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雑誌目次

論文

精神医学17巻10号

1975年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学的知識の必要性

著者: 松本胖

ページ範囲:P.1022 - P.1023

 最近,医師と患者との間のトラブルが急激に増加しつつあることは,毎日の新聞紙上に見られるごとく,明らかな事実である。
 何故このような問題が激増したかについてはいろいろの原因や理由が考えられるが,これらを大別すれば,医療関係者の不注意による医療過誤,使用薬剤の不測の副作用による事故,治療方法の不適正によるもの,新しい知見や研究の結果から判断して過去の方法が不適当とされるもの,患者の体質や状態に密接な関係があると考えられるもの,患者ならびに家族の不注意によるもの,不測の事故と考えざるを得ないものなどが挙げられる。これ以外にも多くの原因が潜在するケースが少なくないと推測されるが,そのなかでも,医師と患者との間の理解の十分でないもの,相互の信頼感に欠けるもの,すなわち両者の人間関係の欠陥によると考えられる例がかなり多いように思われる。

展望

少年非行の精神医学

著者: 樋口幸吉

ページ範囲:P.1024 - P.1037

Ⅰ.非行の概念
 非行は英語のdelinquencyに当り,その概念規定やこれに含まれる内容は用いる人によってかなりまちまちで,Banay, R. 6)も指摘しているように,国により,アメリカ合衆国では州によって異なっており,また,時代によっても移り変わりがみられる。いずれにしても,その行動が社会に受け入れられない,すなわちその社会の持っている行動規範から逸脱しているという点では共通している。
 実際的な制度の上でその内容を規定するのに,法的な立場と社会福祉的な立場の2つの観点があり,今日,多くの国々では法的な観点から「刑罰法令に触れる行為」を非行の第1にあげており,わが国においても,非行の中核をなすものはこの「刑罰法令に触れる行為」すなわち犯罪行為である。この犯罪行為の内容はおとなも子どもも変わらないが,少年については,おとなには適用されない独自の行為規範があって,それを犯した場合にも非行とみなされる。

研究と報告

うつ病者の宗教念慮の変遷について—比較文化的見地より

著者: 上田宣子

ページ範囲:P.1039 - P.1046

Ⅰ.まえがき
 筆者は1970〜1972年にわたる2年間ハイデルベルク大学で学ぶ機会を有したが,滞独の最大目的は比較精神医学的見地より日本と西欧の精神病者像について,比較,検討,考察することであった。しかしその地に滞在し,精神病者に接しているうちに,ただ単に現時点における病像の差異を論ずるだけに終始するのは無意味であると気付いた。つまり現象像は両者の民族のうちで,その歴史的な社会の変動に伴って変化を来たしているからである。Jaspers1)も人間をその歴史的変遷という点や,歴史的条件下にある点から見る時に,はじめて人間を人間として理解することになり,社会学的歴史学的な視界は逆にまた実地における個個の例を理解するのに役立つと述べている。また,このような研究においては,まず両国文化の根本的相違にまで言及する必要が出ることも勿論である。精神病理学は人間というものが,文化的存在でもあることをいつも認めなければならないと言うJaspers1)は,精神病の現れ方が,それが生ずる社会と文化圏の如何によって異なるため,精神科医は患者から徹底的な社会的既往歴をいつも求めねばならぬと強調している。
 滞欧生活において筆者が最も注意を惹かれたことは,キリスト教の浸透の深さである。この宗教に対する態度というものが,ヨーロッパと日本人の間における最大の相違といえるのではないであろうか。三浦2)は,「実に西洋文化の基調はキリスト教の信仰であって,18世紀の啓蒙時代以来キリスト教の勢力は,昔日の比に非ずと言われているが,自分の見る所では西洋文化の特色であるといわれている自然科学的考え方でも,また是を脱却せむと勉めたロマンティックの考え方でも何れも,キリスト教に対して仏教,儒教の相違点を明きらかにすることが出来れば,東西両文化の相違の大体の見当は付くと思う」と述べている。しかしヨーロッパでは今日なおキリスト教が大きな影響力を有しているのに比し,今日の日本での宗教は二義的意義しか有していない。たとえば1959年3)に内閣の統計整理研究所が行った国民性の調査で,全体としては無宗教の人が多いという結果が得られている。これに対し,1970年12月4)の調査によると,日本の信徒数は1億7900万弱でその内訳は神道系8332万余,仏教系8496万余,キリスト教系80万余,諸教987万余となっていて,同年度の日本人の総人口1億450万をはるかに凌駕している。この統計から藤井4)は,個人の信仰,血縁にもとづく氏族信仰,地縁を媒介とした地域社会の村氏神,郷社といった日本宗教に関する重層複合的性格を指摘しているのは当を得ている。中村3)も日本人の非宗教的性格を歴史的に眺め,仏教および儒教の受容の仕方において,日本人は外来思想または外来の宗教をただちに受容したのではなく,日本人の特性に合うものだけを摂取し,今日でも何らの矛盾も感ずることなく,熱心な仏教信者は,また,たいてい敬虔な敬神家であるという日本人特有の現象を挙げ,あらゆる他の信仰をラディカルに排斥してきたキリスト教に対比させ,異教という観念が明白でない日本における仏教支配は,西洋におけるキリスト教支配とはまったく性格を異にしていたと述べている。

アルコール中毒者の予後と家族との関係—とくに配偶者との関係について

著者: 小杉好弘 ,   田中美苑

ページ範囲:P.1047 - P.1053

I.はじめに
 アルコール中毒は心身の障害のみならず,社会生活の障害をもたらす行動異常とされている。こういった行動障害のうち,家庭生活における適応異常はこの疾病の重要な一側面であり,これはむしろ職業生活の障害とならぶこの疾病の中核をなすものである。
 アルコール中毒者の家庭生活は,アルコール依存の進行とともに,患者とそれをとりまく家族に大きな心理的影響をおよぼし,家庭内緊張が高まってゆく。それにつれ,家族の患者にたいする態度が漸次変化し,家族員相互の役割や地位が変わるものである。このような家族内力動の変化が,患者を心理的に圧迫し,それが飲酒にたいする合理化の材料になるなど,二次的な状況の悪化をもたらし中毒を促進するという悪循環をきたすことになる。

薬物乱用者多発の1家族例について

著者: 竹内知夫

ページ範囲:P.1055 - P.1062

I.はじめに
 薬物依序が発現する背景は非常に複雑で,従来から,個人の性格,薬物そのものの特性,環境因子,心理学的要因などが問題にされて,それぞれについて考察されてきた1〜17)。従来論じられてきたものは,一般的な社会精神医学的見地から取り組んだものが多く,とくに家族に焦点をあてたものは少ない。われわれは,5人兄弟中4人に何らかの形の薬物依存または乱用を認めた1家族例を経験したので,「家族」に焦点をあてて,各症例の発病要因を分析し検討するとともに,家族全体としての病理性に若干の考察を加えたい。

気管支喘息に伴う精神症状について

著者: 高柳功

ページ範囲:P.1063 - P.1069

 (1)精神症状を伴う気管支喘息の2例を報告した。喘息の経過はほぼ同様であったが,精神症状は異なっていた。
 (2)精神症状の発現因子は,多元的多因子的であることを述べた。
 (3)喘息にみられる精神症状を分類し,その現象型のちがいから,原田の「症状精神病の個別的特徴性」概念に検討を加えた。

伝染性単核球増多症様症候群と思われる症例の精神症状

著者: 今裕 ,   高畑直彦

ページ範囲:P.1071 - P.1077

I.はじめに
 伝染性単核球増多症は主として小児および青年を侵し,一般に予後良好な感染症と考えられ,発熱,リンパ節腫脹,脾腫,咽頭痛,単核球増多,肝機能障害,Paul-Bunnell反応陽性などを特徴とするが,時に定型的な臨床像を欠如することがあり,このような不全型は一括して伝染性単核球増多症様症候群4,10,22)と呼ばれている。また伝染性単核球増多症はしばしば再生不良性貧血,肺炎,心筋炎さらに神経系障害として髄膜炎,脳炎,視神経炎,ギラン・バレー症候群,末梢神経炎などを起こすことがあり,多彩な臨床症状を呈することが知られている1,9,11,13,17,18,20)。急性精神病様の精神症状をもって発病し,全経過を通して精神症状がみられた症例もいくつか散見される14,17)が,しかし同時に種々の神経学的局所症状,髄液タンパク含量上昇および細胞数増多などの脳脊髄の実質ないしは髄膜の炎症性徴候を有していることが多く,全経過を通して主として精神症状が前景となり,しかもこれといった神経学的異常所見を欠如するような症例の報告はこれまであまりみられない14)
 最近われわれは緊張病様の精神症状を前景とした伝染性単核球増多症様症候群の1例を経験したので,臨床経過,検査成績を報告し,あわせて若干の検討を加えたい。

自閉症状を示した狭頭症(三角頭)児の1例

著者: 小片富美子 ,   原田憲一

ページ範囲:P.1079 - P.1085

I.はじめに
 狭頭症は頭蓋骨縫合に早期癒合が起こって,頭蓋に変形を生ずるとともに多くの例では知能障害や神経症状(眼症状,脳圧亢進症状)を生ずる疾患である4)。狭頭症の精神症状については,これまで知能障害の程度についての報告のみで,精神病様ないし,神経症様の症状を示す例についての報告はきわめて少ない6,10,26)。狭頭症は早期化骨が生ずる部位により頭蓋の変形が異なるので尖頭型,短頭型,針頭型,舟状頭,三角頭,Crouzon病などに分類される。そのうち三角頭trigonocephalyは狭頭症中約9〜10%である2,9)。その早期閉鎖部は的頭縫合である。三角頭はその症状の現れ方に二,三の多様性がある。すなわち前頭縫合の早期閉鎖のみで頭蓋の変形以外の症状が現れないタイプ7,9)と,前頭葉の発育の侵されるarhinencephalyを伴ったタイプ2,6),さらに各例が口蓋裂,多指症,斜視,脳梁欠損,尿路奇形,虹彩の部分的欠損などを伴うタイプがある。三角頭では知能障害のみられる率は20〜30%といわれる3)
 われわれは今回6歳半,男児で三角頭のある狭頭症児の1例を治験する機会をもったので報告する。本例は身体的には前頭縫合の早期閉鎖のみで軽度の外斜視を伴う他は著しい身体上の所見は認められなかった。そして精神薄弱児として処遇されていたが主たる精神症状は自閉症状であった。

ヘルペス脳炎と思われる1例

著者: 風間興基 ,   林実

ページ範囲:P.1087 - P.1092

I.はじめに
 従来,単純性ヘルペス脳炎(以下,ヘルペス脳炎と呼ぶ)は,剖検例として報告される場合が多く,予後不良と考えられていたが,近年に至り,本邦でも庄司ら1)の報告例を初めとしてヘルペス脳炎と推定される生存例がみられるようになった。しかし,このような症例は本報ではまだ数少なく,しかもウィルスの血清学的検査も含めて長期間にわたり追跡した報告は見当らない。
 ヘルペス脳炎と推定され,臨床所見と血清の補体結合抗体価(以下,CF抗体価と記す)とを長期間にわたり観察し得た1生存例を経験したので報告する。

精神神経疾患者の眼科学的異常所見と眼に関する自覚症状

著者: 小椋力 ,   久田研二 ,   赤松哲夫 ,   中村一貫 ,   大熊輝雄 ,   土江春隆 ,   久葉周作 ,   瀬戸川朝一 ,   玉井嗣彦 ,   松浦啓之 ,   中島敏夫

ページ範囲:P.1093 - P.1101

I.はじめに
 精神神経疾患者は,各種の身体疾患を合併することのほか,向精神薬の副作用としての身体症状を有することも少なくない。そしてさらに,それらの身体症状に随伴する疼痛,不快感などの自覚症状の出現が十分に予想されるのに,それが自覚されなかったり,訴えられなかったりするため,身体的合併症,副作用の早期発見,早期治療,経過の観察などのさいに困難をともなうことをしばしば経験している。
 著者らは,向精神薬療法中に出現する各種の副作用についての体系的な研究を行っており(大熊ら,19685);19756);小椋ら,19753);19754)),そのうち最近行った精神神経疾患者の眼科学的検査において,被験者の87.6%の高率に異常所見が認められた(大熊ら6),1975;小椋ら3),1975)。

古典紹介

—K. Bonhoeffer—Die exogenen Reaktionstypen

著者: 仲村禎夫

ページ範囲:P.1103 - P.1112

 急性症状性精神病の領域において,基礎疾患の多様性に対して精神的罹病形式の大きな一様性と一致が存在するという事実が,当時私に外因性精神反応型について述べるきっかけを与えた。それはとくにきわめてさまざまな基礎疾患にしばしば反復する状態後,なかんずくせん妄,昏迷,不安に満ちた類てんかん,もうろう状態様などの性状を持った状態像,アメンチア病像および健忘症状群を意味したのであった。中毒—感染性過程,自家中毒,慢性中毒,重篤な脳挫傷は,それらが精神障害をもたらすならば,まさに存在する外囚性障害の特別な性質とは本質的に無関係に,この精神病像を好むという意味での好発型について述べたのである。
 ある蓋然性をもって,私はまたそのような状態像の存在から帰納的に外因性の病因が想定され得ることを述べたのである。私は,なかんずく,昏蒙で始まるせん妄と健忘症状群を外因性障害の純粋型とみなしている。頻度の多い不安に満ちた類てんかん性興奮型に対してはてんかん性もうろう状態との類似性に,かなり多いアメンチア型に対しては緊張病との鑑別診断の困難さに私は言及した。仮定的性格を強調しながら,私はまたこれらの疾患に対して,てんかんと緊張病での自家中毒性障害の可能性を考えて,外因性条件づけの吟味を行った。

紹介

「いのちの電話」活動の概要

著者: 稲村博 ,   森秀人 ,   藤井哲 ,   斎藤友紀雄 ,   白井幸子 ,   小泉登志子 ,   林義子

ページ範囲:P.1113 - P.1119

Ⅰ.はしがき
 「いのちの電話」は,発足以来満4年を経過する。自殺防止をはじめ,あらゆる種類の不安や悩みに応じるわが国最初の電話カウンセリング機関として,強い期待と支援を受け,また広く注目を集めている。
 自殺防止活動は,ヨーロッパにおいてはすでに19世紀末に始まった。その後徐々に拡大していたが,ことに1955年ロンドンの「サマリタンス」(The Samaritans),続いて1958年ロサンゼルスの「自殺予防センター」(SPC,Suicide Prevention Center)が設立されてからは,本格的発展段階に入ったといえる。また,1963年シドニーに「ライフ・ライン」(Life Line)が創立されてからは,従来の自殺防止のみならず,あらゆる問題に応じる電話カウンセリング機関として,飛躍的拡がりを持つに至っている。

海外文献

Schizophasie—Verschleierung einer Sprachstörung durch Sprache?,他

著者: 柏瀬宏隆

ページ範囲:P.1037 - P.1037

 Flegelが変化の強い分裂言語症患者の言語テキストを使用したのに対して,著者らは言語変化がまだそれほど進んでおらず,しかも患者自身が口頭でコメントを与えられるようなテキストを意図的にあげ,その文章を分解し説明している。
 その文章は唯一の主題「危難に陥っている船」(ein in Not geratenen Schiff)と,大げさな比喩の過剰な(伝達価値や情報価値のない)句とから成る。そこにはFormの障害はなく,またungewönlich bizarr neologistischでもないが,使い古しの言葉が使用されている。大げさな比喩とはStilmittelであって,詩と同様にStilebeneを上昇させようとするものであるが,それが月並な使用のために分裂言語症の印象を与えることになる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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