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雑誌目次

雑誌文献

精神医学17巻4号

1975年04月発行

雑誌目次

巻頭言

一精神科医から見た監護法と精衛法

著者: 錦織透

ページ範囲:P.330 - P.331

 年があらたまってまず想うのは,馬齢を重ねるにつれて過去の肥大が進むということである。年のせいか近頃になって遠くなったはずの明治の相馬事件のことがふと想い出され連想は大正を越えていきなり昭和のライシャワー事件に飛んだ。もちろん前者(1883年,明治16年〜1895年,明28)と後者(1964,昭39)の発生した2つの時代には歴史的に大きな違いがあり,精神医療,精神障害者の処遇においても比較にならぬほどの隔りはある。しかし社会的存在としての彼らの位置,この社会が彼らに負わせている性格の点では,それほど本質的な相違は見出されず,呉先生のいわゆる「二重の不幸を重ぬる」嘆きがこの国において,まだ解消されていない意味では,相馬事件から一挙にライシャワー事件に想いが飛んでもこれを思考の飛躍とは呼べないような気がする。
 相馬事件で大切なことはこの事件が大きな動因となって,わが国の精神障害者に対する最初の法律である精神病者監護法(1900,明33)が成立したという歴史的事実である。そしてとくに重要な意味を持つのはこの法の成立に見られるように,そして精衛法の改正(1965)にも示されるように,わが国の彼らに対する法律が障害者の問題の内側から採り上げられず,その外側から,殊に政治の舞台に躍り出たことによって成立していること,そしてこの事件の続いた明治中期の彼らに対する処遇殊に私宅監置の慣習の中から,この事件が生まれこの法律が成立し,かつ育てられて来たこと,さらに精衛法(1950,昭25)の施行によって廃絶を見るまで私宅監置がえんえんと続き法的権威のもとに温存され,いわゆる「精神医療の原型」(吉岡)となっていること,さらに一方では呉先生の私宅監置に関する科学的な調査に基づく,きびしい批判と無拘束,開放,作業の天才的な実践が,その歴史的な意味の重さにもかかわらず,わが国の精神医療の風土に定着しなかったことであろう。

展望

てんかんの遺伝学的研究

著者: 坪井孝幸

ページ範囲:P.332 - P.354

Ⅰ.まえがき
 全人口中におけるてんかんの頻度は0.3%ないし0.6%,これに「小児けいれん」を含めると約5%と見積もられる。これは精神神経疾患中,最も頻度の高いもののひとつに属する。現在すでに有効な抗けいれん剤が使用に供されているとはいえ,患者は長期間の服薬を強いられ,かつ根治はしばしば困難であることがあり,その極端なケースは難治てんかんである。
 てんかんは発作症状が多様であり,さまざまの病因によるものが包括されている。したがって,てんかんはひとつの疾患単位というより症候群であるといえる。けいれんをひき起こす原因としては,さまざまのものがあり,代謝異常(たとえばフェニールケトン尿症),中毒(たとえば水銀,鉛などの重金属,一酸化炭素,アルコール),脳外傷(たとえば頭部外傷,分娩障害,脳出血),悪性新生物(脳腫瘍),脳の奇形(脳梁欠損など),染色体異常(トリソミーE,D),栄養障害(たとえばビタミンB6依存症,低血糖症),感染症(たとえばインフルエンザ,麻疹),予防接種(たとえば種痘)などが知られている。これらの他に,遺伝素因が原因として重要であり,上述の原因による発病の場合でも,この遺伝素因の関与が大きいと見なされる例が多い。すなわち,発病には遺伝(内因)と外的環境(外因)の双方が影響を及ぼしているといえる。DavenportとMeeks(1911),Conrad(1935〜40)以来,てんかんの遺伝について研究が行われてきたが,一般に外因の研究に比較して,遺伝の研究の立ちおくれが目立つ。しかし近年,新しい研究方法の導入により,さらに研究をすすめることが可能となってきた。その第1は,いうまでもなく臨床脳波学の進歩である。第2は,発作症状の詳細な観察にもとづく臨床研究が進んできたことである。従来から行われてきた研究方法である家族法(family method),双生児法(twin study)に,これら新しい研究手段を加えるならば,てんかんの遺伝の解明に寄与することができると期待される。この小論では,「てんかんの遺伝」に関する最近までの論文をできるだけ多く取りあげて展望を述べる。

研究と報告

治療関係の転帰—東大精神科外来活動の経験,第2報

著者: 岡崎祐士 ,   豊嶋良一 ,   朝野潤二 ,   太田昌孝 ,   宮内勝 ,   渡辺諄二

ページ範囲:P.355 - P.372

Ⅰ.東大精神科外来活動の実際
 当科外来活動の主な変化については第1報で報告した。ここでは外来活動改革の推移とそれによって生じた診療の実態についてやや具体的に述べることにしたい(表1参照)。

臨床的評価による知的老化の研究

著者: 柄沢昭秀 ,   川島寛司 ,   長谷川和夫

ページ範囲:P.373 - P.383

I.はじめに
 加齢に伴う知能の変化については,かなり古くから関心が持たれ,これまでにいくつかの貴重な研究が行われている。ただ高齢になればなるほど,時間のかかる複雑な知能テストの実施が困難であることや,老人の知能点について標準化がまだきわめて不十分であることから,70歳,80歳あるいはそれ以上の高齢者の知能に関して,あまり具体的には把握されていない。われわれは,昭和47年度の東京都老人総合研究所のプロジェクト研究——日本におけるCentenarianの研究——に参加して,100歳以上の超高齢者約120名に面接調査を行ったが,このさいに一定の基準で彼らの知能の臨床的評価を行うことができた。そこでこれらの結果を,老人ホーム在住の老人および痴呆老人を対象として同一の基準で行われた知能評価の結果と比較検討したところ,知能の老化に関する二,三の興味ある知見が得られたので,ここに報告する。

いわゆるVerkehrtsehenの臨床—第2報 倒錯視について

著者: 兼子直 ,   石原修 ,   佐藤時治郎

ページ範囲:P.385 - P.394

I.はじめに
 1907年Kolb13)によりはじめて報告されたVerkehrtsehenを,視空間全体が発作性に上下逆転して知覚される倒錯視20)と,前後左右が逆転して知覚される逆転視あるいは発作性空間喪失19)とにWilderら28)が区別して以来,かかる体験の特異性については大脳病理学的見地からもかなり注目されてきた。しかし,症例の絶対数が少ないこともあり,その本態の解明は充分であるといいがたい現状にある。
 しかし,その障害の原因を大脳-小脳-前庭器官などの複雑な神経系の障害に帰する考え方が次第に有力になりつつあるように思われる。今回,われわれは倒錯視について,脳の障害部位との相関に注目しつつ,自験例,文献例を中心に分析を試みたので報告をする。
 ところで,倒錯視においても,第1報で述べた逆転視の場合と同様にてんかん性と考えられる症例が若干含まれており,非てんかん性の場合とは臨床症状を多少異にしているので,この点についても併せて検討をしてみた。

短報

強迫症状および恐怖症に対するClomipramine(Anafranil)の点滴静注法の効果

著者: 西浦信博 ,   北原美智夫

ページ範囲:P.395 - P.396

 Clomipramineの抗うつ効果の卓越していることが知られてすでに久しいが,1967年に強迫症状に対しても著効を示すことが見出され3),また最近は恐怖症にも卓効を現すとの報告がなされている2,4,5,6,8)。本邦では,従来主にうつ病に対しての治験がなされてきたが,強迫症や恐怖症を標的にして,しかも点滴静注法による治療経験の報告は,いまだ見られない。

古典紹介

—E. Minkowski 著,F. J. Farnell 訳—Bergson's Conceptions as applied to Psychopathology

著者: 越賀一雄

ページ範囲:P.397 - P.410

 精神医学者に対してのみならず,心理学者に対して哲学が危険なものであると警告されることがよくある。このような警告がなされるについてはそれ相当の理由があることは明らかである。現在では事実を観察する場合,以前になされていたように抽象的思弁をもってすることはできないようになってきている。
 しかしながら少しく反省してみると,事態は複雑となってくる。まず第1に,すべての経験科学の出発点と考えられるものは観察された事実であるが,それはそのようなものとしわれわれに与えられておらないのである。すなわちそれはすでにある混乱の結果生じたものである。何とならばわれわれは常に,それが生命であるところの持続的な運動の中でそれを部分に分析しているといえるからである。

資料

岐阜県における高齢の精神病入院患者の調査

著者: 杉本直人 ,   森崎郁夫 ,   赤座叡 ,   天野宏一 ,   四十塚龍男 ,   関谷重道 ,   三輪登久 ,   水野隆正 ,   杉山昌人 ,   広瀬靖男

ページ範囲:P.411 - P.420

 昭和48年6月30日現在で,岐阜県下の全精神病院に入院している満60歳以上の患者を調査し,前回の調査結果(昭和43年12月31日現在)と比較し,次のことを論じた。
 (1)今回の調査では60歳以上の患者の比率が前回のそれより増加しており,統計学的にも有意の差であり,人口構成における老齢化を反映していると考えられる。
 (2)前回の結果に比し,今回の結果では老年精神病の患者の比率が減少しており,これは統計学的に有意であって,今回の結果における分裂病患者の比率の増加と相関していると考えられた。このことは高齢で幻覚・妄想を前景として発病し,老年精神病あるいは分裂病と診断されるごとき精神病の診断学上の問題点としてとらえられるとともに,このような精神病は初発病年代,転帰などの観点から疾病論的な,また病因論的な問題を提起することを論じた。
 (3)分裂病と診断されている患者では退院できないものがかなりある。しかし軽快あるいは寛解退院するものもかなりあり,死亡退院は少ない。老年痴呆,動脈硬化症では死亡退院が多い。
 (4)老年痴呆と診断されている患者に現在寛解状態にあるものが少数ではあるがあり,われわれの老年痴呆の診断基準に問題があることを論じた。

老年期精神障害者の入院について—新潟県上越地区における5年間の調査

著者: 田中政春 ,   大森隆 ,   広瀬省 ,   坪井清碩 ,   秩父政夫 ,   千明豊広 ,   林茂信

ページ範囲:P.421 - P.428

I.はじめに
 日常の精神医療の場で急速に増大している地域の要望は老年期精神障害者の入院依頼である。
 老年期精神障害者が先進国において,急激に増加したことは新福ら6)により紹介された。それから十数年間が経過し,老人医療が大きな社会問題として認識されてきていながら,わが国における老年期精神障害者の実態は必ずしも詳しくは調査されていない。
 一方,外国においては1960年代になっても老年期精神障害者が増加しつづけていることがNew York Civil Hospitalの調査1),イギリスのKayら7),デンマークのNielsen5),スウェーデンのLarssonなどの報告によって明らかにされている。
 ことに1969年のWang8)の調査では,65歳以上の人口10万に対して2,300人が重篤な痴呆のため施設での看護を必要としているとなっている。
 われわれは日常の診療において,老年期精神障害者が確実にかつ急激に増加していることを実感しており,老年期精神障害者に対する対策がわが国の精神医療の領野で最も重要な問題となっていると考える。
 こうした理由から,われわれはまず,人口老齢化の進んだ新潟県上越地区を対象に老年期精神障害者の実態調査を実施した。
 老年という言葉にいろいろな議論があろうが,ここでは60歳以上を老年期とした。また加藤2)が指摘しているように,精神障害の有病率を調査する場合診断基準や事例発見の規定などに問題があるだけでなく,住民の協力という点でも調査の完遂に不安がある。
 このような点を少しでもさけるためにわれわれは精神病院に入院するということが精神症状の重症度の総合的な一つの基準にほかならないと考え,入院患者を対象に調査した。

海外文献

L-Tryptophan in the Treatment of Levodopa Induced Psychiatric Disorders/Changes in Subtype Diagnosis of Schizophrenia—1920-1966

著者: 上島国利 ,   立山万里

ページ範囲:P.394 - P.394

 Parkinson病に対するL-Dopaの著明な効果が知られるにつれその使用も飛躍的に増加した。それとともに,L-Dopaによる副作用の報告も漸増しつつある。なかでも精神症状は,自律神経系の副作用,不随意運動と並んで頻度が多く10〜50%(平均20%)にみられその対策に苦慮する。精神症状は抑うつ,軽躁,性欲亢進,不眠,悪夢,傾眠,幻覚,妄想,焦燥,せん妄,精神病の顕在化などの型をとり,通常はL-Dopa中断後1〜5週間で消褪し再投与可能なものもあるが,中断,減量をよぎなくされることも多い。精神症状は,L-Dopaの投与量や投与持続期間とは関係ないが,精神病の既往とは関係している。著者らは過去3年半の間にMaimonides Medical CenterでL-Dopa治療を行った患者の60名(29%)に精神症状の発現をみている。精神症状の発現機序は明確でないが,L-Dopaが脳内serotonin含量を減少させるためではないかと推定されている。Birkmayerらは,serotoninの前駆物質であるL-Tryptophanを服用させることにより,L-Dopa惹起性精神症状の著明な改善をみている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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