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雑誌目次

論文

精神医学18巻2号

1976年02月発行

雑誌目次

巻頭言

これからの精神医学の道

著者: 有岡巌

ページ範囲:P.110 - P.111

 精神病の治療にあたっている医師は,いろいろの考えかたに立って,それを行なっている。しかし,はたして,医師といえるだけのものを充分持っているであろうか。精神医学での現在の能力は,患者や家族の期待にこたえられるだけのものを満たしているとはいえない。すなわち,医療としての使命を果たしうるレベルから遙かに遠いのである。このような時代の医療能力であるから,その結末は現在までみてきている通りである。
 わたくしは,現在の精神医学なるものは,他の臨床領域と比較してみて,病理学としての位置づけをいくら大きく与えてみても誤りでないと思っている。

展望

セネストパチーをめぐって

著者: 吉松和哉

ページ範囲:P.112 - P.129

I.はじめに
 セネストパチーという我々にはあまりなじまない言葉が,わが国の精神医学で割合普及し,また近年いくつかの発表が続いたのは,今から約15年前の保崎33)による展望に大きな功績があると思われる。セネストパチーはよく知られるように異常体感を単一症候とする疾患に名づけられ,また日本精神神経学会の統一精神医学用語によって「体感症」と訳される。保崎の紹介以来この15年間にいくつかの貴重な論文が発表されたが,しかしその概念の難解さもあってそこにいささかの混乱がないとはいえない。そこでこの機会にあらためて今日におけるセネストパチー研究上の展望をし,その概念の整理をすることにも意味があろうと思う。以下簡単に歴史的回顧と文献的整理をし,そして最近の研究を紹介しつつ,この概念に対する私見を述べて,その展望を試みたいと思う。

研究と報告

障害児のくり返し行為について

著者: 佐久間モト

ページ範囲:P.131 - P.143

Ⅰ.まえがき
 乳児が,生まれて初めて物を掴むには,その背後に,何回もの失敗がある。立って歩き喋れるようになるには,何万回と同じ動作のくり返しが行なわれる。先天的にくり返し行為を欠如するならば,摂食などの基本的行動が成立しない。くり返し行為は,動物にとって,基本的行動であり,また不可欠のものであり,くり返すことによる結果として,ある行為が完成するものである。すなわち,くり返しの行為は,生産性を持つものである。
 ところが,障害児と生活をともにしていると,終日,ただ,ぶらぶらと身体をゆすり続けているような子供達が目立つ。そのくり返し行為によって運動としたり,体ゆすりの名演技者になるためではない。まったく生産性のない,このくり返し行為は,どう考えたらよいのであろうか。そして,子供達が,このくり返しの行為を始めると,学習も,訓練も妨げられてしまう。つまり,なにかを習得したり,熟達するためのくり返し行為とは,同じくり返しでも,明らかに異なった行為なのである。この子供達のような実りのないところのくり返し行為が,精神分裂病者に認められると,常同症と名づけられて病的所見のひとつとされてきた。

青春期危機について(その1)—文献展望と予備的考察

著者: 清水将之 ,   頼藤和寛

ページ範囲:P.145 - P.152

I.はじめに
 青春期精神医学は,世界的にみても,歩みを始めてよりいまだ四半世紀も経過していない。しかし,青春期という年代に特別の関心が注がれるようになったのは,かなり古いことのようである。恥らいは青春期を特徴づけると語ったAristotelesはさておき,17世紀にはJ. Rockがすでに青春期の養育の難かしさを嘆いている23)し,イギリスの解剖学者T. Willis(1621〜1675)は,「青春と凋落はしばしば愚行をもたらす」と語っているという。
 近代精神医学の形態が整い始めた19世紀前半には,J. E. D. Esquirolが成熟期における青年の情緒不安定について記載し,1860年代に入って,B. A. Morelは「成熟は,青年にとって困難な一つの移行期をなし,多くは洞察の障害を招来する」と述べている。W. Griesingerは,思春期(Pubertäts-Alter)における自我の変化(Umgestaltung)や,青春期(Alter der Jugendblüthe)の柔軟性について語り,この年代に多種の精神障害が好発することを指摘している9)

味覚における季節感の把握と精神症状の推移

著者: 人見一彦

ページ範囲:P.153 - P.158

Ⅰ.まえおき
 従来より,生気象学の一分野として,「疾病と季節の関係」が研究され,種々の疾患に関して,いわゆる「季節病カレンダー」などが作られており4),また特に昔から一般にいわれているように,精神病の発生とその季節的変動についても文献的考察と報告がなされているが1),それらは「季節の変化」という,いわば物理的な変化と種々の疾患や臨床症状との関係を調べようとするものである。ここではむしろ反対に,精神病者にとって,果物の味覚を通じて,季節感がどのような主観的体験にもとづいて把えられているのであろうか,そしてそれをもし把握できるならばさらに症状経過などともある程度の関連性が求められはしないだろうか,ということを目的にして以下のごとく,症例の検討を行なった。

神経科精神科病歴におけるProblem-Oriented System(POS)の採用について

著者: 吉本博昭 ,   平口真理 ,   山口成良

ページ範囲:P.159 - P.167

Ⅰ.まえがき
 Problem-Oriented System(POS)またはProblem-Oriented Medical Record(POMR)は,1968年Weed8)の提唱によって開発されたものである。このシステムを精神科の病歴に初めて採用したのはGrant and Maletzky2)(1972)およびHayes-Roth,Longabaugh and Ryback3)(1972)で,その後,数篇の論文が外国において発表されているが,わが国の精神科においてこれを採用したのが我々のところが最初ではないかと思う。以下,金沢医科大学病院神経科精神科で採用しているPOSについて紹介する。

Presbyophrenieの1剖検例—非定型な神経病理所見を示す老年痴呆の観点から

著者: 伊藤智子 ,   近藤重昭

ページ範囲:P.169 - P.173

I.はじめに
 初老期痴呆,老年痴呆において,従来の成書に記載されている分類からでは理解の困難な非定型症例の報告が,本邦でも最近ふえてきている5,9,15)。臨床症状からの鑑別困難もさることながら,組織学,組織化学,特に電子顕微鏡によるめざましい形態学的研究の進歩に基因していると考える。たとえばAlzheimer病,Pick病においては,各々の病気に特異的な所見といわれていた形態像に関して,従来の鍍銀染色などでも両者の移行型,中間型が考えられていたが25),最近の電子顕微鏡研究から質的に同じものであるとの成果が報告されている。著者らは神経病理学的には,嗜銀球類似の像をもつAlzheimer病の所見を呈したPresbyophrenieの症例を経験した。本症は老年期痴呆症の中でも特異な臨床像を示すことから,その臨床についても若干の考察を加えたい。

Clonazepamによる難治性てんかんの治療成績

著者: 熊本亮 ,   井上令一 ,   直居卓 ,   渡辺敏也 ,   佐藤泰三 ,   平沼博

ページ範囲:P.175 - P.186

I.はじめに
 発作の抑制を図ることは,てんかんの治療に際してまず第一になされなければならないことである。周知のごとくphenobarbitalやdiphenylhydantoinが,すぐれた抗けいれん剤として登場して以来30数年を越え,この間数多くの抗てんかん剤が次々と開発され,てんかん患者に多くの光明をもたらしている。しかし,てんかん患者の15%前後は充分な発作の抑制が得られずに難治性てんかんのレッテルをはられており,さらにすぐれた抗てんかん剤の出現が待ち望まれているのが現状であろう。我々は,今回日本ロシュ株式会社より新しい抗てんかん剤clonazepam(Hoffmann-La Roche社で開発されたbenzodiazepineに属する化合物5-(o-chlorophenyl)-1,3-dihydro-7-nitro-2H-1,4-benzodiazepin-2-one)の提供をうけて治療を試みたが,価値ある薬剤の1つであるとの知見が得られたので,ここにその詳細を報告することとした。

短報

Sodium Dipropylacetate投与により白血球減少を生じた1例

著者: 福島裕 ,   工藤信夫

ページ範囲:P.187 - P.189

1.はじめに
 Sodium dipropylacetate(Depakene,以下DPA)は,従来の抗てんかん剤にみられない広い有効スペクトルを有する画期的な抗てんかん剤として登場したものであるが,その副作用が比較的軽微であることも本剤の優れた特色とされている。すなわち,副作用としては睡気,失調などの中枢神経症状,嘔気,食思不振などの消化器症状が多く報告されているが,いずれも減量により容易に改善されるという。一方,肝機能,腎機能に対する重篤な副作用の報告はない1〜11)。また,末梢血に対する副作用もないとされ1,2,4,6),本邦での報告11)をみるに,2報告7,9)の3例に白血球減少の記載があるものの,各報告者とも白血球減少の原因としての本剤の役割については否定的な見解を述べている。結局,現在までのところ,DPAの副作用としての白血球減少症の出現は認められていないといってよい。

古典紹介

—W. Kleine—Periodische Schlafsucht

著者: 遠藤正臣 ,   中川芙佐子

ページ範囲:P.191 - P.205

 睡眠状態は種々の身体的ならびに精神的疾患で現れる。消耗性および熱性疾患や中毒,脳腫瘍およびその他の重篤な器質性脳疾患,特に脳炎の際の睡眠状態はよく知られている。比較的長く続く睡眠状態もまた二,三の代謝性疾患,たとえば糖尿病や肥満に稀ならず認められ,その際にすべての物質代謝が強く巻き添えをくっている。古い文献は既に数日から数週,数カ月更に数年も持続し,ヒステリー性の疾病表現と見なされうるような睡眠状態に関して報告している。比較的短い時間持続する睡眠状態はてんかんにつづいて観察される。1880年にGélineauがナルコレプシーの名前で短く持続する睡眠状態を記録し,それは独立せる疾患と見なされ,上に述べた身体的ならびに精神的疾患,なかんずくてんかんおよびヒステリーと無関係なものであると記した。この種の症例はGélineauの後もしばしば記載された。この膨大なる症例報告を整理するとナルコレプシーとして記載された症例の中には,Gélineauの意味での本来のナルコレプシーとは関係のない数多くの病態が発表されていることがたやすくわかるであろう。ナルコレプシーと名づけられた症例は,一部重篤な身体疾患の症状以上のものではなく,一部はてんかんやヒステリーの表現である。この混乱は大部分のところ,ナルコレプシーという名前が最も不幸なものであるということに原因しており,Gélineauが最初に記載した疾患をSingerの提案に従ってヒプノレプシーと名づけたほうがよいだろう。Friedmannがナルコレプシーの欠神と名づけた状態には,Sauerの提案に従って,ピクノレプシーという名前が用いられるべきであろう。
 それ故に,より高度な思考や意志の単純なる機能停止によって特徴づけられるが,規則的な刺激症状を欠いており,比較的頻回に現れ,単調にしてかつ一様に経過する放心状態として現れる,良好な予後をもつ症例をピクノレプシーの名のもとに人は理解するでしょう。そして,それら症例は痴呆や性格変化に至らず一般に思春期前に既に治癒し,てんかんと関係はない。

解説

W. クライネ「周期嗜眠症」

著者: 遠藤正臣

ページ範囲:P.205 - P.207

 医学の領域での古典には後人の模範・典型となるべき価値の定まった著述のみならず,新しい問題発見の糸口を示したものも含まれて然るべきと思うが,そのような観点からKleineのこの論文を紹介し,問題のその後の展開に触れたい。
 睡眠発作は種々の疾患で現れるが,まずGélineauによってNarkolepsieが分けられ,さらにSauerの提案するPyknolepsieが独立させられたとKleineは展望した後,これら短時間の発作に比し比較的長時間続き周期的に発来する睡眠状態があり,このperiodische SchlafsuchtはEpilepsieやHysterieやその他の身体的・精神的疾患と直接の関係はないが,全例にabnorme minderwertige Gehirnanlageのあることから,ある体質的な病気でEpilepsie,Hypnolepsie,Pyknolepsie,episodische Verstimmung,episodischer Dämmerzustand等々とともに,1つの大きなFormenkreis(Kleist)に属すると位置づけをし,その他に詳細な症候学をこの論文で述べている。

動き

日本精神神経科診療所医会について

著者: 荻野利之

ページ範囲:P.209 - P.213

 略称「日精診」というこの精神神経科診療所医師の会は読者にはまだまあたらしいことと思います。一昨年,昭和49年12月15日についに生まれるべくして生まれ,50年6月22日に第2回総会を開催し,規約,役員,事務所その他基本的な決定をみたのです。
 生まれるべくして生まれた,ということを考えてみますと,第1に私達は,精神科医療が医学の進歩とともに,地域医療の充実と疾病予防および精神衛生の方向に流れを定めてきたこと。第2に地域医療を担っている以上,地域医師会に入ったりして医療の網の中で,効率のよい予防,治療の実をあげねばなりませんが,他科に比し,まったく比較にならないほど,数が少なく,医師も含めて一般の認識が,精神神経科については話にならないくらい低いということ,異常と名づけてもよいほど,認識許りでなく関心が薄い,ということであります。このことからくる私達の孤独感でもありましょう。第3に,現行健保制度下では,充実した,あるいは当然な,医療を志向すればするほど,経営が特に経済的に不能である,ということ。第4に,第3に大変影響されることですが,卒後教育,研究→地域医療,福祉,衛生→研究,卒後教育→人間の心の指南役(地域的,地球的),人類の未来(科学的,政治的,経済的etc.)への関与→地域医療,福祉,教育=衛生→卒後教育,研究。こういったフィードバック的なサイクルを持ちたい。

紹介

新中国の精神医療—その考え方

著者: 林茂美

ページ範囲:P.215 - P.220

Ⅰ.新旧中国の比較
 新中国の精神医療を理解するにはまず旧中国の状態を知らねばならない。
 1949年,中国が解放される以前の旧社会には人民が圧迫され,正常な労働者さえも続々餓死していたのであるから,当然その頃は精神病患者の治療などは考えられもしなかった。多くの精神病者は野山をさまよい凍死,餓死し,また唯心主義の影響で精神病を患らうのは"神様の思召し""狐つき""天罰"だとし,その病人の家族ですらやむなく病人を人間世界から見捨てざるをえなかった。旧中国にもいくつかの精神病院(瘋人院)はあったがそれは金持の子弟のものであって,病室には等級があり,貧しい労働者の子弟がもし瘋人院に入院できたとしても生きて退院することはほとんどなかった。瘋人院の庭には刑具があり鉄鎖で木に括られている患者が何人か居り,女の患者は自分の長く伸ばした三つあみの髪で木に括られていた。食事時がくると投げ込むように運ばれて来た窩頭(とうもろこしで作られた主食)が躁病患者の手に奪い取られて,またたく間に消えさり,自閉鈍麻の分裂病者やうつ病患者はその窩頭を手にすることさえできなかった。その頃は専門知識のある医師,看護婦はごく少数で,看手と呼ばれ門番に似た人々がその瘋人院の門を見張っていたにすぎなかった。

海外文献

Thought Disorders in Schizophrenia before and after Pharmacological Treatment/Biochemical Research into Psychosis—Results of a New Research Strategy

著者: 有波忠雄 ,   桜井照美

ページ範囲:P.158 - P.158

 思考障害は分裂病の主な症状のひとつであるが,この論文では心理テストを用いて,薬物療法前後の思考障害を数量化し分析している。この種の論文は世界中でもほとんどないようである。
 対象と方法:現在までの研究より,思考障害は「連想障害」と「概念思考障害」の2つに大きく分けられている。そこで,前者にはKent-Rosanoff連想テストを,後者にはPayneの対象分類テストを用いて,未治療初回入院の分裂病患者77人と多数の正常人を対象に検査を施行した。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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