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雑誌目次

論文

精神医学17巻5号

1975年05月発行

雑誌目次

巻頭言

臨床の現場のなかで

著者: 桜井図南男

ページ範囲:P.438 - P.439

 公職を離れてから,ひとりの臨床精神科医として,市井の巷ではたらいているが,その間に感じたことを,あれこれと書いてみたいと思う。
 精神障害者の社会復帰ということで,デイ・ケアが脚光をあびている。わたくしたちの周辺にも,いくつかの試みがなされている。デイ・ケアへ通うようになってから,朝の挨拶をするようになったとか,自発的に議員選挙の投票に行くようになったとか,そんなことを言って,親たちがよろこんでいる。

来日記念講演

—Medard Boss—現存在分析的現象学に照らした分裂病性のKrank-sein

著者: ,   木村敏 ,   宇野昌人

ページ範囲:P.440 - P.453

 “Die Schizophrenie”という言い方はきわめて抽象的である。分裂病のこの概念的抽象化は,E. Bleulerによって1911年に初めてなされた。Bleulerが彼の分裂病概念を,そこから奪いとり,引き出した具体的なもの,事実的に存在するもの,それは,人間実存の一定のあり方から成り立っている。このあり方は多数の特徴を示し,それらの特徴によって,人間が健康であること(Gesund-sein)からも,病気であること(Krank-sein)の他のあらゆる形式からも異なっている。
 今われわれが分裂病性のKrank-seinという場合には,われわれはこれを,より現実に近い仕方で呼ぼうとするのであるが,このKrank-seinは数的には世界中であらゆるKrank-seinのうちでも最上位に位置するものである。精神科医にとって分裂病性のKrank-seinは明らかに最も重要なものである。人間的存在の,他のあらゆる現象と同様に,分裂病性Krank-seinにも学問的には2つの異なった道で近づくことができる。その1つは,この病気の成因(Genese),由来(Herkunft)あるいは病因(Aetiologie)を探究するという接近法である。それはさらに2つの異なった方向に分かれる。一方は,分裂病性のKrank-seinは身体的起源をもっており,したがって身体因性の病気であるという前提から出発する。いま1つの方向は心的な原因を仮定し,この病気は心因性のものであると考える。さらに身体因と心因との結合を考える精神科医もいる。もちろん分裂病性のKrank-seinの場合には,今日まで身体因の研究も厳密な批判や追試にたえうるような成果には到達していない。

研究と報告

全生活史健忘を装った詐病の1例

著者: 上島国利

ページ範囲:P.455 - P.461

I.はじめに
 自分の名前,生い立ち,過去の経歴など自分の全生活史にわたる記憶を喪失した事例,いわゆる全生活史健忘は心因反応による特異な健忘状態とみなされ,犯罪との関連も注目されている。記憶喪失のうちでも全生活史にわたる広汎な健忘を残すものは珍しいが,通常,回復は2,3日から1カ月くらいの比較的短時間のうちに記憶を取り戻している。そのさいに最も問題となるのは詐病との鑑別である。筆者は精神衛生法により強制入院を受けたのち,偽りの氏名のみを明らかにしたが,他の一切の生活史健忘を示し,4年間にわたる様々な働きかけにも何らの反応を呈さず,4年目に実は住所氏名,生活史のすべてを最初から知っていたと述べた症例を経験した。精神医学的には種々の興味ある問題を秘めていると思われるのでここに報告する。

止まった時計に投影された成熟拒否—Anorexia Nervosaの1症例

著者: 高石利博 ,   栗原雅直

ページ範囲:P.463 - P.473

 一般にAnorexia nervosaの症例には「成熟への嫌悪,拒否」がその基本的障害として認められることが多いとされているが,われわれは,「止まった時計」を自分の作品の中に描くことによって,よくその心理を表現していると思われる,あるイラストレーターの症例を経験したので報告する。

セネストパチーに対する一考察—自験例2例の多次元的解析を中心として

著者: 遠藤俊吉 ,   山本裕水 ,   中西昭憲 ,   岩崎靖雄 ,   広瀬貞雄

ページ範囲:P.475 - P.484

I.はじめに
 1907年Dupréら5)により,cénesthésieの障害として,奇妙な,定義づけられない,苦しい感覚を単一症候的に示すcénesthopathieなる概念が提唱されて以来,この概念をそのまま踏襲するものである,本症をモノマニーとしてとりあげる立場と,Huber12)などにより代表される分裂病など他の精神疾患(Shwartz23))あるいは身体疾患に随伴するものとする立場があり,わが国でも,三浦20),保崎10),小池17)らの報告は主として前者の立場に立つものであり,本症における分裂病性心性を論じた吉松25)の報告は後者の立場に立つものであろう。さらに,その体験題目が特定なものであるいわゆる「皮膚寄生虫妄想」(Dermatozoenwahn)およびその近縁のものも主として後者に属せしめ得るもので,わが国でも保崎ら9)の報告があり,近年天草ら1),伊東ら15)により報告されている。しかし,Dupréらの症例に近い純型とでも称すべき症例の報告は比較的少なく,三浦20)の1例,保崎10)の症例の一部,小池ら17)の2例,小見山19)の1例にとどまっているが,この理由の1つには,Dupréら5)の症例の具体的紹介がなされていないこともあるように思われる。
 そこでわれわれは,近年経験した,症候学的にはこれに相当するものと思われる2例について,多次元的解析を試みつつ,Dupréらの症例と比較検討し考察を加えることにする。

痛みと攻撃性—とくに心因痛患者の攻撃性を中心として

著者: 長沼六一 ,   山本克己 ,   秋本辰雄

ページ範囲:P.485 - P.492

I.はじめに
 痛みはその根本において,生命の危険を知らせ,身体の安全を守ろうとする危険探知感覚としてあり,万人に共通の原始感覚(protopatic sensation)である。しかし,たとえそうした純粋に生理学的現象として生ずるいわゆる真の痛みでも,一旦それを人間が体験し反応することになると,必然的にその人間に固有の苦痛や不安といった感情が伴ってくる。痛みに関する最も初期の頃の研究は,主にその感覚要素に対して解剖学的,生理学的に解明せんとする追求であった。そしてそうした追求が進むに従い,その後の研究は解剖生理学的には矛盾した痛み現象に直面せざるを得なくなり,どうしてもそこに介在してくる感情反応をいかに除外するかという点にかかってきた。そのような意味から今日に至っては,痛み現象の感情的側面の心理学的追求がより重要視されるようになり,むしろまったく逆の立場から,心理学者や精神医学者による転換ヒステリーや心気症者の痛み,すなわち心因痛の研究がとくに欧米において,数多く見受けられるようになった。筆者3,4)も精神科医としての立場から,心因痛や幻影肢痛を引き起こす心理機制について精神力動的観点からの若干の考察をなして発表してきた。今回はやはり同様の立場から,とくに心因痛患者の攻撃性(aggression)をとりあげ,それが対人関係の中でどのような方法で表現されるかという点に注目して論じてみたいと思う。患者が訴えという言語表現で痛みを相手に示すとすれば,その痛み体験の中に患者の攻撃性がひそむ時,その攻撃性は非言語的(non-verbal)な方法で表現されると考えられる。確かに長年にわたって心因痛を訴えて医師を転々とした患者は,医師不信という形の潜在する攻撃性を,さまざまな非言語的表現でわれわれの前に示すことが多い。今回はそうした攻撃性を独特な注目すべき方法で医師に向けてきた症例を中心に,痛みと言語と攻撃性の関連について述べてみたいと思う。

Ictal Stuporの2症例

著者: 赤埴豊 ,   岩瀬綽子 ,   奥田治

ページ範囲:P.493 - P.502

I.はじめに
 Lennox20)が1945年にpetit mal statusの呼称を提示して以来,多くの症例報告がある。しかしこれらの中にはLennoxの定義による古典的小発作重積症とはかなり異なる症例が多く含まれている。たとえば,Zappoli29)(1955)のprolonged epileptic twilight state with “wave-spikes”, Friedlanderら5)(1956)のepilepsia minoris continua, Goldensohnら7)(1960)のprolonged behavioral disturbances as ictal phenomena, Jaffe14)(1962)のictal behavior disturbance as the only manifestation of seizure disorderなどの名称による報告がある。
 さらに1965年にNiederrneyerとKhalifeh22)はこれらの状態に認められるtwilight stateの特徴はstuporであるとして,ictal stuporあるいはspike-wave stuporという名称を提示し,petit mal statusの名称の妥当性に疑問を投じた。

多彩な精神症状を呈したくも膜下出血の1例

著者: 稲田良宜 ,   宮内利郎 ,   原実 ,   北村創

ページ範囲:P.503 - P.509

I.はじめに
 くも膜下出血後の精神症状は,急性期の髄膜刺激症状・意識障害・運動不穏を除くと,情動の変化・自発性の低下・記憶障害などがあげられる。これは血腫形成あるいは脳血管攣縮による局所性虚血に起因するとされており,前頭部底部を含めた辺縁系・脳幹網様体の機能低下によるものであろうといわれている1)。脳動脈瘤の破裂がくも膜下出血の原因の半数以上を占めることを考えれば,くも膜下出血の精神症状が,脳動脈瘤の好発部位と密接な関係を有しても不思議ではない。事実,前交通動脈瘤・内頸動脈分岐部動脈瘤などで精神症状の発現が多い。
 一方,くも膜下出血は,脳底槽に高度の癒着性閉塞を起こすためにも,種々の症状をきたすことが知られている。その症状は,頭蓋内圧亢進のある場合は,頭痛・錯乱ないし嗜眠から半昏睡にいたる意識障害などである。頭蓋内圧正常の場合は,意識障害より精神症状が前景に出ることが多く,健忘・自発性の低下,高度になるとKorsakoff症状を呈し,痴呆となる。これに歩行障害・尿失禁が加わることも多い。1965年Adamsら2,3)は,後者を正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus以下NPHと略す)と呼び,脳室心房短絡術により症状が改善されると報告している。それ以来,NPHは治り得る"痴呆"として脚光を浴びている。しかし,痴呆と尿失禁・歩行障害を有する患者に接することの多い精神科領域での報告はまだ少ない。最近著者らは,くも膜下出血後に痴呆となり,脳室拡大と正常髄液圧・歩行障害・尿失禁などを有し,外科的治療が考慮されている間に死亡した1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。

古典紹介

—E. Kraepelin—Die Erscheinungsformen des Irreseins

著者: 臺弘

ページ範囲:P.511 - P.528

 近頃繰り返して述べられている意見として,臨床精神医学の研究はいわば死点にぶつかっているという。これまで行われてきたやり方は,原因や症状や経過および転帰,さらに剖検所見を考慮して疾患形態を限定しようとするものであったが,それは使い古されてもはや役に立たなくなり,新しい道をとって進まなければならなくなったというのである。このような見解にはある程度の正しさがあることを認めないわけにはいかない。人々が組織切片を顕微鏡でしらべ始めた頃は,毎日のように新しい発見が得られた。今日では本質的な進歩を得ようとするには,きわめて微妙な技術的手段を用いなければならない。これと同じように,疾患形態についてのわれわれの知識を拡大するには,次に述べる諸問題がある程度明らかになっている現在では,もはや苦労なしにやりとげられるものではない。われわれが深く入りこむほど,困難は大きくなり,扱う技術はより完全なものでなければならない。それにもかかわらず,われわれの成果は控え目なものとなり,科学的研究の一般的経験と同様に,こうした進歩で満足しなければならなくなる。
 このような状況のもとでは,より見込のありそうな臨床的研究の新しい目標と道程があるものかどうかという課題を提出することは誠にもっともなことである。もちろんこの場合の視点は,疾患形態を区別し分類するという純粋な整理的な作業から,病的現象の本質とその内的連関についての理解を得ようとする疑いもなくより高度で充実した問題に向けられている。われわれは精神障害の錯雑する多様性をその外面的な形式において知るのみならず,その成立の法則を解明して,それをはっきりした前提の結果として把えることを学びたいと思う。

海外文献

Retarded Growth of Rats by Anticonvulsant Drugs,他

著者: 吉田弘宗

ページ範囲:P.484 - P.484

 最近,各種薬物の長期間服用中における身体的影響についての議論が盛んであるが,本論文は,抗けいれん剤(PB:phenobarbital,DPH:diphenylhydantoin)の成長に対する影響をラットを用いて動物実験したものである。
 抗けいれん剤が,カルシウム代謝および骨代謝に障害を起こし(1967,Schmld),またこの代謝障害には,ビタミンDの代謝が関与している(1970,Demt)ことは知られており,さらにビタミンDが,生物学的効果を発揮するには①cholecalciferol→②25-OH-CC→③1.25 dihydroxycholecalciferol(ビタミンD3組織活性型)の代謝過程でビタミンD3となることが必要とされている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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