しかし,はじめて比較的系統的に分裂病者の諺解釈を観察したのはBenjaminであり,このあとを受けてGorham8)は諺テストの形式を定めた。わが国では黒田ら13)の諺テストの報告がある。
 分裂病者を対象とした初期の臨床診断およびテストへの諺の応用の意図は,その思考障害のうちでもとくに諺のなかに含まれている陰喩(metaphor)を正しく汲み取るか否か,換言すれば諺のうちに象徴的に表現されている裏面の意味の把握の仕方はどうかという点に存した。これはKasanin11)やGoldstein7)の《具体的対抽象的》(concrete vs.abstractive)なる対概念と対応して興味を抱かれたものであった。もっともBenjaminもすでに"知的な"分裂病者が"軽度に知的欠陥のある"非分裂病者よりも諺を一層字義的に解釈する事実に注目し,Goldsteinらが示唆した分裂病者と脳損傷者との類比につき必ずしも同意見でなかったことは重視されねばならないであろう。

ミオクローヌスてんかん(Unverricht-Lundborg型)の「臨床と病理」の再検討

著者: 安楽茂己

ページ範囲:P.771 - P.778

I.はじめに
 Unverricht48)(1891)やLundborg24)(1903)らにより,はじめて独立疾患として記載されたミオクローヌスてんかん(My-Epと略す)は,病理組織学的に,1)Lafora型,2)変性型,3)lipidosis型,4)特殊型(?)などの4群に大別できることから,今日多くは劣性遺伝様式をとり,思春期前後に発病し,けいれん発作,ミオクロニー,痴呆およびその他の精神神経症状(とくに性格変化,小脳症状など)が出現し,進行性の経過をとって10余年後全身衰弱のため死亡する症状群にすぎないことが明らかになってきた1,2)
 筆者は,上記の症状群を示すなかから,明らかにlipidosis型に属すると思われるものは,一応除外して研究を進め,現在までLafora型4例,変性型4例,lipidosis型2例(ただし,症例10は王丸名誉教授が報告されたものである),特殊型と思われる3例,計13剖検例と,Lafora小体が認められながら,My-Epの臨床症状を示さなかった1例をも経験し,前回の報告2)から剖検例も増え,若干の新知見を得たので,今回は自験例に他の本邦報告例も加えて,各型の4群について述べる。

精神症状を呈したFoix-Alajouanine病の1例

著者: 武内義哲 ,   岩瀬正次 ,   川島保之助 ,   小林宏 ,   小阪憲司 ,   柴山漠人

ページ範囲:P.779 - P.784

I.はじめに
 1926年Foix & Alajouanine2)は広汎な脊髄の壊死ないし軟化をきたす原因不明の疾患群の中から病初期には痙性,次いで弛緩性となる筋萎縮性対麻痺と知覚障害を呈し,ついには全知覚脱失,脊髄液の蛋白細胞分離などを示し1〜2年の経過で死亡した症例を報告し,独立疾患として区別した。
 爾来,類似の症状を示す報告例3,8)が散見されるようになったが稀な疾患であり,本邦においては平山の解説6,7)がみられるものの記載例はきわめて少なく12〜14),他の疾患との鑑別も問題にされている18)。また,それらの報告例は主として組織病理学的立場から論じられたものであり,臨床症状についてはあまり詳細にふれられておらず,精神症状を呈した症例は内外の文献を通じて見当らない。

二重盲検法による炭酸リチウムとImipramineの抗うつ作用の比較

著者: 渡辺昌祐 ,   土井享 ,   玉置幸弘 ,   庄盛敦子 ,   花岡正憲 ,   和気章 ,   青山和夫 ,   藤原二郎 ,   中島良彦 ,   佐野晋 ,   岩井濶之 ,   大月三郎 ,   小川暢也 ,   中野重行

ページ範囲:P.785 - P.794

I.はじめに
 情動障害に対する炭酸リチウムの治療は,ここ10年間の精神病治療学における最も大きな関心事である。躁病に対するlithiumの治療効果は,二重盲検比較試験においてもすでに確認されているが4,9,11,15,16,20,29,30,32,34),うつ状態に対する効果は,うつ病予防効果が認められながら2,5,13,22),なお十分容認されていない現状である。しかし炭酸リチウムの抗うつ効果を認めたいくつかの報告1,7)がみられ,またわれわれのexploratory studyでの結果41)では,55例のうつ状態患者のうち30例,約55%にlithium治療に反応するうつ病者が存在する成績が得られたので,これを客観的に確認するために二重盲検比較試験による検討を行った。
 炭酸リチウムの抗うつ効果を二重盲検法によって検討した成績としては,Fieve8),Goodwin9,10),Greenspan11),Mendels23)らの報告がある。Fieve8)はimipramineとの薬効比較を行い,imipramineよりやや弱い抗うつ効果を認めている。またMendels23)は対照としてdesipramineを用い,lithiumがそれと同等の抗うつ効果を示したこと,有効率ではlithiumのほうが高い値を与えたことを報告している。Goodwin9)とGreenspan11)はplaceboとの比較で炭酸リチウムの抗うつ効果を認めている。

古典紹介

—Pierre Janet—Les Obsessions et la Psychasthénie(Tome I) La hiérarchie des phénomènes psychologiques

著者: 高橋徹

ページ範囲:P.797 - P.807

 心理学上の紛糾した問題の多くは言葉がもたらしたものである。なかでも気にかかる問題は,尋常な観察では掴まえることができない要素的現象を指し示すのにいつも日常の用語をそれに宛ててしまうという一般の慣習にどうやら基因しているもののように思われる。ある複雑な事象の解釈を求めようとしてその事象を一つの単純な事象に関連づけようとするとき,ともするとわれわれは分析して得た単純な現象を日常語でもって「感情とか情動とか思考とか想像とか」と名づけてしまいがちである。しかしながら,要素的心理現象なるものはたとえば感情であるとか情動であるとか思考であるとか意志であるなどとは決して確言できない。これらの言葉はそれぞれきわめて複雑な現象を指しているのであって,それらは通俗な観察によって,また実際の必要から,そう弁別され区分され命名されているのである。尋常な観察では掴まえられず科学的分析によってはじめて得られるような最も要素的な現象も,やはりこうした古めかしい類別のなかに編入されていくものである,などと一体なぜ仮定してかかる必要があるのであろうか。強迫症者において障碍されている要素的現象とは,一体情動であるのかそれとも意志なのか,というような,おそらくはそのどちらでもないはずのことがらについて,つまり無駄な問題をめぐってなぜわれわれは争うのであろうか。意志行為なるものは情動と同様複雑な現象であり,ある要素的現象がそのどちらかと同一であるなどということは,おそらくはあり得ぬことである。
 つまり研究者の好みに応じて,さしたる根拠もなしにそれが「情動」と呼ばれたり「意志」と呼ばれたりするわけである。心理学の役目はそうした言葉の争いを続けていくことではなく,分析によっていろいろな新たな現象を,すなわちこうした単純素朴な有様ではそれを認めることもおぼつかず命名もされてなかったような新たな現象を明確にさせるように努めることである。

動き

精神分裂病の諸側面—WPA主催シンポジウム

著者: 山下格

ページ範囲:P.809 - P.815

 昭和48年10月8日から13日まで,ソ連邦のYerevanおよびTbilisiで,World Psychiatric Association(WPA)主催のシンポジウム“Aspects of Schizophrenia”が開催された。日本からは東大脳研の井上英二教授と筆者が参加した。
 シンポジウムの内容は,別表のように8項目に分かれているが,互いに関連した部分が多いので,ここでは,1)精神分裂病は単一疾患か,複数疾患ないし症状群か,2)精神分裂病に共通の症状はあるか,境界例をどこまで含めるか,3)心因・環境因の影響,4)精神分裂病に特有な身体病理ないし病因があるか,5)治療上の諸問題とくに薬物療法,という5つの問題点にしぼって,ごく簡単に報告したい。

紹介

—φrnulv φdegard—精神医学の未来—過去と現在になされた予言を中心に

著者: 武山圭吾

ページ範囲:P.817 - P.825

 演者エデガルト教授は,オスロ大学を引退されたばかりであるが,ノルウェイの精神医学第一人者であり,英国に招聘されてこの講演を行った。
 サー・オーブリー・ルイスは,40年にわたり英国精神医学の指導的立場にあり,ロンドンのモーズレー病院長として,英国における精神医学教育とその卒後教育の組織,制度作りに尽し,また精神医学研究の中心としてのモーズレーの名声を世に高めた人。ナイトの称号を受け,6年前から名誉教授(後任院長はサー・ディビス・ヒル)であるが,現在も大変活動的であり,最近完成された1973年版WHOのInternational Glossary of Psychiatric Diseasesの作成にも参与している。

海外文献

Psychiatry in the United States and the USSR:A comparison,他

著者: 墨岡孝

ページ範囲:P.784 - P.784

 この論考は1971年夏のViennaでの国際精神分析学会の会合に従って他の専門家グループたちとともにソ連を旅行した著者の観察と,従来発表されているいくつかの論文からの知見とをもとにした両国の精神医学の現況比較である。
 著者は両国の比較のなかでその有効性と無効性とを簡明に分類し,両国の精神医学の将来あるべき姿をも探求しようとしている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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