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文献詳細

雑誌文献

精神医学17巻3号

1975年03月発行

文献概要

巻頭言

措置入院の矛盾—実地医家の立場から

著者: 渡辺栄市1

所属機関: 1渡辺病院

ページ範囲:P.218 - P.219

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 この一文は学問的なものでないので本誌の巻頭言にはふさわしくないかもしれない。もともと医療における社会保険といい,生活保護の医療扶助といい,さらに措置入院という制度は精神医学と直接関係あるものではない。しかしこのような制度の下に,この国のあらわゆる病者が取り扱われ処遇され,処置されているのであるから一般医師はもちろん医学者と雖もこれをよりよきものにする努力は当然なすべきであろう。まして臨床精神医学はこれらの制度の下に精神的疾病に悩む人々の医療を対象とするのであるからその向上のためにもこれを検討することは必要と思う。
 さてふり返ってみるとここ十数年来,わが国の精神病院,とくに私立病院の数と病床の増加は著しいものがある。そして,近年とくに精神病院の火災が相次ぎ,その度毎に数名ないし十数名の痛ましい人命が失われたが,これを契機として国,地方自治体および民間の努力が実って病院の不燃化,とくに精神病院の不燃化が優先的に促進された。その機会にかつての鉄ごうしと重く冷たい鍵のかかった扉によって象徴された,うす暗く閉ざされた病院の内外の装いは一変して,明るく和かな近代的な治療的ないしは生活的雰囲気のものになってきた。おそらく全国の公私立病院の7割はこのようにすでに改築改装されたと思う。また精神病院に勤務する職員も各種の研修会に積極的に参加し,その精神科医療に対する目的意識も医療看護に対する意欲もかなりに向上してきたことが認められる。しかし今日尚わが国の精神科医療の現状は幾多の改革すべき問題をかかえていることは周知の通りである。精神科の適正な医療を遮る厚い壁は,社会一般の精神障害者に対する偏見をはじめ,低医療費の問題,医師,看護者,作業療法士,ケースワーカーなどのヘルスマンパワーの数と質の問題,作業療法およびディ・ケア問題,社会復帰対策のおくれなどが挙げられるであろう。また精神病院自体の内部からの反省としては,その閉鎖性や経済優先性も指摘されようし,さらに経営者,職員を含めての人権に対する考え方の稀薄さ,医学的医療態度の低さなども挙げられると思う。これらの問題はいろいろな角度から,この十数年来活発に論議され,厳しく批判され,また摘発されてきているので,問題の所在は根源的にも,現象的にもかなり明らかにされてきた。われわれはこれらの問題をひとつひとつ着実に改革していかなければならないと考える。そこで私は今臨床医家として当面した精神科医療の行き詰りを来たしているもののうちのひとつとして現行精神衛生法第29条の措置入院の矛盾について指摘したいと思う。措置入院についてはすでに長い間多くの人々によって論議され,こと細かに吟味されてきたが精神科医と精神病院にとっては現実の問題としてもはやこのまま看過できないところにまで来ていると思う。ごく最近でも道下忠蔵(心と社会第5巻,2,3号)や元吉功(日精協精神衛生法検討委員会報告)の詳細な見解の発表があった。この精神障害者に対する公権力による医療の名の下になされる強制行政措置,すなわち人間の自由が精神鑑定医2人の判断によって拘束され,拘束の程度の限界も期限も定められていないのであるから事柄はきわめて重大である。しかもその理山が「自傷他害のおそれがある」というきわめて曖昧な字句のみによって表現されているところに,多くの疑義や議論が集まるのは当然である。自傷他害という字句はもちろん精神医学用語ではなく,きわめて平易な普通語であるが,その「おそれ」ということになれば言葉のもつ意味も範囲もまことに曖昧なものにならざるを得ない。入院後,不当な措置継続をチェックする2,3の法律は定められているけれども,これの履行が完全でないことは周知のことであろう。また法の不備適否はともかくとして現実の問題として精神鑑定の書式の中には問題行動の欄があり,また現在の状態を記入する欄がある。後者は臨床精神医学的な精神状態または症状についての記載であるが,前者の問題行動の欄の言葉はまったく一般の常用語である。曰く,殺人・傷害・暴行・脅迫・不潔・破衣・放火・ろう火・窃盗・盗癖・侮辱・強盗・恐かつ・無銭飲食・無賃乗車・徘徊・家宅侵入・性的異常・風俗犯的行動等々が具体的に挙げてある。これらの行為の「おそれ」ありとして,この字句の上に印をつけることに医師として当惑し,且つ甚だ不快な念にかられるのは私だけではないと思う。また月々の措置入院者病状報告にも同様な欄が堂々と載せられている。私たち精神科医は正しい精神医学の用語だけを適確且つ詳細に記載して,医学的総合判定をすればそれで充分ではないか。さらに,生活保護法の医療扶助患者の精神病入院要否意見書においても同様問題行動の欄がある。医療扶助は病者の経済的理由のみが問題になるのであって治安上の理由はないはずである。これらの反社会的行動を示す言葉の露骨な使用はそれ自体がまさしく精神障害者を治安の対象としてしか考えない治安および財政行政の偏見の表明であり,国民に対する偏見のおしつけになろう。偏見をとり除くことは精神科医療の第一歩であり,また第一の条件ではないか。私は以上の3つの書式の中からこの問題行動の欄を除去すべきことを提言したい。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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