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雑誌目次

論文

精神医学17巻3号

1975年03月発行

雑誌目次

巻頭言

措置入院の矛盾—実地医家の立場から

著者: 渡辺栄市

ページ範囲:P.218 - P.219

 この一文は学問的なものでないので本誌の巻頭言にはふさわしくないかもしれない。もともと医療における社会保険といい,生活保護の医療扶助といい,さらに措置入院という制度は精神医学と直接関係あるものではない。しかしこのような制度の下に,この国のあらわゆる病者が取り扱われ処遇され,処置されているのであるから一般医師はもちろん医学者と雖もこれをよりよきものにする努力は当然なすべきであろう。まして臨床精神医学はこれらの制度の下に精神的疾病に悩む人々の医療を対象とするのであるからその向上のためにもこれを検討することは必要と思う。
 さてふり返ってみるとここ十数年来,わが国の精神病院,とくに私立病院の数と病床の増加は著しいものがある。そして,近年とくに精神病院の火災が相次ぎ,その度毎に数名ないし十数名の痛ましい人命が失われたが,これを契機として国,地方自治体および民間の努力が実って病院の不燃化,とくに精神病院の不燃化が優先的に促進された。その機会にかつての鉄ごうしと重く冷たい鍵のかかった扉によって象徴された,うす暗く閉ざされた病院の内外の装いは一変して,明るく和かな近代的な治療的ないしは生活的雰囲気のものになってきた。おそらく全国の公私立病院の7割はこのようにすでに改築改装されたと思う。また精神病院に勤務する職員も各種の研修会に積極的に参加し,その精神科医療に対する目的意識も医療看護に対する意欲もかなりに向上してきたことが認められる。しかし今日尚わが国の精神科医療の現状は幾多の改革すべき問題をかかえていることは周知の通りである。精神科の適正な医療を遮る厚い壁は,社会一般の精神障害者に対する偏見をはじめ,低医療費の問題,医師,看護者,作業療法士,ケースワーカーなどのヘルスマンパワーの数と質の問題,作業療法およびディ・ケア問題,社会復帰対策のおくれなどが挙げられるであろう。また精神病院自体の内部からの反省としては,その閉鎖性や経済優先性も指摘されようし,さらに経営者,職員を含めての人権に対する考え方の稀薄さ,医学的医療態度の低さなども挙げられると思う。これらの問題はいろいろな角度から,この十数年来活発に論議され,厳しく批判され,また摘発されてきているので,問題の所在は根源的にも,現象的にもかなり明らかにされてきた。われわれはこれらの問題をひとつひとつ着実に改革していかなければならないと考える。そこで私は今臨床医家として当面した精神科医療の行き詰りを来たしているもののうちのひとつとして現行精神衛生法第29条の措置入院の矛盾について指摘したいと思う。措置入院についてはすでに長い間多くの人々によって論議され,こと細かに吟味されてきたが精神科医と精神病院にとっては現実の問題としてもはやこのまま看過できないところにまで来ていると思う。ごく最近でも道下忠蔵(心と社会第5巻,2,3号)や元吉功(日精協精神衛生法検討委員会報告)の詳細な見解の発表があった。この精神障害者に対する公権力による医療の名の下になされる強制行政措置,すなわち人間の自由が精神鑑定医2人の判断によって拘束され,拘束の程度の限界も期限も定められていないのであるから事柄はきわめて重大である。しかもその理山が「自傷他害のおそれがある」というきわめて曖昧な字句のみによって表現されているところに,多くの疑義や議論が集まるのは当然である。自傷他害という字句はもちろん精神医学用語ではなく,きわめて平易な普通語であるが,その「おそれ」ということになれば言葉のもつ意味も範囲もまことに曖昧なものにならざるを得ない。入院後,不当な措置継続をチェックする2,3の法律は定められているけれども,これの履行が完全でないことは周知のことであろう。また法の不備適否はともかくとして現実の問題として精神鑑定の書式の中には問題行動の欄があり,また現在の状態を記入する欄がある。後者は臨床精神医学的な精神状態または症状についての記載であるが,前者の問題行動の欄の言葉はまったく一般の常用語である。曰く,殺人・傷害・暴行・脅迫・不潔・破衣・放火・ろう火・窃盗・盗癖・侮辱・強盗・恐かつ・無銭飲食・無賃乗車・徘徊・家宅侵入・性的異常・風俗犯的行動等々が具体的に挙げてある。これらの行為の「おそれ」ありとして,この字句の上に印をつけることに医師として当惑し,且つ甚だ不快な念にかられるのは私だけではないと思う。また月々の措置入院者病状報告にも同様な欄が堂々と載せられている。私たち精神科医は正しい精神医学の用語だけを適確且つ詳細に記載して,医学的総合判定をすればそれで充分ではないか。さらに,生活保護法の医療扶助患者の精神病入院要否意見書においても同様問題行動の欄がある。医療扶助は病者の経済的理由のみが問題になるのであって治安上の理由はないはずである。これらの反社会的行動を示す言葉の露骨な使用はそれ自体がまさしく精神障害者を治安の対象としてしか考えない治安および財政行政の偏見の表明であり,国民に対する偏見のおしつけになろう。偏見をとり除くことは精神科医療の第一歩であり,また第一の条件ではないか。私は以上の3つの書式の中からこの問題行動の欄を除去すべきことを提言したい。

来日記念講演

てんかんの類型と睡眠のタイプ

著者: ,   稲見允昭

ページ範囲:P.220 - P.225

 睡眠てんかん患者と覚醒てんかん患者の性格傾向に関しては,私はすでに名古屋で話しているので,今日は,この2つのタイプのてんかんにおける睡眠のタイプについて話そうと思う。
 F. L. Patryは,アメリカの州立病院の医者であるが,すでに1931年に次のような疑問をもった。すなわち,てんかん発作の発現時間のピークの相違は,患者の睡眠パターンの相違と関係があるのではないかという疑問である。彼はこういっている。「発作発現時間のピークが患者によってまちまちであるように,睡眠のタイプもそれぞれ異なる。入眠後1時間以内に最も深い眠りに達する人もあれば,覚醒直前に深睡眠に達する朝型の人もいる。このような睡眠の特徴と発作発現時間のピークとの間に何らかの相関があるのではないかと思う」。

Parkinsonismusの精神病理学に関する特殊問題

著者: Hans Müller-Fahlbusch ,   飯田真 ,   市川潤

ページ範囲:P.226 - P.231

 Parkinsonismusの臨床像が記載されて150年以上を経た今日,その精神病理学に関与することにいったい意味があるのだろうか?それらはすべて,学術記録の中に程よく整理され,収納されてすでに久しいのではないのであろうか?いくつかの最近出版された単行本の中で,Parkinsonismusに関するわれわれの知識の現況を示すという明白な目的をもってSiegfried(1968)が書いた仕事に目を向けてみても,多彩な精神病理学的所見を得る期待は裏切られてきた。彼は総計262頁に及ぶ論文のうち,精神病理学的現象にはわずか1頁を割いているだけである。それは,この著書の中で世界中の文献を紹介している彼に落度があるのではなく,現在ある文献の実際の比率がそのままここに現れているのである。したがって,Parkinsonismusの精神病理学を論ずるさいに,この余りにも明白な車態がもう一度繰り返されることを気遣う必要はない。第2の問題は,すでにその神経化学的物質が明らかにされている病気の精神病理学にたずさわることが,いったい,報われる仕事であろうかという点である。この問いに対しても,それはまったくやりがいのある仕事であると答えることができる。しかも,この脳疾患に関して多くのことが,すでに知られているにもかかわらずではなく,多くのことが知られているからこそ,その疾患の精神病理学的現象に対する影響が研究されるべきなのである。神経学的症状と精神病理学的所見とを比較することからこそ,精神病理学全体に対してきわめて重要な考察が生まれるのである。
 この講演では,1929年から1969年の間のミュンスター大学神経科における714例の病歴の検討から得られた結果のすべてについて述べることは不可能である。これらの患者のうち,63例の病後歴が調査された。病後歴研究は,最少年限を5年とし,5年から40年にわたる期間におよび,平均17年であった。

研究と報告

外来患者動態 年齢,性,診断—東大精神科外来活動の経験,第1報

著者: 朝野潤二 ,   太田昌孝 ,   岡崎祐士 ,   豊嶋良一 ,   宮内勝 ,   渡辺諄二

ページ範囲:P.233 - P.241

I.はじめに
 通院(外来)—入院—後保護(社会復帰)という治療過程を精神科医療の基本形式とすることは,従来しばしば語られたことであったが,現在は必ずしも適切ではない。通院医療のみで生活を中断せずに軽快し,社会復帰している患者数が増加している。この事実は,外来で十分な治療的働きかけがなされるならば,必ずしも入院させずに済み,患者の生活に即して治療を継続し,患者を支えていくことが可能であるという考え方がひろがった結果であり原因でもある。もちろん,そのためにはその考え方を支える医療サービス側の条件が醸成されなければならなかった。医療技術(主に生活指導,薬物療法,精神療法の3本柱)と技術の発揮を可能とする診療体制(人,組織,計画)がその内容といえるであろう。
 今後,精神科医療は,外来医療と諸社会復帰活動が,地域医療活動の中に包含されていく中に一つの方向が見出されるものと思われる。入院医療は,あらためて積極的位置づけを迫られているといえよう。

蛙憑きの2症例について—その精神医学的・民俗学的考察

著者: 佐藤親次 ,   菅野圭樹 ,   高江洲義英 ,   宮坂松衛 ,   小田晋

ページ範囲:P.243 - P.252

I.はじめに
 西欧の近世精神医学が,鬼神論的な神学の傾向,とくに憑きもの妄想をもつ精神障害者への迫害に対するC. H. AgrippaやJ. Weierらの批判を通じて,その暁を迎えたことはG. Zilboorgらによって指摘されている。西欧諸国では,悪魔憑きや狼憑きについての記載は医学的・非医学的文献を通じて数多い3,4,7,8,12,28,31,36,42,46,47)。一方,本邦の近代精神医学は,当初西欧の精神医学の移植によって発足したが,本邦における独自の精神症状学的研究の対象になったものは,実は狐憑きの問題であった。わが国への内科系医学の移植者として役割を果たしたBaelzによって始められた狐憑病研究をうけつぎ,疾患の種類とは関係なく,当時の精神病者の病態に狐憑きが高頻度にみられることを報告し「狐憑病新論」というモノグラフにまとめたのは門脇真枝であった14)が,呉秀三も早くからこの現象について報告し,本邦の古典の中での狐に関する記載を丹念に蒐集している18)。その後,森田23),佐藤35),新福37)らによって,本邦における土俗的なもの憑き現象の研究がつづけられ,とくに新福の研究は,山陰地方における土俗的憑きもの現象の問題に社会精神医学的な接近を試みたものである37)。この場合,憑依者となる動物として,主な研究対象となっているのは狐で,榊は,狼憑き(Lykanthropie)にならって狐憑き(Alopekanthropie)という命名を行っている14)が,日本民俗学の側からは憑きものとなる動物としては,狐,犬神,狸などが多く,イイズナ,外道というイタチ,蛇,猿,ネズミなども報告されている10,45)

いわゆるVerkehrtsehenの臨床—第1報 逆転視について

著者: 兼子直 ,   小波蔵安勝 ,   佐藤時治郎

ページ範囲:P.253 - P.260

I.はじめに
 今世紀の初め,Kolb12)(1907),Pick24)(1908)により,外空間の上下,前後,左右が発作性に逆転して知覚されるいわゆるVerkehrtsehenなる精神現象が初めて報告された。元来,空間内における自己と外空間との関係の認知の中で,上下・前後・左右の認識は,主観的空間認識の最も重要な要素と考えられているが,いわゆるVerkehrtsehenにおいては,自己の身体の前後・左右認知には異常はないものの,外空間の上下,前後,左右が逆転して認知されるのである。
 Wilder27)(1928)とHalpern6)(1930)は水平面で前後,左右が逆転して見える現象と上下が逆転して見える現象とを本質的に相違する現象として区別し,大橋18)らも前者を"逆転視",後者を"倒錯視"と呼んで区別している。西浦17)は後者を"発作性空間識喪失"と名づけているが,ここでは大橋にならって"逆転視"という用語を用いることにする。なお,本論文では逆転視について述べ,第2報において倒錯視について報告する予定である。

マリファナ精神病の1臨床例

著者: 加藤伸勝 ,   佐藤能史 ,   葉賀弘 ,   浮田義一郎

ページ範囲:P.261 - P.269

I.はじめに
 大麻草より得られる陶酔剤であるマリファナ(Marihuana)の使用が,これを使用する歴史的伝統のなかった国々でも,近来とみに増加してきている。そしてその影響について,また,その使用がひき起こした社会学的問題について激しい議論をよび起こしている。米国においては,高校・大学生の60%が使用経験ありともいわれ,使用者総数は1,200〜2,000万人に達すると推定されている。マリファナの精神身体的影響の評価が一定しないままに,多数の青少年がマリファナをごく気軽に使用するという風潮ができ上がってしまい,旧世代のものが,マリファナを麻薬と同様に考えるのに対し,若者達はマリファナを媒体(mind expanding drug)として自分の将来と社会的価値通念を新しく見なおそうというのであるが,薬剤などを用いた異常な意識下で下される判断が,はたして妥当なものかどうか疑問視されている。しかし,マリファナの評価については,医学界でもまだ疑問に答えるだけの充分な解答をもたず,社会学的・社会心理学的評価も必ずしも一定していない。
 このような社会的背景の中からマリファナ使用によってひき起こされる精神医学的症候群の報告は,1960年代以降増加の一途をたどっている。マリファナは他の幻覚剤,アヘンアルカロイドあるいは覚醒剤などに比べて,中毒作用は緩和で,身体的依存を生じることはほとんどないといわれている。しかしながら一方で中毒性精神病の報告が増すにつれ,この一面も無視し得ない問題となってきている。われわれは最近,比較的長期にわたるマリファナ喫煙によってひき起こされた精神障害の1症例を経験したので,ここに報告し,本邦においてもこの種の中毒性精神病が問題となり得る危険性のあることを警告し,かつその精神症状の特徴について検討を行ってみたい。

向精神薬療法中の精神神経疾患患者の眼科的所見(2)—向精神薬服用によると思われる水晶体混濁

著者: 小椋力 ,   久田研二 ,   赤松哲夫 ,   大熊輝雄 ,   瀬戸川朝一 ,   玉井嗣彦 ,   松浦啓之 ,   久葉周作 ,   土江春隆 ,   島雄周平 ,   三原基之 ,   井上多栄子

ページ範囲:P.271 - P.281

I.はじめに
 向精神薬の副作用としては従来錐体外路症状,肝機能障害,その他多くのものが知られているが,最近ではとくにtardive dyskinesia,角膜・水晶体の混濁など不可逆性の変化が注目されるようになった。そのうち角膜・水晶体の混濁については,Bock and Swain3)(1963)を初めとしてFeldmanら5)(1964),Greinerら9)(1964),DeLongら4)(1965),Wetterholmら23)(1965),Mathalone15)(1967)などの報告が続き,わが国では山中ら25)(1971),本多ら11)(1973)の研究がある。それらの研究によると,混濁は角膜・水晶体の瞳孔領に一致した最表層にあり,粉状,顆粒状,星状を示すのが特徴とされているが,出現頻度,服用した向精神薬の種類,量などとの関係については一定の知見は得られていない。他方これらの角膜・水晶体の混濁を有する症例には皮膚色素沈着が高率に認められるとの報告があり(Barsaら,1965),この方面から混濁の病態生理を解明する試みも行われているが,有色人種については混濁と皮膚色素沈着との関係を検討した報告はみられない。
 筆者らは,すでに第1報(大熊ら17),1975)で報告したように,向精神薬療法中の精神神経疾患患者に服用した向精神薬のためと思われる水晶体の混濁を有する症例を見出したので,これらの症例について混濁と服用した向精神薬との関係を調べたほか,皮膚色素沈着などとの関係についても検討したので,その概要を報告する。

二重盲検試験による新抗うつ薬Clomipramine(Anafranil)とImipramineのうつ病に対する効果の比較

著者: 大熊輝雄 ,   角南譲 ,   宮本慶一

ページ範囲:P.283 - P.286

I.はじめに
 Clomipramine(Anafranil)はimipramineのiminobenzyl核の3位が-Cl基で置換された新しい抗うつ薬で4),わが国でもすでにいくつかの治験報告が行われている1,3,5)
 筆者らは今回clomipramineの効果を確認するために,imipramineを対照薬とする二重盲検試験を行ったので,その結果の大要を報告する。

二重盲検法によるPenfluridol(Easer®)とPimozideの精神分裂病における比較試験

著者: 稲永和豊 ,   有川勝嘉 ,   北原尊義 ,   山崎達雄 ,   柴田道二 ,   山口栄一 ,   甲斐庸禹 ,   井上一三 ,   山内育郎 ,   野瀬清水 ,   渡部嵐 ,   井上良治 ,   上村弘光 ,   小川暢也

ページ範囲:P.287 - P.298

I.はじめに
 近年,長時間効果が持続するneurolepticaが開発されて,精神分裂病の治療にも一つの進展がみられている。penfluridol(TLP-607)はJanssen研究所で開発された経口的に用いられる長時間効果が持続するneurolepticaで,図1のような構造式をもつdiphenylbutylpiperidine誘導体である4)。すでに本剤はマウス,ラット,イヌ,モルモットなどを使用した薬理学的実験で強力かつ長期持続性をもつneurolepticaとしての作用が確認され,また毒性試験から安全性が高く,副作用も少ないことが報告されている4)
 臨床的にはヨーロッパで精神病患者に対する臨床予備試験も行われ,その有用性と安全性についてすでにいくつかの報告がみられる1〜3,7)。筆者らは各々の施設において,入院中の精神分裂病患者に対してpenfluridolの効果を予備的に試験し,かなりの効果をあげることができた5,8,14)。それらの研究において本剤の最も効果的な目標症状は,表情の硬さ,冷たさ,感情鈍麻,自発性減退,あるいは接触性障害や不自然さといった精神分裂病の中核症状であり,種々の異常体験などの辺縁症状にも効果を有することが認められた。
 そこで今回は二重盲検法を用いてpenfluridolと効果が類似しているといわれ,また効果持続性もあるといわれるpimozideと臨床効果を比較検討してみた。pimozideもまたJanssen研究所において開発され,患者の社会との接触性,周囲への関心,自発性,病識および統制ある精神活動を促進することなどの効果が二重盲検法などで確認されている薬物である6,9〜13)

短報

精神科領域におけるHaloperidolの少量療法

著者: 西浦信博 ,   北原美智夫

ページ範囲:P.299 - P.300

 1958年にhaloperidolが初めて臨床に応用されてから,しだいに本剤が抗不安薬,抗精神病薬としてすぐれた作用を有することが立証され,チック7,11〜13,18,23〜25)やてんかん性精神病6,20)に対しても有効であることが認められてきた。また最近では,老人性精神病に本剤の少量投与がすぐれた効果を現すことも報告されている2,19,21,22,27)
 今回われわれはhaloperidol(Brotopon)の少量を各種の精神疾患に試用し,若干の結果を得たので,本剤の少量投与の臨床的意義とその応用について少しばかり検討を加えたい。

古典紹介

—E. Kretschmer—Das apallische Syndrom

著者: 倉知正佳 ,   大塚良作

ページ範囲:P.301 - P.303

 大脳皮質を侵すような広汎な脳疾患における大脳神経病理過程に随伴する精神症状の記載にはまだ不完全なところがある。はっきりと症候群として把握されずに,ばらばらでそれだけではとくに意味のない個々の症状の羅列で満足するか,あるいはそのような概念では事態が歪んで不正確にしか表現されないような,近縁の症候群名を臨時に借りてくることを余儀なくされている。
 精神活動の全体が広範に阻害されると同時に必要不可欠な脳幹の植物神経調節が保たれているような特定の形態に対して,われわれは"催眠症候群"(hypnoide Syndrome)という概念を用いる。その高度な場合は周知のごとく"昏睡"と表現し,より軽度のものは"傾眠","昏蒙"などというように,量的に段階づけ得る一連の名称がある。もし"意識"という言葉がそれほど多義的なものでないならば,それらをまとめて狭義の"意識障害"と一括することもできよう。原因的にみれば,この群の原型は脳に毒素が充満したさいに起こる病理—生理学的障害に求められる。正常生理学的には疲労素に対する睡眠反応がこれに対応する。催眠群に属するすべての現象において本質的なことは,深い病的睡眠状態にいたるまでの各種の程度の意識の"清明さ"の低下のために,覚醒・睡眠調節(Wach-Schlafsteuerung)の障害が含まれていることである。主観的事態で本質的なことは,常に体験がただ単純に全般的に暗く,そしてぼんやりとなり,後に想起の混乱や健忘が残ることである。これを明確に示すことができない時でも,"意識混濁"という表現を厳密に用いるとするならば,客観的には少なくとも一時的か暗示的に運動系における傾眠症状が,顔面では眼瞼下垂,あくび,呼吸状態や頭部の血管運動系の変化として現れるか,一時的にせよ失見当を認めることが必要である。そしてこれに伴って受動的,無目的で夢をみているような運動現象(せん妄)や,注意の逸脱(アメンチア)があってもよい。

クレッチュマーの「失外套症候群」について

著者: 大塚良作 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.303 - P.305

 この論文がはたして古典と呼ぶに相応しいものかどうかは,人によってその評価に差があるのではないかと思う。なぜならば,普通に古典と呼んでいるものはある時代までに,その価値が多くの人によって認められているし,多くの場合その命脈は現代にも通じている。
 この論文でKretschmerが提唱した「失外套症候群」は少なくとも英語圏ではほとんど承認されていないのが実状ではないかと考えられる。因みに訳者が若干の英語の医学辞書や教科書をみたが"apallic syndrome"という用語は出ていない。本邦をも合む,ドイツ語圏では本症候群の名称がかなりしばしば使われており,「失外套症候群」というものが不完全ながら定着しているようである。なぜこのような現象が起こったかについては平井1)(1969)の総説や横山2)(1967)の論文を一読されれば明らかであるが,訳者の若干の意見も含めてここに簡単に解説を加えておきたい。

追悼 大塚良作先生を偲ぶ

略歴と主な業績

著者: 遠藤正臣

ページ範囲:P.305 - P.306

略歴
 故大塚良作先生は大正15年1月17日,岡山県苫田郡鏡野町にて生まれられた。岡山県立津山中学校,鳥取農林専門学校を経て,昭和24年3月金沢医科大学を卒業され,精神医学教室に入局された。昭和25年10月より助手を経て,28年6月講師に,32年5月より助教授になられ,43年5月15日金沢大学教授に就任された。その間,29年4月には「人脳オリーブ核の組織病理学的研究」で学位をうけられ,35年7月より36年12月まで西ドイツFreiburg i. Br. のMax-Planck-Institut(Direktor:Prof. Dr. R. Hassler)に留学された。また,教授就任後は第66回日本精神神経学会副会長(昭和44年)や第14回日本神経病理学会会長(昭和48年)として学会開催にも尽力された。
 先生の研究は神経病理学および神経解剖学から出発しておられたが,次第に神経生理学の領域にもひろがり,その両者を駆使しての瞳孔反応やてんかんの神経機構の研究が数多く発表された。また,西ドイツ留学中の猫の視覚領の細胞構築についての研究は,視覚領の構造と機能とを直結するものとして高く評価され,今後も永く残るものである。

大塚良作君と私

著者: 秋元波留夫

ページ範囲:P.306 - P.308

 大塚君が急逝してもう3カ月をすぎようとしている。それなのに臨終に間にあわなかったこともあって,彼が亡くなったという実感がどうしてもわいてこない。金沢にゆけば,いつものようにあたたかく迎えてくれるような気がしてこの文章を書く筆もしぶりがちである。
 大塚君の葬儀の時,葬儀委員長の依頼で読むことになっていた弔辞を前夜どうしても書くことができず,霊前で思いつくままに別れの言葉を述べるだけがやっとであった。それも絶句しがちで言葉にならなかったのではないかと思う。その時の気持はいまでも変わらない。大切なものを喪失したという嘆きと悲哀が考えをまとめる心の余裕をまだ与えてくれないようである。

海外文献

Imipramine Withdrawal—An Akathisialike Syndrome,他

著者: 大塚俊男

ページ範囲:P.225 - P.225

 著者はこの論文でimipramineの突然の投与中止後に禁断症状を呈した3症例の報告とこの現象の生化学的基盤について簡単に述べている。(症例Ⅰ)42歳男。うつ病でimipramineを450mgまで増量し3週間後に中止し,24時間後に急性不安,不穏,じっとしていられない状態となり,2時間後75mgの投与で1時間半後に症状は消失する。(症例Ⅱ)55歳男。躁うつ病でimipramineを3週間で375mgまで増量し,中止後24時間で急性不安,運動不穏,病棟を上がったり下りたりし,100mgの再投与で2時間以内に症状は消失する。(症例Ⅲ)40歳女。うつ病で300mgまで増量し,4週間で症状改善のため服薬中止し,24時間後に急性不安,運動不穏となり100mgの投与で2時間以内に症状は消失する。以上われわれの3例では投与中止後,急性不安,運動不穏,じっと坐っていることの不能などの症状がみられた。この臨床像は中枢神経系のdopamineの消耗,あるいはdopamineの過敏性によって起こるakathisiaと区別できない。このakathisia様症状群がimipramineの突然の投与中止後に出現し,再投与により消失することから,この薬物の禁断に関係しているといえる。akathisiaと運動過多状態が中枢性dopamineメカニズムで起こるので,この禁断現象も同様なメカニズムで起こるかもしれないとの可能性が考えられる。すでに抗dopamine作用を有する薬物は運動過多の症状を改善する証拠があるので,われわれの3例のakathisia様症状群は受容体側のdopamineの急性機能的消耗によると説明される。imipramineの3週間の投与でnorepinephrineとserotoninについて説明されていると同様なメカニズムでdopamineの蓄積を起こし,突然の禁断で受容体側の急なdopamineの減少を起こす。また,imipramineは脳内のdopamine合成を増加することはないという事実から,中枢神経系の利用可能なdopamineの機能的減少を起こし,このdopamineの機能的消耗あるいは新たに合成されたdopamineによるニューロンの過敏性がakathisia様症状群を起こすと考えられる。この禁断症状についてはShatanによって別の説明がなされている。それによるとimipramineには嗜癖性薬物の潜在力を有するので中止により禁断症状を起こすと説明している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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